« 2015年9月 | トップページ | 2015年11月 »

2015年10月

2015年10月31日 (土)

一人っ子政策の廃止は「中国社会の変化の節目」になるのか

 10月26日~29日に開かれていた第18期五中全会(第18期中国共産党中央委員会第五回総会)で「一人っ子政策」の廃止が決まりました。

(注)発表された五中全会の「公報」では「人口の均衡の取れた発展を促進し、計画生育の基本国策を堅持し、人口発展戦略を完全なものにし、一組の夫婦で二人のこどもを生育する政策を全面的に実施し、人口老齢化に対応するための行動を積極的に展開する。」とされています。「計画生育の基本国策を堅持する」としていますので、「一人っ子政策の廃止」は「こどもを持つことを完全に自由化する」という意味ではありません。一組の夫婦で三人以上のこどもを持つことができないことについては、今後とも変わりはありません。

 1979年に「改革開放政策」と同時に始まった「一人っ子政策」は、中国の人々の人生設計に重大な影響を与え、非常に関心の高い政策であったことから、この政策を廃止することは1978年12月の第11期三中全会で決めた「文化大革命政策」から「改革開放政策」への転換に匹敵する重要な政策転換だと私は思います。

 日本の新聞でも論評されているように、特に沿海都市部では、こどもの教育費が非常に高いことから、一人っ子政策が廃止されても、急に中国の人口が増えるようなことはないだろう、という見方も有力です。また、仮に一人っ子政策が廃止されて人口が増え出しても、社会的・経済的にその影響が出るまでには数年から数十年掛かりますから、この政策変更が中国の経済社会をすぐに変えるわけではないのは間違いないところです。しかし、私は以下の点で、今回の政策転換は、中国の社会に大きなインパクトを与え「変化の節目」になる可能性があると思っています。

○中国共産党による国家的基本政策も時代の変化に応じて変わりうるものであることを中国人民が改めて認識したこと。

 「時代の変化に応じて政府は適切に政策運営方針を変化させるべきものだ」という考え方は、「普通の国」では当たり前のことですが、中国では「当たり前」ではありません。「政権運営は中国共産党による指導に基づく」という基本方針は、中国では「時代がどのように変化しようとも変えてはならないこと」だからです。

 中国共産党は、過去に、1976年9月の毛沢東の死去、翌10月の「四人組」(=文革派)の失脚、1978年12月の第11期三中全会での「改革開放政策」への転換、1981年6月の第11期六中全会における「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」(文化大革命は誤りだったと認め、毛沢東も「その生涯の晩年においては誤りを犯した」と評価した決議)を経て、基本政策の大転換を自ら成し遂げました。

 一人っ子政策は、「改革開放政策」とは全く性質の異なる別次元の政策ですが、決定されたタイミングが1979年1月であったことから、多くの中国人民は、一人っ子政策の開始と改革開放政策への転換をひとつのパッケージの「中国共産党による政策の大転換」と捉えている可能性があります。毛沢東は、いわゆる「人海戦術」に見られるように、多数の人民による革命遂行を重視していたことから、「人口が多いことはよいこと」と考えていました。一人っ子政策は、この毛沢東の考え方に反するわけですから、一人っ子政策と改革開放政策への転換は同じ考え方(=毛沢東の考え方が全て正しいわけではない)の延長線上にあるのだ、と捉えることも可能だからです。

 「文化大革命」から「改革開放」への転換は、中国共産党自らが過去の政策の一部について誤りを認め、その政策の大転換を果たしたわけですので、この大転換は「中国共産党の政策の一部を変更することが可能ならば、中国共産党ではない政治勢力の政策を実行することも可能なはずだ」との考え方を生む可能性がありました。実際、1978年晩秋以降、様々な政治的主張を表明する壁新聞が北京の西単付近に張り出される事態(いわゆる「北京の春」)が起きました。改革開放政策への転換を主導したトウ小平氏は、そうした考え方を排除するため、1979年3月に「四つの基本原則」を打ち出し、「中国共産党による指導」は絶対に外せない基本原則なのだ、とクギを刺し、「北京の春」のような動きは認めない、との考え方を明確に示したのでした。

(注)「四つの基本原則」とは「社会主義の道」「プロレタリア独裁」「中国共産党による指導」「マルクス・レーニン主義と毛沢東思想」の四つ。ただし、「プロレタリア独裁」は後に「人民民主主義独裁」に変わった。これは、江沢民氏による「三つの代表」重要思想に見られるように、資産家層も中国共産党に入党できるようになるにつれ、「プロレタリア(無産階級)独裁」では都合が悪くなったため。「『四つの基本原則』は絶対に変えられない」と言いつつ、その原則の中身が実は変化している(変化しているとは中国共産党は絶対に認めないが)点には留意する必要がある。

