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2016年1月

2016年1月30日 (土)

中国の春節明けと日銀マイナス金利導入のタイミングの一致

 報道によれば、中国人民銀行は定例のオペで1月21日(木)に4,000億元(約7兆1,000億円)、26日(火)に4,400億元(約7兆9,000億円)、28日(木)に3,400億元(約6兆1,000億円)の資金供給を実施したとのことです。春節(旧正月;今年(2016年)は2月8日が元旦)前には現金需要が高まるので、中国人民銀行は毎年この時期にこのような資金供給を行っていますが、1月25日の週の資金供給額は、週間ベースでは過去最大規模だとのことです。通常、こうしたオペは火曜日と木曜日に行われますが、中国人民銀行は1月28日、春節前後の期間の全ての営業日に必要に応じオペを行う、との声明を発表しました。

 これらのオペは、通常、リバースレポと呼ばれ、一定の期限の後に返済することを前提として、銀行が提供した債券を担保として、中国人民銀行が各銀行に対して短期資金を貸し出すものです。

 こうしたオペは、春節前で、多くの人が銀行から現金を引き出したり、企業が従業員に「春節手当」を支払ったりするため、一時的に現金に対する需要が急増する状況に対処するためのものです。現金を手にした人々は、受け取った(あるいは銀行の預金口座から下ろした)現金を、春節休みの際に、故郷に帰るための旅費として使ったり、お土産を買ったりするために使うのですが、現金を受け取った交通機関や商店は春節明けに現金を預金として銀行に預けるので、現金は春節後に銀行に還流し、結局は中国人民銀行に返済されることになります。

 つまり、春節前の中国人民銀行による資金供給は、一時的な現金需要に対応するもので、供給された資金は一定期間の後に中国人民銀行に戻ってきますから、金融政策の観点からは、基本的に「中立」です(緩和でも引き締めでもない)。

 毎年行われる中国人民銀行による春節前の資金供給ですが、今年(2016年)の場合ちょっと気になるのは、中国経済の減速が鮮明になって企業活動も低調となっている中で、中国人民銀行による資金供給額が過去最大規模になっていることと、中国人民銀行が「毎営業日にオペを行う」とわざわざ声明したのはなぜか、という点です。例年行われている春節前の資金供給オペについて、今年(2016年)その規模が過去最大規模になっているのは、それだけ今年は現金の需要が大きいことを意味しています。その背景は必ずしも明らかではありませんが、企業が従業員に「春節手当」を支払うといった例年と同じ現金需要のほかに、今年は、人民元を外貨に替えるための人民元需要が例年より強くなっている可能性があります。

 中国では、個人が外国旅行等に行く場合に外貨に替えられる金額を一人当たり年間5万ドルに制限しています。この枠は暦年でリセットされます。通常は、海外旅行に行く時点(春節、5月のメーデー連休、夏休み、10月の国慶節連休など)に外貨に替えればいいのですが、今年は人民元の先安感が強いことから、今年後半に外国旅行を計画している人でも、人民元が安くなる前に早めに外貨に替えておこうと考えて、この春節前に銀行口座などから人民元を下ろして外貨に替えようとしている人が多くなっているのかもしれません。

 香港の人民元オフショア市場では、先日、人民元を外貨に替えたいと思う人(及び企業)が増え、その一方で人民元安を阻止するために、中国当局が国有銀行を通じて大量の人民元買い・外貨売り介入を行った結果、市場で人民元が枯渇し、翌日物の香港銀行間貸出金利が急騰する事態が起きました。こうした状況も踏まえ、仮に中国国内の銀行窓口で一時的にでも人民元の現金が足りなくなるような事態が起きれば大きな混乱が起きるので、中国人民銀行はそういうことが起きないように、市場に潤沢な資金を供給すると声明し、実際に潤沢に資金を供給しているのだと思います。

 外国旅行を予定している個人による外貨買いの意欲は、おそらくは春節休みの時期を過ぎれば一段落すると思いますが、もし「人民元の先安感」が強いならば、外国と貿易を行っている企業などによる「外貨買い・人民元売り圧力」は、春節後も続く可能性があります。

