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2015年9月12日 (土)

習近平主席が目指すのは人民解放軍の大改革らしい

 今日(2015年9月12日)の「人民日報」の1面トップ記事は、中国共産党政治局会議で「生態文明体制改革総体方案」と「社会主義文芸の繁栄と発展に関する意見」について審議し決定したことでした。エコに配慮した社会を目指すことは重要な政策課題だとは思いますが、貿易統計や物価指数などで中国経済の大減速が明らかになる統計数字が相次いで発表されるなか、タイミング的にいささか「ピンぼけ」の感があります。

 特に「社会主義文芸の繁栄と発展に関する意見」の方は、「『中国の夢』という時代のテーマに焦点をあて、社会主義核心価値観を育て高め、愛国主義の旋律を歌い上げ、優秀な中華文化を高揚して伝承し、中国精神を持って社会主義文芸の魂としなければならない」といった内容で、「完全に『文化大革命』と同じじゃないか」という印象で、大いなる「時代錯誤感」を感じます(「中国の夢」「中華文化の高揚と伝承」を強調している点で、『文化大革命』と違って復古的・国粋主義的な風合いを感じますが)。少なくとも、私が知っている21世紀の中国人民の「好み」とは全くマッチしていないと私は思います。

 こうした「時代錯誤感」に加えて、私が一番問題だと思うのは、習近平主席が中国をどちらの方向にリードしようと思っているのか全く見えない、ということです。江沢民氏の「三つの代表重要思想」も最初は何を意味するのかわかりにくいものでしたが、次第に「農民・労働者だけではなく資産家階層も中国共産党員に取り込む」という意味であることがわかりました。胡錦濤氏の「科学的発展観」もわかりにくい言葉でしたが、「格差を是正しながら社会を発展させよう」というスローガンであろうことはわかりました(それが実現したとは思いませんでしたが)。これら過去の指導者の「スローガン」は、いい悪いは別にして、時代の流れに合致した方向性を持っていたと言えると思います。

 一方、習近平主席の「中国の夢」「中華民族復興の夢」は、「世界の中でアヘン戦争以前の大清帝国時代に持っていた中国の力量を発揮させよう」ということであろうことは想像できるのですが、これは明らかに現在の国際情勢から見れば「時代錯誤」です。また、そのために中国社会の発展をどのように進めるのか(江沢民氏のように全体の経済発展を重視するのか、胡錦濤時代のように格差是正に重点を置こうとするのか)の「基本路線」がわかりません。なので、どのような政策が今後打ち出されるのか予想ができないことが、世界に「今後の中国経済に対する不透明感」をもたらしているのだと思います。

 ただ、ここに来て見えてきたのは、習近平主席の最も重要な政治目標は、既得権益集団と化してしまった人民解放軍を大々的に改革して、自らの指揮の下、軍を本来目的(国防と治安維持)に立ち戻させようとしていることのようです。「中国の夢」も、人民解放軍に対して「国防という本来業務に戻れ」と命じているのだとしたら、「時代錯誤」ではなく、今の中国の状況にマッチした方針であると言えるのかもしれません。

 中国経済の立て直しの根本は国有企業改革ですが、人民解放軍が軍の本来目的と離れて国有企業と組んで既得権益集団化しているのだとしたら、国有企業の部分だけ改革しても、改革は進みません。習近平主席が行おうとしていることが、まず第一段階として人民解放軍の改革(軍と一部国有企業の癒着構造の解体)、第二段階として国有企業全体の改革、だとしたら、その改革方針は「正しいもの」であると言えるでしょう。

 習近平指導部が人民解放軍の大規模な改革を検討していることについては、2015年9月9日付け日本経済新聞朝刊6面の記事「中国軍、大規模改革を検討 陸・空・海を統合運用へ」で報じられています。また、この点は、中央公論2015年10月号の特集「習近平の実力」の中にある東京財団研究員・政策プロデューサー小原凡司氏の寄稿「胡錦濤と結び、人民解放軍を掌握した力業」でも論じられています。小原氏は、江沢民氏に抜擢された人物が牛耳っていた人民解放軍を前にして、習近平氏は、胡錦濤前主席(中国共産主義青年団関連派閥の長として李克強総理と近い)と結託して、江沢民氏に近い人民解放軍内の人物を排除してきている、と指摘しています。この見方は、政策の方向性としては反目してもおかしくない習近平主席と李克強総理が政権内で共存している現状を鑑みれば、非常に説得力があると思います。

(注)「人民日報」や中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、9月10日に行われた大連での経済フォーラム「夏季ダボス会議」での李克強総理の基調演説を大きく扱っています。習近平主席による「抗日戦勝利70周年軍事パレード」も李克強総理の経済政策に関する演説も同じように大きく報じられている現状を見ると、少なくとも習近平主席と李克強総理の間が「ギクシャク」していて政権運営がうまくいっていない、とは見えません。李克強総理は2013年に打ち出した改革政策「リコノミクス」が頓挫して面白くないところだと思いますが、習近平主席と李克強総理は、一定のラインで妥協が成立しており、お互いに協力していくことについては合意しているように見えます。

 そもそも、中国国内では政治的に極めてデリケートなはずの人民解放軍の改革の問題が外国のメディアで報じられているということ自体、既に中国共産党の内部では、人民解放軍の改革については、党内有力者の了承を得た上で、「決まったこと」になっていると想像されます。

