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2015年9月

2015年9月26日 (土)

国有企業への党の指導の強化で更に中国経済低迷か

 日本時間今日(2015年9月26日)未明までワシントンで米中首脳会談が行われていました。その後の共同記者会見の様子なども報道されていますが、私の印象では、あんまり新鮮味とインパクトのある内容はないなぁ、という感じです。オバマ大統領も記者の側も「本当に質問して欲しいところ」「習近平主席にとって『痛いところ』」を突いていないからだと思います。

 「習近平主席にとって『痛いところ』」を突いた質問とは、「国有企業改革をやる、と言っているけれども、共産党一党独裁体制を維持したままで、そんなことはできるのか」「中国企業の活動を活性化し、中国経済を順調に成長させるためには、中国共産党による一党独裁体制をやめるのが最も効果的なのではないのか」といった質問です。答はわかりきっている(「中国の国情を考えたら共産党の一党独裁が最も優れている」「外国の人が内政干渉するのはやめて欲しい」と答えるに決まっている)し、記者の場合、こんな質問をした報道機関は、次回から中国高官が出席する記者会見に入れてもらえなくなるから、誰も質問しないんでしょうけどね。

 9月13日、中国共産党中央と国務院は「国有企業改革の深化に関する指導意見」を発表しました。また、9月18日、李克強総理は、「国有企業の改革と発展を深化させるための座談会」で、今後の国有企業改革について語っています。ここでいう「国有企業改革」とは、国有企業のメカニズムに活性がなく、管理がうまくいっていないとの問題意識に立ち、国有企業における現代的な企業制度と市場化経営システムを強化しようというものです。李克強総理は、上記の座談会で「いわゆる『ゾンビ企業(=死に体企業)』や長期欠損を続ける企業を急いで処理する」と強調しています。大いにもっともなことで、中国政府も、イノベーションを生まない効率の悪い国有企業を市場から退場させる必要があることはよく認識しているのだと思います。

 これらの一連の動きは、習近平主席の訪米を前にして、中国政府としても、国有企業を改革し、中国経済を活性化させようと努力している姿勢を示すためのものと思われます。

 一方、同じ頃、中国共産党中央弁公庁は、「国有企業改革の深化の中における党の指導を堅持し党の建設を強化することに関する若干の意見」を発表しています。国有企業における「市場原理に基づく企業経営」と「中国共産党による指導の堅持」とは矛盾するように思えますが、この点については、2015年9月21日付け「人民日報」2面にQ&Aの形で解説されています。それによると、例えば、「取締役会による経営者層の人員選定作業において、党の上級組織部門及び国有資産監視監督委員会は、標準を設定したり、選定方法の規範を示したり、検討に参与したり、人員を推薦したりする役割を果たす。」としています。

 これは、国有企業幹部による企業資産の私的使用や着服といった腐敗現象をなくすために党の上部組織及び国有資産監視監督委員会による国有企業の管理を強化するためのもの、ということのようですが、これでは国有企業の独自の経営判断権を奪うに等しいと言えます。そもそも、毛沢東時代には「国営企業」と称していた組織をトウ小平氏の時代に「国有企業」と言い改めたのは、国は国有企業の「所有者」ではあるが各企業の経営方針は各企業の取締役会に任せ、国は企業の経営には口を出さない、という考え方を示すためのものでした。今回の「指導意見」は、こういった1978年に始まった「トウ小平氏の改革開放路線」の根幹の部分について、時代を毛沢東時代に逆転させたものだ、と言えます。

 この点については、9月23日に放送されたBS日テレ「深層News」の「中国経済の何が危機?バブル崩壊の実態検証」の中で柯隆氏(富士通総研主席研究員)も同様の懸念を示していました。(柯隆氏は別のテレビ番組でも「最近の習近平主席は、まるで毛沢東時代に戻そうとしているように見えるが、中国人民はそれについていけるのかなぁ。」と懸念を示していました)

 上記の李克強総理による「国有企業の改革と発展を深化させるための座談会」と中国共産党中央弁公庁が発表した「国有企業改革の深化の中における党の指導を堅持し等の建設を強化することに関する若干の意見」は、ともに9月21日付けの「人民日報」1面に載っているのですが、党の「若干の意見」の記事の方が李克強総理の「座談会」の記事より上に載っています。また、李克強総理は座談会の発言の中で「国有企業改革は幅広い面に及ぶので、党の国有企業に対する指導を強化し進化させる必要があり、企業における党組織が政治的核心作用を十分発揮させるようにしなければならない」と発言しています。要するに「国有企業改革」よりも上位の概念として「中国共産党による国有企業に対する指導の強化」が位置付けられているのです。

