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2015年10月31日 (土)

一人っ子政策の廃止は「中国社会の変化の節目」になるのか

 10月26日~29日に開かれていた第18期五中全会(第18期中国共産党中央委員会第五回総会)で「一人っ子政策」の廃止が決まりました。

(注)発表された五中全会の「公報」では「人口の均衡の取れた発展を促進し、計画生育の基本国策を堅持し、人口発展戦略を完全なものにし、一組の夫婦で二人のこどもを生育する政策を全面的に実施し、人口老齢化に対応するための行動を積極的に展開する。」とされています。「計画生育の基本国策を堅持する」としていますので、「一人っ子政策の廃止」は「こどもを持つことを完全に自由化する」という意味ではありません。一組の夫婦で三人以上のこどもを持つことができないことについては、今後とも変わりはありません。

 1979年に「改革開放政策」と同時に始まった「一人っ子政策」は、中国の人々の人生設計に重大な影響を与え、非常に関心の高い政策であったことから、この政策を廃止することは1978年12月の第11期三中全会で決めた「文化大革命政策」から「改革開放政策」への転換に匹敵する重要な政策転換だと私は思います。

 日本の新聞でも論評されているように、特に沿海都市部では、こどもの教育費が非常に高いことから、一人っ子政策が廃止されても、急に中国の人口が増えるようなことはないだろう、という見方も有力です。また、仮に一人っ子政策が廃止されて人口が増え出しても、社会的・経済的にその影響が出るまでには数年から数十年掛かりますから、この政策変更が中国の経済社会をすぐに変えるわけではないのは間違いないところです。しかし、私は以下の点で、今回の政策転換は、中国の社会に大きなインパクトを与え「変化の節目」になる可能性があると思っています。

○中国共産党による国家的基本政策も時代の変化に応じて変わりうるものであることを中国人民が改めて認識したこと。

 「時代の変化に応じて政府は適切に政策運営方針を変化させるべきものだ」という考え方は、「普通の国」では当たり前のことですが、中国では「当たり前」ではありません。「政権運営は中国共産党による指導に基づく」という基本方針は、中国では「時代がどのように変化しようとも変えてはならないこと」だからです。

 中国共産党は、過去に、1976年9月の毛沢東の死去、翌10月の「四人組」(=文革派)の失脚、1978年12月の第11期三中全会での「改革開放政策」への転換、1981年6月の第11期六中全会における「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」(文化大革命は誤りだったと認め、毛沢東も「その生涯の晩年においては誤りを犯した」と評価した決議)を経て、基本政策の大転換を自ら成し遂げました。

 一人っ子政策は、「改革開放政策」とは全く性質の異なる別次元の政策ですが、決定されたタイミングが1979年1月であったことから、多くの中国人民は、一人っ子政策の開始と改革開放政策への転換をひとつのパッケージの「中国共産党による政策の大転換」と捉えている可能性があります。毛沢東は、いわゆる「人海戦術」に見られるように、多数の人民による革命遂行を重視していたことから、「人口が多いことはよいこと」と考えていました。一人っ子政策は、この毛沢東の考え方に反するわけですから、一人っ子政策と改革開放政策への転換は同じ考え方(=毛沢東の考え方が全て正しいわけではない)の延長線上にあるのだ、と捉えることも可能だからです。

 「文化大革命」から「改革開放」への転換は、中国共産党自らが過去の政策の一部について誤りを認め、その政策の大転換を果たしたわけですので、この大転換は「中国共産党の政策の一部を変更することが可能ならば、中国共産党ではない政治勢力の政策を実行することも可能なはずだ」との考え方を生む可能性がありました。実際、1978年晩秋以降、様々な政治的主張を表明する壁新聞が北京の西単付近に張り出される事態(いわゆる「北京の春」)が起きました。改革開放政策への転換を主導したトウ小平氏は、そうした考え方を排除するため、1979年3月に「四つの基本原則」を打ち出し、「中国共産党による指導」は絶対に外せない基本原則なのだ、とクギを刺し、「北京の春」のような動きは認めない、との考え方を明確に示したのでした。

(注)「四つの基本原則」とは「社会主義の道」「プロレタリア独裁」「中国共産党による指導」「マルクス・レーニン主義と毛沢東思想」の四つ。ただし、「プロレタリア独裁」は後に「人民民主主義独裁」に変わった。これは、江沢民氏による「三つの代表」重要思想に見られるように、資産家層も中国共産党に入党できるようになるにつれ、「プロレタリア(無産階級)独裁」では都合が悪くなったため。「『四つの基本原則』は絶対に変えられない」と言いつつ、その原則の中身が実は変化している(変化しているとは中国共産党は絶対に認めないが)点には留意する必要がある。