 もうひとつ象徴的な出来事は、9月9日に行われた元中国共産党軍事委員会副主席(人民解放軍制服組トップ)の張震氏の葬儀に、江沢民氏が参列し、その様子が「新聞聯播」でも放映されたことでした。習近平政権になってから、葬儀に送られた花輪を紹介する順番は、現役の政治局常務委員の7人、江沢民元主席、胡錦濤前主席の順番となっています。葬儀に参列する際の参列の順序も同じです。ただ、江沢民氏は高齢のためか、花輪は捧げるものの、自ら元幹部の葬儀に参列することはありませんでした(少なくとも私は見たことはなかった。胡錦濤前主席は、参列するケースと参列しないケースとがあった)。

 私が江沢民氏の映像を見たのは、去年(2014年)の国慶節前夜の祝賀パーティーに出席した時に江沢民氏、李鵬元総理、胡錦濤前主席が参加したのを紹介されたときでした。その後、今年9月5日に行われた「抗日戦勝利70周年軍事パレード」の際、天安門の上に、江沢民氏、胡錦濤氏、李鵬氏らがいたことは、世界に報じられたとおりです。7月22日に行われた元全国人民代表大会常務委員会委員長の万里氏の葬儀の時には、江沢民氏は花輪を送っただけで、参列はしませんでした(胡錦濤氏は参列した)。全人代常務委員長の方が党軍事委員会副主席よりは序列は上なので、江沢民氏が万里氏の葬儀には参列せず、張震氏の葬儀に参加した、というのは、純粋に序列の観点から言ったら「不自然」です(ただし、張震氏は、江沢民氏が党軍事委員会主席をやっていた時の副主席なので、「個人的親密度」から言ったら江沢民氏にとって張震氏は万里氏より親近感があったと思われるので、個人的心情から言ったら全然「不自然」ではない)。

 死去した元幹部の葬儀に「参列する・参列しない」が個人的心情とは関係なく、政治的メッセージを伝える手段として使う、と考えるのであれば、今回、江沢民氏が現役の政治局常務委員7人の後の順番で葬儀に参列した、という事実は、江沢民氏は習近平氏をトップとする現在の政権の方針に従うと意思表示したことを示すと言えます(御本人に聞けば、葬儀に出る・出ないでそういう「邪推」はしないで欲しい、と言うに決まっていますが)。

 つまり、人民解放軍の改革に関する各種報道と最近の一連の行事(軍事パレード及び張震氏の葬儀)を踏まえると、習近平氏は、既に人民解放軍の大改革を行うことを決定しており、そのことについては江沢民氏も了承していることを内外に示した、と言えるでしょう。9月5日の「抗ファシスト戦勝利70周年軍事パレード」における演説において、習近平主席が中国軍を30万人削減する計画であることを明言したことも人民解放軍の改革の一環なのでしょう。

 問題は、そうした習近平主席の改革に対して、人民解放軍の末端組織が反発しないか、ということです。9月2日、アメリカ国防総省は、ベーリング海で中国人民解放軍の軍事艦艇が展開していることを発表しました。当時、オバマ大統領がアラスカ州を訪問しているところでした。この手の発表は、「米中の情報戦の一種」で、例えば、アメリカは前から知っていたけれどもこのタイミングでわざと発表した、という可能性も考えられるので、軽々に判断するのは難しいのですが、こういった人民解放軍艦艇の動きが習近平党軍事委員会主席の指示によるものなのか、現場の独断なのか、については、注意を要します。例えば、以前、習近平主席がインド訪問中に、中国とインドが国境線について係争している地域で、人民解放軍が係争地域に進出する、といった動きがありました。人民解放軍の末端組織が党中央の意図に反して勝手に動く、ということが「よくあること」である可能性があるからです。

 人民解放軍は、中国共産党の軍隊であって、中華人民共和国政府の軍隊ではありません(従って、国務院には人民解放軍の指揮権はない。この点は、旧ソ連軍と中国の人民解放軍とで最も異なる点。旧ソ連軍は、党の軍隊ではなく国家の軍隊だった)。憲法上、中華人民共和国政府の機関である国家軍事委員会(主席は習近平氏)が人民解放軍も含めた武装勢力を統括することになっていますが、国家軍事委員会のメンバーは中国共産党軍事委員会のメンバーと同じであり、軍の指揮権は中国共産党にあり、実質的に中国政府に人民解放軍の指揮権はありません。この状況は「軍隊の統帥権は天皇にあるのであって、内閣に軍隊を統帥する権限はない」としていた旧日本軍と似ています。つまり、制度上、外交の責任を持つ中国政府の意図に反して人民解放軍が行動を起こす可能性があるのです。習近平主席がそうした事態が起こらないよう、人民解放軍の全てを自らの統率下に置こうとしているのだとしたら、それは「正しい改革」なのでしょう。

 問題は、習近平主席には、毛沢東やトウ小平のような人民解放軍に対するカリスマ的統率力がないことです(既に習近平氏の完全な統率力は確立されたのだ、との見方もある。中央公論2015年10月号の「習近平の実力」と題する特集はそういう問題意識の下で組まれたもの)。習近平主席の人民解放軍改革が例え「正しい改革」であったとしても、軍隊の内部にまで手を突っ込んだ改革については、今後、予想できない事態が起こる可能性は常に考えておかなければなりません。今、世界の関係者が「中国の今後に対する不透明感」に戦々恐々としていますが、その状況は、今後も続くと考えざるを得ないと思います。

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