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2016年4月

2016年4月30日 (土)

中国東北三省の経済は国有企業改革がカギ

 中国の東北三省(黒竜江省、吉林省、遼寧省)の経済では鉄鋼・石炭等の国有企業が大きな役割を果たしています。今、中国の国有企業は、生産設備の過剰等で非常に苦しい状況に置かれているところが多くなっていますが、2016年4月27日付けの日本経済新聞朝刊6面の記事によれば、2016年1~3月期の遼寧省の域内総生産の実質成長率は、前年同期比でマイナス1.3%となった、とのことです。この記事によれば、遼寧省がもし通年でマイナス成長になるとすると、1981年以来35年ぶりのことだそうです。

 国有企業の比重が大きい東北三省の経済については、中国政府も非常に重要視しています。日本経済新聞が上記の記事を書いた同じ4月27日の「人民日報」では、1面トップ記事で、中国共産党中央と国務院が「東北地区等の古い工業基地を全面的に振興することに関する若干の意見」を発表したことを伝えています。

 現在の中国の東北三省は、戦前日本軍のバックアップによってできた旧「満州国」とほぼ重なります。戦前、日本資本等により建設された鉄道や工場等のかなりの部分は中華人民共和国政府に引き継がれ、新中国建国期の経済成長を支えてきました。さらに新中国成立後、黒竜江省で大慶油田と呼ばれるようになる油田が発見され、それを基にした石油化学工業も中国にとって重要な産業となりました。

 このように東北三省の重化学工業は、中国の経済発展の重要な基盤的役割を果たしてきました。しかし経済環境の変化が激しい現在にあっては、時代の流れに迅速に対応できていない東北三省の重化学工業分野の国有企業は、現在の中国経済にとってひとつの「重荷」になっているのです。

 石炭・鉄鋼等の産業が時代とともに構造改革(時にリストラなどの「痛みを伴う改革」を伴う)を余儀なくされることは、中国だけに限った話ではありません。かつて鉄鋼と造船が盛んだったイギリスのスコットランドで独立問題がいまだに議論されているのは、1980年代のサッチャー政権以降進んだ産業構造の変化が失業等の問題を生じたことが今に繋がっているからだと言われています。アメリカ中西部・五大湖沿岸の「ラスト・ベルト(錆の帯)」と呼ばれるかつて鉄鋼業が盛んだった地域での雇用問題は、今でも大統領選挙等で非常に重要な政治課題となっています。今の中国は、民主主義という「利害関係者の意見表明と議論の場」を持ちません。そのような中国において「痛みを伴う改革」をどのように進めていくのか、中華人民共和国にとってかつて経験したことのない変革の時期が今始まりつつあるようです。

 今日(2016年4月30日)付けの「人民日報」の1面トップ記事は、昨日(4月29日)中国共産党政治局会議が開催され、今年第一四半期の経済データを受けて、この会議で当面の経済情勢について検討・分析し、経済政策について議論されたことが報じられています。「人民日報」に掲載された新華社電では、党政治局会議では以下の点が強調されたと伝えています。

「(2016年第一四半期の経済データに関し)十分肯定的な成績が出ているという状況の下、経済に対する下押し圧力は依然として比較的大きく、一部の実体企業の生産経営は依然として困難であり、市場リスクも増加していることを認識する必要がある。存在する突出した矛盾と問題点に対しては、高度に重視し、冷静に分析し、ターゲットを絞った措置を実施し、攻略戦、持久戦の準備をうまくやって、政策実行をうまくやらなければならない。」

 この伝え方は、中国共産党中央も、この「構造改革」には相当な時間が掛かることを認識していることを示していると言えます。

 なお、李克強総理は、2007年の党大会で政治局常務委員になる前は遼寧省党書記をやっていました。従って、遼寧省の経済をうまく建て直すことは、李克強氏自身にとって、政治的に非常に重要な課題であると言えます(遼寧省での改革がうまく進まないと李克強氏の政治的立場が苦しくなる、とも言える)。

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2016年4月23日 (土)

インターネット社会と中国共産党との関係

 現在の中国とインターネットとの関係を考える上でひとつの参考となる会議が4月20日に開かれました。「ネットの安全と情報化に関する座談会」です。この座談会は、習近平総書記(国家主席)が主宰したもので、中国のネット検索トップ百度(バイドゥ)創業者・CEOの李彦宏氏(ロビン・リー氏)やネット通販最大手のアリババ集団会長の馬雲氏(ジャック・マー氏)も出席していました(国際的に活躍する中国人は英語風の愛称を自ら名乗ることがよくあります)。

