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2015年11月 7日 (土)

馬英九総統との会談は習近平主席にとって「棚ぼたポイント」

 今日(2015年11月7日)、シンガポールで中国の習近平国家主席と台湾の馬英九総統が歴史的会談を行いました。既に人民日報のホームページには、この二人が「歴史的握手」をする写真がでかでかと(しかも何枚も)掲載されています。おそらく明朝の「人民日報」にもこの二人の「歴史的握手」の写真は掲載されるのでしょう。

 ついさっき放送された中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」でも「1949年(中華人民共和国成立)以来初めて」としてこのニュースは大きく取り上げられていました。ニュースとしての放映の順番は「シンガポール大統領による歓迎式典」「習近平主席によるシンガポール国立大学での講演」「習近平主席とシンガポール首相との会談」に次ぐ四番目でしたが、シンガポール訪問は公式外交行事であるのに対し、習・馬会談は、お互いを「先生(=さん)」付けで呼び合う非公式なものですので、このニュースでの取り上げ方の順番は、会談の場を提供してくれたシンガポールに対する敬意の表明という意味もあり、当然でしょう。

 「新聞聯播」では、通常、要人との会談のニュースでは、アナウンサーが「習近平主席は○○○と述べた」と淡々と紹介するのが普通ですが、今回は、冒頭のプレス公開の部分の習近平主席の発言の映像(習近平主席の肉声)をそのまま長々と流していました。中央電視台は馬英九総統の肉声を中国国内に伝えるのかなぁ、もしそうならそれ自体が「ニュース」だよなぁ、と興味津々だったのですが、馬英九総統の発言部分については、アナウンサーが「馬英九氏は○○○と述べた」と短く紹介するのに留まりました。やはり馬英九氏の発言(当然、中国語)が直接中国大陸部の人民に届くことは避けたようです。しかし、中国中央電視台が二人を「両岸の指導者」と紹介し、習近平主席と馬英九総統の握手の様子や会談の様子を長々と映像で流していたことについては、やはり「歴史的」という印象を受けました(馬英九氏を「指導者」と紹介することは、台湾での総統選挙の正当性を中国政府が一定程度認めたことになり、その政治的意味は結構大きい、と私は思っています)。

 今回の習近平主席と馬英九総統との会談は、もともと予定されていた習近平主席のベトナム・シンガポール訪問のスケジュールに合わせて、馬英九総統が日帰りでシンガポール入りして実現したことでもわかるように、馬英九総統側からの申し入れで行われたと見るのが妥当でしょう。既に中国共産党総書記と中国国民党主席との会談は今までにも何回か行われており、中国国家主席と台湾の総統との会談の実現は時間の問題だったとは言えますが、少なくとも北京側には「今急いで会う必要性」はなかったと思います。北京側としては来月でも来年でもよかったのだが、馬英九総統の側は来年投票の総統選挙で国民党候補が苦戦している現状を打開するために「中国国家主席との会談」という歴史的イベントを今実現させたかったのだと思います。

 その意味で習近平主席は「申し入れがあったので会ってやった」という立場を貫くことができ、台湾の中国国民党側に「貸しを作った」形となりました。

 習近平主席は、この秋、9月の訪米・国連総会での演説、10月の訪英、10月末~11月初旬の訪中したドイツのメルケル首相・フランスのオランド大統領との会談、11月第二週のベトナム・シンガポール訪問と立て続けに重要外交案件をこなしているところです。こういった立て続けの重要な外交案件は、まるで「国内政治がうまく行っていないので、外交案件で点数を稼ぎたい」と考えている習近平主席の「あせり」を表しているように見えました。そこに突然の「馬英九総統との会談」が、習近平主席側から見て「申し入れに応じて会ってやる」形で実現したのは、習近平主席にとっては、国内に対してリーダーシップをアピールできた点で、大きな成果だったと思います。そのため、今回の会談について、馬英九総統は、台湾内部で「習近平主席に点数を稼がせただけではないか」との批判を受ける可能性があります

 軍を掌握し、中国国内で権力掌握を成し遂げたとも言われる習近平主席ですが、私は、その権力掌握は万全のものなのか、むしろ反対勢力も根強く存在しており、本来は最も重要なパートナーであるべき李克強総理との関係もうまくいっていないのではないか、と懸念しています。

 世界の関係者が先の五中全会で今後の経済成長率を何パーセントに設定するかについて強い関心を持っていたところ、李克強総理が11月1日にソウルで行われた経済関係者に対する講演会で「年間6.5%以上」と明かしたことが11月2日に報道されました。同じ数字を「五カ年計画に関する建議に関する説明」の中で習近平主席が述べたことが報じられたのは翌日の11月3日でした。既に五中全会の最中に述べられた事項だったとは言え、世界が関心を持っている経済成長率目標を習近平主席の言葉として公にする前に国務院総理が外国で行われた講演会でしゃべっちゃった、というのでは、国家主席のメンツ丸潰れです。中国では「同僚や上司のメンツを立てる」ことは結構致命的なことなので、この件を見ただけで、私には習近平主席と李克強総理の間がうまく行っていないのではないか、と思えてしまうのです。

 また、習近平主席が行った「五カ年計画に関する建議に関する説明」は、内容が結構細かくて、私としては「この内容は国家主席ではなく、行政実務を担当している国務院総理が説明すべきものじゃないの?」と思えるものでした。国務院総理がやるような細かい説明を習近平主席がしたことについて、私は「習近平主席は李克強総理からできるだけ行政上の実権を奪おうとしているのではないか」と思ってしまったのでした。

 一方、李克強総理は11月1日に日中韓首脳会議に出席するため訪問したソウルで安倍総理と会談し、11月4日は北京で日本の経済団体代表団とも会談しました(日本の経済団体代表団と国務院総理との会談は2009年以来6年ぶり)。こういった李克強総理の行動から、私は、抗日戦勝利70周年軍事パレードを盛り上げた習近平主席と李克強総理とは「向いてる方向が違うんじゃないの?」という印象を受けるのでした。

 こうした中、習近平主席と馬英九総統との会談が行われたのですが、この会談は、習近平主席の北京政界での求心力を強めるために非常に効果的だったと思います。当面、北京の政界は習近平主席を中心としてまとまっていくことになるのでしょう。

 しかし、世界的にはなんとなく7月、8月の「中国経済ショック」はおさまった、という雰囲気になっていますが、中国経済の状況は何も変わっていません(むしろ、年内に償還される予定の大量の理財商品が今後どう処理されるのかわからない、など不安要素はいっぱい)。今後中国経済にトラブルが起きたとき、今は表面に見えていない習近平主席と李克強総理との間の「なんとなくうまく行ってない雰囲気」がオモテに吹き出してこないか、私は心配しています。

 今、馬英九総統との会談で、習近平主席は「一本取った」「ポイントを上げた」形になりましたが、習近平主席としては、ポイントを上げた後、というのはむしろ用心した方がよいと思います。

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