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2015年11月14日 (土)

人民元のSDR基準通貨入りは世界にとってプラスかマイナスか

 報道によれば、IMF(国際通貨基金)の事務局は11月13日、中国の人民元をSDR(特別引き出し権)の算定基準となる通貨のひとつとして採用することを提案した、とのことです。この事務局提案を受け入れるかどうかは11月30日に行われる予定のIMF理事会で決定するとのことです。

 今、SDRの算定基準として採用されいている通貨は米ドル、ユーロ、英ポンドと日本円の4つですが、それに中国の人民元が加わることになります。SDRは、通貨危機等の時にIMF加盟国が引き出すことができる金額を計る仮想的な通貨単位ですので、人民元がSDR算定基準に加わったとしてもすぐに何かが変わるものではありません。ただ、IMFによって人民元が「国際的に主要な通貨のひとつ」と認定されたことになるので、人民元を保有する人(会社)は今後増えるかもしれないし、世界各国の中央銀行の中には外貨準備の一部を人民元で保有しようと考えるところが出てくるかもしれません。

 私の個人的な経験からすれば、人民元は「使いにくい通貨」です。外国人は外国通貨を兌換した「外貨兌換券」(中国人が使う紙幣とは全く異なるデザインの通貨)しか持ったり使ったりできなかった1980年代の北京駐在時の経験は今としては「問題外」ですが、外貨兌換券が廃止された後の2007年~2009年に北京に駐在した時も、人民元については、私は生活に必要な最小限の金額を小まめに日本円から人民元に替えて生活していました。銀行に人民元建て口座も作りませんでした。

 なぜかと言えば、人民元には持ち出し制限があり、人民元を外貨に替える場合は以前に外貨から人民元に替えた範囲内の金額でしかできませんし、外貨に戻すときには外貨から人民元に替えた時のレシートが必要である、など結構手続きが面倒だったからです。

 私の場合、北京離任が決まった時には、計画的に人民元を使って、離任時点では人民元が手元に残らないように使い切るようにしました。

 なお、外国人の中国駐在員にとっては、例えばアパートメントを借りる時に最初に人民元で敷金を支払った場合、中国を離任する時に大家さんから敷金が人民元で返ってくるのですが、その金額を円などの外貨に替えられるのか、といった問題は結構頭を悩ませる問題です。(私の知る限り、離任時に戻って来た敷金(人民元)を外貨に戻すためには以前に外貨から人民元に替えた時の証明書により外貨に替えるべき人民元の金額が外貨から人民元に替えた時の金額より小さいことを証明することが必要)。

 一方、私はアメリカにも駐在経験がありますが、駐在時には当然米ドルで銀行口座を作りましたし、アメリカ駐在期間中に使い残した米ドルは日本に帰国後でも日本の銀行に行けばいつでも日本円に替えられますので、アメリカから帰国した時には「アメリカにいる間に米ドルを使い切ってしまおう」などとは全く考えませんでした。

(注)マネーロンダリング(犯罪で得た資金の国境を超えた移動)を防止するため、どの国でも、どの通貨であっても、外貨の売買や外国への送金については、それなりの「ルール」があり、そのルールも時に応じて変更されることがありますから、実際に外国に駐在しようとされる方は、各国ごとの制度などの最新情報については御自分で調べるようにしてください。

 そうした私の個人的経験から来る感覚からすると、今、中国とビジネスをしている会社の中にも、おそらくは人民元は「いつでも他の通貨に替えられる通貨ではない」と考えて、ビジネスで得た人民元はできるだけ早く米ドルや日本円に替えて資金はドルや円で保管している会社が多いのではないかと思います。つまり、感覚的には「人民元をIMFのSDRの基準通貨にするのは、まだ時期尚早ではないか」と思っている人(会社)も多いのではないか、と私は想像しています。

 そうした中で、IMFが人民元をSDRの基準通貨として採用しようとしている背景には、ヨーロッパ各国にある「米ドルだけが国際基軸通貨として通用しているのはおかしい」という感覚があるのだと思います。例えば、国際的なビジネスの契約は米ドル建てで交わされることが多いのですが、米ドル建て契約では、アメリカ以外の国の会社は為替相場が変動するリスクを負いますが、アメリカの会社には為替相場変動リスクはありません。「これは不公平だ」という不満をヨーロッパ各国は持っており、この点について、中国と意見を同じくしているのだと思います。

 そもそもヨーロッパ各国がフランス・フラン、ドイツ・マルクといった各国別通貨をやめて統一通貨ユーロを作ったのも、ヨーロッパ統合の理想とともに、米ドルに対抗する国際通貨を作りたい、という思いが背景にあったことは間違いありません。アメリカの影響力の大きい日本にいると「人民元のSDR基準通貨入りは時期尚早」と思いますが、ヨーロッパの人は必ずしもそうは思っていないのかもしれません。

 多くの人は、変動相場制ではない人民元をSDR基準通貨にして大丈夫か、と思っていると思います。変動相場制を採用している通貨は、市場原理によって為替相場が動くため、各国政府は自らの意志で通貨の価値を上下させることはできません。しかし、中国の人民元は管理相場制なので、中国政府の意向によって人民元相場を上下させることができます。つまり中国政府は人民元相場を操作することにより、間接的に国際的な基準通貨となるSDRの価値を変えることが可能となるわけですが、これは国際金融秩序の維持のためにはマイナスではないか、という考える人がいるかもしれません。