 おそらく、中国共産党による指導を強化した上で行われる「国有企業改革」は、各国有企業の自主的な経営判断を阻害し、イノベーションを遅らせるとともに、例えば地域の雇用を守るためにリストラを行わない、といった「本当の意味での企業改革」を遅らせる効果を生むでしょう。「改革」とは言っていますが、今打ち出されている「国有企業改革」は、中国経済の活性化の観点からはおそらくは「改悪」になります。こういう方針であるならば、中国経済は、例え「ハードランディング」は避けられたとしても、長期的な低迷状態の泥沼に沈み込むことは間違いないと思います。

 そもそもトウ小平氏の「改革開放路線」は、農業における農家請負制(国が決めた「請負生産量」を確保できれば、それ以上の生産(または追加的な別の種類の農産物の生産)は各農家の責任で自由にやってよい、という制度)が出発点でした。この制度は、農民の「やる気」を爆発的に解放し、1980年代以降、生産量を大幅に増やしました。

 同じ考え方は工業分野でも行われ、最初は1980年代「工場長責任制(製品の改良や雇用、設備投資等を工場長の判断に任せ、国は口を出さない。その代わり経営の振るわない工場長は辞めさせる)」といった形で始まり、次第に(業種によりますが)経営責任者が利潤を留保して資本財を購入することも認められるようになりました(1980年代は、個人による資本の留保や資本財の所有は認められていなかったため、民間企業は最初は資本財を必要としない旅行代理店のようなサービス業から始まりました。私が駐在していた1988年当時、トラック数台程度の「資本財」の「私有」は認められ始めていたので、1988年頃、北京では民間の「引っ越し業者」が現れ始めていました)。

 「経営者独自の創意工夫で新たな製品・サービスを開発できる」というシステムは、一部の国有企業でイノベーションを進め、1980年代以降の中国経済の急速な発展の一部を支えてきました。一方で、特に朱鎔基時代(1992年~2002年)には、非効率な国有企業は破産させられました(破産手続きを規定した「中華人民共和国企業破産法(試行)」が公布されたのは1986年12月。正式施行は2007年)。

 「ゾンビ企業」を破産させて市場から退場させる必要があることは、中国政府もよくわかっていることです(上記に紹介したように李克強総理もそういう趣旨の発言をしています)。しかし、「党の指導強化の堅持に関する若干の意見」にあるように、国有企業の経営層の人選について党が関与することになると、党として経営がうまくいかなかった国有企業を破産させることができなくなるおそれがあります。党の推薦した経営者が経営に失敗し、その会社を破産させて労働者を失業させたら、結果的に党が労働者の失業を生んでしまったことになるからです。「党の関与により国有企業を破産させられなくなる」のだとしたら「破産法」を作った意味がなくなります。

 国有企業の破産がスムーズに行われなくなれば、企業の新陳代謝が滞ることになり、中国経済全体の活性が失われることになります。

 私は9月5日付けのこのブログに「軍事パレードで見えた『改革開放の中国』の終わり」と書きました。今回の「国有企業改革の深化の中における党の指導を堅持し等の建設を強化することに関する若干の意見」を見ると、単にイメージとして「改革開放が終わった」のではなく、実質的政策において1978年に始まったトウ小平氏の「改革開放政策」が終わった、と見るべきでしょう。「改革開放政策」が1980年代以降の中国の経済成長の推進力であったことを考えると、必然的に、今後の中国経済は「改革開放政策」という推進力を失って長期にわたり低迷する期間に入った、と見る必要があると思います。

 従って、例え「経済のハードクラッシュ」がなかったとしても、中国経済の低迷が今後長期にわたり世界経済の足を引っ張り続ける可能性があります。(そして、そういう低迷した経済状態が長期に続くと、中国人民の不満が鬱積し、政治的安定性に問題が生じるのではないか、という新たな懸念が生じます。今後は政治的原因によって中国が「ハードクラッシュ」を起こす可能性が高まることに警戒が必要です。これは1989年6月3日まで「民衆が政治的不満から大きな運動を起こしても、中国共産党にはそれをコントロールする能力がある」と思っていた私自身に対する自戒でもあります)

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2015年9月19日 (土)

アメリカFOMCを巡る中国の動き

 アメリカの中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)は、9月16~17日にFOMC(連邦公開市場委員会)を開き、今回は利上げを見送る決定を行った旨を公表しました(会合結果の発表は日本時間9月18日(金)午前3時)。決定会合後の記者会見で、FRBのイエレン議長は、利上げを見送った理由として、中国を含む新興国経済に不確定要素があり、それがアメリカ経済にどのように影響を与えるか更に見極める必要があるため、と指摘しました。

