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2016年3月12日 (土)

中国政府による「強制措置」がもたらすもの

 先日(2016年3月3日(木))NHK総合テレビで放映された「クローズアップ現代」(『新たな成長』は実現できるか~中国経済の行方~)では、全人代の開催を前にして、中国経済が取り組むべき課題について報じていました。この番組で紹介していたのは次の三点です。

○鉄鋼や石炭等の「ゾンビ企業」(赤字を垂れ流しながら操業を続ける国有企業)は、雇用を維持するため、地元政府が補助金を出して「生きながらえさせている」ケースが多いので、「ゾンビ企業」の整理にはおそらく大きな困難が伴う。

○中国経済を消費中心の経済にするため、中国政府は、全国にインターネット網を整備するとともに、店舗のない地方の農村に補助金を出してインターネット通販会社の代理店を出店させ、インターネットを使ったことがない農民がインターネット・ショッピングをできるようにする施策を進めている(私は、この政策は中国全体の消費拡大に実際にかなりの効果が見込めるのではないか、との印象を受けた)

○農民の都市住民化を進めるため、地方都市に農村からの移住者用住宅群を建設し、その地方都市に企業を誘致して、農民を強制的にその地方都市に移住させて元農民を企業で働く都市住民に変えようとしている。

 私が気になったのは、三つ目の「農民を強制的に農村から都市に移住させる政策」です。中国では、行政機関が「強制的に」住民に何かをさせる、というのは、結構よくあることですが、こうした「強制措置」は、中国社会を沈滞させ、中国経済の活力を奪うおそれがあると思ったからです。

 私が北京に駐在していた2008年、オリンピックのために日によってナンバー・プレートの偶数奇数で使用できる自動車を制限する、という「強制措置」がありました。2008年9月に訪れた寧夏回族自治区では、羊の放牧が禁止され、遊牧民が強制的に政府が作った住宅に居住させられ、黄河の水で灌漑されたトウモロコシ畑で農業をするような政策(生態移民)が実施されていました。

 寧夏回族自治区の政策が採られているのは、羊を草原に放つと、草の根まで食べてしまい、草原が砂漠化して回復不可能になるため、住民の持続可能な生活を維持するためには、羊の放牧をやめ、定住して農業をするよりほかに方法がないからです。従って「自治区政府の方針は数千年にわたる遊牧民の生活を破壊するものだ」とひとことで批判できるほど単純な話ではない、と私も理解はできたのですが、元遊牧民に対して「強制的に住む場所と職業を与える」という方針については「それでいいのかなぁ」というのが率直な感想でした。

 通常の国では、国民は、居住場所と職業を自分で選択する自由が保証されており、政府ができる政策と言えば、減税措置や補助金などを使って政府が進めたい方向に国民を「誘導すること」だけです。一方、中国では、都市住民(非農村戸籍保有者)については職業選択の自由はありますが、農民(農村戸籍保有者)は、生まれた農村に住み農業に従事することが大原則です(農民にも都市部に出稼ぎに出る「自由」はありますが、医療保険は故郷の農村でしか使えず、こどもも故郷の農村の学校に通わせることが原則)。このため、中国では、農民に対して居住場所と職業を政府が「指定する」ことは、それほど「不自然」ではありません。

 中国で居住場所と職業選択に関する「強制措置」が「普通」に行われる背景には、「中国共産党は『よりよい方向』をわかっているので『強制的措置』を使ってでも人民をその方向に引っ張っていくことが結果的には結局各人民にとってもプラスになるのだ」という発想があるのでしょう。

 ただ、「人民を中国共産党の方針に従って強制的に一定の方向に持っていく」という発想は、毛沢東時代の発想です。トウ小平は、経済面で毛沢東時代の発想の束縛から中国人民を解き放ったのですが、その改革開放政策によって中国人民の「やる気」が解き放たれたことが1980年代以降の中国経済の驚異的な発展の一番大きな原動力だった、と私は考えています。

 今、習近平政権は、毛沢東時代に舞い戻って、政府の意図によって、一部の人民(=農民の一部)の居住場所と職業選択を強制的にコントロールしよう、としているようです。多くの人民が中国と自分の人生の将来に明るいものを感じていた1980年代のトウ小平時代を知っている私としては、こうした「毛沢東時代の強制措置」への逆戻りは、結果的に中国社会を沈滞させ、活力を削ぐことになるのではないかと心配しています。

 改革開放政策によって、豊かな生活を求めて都会に出稼ぎに出てきた「農民工」の意欲と活力こそが、中国沿岸部の都市建設を支え、輸出型製造業を発展させて中国を「世界の工場」そして世界第二位の経済大国に押し上げた原動力だったと思います。今、居住場所と職業選択に関する政府の「強制措置」によって、農民(=農村戸籍保有者)の意欲と活力が削がれることになるとしたら、1980年代以降の中国経済発展の最大の活力源が失われてしまうことになると言えます。

 今の習近平政権の意図は、おそらくは、中国人民全てに居住場所と職業選択の自由を与えると、大都市に人口が集中し、結果的に経済格差の拡大がさらに進んでしまうことから、経済全体の発展スピードを犠牲にしてでも、一部の中国人民の居住場所と職業選択に対して「強制措置」を発動して、中国経済全体のアンバランスを是正しようとしているのだと思います。

 この政策によれば、中国経済のハードランディングは回避できるかもしれませんが、経済成長のスピードを非常にゆっくりとしたものにする可能性があります。そうなると、今既に裕福になっている富裕層は、活力を失った中国経済に失望し(=中国国内には投資対象がなくなると感じて)、持っている資産を海外に流出させるとともに、富裕層自体が移民として海外に流出していく可能性があります。その意味で、中国政府による人民の居住場所と職業選択に対する「強制措置」の強化は、隣国の日本に対しても多大な影響を与えることになるので、中国の政策進展については、注意深く見守って行く必要があると思います。

 なお、先週号(2016年3月12日号)の「週刊東洋経済」の「中国動態」の欄ではジャーナリストの田中信彦氏が「中国経済に失望した富裕層の海外脱出が加速」と題する文章を掲載しています。この文章に「富裕層の『本命』は日本 投資移民開始に期待」とある点には大いに注目する必要があると私は思っています。

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