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2016年11月 6日 (日)

中国の新型都市化計画と農地三権改革

 先週日曜日(2016年10月30日)NHKスペシャル「巨龍中国 1億大移動 流転する農民工」が放送されました。NHKスペシャルの「中国もの」はいつもタイムリーで優れたものが多いのですが、今回のものは現在の(2016年時点での)中国のホットな状況と問題点を的確に指摘した点で注目すべきものだと思います。

 この番組には非常に重要な点が含まれているので、私の個人的観点から解説してみたいと思います。

(なお、以下、番組の内容を紹介することになりますので、一種の「ネタバレ」となります。番組を見なかった方でも、現在、パソコン等で見られる有料サービス「NHKオンデマンド」で配信されていますので、そちらで見ることも可能です)。

○河南省鄭州市の農民工居住区「陳砦(ちんさい)地区」の再開発

 番組によれば、今年(2016年)7月、鄭州市は、農民工居住地区「陳砦地区」を再開発するため、「陳砦地区」に住んでいる農民工たちに対し、約1か月後を期限とした立ち退き指示を出した、とのことです。中国の場合、都市部の土地の所有権は国にあるで、「大家さん」である行政側が指示すれば、土地を借りて住んでいる住民は立ち退かなければならないのです。

 中国の行政担当者の感覚からすれば「中国では当たり前」のことかもしれませんが、こうした行為は「賃貸住宅の住民は大家さんの意向があった場合は、いつ何時でも立ち退かなければならない」との認識を中国人民に再認識させ、「賃貸住宅に住むリスク」を意識させることになります。

 中国では、買い手の付かないマンション(マンション在庫)が大量にありますが(下記注参照)、私は、最終的には中国政府(中央政府及び地方政府)は売れ残りのマンションを買い上げて賃貸住宅にするのではないかと思っています。そうなった場合、中国人民の中に強く存在する「賃貸住宅に住むリスクの感覚」は、そのような中国政府の賃貸住宅拡充施策の妨げになると思います。

(注)去年(2015年)12月25日(金)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」の解説によれば「現在建設中のものも含めると21億平方メートルの住宅不動産の在庫がある。この数字は、もし仮に今後全く住宅の建設が行われなかったとしても、2年間、住宅の需要をまかなえる数字である。」とのことです(このブログの2015年12月26日付け記事「中国の『露骨』だけど『素直で正直な』新しい住宅政策」参照)。

(なお、「大家さんには住民を追い立てる権利がある」という考え方は、日本にも江戸時代からありました(古典落語の「三軒長屋」に出てくる)。それではあまりに借家人が気の毒だ、ということで日本では借家人の権利を守るように法律改正がだんだんになされてきましたが、借家人の「居住権」が最終的に守られるようになったのは、1992年8月に施行された借地借家法によってですので、日本でもそれほど古い話ではありません。)

 番組では「陳砦地区」を再開発した跡地に何を作ろうとしているのか紹介していませんでしたが、おそらくはマンションか商業施設を作ることになるのでしょう。問題は、新しく作ったマンションを買う人がいるのか、新しく商業施設を作った場合に集まる客がいるか、ということです。私は北京に駐在している間(2007年4月~2009年7月)、夜になっても電灯がほとんど付かないマンションや立派だけどお客がほとんどいなくてガランとした商業施設をいくつも見ました。オリンピック前後の北京でそうだったのですから、今の鄭州では大丈夫なんだろうか、と思ってしまいます。少なくとも「陳砦地区」を追い出された農民工たちが、新しくできたマンションを買ったり、新しくできた商業施設に客として出入りしたりすることはないだろうなぁ、ということは容易に想像ができます。

○鄭州市から最終的には故郷の農村に帰った項さんのケース

 「陳砦地区」で小さな食べ物屋さんをやっていた項さんは、最初は、故郷の農村に帰って農業をやろうと思いました。しかし、故郷の農村では、こどもの数が減ったために幼稚園が閉園になっており、項さんは自分のこどもを幼稚園に通わせることができないことがわかりました。そのため、河南省内の中小都市・許昌市で食べ物屋さんを続けられないか物件を見て回りました。でも、空いている物件がある場所は、周辺にマンションは建っているものの、ほとんど人は住んでおらず、お客が多く来る見込みがないので、あきらめて結局は故郷に帰って農業をやることにしました。

