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2016年11月

2016年11月26日 (土)

中国の「地方政府の債務リスク応急処置事前対策」

 「人民日報」は2016年11月15日付け紙面の2面で、この日の数日前に国務院弁公庁が発した「地方政府の債務リスク応急処置事前対策」について解説をしています。

 私はパッと読んで「こういうケースの問題が起きた時にはこのように対処する」というような明確なイメージがさっぱり湧かないのですが、「地方政府の債券は、地方政府が法に基づいてその全ての償還責任を負う」とありますので、「地方政府は借金でクビが回らなくなったからと言って、中央政府を頼ってはいけないぞ」と言っているのだろう、ということはわかります。本当はそんなことは改めて国務院弁公庁の文書で明記されなくても「当たり前」だと思うんですけどね。

 このタイミングでこのような文書が出されたのは、実際に地方政府の債務リスク問題の具体的案件が発生する可能性があると中国政府自身が認識している(具体例の発生リスクが結構差し迫って高まってきている)ことを示している点で重要だと私は思います。

 この件を含め、中国の地方政府の借金については、日本経済新聞が11月23日付け朝刊6面の記事「中国『隠れ借金』拡大 地方政府、債券発行27兆円 中央政府管理強化へ」と題する記事で解説しています。

 中国の地方政府の債務問題については、かなり前から問題視されて来ました(例えば、ニューズウィーク日本語版2012年10月18日付け記事「不良債権 中国金融が抱える時限爆弾」参照)。地方政府自身による債券発行が認められていなかった時期にも「融資平台」と呼ばれる組織を作ってそこが借入を行う形にした「借金」が多額に上ったりしていたからです。2013年6月頃に「影の銀行」「理財商品」などの問題がクローズアップされた時など何回も「どうやって解決するのか」との懸念が持ち上がったのですが、そのたびに様々な形での借り換え等によって「解決されたように見える」状態が続いています(私は単に先延ばししているだけで、全然解決されていない、と思っていますが)。

 中国の地方政府は、「土地は公有」という社会主義体制の「特色」を活かして、一定の補償金と引き替えに農民から土地を収用して開発業者に売ることで多くの収入を得てきました。なので恒常的な税収基盤は脆弱であり、中国の地方政府が全ての借金を返済することはできないだろうと思っています。だとすると将来起こり得る事態は次のいずれかだと思っています。

○金融危機:借金を返せなくなった地方政府が出てきた場合、そこへ資金を提供していた銀行が破綻したり、「理財商品」等の形で間接的に投資していた一般市民が損害を被る。

○中央政府による肩代わり:最終的には人民元の発行主体である中国人民銀行が破綻した地方政府の借金の肩代わりをする。これは借金返済を通じた一種の「ヘリコプター・マネー政策」になるので、これが乱発されると、人民元は暴落し、中国国内は強烈なインフレに襲われる。

 日本銀行は既に大量の日本国債を購入しているのだから中央銀行が中央政府の借金を実質的に肩代わりしている日本の方が中国より既に「タチの悪い状態」になっているのだ、との考え方もありますが、日本政府の場合、税収と支出の状況はハッキリしており、税金をいくら上げて、支出をいくら切り詰めれば状況は改善する、という計算をすることはできます。しかし、中国の地方政府の場合、「公有の土地を売って収入を得る」ことに代替できるほどに今後税収を上げることができるとはとても考えられず、借金を返せるメドはどうやっても立たない、と私は見ています。

 世界の多くの人は「中国共産党ならなんとかやってくれるはず」と思っているのでしょうが、たぶん誰も(中国共産党自身も)「どうすれば『なんとかなる』のか」はわかっていないと思います。アメリカのトランプ次期大統領は「中国製品に45%の関税を掛ける」などと勇ましいことを言っていますが、中国経済が破綻したら全世界が困ります。世界は、もっとこの「中国の地方政府の債務リスク」を強く認識して、遠慮しないで中国共産党に言うべきことは言って、協力すべきことは協力して、地方政府の債務リスクの累積が破滅的な結果を招かないような方策を探る必要があると思います。

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2016年11月19日 (土)