 それでも、1978年からの「文革から改革開放へ」の政策の大転換は、1980年代を通じて「政策のよしあしについていろいろ議論してよい方向に改革することはよいことなのだ」との考え方を育み、1986年末の学生運動から1989年の六四天安門事件の運動へと繋がっていったのでした。六四天安門事件の武力による鎮圧は、中国共産党による「経済は改革開放だけれども、『中国共産党による指導』をはずれた政策論議は許さない」という意思表示だったと見ることができます。

 ただし、六四天安門事件は今の中国では「タブー」なのでネット上などにも情報がなく(あってもアクセスが禁止されており)、多くの中国人民(特に若い人)は、六四天安門事件を知りません。従って、今回の一人っ子政策の廃止は「中国共産党が決めた基本国策の一つである一人っ子政策の大転換ができるのならば、中国共産党以外の勢力が考える政策を行うことも否定しなくてもよいのではないか。」という発想を今後改めて生む可能性があります。

 今回の一人っ子政策の廃止は、複数のこどもを持ちたかったが政策のために一人のこどもしか持てなかった中高年層にとっては強い「不公平感」を感じさせるものです。中国人民は政策変更には全く関与できないので、こうした「不公平感」は中国共産党に対する不満として鬱積する可能性があります。また「一人っ子政策が『時代に合わない』として変更できるのであれば、他の政策も『時代に合わない』として変更できるはずだ」という考え方も広がるかもしれません(おそらく次の最も大きな関心の高い改革すべき課題は「農村戸籍」と「非農村戸籍」(都市戸籍)が固定化されている戸籍制度だと思います)。

 つまり、今回の一人っ子政策の廃止は、「一人っ子政策ほどの基本国策が変更できるのならば、他の政策の変更もできるはずだ」として、他の基本的政策の変更に対する中国人民の要求を強めていく可能性があります。中国共産党としても、そうした中国人民の声を全て無視することは難しくなると考えられるので、今回の一人っ子政策の変更は、これから起きる一連の様々な中国における政策変更のひとつの切っ掛けになるかもしれない、と私は考えているのです。

○一人っ子政策の廃止は、中国共産党による人民生活の管理と人民への「指導」(=中国人民を中国共産党の政策に従わせること)の中の大きなツールの一つを失うことを意味すること。

 日本の新聞には、一人っ子政策を実施する地方政府の「計画生育推進部門」が罰金等を財源とした「既得権益集団化した抵抗勢力」だったのだが、習近平総書記が強い指導力でその「抵抗勢力」による抵抗を排除した、とする見方を紹介しているところもあります。それは間違いではないと思いますが、一方で、今まで一人っ子政策がプライバシーにまで踏み込んだ「中国共産党による人民の管理」を可能にしていた点も見逃せないと思います。一人っ子政策の廃止後も、計画生育政策は維持される(=三人目以降のこどもは認めない)わけですが、一人っ子政策を名目とした中国共産党による人民生活への管理力(介入能力)は今後大幅に低下する可能性があります。

 つまり「一人っ子政策の廃止に反対する抵抗勢力」とは中国共産党自身だった、と私は思っています。

 中国には各個人の「人事トウ案」(「トウ」は「木へん」に「当」)という身上調書があります。この「人事トウ案」には、姓名、性別、生年月日、民族、学歴、所属階級、所属政党、海外華僑との関係などが記されており、所属する職場などの人事担当部門が管理しています。私が最初に北京に駐在していた1980年代は「職場」には国の機関や国有企業しかなかったので、「職場が『人事トウ案』を管理している」と言われても違和感はなかったのですが、これだけ民営企業、外資系企業が増えた現在の中国において「人事トウ案」を誰がどのように管理しているかは私はよく知りません。

 しかし、2000年代になっても、ホテルのフロントと公安当局がオンラインで繋がっており、外国人が今日どこに泊まっているかを公安当局が全て把握している、など「人民や外国人の管理」の基本的な部分は何も変わっていない中国ですから、当局が人民の個人情報を相当程度把握して管理してる実態は1980年代も今もあまり変わっていないのではないかと私は想像しています(中国の携帯電話を持って各地方に行くと、その地方の当局から「ようこそ○○へ!緊急時には×××まで電話を!」という歓迎メールが入るので、全ての携帯電話の存在場所が当局に管理されていることを実感できます)。

