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2015年12月26日 (土)

中国の「露骨」だけど「素直で正直な」新しい住宅政策

 「中央経済工作会議」が12月18日~21日に開催され、その結果が公表されました。その結果は、12月22日付けの「人民日報」1面に掲載されましたが、ポイントは以下の5点です。

○積極的に生産能力の過剰を解消する

○企業のコスト低下を助ける(政府による手続きの簡素化、租税負担の整理合理化、企業に対する社会保障費負担の軽減、電力価格市場化による電力価格の引き下げ、流通革命による流通コストの低減)

○住宅不動産在庫の解消(農民工の市民化による有効需要の拡大と需給ギャップの解消、在庫消化、住宅不動産市場の安定化)

○有効な供給の拡大(技術改造と設備の更新、新産業の発展と技術・製品・業態のイノベーション)

○金融リスクの解消と防止(地方政府債務の借り換え、全てをカバーした政府債務の管理、地方政府による債券発行方法の改善による地方政府債務リスクの解消)

 私は、これらの諸点を見ると、「中央経済工作会議」が現在中国経済の抱える「問題点」を率直に指摘して解決を図ろうとしている点について、非常に前向きに捉えるべきだと思っています。

 特に私は、三番目の住宅不動産在庫の解消のために戸籍制度を改革して農村戸籍を持ちながら都市部で働いているいわゆる「農民工」の住宅需要を活用する、という考え方に着目しています。というのは、農村・非農村戸籍の壁の解消は、本来は、都市部にいる農民工の医療面・教育面等での福利の向上が目的のはずなので、「売れ残っている住宅を農民工に買ってもらうために戸籍制度を改革する」と表現するのは、政治的にはあまりに「露骨で」「住宅開発業者寄りに見える」にも係わらず、「中央経済工作会議」があえて住宅在庫解消と戸籍制度改革を絡めて議論しているからです。本来弱い立場にある農民工の味方であるべき中国政府としては「住宅在庫を解消するために農民工に都市戸籍を与える」といった「露骨な」表現はしたくないはずなのですが、「きれいごとばかり言っていてもしかたがないので、批判があってもいいから実効性のある政策は着実に進めるべきだ」と問題解決へ向けて意志を示している点を私は評価すべきだと思っています。

 この点(住宅在庫の解消のために戸籍制度改革を行うべきこと)については、昨日(12月25日(金))の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」でも解説していました。この日の「新聞聯播」の解説では、具体的数字を上げながら、現状と問題点、解決の方法について解説していました。ポイントは以下のとおりです。

○国家統計局の発表によると今年(2015年)11月時点で売り出されている住宅の面積は4億4,093万平方メートルで、これは5年前の2.6倍に当たる。

○現在建設中のものも含めると21億平方メートルの住宅不動産の在庫がある。この数字は、もし仮に今後全く住宅の建設が行われなかったとしても、2年間、住宅の需要をまかなえる数字である。

○中国社会科学院の「社会青書」によると、都市部住民の91.2%は自分の住宅を所有しているが、一方で19.7%は二件以上の住宅を所有している。つまり都市部住民に関して言えば、既に需給関係は逆転している。

○一方、現在、都市部の「常住人口」のうち約2.5億人は、その都市の戸籍を有していないいわゆる農民工である。

○住宅不動産業の低迷は、鉄鋼、セメント、建設材料などの産業に問題を起こしており、就業圧力、財政圧力、金融リスクを生じさせている。

○そこで「中央経済工作会議」は「新市民に対する住宅政策」を打ち出した。今後、5年間に1億人の農民工が都市部に入ったと仮定し、それらの農民工の70%が住宅を購入または借りたとすれば、一人当たり約33~34平方メートルの住宅が必要であることから、約23億平方メートルの住宅需要が発生する。これは現在ある21億平方メートルの住宅在庫が解消されることを意味する。

○農民工の中には「住宅は高くて買えない」という人もいるだろうから、そういう人のために賃貸住宅を用意する企業には政府が補助を行う、といった政策も考えられる。

 私は、経済学者や研究者による政策提言については、中国の新聞で読んだりしたことがありますが、ここまで具体的な数字を上げて具体的な対応政策も含めた内容が「中央経済工作会議」という中国政府の方針の解説として出てきたことに驚きました。私は胡錦濤-温家宝政権時代の2007年4月~2009年7月まで北京に駐在していましたが、その間、住宅市場のアンバランス問題や農民工問題(二重戸籍問題)について、具体的な(実行可能な)政策が打ち出されなかったので不満だったのですが、習近平政権の3年目になって、ようやく「実のある」政策が打ち出されつつあるのを感じます。

 もっとも、「政策の構想」は具体的で実行可能なように見えますが、実際に効果が出るかどうかは別問題です。上記の戸籍政策を絡めた住宅政策は「今考えられるもっとも有効な政策」だとは思いますが、私の認識では、下記のような問題点があります。