 FRBは、その任務として、アメリカ経済の雇用と物価の安定化を求められているのであって、世界経済のコントロール役ではありません。よく「FRBはアメリカの中央銀行であって、世界の中央銀行ではない」と言われます。しかし、経済がグローバル化している今日、世界経済は必ずアメリカ経済に跳ね返って来ますので、FRBとしてもアメリカ以外の国々の経済にも目配りをする必要があることを今回のFOMCで明確に表明したことになります。

 今回(2015年9月)のFOMCでアメリカが7年にわたって続けてきたゼロ金利政策を解除して利上げするのではないか、と言われてきました。8月11日に中国人民銀行が人民元の対ドル為替レートの基準を人民元安の方向に切り下げたのも、9月のアメリカの利上げの可能性を前にして、アメリカの利上げに伴うドル高によってドルを基準にして変動してきた人民元がドル以外の通貨に対して高くなりすぎることを防ぐためだった、との見方もありました。

 FOMCがその会合の結果を公表する約7時間前の北京時間9月17日(木)夜、中国の新華社は「中国共産党中央と国務院の開放型経済構築のための新経済体制に関する若干の意見」という文書を公表しました(9月17日(木)木の中国中央テレビの夜7時のニュース「新聞聯播」で報じられ、翌9月18日(金)の「人民日報」1面トップで伝えられた)。

 この文書は、既に今年5月5日に決まっていたもので、「経済のグローバル化に鑑み、国際標準と貿易規則に適応した管理方式を確立する」などとうたっていますが、今まで全人代などいろいろな場面で表明されてきた中国の経済政策の運営方針と基本的に同じであり、「新鮮味」のあるものではありませんでした(そのため、日本のマスコミはほとんど無視して報じていません)。

 5月に決まっていた文書をこのタイミングで公表したことの意味は何なのか、について、私は、中国がアメリカFRBに対して「抗日戦勝利記念軍事パレードを催すなど、中国は改革開放経済政策をやめるのではないか、との懸念もあるようだが、中国の開放型経済への努力は変わっていない。今一生懸命、新しい経済体制の構築のために努力しているのだから、アメリカは今利上げするのはやめて!」というメッセージを送りたかったのではないか、と思いました。

 一方、FRBのイエレン議長は、FOMC後の記者会見で、極めて率直かつ正直に、今回利上げしなかったのは、中国をはじめ新興国経済などアメリカ以外の経済状況がアメリカ経済に与える影響を見極める必要があるためであることを表明しました。イエレン議長は、言葉を選んで、ことさら「中国が心配なので」というトーンに聞こえないように説明していたと私は思いますが、市場関係者は「あぁ、やっぱりFRBも中国経済のことが心配なんだ。中国の状況はそれほどよくないんだ。」と感じたからか、FOMC決定翌日の9月18日(金)の日欧米の株価は大幅に下落しました。

 9月17日夜に中国が公表した文書がFRBに対する「利上げしないで!」と訴えるメッセージであったのかどうかは別にして、中国は今回のFOMCの判断に対して大きな関心を持っていたことは間違いないと思います。アメリカの利上げとドル高は中国経済に大きな影響を与える可能性があるからです。ところが、9月18日(金)の「新聞聯播」や9月19日(土)の「人民日報」では、今回のFRBの利上げ見送りについては報じていません。

 もちろん、ネット上では報じた記事もあり、別に「報道規制」をしているわけではありません。ただ最も公式な報道である「人民日報」と「新聞聯播」が今回のFOMCの結果を報じていないことについては、今まで、QE3(量的緩和第三弾)の縮小開始や終了に当たっては普通に報道していたことと比べると、私は「何かちょっと変だな」と思いました(金融政策を「変更しなかった」のだから報道する必要はなかった、というのがおそらくは公式見解なんだと思います)。

 いつも書いていますが、私は「新聞聯播」や「人民日報」については、「何を報じるか」ではなく「何を報じないか」が重要だと思っています。今回、イエレン議長が記者会見で中国を名指しして中国経済の今後について注視していく旨を語っているのにそれを「人民日報」や「新聞聯播」が報じなかったのは、イエレン議長の指摘が「中国の痛いところを突いていたからだ」と考えるべきなのだと思います。(ちなみに日本の安保法制に関する動きについては、「新聞聯播」や「人民日報」では、他国の法律制定に関する動きをそこまで報道しなくてもいいのに、と思うくらい、しつこく報じています)。

