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2016年3月 5日 (土)

「ゾンビ企業処置」と「公有経済主体は揺るがない」こととの関係

 今日(2016年3月5日)から中国では全国人民代表大会(全人代)が開かれています。冒頭の李克強総理による「政府活動報告」では、今後取り組むべき課題が示されました。その中の重要なポイントの一つは、鉄鋼、石炭等の分野での国有企業の生産過剰解消問題でした。李克強総理は、赤字を垂れ流しながら操業を続けるいわゆる「ゾンビ企業」を適切に処置する、と強調しました。

 過剰な生産設備の削減や「ゾンビ企業」の整理は、自由主義経済圏では、原則として市場原理に基づく「自然淘汰」によって行われます。自由主義経済下では、赤字経営の企業は存続できないので、好むと好まざるとに係わらず「ゾンビ企業」は整理されていきます(それに伴って、労働者の解雇なども行われる)。ところが中国共産党が指導する政治経済システムにおける中国の公有企業では、利潤の追求以上に労働者の雇用の維持が重要視される傾向があり、赤字経営の国有企業(いわゆる「ゾンビ企業」)でも、政府からの補助金などにより生き長らえ、操業を続けるケースが多々あります。李克強総理による「ゾンビ企業を適切に処置する」との宣言は、そうした公有企業であるが故の問題点にメスを入れるぞ、との意思表示だ、と受け取ることができます。

 一方、今日付けの「人民日報」1面トップ記事は「我が国の基本的経済制度は全く動揺しない 各種所有制経済の健康的な発展を推進する」と題するものでした。内容は、昨日(3月4日)開かれた会議で習近平主席が「公有制経済を主体とし、多種所有制経済を共に発展させていく、という基本的経済制度は中国共産党が確立した一大政策方針であり、公有経済を確固としたものにして発展させることは全く動揺させてはならないし、非公有経済による経済発展を支持し奨励することも全く動揺させてはならない」と強調したことを伝えるものでした。

 おそらくは「ゾンビ企業(=赤字を垂れ流しつつ操業を続ける国有企業)」を整理すると主張している李克強総理の「政府活動報告」によって国有企業関係者が動揺することを防ぐために、同じ日の「人民日報」1面トップに「公有経済を主体とする制度は全く揺るぎない」と主張する習近平主席の言葉を載せて、一種のバランスを取ったのだと思います。ただ、「政治的なバランス感覚に基づく配慮」はいいのですが、李克強総理の「政府活動報告」と「人民日報」1面トップ記事の両方を見ると、結局、「構造改革」とはどちらの方向に向けて動くのかわからない(赤字の国有企業をリストラするのか、しないのか、わからない)、との印象を与えるものになっている、と私は感じました。

 1978年に始まったトウ小平氏による「改革開放政策」では、市場原理に基づいて活動する外資企業や民営企業の存在を認めるとともに、事業の効率化や国際競争力強化のため、国有企業であっても多くの分野で企業分割を実施して競争原理を導入しました。この政策は、国有企業であっても、競争に負けた企業は破産することになる、との考え方に基づくものでした。この基本的考え方にのっとって、かつて朱鎔基氏が国務院総理等で経済政策を担当していた時代(1993~2003年)には、効率の悪い多くの国有企業において破産処理が行われました(多くの労働者もリストラされた)。

 ところが今日の李克強総理の「政府活動報告」では、「合併・再編、清算などで『ゾンビ企業』に適切に対処する。」としています。今日の「人民日報」1面トップに掲載された習近平主席の「公有企業を主体とする経済体制は揺るぎない」との主張と併せて考えると、具体的な「ゾンビ企業」に対する対処の方法としては、「破産」という形で「切り捨てる」だけでなく、競争力の強いところとの「合併・再編」も考えているようです。これを見ると、今回示された「ゾンビ企業」への対処、は、朱鎔基時代の国有企業破産処理より不徹底なものになってしまうのではないか、との懸念がぬぐえません。

 朱鎔基氏の時代には、中国では輸出型製造業が急速に発達し、中国が「世界の工場」と言われるようになりつつある時代だったことから、破産処理された非効率な国有企業をリストラされた労働者の再就職先も比較的見つけやすいものでした。しかし、今は既に中国で輸出型製造業が急速に拡大する時代ではなくなっています。今の中国ではサービス産業やインターネット関連企業の発展にはめざましいものがありますが、これら新しい分野の企業が求める人材と鉄鋼や石炭等の伝統的国有企業をリストラされた労働者の能力との間には大きなミスマッチがあり、もし「ゾンビ企業」が破産処理されることになった場合、リストラされた労働者が再就職先を見つけるのにはかなりの困難が伴う可能性が大きいと思われます。

 李克強総理の「政府活動報告」だけでは、「ゾンビ企業の処置」を具体的にどのように進めるのか(労働者がリストラされた場合、再就職先をどうやって見つけるのか)については、よくわかりません。雇用を維持させたいと考えている地方政府との関係をどうやって調整するのかも不明です。全人代等の会議でどう議論されるのか、ではなく、「ゾンビ企業の処置」が具体的実行段階でどのように進められていくのかが問題です。中国の「ゾンビ企業の処置」は、中国経済の活性化や中国社会の安定化はもちろんのこと、製品の過剰供給の問題を通じた世界経済への影響が大きいので、その進捗度合いについては、今後も注視していく必要があると思います。

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