 これらのネット関連企業は、間違いなく現代中国の驚異的な経済発展の一旦を支えているものであり、習近平主席も、ネット業界が今後の中国経済発展のカギを握っていると考えていると思うからこそ、こうしたネット企業トップとの意見交換会(座談会)を開いたのだと思います。

 ただ、私の個人的な印象を言わせてもらえば、ほとんど古来からの中華帝国皇帝のように権力を一点に集中させている習近平主席と国際的ビジネスシーンで活躍するネット企業トップとの関係は、なんともアンバランスで奇妙なものに見えました。

 李彦宏氏は、アメリカ留学後中国に帰国して百度を創業したのですが、既に中華人民共和国の国籍を離れてアメリカ市民権を得ています。アリババ集団の馬雲氏も、世界を飛び回っているビジネスマンで、一昨年9月にアリババがニューヨーク証券取引所に上場した時、経済専門チャンネルCNBCに出演して流ちょうな英語でキャスターと話していた姿を思い出します(この時傍らにはアリババの筆頭株主であるソフトバンクの孫正義社長もいました)。こういった国際的ビジネスマンたちと習近平主席とはどこまで仲良くやっていけるのだろうか、という印象を私はどうしても持ってしまいます(国際的な経済シンポジウムにしょっちゅう出席して世界のビジネスマンと談笑する姿を何回も見ている李克強総理の方にはそういう「違和感」は感じないのですが)。

 ネット企業に限らず、現在、中国には国際的にビジネスを展開している民間企業が多数ありますが、これら民間企業のリーダー達の思うところと中国共産党の思惑とは、一致しているところと衝突する部分の両方があると思います。中国経済の大きな部分を担っているこれら中国の民間企業の有力者たちと中国共産党とがどうやって折り合いを付け続けていけるのか、は、中国の経済社会の将来を考える上で大きな課題です。

 もうひとつ、今回の「座談会」で私の印象に残ったのは、習近平総書記がネットの政府監視機能について言及したことです。歴代の中国共産党幹部は、インターネットを使った人民による政府や中国共産党幹部に対する監視機能を肯定する発言をときどきしており、特段の新し味はないのですが、今回の習近平主席のネットを使った人民による政府の監視機能に関する発言は、かなりストレートなものだったとの印象を私は受けました。

 2016年4月21日付け「人民日報」2面の記事では、次のように紹介しています。

「総書記は、ネット上に出された善意の批評やインターネットの監督に対する意見については、党や政府の政策に対して提言されたものはもちろん、指導部幹部個人に対して提言されたものであっても、(そよ風や霧雨のように)やり方が穏やかなものであるのはもちろん、耳に痛い忠言であっても、我々は、歓迎するのはもちろん、真剣に研究し取り入れなければならない、と指摘した。この重要な論述は、我々の党のインターネット発展に対する寛大な気持ちと開放的な視野及び科学的態度を大いに体現しているものである。」

 私は、2007年~2009年に北京に駐在していて、中国当局のネット監視機構による中国共産党にとって都合の悪いサイトへの強引なアクセス遮断やネット上の都合の悪い記事や発言に対する徹底的な削除の嵐をよく知っていますので、上記のように「人民日報」が「我々の党のインターネット発展に対する寛大な気持ちと開放的な視野及び科学的態度」について述べることについては「よく言うよ」というのが率直な感想です。ただ、「人民日報」が中国共産党総書記の言葉としてこうした考え方を堂々と表明していること自体が「問題点を自分たちでもよくわかっていることを示している」という意味で、意味あることだと思っています。

 力を増す民間企業トップの人たちの意見やネット上にあふれる政策や中国共産党幹部に対するまじめな批判や提言に対してどう対処していくべきかが、中国にとって重要な課題のひとつであることを改めて象徴するような今回の「座談会」だったと思います。

 もっとも、総書記が「ネット上での提言を歓迎し、取り入れる」と宣言したとしても、実態は今後も何も変わらないだろうことは、中国人民もよくわかっていると思いますけどね。

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2016年4月16日 (土)

「パナマ文書」はたぶん中国の政治情勢には影響を与えない

 世界各国の政治家などのタックス・ヘイブン(租税回避地)の利用状況などが記されたいわゆる「パナマ文書」が報道され、いくつかの国では政治的な問題になっています。「パナマ文書」には、中国の国家指導者の親族の名前も出てきているようですが、私は「パナマ文書」が中国の政治情勢に影響を与えることはないだろうと思っています。