 株価の暴落や悪い経済指標が続いていることに対して、中国政府は累次「景気対策」を講じてきています(NPO法人日中産学官交流機構のホームページで、同機構の特別研究員の田中修氏が「田中修レポート」の中で累次の景気対策について紹介しています。9月17日にアップした分までで「景気テコ入れ策(7)」まで来ています)。ただ、これらの「景気てこ入れ策」は、政府の許認可の簡素化、中小企業や農村への融資の拡大方策、などであって、パンチのある決定打、とはなっていないようです。

 アメリカFRBのイエレン議長が「中国など新興国の不確定要素」を指摘しているのに「新聞聯播」や「人民日報」が反論しないのは、中国自身が経済が困難に直面していることを認識しており、累次の対策を講じているけれども、それらは劇的な即効性のある対策ではなく、効果が出るとしても時間が掛かるものであることを中国自身が自覚しているからでしょう。

 来週は習近平主席が訪米しますが、オバマ大統領との米中首脳会談の際の記者会見などにおいて、習近平主席には、中国経済の現状認識と対策について、ぜひ世界に向けて虚心坦懐に語って欲しいと思います。今、世界の多くの人が感じている不安の中心は、中国経済の減速という事実そのもの以上に、中国の指導者が何を考えているのかわからない、という点にあるわけですから。

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2015年9月12日 (土)

習近平主席が目指すのは人民解放軍の大改革らしい

 今日(2015年9月12日)の「人民日報」の1面トップ記事は、中国共産党政治局会議で「生態文明体制改革総体方案」と「社会主義文芸の繁栄と発展に関する意見」について審議し決定したことでした。エコに配慮した社会を目指すことは重要な政策課題だとは思いますが、貿易統計や物価指数などで中国経済の大減速が明らかになる統計数字が相次いで発表されるなか、タイミング的にいささか「ピンぼけ」の感があります。

 特に「社会主義文芸の繁栄と発展に関する意見」の方は、「『中国の夢』という時代のテーマに焦点をあて、社会主義核心価値観を育て高め、愛国主義の旋律を歌い上げ、優秀な中華文化を高揚して伝承し、中国精神を持って社会主義文芸の魂としなければならない」といった内容で、「完全に『文化大革命』と同じじゃないか」という印象で、大いなる「時代錯誤感」を感じます(「中国の夢」「中華文化の高揚と伝承」を強調している点で、『文化大革命』と違って復古的・国粋主義的な風合いを感じますが)。少なくとも、私が知っている21世紀の中国人民の「好み」とは全くマッチしていないと私は思います。

 こうした「時代錯誤感」に加えて、私が一番問題だと思うのは、習近平主席が中国をどちらの方向にリードしようと思っているのか全く見えない、ということです。江沢民氏の「三つの代表重要思想」も最初は何を意味するのかわかりにくいものでしたが、次第に「農民・労働者だけではなく資産家階層も中国共産党員に取り込む」という意味であることがわかりました。胡錦濤氏の「科学的発展観」もわかりにくい言葉でしたが、「格差を是正しながら社会を発展させよう」というスローガンであろうことはわかりました(それが実現したとは思いませんでしたが)。これら過去の指導者の「スローガン」は、いい悪いは別にして、時代の流れに合致した方向性を持っていたと言えると思います。

 一方、習近平主席の「中国の夢」「中華民族復興の夢」は、「世界の中でアヘン戦争以前の大清帝国時代に持っていた中国の力量を発揮させよう」ということであろうことは想像できるのですが、これは明らかに現在の国際情勢から見れば「時代錯誤」です。また、そのために中国社会の発展をどのように進めるのか(江沢民氏のように全体の経済発展を重視するのか、胡錦濤時代のように格差是正に重点を置こうとするのか)の「基本路線」がわかりません。なので、どのような政策が今後打ち出されるのか予想ができないことが、世界に「今後の中国経済に対する不透明感」をもたらしているのだと思います。

 ただ、ここに来て見えてきたのは、習近平主席の最も重要な政治目標は、既得権益集団と化してしまった人民解放軍を大々的に改革して、自らの指揮の下、軍を本来目的(国防と治安維持)に立ち戻させようとしていることのようです。「中国の夢」も、人民解放軍に対して「国防という本来業務に戻れ」と命じているのだとしたら、「時代錯誤」ではなく、今の中国の状況にマッチした方針であると言えるのかもしれません。

 中国経済の立て直しの根本は国有企業改革ですが、人民解放軍が軍の本来目的と離れて国有企業と組んで既得権益集団化しているのだとしたら、国有企業の部分だけ改革しても、改革は進みません。習近平主席が行おうとしていることが、まず第一段階として人民解放軍の改革(軍と一部国有企業の癒着構造の解体)、第二段階として国有企業全体の改革、だとしたら、その改革方針は「正しいもの」であると言えるでしょう。