 また、人民元のSDR基準通貨入りで、私が最も心配しているのは、そもそも通貨の信認はその国の政府の信認に等しいのですが、選挙で選ばれたわけではない(つまり中国人民の総意を受けて政権を担当しているとは言えない)中華人民共和国政府に対して、世界の金融・ビジネス関係者がどの程度の信認を与えるかがよく読めない、という点です。

 中国政府の経済政策に対しては、従来から経済統計に対する不信感があるし、今年(2015年)に入ってからは、株式市場への過剰な介入や人民元相場の突然の切り下げ等により、中国政府の経済運営機能に疑問符が付く場面がありました。また、学生・市民の運動を突然武力で鎮圧した1989年の「六四天安門事件」を忘れていない人も多いと思います。もし世界の金融・ビジネス関係者が中国政府に信用を置いていないのだとしたら、そうした国が発行している通貨を国際基準通貨のひとつとして採用して大丈夫なのか、という懸念は続き、そういう懸念は結果的に国際金融秩序に脆弱性を与える可能性があります。(端的に言うと、人民元がSDR基準通貨の一つとなった後、再び「六四天安門事件」のようなことが起きれば、IMF体制そのものの信用に傷が付くことになります)。

 一方で、人民元のSDR基準通貨入りをプラス面で捉えれば、(おそらくはこれがIMFの最も大きな狙いだと思いますが)、今回の人民元のSDR基準通貨入りが将来米ドルのみを国際基軸通貨とする現在の体制を大きく変えことになる第一歩となる可能性があることです。上に「中国政府の不安定性」のようなことを書きましたが、アメリカの政治とて盤石に安定しているわけではありません。現に共和党と民主党の政治的争いの結果、アメリカ国債のデフォルト(債務不履行)が起きそうになったことがあります。もし実際にアメリカ国債がデフォルトすれば国際金融システムに大波乱を巻き起こしますが、アメリカという一国の国内情勢によって国際金融システムが不安定になるのを避けるため、国際金融秩序を米ドルだけに頼る体制から脱却すべきだ、という意見は、ある意味「正論」です。今回の人民元のSDR基準通貨入りは、その「正論」を実現するための第一歩になるかもしれないのです。

 また、上に書いたように、人民元のSDR基準通貨入りによって、多くの会社や中央銀行が人民元を保有したいと思うようになるかもしれません。そうなれば、人民元の価値は上がり、自然に「人民元高」の方向に為替相場は動きます。このブログの2015年8月15日付け記事「人民元切り下げに見る中国経済政策の変調」で書いたように、私は、今の人民元レートは「安過ぎる」と思っています(おそらくアメリカ議会関係者も同じ意見)。人民元のSDR基準通貨入りによって人民元高に動けば、それは人民元のレートが「妥当な水準」の方向に動くことであり、世界経済の安定的な発展のためにはプラスになると私は思います(その代わり、中国は輸出競争力を失うので、中国は「安さ」に代わる新たな産業競争力を得る努力を迫られることになります。でもそれは「人民元のSDR基準通貨入り」を望んだ中国自身の希望の必然的結果だと私は思います)。

 さらに短期的には、人民元のSDR基準通貨入りによって起こる「人民元高」観測の高まりは、近々行われるであろうアメリカの利上げによる中国からの資金流出圧力をやわらげる方向で機能する点で、中国経済にとってもプラスになる可能性があります(正確に言えば、アメリカの利上げの中国経済に対するマイナスを小さくする可能性がある、と言った方が正しいかもしれませんが)。

 最も心配なのは、人民元のSDR基準通貨入りを最も望んでいた中国政府自身が、輸出にブレーキが掛かることを心配して、人民元のSDR基準通貨入りの結果としてもたらされる「人民元高」を許容せず、人民元のSDR基準通貨入り決定後に「人民元高」が進んだ場合に8月に行ったような実質的な人民元切り下げに走ってしまうことです。もし再び「人民元切り下げ」をやってしまうと、世界に「中国政府の対応は全くちぐはぐ」「中国は何をやるかわからん」という懸念を再び広げ、8月下旬のような株価大暴落などの大変動を引き起こしてしまうかもしれません。

 これまで「2001年にWTO(世界貿易機構)に加盟したら中国は変わるだろう」「2008年に北京でオリンピックを開催したら中国は変わるだろう」と世界に期待を持たせながら、結局、中国は何も変わりませんでした(私の感覚では、むしろ「国際標準」から離れて「中華帝国」の方向に先祖返りしつつあるように見える)。こうした過去の経緯を踏まえると、今回の「人民元のSDR基準通貨入り」によって中国が「国際的な標準に従う国」に変わる、と考えるのは甘いと思いますが、通貨はそれを使う人の「信用」で成立している以上(信用を失った通貨は自然に淘汰される)、人民元のSDR基準通貨入りによって、世界の人々による中国に対する信用力が試されることになる、中国はその信用力を維持する努力を続けざるを得なくなる、という点で、プラスに捉えたい、と私は思っています。

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