« 中国の中長期リスク:農業(食糧)問題 | トップページ | 一人っ子政策の廃止は「中国社会の変化の節目」になるのか »

2015年10月24日 (土)

習近平主席に対するイギリスの「熱烈歓迎」の目的

 今週(2015年10月20~23日)、中国の習近平国家主席がイギリスを公式訪問しました。習近平主席の宿泊先をバッキンガム宮殿にするなど、イギリス側の「熱烈歓迎ぶり」が目立ちました。アメリカの新聞等には「やり過ぎではないか」とイギリスを冷ややかに論評するところもあるようです。そもそも、今年4月、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)について、イギリスが西側先進国としては初めて参加を表明したことに見るように、最近、イギリスの親中ぶりが目に付きます。

 イギリス風の伝統にのっとった各種行事に出席する習近平主席の姿は、まさに大英帝国と対等に対峙する中華帝国皇帝そのものでした。中国は、最近、抗日戦勝利70周年軍事パレードに見るように、意図的に習近平主席を「中華帝国皇帝」として見せるように演出することが多いので、今回のイギリス側の「熱烈歓迎ぶり」は、中国側としては自らの意図するところに合致したものとして大歓迎だったと思います。

 こうしたイギリス側の「大歓迎ぶり」は、中国国内に対して習近平主席の権力掌握を顕示するものとして有効でしたし、国際社会に対しても、アメリカに対峙する「二つの大国の一つとしての中国」をアピールした点で中国にとっては非常に有益だったと思います。「人民日報」などは「中英黄金時代の到来」と大はしゃぎでした。

 イギリスが「中国に媚びているのではないか」と批判されるほど親中ぶりをアピールすることのイギリス側にとってのメリットは何だったのでしょうか。今回の習近平主席の訪問時に、イギリスの原子力発電所建設プロジェクトに対して中国企業が投資することが決まりましたが、数十年にわたる社会インフラを支えるプロジェクトに中国資本を入れるイギリスの意図はどこにあったのか、今ひとつよくわからない部分があります。

 私にとっては、今回のイギリス側の対応は、1980年代前半に香港返還を巡って行われた中英協議との対比において、ある意味において国際社会におけるイギリスの地位の変化を印象付けるものでした。

 1980年代前半、イギリスのトップはマーガレット・サッチャー首相で、中国側の実質的トップはトウ小平氏でした。それを考えると(キャメロン首相には大変失礼ですが)「役者が違う」という印象を持ってしまうのは致し方のないところです。

 香港返還は、中華人民共和国成立後の中国にとっての「悲願」のひとつでしたが、その中国側の「悲願」の成就に「香港の全面返還」という形でイギリス側が譲歩したのは、香港におけるイギリス資本の権益の確保と、長期にわたる香港という植民地維持のためのコストとを総合的に勘案して、植民地としての継続はイギリスにとってコストが高すぎる、と判断したからだと思われます。

(注1)1997年に99年間の租借期限が終了したのは、九龍半島の付け根にあたる「新界」部分だけであって、九龍半島先端部分と香港島は、南京条約(1842年)及び北京条約(1860年)によってイギリスに割譲されていたものですので、国際法上、イギリスには中国に返還する義務はありませんでした。しかし、香港は水や食糧を大陸側に依存していますので、新界を中国に返還し、九龍半島先端部分と香港島をイギリスの植民地として維持し続けることは現実的ではないので、新界の租界期限が終了する1997年に全てを一括して中国に返還することにイギリスは同意したのでした。

 香港返還交渉が行われていた頃(1982~1984年頃)、私は中国など東アジア地域との通商関係を担当する部署で働いていて横目で中英交渉の流れを見ていましたが、私自身は、1984年の中英共同声明で「返還後50年間は香港の資本主義体制を維持する」とうたわれた期限が切れる2047年までには、中国における共産党一党独裁体制は終了するだろうと思っていました。当時まだソ連は存続していましたが、1982年にブレジネフ書記長が死去してからのソ連は、相当に「ガタ」がきていて、共産政党一党独裁政権が長期にわたって存続することには無理があると思っていたからです。

 中英交渉当時、イギリス側が中国の共産党一党独裁体制がどの程度続くかについて、どう認識していたかは私は知りませんが、もし仮に今後中国共産党一党独裁体制が揺らいで中国政治が混乱した場合を考えると、香港がイギリスの植民地であり続けた場合、混乱した中国大陸部から大量の難民が香港に押し寄せる可能性があり、それに対処するためにイギリス本国は軍隊の派遣をはじめとする多大のコストを強いられることが想像されました。イギリス側には、そうしたコストは避けたい、という認識があったのではないか、と私は想像しています。

 「軍隊を派遣してでも自国の支配地域は守り通す」というイギリス側の考え方は、1982年春に起きたフォークランド戦争で明らかでした。

(注2)フォークランド戦争:フォークランド諸島は、南米の東方約500kmの大西洋上にあるイギリス領の島々。かねてよりアルゼンチンが領有権を主張していた。1982年3月、アルゼンチン軍がフォークランド諸島(アルゼンチン側の名称はマルビナス諸島)に上陸したことから、イギリス側が軍隊を派遣し、激しい戦闘となった。同年6月にアルゼンチン側が降伏した。

 一方、今回の習近平主席の訪英時に、イギリスの原子力発電所建設プロジェクトに対する中国企業の出資についての契約が締結されたところを見ると、イギリス側は、今後数十年にわたって中国側の政権が崩壊するようなことはない、と考えているようです。もしそうでないならば、自国の重要なインフラ・プロジェクトに中国側の参加を認めるはずがないからです。

