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2015年12月

2015年12月26日 (土)

中国の「露骨」だけど「素直で正直な」新しい住宅政策

 「中央経済工作会議」が12月18日~21日に開催され、その結果が公表されました。その結果は、12月22日付けの「人民日報」1面に掲載されましたが、ポイントは以下の5点です。

○積極的に生産能力の過剰を解消する

○企業のコスト低下を助ける(政府による手続きの簡素化、租税負担の整理合理化、企業に対する社会保障費負担の軽減、電力価格市場化による電力価格の引き下げ、流通革命による流通コストの低減)

○住宅不動産在庫の解消(農民工の市民化による有効需要の拡大と需給ギャップの解消、在庫消化、住宅不動産市場の安定化)

○有効な供給の拡大(技術改造と設備の更新、新産業の発展と技術・製品・業態のイノベーション)

○金融リスクの解消と防止(地方政府債務の借り換え、全てをカバーした政府債務の管理、地方政府による債券発行方法の改善による地方政府債務リスクの解消)

 私は、これらの諸点を見ると、「中央経済工作会議」が現在中国経済の抱える「問題点」を率直に指摘して解決を図ろうとしている点について、非常に前向きに捉えるべきだと思っています。

 特に私は、三番目の住宅不動産在庫の解消のために戸籍制度を改革して農村戸籍を持ちながら都市部で働いているいわゆる「農民工」の住宅需要を活用する、という考え方に着目しています。というのは、農村・非農村戸籍の壁の解消は、本来は、都市部にいる農民工の医療面・教育面等での福利の向上が目的のはずなので、「売れ残っている住宅を農民工に買ってもらうために戸籍制度を改革する」と表現するのは、政治的にはあまりに「露骨で」「住宅開発業者寄りに見える」にも係わらず、「中央経済工作会議」があえて住宅在庫解消と戸籍制度改革を絡めて議論しているからです。本来弱い立場にある農民工の味方であるべき中国政府としては「住宅在庫を解消するために農民工に都市戸籍を与える」といった「露骨な」表現はしたくないはずなのですが、「きれいごとばかり言っていてもしかたがないので、批判があってもいいから実効性のある政策は着実に進めるべきだ」と問題解決へ向けて意志を示している点を私は評価すべきだと思っています。

 この点(住宅在庫の解消のために戸籍制度改革を行うべきこと)については、昨日(12月25日(金))の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」でも解説していました。この日の「新聞聯播」の解説では、具体的数字を上げながら、現状と問題点、解決の方法について解説していました。ポイントは以下のとおりです。

○国家統計局の発表によると今年(2015年)11月時点で売り出されている住宅の面積は4億4,093万平方メートルで、これは5年前の2.6倍に当たる。

○現在建設中のものも含めると21億平方メートルの住宅不動産の在庫がある。この数字は、もし仮に今後全く住宅の建設が行われなかったとしても、2年間、住宅の需要をまかなえる数字である。

○中国社会科学院の「社会青書」によると、都市部住民の91.2%は自分の住宅を所有しているが、一方で19.7%は二件以上の住宅を所有している。つまり都市部住民に関して言えば、既に需給関係は逆転している。

○一方、現在、都市部の「常住人口」のうち約2.5億人は、その都市の戸籍を有していないいわゆる農民工である。

○住宅不動産業の低迷は、鉄鋼、セメント、建設材料などの産業に問題を起こしており、就業圧力、財政圧力、金融リスクを生じさせている。

○そこで「中央経済工作会議」は「新市民に対する住宅政策」を打ち出した。今後、5年間に1億人の農民工が都市部に入ったと仮定し、それらの農民工の70%が住宅を購入または借りたとすれば、一人当たり約33~34平方メートルの住宅が必要であることから、約23億平方メートルの住宅需要が発生する。これは現在ある21億平方メートルの住宅在庫が解消されることを意味する。