 わざとこうしたタイミングを捉えて、だと思いますが、先日開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)で有名な投資家のジョージ・ソロス氏が「中国のハードランディングは不可避」としてアジア通貨の空売りを宣言しました。そして、そのソロス氏の発言に反論する文章を「人民日報」が掲載したことについて、今日付けの日本経済新聞が伝えていました(2016年1月30日付け日本経済新聞朝刊8面記事「中国、ソロス氏に警戒感 ダボス会議『中国売り』発言受け 人民日報『絶対にハードランディングしない』」)。

 ソロス氏は、1992年にイギリスのイングランド銀行を相手にしてポンドを売り浴びせ、イングランド銀行を降参させたことで有名ですが、中国の場合は、最近減少傾向にあるとは言え、まだまだ膨大な外貨準備(外貨売り・人民元買い介入の原資となる)を持っており、必要があれば金融取引を強権的に管理することもやりかねないので、外国の投資家が「人民元売り」で中国人民銀行に勝てるとは私は思っていません。

 ただ、中国人民に「人民元の先安感」が広がり個人ベースでの人民元売り・外貨買いの傾向が強まっては困るので、春節前の今のタイミングでは、中国人民銀行は、多少無理をしてでも人民元安阻止の方向で動いていますが、春節が過ぎれば個人による人民元売り・外貨買いの圧力は減ると思うので、春節後、中国人民銀行は、市場動向に従って、緩やかな人民元安傾向を容認していくようになる可能性はあります。

 一方、たまたまのタイミングですが、昨日(2016年1月29日(金))の金融政策決定会合で、日銀がマイナス金利導入を決めたことから再び円安・ドル高の傾向が強まっています。中国としては、日本円との対比で日本円安・人民元高の傾向が強まっては困るので、その意味でも春節明け以降は人民元安方向に誘導していく可能性があります。人民元安が進むと、中国国内で生産される鉄鋼等の製品が安く世界に輸出されることになることから、世界の市場関係者は「人民元安=中国から世界へのデフレの輸出」になるのではないかと恐れているようです。実際、最近、中国人民銀行がレートの中央値を人民安方向に設定すると世界の株式市場に恐怖心が走る傾向があるように見えます。

 春節休みが明けたタイミングで、中国人民銀行が人民元安方向に基準レートを設定し、それが世界規模の同時株安などの市場の混乱を招くことにならないように願いたいものです。

 日銀は昨日の金融政策決定会合でマイナス金利の導入を2月16日(火)から開始することを決定しました。私はなぜ2月16日(火)から開始することにしたのかについては知りませんが、事実関係として、このタイミングは中国の春節明けの企業活動再開のタイミングとほぼちょうど重なります(中国の政府機関の休みは2月7日(日)~13日(土))。ちょうどその直後の2月末に上海でG20財務大臣・中央銀行総裁会議が開かれるようですから、世界の金融当局関係者は、うまく話し合って、「中国の春節明けのタイミングから始まる世界経済の波乱」が起きないように調整して欲しいものだと思います。

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2016年1月23日 (土)

中国経済は春節休み明けの変調に要注意

 今年(2016年)は、2月8日(月)が旧暦の正月(春節)の元旦で、中国ではこの前後で約1週間の長期の休みとなります。日本では、また中国人観光客による「爆買い」が話題になるでしょう。

 中国人民銀行は、1月21日(木)、春節前の現金需要に応えるため計4,000億元(約7兆1,000億円)の資金供給を行った、とのことです。この規模は3年ぶりの大きさ、とのことです。

 中国では、春節の前に、多くの企業で従業員に日本の冬のボーナスに相当する「春節手当」が払われます。多くの中国の人々は、故郷に帰省したり、長期の休みを利用して旅行したりするので、春節直前はどうしても現金の需要が高まります。そのため、中国人民銀行が春節前に大量の資金供給を行うのは、毎年恒例の行事となっています。

 中国では、こどもを故郷の農村に残して都会に出稼ぎに出ている農民工が多数いますが、彼らは多くの場合、春節手当をもらうとお土産を買って故郷に帰ります。彼らは基本的に春節休みが明けると元の職場に戻ってくるのですが、経済情勢によっては、例えば、故郷の農村近くによい働き場所ができた場合にはそちらに転職して、春節明けに農民工が元の職場に戻ってこない、といったことが起きます。