 というのは、「中国では報道規制がなされているから」ということもありますが、中国の多くの人民は、中国共産党幹部(国家指導者レベルを含む)及びその親族が自分たちの資産についてタックス・ヘイブンで租税回避をしているだろうことは「あり得る話」として以前から認識しており、「パナマ文書」で国家指導者の親族の名前が出てきても「やっぱりね」と思うだけで、特段の新し味を感じないと思われるからです。もし逆に、仮に「パナマ文書」に中国の国家指導者の親族の名前が一人も出てこないとしたら、多くの中国人民は「それはあり得ない。その『パナマ文書』なるものはニセモノだ。」と思うでしょう。

 また、中国政治には、様々な「派閥」がありますが、タックス・ヘイブンで租税回避をすること自体は、どの「派閥」でも行われており、租税回避問題を追及すると、必ず自分たちのグループにも「被害者」が出てしまうので、どの「派閥」もお互いに租税回避問題で相手方を追い込むことはできないと考えられます。

 ちょっと古いですが、私の手元に2006年の中国への外資の投資額(実行ベース)の国・地域別割合のデータがあります(出典は、中国経済データ・ハンドブック2007年版(日中経済協会))。国・地域別うちわけは「香港:32%、日本:8%、シンガポール:4%、韓国6%、台湾3%、EU:9%、米国5%、自由港26%、その他:7%」となっています。「自由港」とはタックス・ヘイブン諸国(モーリシャス、ケイマン諸島、イギリス領バージン諸島、サモア)です。

 このタックス・ヘイブン諸国から中国への投資の中には、欧米や日本の会社がタックス・ヘイブン諸国に設立した会社からのもののほかに、中国国内の資産家がタックス・ヘイブン諸国に設立した会社からの投資も含まれていると考えれています。中国国内資本がタックス・ヘイブン諸国に設立した会社からの中国国内への投資は実質的には「外国から中国への投資」には当たりませんが、統計上は区別はできません。中国では、従来、外国からの技術導入を促進するため、外国から中国への投資に関しては様々な優遇措置が講じられてきましたから、中国国内の投資主体が「外資優遇政策」を受けるためにあえてタックス・ヘイブン諸国に会社を設立して行う「外資を偽装した中国国内での投資」もこれに含まれている可能性があります。

(注)香港は中国の一部ですが、多くの経済統計上では「境外」として「外国」と同じ扱いになります。香港には中国大陸部の資本が相当進出していますから、香港から中国大陸部への投資を「外資による中国大陸部への投資」にカウントしている以上、純粋な「外資」と中国国内資本の香港や諸外国の会社を経由しての「迂回投資」とを区別することはもともとできません。

 タックス・ヘイブン諸国から中国国内への投資が多いという上記の統計は公表データですので、多くの中国の投資主体(その多くは中国共産党の中央及び地方の幹部が牛耳っている)がタックス・ヘイブン諸国に資金を移動させて、そこから中国国内へ投資を行っているのではないか、ということは、多くの中国の人々にとっては「周知の事実」だったと思います。ですから、今回「パナマ文書」に中国共産党幹部の名前が出てきた時も、おそらく多くの中国の人々にとっては「驚き」には当たらなかっただろうと思います。

 麻薬組織と関係している、などの違法行為に絡んでいるのでなければ、タックス・ヘイブンへの資金移動は、単なる「租税回避」だけの目的であれば、道義的意味で非難されることはあっても、違法行為ではありません。なので、議会で「野党」から追求されることがなく、人民に対する説明責任もない中国共産党幹部にとっては、「パナマ文書」に名前が出てきたとしても、違法行為をしていない限り、実態上は痛くもかゆくもありません(その上、中国の報道規制は厳しいので「新聞や週刊誌で騒がれる」こともありませんしね)。なので、中国に関しては、「パナマ文書」は、中国の政治情勢に対して影響を与えることはないと思います。

 なお、上記に紹介した「外資優遇措置を受けるために、中国国内の資金がタックス・ヘイブンを経由して外資を装って中国国内に投資される事態」については、外資優遇政策の不正な活用ですので、中国政府も問題意識を持っているようで、2000年代後半以降、「外資優遇政策」はだんだん縮小されてきています。今年(2016年)、中国はG20の議長国なので、今後、G20首脳会議へ向けて、タックス・ヘイブンでの租税回避問題が各国で議論されることになれば、中国としてもタックス・ヘイブンへの租税回避のための資金移動を抑制する政策を今後検討する可能性はあると思います。しかし、タックス・ヘイブンの「利用者」の多くが中国共産党幹部と思われることから、中国共産党がタックス・ヘイブンを使っての租税回避を抑制する実効性のある政策を決める可能性はあまり高くないと私は思っています。