○農民工の中には「住宅は高くて買えない」という人もいるだろうから、そういう人のために賃貸住宅を用意する企業には政府が補助を行う、といった政策も考えられる。

 私は、経済学者や研究者による政策提言については、中国の新聞で読んだりしたことがありますが、ここまで具体的な数字を上げて具体的な対応政策も含めた内容が「中央経済工作会議」という中国政府の方針の解説として出てきたことに驚きました。私は胡錦濤-温家宝政権時代の2007年4月~2009年7月まで北京に駐在していましたが、その間、住宅市場のアンバランス問題や農民工問題(二重戸籍問題)について、具体的な(実行可能な)政策が打ち出されなかったので不満だったのですが、習近平政権の3年目になって、ようやく「実のある」政策が打ち出されつつあるのを感じます。

 もっとも、「政策の構想」は具体的で実行可能なように見えますが、実際に効果が出るかどうかは別問題です。上記の戸籍政策を絡めた住宅政策は「今考えられるもっとも有効な政策」だとは思いますが、私の認識では、下記のような問題点があります。

○第一級都市と第二級、第三級都市との差

 北京、上海、広州などの「第一級都市」(特別市と大規模な省都級都市)は、人気があり、住宅の売れ行きも比較的堅調ですが、「第二級都市」(中規模以下の省都級都市)や「第三級都市」(省都級ではない地方都市等)は人気がそれほど高くなく、住宅の在庫も多いようです(中国の場合「第三級都市」といっても人口百万人を超える「大都市」は「ザラ」にあります。「人民網日本語版」2014年3月20日付けの記事によると、中国には人口百万人以上の都市が142か所あるとのことです)。中国政府としては、農民工の多くに「第二級」「第三級」の都市に住んでもらいたいと思っているのでしょうが、就業機会の問題もあり、農民工の「住みたい都市」と中国政府の「住んでもらいたい都市」との間には大きなミスマッチがあります。

○在庫住宅の「質」(住宅のハード面の「質」と立地条件)と農民工が住みたいと思う住宅の「質」とのミスマッチ

 正確なデータではなく、私が見聞きした範囲の印象ですが、中国の住宅は投資目的に買う人も多いので、結構部屋数の多い高級な物件が多数あります。「高級さ」を強調する住宅の広告も多数見かけます。また、建物は立派だけれども、日本のように郊外電車や地下鉄が発達していないので、自家用車がないと都心に通えない場所に立つ物件も数多くあります。部屋数の多い高級な住宅や自家用車がないと通勤できない場所の物件を農民工が買う(借りる)とは思えないので、「住宅がたくさん余っているので、住む場所が欲しいと思っている多数の農民工に買って(借りて)もらえばよい」と簡単に言えるほど、話は単純ではありません。

○賃貸住宅の住民に対する法的保護の未整備

 私は北京に駐在していた時に賃貸アパートメントを借りて住んでいたのですが、中国人に「賃貸物件には入らないの?」と聞くと、たいてい「イヤだ」と言います。中国では、例えば、周辺地域の再開発の計画が持ち上がった場合に「大家さん」の都合で「借り主」を追い出すことはよくあるそうなので、仕事の都合やこどもの教育などで安定して同じ場所に住みたい場合には、やはり住宅は「賃貸」ではなく「購入したい」と思うのだそうです。

 日本の場合は、借地借家法の規定により、通常賃貸契約の場合は、大家さんの都合で勝手に「借り主」を追い出したりできないようになっています。ただし、日本の場合も、こういった「賃貸住宅の借り主」の法的地位が安定したのは、1992年8月施行の借地借家法ができたからであって、そんなに古い歴史があるわけではありません。

 中国の場合、都市部の土地は国有で、住宅購入者には70年間の期限付きで「土地使用権」が与えられますが、2007年にできた「物件法」により、住宅購入者の法的権利は守られるようになっています(一方で賃貸住宅の借り主の法的地位を守る法律は中国にはまだない)。

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 上記の問題点に加えて、中国の場合、やはり致命的問題点は「政策決定が民主主義に基づいていないので人民の多数派の意見が政策に反映されない可能性がある」点でしょう。都市部に住む農民工に住宅を購入(または借りる)してもらう政策を進めていって何か問題点が生じた場合、住んでいる農民工の意見ではなく、住宅を建設・販売している企業側の意見に沿う形で政策の調整が行われる可能性があり、そうした政策の調整は問題をより解決困難にする可能性があります。そうなる可能性がある以上、農民工は安心して住宅を買う(借りる)ことをしないかもしれません。