 ですが、今までは、プライバシーに関する個人情報も「一人っ子政策の遂行のために必要だ」という理由で当局が把握していたとしても、一人っ子政策が廃止されればその理由付けが難しくなり中国の人々にとって(一人っ子政策による罰則がなくなるので)当局に個人情報を提供するインセンティブがなくなるわけですから、当局による人民の個人情報の把握の仕方が今後難しくなる可能性があります。

 一人っ子政策を理由とした中国共産党による人民管理が弱まる可能性がある点が、思いの外、一人っ子政策廃止の波及効果の中で今後の中国の社会に与える影響としては大きいのかもしれない、と私は思っています。

| | コメント (0)

2015年10月24日 (土)

習近平主席に対するイギリスの「熱烈歓迎」の目的

 今週(2015年10月20~23日)、中国の習近平国家主席がイギリスを公式訪問しました。習近平主席の宿泊先をバッキンガム宮殿にするなど、イギリス側の「熱烈歓迎ぶり」が目立ちました。アメリカの新聞等には「やり過ぎではないか」とイギリスを冷ややかに論評するところもあるようです。そもそも、今年4月、中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)について、イギリスが西側先進国としては初めて参加を表明したことに見るように、最近、イギリスの親中ぶりが目に付きます。

 イギリス風の伝統にのっとった各種行事に出席する習近平主席の姿は、まさに大英帝国と対等に対峙する中華帝国皇帝そのものでした。中国は、最近、抗日戦勝利70周年軍事パレードに見るように、意図的に習近平主席を「中華帝国皇帝」として見せるように演出することが多いので、今回のイギリス側の「熱烈歓迎ぶり」は、中国側としては自らの意図するところに合致したものとして大歓迎だったと思います。

 こうしたイギリス側の「大歓迎ぶり」は、中国国内に対して習近平主席の権力掌握を顕示するものとして有効でしたし、国際社会に対しても、アメリカに対峙する「二つの大国の一つとしての中国」をアピールした点で中国にとっては非常に有益だったと思います。「人民日報」などは「中英黄金時代の到来」と大はしゃぎでした。

 イギリスが「中国に媚びているのではないか」と批判されるほど親中ぶりをアピールすることのイギリス側にとってのメリットは何だったのでしょうか。今回の習近平主席の訪問時に、イギリスの原子力発電所建設プロジェクトに対して中国企業が投資することが決まりましたが、数十年にわたる社会インフラを支えるプロジェクトに中国資本を入れるイギリスの意図はどこにあったのか、今ひとつよくわからない部分があります。

 私にとっては、今回のイギリス側の対応は、1980年代前半に香港返還を巡って行われた中英協議との対比において、ある意味において国際社会におけるイギリスの地位の変化を印象付けるものでした。

 1980年代前半、イギリスのトップはマーガレット・サッチャー首相で、中国側の実質的トップはトウ小平氏でした。それを考えると(キャメロン首相には大変失礼ですが)「役者が違う」という印象を持ってしまうのは致し方のないところです。

 香港返還は、中華人民共和国成立後の中国にとっての「悲願」のひとつでしたが、その中国側の「悲願」の成就に「香港の全面返還」という形でイギリス側が譲歩したのは、香港におけるイギリス資本の権益の確保と、長期にわたる香港という植民地維持のためのコストとを総合的に勘案して、植民地としての継続はイギリスにとってコストが高すぎる、と判断したからだと思われます。

(注1)1997年に99年間の租借期限が終了したのは、九龍半島の付け根にあたる「新界」部分だけであって、九龍半島先端部分と香港島は、南京条約(1842年)及び北京条約(1860年)によってイギリスに割譲されていたものですので、国際法上、イギリスには中国に返還する義務はありませんでした。しかし、香港は水や食糧を大陸側に依存していますので、新界を中国に返還し、九龍半島先端部分と香港島をイギリスの植民地として維持し続けることは現実的ではないので、新界の租界期限が終了する1997年に全てを一括して中国に返還することにイギリスは同意したのでした。

 香港返還交渉が行われていた頃(1982~1984年頃)、私は中国など東アジア地域との通商関係を担当する部署で働いていて横目で中英交渉の流れを見ていましたが、私自身は、1984年の中英共同声明で「返還後50年間は香港の資本主義体制を維持する」とうたわれた期限が切れる2047年までには、中国における共産党一党独裁体制は終了するだろうと思っていました。当時まだソ連は存続していましたが、1982年にブレジネフ書記長が死去してからのソ連は、相当に「ガタ」がきていて、共産政党一党独裁政権が長期にわたって存続することには無理があると思っていたからです。