(注)経済格差是正のため、多くの国には資産家の遺産に課税する相続税制度や、不動産資産等に課税する資産課税制度があります(日本の固定資産税も資産課税制度の一種)。しかし、現在、中国では、個人所得税は累進課税になっていますが、相続税や日本の固定資産税に相当する税金はありません。これは、ひとえに中国では「資産家=中国共産党幹部」であるため、法制度を作る側の中国共産党の内部に反対者が多くいるために資産家に課税する制度を作れていないのが現状だからです(共産党とはプロレタリア(無産階級)の党なのだから、中国共産党幹部=資産家なのは本当は矛盾もいいところなんですけどね)。

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2016年4月 9日 (土)

「爆買い」の次は中国人の日本企業への「爆就職」か

 今年に入ってからかなり円高が進みましたが、この桜の季節、中国人を含む多くの外国人観光客が日本を訪れて桜を楽しんでいるようです。

 私は、中国に二回合計4年3か月、アメリカに一回2年3か月駐在した経験がありますが、客観的に言って日本は住むにしろ旅行するにしろ相当に快適な国だと思います。アメリカも自由で快適ですが、治安の問題で夜は気軽に街を歩くことはできませんし、食べ物がイマイチ(全て「量」で勝負する感じ;おいしい物はあるけど高い)です。のんびりした1980年代の中国は悪くはなかったですが(これは各人の好みによると思います)、今の中国は空気が悪いし、横断歩道を横断するのに勇気が要るし、安くておいしい食べ物はたくさんあるけど、食品の安全性について気にしながら食べるのは疲れます。

 日本は桜のほか、四季折々、地方によって海も緑の山も美しいし、温泉もたくさんあるし、東京、京都、大阪など都市もそれぞれ「顔」があるので、円安・円高に係わらず外国人が「行ってみたい」と思う気持ちはわかります。

 中国の反日感情は、多分に政治的に煽られている部分があるので、中国の一般の人々の対日感情がそれほど悪いとは私は思っていません。そもそも1980年代には中国人の中には「反日感情」というものはありませんでした(もちろん軍国主義時代を正当化するような政治家には反発していましたが)。1989年の六四天安門事件以降、経済の市場原理取り込みが進む中で中国共産党が政権を担い続けている理由付けとして「抗日戦争を勝利に導いたのは中国共産党だから中国共産党が中国を統治することが正しいのだ」との論理が作られ、「中国共産党が政権を担うことは正しい=反日」という理屈の宣伝が強化されていることが今の中国の「反日」の背景にあると私は思っています。なので、実際の中国の若者の中には、日本に興味を持ち、日本企業に就職したいと思っている人たちもたくさんいると思います。

 一方、多くの日本企業が中国に関連会社を設立するなどしてビジネスを展開していますが、中国でのビジネス拠点の管理等のため、中国語ができ中国の事情に通じた人材はそうした日本企業には必要不可欠です。今は日本企業内部で外国人職員の採用がまだまだ進んでいないので顕在化していませんが、今後、日本企業内でのダイバーシティ(女性や外国人の登用など)の動きが本格化すれば、日本企業の外国人職員の採用も増え、それとともに日本企業の日本本社での中国人職員の採用が急速に増えていくと思います。

 日本社会はまだ外国人が住み付いて働くには不便なところがたくさんあります。例えば、日本ではアパートを借りるためには原則として保証人を立てる必要がありますが、日本に来たばかりの外国人にとって保証人を立てないとアパートが借りられない、という日本の現状は非常に不便です。(私は中国とアメリカでアパートメントを借りて暮らしていましたが、借りる時に保証人を立てることは要求されませんでした)。なので、今、外国で働きたいと思う中国人は、たいていアメリカ等へ行ってしまいます。また、シンガポールなど、中国語の通じる国もあるので、多くの中国人にとって、今、日本は「働きたいと思う外国」の中ではあまり順位は高い方ではないと思います。