 中国政府が、「きれいごと」ではなく、住宅在庫過剰問題に対して、現実の問題点に即した解決可能な政策を採ろうとしていることは大いに評価できますが、今後は、真に大多数の「住む人」の立場に立った政策運営を行い続けられるかどうか、が問題解決のカギになると私は思っています。

 住宅在庫過剰問題が適切に解消されないのであれば、上記の「新聞聯播」で指摘しているように、「就業圧力」「地方政府の財政圧力」「金融リスク」が増大し、中国の経済・社会の不安定化を招くおそれがあります。このため、住宅在庫過剰問題(別の言い方をすれば「住宅バブル問題」)のことを、多くの外国専門家は「中国の経済・社会における時限爆弾」だと考えてきました。今般、「中央経済工作会議」で、この「時限爆弾」に真正面から対応する政策が打ち出されたことは、「解決のために一歩踏み出したわけだから大きな前進だ」と捉えることも可能ですし、一方では「真正面から取り組む姿勢を示さなければならないほど『待ったなし』の状況になってきているのだ」と捉えることもできます。その意味でも、今回の「中央経済工作会議」で打ち出された新しい住宅政策は、非常に重要なものだと私は考えています。

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2015年12月19日 (土)

具体的な改革政策の実行段階に入った習近平政権

 中国では、昨日(2015年12月18日)から「中央経済工作会議」が始まりました。この会議は、毎年12月上中旬に中国共産党中央と国務院が行う次の年の経済運営の方針を議論し決めるための会議です。今年の「中央経済工作会議」が例年より遅めに18日から始まったのは、おそらくは中国としても極東時間12月17日未明に発表されたアメリカFRBの利上げ決定を確認した上で来年の経済運営を議論したかったからだと思います。このスケジューリングを見ても、「中央経済工作会議」が非常に「まともに」(実務的に)中国のマクロ経済運営のあり方を議論する会議であることがわかります。

 「中央経済工作会議」の開始にタイミングを合わて、という意味合いがあるのだと思いますが、昨日(12月18日)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」のトップは、中国経済の現状分析に関するニュースでした。このニュースで目を引いたのは、以下の点です。

○(経済学者の話):統計によれば、石炭、鉄鋼、石油化学、建築材料、非鉄金属の5つの分野においては、現在の利益は対前年同期比マイナス42.8%である。これら伝統産業は構造的な変化により衰弱している。

○石炭産業では、今年10月現在で3億トンの在庫を抱えており、石炭価格は2004年のレベルに低迷している。トップ90の石炭企業の第三四半期の利益は、2014年は450.2億元の黒字であったのに対し、2015年は8.1億元の赤字になっている。

 「人民日報」の紙面ではこうした「マイナス・イメージの数字」を踏まえた論評は時々見ますが、テレビの「新聞聯播」ではこれだけ「正直に」数字を示して中国経済の問題点を提示し「だから改革が必要なのだ」と訴えることはほとんどないので、私はこのニュースから非常に新鮮な印象を受けたのでした。

 実は、最近、私は、このほかにも、中国政府が「大きな問題」と考えられてきたいくつかの事項について、目をそらさずに、きちんと対応する政策を打ち出してきていることに、一種の「変化」を感じています。

 例を挙げると以下のとおりです。

○12月9日、中国政府は、無戸籍(中国語で「黒戸口」)の人に戸籍を与えることを決定した。

 これは「一人っ子政策の終了」と関連する事項なのですが、従来中国には、「一人っ子政策」による罰金を逃れるため親が二人目以降の子供について出生届を出さなかったために無戸籍になっている人が大量に存在します(1,300万人に上ると言われている)。これらの無戸籍者は、就職したり住宅を買ったりすることができないばかりでなく、そもそも学校へも行けません。無戸籍者は社会の低層に沈んだまま犯罪グループに転落する可能性もあるので、中国の政府の中にもかなり以前から問題意識を持っている人たちはいたようです。しかし、多数の無戸籍者の存在は、「党中央が掲げる一人っ子政策」が生んだ陰の部分なので、おおっぴらには議論されては来なかったし、全国レベルでの対策は打たれてきませんでした(一部の地方では、無戸籍者に戸籍を与えることは行われてきたようです)。「一人っ子政策の転換」という新しい局面が生じたからだと思いますが、無戸籍者問題に対して、中国政府が真正面から取り組み始めた、ということは、大きな前進だと思います。