 私が二度目の北京駐在をしていた2008年の春節の際にはその傾向が顕著でした。従来の中国では、沿岸部に労働集約型輸出産業が集積して、そこに内陸部から出稼ぎに来ている農民工が多数働いていたのですが、2008年頃になると、内陸部に進出する工場も増え、内陸部でのインフラ建設も加速していたので、故郷近くの内陸部でそれなりの職場が見つかるため、春節明けに沿岸部の工業地帯に農民工が戻ってこない事態が多発しました。結果として、沿岸部では労働者の奪い合いとなり、賃金が上昇するひとつの原因となりました。

 2008年とは事情が全く異なりますが、今年(2016年)も春節明けに中国の雇用動態において変調が起きる可能性があります。ポイントは以下のとおりです。

【製造業部門】

○「労働集約型輸出産業」は既に中国から他のアジア諸国等に移転しつつあり、中国の沿岸部の製造業は、既に大量の非熟練労働者に雇用を提供する場ではなくなりつつある。

○ブラジル、ロシア等他の新興国の経済低迷により、そもそも中国の輸出指向型製造業は頭打ち状態となっている。

○スマートフォンなどの「新規製品」の普及に一巡感が出ている一方、今後普及が広がるような「次の新規製品」は今はないので、製造業全体として雇用が大きく増大するような状況にはない(これは中国だけではなく世界共通)。

○鉄鋼、セメント等の中国の「伝統的製造業」については、相当程度の生産過剰状態にあり、政府の方針でこららの「伝統的製造業」では徐々に生産縮小が進みつつある。

【不動産建設部門】

○2016年1月19日に中国国家統計局が発表した数字によると、2015年の不動産投資額は対前年比1.0%増に留まった(2014年は対前年比10.5%増)。また、新規着工面積は対前年比14%減少した。住宅部門については、現在、在庫が溜まっており、新規の建設はかなり鈍化している。

 これらの事情を踏まえると、例えば、2008年に起きたような、春節前に沿岸部の製造業で働いていた農民工が春節後に故郷に近い内陸部の工場や建設現場で働くようになる、というような事態は起きないと思われます。最も懸念されることは、製造業、建設業とも必要とする雇用は頭打ちとなっており、この春節期間を切っ掛けとして職場を代わろうとした労働者にとって受け皿となる雇用の場がなくなっている、といった事態が広範に起こる可能性があることです。

 インターネット通販の拡大など、中国でも新たな雇用の場は多様化しつつありますが、雇用の数の面では、中国は、まだ従来型の労働集約型製造業や鉄鋼等の国有企業型産業や建設業に多くを頼らざるを得ない状況だと思います。

 従来から中国では「保八」などといって経済成長率8%以上を確保することが必要だとされてきました。成長率が8%に満たないと膨大な人口を支える雇用が確保できないと考えられていたからです。1月19日に2015年の中国のGDP成長率は6.9%であったと発表されましたが、この成長率でどの業種が膨大な中国の雇用を維持しているのか、必ずしも明確ではありません(一般には、サービス業の伸びが雇用の場を増やしている、とされています)。鉄鋼等の分野で長期間生産者物価指数が大きなマイナスを続けているのに過剰生産がなくならないのは、多くの国有企業が雇用を維持するために赤字であっても無理して操業を続けているからではないか、と見る人もいます。

 「雇用の問題」は、中国経済にとって(そして中国共産党が支配するシステム全体にとって)致命的に重要な意味を持ちます。毎年のことですが、今年も春節という年に一度の労働者が故郷と職場の間を大移動する季節を切っ掛けとして雇用を巡る中国経済に変調が見えるかどうか、しっかりと注目していく必要がありそうです。

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2016年1月16日 (土)

人民元相場と中国経済バブル崩壊の想定と現実

 私は2007年4月に二度目の北京駐在を開始しましたが、この頃の基本認識は「現在(2007年初夏の頃)の中国経済は北京オリンピック開催を1年後に控えてバブル的状態にある。このバブル的状態は『いつか』反転し、中国経済は調整局面に入る。中国経済が調整局面に入ると多くの問題が噴出する可能性がある。」というものでした。そして、2007年初夏の時点で考えていた「いつか」が今(2016年年初)到来していることは明らかです。