「トランプ相場」が中国経済に与える影響

 ドナルド・トランプ氏がアメリカの次期大統領になることが決まった日(日本時間2016年11月9日)以降、世界のマーケットは急激な変化を見せています。選挙以前は、トランプ氏が選挙で勝利すれば、経済政策や安全保障政策に対する不透明感から、投資家のリスク回避姿勢が強まり、各国の株価は暴落、外国為替市場では安全通貨の円が買われて急激な円高が進む、と言われていました。

 しかし、実際は全く異なる状況になっています。昨日(2016年11月18日(金))時点での状況は以下のとおりです。

○アメリカ国債の金利が急騰した(10年物国債金利が大統領選挙前日の1.8%から急騰し11月18日(金)は2.35%で引けた)。

○外国為替市場では、米ドルの独歩高が進み、メキシコ・ペソ、インドネシア・ルピア、マレーシア・リンギット、ブラジル・レアルなどの新興国通貨が急落した(日本円は、対米ドルでは急速な円安となった)。

○アメリカ、日本やヨーロッパ先進国の株価が急騰した。新興国の株式市場は急落したところが多い。中国の株価指数(上海総合指数)は、緩やかに上昇傾向にある。

○中国の人民元も下落したが、人民元は、米ドル、ユーロ、ポンド、日本円などのバスケットに対して基準値が定まるのであり、ドルが独歩高になれば、人民元は対ドルでは必然的に「ドル高・人民元安」になるので、人民元の下落は不自然ではない(新興国通貨に比べると、それほど急激な下げではない、とも言える)。

 市場が事前予想と異なる方向で動いている原因としては、「トランプ氏は実際に大統領になった後は選挙期間中とは異なり相当に『まともに』なるのではないか」「上下院を共に共和党が制したことにより、トランプ新大統領はビジネスに有利な政策を打ち出しやすくなるのではないか」「トランプ氏が主張してきた減税やインフラ投資拡大が実際の政策として実行されれば、アメリカ経済には非常にプラスに働くのではないか」といった期待が強まったからだ、と考えられています。

 アメリカ国債の金利が急騰し、米ドルが他の通貨と比較して急速に高くなると、新興国に投下されてきた資金がアメリカに還流するので、新興国経済が打撃を受けることになります。しかし、中国に関して言えば、上に書いたように、人民元は急速に下落はしていますが、「ドルが上がれば人民元はこの程度下がるのは必然」といった想定の範囲内に留まっています。また、中国の株式市場は下落していません。なので、今回のアメリカ大統領選挙後の急激な市場の変化(新聞等では「トランプ相場」と言っています)は、今のところ中国に対して大きなマイナスの影響は与えていないように見えます。

 しかし、私は、この「トランプ相場」は、今後(早ければ年内、おそらくは2017年前半)に中国経済に大きな影響を与え、場合によっては、それが「中国発の世界経済波乱」を巻き起こす可能性があるのではないかと思っています。

 ここで思い出すべきは、2013年5月~6月に起きた「バーナンキ・ショック」です。アメリカFRBの当時のバーナンキ議長が議会証言で量的金融緩和第三弾(QE3)の縮小(いわゆる「テーパリング」の開始)を示唆したことから、世界の金融界の動揺を招き、新興国からの急速な資金の引き上げが起きました。これが「バーナンキ・ショック」です。日本でも、2013年5月23日、当時「アベノミクス」で浮かれていた東証日経平均株価が一日で前日比1,143円28銭も下落したので、ご記憶の方も多いと思います。

 「バーナンキ・ショック」は、たまたま中国政府が「偽装輸出」による国内への不法な資金流入に対する取り締まりを強化していたタイミングと重なったことから、中国に対しては中国国内での流動性の急激な枯渇による金融の大変動をもたらしました。当時、中国当局が「影の銀行」や「理財商品」といった不透明な金融システムをコントロールしようとしていたことも背景にありました。この頃(2013年6月頃)、上海銀行取引金利(SHIBOR)が急騰したり、上海総合指数が急落したりしました。この時、中国人民銀行は、大量の流動性を市場に供給して、この事態を切り抜けました(「バーナンキ・ショック」直後の中国の状況については、このブログの2013年7月頃の記事を御覧ください)。

 「バーナンキ・ショック」は、結果的に中国に危機をもたらすことはありませんでしたが、この時(2013年6月頃)に垣間見せた中国の金融事情の脆弱性は、世界の市場関係者の記憶に残りました。それが、2015年8月の人民元切り下げや上海株急落を切っ掛けとした「中国発世界同時株安」の背景にあった、と私は認識しています。