 中英交渉当時、イギリス側が中国の共産党一党独裁体制がどの程度続くかについて、どう認識していたかは私は知りませんが、もし仮に今後中国共産党一党独裁体制が揺らいで中国政治が混乱した場合を考えると、香港がイギリスの植民地であり続けた場合、混乱した中国大陸部から大量の難民が香港に押し寄せる可能性があり、それに対処するためにイギリス本国は軍隊の派遣をはじめとする多大のコストを強いられることが想像されました。イギリス側には、そうしたコストは避けたい、という認識があったのではないか、と私は想像しています。

 「軍隊を派遣してでも自国の支配地域は守り通す」というイギリス側の考え方は、1982年春に起きたフォークランド戦争で明らかでした。

(注2)フォークランド戦争:フォークランド諸島は、南米の東方約500kmの大西洋上にあるイギリス領の島々。かねてよりアルゼンチンが領有権を主張していた。1982年3月、アルゼンチン軍がフォークランド諸島(アルゼンチン側の名称はマルビナス諸島)に上陸したことから、イギリス側が軍隊を派遣し、激しい戦闘となった。同年6月にアルゼンチン側が降伏した。

 一方、今回の習近平主席の訪英時に、イギリスの原子力発電所建設プロジェクトに対する中国企業の出資についての契約が締結されたところを見ると、イギリス側は、今後数十年にわたって中国側の政権が崩壊するようなことはない、と考えているようです。もしそうでないならば、自国の重要なインフラ・プロジェクトに中国側の参加を認めるはずがないからです。

 おそらくは今回の中英の親密ぶりのアピールは、アメリカに対抗して国際的地位を向上させ、人民元をIMFのSDR(特別引き出し権)の対象にしたい、という中国側の希望と、人民元に関する国際金融取引に関して優位な地位を築きたいとするイギリス側の利害が一致した結果だと言えるでしょう。

 イギリスにとって、1980年代と今との違いの一つは、1980年代には北海油田の将来性が期待されていたのに対し、イギリスの管轄権にある北海油田の生産量は1990年代にピークを打ったとされ、イギリスは今後の経済の柱を国際金融センターとしての位置付けに頼るしかなくなっている、という事情があると思われます。

 イギリスがアジア戦略において他国と異なる強い力を保てるひとつの源泉は、香港とシンガポールに築いてきた金融資本です。シンガポールは独立国ですが、人口の約9割は中国系であり、中国との関係は非常に深いものがあります。ですから、イギリスは中国と親密化していけば、アジアの金融ビジネスにおいて他のヨーロッパ諸国やアメリカと比して優位な地位を維持することができるのです。

 一方、日本は、中国は日本経済にとって生産現場としても市場としても非常に大きな地位を占めるものの、もし中国で政治的な混乱が起きたときに「共倒れ」になってはかなわない、との見方から、中国との協力関係には、どこか「半身」のところがあります(この点は、中国の関係者からは、ヨーロッパ諸国は中国でサッカーをしてゴールに迫ってくるのに、日本はバレーボールしかしておらず、自陣からスパイクを打つだけで『中国』というゴールに攻めてこない」と批判されます)。

 「北海油田」という「優位性」を失いつつあるイギリスにとって、リスクは大きいが「中国と親密化してアジアでの優位性を確立する」という「賭け」に出ざるを得ない、という事情があるのでしょう。(それに対し、日本は既にアジアにおいて一定の地位は保持しており、自主技術力を強化する、とか、アセアン諸国との関係を強化する、とか、中国ビジネス以外にもいろいろ重点を置くべきところがあるので、「中国べったり」になる必要はない、と考えている人が多いと思います)。

 イギリスが中国とどう付き合っていくかは、イギリスが決めることですので、日本人である私がとやかくいうつもりはありませんが、イギリスが中国(北京)と親密になる、ということは、香港の将来に関しては、かなり致命的な意味を持ちます。2014年秋の「香港雨傘運動」の時、イギリスは口ではいろいろ言いましたが、基本的に「雨傘運動」側を支援しませんでした。中国(北京)と対立したくなかったのでしょう。そうであれば、香港は、今後、イギリス側の干渉を受けることなく「中国化(中国共産党による一党支配化)」が進んで行くものと思われます。

(注3)「香港の中国化(中国共産党による一党支配化)」へのおそれは、台湾においては、中国共産党政権に対する警戒感を呼んでいます。2014年秋の「香港雨傘運動」の後、台湾の統一地方選挙で、中国共産党政権と一定の協力関係を進めようとする国民党が苦戦し、来年(2016年)予定されている次の総統選挙でも国民党の劣勢が伝えられているのも、現在の香港を巡る情勢が影響している可能性があります。

 香港が「中国化」してしまうと、イギリス資本の香港における優越性が失われ、イギリスにとって好ましくないことになるかもしれません。ただ、イギリスにとって守るべきものはもはや「香港」ではなく「アジアでのビジネスにおけるイギリス資本の優位性」なので、イギリスが北京と親密になっていくのは、イギリスの国益にとってはプラスなのかもしれません。

