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2015年12月19日 (土)

具体的な改革政策の実行段階に入った習近平政権

 中国では、昨日(2015年12月18日)から「中央経済工作会議」が始まりました。この会議は、毎年12月上中旬に中国共産党中央と国務院が行う次の年の経済運営の方針を議論し決めるための会議です。今年の「中央経済工作会議」が例年より遅めに18日から始まったのは、おそらくは中国としても極東時間12月17日未明に発表されたアメリカFRBの利上げ決定を確認した上で来年の経済運営を議論したかったからだと思います。このスケジューリングを見ても、「中央経済工作会議」が非常に「まともに」(実務的に)中国のマクロ経済運営のあり方を議論する会議であることがわかります。

 「中央経済工作会議」の開始にタイミングを合わて、という意味合いがあるのだと思いますが、昨日(12月18日)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」のトップは、中国経済の現状分析に関するニュースでした。このニュースで目を引いたのは、以下の点です。

○(経済学者の話):統計によれば、石炭、鉄鋼、石油化学、建築材料、非鉄金属の5つの分野においては、現在の利益は対前年同期比マイナス42.8%である。これら伝統産業は構造的な変化により衰弱している。

○石炭産業では、今年10月現在で3億トンの在庫を抱えており、石炭価格は2004年のレベルに低迷している。トップ90の石炭企業の第三四半期の利益は、2014年は450.2億元の黒字であったのに対し、2015年は8.1億元の赤字になっている。

 「人民日報」の紙面ではこうした「マイナス・イメージの数字」を踏まえた論評は時々見ますが、テレビの「新聞聯播」ではこれだけ「正直に」数字を示して中国経済の問題点を提示し「だから改革が必要なのだ」と訴えることはほとんどないので、私はこのニュースから非常に新鮮な印象を受けたのでした。

 実は、最近、私は、このほかにも、中国政府が「大きな問題」と考えられてきたいくつかの事項について、目をそらさずに、きちんと対応する政策を打ち出してきていることに、一種の「変化」を感じています。

 例を挙げると以下のとおりです。

○12月9日、中国政府は、無戸籍(中国語で「黒戸口」)の人に戸籍を与えることを決定した。

 これは「一人っ子政策の終了」と関連する事項なのですが、従来中国には、「一人っ子政策」による罰金を逃れるため親が二人目以降の子供について出生届を出さなかったために無戸籍になっている人が大量に存在します(1,300万人に上ると言われている)。これらの無戸籍者は、就職したり住宅を買ったりすることができないばかりでなく、そもそも学校へも行けません。無戸籍者は社会の低層に沈んだまま犯罪グループに転落する可能性もあるので、中国の政府の中にもかなり以前から問題意識を持っている人たちはいたようです。しかし、多数の無戸籍者の存在は、「党中央が掲げる一人っ子政策」が生んだ陰の部分なので、おおっぴらには議論されては来なかったし、全国レベルでの対策は打たれてきませんでした(一部の地方では、無戸籍者に戸籍を与えることは行われてきたようです)。「一人っ子政策の転換」という新しい局面が生じたからだと思いますが、無戸籍者問題に対して、中国政府が真正面から取り組み始めた、ということは、大きな前進だと思います。

(この点については、「週刊東洋経済」(2015年12月19日号)の「中国動態」のページに富坂聡氏が「人口の1%に戸籍なし 対策を迫られる中国政府」というタイトルで解説しています)。

○11月26日、李克強総理は国務院令に署名して、「居住証暫定条例」を公布した(この条例は2016年1月1日に施行される。この件については、12月12日に新華社が報じ翌13日付けの「人民日報」に解説が掲載された)。

 中国には「農村戸籍」と「非農村戸籍」があります。都市部での建築現場等で働いている人の多くは農村戸籍の人(いわゆる「農民工」)ですが、都市部の戸籍を持っていない人は、例え働くために都市部に住んでいたとしても、医療や子女の教育などの行政サービスを受けることができません。この二重戸籍制度は、1950年代、農村部の労働力が無計画に都市部に流入することを防ぐために作られた制度ですが、多くの「農民工」が都市部で働いている現在でも維持されています。この制度があるために、例えば、両親がともに同じ都市で働いている場合でも、都市部ではこどもを学校に通わせられないので、こどもだけは出身地の農村にいる祖父母の下において学校に通わせているケースが非常に多いのです。今年6月には貴州省でこうした「留守児童」だった4人の兄弟が農薬を飲んで自殺する事件があり、中国社会に衝撃を与えました。