(この点については、「週刊東洋経済」(2015年12月19日号)の「中国動態」のページに富坂聡氏が「人口の1%に戸籍なし 対策を迫られる中国政府」というタイトルで解説しています)。

○11月26日、李克強総理は国務院令に署名して、「居住証暫定条例」を公布した(この条例は2016年1月1日に施行される。この件については、12月12日に新華社が報じ翌13日付けの「人民日報」に解説が掲載された)。

 中国には「農村戸籍」と「非農村戸籍」があります。都市部での建築現場等で働いている人の多くは農村戸籍の人(いわゆる「農民工」)ですが、都市部の戸籍を持っていない人は、例え働くために都市部に住んでいたとしても、医療や子女の教育などの行政サービスを受けることができません。この二重戸籍制度は、1950年代、農村部の労働力が無計画に都市部に流入することを防ぐために作られた制度ですが、多くの「農民工」が都市部で働いている現在でも維持されています。この制度があるために、例えば、両親がともに同じ都市で働いている場合でも、都市部ではこどもを学校に通わせられないので、こどもだけは出身地の農村にいる祖父母の下において学校に通わせているケースが非常に多いのです。今年6月には貴州省でこうした「留守児童」だった4人の兄弟が農薬を飲んで自殺する事件があり、中国社会に衝撃を与えました。

 二重戸籍制度の問題については、中国国内でも改善すべきとの意見がずっと前からありました。私が北京に駐在していた2007年5月20日、北京の日刊紙「新京報」は、「日本の戸籍は『無限制』」と題する記事を掲載し、日本の「本籍」と「住民票」の制度について紹介していました。この記事では、日本では、明治維新の改革で江戸時代までの「寺請制度」が撤廃され、日本国民に居住の自由が与えられたが、これが日本の資本主義発展の基礎を築く政策だったと述べた上で、居住の自由は大都市圏への人口集中の問題を生んだが、これに対処する政策として中央政府による地方政府への補助金である「地方交付税」の制度についても触れていました。この記事の論調が「日本の本籍・住民票制度に学ぶべき点がある」という趣旨の非常に肯定的なものであったことを私は印象深く覚えています。

 今回国務院が公布した「居住証暫定条例」は、基本的にこの「新京報」の記事と同じ考え方に立つものです。「居住証」の制度は、農村戸籍は維持しつつも、「6か月以上居住している」「合法的な職業に就き、合法的な住所を有している」等の条件付きで、農村戸籍保持者にも日本の「住民票」のような「居住証」を与え、様々な行政サービスを「戸籍」ではなく「居住証」に基づいて提供しようとするものです。「暫定条例」という名前でわかるように、当面は「試行錯誤」的状態が続くのだと思いますが、二重戸籍制度による都市部の「農民工」の問題という大きな課題について真正面から取り組もうとしている今回の「居住証暫定条例」の公布は、中国の政策において大きな前進だと思います。

 「腐敗撲滅キャンペーン」だけでなく、こうした人民生活に直接関与する(しかも中国社会にとって非常に根本的で重要な)課題について、中国政府が真正面から取り組み始めたことは、習近政権が2013年3月の全人代で正式に発足してから、ここに来てフェーズが変わった、即ち、最初の「助走期間」を終わって「政策の実行期間」に入った、という点で非常に重要だと思います。おそらくこれは、11月26日まで開かれていた中国共産党中央軍事委員会改革工作会議で習近平氏による軍部の完全掌握が完成したこと、即ち習近平氏への権力一点集中が完成し、いよいよ習近平氏が具体的な政策の実施を進められるようになったことを意味しているのだと思います。