 私は、1984年の香港返還に関する中英共同声明が発せられた頃、「返還後50年」が経過する2047年には「中国大陸部の香港化」が進んで、香港と大陸部とのスムーズな融合が行われるだろうと思っていました。しかし、実際には、「大陸の香港化」ではなく「香港の大陸化」が今後進んで行くことになるのでしょう。

 香港は地理的に南シナ海の拠点です。香港がどうなるか、は、中国のアジアにおける地位を考える上で重大です(だからこそ、香港情勢が台湾の政治情勢に大きな影響を与えていると、考えられます)。ですから、香港の将来に致命的な影響を与える可能性のある今回の「イギリスによる習近平主席の大歓迎ぶり」とイギリスの今後の出方については、日本としてももっと関心を払う必要があると思います。

 なお、今回の訪英について、「皇帝扱い」された習近平主席御自身はたぶん「ご満悦」だったと思いますが、この間、「イノベーションを実施した企業に対する優遇税制措置」に関する国務院常務会議の決定(10月21日)とか中国人民銀行による更なる利下げ及び預金準備率の引き下げ(10月23日)などが、李克強総理の指揮の下、習近平主席の不在中に打ち出されており、「人民日報」や中国中央テレビのニュース「新聞聯播」を見ている限り、「習近平主席は皇帝のように丁重に扱われているけれども、実際に効果のある政策は李克強総理が実行している」という印象を私は受けました。中国人民は、どう受け取っているのでしょうか。中国の歴史上、皇帝に祭り上げられていい気になっていたら、いつの間にか政治的実権を失っていた、なんていう事例は山ほどありますので。

| | コメント (0)

2015年10月17日 (土)

中国の中長期リスク:農業(食糧)問題

 毛沢東が先導した中国の共産主義革命は、基本的には「農民による革命」でした。毛沢東の最も基本的な問題意識は「貧しい中国の農民にどうやってメシを食わせるか」でした。現在、いろいろな問題があるとは言え、13億の中国人民が少なくとも「メシは食える状態」になっていることは、中国共産党の政策の成果として評価できると思います。一方で、「大躍進時代」の1958~1959年頃、政策の失敗から食糧生産が激減し、数千万人の餓死者が出た、という歴史的事実は、現在の中国共産党政権にとって忘れてはならないことと考えられていると思います。

 GDPの数字など、中国政府の発表する経済統計の数字の多くには信憑性がないのですが、私が最も「これは信用できないなぁ」と思っているのは「2004年~2014年まで食糧生産量が毎年前年を上回っている」という発表です。農業技術の進歩により中国の食糧生産量が傾向として増加していることは事実として間違いはないと思いますが、天候に大きな影響を受ける農業において、「11年連続で前年の生産量を上回る」というのは、非常に不自然です。中国統計年鑑などで、コメ、トウモロコシ、小麦などを個別に見ると年によって増減はあるのですが、「食糧」のカテゴリーに入る作物を全て加えると、ここのところ11年連続で毎年前年より収穫量が増えている、ということのようです。統計上の「からくり」なのかもしれませんが、私は毎年「今年も連続増収が続いた」という発表を聞くたびに「ほんとかなぁ」と思ってしまいます。

 ただ、コメ、トウモロコシ、小麦などの国際商品市場で、「中国の減産による価格の上昇」といった現象は起きていないので、「11年連続増収」は信用できないとしても、一定程度の生産量が確保されているのは間違いないと見てよいと思います。「中国経済は大丈夫か」という外国からの問い掛けに対して、中国は「成長率は低くなったが経済運営に問題はない」と反論する際の根拠として、「農業生産は順調であること」を掲げていますが、これはたぶん間違いではないでしょう。

 中国政府も、大躍進時代の食糧危機などの過去の経験を踏まえて、食糧生産の確保は非常に重視しています。農地の工業用地への転換に関しても、全国ベースで農地18億ムー(1ムー=667平方メートル;15ムー=1ヘクタール)は確保する、というスローガンは何年も言い続けています。

 しかし、私は、中国の食糧生産は「持続可能ではないのではないか」と危惧しています。河北平原での水不足問題が深刻であり、工場排水による汚染された河川からの灌漑で、農地の重金属等による汚染等も深刻化しているからです。例えば、私が2008年に訪問した河北省石家庄近くにある研究所で聞いた話では、河北平原では、小麦の生産に必要な水の7~8割は地下水の汲み上げによる灌漑に頼っていて、河北平原では1980年代には地表面の下十数メートルのところにあった地下水位が、現在では地表面から35メートルのところまで低下してしまった、とのことでした。