 習近平指導部が人民解放軍の大規模な改革を検討していることについては、2015年9月9日付け日本経済新聞朝刊6面の記事「中国軍、大規模改革を検討 陸・空・海を統合運用へ」で報じられています。また、この点は、中央公論2015年10月号の特集「習近平の実力」の中にある東京財団研究員・政策プロデューサー小原凡司氏の寄稿「胡錦濤と結び、人民解放軍を掌握した力業」でも論じられています。小原氏は、江沢民氏に抜擢された人物が牛耳っていた人民解放軍を前にして、習近平氏は、胡錦濤前主席(中国共産主義青年団関連派閥の長として李克強総理と近い)と結託して、江沢民氏に近い人民解放軍内の人物を排除してきている、と指摘しています。この見方は、政策の方向性としては反目してもおかしくない習近平主席と李克強総理が政権内で共存している現状を鑑みれば、非常に説得力があると思います。

(注)「人民日報」や中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、9月10日に行われた大連での経済フォーラム「夏季ダボス会議」での李克強総理の基調演説を大きく扱っています。習近平主席による「抗日戦勝利70周年軍事パレード」も李克強総理の経済政策に関する演説も同じように大きく報じられている現状を見ると、少なくとも習近平主席と李克強総理の間が「ギクシャク」していて政権運営がうまくいっていない、とは見えません。李克強総理は2013年に打ち出した改革政策「リコノミクス」が頓挫して面白くないところだと思いますが、習近平主席と李克強総理は、一定のラインで妥協が成立しており、お互いに協力していくことについては合意しているように見えます。

 そもそも、中国国内では政治的に極めてデリケートなはずの人民解放軍の改革の問題が外国のメディアで報じられているということ自体、既に中国共産党の内部では、人民解放軍の改革については、党内有力者の了承を得た上で、「決まったこと」になっていると想像されます。

 もうひとつ象徴的な出来事は、9月9日に行われた元中国共産党軍事委員会副主席(人民解放軍制服組トップ)の張震氏の葬儀に、江沢民氏が参列し、その様子が「新聞聯播」でも放映されたことでした。習近平政権になってから、葬儀に送られた花輪を紹介する順番は、現役の政治局常務委員の7人、江沢民元主席、胡錦濤前主席の順番となっています。葬儀に参列する際の参列の順序も同じです。ただ、江沢民氏は高齢のためか、花輪は捧げるものの、自ら元幹部の葬儀に参列することはありませんでした(少なくとも私は見たことはなかった。胡錦濤前主席は、参列するケースと参列しないケースとがあった)。

 私が江沢民氏の映像を見たのは、去年(2014年)の国慶節前夜の祝賀パーティーに出席した時に江沢民氏、李鵬元総理、胡錦濤前主席が参加したのを紹介されたときでした。その後、今年9月5日に行われた「抗日戦勝利70周年軍事パレード」の際、天安門の上に、江沢民氏、胡錦濤氏、李鵬氏らがいたことは、世界に報じられたとおりです。7月22日に行われた元全国人民代表大会常務委員会委員長の万里氏の葬儀の時には、江沢民氏は花輪を送っただけで、参列はしませんでした(胡錦濤氏は参列した)。全人代常務委員長の方が党軍事委員会副主席よりは序列は上なので、江沢民氏が万里氏の葬儀には参列せず、張震氏の葬儀に参加した、というのは、純粋に序列の観点から言ったら「不自然」です(ただし、張震氏は、江沢民氏が党軍事委員会主席をやっていた時の副主席なので、「個人的親密度」から言ったら江沢民氏にとって張震氏は万里氏より親近感があったと思われるので、個人的心情から言ったら全然「不自然」ではない)。

 死去した元幹部の葬儀に「参列する・参列しない」が個人的心情とは関係なく、政治的メッセージを伝える手段として使う、と考えるのであれば、今回、江沢民氏が現役の政治局常務委員7人の後の順番で葬儀に参列した、という事実は、江沢民氏は習近平氏をトップとする現在の政権の方針に従うと意思表示したことを示すと言えます(御本人に聞けば、葬儀に出る・出ないでそういう「邪推」はしないで欲しい、と言うに決まっていますが)。