 二重戸籍制度の問題については、中国国内でも改善すべきとの意見がずっと前からありました。私が北京に駐在していた2007年5月20日、北京の日刊紙「新京報」は、「日本の戸籍は『無限制』」と題する記事を掲載し、日本の「本籍」と「住民票」の制度について紹介していました。この記事では、日本では、明治維新の改革で江戸時代までの「寺請制度」が撤廃され、日本国民に居住の自由が与えられたが、これが日本の資本主義発展の基礎を築く政策だったと述べた上で、居住の自由は大都市圏への人口集中の問題を生んだが、これに対処する政策として中央政府による地方政府への補助金である「地方交付税」の制度についても触れていました。この記事の論調が「日本の本籍・住民票制度に学ぶべき点がある」という趣旨の非常に肯定的なものであったことを私は印象深く覚えています。

 今回国務院が公布した「居住証暫定条例」は、基本的にこの「新京報」の記事と同じ考え方に立つものです。「居住証」の制度は、農村戸籍は維持しつつも、「6か月以上居住している」「合法的な職業に就き、合法的な住所を有している」等の条件付きで、農村戸籍保持者にも日本の「住民票」のような「居住証」を与え、様々な行政サービスを「戸籍」ではなく「居住証」に基づいて提供しようとするものです。「暫定条例」という名前でわかるように、当面は「試行錯誤」的状態が続くのだと思いますが、二重戸籍制度による都市部の「農民工」の問題という大きな課題について真正面から取り組もうとしている今回の「居住証暫定条例」の公布は、中国の政策において大きな前進だと思います。

 「腐敗撲滅キャンペーン」だけでなく、こうした人民生活に直接関与する(しかも中国社会にとって非常に根本的で重要な)課題について、中国政府が真正面から取り組み始めたことは、習近政権が2013年3月の全人代で正式に発足してから、ここに来てフェーズが変わった、即ち、最初の「助走期間」を終わって「政策の実行期間」に入った、という点で非常に重要だと思います。おそらくこれは、11月26日まで開かれていた中国共産党中央軍事委員会改革工作会議で習近平氏による軍部の完全掌握が完成したこと、即ち習近平氏への権力一点集中が完成し、いよいよ習近平氏が具体的な政策の実施を進められるようになったことを意味しているのだと思います。

 その点は、12月13日に行われたいわゆる南京事件の犠牲者追悼式典に政治局常務委員が参加しなかったことでも見て取れます。日本の新聞では、この式典への参加者のランクが高くなかった点について「日本への配慮だ」と書いているところもありますが、別の見方をすれば、現在の中国の国内政治状況を踏まえると、この式典にトップランクの指導者が出席する必要がなかった、と言うことができます。本来は、今年(2015年)は「対日戦勝利70周年」の記念の年でしたので、南京での式典は「今年の一連の対日戦勝利70周年の記念行事」の「締め括り」となるはずだったのだろうと思います。しかし、おそらくは、9月3日の「抗日戦勝利70周年記念軍事パレード」と11月26日の中国共産党中央軍事委員会改革工作会議によって習近平氏の軍部掌握が完成したので、12月13日の南京事件犠牲者追悼式典は、もう既に、習近平氏による権力集中をアピールするための行事という点では重要性は低くなっていたのだ、と見ることも可能です。

 今開催されている「中央経済工作会議」の結果は数日中に発表されると思いますが、「新聞聯播」の報道内容から類推するに、今後の中国政府の経済政策の中心は、最近習近平政権が強調している「供給側改革」、即ち「赤字企業」や「ゾンビ企業」を市場から退出させることになるのではないかと思います。この「供給側改革」は、過剰設備を持つ国有企業のリストラが必要となるので、「抵抗勢力」(多くは地方政府の幹部)からの反発も予想されますが、習近平政権は「反腐敗キャンペーン」に加えて、「無戸籍者への戸籍の付与」「農民工への居住証の発給」といった「経済成長に取り残されてきた社会の低層にいる多数の人民」のための政策を進めて多くの人民の支持を得ながら、強力にこの改革を進めていく方針なのだと思います。

 もし習近平政権がそのような方向で政策を進めるなら、経済成長のスピードよりも、国有企業と社会制度の改革の方を重視することになるのでしょうから、経済成長率は今までよりも下がる可能性があります。また、国有企業をリストラしたとしても、新たな分野での産業育成には時間が掛かりますから、一定程度現在ある労働集約型輸出品製造業を維持して雇用の確保を図ることになる可能性もあり、そうであれば輸出競争力維持のため為替レートで人民元安を容認し続けることになる可能性があります。そうなった場合、中国国内に資産を持っていても実質的価値が目減りしてしまいますので、富裕層や中間層による資産の国外流出が加速するかもしれません。あるいは富裕層や中間層の人々自体が中国国外に出てしまうかもしれません(アメリカやカナダにおける投資移民(一定金額以上を投資した外国人に永住権を与える制度)の状況を見ると、既に中国の富裕層や中間層の中には国外に出てしまった人がかなりの数いると思います)。

 いずれにせよ、もし本当に「権力集中のための段階」が終わって「具体的政策を実行する段階」に入ったのだとしたら、もしかすると、これからの習近平政権は、胡錦濤時代よりも具体的な改革の成果を挙げることができることになるのかもしれません。

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