(参考URL)科学技術振興機構中国総合研究センター
サイエンス・ポータル・チャイナ
「コラム&レポート」-「北京便り」
【08-005】中国科学院の植物・農業関連研究所訪問
http://www.spc.jst.go.jp/experiences/beijing/b080602.html

※この記事の筆者とこのブログの筆者は同一人物

 中国では、今、揚子江流域の水資源を運河等で北部に送る「南水北調」というプロジェクトを進行中ですが、これが河北平原の水不足の完全な解消に繋がるかどうかはわかりません。(揚子江流域の雨量が少なくなる年もあり、「南水北調」で全てが解決するとは私は思っていません)。

 水不足や農地の土壌汚染の問題が今すぐに中国の食糧生産に影響を及ぼし社会的問題になるとは思いませんが、今後十年単位の中長期的な課題として忘れてはならない問題だと私は常々思っています。

 そもそも農業は労働生産性が低い(苦労して働いても得られる収入があまり多くない)ので、農業をどうやって振興していくかは、中国に限らずどの国にとっても重要な政策課題になっています。全てを共同で行う「人民公社」をやめて個別の農家に一定程度裁量を任せる「農家個別請負制度」にしたことが今の中国の改革開放政策の出発点ですが、現在、生産効率の向上のために、農家の自主性を尊重しつつ複数の農家が出資して共同で農業を経営する「合作社方式」も推進しているようです。今度の五中全会で決まる新しい五カ年計画でも農業振興に関する計画も織り込まれるでしょう。中国の今後の経済動向を見る上で、インフラ投資や製造業、サービス産業に関する政策に目が向きがちですが、農業に関する政策がどうなっていくかをしっかり見ていくことも中長期的な観点で中国を見ていく上では非常に重要だと私は思います。

| | コメント (0)

2015年10月10日 (土)

第18期五中全会の日程がいまだ決まらず

 ペルーのリマで10月8日G20財務大臣・中央銀行総裁会合が開かれましたが、共同声明の発表はありませんでした。引き続いてIMFの国際通貨金融委員会(IMFC)が開かれ共同声明が発表されました。この共同声明では「世界経済見通しのリスクは増大した。」とされました。中国については「中国で進行中の、より持続可能な成長に向けたリバランシングは、生じ得る困難な外的状況には警戒を要するものの、歓迎されるものである。」とされました。

 ネットで見た毎日新聞の報道によれば、会合後の記者会見で、麻生財務大臣は、中国経済について「今(各国が)共同しないといけないほど、中国が悪くなっているという判断はされていない」と述べた、とのことです。

 要するに「世界各国は中国経済が減速しているという認識で一致し、中国経済の減速が世界経済に及ぼす影響について警戒すべきものの、基本的には中国政府の対応に期待し各国はそれを見守ることとした」といったところでしょうか。

 先週(2015年10月5日(月)からの週)、世界の株式市場や商品市場はやや落ち着きを取り戻しました。これも「中国経済の減速は明らかであるが、8月のマーケット暴落時に心配したような『中国経済がハードランディングして、世界経済が奈落の底に突き落とされる』ようなことが起きるほど悪いわけではない」といった認識が一般的になってきたことを示すものと思われます。

 問題は、中国政府が経済減速に対してどのような対応を採るかです。今の時点で気になるのは、次の五カ年計画について議論するとされる第18期五中全会(中国共産党中央委員会第5回総会)の日程がまだ決まっていないことです。前回(第17期五中全会)は、2010年10月15~18日に開催されましたが、この日程は9月28日に発表されました。今回の五中全会も10月に開くことが今年7月20日の中国共産党政治局会議で決定されていますが、具体的な日程は今日(10月10日)時点でまだ発表されていません。通常の感覚から言ったら、10月の重要会議の日程は、国慶節休みの前に発表するのが普通だと思いますので、今回の五中全会の討議内容、即ち、今後5年間の経済運営の基本方針がまだ議論中で決まっていないのかもしれません。もし「五中全会の日程が決まらない=次の5か年計画の内容が決められない」という状態が続くと、それを不安に感じて、上海株がまた下がり出す可能性があるので要注意です。

 今日(2015年10月10日)の中国中央電視台夜7時のニュース「新聞聯播」では、バラック住宅地区改造計画に関する電話会議が開かれ、李克強総理が中央の指示に従って計画通りに改造計画を進めるよう「重要指示」を出した、と報じていました。最近、党中央が進めようとするプロジェクトについて、地方が計画通りに進めないことがいろいろな場面で問題になっているようです。次の五カ年計画についても、党中央が進めるべきと考えていることと、地方の考えが一致せず、まだ調整がついていないのかもしれません。