 2007年5月に私は「中国の現在の基本問題」と題するメモを書いたのですが、このメモの経済に関する部分のポイントは以下のとおりです。

---2007年5月の時点で私が考えていたことのポイント(始まり)---

○中国は世界の工場として製品を世界に輸出することによって恒常的に膨大な貿易黒字を作り出しており、自由な為替市場に任せれば人民元高に振れる圧力を常に受けているが、中国人民銀行は意図的に人民元安に誘導している。中国人民銀行が市場圧力に抗して人民元安に誘導している理由は以下のとおり。

・中国製品の最大の国際競争力である「人件費が安い」という利点を守るため。

・人民元高になると安い外国の農産物が中国に輸入されて中国の農業に打撃を与えるのでこれを避けるため。

 多くの工場では農民工が出稼ぎ労働者として働いており、上記のいずれのポイントも「中国の農民を守る」という中国政府の最大の目標を達成するために必要な事項である。

○市場圧力は「人民元高」方向に働いている上、意図的な人民元安誘導による輸出の振興はアンフェアであるとするアメリカ等の圧力もあり、経済の国際化を目指す中国としては、いずれ人民元高を容認する方向になることは明らかである(人民元の先高感)。であれば、今の時点で中国に投資すれば投資回収時点で人民元高による為替差益を得ることができる、との見方から、海外から大量の資金(いわゆる「ホットマネー」)が流入している。

○中国人民銀行が人民元を安い水準で維持するために行う外貨買い・人民元売りの為替介入は、市場に更に人民元を供給する結果となり、中国の市場には大量の「過剰流動性」が供給され、北京オリンピックへ向けたインフラ投資とともにマンションの建設ラッシュ等を加速している。

○2008年の北京オリンピック及び2010年の上海万博が終われば、建設ラッシュで乱立したマンション等は供給過剰となる。バブル崩壊が近づいた時点で、外資は経済が崩壊する前に投資した資金を回収する動きを始める。外資の引き上げが始まると、人民元売り・外貨買い圧力が掛かるので、人民元は人民元安に振れる。人民元に先安感が出ると、外資(ホットマネー)の流出は加速度的に広がる(更に人民元安の圧力が強まる)。

○資本の流出が起きると、マンション等の建設は行われなくなり、それまで建設労働者として働いていた多くの農民工は職を失い、社会不安が起きる。

---2007年5月の時点で私が考えていたことのポイント(終わり)---

 上記の認識に基づき、中国の高度経済成長がどの時点で調整局面に入るかについては、このブログの2007年6月21日付け記事「中国のマンション・バブルはいつまで続くのか」に書かれています。

(参考URL1)このブログの2007年6月21日付け記事
「中国のマンション・バブルはいつまで続くのか」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_847c.html

 私はこの当時、2008年8月の北京オリンピックの前後の頃にも「調整局面入り」すると考えていました。上海株については、私の予想より早く、2007年10月がピークでした。

 その後、中国経済は私が予想していなかった展開を見せます。2008年9月のアメリカ発のリーマン・ショックにより世界経済の状況は大きく変わり、中国では2008年11月に「四兆元の経済対策」が打ち出され、中国経済が「調整局面入り」することは先送りされました。しかし、これは「先送り」されただけで、「調整局面入り」はいつか必ず来るし、むしろ「四兆元の経済対策」により「調整局面入り」した後の問題点の噴出の度合いは大きくなると当時の私は思っていました。

 この点については、このブログの2008年11月28日付け記事「『史上最大のバブル』の予感」で書きました。

(参考ULR2)このブログの2008年11月28日付け記事
「『史上最大のバブル』の予感」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-793d.html

 北京オリンピック直前の中国の経済状況が「バブル的状況」であり、この状態は「いつか」は調整局面に入り、その際には様々な問題点が生じる可能性があるという認識については、当時の中国の新聞でもたびたび論じられていました。例えば、このブログの2007年6月1日付け記事「中国の急速な都市化は『多すぎで、速すぎ』」では、2007年5月23日付けの中国の政府系英字紙「チャイナ・ディリー」が当時の中国の急速な都市化について警告を鳴らす記事を書いていることを紹介しています。

(参考URL3)このブログの2007年6月1日付け記事
「中国の急速な都市化は『多すぎで、速すぎ』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_6222.html