 今回(2016年11月)の「トランプ相場」は、「バーナンキ・ショック」とは異なります(特に「トランプ相場」によるドル高や先進国での株高は「バーナンキ・ショック」時の反応とは全く逆)。ただ、12月のアメリカFRBによる再利上げ実施観測とも相まって、新興国からアメリカへの資金の還流、という点では、「バーナンキ・ショック」と似た側面もあります。

 中国に関しては、「バーナンキ・ショック」の時は中国国内では2008年のリーマン・ショック後の「四兆元の経済対策」の余韻がまだ残っていて投資の過熱状態が続いており、外国から中国国内への投機資金の流入が問題視されていました。また、当時は習近平-李克強体制が始まったばかりで(正式には2013年3月の全人代から新体制がスタートした)、改革に対する期待もありました(この頃、期待されていた改革に対して「リコノミクス」という言葉が生まれました)。

 しかし、今(2016年)は、来年(2017年)後半の中国共産党大会へ向けて、中央も地方も「無理をして経済を膨らませている状態」です(習近平主席と李克強総理の不仲が明白になったことから、「リコノミクス」という言葉も死語となってしまいました)。

 今は、資金の流れに関しては、将来の人民元安観測が強いことから、中国国内から外国への資金流出の圧力が強い状態になっています。中国経済の先行きが明るいならば、投機資金は中国国内の成長が期待される部分に集まるはずですから、そうではなく資金の海外流出圧力が強い、ということは、とりもなおさず、中国の人々自身が「中国経済の今後は明るくない」と思っている証拠だと思います。

 現在のところ、中国のGDPは対前年比プラス6.7%のレベルであり、数字上は「巡航速度」のように見えますが、輸出が対前年比で10%も減少する状態が続いていることを考えれば、現在の中国経済は「不自然に無理して健全さを保っているかのように見せている状態」であるように思えます。それを示す具体的な例を日本経済新聞が最近連日のように報じています。いくつか掲げれば以下のとおりです。

○2016年11月18日(金)付け朝刊19面記事「最高水準に迫る原料炭 中国に投機資金、騰勢拍車 政府、取引規制を強化」

【解説】中国政府は過剰生産削減のために石炭の生産を削減しましたが、一方で、マンション建設等は進めていることから、マンション建設等に必要な鉄鋼は生産する必要があり、鉄鋼業の方では生産の削減は進みませんでした。このため、製鉄に必要な原料炭が不足し、今年(2016年)後半、原料炭価格が高騰しています。この記事では、このような実際の需給関係に加えて、中国の投機資金が原料炭先物市場に入っているため、更に原料炭価格を急騰させている、との見方を指摘しています。この原料炭価格を巡る一連の動きは、生産削減の実施が石炭業と鉄鋼業とでちぐはぐであることを示しており、中国政府の経済政策遂行能力に問題があることを示しているのではないか、と私は見ています。

○2016年11月19日(土)付け朝刊9面記事「中国の車市場 減税バブル 新車販売3,000万台目前に 需要先食い、地元勢に焦り」

【解説】中国での新車販売は現在好調だが、これは2015年10月に導入された小型車減税(2016年内に打ち切り予定)による「需要の先食い」による「バブル」ではないか、とこの記事では指摘しています。中国メーカーの10月の新車販売が浙江吉利控股集団では対前年同月比94%増、長城汽車では31%増となっているのは「異常ともいえる」とこの記事では指摘しています。

 一方、次の記事も気になります。

○2016年11月19日(土)付け朝刊6面記事「中国住宅価格 勢い鈍る 深セン・成都 下落に転じる 10月前月比 購入制限が影響」

【解説】日経新聞では「伸びが鈍った」ことを強調していますが、ロイターによれば住宅価格は対前年比で見れば深センが31.7%上昇、上海が31.1%上昇、北京が27.5%上昇だとのことです。昨年末の段階で「住宅は需要二年分の在庫がある」とされていながら、価格が高騰し続けているのは、住宅価格が実需とは関係なく、投機目的で売買されているからでしょう。「投機目的の売買」とは「値段が上がると思うから買う」という状態ですから、日経新聞が指摘しているように「住宅価格 勢い鈍る」状態になったのであれば、今のような「住宅に関するバブルのような状態」は近々終了するのかもしれません。

