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2016年1月 9日 (土)

中国株式市場「熔断」の「ドタバタ」と「朝令暮改」

 株式市場等で取引が急増して価格が急騰・急落した時に市場に冷静さを取り戻させるために一時的に取引を停止させる制度を、電気回路のヒューズやブレーカーにならって、英語では「サーキット・ブレーカー」と呼びます。中国では、電気回路のヒューズが過大電流の熱で溶けて断線することを「熔断」と呼びますので、「サーキット・ブレーカー制度」による株式市場の取引停止規制も「熔断」規制と呼ばれています。

 中国の証券管理当局は、昨年(2015年)夏の株価の急落の再現を防ぐため、年初(2016年1月4日(月))から「サーキット・ブレーカー」制度を導入しました。この制度は主要な株価指数が前日比5%マイナスになった時点で15分間取引停止、さらに7%マイナスになったらその時点以降の取引は終日停止、というものでした。ところが、制度導入初日の1月4日と四日目の1月7日の二回、中国の株式市場でこの制度による取引制限まで株価が下落したため、サーキット・ブレーカーが発動され取引が停止されました。特に1月7日は、取引開始十五分後に「5%ルールによる15分間停止」があり、その「15分間停止」が解除されて取引が再開された途端に更なる株価の暴落が起きて「7%ルールによる終日停止」になったので、この日の実質的な取引可能時間は15分程度しかありませんでした。これは「取引停止になって売れなくなることを恐れた投資家がパニック的に我先に売りを出したため」と考えられています。つまり、「サーキット・ブレーカー制度」が株価急落を誘発したのです。

 この事態を受けて、中国の証券管理当局は、「サーキット・ブレーカー制度」を1月8日(金)から当面停止することを決めました。

 更に、年初からの株価の下落は、昨年7月初旬の株価急落場面で更なる株価の下落を防ぐために講じられていた大口株式保有者に対する株の売却停止措置が1月8日で切れ、大口の「売り」が出ることを予想した投資家が事前に売っておこうとしたため、と考えられることから、中国当局は大口株式保有者の株の売却に対する制限を掛ける措置も決めました。

 一方、株価下落の別の要因として、アメリカの利上げに伴い人民元安が加速したことが中国経済の先行き不安を増大させ、それが更なる人民元安圧力と株価下落圧力を強めた、と考えられたことから、中国人民銀行は、1月8日(金)、市場が示す方向に逆らって人民元レートの中央値を対前日比でわずかに人民元高(ドル安)水準に設定しました。

 これらの措置により、1月8日(金)の上海総合指数は、対前日比1.97%高の3,186.41ポイントで引けました。

 しかし、この週の中国当局の措置は、いかにも「場当たり的」で「朝令暮改」(別の言葉で言えば政策としては「稚拙」)であったことから、世界の人々に中国政府の対応能力に対する疑念を抱かせました。そのことは、1月8日(金)、中国政府の措置により上海総合指数が上昇したにもかかわらず(更にはアジア時間1月8日夜に発表されたアメリカの2015年12月の雇用統計がアメリカ経済の強さを示す良好な数字だったにもかかわらず)欧米の株が更に下落したことでもわかります。

 中国の経済政策・金融政策については、以前からいろいろと批判があるところですが、リーマン・ショック対策として2008年11月に打ち出された「四兆元の経済対策」以前は、打ち出される政策にはそれなりに理由があり、説得性もあったと私は認識しています。しかし、2008年の「四兆元の経済対策」以降は、その場その場の状況に振り回され、政策自体が「右往左往」している点が目立つようになったと思います。

 「四兆元の経済対策」で以前からあった住宅バブルが再び急速度で拡大したことに対し、中国当局は、二件目以降(=投資目的の)住宅購入に対する融資規制を打ち出すなど「バブル」をおさえようとする政策を打ち出しました。しかし、住宅価格が頭打ちとなり住宅バブルの崩壊が懸念されるようになると、「バブル」防止のため導入した融資規制を今度は解除するなど、「場当たり的」な対応が目立ち始めました。

 去年(2015年)7月、株価が急落した際に中国当局が示した「場当たり的な」「有無を言わせない」株価下支え策も記憶に新しいところです。

 また、中国人民銀行による為替政策も最近は「意図不明」「場当たり的」に見えてしまうものが多くなりました。去年8月11日の人民元の実質的切り下げについては、人民元のIMFのSDR基準通貨入りのために為替取引の自由化を一歩進めた、との見方もありましたが、その後、人民元高方向に行くよう為替介入を行うなど、中国当局が為替について「市場動向に合わせて人民安を容認する」のか「市場動向に逆らって人民元高を維持しようとしている」のか意図不明な状況が続きました。

 昨日(2016年1月8日(金))の人民元レートの基準値を前日の市場動向に逆らってやや人民元高に設定したのは、おそらくは株価を下落させないためだったと思われますが、多くの人に「株価を下落させないようにするために中央銀行が為替操作を行った」と思わせるような事態は、中央銀行としての中国人民銀行の信認を失墜させる行為であり、非常にまずかったと思います。

