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2015年8月 8日 (土)

中国の「借金による公共投資」による「時間稼ぎ」の有効性

 今週(2015年8月3日(月)から始まる週)の「人民日報」は経済関係の評論が満載でした。一方、先週末から今週前半まで、中国共産党幹部(引退した長老も含む)による非公式会議「北戴河会議」が行われた模様です。「北戴河会議」の開催日程については非公表ですが、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」は8月5日(水)に中国共産党政治局常務委員の劉雲山氏が北戴河で休暇中の専門家の会合に出席したというニュースを伝え、翌8月6日(木)には北京で開かれた死去した中国共産党幹部のお葬式に7人の政治局常務委員が出席した映像を流しています。これは8月5日(水)まで「北戴河会議」が開かれ、無事に終了したことを伝えるものと言えるでしょう。

 以上の点と7月30日に開かれた中国共産党政治局会議で経済問題が議論されたこととを合わせて考えると、7月30日の政治局会議で「新しい経済対策」が議論され、それについてその後開かれた「北戴河会議」で長老達の了解が取り付けられ、この週末にも発表されるであろうことを予想させます。

 通常、こうした経済対策は、最終的に決まって発表されるまでオモテには出ないのですが、今回は、株式市場が不安定になっていることを踏まえ、正式発表を待たずに「北戴河会議」が終わったタイミングで、経済対策の内容が意図的に「リーク」されたようです(中国の場合、中国共産党宣伝部の意向を無視して中国の新聞が情報を掲載することはあり得ないので、正式発表がない段階で中国の新聞が記事を掲載したら「当局による意図的リーク」であると判断してよいと思います)。

 その「経済対策」の内容は、8月5日(水)の中国の新聞に掲載され、翌8月6日(木)には日本の新聞でも報道されました。(例:日本経済新聞2015年8月6日(木)付け朝刊6面記事「中国、債券6兆円発行 政府系金融2行 景気下支え強化 現地報道」)。

 この報道によると、今回の「経済対策」は、政府系金融機関(開発銀行と中国農業銀行)に計3,000億元(約6兆円)の債券発行を特別に認め、発行した債券は国有の中国郵政貯蓄銀行が引き受けることによって得た資金で、地下鉄網の整備、農村の貧困地区の開発、水利施設の開発などのインフラ事業を行う、というものです。記事によれば、債券発行は3年間で1兆元(約20兆円)に達するとの見方もあるとのことです。

 今回の経済対策は、リーマン・ショック対策のために2008年11月に打ち出された「2010年末までに4兆元(当時のレートで約60兆円)」の景気対策と比べると数分の1の規模ですが、「借金によりインフラ投資を行う」という意味では、同様の景気刺激策と言えると思います。

 記事によれば「バラマキを防ぐために、中央政府が認めた事業だけを投資対象とする」としているようですが、2008年の4兆元の対策の時も同じようなことを言っていましたので、リーマン・ショック対策と性格が異なるとは言えないと思います。それどころか、記事によれば、今回は「発行した債券は国有の中国郵政貯蓄銀行が引き受ける」としており、最初から「借金は中央政府が尻拭いする」という前提を明示的に打ち出している点で、「恥も外聞もない露骨さ」が目に付くと思います。

(参考)このブログの2008年11月28日付け記事
「『史上最大のバブル』の予感」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-793d.html

 上記のブログの記事で、私は当時2008年の4兆元の景気対策について「史上最大のバブルを呼ぶ」と書いたのですが、今回、また借金によるインフラ投資によって「景気下支え」を行うのならば、「史上最大のバブル」を「再び新たなバブルを作ることによってバブルの破裂を先送りにした」と言えるでしょう。しかし、「バブルがはじけそうになると、新たなバブルを作ってはじけるのを先送りにする」という手法は、どこかで行き詰まることは明らかです。

 この手の「借金による公共投資」については、日本も1990年初のバブル崩壊後、多額の国債を発行して公共投資を行ったのだから、中国当局の政策を批判する資格は日本にはないはずだ、との見方もあります。確かに、日本はこの政策によりGDPの2倍に及ぶ公的債務を抱えることになった上、「バブル後の失われた時代」から回復したかどうか現時点(2015年の時点)でも定かではないのですから、その批判には一理あると思われます。

 ただし、重要な視点として見なければならないのは、「借金による公共投資による景気下支え」は「民間企業が力を復活させるまでの間の時間つなぎ」のための政策であるので、「民間企業に活力を復活させようとする意志と能力があること」が大前提となるが、中国にはそれがあるのか、という点です。

 日本の場合、「1990年代初のバブルからの回復」については、未だ道半ばであり、最終的な評価は出せませんが、日本の各企業はバブル崩壊後の四半世紀、もだえ苦しみながら経営の大転換を図ってきました。1980年代にあった富士銀行、第一勧業銀行等の大手銀行は再編され、シャープ、ソニー、パナソニックなど日本を代表する大企業も自らの変化に苦しんでいます。1980年代当時中国市場でカラー・フィルムの市場争いをしていた富士フイルムは総合化学メーカーとなり、コニカ(旧会社名「小西六写真工業」、フィルムの商品名「サクラカラー」)はミノルタと合併して、現在コニカミノルタとして再編された事業を展開しています。

(注)1980年代の中国でカラーフィルムの販売で日本の二社と激しく市場競争をしていたアメリカのコダック社は2012年に連邦破産法の適用を申請しました(2013年に連邦破産法の適用から脱却)。