○第一級都市と第二級、第三級都市との差

 北京、上海、広州などの「第一級都市」(特別市と大規模な省都級都市)は、人気があり、住宅の売れ行きも比較的堅調ですが、「第二級都市」(中規模以下の省都級都市)や「第三級都市」(省都級ではない地方都市等)は人気がそれほど高くなく、住宅の在庫も多いようです(中国の場合「第三級都市」といっても人口百万人を超える「大都市」は「ザラ」にあります。「人民網日本語版」2014年3月20日付けの記事によると、中国には人口百万人以上の都市が142か所あるとのことです)。中国政府としては、農民工の多くに「第二級」「第三級」の都市に住んでもらいたいと思っているのでしょうが、就業機会の問題もあり、農民工の「住みたい都市」と中国政府の「住んでもらいたい都市」との間には大きなミスマッチがあります。

○在庫住宅の「質」(住宅のハード面の「質」と立地条件)と農民工が住みたいと思う住宅の「質」とのミスマッチ

 正確なデータではなく、私が見聞きした範囲の印象ですが、中国の住宅は投資目的に買う人も多いので、結構部屋数の多い高級な物件が多数あります。「高級さ」を強調する住宅の広告も多数見かけます。また、建物は立派だけれども、日本のように郊外電車や地下鉄が発達していないので、自家用車がないと都心に通えない場所に立つ物件も数多くあります。部屋数の多い高級な住宅や自家用車がないと通勤できない場所の物件を農民工が買う(借りる)とは思えないので、「住宅がたくさん余っているので、住む場所が欲しいと思っている多数の農民工に買って(借りて)もらえばよい」と簡単に言えるほど、話は単純ではありません。

○賃貸住宅の住民に対する法的保護の未整備

 私は北京に駐在していた時に賃貸アパートメントを借りて住んでいたのですが、中国人に「賃貸物件には入らないの?」と聞くと、たいてい「イヤだ」と言います。中国では、例えば、周辺地域の再開発の計画が持ち上がった場合に「大家さん」の都合で「借り主」を追い出すことはよくあるそうなので、仕事の都合やこどもの教育などで安定して同じ場所に住みたい場合には、やはり住宅は「賃貸」ではなく「購入したい」と思うのだそうです。

 日本の場合は、借地借家法の規定により、通常賃貸契約の場合は、大家さんの都合で勝手に「借り主」を追い出したりできないようになっています。ただし、日本の場合も、こういった「賃貸住宅の借り主」の法的地位が安定したのは、1992年8月施行の借地借家法ができたからであって、そんなに古い歴史があるわけではありません。

 中国の場合、都市部の土地は国有で、住宅購入者には70年間の期限付きで「土地使用権」が与えられますが、2007年にできた「物件法」により、住宅購入者の法的権利は守られるようになっています(一方で賃貸住宅の借り主の法的地位を守る法律は中国にはまだない)。

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 上記の問題点に加えて、中国の場合、やはり致命的問題点は「政策決定が民主主義に基づいていないので人民の多数派の意見が政策に反映されない可能性がある」点でしょう。都市部に住む農民工に住宅を購入(または借りる)してもらう政策を進めていって何か問題点が生じた場合、住んでいる農民工の意見ではなく、住宅を建設・販売している企業側の意見に沿う形で政策の調整が行われる可能性があり、そうした政策の調整は問題をより解決困難にする可能性があります。そうなる可能性がある以上、農民工は安心して住宅を買う(借りる)ことをしないかもしれません。

 中国政府が、「きれいごと」ではなく、住宅在庫過剰問題に対して、現実の問題点に即した解決可能な政策を採ろうとしていることは大いに評価できますが、今後は、真に大多数の「住む人」の立場に立った政策運営を行い続けられるかどうか、が問題解決のカギになると私は思っています。

 住宅在庫過剰問題が適切に解消されないのであれば、上記の「新聞聯播」で指摘しているように、「就業圧力」「地方政府の財政圧力」「金融リスク」が増大し、中国の経済・社会の不安定化を招くおそれがあります。このため、住宅在庫過剰問題(別の言い方をすれば「住宅バブル問題」)のことを、多くの外国専門家は「中国の経済・社会における時限爆弾」だと考えてきました。今般、「中央経済工作会議」で、この「時限爆弾」に真正面から対応する政策が打ち出されたことは、「解決のために一歩踏み出したわけだから大きな前進だ」と捉えることも可能ですし、一方では「真正面から取り組む姿勢を示さなければならないほど『待ったなし』の状況になってきているのだ」と捉えることもできます。その意味でも、今回の「中央経済工作会議」で打ち出された新しい住宅政策は、非常に重要なものだと私は考えています。

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