 中国の貿易統計を見る限り、今の中国経済が「好調」であるとはとても思えません。一方で、来年(2017年)後半の中国共産党大会へ向けて、党中央、地方政府、国有企業のいずれもが「今は無理をしてでも経済を活発な状態に維持していなければいけない状態」にあります。しかし、無理して底上げした経済の状況を長続きさせることは困難です。そのため、私は、来年の中国共産党大会が終わった時点で中国経済は失速してしまうのではないか、と懸念していました。しかし、今回、「トランプ相場」によって急激なドル高が進んでいる現状を考えると、人民元の先安感が強まり、資金の中国国内からの流出圧力が強まることにより、「中国経済の失速」は、2017年後半の中国共産党大会の後ではなく、2017年前半にも発生するのではないか、と思うようになりました。

 特に、中国当局が、人民元安を食い止めるために外貨準備を使って「ドル売り・人民元買い為替介入」を強化することになった場合、仮に外貨準備として持っていたアメリカ国債の売却を増やすようなことがあれば、それはアメリカ国債の価格低下(金利上昇)をもたらし、更なるドル高を加速する、という悪循環を招く可能性があります。

 この点について、今日(2016年11月19日(土))付け日本経済新聞夕刊2面の「ウォール街ラウンドアップ」の欄の記事「米金利上昇、中国はどう動く」の中では、米国駐在の日本の外交官が「今の中国には、米国債を買う動機はあっても売る動機はない」と言っていることを紹介しています。アメリカ国債の金利が上がる(価格が下がる)のであれば、豊富な外貨準備を有利に運用したいと考えている中国にとって、アメリカ国債は買った方が得だからです。もし、仮に「中国がアメリカ国債を売っている」という事実が判明したら、それは「中国当局が損得を考える以上に人民元安を食い止める為替介入の方が重要だと考えている(それだけ人民元安圧力(=資金流出圧力)が強い)」ことを示すことになるので、コトは重大だと思います。

 新聞等では「トランプ相場」は、1980年代前半の「レーガノミクス」や2012年暮以降の「アベノミクス」の再来だ、といった言い方をする人もいるようですが、私は「トランプ相場」は「レーガノミクス」や「アベノミクス」とは全く異なると思っています。それは世界第二位の経済大国である今の中国の状況が「レーガノミクス」や「アベノミクス」の頃とは全く異なるからです。今は、上に書いたように3年前の「バーナンキ・ショック」の時を思い出しながら、「トランプ相場」が中国経済にどのような影響を与えるのか、注意深く見ていく必要があると思っています。

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2016年11月13日 (日)

中国を見ながら「人間はみな平等」を考える

 アメリカ大統領選挙で共和党候補のドナルド・トランプ氏が当選しました。6月のイギリスのEU離脱を決めた国民投票とこのアメリカ大統領選挙の結果は、多くの人に「まさか!」という気持ちをもたらしました。もしかすると、これらは歴史の大きな流れの転機一つであり、2016年は後年の歴史家に「イギリスとアメリカで変化が表面化した歴史的な年だった」と言われる年になるのかもしれません。

 「歴史的変化」とは、「17世紀、18世紀に始まった『人間はみな平等である』という価値観に基づく西欧型民主主義システムの変質」です。現在の西欧型民主主義システムが18世紀イギリスの「ピューリタン革命」「名誉革命」、18世紀のフランス革命やアメリカ独立戦争などの市民革命で始まったことを考えると、2016年、イギリスとアメリカの選挙で大きな変化が現れたことは象徴的な出来事だったのかもしれません。

 もともと17世紀、18世紀の市民革命では、王侯貴族と一般市民が生まれた時点で権利が異なるのはおかしい、という考え方から出発しました。現代では「人間は生まれた家系や生まれた場所、人種、宗教、性別などで差別されてはならない」という理念は普遍的価値だと考えられています。

 一方、イギリス国民投票でのEU離脱決定の背景には、移民の増加により職を奪われるのを嫌ったイギリス国民の考え方が背景にあると考えられます。アメリカでトランプ氏が当選したのも、アメリカ企業が海外に工場を移転して雇用がアメリカ国外に流出したことやアメリカに流入する移民によりアメリカ国内の雇用を奪われたことに怒った労働者層がこれまでの政治のやり方に反発したからだ、と言われています。