 その点は、12月13日に行われたいわゆる南京事件の犠牲者追悼式典に政治局常務委員が参加しなかったことでも見て取れます。日本の新聞では、この式典への参加者のランクが高くなかった点について「日本への配慮だ」と書いているところもありますが、別の見方をすれば、現在の中国の国内政治状況を踏まえると、この式典にトップランクの指導者が出席する必要がなかった、と言うことができます。本来は、今年(2015年)は「対日戦勝利70周年」の記念の年でしたので、南京での式典は「今年の一連の対日戦勝利70周年の記念行事」の「締め括り」となるはずだったのだろうと思います。しかし、おそらくは、9月3日の「抗日戦勝利70周年記念軍事パレード」と11月26日の中国共産党中央軍事委員会改革工作会議によって習近平氏の軍部掌握が完成したので、12月13日の南京事件犠牲者追悼式典は、もう既に、習近平氏による権力集中をアピールするための行事という点では重要性は低くなっていたのだ、と見ることも可能です。

 今開催されている「中央経済工作会議」の結果は数日中に発表されると思いますが、「新聞聯播」の報道内容から類推するに、今後の中国政府の経済政策の中心は、最近習近平政権が強調している「供給側改革」、即ち「赤字企業」や「ゾンビ企業」を市場から退出させることになるのではないかと思います。この「供給側改革」は、過剰設備を持つ国有企業のリストラが必要となるので、「抵抗勢力」(多くは地方政府の幹部)からの反発も予想されますが、習近平政権は「反腐敗キャンペーン」に加えて、「無戸籍者への戸籍の付与」「農民工への居住証の発給」といった「経済成長に取り残されてきた社会の低層にいる多数の人民」のための政策を進めて多くの人民の支持を得ながら、強力にこの改革を進めていく方針なのだと思います。

 もし習近平政権がそのような方向で政策を進めるなら、経済成長のスピードよりも、国有企業と社会制度の改革の方を重視することになるのでしょうから、経済成長率は今までよりも下がる可能性があります。また、国有企業をリストラしたとしても、新たな分野での産業育成には時間が掛かりますから、一定程度現在ある労働集約型輸出品製造業を維持して雇用の確保を図ることになる可能性もあり、そうであれば輸出競争力維持のため為替レートで人民元安を容認し続けることになる可能性があります。そうなった場合、中国国内に資産を持っていても実質的価値が目減りしてしまいますので、富裕層や中間層による資産の国外流出が加速するかもしれません。あるいは富裕層や中間層の人々自体が中国国外に出てしまうかもしれません(アメリカやカナダにおける投資移民(一定金額以上を投資した外国人に永住権を与える制度)の状況を見ると、既に中国の富裕層や中間層の中には国外に出てしまった人がかなりの数いると思います)。

 いずれにせよ、もし本当に「権力集中のための段階」が終わって「具体的政策を実行する段階」に入ったのだとしたら、もしかすると、これからの習近平政権は、胡錦濤時代よりも具体的な改革の成果を挙げることができることになるのかもしれません。

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2015年12月12日 (土)

人民元安傾向とアメリカの利上げ

 昨日(2015年12月11日(金))の上海外国為替市場で、人民元は対米ドルで一時1ドル=6.4564元と2011年7月以来4年5か月ぶりの安値を付けました。一部には人民元のIMFのSDR(特別引き出し権)基準通貨入りの決定(11月30日)以降、世界の中央銀行や企業が人民元を外貨として保有する割合が増えるとの思惑から、人民元が買われて人民元高になるのではないか、との見方もありましたが、実際は、人民元を売りたい人の方が多く、人民元レートは安値方向への圧力が続いているようです。

 この人民元安は、多くの人に今年8月の「世界同時株安」の再来を思い起こさせているようです。報道によれば、中国人民銀行は、人民元の相場について、米ドルだけではなく、その他の通貨をバスケットにしたものと比較する指標を公表することにしたそうです。これは「人民元は対米ドルでは安くなったけど、他の通貨と比較するとそんなに安くなってませんよ」と言うための道具として使われるのではないか、との思惑から、「中国人民銀行は人民元の更なる対米ドル安を容認するのではないか」との憶測を呼んでいるようです(下記に紹介する「人民日報」の記事参照)。