 おそらくは今回の中英の親密ぶりのアピールは、アメリカに対抗して国際的地位を向上させ、人民元をIMFのSDR(特別引き出し権)の対象にしたい、という中国側の希望と、人民元に関する国際金融取引に関して優位な地位を築きたいとするイギリス側の利害が一致した結果だと言えるでしょう。

 イギリスにとって、1980年代と今との違いの一つは、1980年代には北海油田の将来性が期待されていたのに対し、イギリスの管轄権にある北海油田の生産量は1990年代にピークを打ったとされ、イギリスは今後の経済の柱を国際金融センターとしての位置付けに頼るしかなくなっている、という事情があると思われます。

 イギリスがアジア戦略において他国と異なる強い力を保てるひとつの源泉は、香港とシンガポールに築いてきた金融資本です。シンガポールは独立国ですが、人口の約9割は中国系であり、中国との関係は非常に深いものがあります。ですから、イギリスは中国と親密化していけば、アジアの金融ビジネスにおいて他のヨーロッパ諸国やアメリカと比して優位な地位を維持することができるのです。

 一方、日本は、中国は日本経済にとって生産現場としても市場としても非常に大きな地位を占めるものの、もし中国で政治的な混乱が起きたときに「共倒れ」になってはかなわない、との見方から、中国との協力関係には、どこか「半身」のところがあります(この点は、中国の関係者からは、ヨーロッパ諸国は中国でサッカーをしてゴールに迫ってくるのに、日本はバレーボールしかしておらず、自陣からスパイクを打つだけで『中国』というゴールに攻めてこない」と批判されます)。

 「北海油田」という「優位性」を失いつつあるイギリスにとって、リスクは大きいが「中国と親密化してアジアでの優位性を確立する」という「賭け」に出ざるを得ない、という事情があるのでしょう。(それに対し、日本は既にアジアにおいて一定の地位は保持しており、自主技術力を強化する、とか、アセアン諸国との関係を強化する、とか、中国ビジネス以外にもいろいろ重点を置くべきところがあるので、「中国べったり」になる必要はない、と考えている人が多いと思います)。

 イギリスが中国とどう付き合っていくかは、イギリスが決めることですので、日本人である私がとやかくいうつもりはありませんが、イギリスが中国(北京)と親密になる、ということは、香港の将来に関しては、かなり致命的な意味を持ちます。2014年秋の「香港雨傘運動」の時、イギリスは口ではいろいろ言いましたが、基本的に「雨傘運動」側を支援しませんでした。中国(北京)と対立したくなかったのでしょう。そうであれば、香港は、今後、イギリス側の干渉を受けることなく「中国化(中国共産党による一党支配化)」が進んで行くものと思われます。

(注3)「香港の中国化(中国共産党による一党支配化)」へのおそれは、台湾においては、中国共産党政権に対する警戒感を呼んでいます。2014年秋の「香港雨傘運動」の後、台湾の統一地方選挙で、中国共産党政権と一定の協力関係を進めようとする国民党が苦戦し、来年(2016年)予定されている次の総統選挙でも国民党の劣勢が伝えられているのも、現在の香港を巡る情勢が影響している可能性があります。

 香港が「中国化」してしまうと、イギリス資本の香港における優越性が失われ、イギリスにとって好ましくないことになるかもしれません。ただ、イギリスにとって守るべきものはもはや「香港」ではなく「アジアでのビジネスにおけるイギリス資本の優位性」なので、イギリスが北京と親密になっていくのは、イギリスの国益にとってはプラスなのかもしれません。

 私は、1984年の香港返還に関する中英共同声明が発せられた頃、「返還後50年」が経過する2047年には「中国大陸部の香港化」が進んで、香港と大陸部とのスムーズな融合が行われるだろうと思っていました。しかし、実際には、「大陸の香港化」ではなく「香港の大陸化」が今後進んで行くことになるのでしょう。

 香港は地理的に南シナ海の拠点です。香港がどうなるか、は、中国のアジアにおける地位を考える上で重大です(だからこそ、香港情勢が台湾の政治情勢に大きな影響を与えていると、考えられます)。ですから、香港の将来に致命的な影響を与える可能性のある今回の「イギリスによる習近平主席の大歓迎ぶり」とイギリスの今後の出方については、日本としてももっと関心を払う必要があると思います。

 なお、今回の訪英について、「皇帝扱い」された習近平主席御自身はたぶん「ご満悦」だったと思いますが、この間、「イノベーションを実施した企業に対する優遇税制措置」に関する国務院常務会議の決定(10月21日)とか中国人民銀行による更なる利下げ及び預金準備率の引き下げ(10月23日)などが、李克強総理の指揮の下、習近平主席の不在中に打ち出されており、「人民日報」や中国中央テレビのニュース「新聞聯播」を見ている限り、「習近平主席は皇帝のように丁重に扱われているけれども、実際に効果のある政策は李克強総理が実行している」という印象を私は受けました。中国人民は、どう受け取っているのでしょうか。中国の歴史上、皇帝に祭り上げられていい気になっていたら、いつの間にか政治的実権を失っていた、なんていう事例は山ほどありますので。

|

« 中国の中長期リスク:農業(食糧)問題 | トップページ | 一人っ子政策の廃止は「中国社会の変化の節目」になるのか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 中国の中長期リスク:農業(食糧)問題 | トップページ | 一人っ子政策の廃止は「中国社会の変化の節目」になるのか »