 ただ、私が中国に駐在した経験から感じるのは、やはり中国と日本は地理的に近くて、行き来するのに非常に便利だ、ということです。日本と中国には時差が1時間あるので、朝の航空便で成田から北京に行けば、午後の打ち合わせに間に合います。また、北京でお昼まで仕事をして、午後便で東京に帰って来ても、夜そんなに遅くない時間に家に帰れます。ですから、例えば、高齢の両親が中国にいる中国の若い人にとっては、もし日本企業が日本人と同じレベルで給料を支払ってくれるのであれば、日本で働くことは悪くない選択肢だと思います。

(注)私が1995年にシンガポールに行って感心したのは、シンガポール政府が「Jターン計画」を進めていることでした。当時、シンガポールでは、マレーシアやインドネシアから欧米に留学していた優秀な研究者に対して市民権を与えてシンガポールで研究させる政策を推進していました。シンガポールに住んでいれば先進国レベルの生活が送れますし、何かあったらすぐにマレーシアやインドネシアの故郷にいる親元に帰れます。そうやって、シンガポールは周辺諸国の優秀な若い研究者を集めて、研究開発レベルを高めようとしていたのでした(故郷に帰れば「Uターン」ですが、故郷の一歩手前のシンガポールに帰ってくる、という意味で「Jターン」と称していたのでした)。

 私が二度目の北京駐在をしていた2007年から中国に進出している日本企業の団体である中国日本商工会は他の関係団体と協力して「走近日企・感受日本」というプロジェクトを始めました。このプロジェクトは、中国の優秀な大学生を団体で二週間程度日本に招待して、企業訪問やホームスティをしてもらい、日本を理解してもらおう、というものでした。2005年に起きた反日デモを受け、若い中国人にもっと実際の日本を知ってもらおう、として始めたプロジェクトですが、費用は中国日本商工会メンバーの日本企業が喜んで拠出していました。日本企業にとっては、優秀な中国人大学生に自分たちの企業や工場を見てもらって理解を深めてもらうことで、将来就職を希望する切っ掛けになるかもしれないと思ったからです(残念ながらこのプロジェクトは、尖閣諸島の国有化を切っ掛けとする中国の対日関係の悪化により、2012年を最後に終了してしまったようです)。このプロジェクトに多くの企業が喜んで費用を拠出していたことは、日本企業による中国人大学生の採用ニーズが大きいことを示していると思います。

 日本の大学卒業生の数はだいたい毎年55万人程度です。一方、中国では毎年750万人の大学卒業生が生まれています。中国の産業構造は、従来の労働集約型製造業から高度化が進みつつありますが、まだまだ大学卒業レベルの就職口は学生の数ほどは多くないので、中国の大学卒業生の就職先探しは、結構大変なものがあるようです。ですので、日本企業で外国人職員採用傾向が進み、日本社会の「外国人慣れ」が進めば、中国人の若い人たちが日本企業に就職し日本で働く数が急速に増えていく可能性があると私は思っています。

 私の二度の中国駐在の経験から言わせてもらえば、国と国との関係は、結局は人と人との関係の集大成です。仮に日本で働く中国の若い人の数が増えれば、それだけ日中関係は良好なものになっていくと思います。それに加えて、少子高齢化が進む日本において、若い中国人が数多く日本で働いてくれれば、その分、日本に税金が落ちましね(租税協定により、個人所得税は、国籍とは関係なく、働いた場所で支払うことが原則です)。

 問題は、そうした状況について「日本人の働く場が奪われる」として日本の人たちが反対するかどうか、です。今、ヨーロッパでは中東やアフリカからの移民が増え、アメリカではメキシコからの移民が増えて政治的に大きな問題になっていますが、日本と中国の現状を考えれば、仮に今後多くの中国人が日本で働くことになる場合、その中心はヨーロッパやアメリカで問題となっている移民のような単純非熟練労働者ではなく、大学卒レベルのホワイトカラーが中心となるでしょう(中国共産党政権は、政権基盤を弱めてしまうので、単純非熟練労働を行う労働者を外国に出すことは認めないと思います)。従って、中国人の日本での就職数増加の問題は、ヨーロッパやアメリカの移民政策は参考にならず、日本独自の対応方法を考える必要があります。

 私は個人的には、中国の若い人には優秀で意欲的な人が多いので、多くの中国人が日本に来て働くことは悪いことではない、と思っています。日本の若い人たちには「中国人に職を奪われるのはイヤだ」と思わないで、少なくとも中国の若い人たちと同じ程度には勉強して自分をレベルアップさせ、就職においても国際競争に勝てる人材になって欲しいと思っています。