 「人間はみな平等である」という考え方に立てば、外国の労働者であろうが移民であろうが、その人たちが安い賃金でもよいから働きたい、と考えるのであれば、それらの人々に職が与えられるべきです。同じ仕事をやっているのにイギリス人やアメリカ人には高い給料を払い、外国人や移民には安い給料しか払わない状況を是認する考え方は「人間はみな平等」という基本理念に反します。もし「人間はみな平等」という基本理念をやめる方向に向かうのならば、それはもはや「西欧型民主主義システムの変質」と言わざるを得ないでしょう。

 長年、中国に関係する仕事をしてきた私にとって「異なる国の国民(日本人と中国人)の賃金が違う」という状況は日常的な風景でした。ただそれは、中国の経済がまだ発展途上であり、中国の人民元レートが相当に割安に設定されているため、中国人労働者がもらう人民元建ての給料を日本円に換算すると安くなってしまうだけでの話であって、将来、中国経済が発展して人民元レートが適切に調整されれば、「日本人の給料は高い。中国人の給料は安い」という「不平等」はなくなると思っています(実際、シンガポールについては、日本人とシンガポール人の間の賃金の違いは現在ではほとんど意識しない程度のレベルになっていると思います)。

 国によって経済発展の度合いが違うので、「異なる国の国民の賃金が違う状況」はどうしても発生してしまいます。その結果、同じ仕事なら、雇用は賃金の高い先進国から賃金の低い発展途上国へ流出します。ただ、「先進国の雇用を守るために賃金の安い発展途上国の労働者には仕事をさせない」といった方策は何の解決にもなりません。そうした施策は発展途上国の経済発展を阻害し、結果的に世界全体にマイナスになります。

 日本と中国を考えた場合、1972年の日中国交正常化以来、日本の製造業のかなりの部分が中国に移転しましたが、その結果、中国の経済が発展し、多くの中国人が豊かになったので、最近に至っては、多くの中国人が日本製の紙おむつを買ったり日本に観光に来てお金を落としたりしています。日本の人はそれをよく知っているので、発展途上国に雇用を奪われるのは困る、とはイギリス人やアメリカ人ほど考えていないのかもしれません。

 1980年代前半、私は日中の通商貿易に関する仕事をしていましたが、当時、中国の絹織物が大量に日本に輸入され、日本国内の絹織物業者が困る、という通商摩擦がありました。政府間や業界でいろいろな話し合いが行われ、急激な(集中豪雨的な)輸出は避けられるようなりましたが、中国から日本への絹織物の輸出を禁止する、というような話にはなりませんでした。日本の絹織物業者も中国というライバルが現れた以上、そうした競争環境下で自分たちも変化せざるを得ないと考えたのだと思います。

 私は1988年に西安郊外の絹織物の刺繍工場を見学したことがあります。この工場では、中国産の絹織物に日本のデザイナーが指定したデザインで中国の若い工員さんたちがきれいな刺繍を縫い込んでいました。製品はすべて日本に輸出されて新しいデザインの和服になる、とのことでした。こういった工場が中国に出現したことにより、たぶん何人かの日本の刺繍職人は職を失ったかもしれませんが、日本側はデザインや新しいタイプの和服の企画などを担当し、刺繍作業は中国の工場に任せることにより、より安い和服の生産が可能になりました。結果的にこういった日中分業は和服の生産を進化させたと思います。一方、日本の絹織物業界の方々は、外からは見えない様々な苦労をされてきたのだと思いますが、西陣織とか大島紬とか、日本古来の伝統の織物はブランド化されて生き残っています。

 発展途上国に雇用が移っていく過程で、先進国側も変化せざるを得ません。その変化は、結果的には、発展途上国の国民と先進国の国民とが平等化する過程の一部です。ただ、その変化においては、先進国側では旧来型の雇用が失われるという「痛み」を伴いますが、その「痛み」を緩和する方策を講じるのが政治の役割だと思います。「痛み」を避けるために発展途上国への雇用の移転を拒否し、自らが変化するのも拒否することは、世界経済の発展にブレーキを掛けるだけです。イギリスもアメリカも、痛みを避けるために自ら変化することをやめて先進国と発展途上国との間の不平等な現状を固定化する方向に動くのではなく、「人間はみな平等である」という基本理念の看板を下ろすことなく自国内に生じる「痛み」に対する緩和策を講じながら、自らも変化していって欲しいと思います。