 上記記事でも紹介していますが、このチャイナ・ディリーの記事では「もし、いつかGDPの成長率が正常な値と思われる5~6%に落ちる日が来たら、そこには1000万人の土地を持たない農民が取り残され、恐ろしいことになるだろう。」と述べた学者の発言を紹介しています。「チャイナ・ディリー」は中国政府系の英字紙ですので、当時、中国政府も急速な経済成長はいつか「調整局面入り」し、その際には様々な問題が生じる可能性があることを認識していたのです。

 また、2007年~2009年の北京駐在期間中、私は、よく「裸官」という言葉を聞きました。「裸官」とは、自分の妻やこどもを外国に住まわせ、外国に住宅を買うなど資産のほとんどを外国に移しながら、自分だけ中国国内に残って仕事をし、「いざという時」になったら外国へ逃げだそうと考えている中国の地方政府幹部(=中国共産党の地方幹部)のことを皮肉を込めて表現する言葉です。

 中国の地方に多くの「裸官」がおり、多くの人民がそれを「裸官」と呼んで皮肉っていた、ということは、地方政府幹部も中国人民も、金儲けのできるバブル期にはそれが終わる「いざという時」が必ず来ることを2007年当時から認識していたことを意味しています。

 今(2015年後半~2016年年初)起きている人民元安の圧力は、経済が調整局面に入ったことにより外資が中国から引き上げるとともに、中国の地方政府の幹部や「富裕層」が国内資産を外国に移転するために人民元売り・外貨買いをしようとする圧力が強いことを意味しています。「裸官」にとっては、今(2015年後半~2016年初)が外国に逃げ出すタイミング、つまり「いざという時」なのです。習近平主席が強力に推進している「反腐敗闘争」は、そうした「裸官」の海外逃亡を許さない、との意味も持つものと言えます。

 上に説明したように、現在中国で起きている経済の減速と人民元安への圧力は、少なくとも北京オリンピック前には「いつか起こること」として想定されいていた事態です。従って、今、世界の株式市場は「中国経済減速ショック」でパニック的に同時株安状態になっていますが、中国経済については、「予想外のことが突然起きた」のではなく、「あるだろうと思っていた事態が実際にやってきたのだ」と認識すべきです。「現在の世界のマーケットの急激な反応は反応のし過ぎだ」と評する人がいますが、私も同感です。

 ただ、リーマン・ショック後に発動された「四兆元の経済対策」で「経済が調整局面に入った時に噴出する問題の大きさ」は北京オリンピックの頃に想定していたものより遙かに大きなものに膨らんでいること、2015年に中国株のバブル的上昇と下落が発生してしまったこと、アメリカの利上げ・原油安・ブラジル等の新興国の経済不振などがタイミング的に同時進行していることは、中国経済の調整局面入りの「負の側面」を従来の想定より相当大きなものにする可能性があります。従って、中国経済の減速と人民元安(これは中国からの資本流出を意味する)が世界経済に与える影響については、決して楽観してはならないと私は思っています。

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2016年1月 9日 (土)

中国株式市場「熔断」の「ドタバタ」と「朝令暮改」

 株式市場等で取引が急増して価格が急騰・急落した時に市場に冷静さを取り戻させるために一時的に取引を停止させる制度を、電気回路のヒューズやブレーカーにならって、英語では「サーキット・ブレーカー」と呼びます。中国では、電気回路のヒューズが過大電流の熱で溶けて断線することを「熔断」と呼びますので、「サーキット・ブレーカー制度」による株式市場の取引停止規制も「熔断」規制と呼ばれています。

 中国の証券管理当局は、昨年(2015年)夏の株価の急落の再現を防ぐため、年初(2016年1月4日(月))から「サーキット・ブレーカー」制度を導入しました。この制度は主要な株価指数が前日比5%マイナスになった時点で15分間取引停止、さらに7%マイナスになったらその時点以降の取引は終日停止、というものでした。ところが、制度導入初日の1月4日と四日目の1月7日の二回、中国の株式市場でこの制度による取引制限まで株価が下落したため、サーキット・ブレーカーが発動され取引が停止されました。特に1月7日は、取引開始十五分後に「5%ルールによる15分間停止」があり、その「15分間停止」が解除されて取引が再開された途端に更なる株価の暴落が起きて「7%ルールによる終日停止」になったので、この日の実質的な取引可能時間は15分程度しかありませんでした。これは「取引停止になって売れなくなることを恐れた投資家がパニック的に我先に売りを出したため」と考えられています。つまり、「サーキット・ブレーカー制度」が株価急落を誘発したのです。