 よく言われますが、大相撲はおそらくはそうした日本の将来の姿を先取りしていると思います。私は、実力で出世した外国人力士には敬意を払うべきだし、「外国人だから」という理由で(例えば年寄り襲名等について)排除すべきではないと思っています。人によって考え方はいろいろだと思いますが、少子高齢化の中で「労働力不足」が言われる日本においては、中国人については、「爆買い」の時代の次に来るのは「日本企業への『爆就職』」の時代かもしれない、ということを想定しておくべきだと思います。

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2016年4月 2日 (土)

イノベーション・デフレと中国市場の爆発的拡大の終わり

 日銀の黒田総裁が「異次元の量的・質的金融緩和」を初めて打ち出してから三年が過ぎました。日銀の一連の量的・質的緩和措置の評価については、まだ、今後の推移を見守る必要があると思いますが、三年前(2013年4月4日)に黒田日銀が量的・質的緩和を打ち出した時点で、私はこの金融緩和措置によって、民間企業の設備投資や研究開発投資が伸びることはないと思っていました。というのは、現在、先進各国に存在するデフレ状況の一部は、イノベーションが進んだことに起因するデフレ(私はこれを「イノベーション・デフレ」と呼んでいます)を含む構造的なものであり、既に民間企業は相当量の内部留保を持っていて、日銀による金融緩和措置をしても、金融緩和されたマネーが民間企業の設備投資や研究開発投資に回る分は少ない、と思ったからでした。

 その後、リーマン・ショック後の四兆元の経済対策の後遺症が表面化し、「中国市場の爆発的拡大の終わり」が鮮明になりました。現在(2016年4月時点)、「イノベーション・デフレ」と「中国市場の爆発的拡大の終わり(と中国の次の新たな急成長市場の不存在)」による世界経済における構造的デフレは深刻化しており、金融緩和による脱デフレ効果はもはや限界に来ている、と私は考えているので、今回はその点をまとめてみたいと思います。

1.経済成長とイノベーション及び新しい市場の拡大との関係

 よく「持続可能な経済成長のためにはイノベーションの推進が不可欠である」と言われます。イノベーションがなければ世の中は進歩しませんから、この命題が正しいことは自明だと思われます。ただし、同じような表現で「イノベーションを推進すれば持続的な経済成長は可能である」という命題は「自明」ではありません。もしかすると「正しくない」かもしれないのです(後者は「高い技術を開発すれば我が社の製品は売れるはずだ」という発想に繋がります)。

 私が科学技術政策について調査研究する部署に勤務していた1990年代半ば頃、イノベーションに対する投資と経済成長との関係を定量的に分析する手法を開発する研究が行われていましたが、現時点まで、例えば「イノベーションのために○○億円投資すれば、△△%の経済成長が起きる」といった関係式を見い出した、という話は聞きません。その理由は、イノベーションと経済成長との関係は、見かけほど単純ではないからです。

 そもそも「経済成長」を数値で計測するにはどうしたらよいか、という出発点自体、それほど単純な話ではありません。経済成長を「GDP(国内総生産)の総量」で計るならば、全くイノベーションがなくても人口が増えればGDPは増えますが、それは経済成長したとは必ずしも言えないからです。「経済成長」を「一人当たりGDP」で計測する方法もありますが、例えば、機械化が進んで同じだけのGDPを生み出すための労働者の週平均労働時間が40時間から35時間に減れば労働者の「生活の質」は向上しますが、GDPは全く増えません。ですから「一人当たりGDP」で計ってもイノベーションの結果生まれた「世の中の進歩」は計れないのです。

 一方、グローバル化された現在の世界経済においては、一国の国内状況だけで経済成長を議論することはナンセンスです。例えば、日本で全くイノベーションが起きなくても隣の中国で巨大な消費市場が拡大し続けるならば、日本のGDPを「成長」させることは可能です。従って、過去の一国のGDPの推移やその他の経済統計をいくら詳細に分析しても「GDPで計った経済成長率のうちイノベーションが寄与した大きさ」を切り取ることは、まず不可能です。

 私が仕事上中国との関係を初めて持った1980年代の中国は、文化大革命が終わったばかりで、極端に言えば「経済的にはまっさらな白紙」の状態でした。それから今までの30年間、中国では新たな工場設備の投資がなされ、人々が全く新しい生活スタイルのための消費を行うようになりました。その過程で、日本の企業は中国で大きなビジネス・チャンスを得てきましたが、それはイノベーションとは全く別次元の話です。1980年代末のバブル崩壊後の日本は「失われた20年」を経験しましたが、もしこのタイミングで急速な経済成長を遂げつつあった中国が隣に存在していなかったら、日本経済はもっと悲惨な状態になっていたかもしれません。