 「将来人民元が安くなる」との見方が強まれば、中国からの資金流出が進み中国経済を更に下押しするおそれがありますし、今後実際に人民元が安くなっていけば、中国製品(特に過剰設備で生産される鉄鋼など)の安値での輸出が増えて、中国から世界への「デフレの輸出」が進むことも懸念されます。

 今日(2015年12月12日(土))付けの日本経済新聞夕刊のトップ記事の見出しは「米市場、リスク回避 原油安加速 利上げ観測 NY株309ドル安」でした。記事の中で「市場は荒れた8月と似た状況になっている」との関係者の見方を紹介していました。

 今(2015年12月初旬)の世界の株式市場の変調は、減産合意を決められなかった12月4日のOPEC(石油輸出国機構)総会の結果を受けた原油価格の更なる下落と来週(12月15~16日)に開かれるアメリカFOMC(連邦公開市場委員会)で決まるであろうと考えられているアメリカの9年ぶりの利上げに対する市場関係者の不安感が背景にあるので、中国が原因ではありません。しかし、対米ドルでの人民元安傾向が続いている現状は、「中国からの資金流出による中国経済の更なる低迷」「人民元安による製品輸出による中国から世界への『デフレの輸出』」を想起させ、他の状況と相まって世界の関係者の心理を相乗効果的に冷やしているのだと思います。

 そもそも今ある「人民元安方向への圧力」は、2013年3月の習近平・李克強体制のスタートの頃から始まり2014年後半頃から本格化した全く新しい現象です(タイミング的には原油価格の下落開始時期と合致するので、原油価格の下落と人民元相場の下落は一定の相関関係があると考えてよいと思います)。

 私が二回目の北京駐在を始めた2007年前半頃は、状況は全く逆でした(当時は、人民元の先高感が強かった)。当時の状況を知るには、例えば、このブログの下記の発言を御覧ください。

(参考URL)このブログの2007年6月28日付け記事
「次々と打ち出される過剰流動性対策」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/06/post_0f49.html

 2007年前半の経済成長率は対前年同期比+11.5%で、2007年7月20日には中国人民銀行は1年ものの基準金利を従来の3.06%から3.33%にする利上げを実施しています。この当時は人民元高への圧力が強く、当局は人民元為替レートを人為的に低く抑えようとするために大量のドル買い・元売り介入を行っていました。

 今は全く逆で、人民元には先安感が強くあります。当局の今後の為替政策には不透明なところもありますが、11月30日にIMFによる人民元のSDR基準通貨入りの決定を通過したので、中国当局は比較的自由に為替政策を採れるようになったので、今後は、市場レートが示す方向に従って、あまり急スピードにならないような範囲で、基準値を人民元安の方向に誘導していくのではないかと思います。

 そうした中国当局の為替政策の方針を伺う参考となる記事が、昨日(2015年12月11日)付けの「人民日報」10面に載っていました。人民日報の王観記者が書いた「人民元が大幅に下落する基礎的条件は存在しない(数字から見る経済運行の軌跡)」と題する記事です。この記事の副題は「11月の外貨準備高は減少したが、我が国の国際収支は非常に穏健である」です。この記事は、前日(12月10日)に行われた四半期外国為替管理政策新聞発表会で、国家外国為替管理局の責任者が記者に対して行った質疑応答をまとめたもので、以下のような説明がなされています。

○米ドル建ての中国の外貨準備が減少している背景には、ドル高により中国が米ドル以外の通貨で持っている外貨準備のドル建て価値が相対的に減少しているという事実がある。

○「一帯一路」政策により、今中国政府は中国企業の海外投資を促進しており、外貨準備の一部は、これら海外投資する企業への融資に使われている(IMFによる外貨準備の定義に従って、これらは外貨準備の外にカウントされる)。