 つまり、人民解放軍の改革に関する各種報道と最近の一連の行事(軍事パレード及び張震氏の葬儀)を踏まえると、習近平氏は、既に人民解放軍の大改革を行うことを決定しており、そのことについては江沢民氏も了承していることを内外に示した、と言えるでしょう。9月5日の「抗ファシスト戦勝利70周年軍事パレード」における演説において、習近平主席が中国軍を30万人削減する計画であることを明言したことも人民解放軍の改革の一環なのでしょう。

 問題は、そうした習近平主席の改革に対して、人民解放軍の末端組織が反発しないか、ということです。9月2日、アメリカ国防総省は、ベーリング海で中国人民解放軍の軍事艦艇が展開していることを発表しました。当時、オバマ大統領がアラスカ州を訪問しているところでした。この手の発表は、「米中の情報戦の一種」で、例えば、アメリカは前から知っていたけれどもこのタイミングでわざと発表した、という可能性も考えられるので、軽々に判断するのは難しいのですが、こういった人民解放軍艦艇の動きが習近平党軍事委員会主席の指示によるものなのか、現場の独断なのか、については、注意を要します。例えば、以前、習近平主席がインド訪問中に、中国とインドが国境線について係争している地域で、人民解放軍が係争地域に進出する、といった動きがありました。人民解放軍の末端組織が党中央の意図に反して勝手に動く、ということが「よくあること」である可能性があるからです。

 人民解放軍は、中国共産党の軍隊であって、中華人民共和国政府の軍隊ではありません(従って、国務院には人民解放軍の指揮権はない。この点は、旧ソ連軍と中国の人民解放軍とで最も異なる点。旧ソ連軍は、党の軍隊ではなく国家の軍隊だった)。憲法上、中華人民共和国政府の機関である国家軍事委員会(主席は習近平氏)が人民解放軍も含めた武装勢力を統括することになっていますが、国家軍事委員会のメンバーは中国共産党軍事委員会のメンバーと同じであり、軍の指揮権は中国共産党にあり、実質的に中国政府に人民解放軍の指揮権はありません。この状況は「軍隊の統帥権は天皇にあるのであって、内閣に軍隊を統帥する権限はない」としていた旧日本軍と似ています。つまり、制度上、外交の責任を持つ中国政府の意図に反して人民解放軍が行動を起こす可能性があるのです。習近平主席がそうした事態が起こらないよう、人民解放軍の全てを自らの統率下に置こうとしているのだとしたら、それは「正しい改革」なのでしょう。

 問題は、習近平主席には、毛沢東やトウ小平のような人民解放軍に対するカリスマ的統率力がないことです(既に習近平氏の完全な統率力は確立されたのだ、との見方もある。中央公論2015年10月号の「習近平の実力」と題する特集はそういう問題意識の下で組まれたもの)。習近平主席の人民解放軍改革が例え「正しい改革」であったとしても、軍隊の内部にまで手を突っ込んだ改革については、今後、予想できない事態が起こる可能性は常に考えておかなければなりません。今、世界の関係者が「中国の今後に対する不透明感」に戦々恐々としていますが、その状況は、今後も続くと考えざるを得ないと思います。

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2015年9月 5日 (土)

軍事パレードで見えた「改革開放の中国」の終わり

 「これは21世紀における『改革開放の中国』ではない」というのが、9月3日に行われた中国の抗ファシスト戦勝利70周年記念軍事パレードをテレビで見た私の感想です。

 「軍事パレードを前にヒナ壇に並ぶ有力者の顔ぶれを見て、党内の勢力関係を類推する」というのは、文化大革命期の中国、旧ソ連そして北朝鮮にそのイメージが重なりますが、私としては、21世紀の中国において、同じような光景が再び現出して欲しくなかったところです。

 2015年9月3日の天安門の上には、習近平国家主席に並んで、ロシアのプーチン大統領、韓国のパク・クネ大統領、国連のパン・ギムン事務総長らがいましたが、さらに江沢民元国家主席、胡錦濤前国家主席、李鵬元総理、朱鎔基元総理、温家宝元総理、そして失脚した周永康氏を除く中国共産党政治局常務委員経験者の面々が並びました。これは国家主席経験者も含めて、中国共産党の全てを習近平総書記が掌握していることを示す極めて重要な場面でした。また、この場面に江沢民氏、李鵬氏もいたことで、1989年の六四天安門事件に対する評価の見直しは絶対にないことを改めて示したと言うこともできます。

 翌9月4日の「人民日報」1面トップ記事に掲載されていた写真は、習近平総書記のものだけで、江沢民氏や胡錦濤氏の写真はありませんでした。前回の軍事パレードである2009年10月1日の国慶節での軍事パレードについては、翌日の「人民日報」トップの記事では、当時の胡錦濤総書記の写真の隣に、同じ大きさで江沢民元総書記の写真も掲載されていました。これは、胡錦濤政権(2002年~2012年)が、その後半であっても江沢民氏の支配力から逃れられていなかったことを示すものでした。