 項さんは、農地があり、農業ができるのだから家族を食わせるには困らない、と言っていましたが、たぶん生活レベルは鄭州市にいた時よりは下がるでしょう。というのは、項さんは、鄭州市に出稼ぎに行った方がよい生活が送れるからこそ鄭州市に出ていたと思われるからです(一般に農業は他の産業に比べて労働生産性が低いので(同じだけ働いても得られる収入が少ないので)、どこの国でも、いつの時代でも、農村を出て都会で働きたいと思う人は多い)。

 最終的に項さんは故郷の農村に住むことにしましたが、鄭州から帰って来た家族が住むためには古くなった実家を改築する必要があり、その改築のために、鄭州で30年間にわたって貯めた150万円(10万元)以上を全部使ってしまうことになったそうです。それを考えても、項さんの生活レベルは鄭州にいた頃よりは下がってしまうことになるのでしょう。項さんのような人が中国全土にたくさん増えれば、結果的に、中国全体の消費が減ってしまい、中国の経済活動が全体的に低調になってしまうことになります。

 この項さんのケースで「中小都市の許昌市で店を開こうと思ったけれども、お客が来る見込みがないのであきらめた」という部分は非常に重要なメッセージです。番組でも紹介していましたが、今、中国政府は、大都市にいる農民工を中小都市に移住させ、都市戸籍を与えて定住させようという計画「新型都市化計画」を進めています。そのため、中小都市でのマンション建設等が盛んに行われているのですが、問題は中小都市に移住した農民工(都市戸籍を得れば「農民工」とは呼ばれなくなるのですが)の職はあるのか、という点です。中小都市において、マンションや道路などの建設が行われている間は、建設工事のために労働力は必要ですが、製造業などの産業が育っていなければ、農民工だった人々を中小都市に集めても、定職を与えることはできません。

 かつての沿岸部や揚子江流域ならば、外国への輸出を想定した労働集約型製造業の工場を建てることで大量の労働力を吸収できましたが、許昌のような内陸部の中小都市では、都市に集まった大量の「元農民工」を食わせるだけの産業が将来育つという見込みを立てるのは難しいと思います。この番組では、今、そうした中小都市でマンション建設等が次々に行われ、そこにこれまで株式等に流れていた投資マネーが流れ込んでいる、と紹介していました。もし、現在の(2016年の)中国経済の「持ち直し」がこうした中小都市でのマンション建設(及びそのために必要な鉄鋼やセメントの生産)に支えられているのだとしたら、一定期間終了後(たぶん来年(2017年)秋の党大会が終わったら)これら「経済の持ち直し」は夢のごとく消え去ってしまうことになるでしょう。それとともに流れ込んだ投資マネーによるバブルははじけることになります。

○鄭州市内の別の場所に住むことになった李さんのケース

 「陳砦地区」で惣菜屋さんをやっていた李さんは、病気の父親の病院通いとこどもの教育のために鄭州市の別の場所に住むことにしました。住む場所として中古マンションを買うことにしましたが、李さんはその資金として、故郷の農村にある「自分の農地」を担保にお金を借りることにしました。番組によれば、0.5haの農地を担保にして450万円(30万元)を借りるとのことでした。

 中国では、農地の「所有権」は村などの集団にあり、農民にはありません。李さんが担保にしようとしたのは、農地の「請負生産権」あるいは「農業経営権」です。

 中国では、文化大革命時代の「人民公社」の制度では、農民は「人民公社の社員」であり、農地に対する権利はありませんでした。1978年の改革開放後、「人民公社」は解体され、農民は農家ごとに分配された「生産請負」に応じて自分の裁量で農業経営ができるようになりました。今、中国共産党は、この現状を踏まえて、農民は「生産請負権」及び「農業経営権」を持っているのだ、と認定しています。即ち、農地に関しては「農地所有権」「請負生産権」「農業経営権」の三つがあり、「農地所有権」は村などの「集団」が保持するが、「請負生産権」「農業経営権」は農民が持っていて、農民が持っている「請負生産権」「農業経営権」は流動化できる、即ち譲渡したり担保にしたりできる、と認定しているのです。このような考え方を「農地三権改革」と呼んでいます。