○中国には年間5,000億ドルを超える貿易黒字があり、これらを含む穏健な国際収支は人民元が大幅に下落する基礎的条件がないことを示している。

○人民元為替相場については、対米ドルだけで見るのではなく、多くの通貨との関係と中長期的すう勢を見なければならない。

○近く予想されているアメリカFRBによる利上げについては、中国の国際資本流通について一定の影響はあると思われるものの、非常に顕著なものとはなり得ない。中国の貿易及び投資競争力は依然として極めて強く、比較的大きな黒字幅を保持している。このような状況下、アメリカの利上げは、国際資本流通を短期的には変動させる可能性はあるが、長期的に見れば、国際収支と国際資本流通への影響は穏健なものになるだろう。

 この記事から以下の点が見て取れます。

・中国の当局も中国の外貨準備が減少していることを心配している人がいることを承知していて、それに対して「心配することはない」と説明する姿勢を示している。

・中国当局としては、一定程度の対米ドルでの人民元安は容認する考えである。

・中国当局は、アメリカの利上げが中国に大きな影響を与えることはないと考えているが、アメリカの利上げについてはかなり「気にしている」。

 なお、今日(2015年12月12日)付けの「人民日報」の1面トップは、習近平主席と李克強総理による貧困対策に関する指示についてでした。ここのところ、貧困対策に関するニュースが多くなっているところを見ると、当面のところ、中国の経済政策は成長や改革の推進よりも雇用の維持を重視する方向でなされる(具体的に言えば、一定程度の人民元安を容認し、従来からある労働集約型輸出産業が急速に淘汰されないようにする方向で政策を運用する)と見てよいのではないかと思います。

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2015年12月 5日 (土)

習近平・李克強体制の「バラバラ感」

 私は1980年代後半の「胡耀邦総書記-趙紫陽総理の時代」と2000年代後半の「胡錦濤総書記(国家主席)-温家宝総理の時代」の2回北京駐在をしていますが、その両方とも、「党のトップ」と「国務院のトップ」との関係は、「党のトップ」は「政治的基本路線のリーダー」であり、「国務院のトップ」は「現実的政策遂行のリーダー」であったので、この二人の関係は比較的わかりやすいものでした。

 私は「毛沢東主席-周恩来総理」の時代もリアルタイムで知っている世代なので、「毛沢東-周恩来」という「史上最強のコンビ」の印象を強く引きずっているのかもしれません。「江沢民総書記(国家主席)-朱鎔基総理」の時代も、私自身は仕事上も中国とは関係なく、中国情勢は新聞等の報道で知るだけでしたが、基本的な「党のトップと国務院のトップとの関係」は、他の時代とは変わらないという印象を私は持っています。

 ところが、習近平総書記(国家主席)と李克強総理の時代になってから、この二人の関係は私の中の従来の「党のトップと国務院のトップとの関係」とは全く違うものに感じるようになっています。

 胡錦濤-温家宝時代は、明らかに胡錦濤主席の方が「上司」であり、胡錦濤主席が温家宝総理に指示を出し、温家宝総理が実務の問題を胡錦濤主席に報告して判断を仰ぐ、といったイメージを私は強く持っていました(2008年5月の四川巨大地震災害に対する対応では、胡錦濤主席と温家宝総理との関係は明らかにこの関係でした)。また、胡錦濤主席と温家宝総理は、二人とも基本的に目指している政策路線は同じ方向を向いていたように見えました。

 ところが、習近平主席と李克強総理の関係については、私の記憶の中では、「習近平主席が李克強総理に指示した」「李克強総理が習近平主席に報告して主席の判断を仰いだ」といった場面は見たことはありません。「抗日戦勝利70周年軍事パレード」では、習近平主席が主役であったのに対し、李克強総理がイベントの司会進行役をやっていたので、習近平主席の方が「上司」なんだろうなぁ、と感じた程度でした。

 打ち出す政策の中身についても、習近平主席の方は「政府が経済をコントロールし、経済構造改革よりも雇用の確保を重視する」ように見えるし、李克強総理の方は「雇用問題が発生したとしても、非効率な国有企業は市場から撤退させ、市場原理に基づく経済体制改革を進める(政府によるコントロールはできるだけ排除する)」方向を向いているように見えます。

 「この二人の上下関係がわからない」「経済政策の方向性が逆のように見える」ことから、私は、習近平-李克強体制について、過去の中華人民共和国のトップ2にはない「バラバラ感」を持っています。