 その意味で、今回の「人民日報」1面トップ記事が習近平総書記の写真しか掲載しなかったことは、習近平氏が過去の総書記経験者の影響力を完全に排除し、権力を一手に集中させたことを示すものだった、と言えるでしょう。

 国産車に乗っての天安門前での主席の閲兵といえば、文化大革命初期の1966年8月18日の「文化大革命祝賀大会」における毛沢東主席の紅衛兵の閲兵が強烈に印象に残っていますが、習近平氏も同じイメージを内外に示したかったのではないかと思われます。

 軍事パレードのあった日の夜に各国賓客を招いて行われた「抗日戦勝利70周年記念文芸の夕べ」の様子が中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」で紹介されていましたが、上演されていた演目は、革命期の中国共産党の活躍を讃える出し物で、私には文化大革命の時期に四人組の一人の江青女史が好んだ「革命的現代バレー」のように見えました。雰囲気は文化大革命期そのものでした。

(この「文芸の夕べ」には、プーチン大統領も参加したようですが、テレビで見る限り韓国のパク・クネ大統領は参加しなかったようです。この「文芸の夕べ」は、ほとんど「北朝鮮と同じじゃないか」という雰囲気のものなので、もしパク大統領がこの会に出ている様子が韓国内で放映されたら、政治的にかなりまずいことになっていただろうと想像されます)。

 私は、この軍事パレードに際して、テロやサボタージュ(破壊工作)による化学工場の爆発などがあるのではないか、と心配していたのですが、何事もなく無事に軍事パレードが終了して何よりでした(新疆ウィグル自治区で騒ぎがあったという報道もありますが)。

 軍事パレードの後、習近平主席は、プーチン大統領やパク大統領、パン国連事務総長と個別会談をやったようですが、「新聞聯播」で見たこの個別会談の時の習近平主席の表情は、非常ににこやかであり、いかにも「大きなイベントを無事終了してほっとした」という表情でした。欧米の首脳は来なかったものの、江沢民元主席、胡錦濤前主席も出席して、無事、セレモニーを終了し、内外に「自分が党内の全てを掌握している」ことを示す、という目的が達成できたことで習近平主席には達成感があったのだと思います。

 今日(2015年9月5日)付の「人民日報」には「習近平的『勝利日時間』」と題する9月3日の習近平主席の1日の行動記録が載っていました。ここで言う「勝利日」とは、もちろん「抗日戦勝利70周年記念日」を省略したのもですが、パッと見、この見出しは「習近平の勝利の日」のようにも見えます。

 今(日本時間2015年9月5日夜の時点)、トルコのアンカラでG20財務大臣・中央銀行総裁会合が開かれていますが、この会合に中国人民銀行の周小川総裁が参加していることは、私にとっては大きな安心材料です。というのは、私は、人民元の実質的な切り下げ等の「ちぐはぐ」に見える金融政策は百戦錬磨の周小川総裁らしくない、と感じていたので、もしかして権力闘争の中で周小川総裁は更迭されたのではないか、と心配していたからです。

 問題は、習近平主席が文化大革命期のような「一点権力集中型政治体制」を確立できたとして、現在の中国が抱える経済的問題に対処できるのか、という点です。現在の中国の「改革開放」の体制は、1978年、トウ小平氏が始めたものでした。その考え方は、文化大革命期の「理念主義」「個人崇拝主義」を排し、政治的には中国共産党の一党支配を維持しつつ、経済的には国有企業も含めて個々の企業に自由な経済活動を許し、外国の資本と技術を導入して、市場原理に基づいて、経済の効率化と高度化を進める、というものでした。

 私が最初の北京駐在をしていた1988年4月、長安街と東四大街の交差点にあった赤地に白抜きで書かれていたスローガン「偉大なマルクス・レーニン主義、毛沢東思想万歳!」は塗り替えられて、青や白を使ったカラフルなスローガン「自力更生、刻苦創業、社会主義経済建設をやり遂げよう!」に変わりました。同じ頃、中国人民広播電台(ラジオ局)のFM放送で「美国音楽一個小時(「アメリカン・ミュージック・アワー」の中国語訳)が始まり、ジョン・デンバーやマイケル・ジャクソン、マドンナ等の曲が流れました。この頃、各地の毛沢東像は次々に撤去されていきました。当時の指導者は、「日本人民は日本軍国主義の被害者だった」と述べており、今の日本との間では「日中友好関係」を強調していました。日本の過去の軍国主義は厳しく批判していたものの、決して「反日」ではありませんでした。