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2016年11月 6日 (日)

中国の新型都市化計画と農地三権改革

 先週日曜日(2016年10月30日)NHKスペシャル「巨龍中国 1億大移動 流転する農民工」が放送されました。NHKスペシャルの「中国もの」はいつもタイムリーで優れたものが多いのですが、今回のものは現在の(2016年時点での)中国のホットな状況と問題点を的確に指摘した点で注目すべきものだと思います。

 この番組には非常に重要な点が含まれているので、私の個人的観点から解説してみたいと思います。

(なお、以下、番組の内容を紹介することになりますので、一種の「ネタバレ」となります。番組を見なかった方でも、現在、パソコン等で見られる有料サービス「NHKオンデマンド」で配信されていますので、そちらで見ることも可能です)。

○河南省鄭州市の農民工居住区「陳砦(ちんさい)地区」の再開発

 番組によれば、今年(2016年)7月、鄭州市は、農民工居住地区「陳砦地区」を再開発するため、「陳砦地区」に住んでいる農民工たちに対し、約1か月後を期限とした立ち退き指示を出した、とのことです。中国の場合、都市部の土地の所有権は国にあるで、「大家さん」である行政側が指示すれば、土地を借りて住んでいる住民は立ち退かなければならないのです。

 中国の行政担当者の感覚からすれば「中国では当たり前」のことかもしれませんが、こうした行為は「賃貸住宅の住民は大家さんの意向があった場合は、いつ何時でも立ち退かなければならない」との認識を中国人民に再認識させ、「賃貸住宅に住むリスク」を意識させることになります。

 中国では、買い手の付かないマンション(マンション在庫)が大量にありますが(下記注参照)、私は、最終的には中国政府(中央政府及び地方政府)は売れ残りのマンションを買い上げて賃貸住宅にするのではないかと思っています。そうなった場合、中国人民の中に強く存在する「賃貸住宅に住むリスクの感覚」は、そのような中国政府の賃貸住宅拡充施策の妨げになると思います。

(注)去年(2015年)12月25日(金)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」の解説によれば「現在建設中のものも含めると21億平方メートルの住宅不動産の在庫がある。この数字は、もし仮に今後全く住宅の建設が行われなかったとしても、2年間、住宅の需要をまかなえる数字である。」とのことです(このブログの2015年12月26日付け記事「中国の『露骨』だけど『素直で正直な』新しい住宅政策」参照)。

(なお、「大家さんには住民を追い立てる権利がある」という考え方は、日本にも江戸時代からありました(古典落語の「三軒長屋」に出てくる)。それではあまりに借家人が気の毒だ、ということで日本では借家人の権利を守るように法律改正がだんだんになされてきましたが、借家人の「居住権」が最終的に守られるようになったのは、1992年8月に施行された借地借家法によってですので、日本でもそれほど古い話ではありません。)

 番組では「陳砦地区」を再開発した跡地に何を作ろうとしているのか紹介していませんでしたが、おそらくはマンションか商業施設を作ることになるのでしょう。問題は、新しく作ったマンションを買う人がいるのか、新しく商業施設を作った場合に集まる客がいるか、ということです。私は北京に駐在している間(2007年4月~2009年7月)、夜になっても電灯がほとんど付かないマンションや立派だけどお客がほとんどいなくてガランとした商業施設をいくつも見ました。オリンピック前後の北京でそうだったのですから、今の鄭州では大丈夫なんだろうか、と思ってしまいます。少なくとも「陳砦地区」を追い出された農民工たちが、新しくできたマンションを買ったり、新しくできた商業施設に客として出入りしたりすることはないだろうなぁ、ということは容易に想像ができます。