 私の「バラバラ感」を象徴するような出来事が最近続けてありました。

○11月19日、習近平主席と李克強総理は、それぞれ、過激派集団「イスラム国」が中国人人質を殺害したことについて、この事件を非難し、あらゆるテロリズムに反対する意志を表明するコメントを発表した。

○11月22日、習近平主席と李克強総理は、それぞれ、アフリカのマリで起きたイスラム過激派によるホテル襲撃事件で中国人3名が死亡したことに対して、テロ行為を非難するコメントを発表し、この事件への対処に関する重要指示を出した。

○11月24日、習近平主席と李克強総理は、それぞれ、北京で開催された2015年世界ロボット大会の開幕に対して祝電を送った

○11月24日、習近平主席と李克強総理は、それぞれ、2022年に北京とその近郊で開かれる予定の冬季オリンピックについて、準備作業を遺漏なく行うよう重要な指示を出した

 中国の場合、例えば、外国で自然災害が起きた時とか、外国で功績のある要人が亡くなった時とか、国家主席と国務院総理がそれぞれ相手国のカウンターパートに別々に慰問の電話をしたり弔意を表したりすることはよくあることです。上記のうち上の二つは、中国人に対するテロ行為に対する意志表明であって、習近平主席と李克強総理が中国の党と政府を代表して、それぞれテロを非難するコメントを出すことは、それほど不自然ではありません(ただ「テロ行為に対して政府は一丸となって断固とした対応を採っている」ことを示すためには、トップ一人が強いメッセージを出した方が、国民としては政府に対する信頼感を持てるのではないかと私は思っています)。

 一方、上記の例のうち後の二つ「世界ロボット大会に対する祝辞」と「北京冬季オリンピックの準備に対する指示」は、二人が両方ともコメントする必要があるような「重い案件」とは思えません。これら一連の出来事は、結果的に「習近平主席と李克強総理が指導部内で『自分が中心人物だ』と主張して張り合っている(お互いに協力し合う関係にない)」といったイメージを中国人民に発してしまったのではないか、と私は感じています。

 11月27~28日、中央貧困対策開発事業会議で、習近平総書記は、貧困地区の経済・社会発展と貧困層に対する支援を強調する重要演説を行いました。一方、李克強総理は、過剰設備問題解消のため、いわゆる「ゾンビ企業」(死に体企業)の整理を進めることを何度も強調しています。貧困対策も効率の悪い国有企業を整理すること(当然、リストラにより失業者が出る可能性がある)も両方とも重要な政策課題であって、両方ともきちんと進めるべき政策だとは思うのですが、貧困対策を習近平主席が強調し、ゾンビ企業の整理を李克強総理が強調すると、まるで二人が向いている経済対策の方向性が違う(習近平主席は雇用重視、李克強総理は構造改革重視)ように「見えて」しまいます。

 どの国でもどの時代の政府でも「政府自らを国民にどう見せるか」は政権維持にとって極めて重要な課題です。政権自らが「本当は一致団結しているのだけれども、わざとまるでバラバラであるかのように見せる」ことはあり得ないと思うので、私は、習近平主席と李克強総理が、実際、本当に「バラバラ」なのではないかと危惧しています。おそらく、世界の多くの人々が、この習近平・李克強体制の「バラバラ感」を感じており、それが昨今の「中国リスク」を必要以上に強めているのではないかと思います。

 最近外交案件が多いので、中国のメディアでは習近平主席が外国のトップと会談する場面が連日のように報道されています。また、先日の中国共産党中央軍事委員会改革工作会議で、習近平氏が人民解放軍も完全に掌握したことが示されました。このように習近平主席の「皇帝化」「権力の一極集中化」が進むにつれて、同時に李克強総理との間の「バラバラ感」も強くなってきている印象があるのが気になります。私は、1980年代のトウ小平氏時代に北京駐在を経験しているので、トウ小平氏が実権を握っていた時代の中国政府の安定感に「懐かしさ」を持っており、それが今の習近平・李克強体制の「バラバラ感」に不満を覚えてしまう原因なのかもしれませんが。

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