 それでも、1978年からの「文革から改革開放へ」の政策の大転換は、1980年代を通じて「政策のよしあしについていろいろ議論してよい方向に改革することはよいことなのだ」との考え方を育み、1986年末の学生運動から1989年の六四天安門事件の運動へと繋がっていったのでした。六四天安門事件の武力による鎮圧は、中国共産党による「経済は改革開放だけれども、『中国共産党による指導』をはずれた政策論議は許さない」という意思表示だったと見ることができます。

 ただし、六四天安門事件は今の中国では「タブー」なのでネット上などにも情報がなく(あってもアクセスが禁止されており)、多くの中国人民(特に若い人)は、六四天安門事件を知りません。従って、今回の一人っ子政策の廃止は「中国共産党が決めた基本国策の一つである一人っ子政策の大転換ができるのならば、中国共産党以外の勢力が考える政策を行うことも否定しなくてもよいのではないか。」という発想を今後改めて生む可能性があります。

 今回の一人っ子政策の廃止は、複数のこどもを持ちたかったが政策のために一人のこどもしか持てなかった中高年層にとっては強い「不公平感」を感じさせるものです。中国人民は政策変更には全く関与できないので、こうした「不公平感」は中国共産党に対する不満として鬱積する可能性があります。また「一人っ子政策が『時代に合わない』として変更できるのであれば、他の政策も『時代に合わない』として変更できるはずだ」という考え方も広がるかもしれません(おそらく次の最も大きな関心の高い改革すべき課題は「農村戸籍」と「非農村戸籍」(都市戸籍)が固定化されている戸籍制度だと思います)。

 つまり、今回の一人っ子政策の廃止は、「一人っ子政策ほどの基本国策が変更できるのならば、他の政策の変更もできるはずだ」として、他の基本的政策の変更に対する中国人民の要求を強めていく可能性があります。中国共産党としても、そうした中国人民の声を全て無視することは難しくなると考えられるので、今回の一人っ子政策の変更は、これから起きる一連の様々な中国における政策変更のひとつの切っ掛けになるかもしれない、と私は考えているのです。

○一人っ子政策の廃止は、中国共産党による人民生活の管理と人民への「指導」(=中国人民を中国共産党の政策に従わせること)の中の大きなツールの一つを失うことを意味すること。

 日本の新聞には、一人っ子政策を実施する地方政府の「計画生育推進部門」が罰金等を財源とした「既得権益集団化した抵抗勢力」だったのだが、習近平総書記が強い指導力でその「抵抗勢力」による抵抗を排除した、とする見方を紹介しているところもあります。それは間違いではないと思いますが、一方で、今まで一人っ子政策がプライバシーにまで踏み込んだ「中国共産党による人民の管理」を可能にしていた点も見逃せないと思います。一人っ子政策の廃止後も、計画生育政策は維持される(=三人目以降のこどもは認めない)わけですが、一人っ子政策を名目とした中国共産党による人民生活への管理力(介入能力)は今後大幅に低下する可能性があります。

 つまり「一人っ子政策の廃止に反対する抵抗勢力」とは中国共産党自身だった、と私は思っています。

 中国には各個人の「人事トウ案」(「トウ」は「木へん」に「当」)という身上調書があります。この「人事トウ案」には、姓名、性別、生年月日、民族、学歴、所属階級、所属政党、海外華僑との関係などが記されており、所属する職場などの人事担当部門が管理しています。私が最初に北京に駐在していた1980年代は「職場」には国の機関や国有企業しかなかったので、「職場が『人事トウ案』を管理している」と言われても違和感はなかったのですが、これだけ民営企業、外資系企業が増えた現在の中国において「人事トウ案」を誰がどのように管理しているかは私はよく知りません。

 しかし、2000年代になっても、ホテルのフロントと公安当局がオンラインで繋がっており、外国人が今日どこに泊まっているかを公安当局が全て把握している、など「人民や外国人の管理」の基本的な部分は何も変わっていない中国ですから、当局が人民の個人情報を相当程度把握して管理してる実態は1980年代も今もあまり変わっていないのではないかと私は想像しています(中国の携帯電話を持って各地方に行くと、その地方の当局から「ようこそ○○へ!緊急時には×××まで電話を!」という歓迎メールが入るので、全ての携帯電話の存在場所が当局に管理されていることを実感できます)。

 ですが、今までは、プライバシーに関する個人情報も「一人っ子政策の遂行のために必要だ」という理由で当局が把握していたとしても、一人っ子政策が廃止されればその理由付けが難しくなり中国の人々にとって(一人っ子政策による罰則がなくなるので)当局に個人情報を提供するインセンティブがなくなるわけですから、当局による人民の個人情報の把握の仕方が今後難しくなる可能性があります。

 一人っ子政策を理由とした中国共産党による人民管理が弱まる可能性がある点が、思いの外、一人っ子政策廃止の波及効果の中で今後の中国の社会に与える影響としては大きいのかもしれない、と私は思っています。

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