2.イノベーション・デフレ(先進国共通の課題)

 イノベーションにはいくつかの「顔」があります。イノベーションは新しい需要を作るという「顔」があり、経済成長の原動力であることは間違いありませんが、それはイノベーションの一つの側面でしかありません。下記に掲げるようにイノベーションの進展は経済にデフレ的効果をもたらす場合もあります。

(1) 労働セクター:イノベーションによる同一労働の賃金の低下

 イノベーションにより産業用ロボットが安く作れるようになれば、単純非熟練労働は安い産業用ロボットが担うようになります。同じ作業を労働者が担当しようとすれば、その労働者の賃金は産業用ロボットのコストと同程度の低いものになります。これはイノベーションによる労働力の観点でのデフレ効果と言えます。

(2) 生産セクター:イノベーションによる効率化による必要投入量の低下

 イノベーションでより効率のよい産業が生まれ、古い体質の産業は市場から退出していきます。新しい産業は、効率的である、即ち必要な設備や必要とする労働力・エネルギーが少なくて済むので、イノベーションによって新しい産業が生まれ古い産業が退出したことにより、その産業で必要とする設備・労働力・エネルギーが減少します。これは一種のデフレ効果だと言えます。

(3) 研究開発セクター:イノベーションの高度化による研究開発投資効率の低下

 技術革新の初期では、小額の研究開発投資により消費者が喜んで対価を払う新製品を作ることが可能です。しかし技術が高度化すると、多額の研究開発投資をしてもできた製品について消費者が感じる「ありがたみ」が以前より低下する可能性があります。例えば、テレビは、白黒テレビ→カラーテレビ(ブラウン管)→カラーテレビ(液晶)→ハイビジョンテレビ→4Kテレビと進化していますが、メーカーが多額の研究開発投資をして4Kテレビを製造したとしても、消費者は高い値段では買ってくれないかもしれません(消費者は4Kまでの高い技術成果を必要としていないかもしれない)。別の例で言えば、パソコン等の世界では、技術が進歩すればするほど販売価格が下がり、メーカーの利益率が下がる、といった現象はよく起きます。

(4) 消費セクター:消費の高度化による社会全体の需要総量の減少

 最近スキー人口が減ったり、「若者が自動車を買わなくなった」と言われたりしますが、それは今の若者がスマホ・ゲームやSNSに「楽しみ」を見い出しているからでしょう。若者にとっては、スキーもドライブもスマホ・ゲームもSNSも同様に「楽しい」と感じるなら、お金の掛かるスキーやドライブよりも手軽なスマホ・ゲームやSNSの方を選択するのでしょう。人間が消費に使う時間は限られていますから、イノベーションにより「効率的に楽しめる商品」が生まれれば、消費者は新しいものを選び、古いものは捨てます。古いものは資源を多く使い高額だったのに対し、新しいものは使う資源は少なく低額で済むのだったら、その結果社会全体で消費される資源は減ります。つまりGDPは小さくなります。

 別の例を挙げると、例えば、2,000円払って映画館で映画を見ていた人が500円払って家でオンラインで映画を見るようになれば、ほとんど映画制作者と消費者の「直接取引」になるので、映画制作者も消費者も両方ハッピーなのですが、映画館は不要になり、映画館でポップコーンを売っていた売店の人は失業し、もしかすると映画館周辺のレストランも客が減るかもしれません。このようにイノベーションにより世の中が効率的になると、社会全体としては需要の総量が減ってしまう可能性があるのです。

 また、ネット・ショッピングが増えて、実店舗が減った場合、宅配輸送のための配達員が100人増え、実店舗の店員が70人減ったとすると、「就業者」は30人増えます。しかし、実店舗の店員は商品知識が豊富で、客との対話や接客技術などの「スキル」が求められるので、たぶん配達員よりも高額の賃金をもらっていただろうと思われます。従って、この場合「就業数は増えたけれども平均賃金は下がった」ことになります。もし「就業者数×平均賃金」の総計が減るのだとすると、ネット・ショッピングの普及は社会全体の労働賃金の総計の低下=社会全体の消費総計の低下を招くことになります。先進諸国では「中間層の消滅」「労働者の二極分化」が言われていますが、その原因はイノベーションの進展による社会の効率化である可能性があります。