 この事態を受けて、中国の証券管理当局は、「サーキット・ブレーカー制度」を1月8日(金)から当面停止することを決めました。

 更に、年初からの株価の下落は、昨年7月初旬の株価急落場面で更なる株価の下落を防ぐために講じられていた大口株式保有者に対する株の売却停止措置が1月8日で切れ、大口の「売り」が出ることを予想した投資家が事前に売っておこうとしたため、と考えられることから、中国当局は大口株式保有者の株の売却に対する制限を掛ける措置も決めました。

 一方、株価下落の別の要因として、アメリカの利上げに伴い人民元安が加速したことが中国経済の先行き不安を増大させ、それが更なる人民元安圧力と株価下落圧力を強めた、と考えられたことから、中国人民銀行は、1月8日(金)、市場が示す方向に逆らって人民元レートの中央値を対前日比でわずかに人民元高(ドル安)水準に設定しました。

 これらの措置により、1月8日(金)の上海総合指数は、対前日比1.97%高の3,186.41ポイントで引けました。

 しかし、この週の中国当局の措置は、いかにも「場当たり的」で「朝令暮改」(別の言葉で言えば政策としては「稚拙」)であったことから、世界の人々に中国政府の対応能力に対する疑念を抱かせました。そのことは、1月8日(金)、中国政府の措置により上海総合指数が上昇したにもかかわらず(更にはアジア時間1月8日夜に発表されたアメリカの2015年12月の雇用統計がアメリカ経済の強さを示す良好な数字だったにもかかわらず)欧米の株が更に下落したことでもわかります。

 中国の経済政策・金融政策については、以前からいろいろと批判があるところですが、リーマン・ショック対策として2008年11月に打ち出された「四兆元の経済対策」以前は、打ち出される政策にはそれなりに理由があり、説得性もあったと私は認識しています。しかし、2008年の「四兆元の経済対策」以降は、その場その場の状況に振り回され、政策自体が「右往左往」している点が目立つようになったと思います。

 「四兆元の経済対策」で以前からあった住宅バブルが再び急速度で拡大したことに対し、中国当局は、二件目以降(=投資目的の)住宅購入に対する融資規制を打ち出すなど「バブル」をおさえようとする政策を打ち出しました。しかし、住宅価格が頭打ちとなり住宅バブルの崩壊が懸念されるようになると、「バブル」防止のため導入した融資規制を今度は解除するなど、「場当たり的」な対応が目立ち始めました。

 去年(2015年)7月、株価が急落した際に中国当局が示した「場当たり的な」「有無を言わせない」株価下支え策も記憶に新しいところです。

 また、中国人民銀行による為替政策も最近は「意図不明」「場当たり的」に見えてしまうものが多くなりました。去年8月11日の人民元の実質的切り下げについては、人民元のIMFのSDR基準通貨入りのために為替取引の自由化を一歩進めた、との見方もありましたが、その後、人民元高方向に行くよう為替介入を行うなど、中国当局が為替について「市場動向に合わせて人民安を容認する」のか「市場動向に逆らって人民元高を維持しようとしている」のか意図不明な状況が続きました。

 昨日(2016年1月8日(金))の人民元レートの基準値を前日の市場動向に逆らってやや人民元高に設定したのは、おそらくは株価を下落させないためだったと思われますが、多くの人に「株価を下落させないようにするために中央銀行が為替操作を行った」と思わせるような事態は、中央銀行としての中国人民銀行の信認を失墜させる行為であり、非常にまずかったと思います。

 週明け(1月11日(月))以降も、中国人民銀行が為替の中央値をやや人民元高に設定すると株高になり、人民元安に設定すると株安になる傾向が続くのだとすると、中国人民銀行は株安が恐くて為替レート中央値を人民元高になるように設定せざるを得なくなり、その状態を維持するために外貨準備を使ってドル売り・人民元買いの為替介入を続けざるを得なくなるかもしれません。豊富な中国の外貨準備もいつかは枯渇しますし、そもそもドル売り・人民元買いの為替介入を続けると、市場から人民元を吸収することになり、累次行っている金融緩和政策の効果を減少させてしまうことになります。従って、株安を恐れて市場の流れに逆らって人民元レートを高めに設定するやり方は持続可能ではなく、いつか破綻します。