○鄭州市から最終的には故郷の農村に帰った項さんのケース

 「陳砦地区」で小さな食べ物屋さんをやっていた項さんは、最初は、故郷の農村に帰って農業をやろうと思いました。しかし、故郷の農村では、こどもの数が減ったために幼稚園が閉園になっており、項さんは自分のこどもを幼稚園に通わせることができないことがわかりました。そのため、河南省内の中小都市・許昌市で食べ物屋さんを続けられないか物件を見て回りました。でも、空いている物件がある場所は、周辺にマンションは建っているものの、ほとんど人は住んでおらず、お客が多く来る見込みがないので、あきらめて結局は故郷に帰って農業をやることにしました。

 項さんは、農地があり、農業ができるのだから家族を食わせるには困らない、と言っていましたが、たぶん生活レベルは鄭州市にいた時よりは下がるでしょう。というのは、項さんは、鄭州市に出稼ぎに行った方がよい生活が送れるからこそ鄭州市に出ていたと思われるからです(一般に農業は他の産業に比べて労働生産性が低いので(同じだけ働いても得られる収入が少ないので)、どこの国でも、いつの時代でも、農村を出て都会で働きたいと思う人は多い)。

 最終的に項さんは故郷の農村に住むことにしましたが、鄭州から帰って来た家族が住むためには古くなった実家を改築する必要があり、その改築のために、鄭州で30年間にわたって貯めた150万円(10万元)以上を全部使ってしまうことになったそうです。それを考えても、項さんの生活レベルは鄭州にいた頃よりは下がってしまうことになるのでしょう。項さんのような人が中国全土にたくさん増えれば、結果的に、中国全体の消費が減ってしまい、中国の経済活動が全体的に低調になってしまうことになります。

 この項さんのケースで「中小都市の許昌市で店を開こうと思ったけれども、お客が来る見込みがないのであきらめた」という部分は非常に重要なメッセージです。番組でも紹介していましたが、今、中国政府は、大都市にいる農民工を中小都市に移住させ、都市戸籍を与えて定住させようという計画「新型都市化計画」を進めています。そのため、中小都市でのマンション建設等が盛んに行われているのですが、問題は中小都市に移住した農民工(都市戸籍を得れば「農民工」とは呼ばれなくなるのですが)の職はあるのか、という点です。中小都市において、マンションや道路などの建設が行われている間は、建設工事のために労働力は必要ですが、製造業などの産業が育っていなければ、農民工だった人々を中小都市に集めても、定職を与えることはできません。

 かつての沿岸部や揚子江流域ならば、外国への輸出を想定した労働集約型製造業の工場を建てることで大量の労働力を吸収できましたが、許昌のような内陸部の中小都市では、都市に集まった大量の「元農民工」を食わせるだけの産業が将来育つという見込みを立てるのは難しいと思います。この番組では、今、そうした中小都市でマンション建設等が次々に行われ、そこにこれまで株式等に流れていた投資マネーが流れ込んでいる、と紹介していました。もし、現在の(2016年の)中国経済の「持ち直し」がこうした中小都市でのマンション建設(及びそのために必要な鉄鋼やセメントの生産)に支えられているのだとしたら、一定期間終了後(たぶん来年(2017年)秋の党大会が終わったら)これら「経済の持ち直し」は夢のごとく消え去ってしまうことになるでしょう。それとともに流れ込んだ投資マネーによるバブルははじけることになります。

○鄭州市内の別の場所に住むことになった李さんのケース

 「陳砦地区」で惣菜屋さんをやっていた李さんは、病気の父親の病院通いとこどもの教育のために鄭州市の別の場所に住むことにしました。住む場所として中古マンションを買うことにしましたが、李さんはその資金として、故郷の農村にある「自分の農地」を担保にお金を借りることにしました。番組によれば、0.5haの農地を担保にして450万円(30万元)を借りるとのことでした。

 中国では、農地の「所有権」は村などの集団にあり、農民にはありません。李さんが担保にしようとしたのは、農地の「請負生産権」あるいは「農業経営権」です。

 中国では、文化大革命時代の「人民公社」の制度では、農民は「人民公社の社員」であり、農地に対する権利はありませんでした。1978年の改革開放後、「人民公社」は解体され、農民は農家ごとに分配された「生産請負」に応じて自分の裁量で農業経営ができるようになりました。今、中国共産党は、この現状を踏まえて、農民は「生産請負権」及び「農業経営権」を持っているのだ、と認定しています。即ち、農地に関しては「農地所有権」「請負生産権」「農業経営権」の三つがあり、「農地所有権」は村などの「集団」が保持するが、「請負生産権」「農業経営権」は農民が持っていて、農民が持っている「請負生産権」「農業経営権」は流動化できる、即ち譲渡したり担保にしたりできる、と認定しているのです。このような考え方を「農地三権改革」と呼んでいます。