 去年の10月31日付けのこのブログで「香港雨傘革命:四中全会と黒田日銀ハロウィン・バズーカ砲が与える影響」と題する記事を書きました。

(参考URL)このブログの2014年10月31日付け記事
「香港雨傘革命:四中全会と黒田日銀ハロウィン・バズーカ砲が与える影響」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2014/10/post-8601.html

 この発言の中で、去年の四中全会の決定の内容に触れていますが、ポイントは「県・市級の地方組織の権限を大幅に縮小する」など中央集権を強化する内容でした。これは、プロジェクトの推進に関して各地方に任せると、各地方の中国共産党幹部が自分の利益にとって都合のよいようにプロジェクトを進めてしまうので、中央の関与を強めよう、ということなのだと思います。今、こうした中央集権化が中国共産党の地方幹部の不満を高め、今「中央から指示された仕事をサボる」傾向が強まっているのかもしれません。こうした背景により、次の五カ年計画についても、中央と地方との対立がまだ調整しきれていないのかもしれません。

 どんな立派な計画でも、計画を立てた中央と実施する地方とがチームワークよく取り組まなくてはうまく進みません。中国の中央政府は、経済減速に対する対策をいろいろ考えていて、それを次の五カ年計画に盛り込もうとしているのだと思いますが、中央と地方との関係がギクシャクしたままだと、例え計画を作ったとしても、うまく実施できないことになります。経済減速に対する対応が世界から求められている中国ですが、もしかすると、その対応策は、計画の段階から暗礁に乗り上げている可能性があります。今後の中国経済の回復への道は相当に険しいものになるのかもしれません。

 なお、今、上記の去年の記事「香港雨傘革命:四中全会と黒田日銀ハロウィン・バズーカ砲が与える影響」を改めて読んで気付くのは、去年10月31日の日銀の追加緩和は、急激な円安をもたらし、結果として、ドルにペッグしている人民元との関係では、人民元高・円安をもたらしたという事実です。つまり、2014年10月31日の日銀の追加緩和が結果的に中国経済の減速傾向をさらに強める方向に作用したわけです。それを考えると、現在(2015年秋の時点)の日本を含めた世界経済の減速の原因が中国経済の減速にあるわけですから、現時点での日銀による更なる追加緩和は中国経済に更なるマイナスの圧力を加え、結局は日本経済にマイナスの影響を及ぼすので、日銀は更なる追加緩和策は採れないかもしれない、と私は考えています。

| | コメント (1)

2015年10月 3日 (土)

国慶節の「爆買い」とバブル崩壊の時間差問題

 今、中国の国慶節で、日本各地に中国人観光客がやってきて「爆買い」をしている様子がテレビ等で報道されています。「今年6月の株価暴落にも係わらず『爆買い』の意欲は衰えておらず安心した」という見方と「こうした『爆買い』は一種の『ブーム』であり長続きするはずがない」という身構えた見方と両方があるようです。

 10月1日(木)夜に放送されたNHKニュースウォッチ9の特集が端的にそれを表していました。この特集は、この日発表された日銀短観で大企業の製造業の景気判断指数が+12ポイントと3期ぶりに悪化する一方、大企業の非製造業の景気判断指数が+25ポイントと1991年11月以来の24年ぶりの高水準になったことに関して、以下の状況を紹介していました。

○国慶節の連休で、中国人観光客相手の販売店が非常に活況であること。

○中国人観光客の増加で観光バスが足りない状態となっており、あるバス製造会社では昨年比80%増の注文が入って、フル生産状態にあること。

○しかし、このバス製造会社では、中国での株価急落と経済指標の悪化などを踏まえて、今後ともバスの注文が継続するかどうかわからないため、本格的な設備増強のための投資には踏み切れないでいること。

 最近のアメリカの経済指標でも、非製造業関連は比較的順調に推移しているのに対し、製造業関連の指標が悪化しつつあることから、同じような状況がアメリカでも起きている可能性があります。

 日本やアメリカの経済状況の変化の原因を全て中国経済の変調に求めることは正しくないと思いますが、「これまで資源や設備を『爆買い』していた中国経済の減速」→「先進国から中国への輸出の減少+ブラジル等の資源国・新興国から中国への輸出の減少を通じた資源国・新興国での経済減速と先進国からそれらの国々への輸出の減少」→「先進国では非製造業は順調だが、輸出を中心とする製造業が不調」といった現象が生じていることは間違いないと思います。

