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2016年6月25日 (土)

たぶん中国の構造改革は遅れる

 昨日(2016年6月24日(金))付け日本経済新聞朝刊の記事によれば、このほど中国は銀行に対する金利規制を復活させた、とのことです。中国は去年(2015年)10月、銀行の預金金利上限を撤廃して金利自由化を達成しましたが、今般「業界団体の自主ルール」という形で金利規制を復活させた、とのことです。

 去年10月の金利自由化などの中国の金融自由化推進への動きを受けて、去年11月、IMF(国際通貨基金)は、中国の人民元をSDR(特別引き出し権)の算出対象通貨とすることを決めました。IMFによるSDR採用前に金利自由化を行い、SDR採用決定後に金利規制を復活させた今回の行為は「中国の金利自由化は人民元のSDR入りを認めさせるための一時的な『だまし』だったのではないか」と勘ぐる向きもあるかもしれません。でも、たぶん本当のところは、中国自身も金融自由化を進めたかったのだが、経済全体の構造改革がうまく進まず、金融自由化だけ先走ったのでは経済全体のバランスを欠くことになる、として、やむなく金利規制を復活させた、というところなのではないかと私は考えています。

 今年3月の全人代まで、中国指導部は「断固として『ゾンビ企業』の処理を進める」と繰り返し宣言していましたが、その後、鉄鋼、セメント等の業界において「ゾンビ企業」が淘汰され、余剰設備が大幅に減ってきている、といった話はあまり聞こえてきません。余剰設備の削減は段階的に実施されていると思いますが、やはり大量のリストラといった「痛み」を避けるため「ゾンビ企業の処置」をスピード感をもって進めるのは難しいのだと思います。

 一方、金利自由化により(銀行間競争により預金金利を高く貸出金利を低くせざるを得なくなることによって)銀行の経営基盤が厳しくなれば、「ゾンビ企業」の処置により発生した新たな不良債権を銀行が処理することが難しくなります。このため、まずは銀行の経営基盤を盤石なものにするために、金融自由化が遅れることには目をつぶって、金利規制を復活させたものと思われます。

 6月20日、李克強総理は、中国建設銀行と中国人民銀行を視察し、その様子が夜のテレビニュース「新聞聯播」で放映されました。中国人民銀行の周小川総裁も李克強総理の視察に同行していました。国家指導者による企業や機関への視察は、中国ではよくある話ですが、周小川総裁は、もともと李克強総理の「腹心」のような方ですので、必要な指示があればいつでもできるはずであって、わざわざ「視察」をする必要はないはずです。ですから、今回の中国建設銀行と中国人民銀行の「視察」とその報道が行われたのは、金利規制復活をはじめとして、銀行に対する政府の「指導」を今後強化するぞ、というメッセージを中国全土の金融関係者に発したいと李克強総理が考えたからだと思います。

 ただ、こうした政府による銀行への「指導」の強化は、結局は銀行側に「政府におんぶにだっこ」の気持ちを温存させてしまうと思います。今回の金利規制の復活をはじめとする政府による「指導」の強化は、中国においては自由な市場経済への道はまだまだ遠いことを印象付けるものでした。

 一方、李克強総理自身が銀行の「視察」によって銀行に対する「指導」を強化するような姿勢を見せたことは、李克強総理自身が「構造改革重視」から「景気重視」に姿勢を変えたことをアピールする効果もあったと思います。李克強総理は明日(6月26日(日))から天津で開かれる世界経済フォーラム年次大会(通称「夏季ダボス会議2016」)に参加する予定ですので、李克強総理自身がどう考えているのか、このフォーラムでの発言が注目されます。

 このほどEU離脱を決めたのイギリスの国民投票(日本時間では昨日(6月24日)結果が判明)は世界に衝撃を与えました。今後、ヨーロッパでの先行き不透明感が高まって、世界の企業家は新規投資に慎重になり、世界的にデフレの傾向が強まるかもしれません。中国では、そうした中で構造改革を急ぐことは経済の「腰折れ」を招くおそれがあることから、政府によるコントロールを維持(場合によっては強化)しながら景気を維持することを重視し、一方で構造改革が遅れることはやむを得ない、という選択肢を採ることになるのかもしれません。

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