 農地に関する農民の権利は、中国革命の根本理念ですので、中国共産党は、これまで累次農地に関する検討を進めてきました。その検討の結果を示すひとつの重要な文書に第17期三中全会で決まった「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」(2008年10月)があります。これについては、このブログの2008年10月28日付け記事「第17期三中全会決定のポイント」を御覧ください。

 今回、番組で紹介していた李さんは、こうした中国共産党の新しい考え方に基づき、自分の故郷の村の「請負生産権」「農業経営権」を担保にして450万円(30万元)のお金(その農地から得られる農産物の収入の三年分に相当する)を借りることにしたようです。

 この点について、私は以下のような問題点があると思っています。

(1)「請負生産権」「農業経営権」を担保にして資金を貸し出す際、貸し出す側(村当局なのか銀行なのかは番組では紹介していない)による資金の貸し付けが可能かどうかの審査が行われた形跡が番組では見られませんでした。日本などでも担保がある場合には貸し付けの際の審査が甘くなることはあると思われますが、ひとつ75円(5元)の惣菜を売る商売をしている李さんが450万円(30万元)を返済するのはかなり難しいのではないかと思われるのにもかかわらず、番組では「請負生産権」「農業経営権」を担保にする契約に署名・捺印する李さんの様子を紹介していました。もし、中国全土でこのような「貸し付け」が行われているのだとすると、大量の「貸し倒れ」が発生した場合に何が起こるのかを考える必要があるのではないか、というのが私の印象です。

(2)「請負生産権」「農業経営権」を担保にして資金を貸し出して結果的に「貸し倒れ」になった場合に、資金を貸し出した側(村または銀行)が接収した「請負生産権」「農業経営権」を資金化できるのかは非常に疑問です。日本などで土地が担保となりうるのは、「土地所有権」が売買されており、「貸し倒れ」の結果として接収した土地は売却して資金化できるからこそ銀行は土地を担保として融資できるのです。中国の農地の「請負生産権」「農業経営権」は簡単に売却して資金化できるかどうか不明です。「請負生産権」「農業経営権」を簡単に売却して資金化できないのであれば、これらを担保として融資が行われた場合、「貸し倒れ」が起きた時点で問題が生じる可能性があります(同じような話に「林業権」があります。「林業権」については、このブログの2013年8月18日付け記事「もはや李克強改革は挫折か:林業権担保の話」参照)。

 もちろん、李さんが450万円(30万元)借りて購入した中古マンションの価格が今後上がるのだとしたら、最終的にはマンションを売れば借金を返せるわけです。つまり、番組を見ている限り、資金を貸す方も借りる方も「マンション価格は今後必ず上昇する」ことを前提にしている可能性があります。なので、もし仮に今後マンション価格が下がったら、すべては「うたかたの夢」と消えてしまう可能性があります。

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 以上のように、このNHKスペシャル「巨龍中国 1億大移動 流転する農民工」は、現在の中国政府の最もホットで重要な政策である中国の新型都市化計画と農地三権改革についての問題点を浮き彫りにする形となりました。NHKの番組制作スタッフの着眼点の鋭さに敬意を表します。

 一方で、こうしたNHKに取材許可を出している中国当局の意図はどこにあるのだろうか、と私は思いました(NHKは取材許可を得るのに相当苦労しているとは思いますが)。これまでもNHKは中国当局にとっては相当に「耳の痛い」問題についても鋭く指摘する番組を制作してきました。私が北京に駐在していた頃に放送していた「激流中国」(放映期間2007年4月~2008年7月)については、関係当局が「NHKの取材に協力するな」といった文書を出したとの「ウワサ」が流れたり、その文書がインターネット上に出回ったりしましたが、「激流中国」は北京でもNHK国際放送で「検閲ブラックアウト」されることなく見ることができました。中国共産党の中にもNHKの累次の番組で指摘している問題点を正面から考えるべきだ、という良識的な人々がいるのだという私の「希望的観測」が当たっていればいいなぁ、と私は今回の番組を見て改めて思いました。

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コメント

中国における借家権利は借り手に不利というのは、問題ですね。
立ち退きが大家さんの言いなりとは、困ったことです。`;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!!

投稿: 根保孝栄・石塚邦男 | 2016年11月 6日 (日) 07時09分

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