3.中国の急速な市場の拡大が世界経済に与えた影響

 私が最初の北京駐在をしていた1986年の時点で、中国の電話普及率は100人当たり0.67台でした。アフリカ全体の平均値より低かったので、当時の中国政府は電話インフラの整備を重要課題だと認識していました。ところが私の二回目の北京駐在をしていた2007年6月末現在では、携帯電話契約数が5億件を越えていました(このほか、この時点で既に減少傾向にあった固定電話契約は3.7億件ありました)。この20年間の様々な分野での中国の経済社会の変化は、まさに「爆発的」であったと言えます。

 工場の機械設備から、赤ちゃん用おむつに至るまで、1980年代から今まで、中国市場の「爆発的拡大」は、世界経済の巨大な原動力でした。私が二回目の北京駐在をしていた頃(2007年~2009年)以降、現在(2016年)までの間にも従来型携帯電話(ガラケー)からスマート・フォンへの移行がありました。でも、中国でも固定電話の数が急激に減っていることでもわかるように、中国の市場の拡大は今後も続くとしても、「爆発的拡大」は既に終わり、そろそろ「成熟期」に入ってきていると考えた方がよいと思います。

 世界全体を見渡した時、これから後、1980年代~2010年代前半(リーマン・ショック後の「四兆元の経済対策期まで)の中国のような「市場の爆発的拡大」をもたらすような国は出現するでしょうか。インドやアフリカの市場拡大には大きな潜在力はあると思いますが、今までの中国のような「爆発力」を期待するのは無理でしょう。だとすれば、世界経済全体の成長するスピードは、中国市場が爆発的拡大力を持っていた今までと比べて、相当に穏やかなものになることはやむを得ないと思います。

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 多くの経済学者が「世界の潜在成長率の低下」について議論しています。私は、現在の世界の潜在成長率の低下の原因は上に述べた「イノベーション・デフレ」と「中国市場の爆発的拡大の終わり」にあると思っています。イノベーションが世の中を進歩させることは疑いのないことであって、イノベーションをやめるわけにはいきませんから、イノベーションが持つもう一つの「顔」である「イノベーション・デフレ」を避けることはできません。また「爆発的拡大が終わった中国に続く急成長市場の不存在」という現実も受け入れるほかはありません。

 中国ほどの爆発的成長は無理だとしても、インドやアフリカ、中東諸国など、まだまだ発展余力のある国はたくさんあります。しかし、不幸にして、シリアで内戦が続くほか、中東やアフリカ諸国には政治的に不安定で紛争が続く国も多くあります。経済成長の最も重要な基盤は「人々が普通に生活し、普通に経済活動をできること」です。従って、世界経済にとって最も効果のある対策は、内戦や紛争をやめさせ、政治的安定を確立することです。

 世界経済は、人間の体のようにひとつの有機体です。シリアで内戦が続き、大量の難民が発生している今の状態は、例えば、太ももに切り傷ができて血がだらだら流れているようなものです。当然、体全体としては「元気がない」状態なのですが、主要国で行われている金融緩和は、「元気がないので砂糖水を飲ませよう」としているようなものではないでしょうか。砂糖水を飲ませるより前に止血してキズを治す(内戦地域の人々の生活を通常に戻し経済を復興させる)ことの方が先決だと思います。

 また、各国で経済孤立主義が台頭していますが、経済的孤立を求めるのは、体のあちこちで「痛い」「かゆい」等のトラブルが起きている手や足を切断してしまえ、と言っているようなもので、世界経済がひとつの有機体である、という現実を無視しています。経済的孤立主義の主張は、列強各国が世界を分割支配し、宗主国の産業を守るために植民地での産業勃興を抑圧していたことが結果的に世界経済の発展を行き詰まらせ、20世紀前半の二つの世界大戦の原因となった、という歴史的教訓を忘れた発想です。

 「イノベーション・デフレ」と「中国市場の爆発的拡大の終わり」に直面した現在にあって重要なのは、新しい市場となりうる今後発展する可能性がある地域がまだまだあることを認識し、国際的に協調して、そうした発展途上の国・地域を支援することです。その意味では、現在の中国の習近平政権が国内の貧困地域支援を重要な政策課題に掲げていることは評価すべきだと思います。まずは、経済発展の最大の障壁となっている内戦等の紛争の停止を最優先課題にすべきです。また、世界経済の発展のためには、国際協調こそが必要なのであって、世界経済の循環を阻害して結果的に全てに国にとってマイナスの結果をもたらす経済的孤立主義は排除されるべきだ、という国際世論を盛り上げることが必要だと思います。

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