 週明け(1月11日(月))以降も、中国人民銀行が為替の中央値をやや人民元高に設定すると株高になり、人民元安に設定すると株安になる傾向が続くのだとすると、中国人民銀行は株安が恐くて為替レート中央値を人民元高になるように設定せざるを得なくなり、その状態を維持するために外貨準備を使ってドル売り・人民元買いの為替介入を続けざるを得なくなるかもしれません。豊富な中国の外貨準備もいつかは枯渇しますし、そもそもドル売り・人民元買いの為替介入を続けると、市場から人民元を吸収することになり、累次行っている金融緩和政策の効果を減少させてしまうことになります。従って、株安を恐れて市場の流れに逆らって人民元レートを高めに設定するやり方は持続可能ではなく、いつか破綻します。

 今回の株式市場での「サーキット・ブレーカー制度」の導入と、それがうまく行かなかったらすぐにやめてしまった決定は、「事態の状況に応じて臨機応変に政策を変える適切な判断だった」とする見方も可能ですが、「当局は制度導入による影響予測をあやまった」「今後も制度が急に変わるかもしれないとの不信感を市場参加者に与えた」という点で、客観的に言って政策的失敗だったのは明らかです。

 中華人民共和国政府の経済政策の歴史の中で、おそらくはオモテに見えない部分での「ドタバタや朝令暮改」はこれまでも何回かあったのだと思います。典型的な例は1988年頃に行われた二重価格制度の廃止でしょう。この制度変更は、公定価格と市場価格の差をなくして価格決定を完全に市場原理に任せようとするものでした。必然的に、品質のよい商品は市場原理に従って価格が上がるので、一般庶民にとってはこの制度変更は物価上昇を意味しました。結局、物価上昇に対する不満の高まりを前にして、二重価格制度廃止は撤回されるのですが、この時の混乱と一般庶民が持った不満とが1989年の「六四天安門事件」の背景にあったと考えられています。

 これまでは中国経済全体が発展し続けてきたので、こうした経済政策の「ドタバタ」「朝令暮改」はオモテだって目立ちませんでしたが、中国経済が拡大し、世界から中国経済の状況が注目される今日にあっては、経済政策における失策はすぐに世界から大きな注目を浴びざるを得ないようになりました。また今のようなネット社会においては、中国の人民がいろいろな制度変更について不満を持っていることがネットでの発言を通じて中国の外の人間でもすぐにわかるようになったことも、中国の政策における「ドタバタ」「朝令暮改」が目立つようになった背景にあるのかもしれません。

 今、世界が中国の動向に対して持っている最大の不安要素としては、中国経済の低迷に対する不安よりも、むしろ「中国政府は『ドタバタ』『朝令暮改』を繰り返しており中国の行政は機能不全状態に陥っているのではないか」という疑念の方が大きいのではないでしょうか。昨年8月の天津港大爆発や昨年12月の広東省深センでの建設残土土砂崩れ事件、北京周辺における大気汚染を全く改善できない、といった状況は、産業安全、労働安全、環境保護等の観点で中国の行政が機能していないのではないか、との疑念を世界に広めたと思います。

 経済減速に対する不安は、どの国でもどの時代にもあり得る話なので、不安ではあるけれども対処法も今後どうなるかも、ある程度想像はできます(実際、ブラジルなど中国より経済状況が悪いと思われる国々はたくさんある)。しかし、中国のような巨大な国でもし行政の機能不全が起きているのだとしたら、それが世界に与える影響は想像を絶します。そうした「想像できない事態」があるのかもしれない、という不安が、昨今の世界の株価の急落や原油価格の低迷に見られる市場の不安心理の背景にあるのだと思います。そうした世界の「不安心理」を払拭する最大の「薬」は、中国が様々な課題に対してしっかりとした(場当たり的ではない)行政対処をして見せること(行政が機能不全に陥っていないことを示すこと)です。

 仮に中国経済が不振にあえいでいたとしても、中国政府の機能に対する信頼が確立し、中国政府による有効な対策が今後講じられるであろうと多くの人が思うようになれば、あわてて中国から資金を引き上げる必要もないので、人民元安圧力も相当程度やわらぐでしょう。

 多くの専門家(特に欧米系の人たち)の中には「中国の内実はよくわからないが、中国政府には事態に対処する手段も資金も能力もある」と主張している人たちがいます。私自身は、1988年頃は同じような考え方を持っていて、急速な物価高を見せられても、「中国政府はうまく対処するだろう」と考えていました。しかし、実際は1989年の「六四天安門事件」の拡大を防止できず、結局は人民を人民解放軍の武力で鎮圧するという本来避けなければいけない事態(一種の「ハード・ランディング」)を起こしました。このトラウマがあるので、今、私自身は「中国政府には事態に対処する手段も資金も能力もある」と思うことはできません(私と同じ感覚の人は多いと思います)。中国政府には、是非、具体的な対処策を実行して、私にその感覚が間違いだったと思わせて欲しいと思います。

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