 農地に関する農民の権利は、中国革命の根本理念ですので、中国共産党は、これまで累次農地に関する検討を進めてきました。その検討の結果を示すひとつの重要な文書に第17期三中全会で決まった「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」(2008年10月)があります。これについては、このブログの2008年10月28日付け記事「第17期三中全会決定のポイント」を御覧ください。

 今回、番組で紹介していた李さんは、こうした中国共産党の新しい考え方に基づき、自分の故郷の村の「請負生産権」「農業経営権」を担保にして450万円(30万元)のお金(その農地から得られる農産物の収入の三年分に相当する)を借りることにしたようです。

 この点について、私は以下のような問題点があると思っています。

(1)「請負生産権」「農業経営権」を担保にして資金を貸し出す際、貸し出す側(村当局なのか銀行なのかは番組では紹介していない)による資金の貸し付けが可能かどうかの審査が行われた形跡が番組では見られませんでした。日本などでも担保がある場合には貸し付けの際の審査が甘くなることはあると思われますが、ひとつ75円(5元)の惣菜を売る商売をしている李さんが450万円(30万元)を返済するのはかなり難しいのではないかと思われるのにもかかわらず、番組では「請負生産権」「農業経営権」を担保にする契約に署名・捺印する李さんの様子を紹介していました。もし、中国全土でこのような「貸し付け」が行われているのだとすると、大量の「貸し倒れ」が発生した場合に何が起こるのかを考える必要があるのではないか、というのが私の印象です。

(2)「請負生産権」「農業経営権」を担保にして資金を貸し出して結果的に「貸し倒れ」になった場合に、資金を貸し出した側(村または銀行)が接収した「請負生産権」「農業経営権」を資金化できるのかは非常に疑問です。日本などで土地が担保となりうるのは、「土地所有権」が売買されており、「貸し倒れ」の結果として接収した土地は売却して資金化できるからこそ銀行は土地を担保として融資できるのです。中国の農地の「請負生産権」「農業経営権」は簡単に売却して資金化できるかどうか不明です。「請負生産権」「農業経営権」を簡単に売却して資金化できないのであれば、これらを担保として融資が行われた場合、「貸し倒れ」が起きた時点で問題が生じる可能性があります(同じような話に「林業権」があります。「林業権」については、このブログの2013年8月18日付け記事「もはや李克強改革は挫折か:林業権担保の話」参照)。

 もちろん、李さんが450万円(30万元)借りて購入した中古マンションの価格が今後上がるのだとしたら、最終的にはマンションを売れば借金を返せるわけです。つまり、番組を見ている限り、資金を貸す方も借りる方も「マンション価格は今後必ず上昇する」ことを前提にしている可能性があります。なので、もし仮に今後マンション価格が下がったら、すべては「うたかたの夢」と消えてしまう可能性があります。

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 以上のように、このNHKスペシャル「巨龍中国 1億大移動 流転する農民工」は、現在の中国政府の最もホットで重要な政策である中国の新型都市化計画と農地三権改革についての問題点を浮き彫りにする形となりました。NHKの番組制作スタッフの着眼点の鋭さに敬意を表します。

 一方で、こうしたNHKに取材許可を出している中国当局の意図はどこにあるのだろうか、と私は思いました(NHKは取材許可を得るのに相当苦労しているとは思いますが)。これまでもNHKは中国当局にとっては相当に「耳の痛い」問題についても鋭く指摘する番組を制作してきました。私が北京に駐在していた頃に放送していた「激流中国」(放映期間2007年4月~2008年7月)については、関係当局が「NHKの取材に協力するな」といった文書を出したとの「ウワサ」が流れたり、その文書がインターネット上に出回ったりしましたが、「激流中国」は北京でもNHK国際放送で「検閲ブラックアウト」されることなく見ることができました。中国共産党の中にもNHKの累次の番組で指摘している問題点を正面から考えるべきだ、という良識的な人々がいるのだという私の「希望的観測」が当たっていればいいなぁ、と私は今回の番組を見て改めて思いました。

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