 これらの施策は、日本や欧米諸国から技術と資本を導入し、中国国内では企業間の競争原理に基づいて、経済発展を図ろう、というトウ小平氏の「改革開放政策」の考え方に則ったものです。こうした1980年代後半の自由な雰囲気は、政治的には1989年の「第二次天安門事件」(六四天安門事件)で挫折してしまいますが、経済面で市場原理を導入するトウ小平氏の考え方は、1992年のトウ小平氏の「南巡講話」で再確認され、その後、中国は急速な経済発展を遂げたのでした。

 実際、その後、中国では、国有企業であってもハイアール(家電)、レノボ(パソコン等)、ZTE(携帯電話等)等の国際競争力のある企業が発展し、優れた民間企業も数多く生まれ、バイドゥ(ネット検索)、アリババ(ネット通販)、シャオミ(格安スマートフォン)など急速に発展するIT関連企業群も発展しました。これらは「改革開放政策」の成果でしょう。

 この状況において、習近平主席は今「トウ小平氏の改革開放政策」以前の「一点権力集中体制:経済も中国共産党が支配する」という「先祖返り政策」をとろうとしているように見えます。中国政府が自由な企業活動に基づく景気変動をコントロールできなくなりつつあるので、政府による経済コントロールを強化したいと考えているからかもしれません。しかし、それは中国の各企業の意欲を削ぎ、外国企業の対中投資を減退させ、中国経済にブレーキを掛けることはあっても、中国経済を活性化させるとはとても思えません。

 私は北京に駐在していた1988年の正月、本社あてに「年頭所感」としてメモを送りました。そこには次のように書かれています。

「中国が、『何をするかわからない訳のわからない国』から既に脱却して、世界経済という土俵の上に上がり込んで西側諸国と一緒に同じルールで相撲を取るようになったのだ、と言いたいのである。」

 2015年、習近平主席は、中国を「何をするかわからない訳のわからない国」に再び戻そうとしているように見えます。もし、そうではない、今後とも「改革開放政策」は推進して中国経済の活性化を図るのだ、と考えているのなら、習近平主席はそういうメッセージを内外に発する必要があります。

 2007年~2009年、20年ぶりに二回目の北京駐在をして感じたのは、中国共産党による支配という体制は変わってはいないけれども、この間、中国人民の権利意識は格段に進歩し、許された範囲内で時局を論じる新聞メディアが発達し、インターネットやSNSの発達により中国人民どうしの情報交換のツールが格段に発展していることです。既に中国社会は1980年代以前とは全く変わっています。今、もし習近平主席が「1980年代のトウ小平氏の改革開放政策」以前の時代の政策に戻そうとすれば、その政策は中国人民の意識と完全な「ミスマッチ」を起こすでしょう。

 1987年1月、前年末からの学生運動の責任を取らされる形で当時の胡耀邦総書記が辞任しましたが、辞任を伝える「新聞聯播」のアナウンサーは、いつもの背広姿ではなく中山服(人民服)で登場しました。この映像により、世界の人々は「中国は、また文化大革命の時代に戻るのか!」と色めき立ちました。この世界の反応に中国当局は当惑し、この後、中国政府は世界各国に対して「改革開放の方針は全く変化しない」と必死に説明することを余儀なくされました。1980年代の中国にとって、世界から「文化大革命の時代に戻るのではないか」と疑われることが最も嫌だったからです。

 このエピソードは習近平主席もよく知っているはずです。ところが今回、習近平主席は、あえて自らが人民服を着て人民解放軍を閲兵する映像を世界に見せました。このことは、習近平主席が「1980年代の『改革開放の中国』は終わったのだ」と自ら宣言したいと思ったからだ、と私には思えます。

 「改革開放の中国」が終わった後の中国がどのように進むのか、私にはまだ想像ができません。また今でも「改革開放の中国」の政策を進めようとしている李克強総理や周小川中国人民銀行総裁がこれから習近平主席とどのように「折り合い」を付けて政策を進めていくのか、についても想像ができません。この種の「不透明感」が今まだ世界同時進行で続いている株価の乱高下の背景にあると思います。

 今月9日から大連で始まる経済フォーラム(通称:夏季ダボス会議)に李克強総理が出席するそうです。今月下旬には習近平主席が訪米する予定です。習近平主席と李克強総理には、これらの機会を通して、今後、中国の政策をどう進めていく方針なのか、世界の人々にきちんと説明して欲しいと思います。

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