 今回の株式市場での「サーキット・ブレーカー制度」の導入と、それがうまく行かなかったらすぐにやめてしまった決定は、「事態の状況に応じて臨機応変に政策を変える適切な判断だった」とする見方も可能ですが、「当局は制度導入による影響予測をあやまった」「今後も制度が急に変わるかもしれないとの不信感を市場参加者に与えた」という点で、客観的に言って政策的失敗だったのは明らかです。

 中華人民共和国政府の経済政策の歴史の中で、おそらくはオモテに見えない部分での「ドタバタや朝令暮改」はこれまでも何回かあったのだと思います。典型的な例は1988年頃に行われた二重価格制度の廃止でしょう。この制度変更は、公定価格と市場価格の差をなくして価格決定を完全に市場原理に任せようとするものでした。必然的に、品質のよい商品は市場原理に従って価格が上がるので、一般庶民にとってはこの制度変更は物価上昇を意味しました。結局、物価上昇に対する不満の高まりを前にして、二重価格制度廃止は撤回されるのですが、この時の混乱と一般庶民が持った不満とが1989年の「六四天安門事件」の背景にあったと考えられています。

 これまでは中国経済全体が発展し続けてきたので、こうした経済政策の「ドタバタ」「朝令暮改」はオモテだって目立ちませんでしたが、中国経済が拡大し、世界から中国経済の状況が注目される今日にあっては、経済政策における失策はすぐに世界から大きな注目を浴びざるを得ないようになりました。また今のようなネット社会においては、中国の人民がいろいろな制度変更について不満を持っていることがネットでの発言を通じて中国の外の人間でもすぐにわかるようになったことも、中国の政策における「ドタバタ」「朝令暮改」が目立つようになった背景にあるのかもしれません。

 今、世界が中国の動向に対して持っている最大の不安要素としては、中国経済の低迷に対する不安よりも、むしろ「中国政府は『ドタバタ』『朝令暮改』を繰り返しており中国の行政は機能不全状態に陥っているのではないか」という疑念の方が大きいのではないでしょうか。昨年8月の天津港大爆発や昨年12月の広東省深センでの建設残土土砂崩れ事件、北京周辺における大気汚染を全く改善できない、といった状況は、産業安全、労働安全、環境保護等の観点で中国の行政が機能していないのではないか、との疑念を世界に広めたと思います。

 経済減速に対する不安は、どの国でもどの時代にもあり得る話なので、不安ではあるけれども対処法も今後どうなるかも、ある程度想像はできます(実際、ブラジルなど中国より経済状況が悪いと思われる国々はたくさんある)。しかし、中国のような巨大な国でもし行政の機能不全が起きているのだとしたら、それが世界に与える影響は想像を絶します。そうした「想像できない事態」があるのかもしれない、という不安が、昨今の世界の株価の急落や原油価格の低迷に見られる市場の不安心理の背景にあるのだと思います。そうした世界の「不安心理」を払拭する最大の「薬」は、中国が様々な課題に対してしっかりとした(場当たり的ではない)行政対処をして見せること(行政が機能不全に陥っていないことを示すこと)です。

 仮に中国経済が不振にあえいでいたとしても、中国政府の機能に対する信頼が確立し、中国政府による有効な対策が今後講じられるであろうと多くの人が思うようになれば、あわてて中国から資金を引き上げる必要もないので、人民元安圧力も相当程度やわらぐでしょう。

 多くの専門家(特に欧米系の人たち)の中には「中国の内実はよくわからないが、中国政府には事態に対処する手段も資金も能力もある」と主張している人たちがいます。私自身は、1988年頃は同じような考え方を持っていて、急速な物価高を見せられても、「中国政府はうまく対処するだろう」と考えていました。しかし、実際は1989年の「六四天安門事件」の拡大を防止できず、結局は人民を人民解放軍の武力で鎮圧するという本来避けなければいけない事態(一種の「ハード・ランディング」)を起こしました。このトラウマがあるので、今、私自身は「中国政府には事態に対処する手段も資金も能力もある」と思うことはできません(私と同じ感覚の人は多いと思います)。中国政府には、是非、具体的な対処策を実行して、私にその感覚が間違いだったと思わせて欲しいと思います。

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