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2016年11月13日 (日)

中国を見ながら「人間はみな平等」を考える

 アメリカ大統領選挙で共和党候補のドナルド・トランプ氏が当選しました。6月のイギリスのEU離脱を決めた国民投票とこのアメリカ大統領選挙の結果は、多くの人に「まさか!」という気持ちをもたらしました。もしかすると、これらは歴史の大きな流れの転機一つであり、2016年は後年の歴史家に「イギリスとアメリカで変化が表面化した歴史的な年だった」と言われる年になるのかもしれません。

 「歴史的変化」とは、「17世紀、18世紀に始まった『人間はみな平等である』という価値観に基づく西欧型民主主義システムの変質」です。現在の西欧型民主主義システムが18世紀イギリスの「ピューリタン革命」「名誉革命」、18世紀のフランス革命やアメリカ独立戦争などの市民革命で始まったことを考えると、2016年、イギリスとアメリカの選挙で大きな変化が現れたことは象徴的な出来事だったのかもしれません。

 もともと17世紀、18世紀の市民革命では、王侯貴族と一般市民が生まれた時点で権利が異なるのはおかしい、という考え方から出発しました。現代では「人間は生まれた家系や生まれた場所、人種、宗教、性別などで差別されてはならない」という理念は普遍的価値だと考えられています。

 一方、イギリス国民投票でのEU離脱決定の背景には、移民の増加により職を奪われるのを嫌ったイギリス国民の考え方が背景にあると考えられます。アメリカでトランプ氏が当選したのも、アメリカ企業が海外に工場を移転して雇用がアメリカ国外に流出したことやアメリカに流入する移民によりアメリカ国内の雇用を奪われたことに怒った労働者層がこれまでの政治のやり方に反発したからだ、と言われています。

 「人間はみな平等である」という考え方に立てば、外国の労働者であろうが移民であろうが、その人たちが安い賃金でもよいから働きたい、と考えるのであれば、それらの人々に職が与えられるべきです。同じ仕事をやっているのにイギリス人やアメリカ人には高い給料を払い、外国人や移民には安い給料しか払わない状況を是認する考え方は「人間はみな平等」という基本理念に反します。もし「人間はみな平等」という基本理念をやめる方向に向かうのならば、それはもはや「西欧型民主主義システムの変質」と言わざるを得ないでしょう。

 長年、中国に関係する仕事をしてきた私にとって「異なる国の国民(日本人と中国人)の賃金が違う」という状況は日常的な風景でした。ただそれは、中国の経済がまだ発展途上であり、中国の人民元レートが相当に割安に設定されているため、中国人労働者がもらう人民元建ての給料を日本円に換算すると安くなってしまうだけでの話であって、将来、中国経済が発展して人民元レートが適切に調整されれば、「日本人の給料は高い。中国人の給料は安い」という「不平等」はなくなると思っています(実際、シンガポールについては、日本人とシンガポール人の間の賃金の違いは現在ではほとんど意識しない程度のレベルになっていると思います)。

 国によって経済発展の度合いが違うので、「異なる国の国民の賃金が違う状況」はどうしても発生してしまいます。その結果、同じ仕事なら、雇用は賃金の高い先進国から賃金の低い発展途上国へ流出します。ただ、「先進国の雇用を守るために賃金の安い発展途上国の労働者には仕事をさせない」といった方策は何の解決にもなりません。そうした施策は発展途上国の経済発展を阻害し、結果的に世界全体にマイナスになります。

 日本と中国を考えた場合、1972年の日中国交正常化以来、日本の製造業のかなりの部分が中国に移転しましたが、その結果、中国の経済が発展し、多くの中国人が豊かになったので、最近に至っては、多くの中国人が日本製の紙おむつを買ったり日本に観光に来てお金を落としたりしています。日本の人はそれをよく知っているので、発展途上国に雇用を奪われるのは困る、とはイギリス人やアメリカ人ほど考えていないのかもしれません。

 1980年代前半、私は日中の通商貿易に関する仕事をしていましたが、当時、中国の絹織物が大量に日本に輸入され、日本国内の絹織物業者が困る、という通商摩擦がありました。政府間や業界でいろいろな話し合いが行われ、急激な(集中豪雨的な)輸出は避けられるようなりましたが、中国から日本への絹織物の輸出を禁止する、というような話にはなりませんでした。日本の絹織物業者も中国というライバルが現れた以上、そうした競争環境下で自分たちも変化せざるを得ないと考えたのだと思います。

 私は1988年に西安郊外の絹織物の刺繍工場を見学したことがあります。この工場では、中国産の絹織物に日本のデザイナーが指定したデザインで中国の若い工員さんたちがきれいな刺繍を縫い込んでいました。製品はすべて日本に輸出されて新しいデザインの和服になる、とのことでした。こういった工場が中国に出現したことにより、たぶん何人かの日本の刺繍職人は職を失ったかもしれませんが、日本側はデザインや新しいタイプの和服の企画などを担当し、刺繍作業は中国の工場に任せることにより、より安い和服の生産が可能になりました。結果的にこういった日中分業は和服の生産を進化させたと思います。一方、日本の絹織物業界の方々は、外からは見えない様々な苦労をされてきたのだと思いますが、西陣織とか大島紬とか、日本古来の伝統の織物はブランド化されて生き残っています。

 発展途上国に雇用が移っていく過程で、先進国側も変化せざるを得ません。その変化は、結果的には、発展途上国の国民と先進国の国民とが平等化する過程の一部です。ただ、その変化においては、先進国側では旧来型の雇用が失われるという「痛み」を伴いますが、その「痛み」を緩和する方策を講じるのが政治の役割だと思います。「痛み」を避けるために発展途上国への雇用の移転を拒否し、自らが変化するのも拒否することは、世界経済の発展にブレーキを掛けるだけです。イギリスもアメリカも、痛みを避けるために自ら変化することをやめて先進国と発展途上国との間の不平等な現状を固定化する方向に動くのではなく、「人間はみな平等である」という基本理念の看板を下ろすことなく自国内に生じる「痛み」に対する緩和策を講じながら、自らも変化していって欲しいと思います。

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