 昨日(2015年10月2日)に発表されたアメリカの2015年9月の雇用統計が事前予想に比べて非常に悪く、ニューヨーク株式市場の株価は乱高下しました(結局、FRBによる利上げ観測の後退でニューヨーク・ダウは対前日比200ドル以上上がりましたが)。「中国発の世界経済の後退」が既にアメリカにも影響を及ぼしているのかもしれません(中国発の経済減速が直接アメリカに影響しているという実体面だけではなく「これから中国発の世界経済減速がアメリカ経済に及んでくるかもしれない」という不安により経営者が雇用を増やすことに慎重になっているという心理的な面もあると思います。ただ「景気は心理」なので、例え影響が心理面によるものであったとしても軽視すべきではありません)。

 ポイントは、経済減速は様々な分野において「時間差」をもって影響を及ぼす、ということです。日本の「平成バブル」の時を考えても、日経平均株価のピークは1989年12月30日の大納会でしたが、地価のピークは1991年頃でした。バブル崩壊に伴う不良債権問題が1996年の住専問題や1997年の山一證券や北海道拓殖銀行の破綻に至るまでには8年近い時間が掛かりました。

 中国経済の減速については、中国政府が発表する統計数字が信用できないので、あまりハッキリしたことは言えないのですが、原油価格や中国の外貨準備等を考えると、中国経済は2014年半ばから急減速が始まった、と見るのが妥当なのではないかと思います。中国の株バブルがはじけたのが今年(2015年)6月でした。これから、「ハードランディング」のような急激な変化は起こらないとしても、中国経済の減速は今後数年から場合によっては十年オーダーの時間を掛けて、世界全体の様々な方面に影響を及ぼすことになるのだと思います。

 今の国慶節期間の「爆買い」の継続を見て「6月の株価急落の影響は限定的」と見る見方も可能ですが、これは単に「時間差」の問題であって、現時点では株価急落の影響が中国人観光客の「爆買い」にはまだ影響が及んでいないのだと思います。おそらくは、上記のNHKの番組でバス製造会社の人が心配していた「注文増がいつまで続くかわからない」と考えるのが一般的な見方なのだと思います。

 しかし、一方、そうした「先行きに対する心配」により、日本国内に染みついた「デフレ・マインド」が残り、企業は内部留保を従業員への賃上げの回さずに「いざという時の備え」として留保し続けている、というのが現状なのだと思います。日銀の黒田総裁は「インフレになる~、インフレになる~」というおまじないを唱え続けていますが、中国経済の大減速が時間差をもって日本にも押し寄せてくるという恐怖感がある限り、日本国内においてリスクをとって投資しようという「インフレ・マインド」が戻ってくるのは難しいと思います。

 上記で紹介した10月1日放送のNHKニュースウォッチ9の特集では、もうひとつ重要な点を報じていました。それは、中国における不動産市場の不調と株価急落により、中国の個人投資家が日本等の先進国の不動産投資に資金を振り向けていることを報じている点です。「中国における不動産市況の不調」→「中国株式市場の急落」は1年程度のタイムラグで起きましたが、今後、それが一定の時間差をもって、中国人観光客による「爆買い」の減少や中国人投資家による先進国不動産からの投資資金の引き上げへ移っていく可能性を予見している点で、この報道は重要だと思いました。

 今、「アメリカFRBは利上げできるのか」や「黒田日銀は追加緩和をやるのか」が話題になっていますが、FRBも日本銀行もECB(ヨーロッパ中央銀行)もそれぞれに国・地域の中央銀行であって、世界の中央銀行ではなく、自分の国(地域)以外には手も足も出せない、という問題がクローズアップされてきています。これから「中国発世界同時不況」が起きるかもしれない、という状況において、「中国はケシカラン」「中国政府は何とかしろ」と中国を非難していただけでは何も解決しません。幸い、リーマンショックを契機としてG20という枠組みができているので、G20で協調して世界経済の運営を図ってもらいたいと思います。

 なお、全く関係ないですが、AKB48はなかなか鋭いと思います。8月26日発売の最新シングル「ハロウィン・ナイト」(秋元康作詞)は、明らかに「平成バブル期」の1980年代に最高潮に達したディスコをイメージしています。この楽曲は、当然、8月24日の「チャイナ・ブラック・マンデー」の世界同時株価暴落が起きる前に制作されたわけですが、制作者は世の中に既にあった「バブルっぽい」雰囲気を感じていたのかもしれません。(AKB48は2013年秋の「恋するフォーチュン・クッキー」(これも秋元康作詞)でも「そんなネガティブにならずに」とアベノミクスのポイント(デフレ・マインドの払拭)を歌っており「あなどりがたい」と私は思っています)。

| | コメント (3)

« 2015年9月 | トップページ | 2015年11月 »