 「借金による公共投資」は、こうした各企業の自己努力による事業変革(及び時代に対応できない企業の市場からの退場)を行うための「時間稼ぎ」でしかありません。「時間稼ぎ」の間に、民間企業の再活性化が図られなければ、「借金できなくなるまで公共事業を続ける」という「破綻の道」に進むことを余儀なくされます。

 日本の場合、まだ道半ばではあるものの、各企業は苦しみの中、なんとか「次の時代」に進みつつあるように思います。

 問題は、中国の企業に「時代の変化に応じた自己変革」の意志と能力があるかどうか(また、中国において、時代に対応できない企業が市場から退場できるかどうか)です。

 朱鎔基時代(1992年~2002年)、朱鎔基氏は、前半は中国人民銀行総裁として、後半は国務院総理として、徹底的に国有企業改革を実施し、不採算な国有企業を破産させました。そのため、国有企業を解雇された労働者からは、朱鎔基氏は忌み嫌われていたようですが、この改革は、2000年代までの中国経済の発展を支えたと思います。

 現在の中国の企業の中には、例えばインターネットや携帯電話・スマートフォンの分野で優れた経営を行う会社が数多くあります。私は2007~2009年の北京駐在時に、携帯電話大手のZTEの工場を見学したり、家電最大手のハイアールの方の話を聞いたりする機会がありましたが、これらの大企業は国有企業とは言え、非常に鋭い経営感覚で消費者ニーズの取り込みを行っており、十分国際競争力があると感じました。今の中国は、旧ソ連とは異なり、台湾・香港はもちろん、シンガポールや世界各地の華人経済人の人的資源と経済力を活用できるので、国際競争力のある企業を育てることは十分可能だと思います。

 中国の場合の最大の問題は、一部の「優れた国有企業」以外の「普通の国有企業」が、時代に合わせたマインドによって経営を改革できるか、時代に合わない企業は市場から退場できるか、です。残念ながら、今の中国には、朱鎔基氏のように「嫌われてもいいから不採算企業は切る」という「痛みを伴う改革」を断行できる政治家はいないように思えます。従って、「時間稼ぎのための公共事業」を実行しても、不採算の国有企業(鉄鋼、セメント等)が生き残り、中国経済はそれが重荷となって次の時代へ向けて離陸できないかもしれません。

 また、「中央政府の保証による資金の調達」→「公共事業の実施」→「経済全体の活性化」というリーマン・ショック後の経済対策ではうまく機能した循環が、今回はうまく機能しない可能性もあります。というのは、習近平主席の「反腐敗闘争」が地方政府の幹部を萎縮させているからです。

 習近平主席の「反腐敗闘争」により、地方政府幹部の多くは「ヘタにプロジェクトを開始して『業者と癒着している』と指摘されてはかなわない」として、「何もしない」傾向が強まっているようです。仕事をさぼった場合、左遷されることはあっても、「反腐敗闘争」で逮捕・訴追されることはありませんからね。

 昨日(2015年8月7日)付け「人民日報」2面に掲載された「中国には中高速成長を実現する条件がある(経済観察:専門家が7%を語る)」と題する国務院発展研究センター副の王一鳴副主任による評論文に以下のような部分があります。

「地方財政の圧力がだんだんと増加しており、地方が担当するプロジェクトに対する投資能力が衰弱している。地方幹部において『実行できない』『あえて実行しようとしない』『そもそも実行しようと思わない』の問題が出現していることを重視する必要があり、地方幹部に対する激励システムを再建し、やる気を出すようにしなければならない。」

 つまり、「借金は中央政府が尻拭いするから心配しなくてよい」として資金を用意しても、プロジェクト実施主体の地方政府が公共投資を実施しない可能性があるのです。地方政府幹部(=中国共産党地方幹部)は、地方の業者と癒着してプロジェクト資金の一部をペイバックしてもらえないなら、プロジェクトを実施するメリットはないと考えるのかもしれません。逆にプロジェクトを実施して自分に反対する勢力から「業者と癒着して腐敗している」と告げ口されるのはイヤだ、と考える地方幹部が増え、お金はあるけどもプロジェクトが進まない、という状況が出現する可能性もあります。

 これは、既得権益層である中国共産党地方幹部による「サボタージュ作戦による反習近平闘争」という権力闘争の色合いもあります。こういった「サボタージュ作戦」が蔓延すると、公共事業プロジェクトが進まない、という経済的マイナスとともに、中国国内における政治的ゴタゴタが発生する可能性もあります。

 とりあえず、8月5日(水)に「新たな経済対策」が報じられて以降、上海の株は下げ止まったようですので、いくぶんの「安心効果」はあると思いますが、今回の経済対策に2008年11月の4兆元の景気対策と同じような明瞭な効果を求めるのは難しいと思います。

 さらに、公共事業がうまく機能して景気の下支えに成功したとして、公共事業による「時間稼ぎ」の間に中国の企業が時代に対応した自己変革ができるかが問題となります。「いざとなったら中国共産党が何とか下支えしてくれる」という「甘え」が、上海株に投資している個人投資家だけではなく、多くの中国の国有企業にもある可能性があるからです。

 中国にある日系自動車合弁企業の工場を見学した時に日本人責任者が言っていた言葉が印象に残っています。「日本の自動車メーカーは、どこもリコールに次ぐリコールの苦しい時期を乗り越えてきたが、中国のメーカーにはまだそうした苦しい時期を乗り越えた経験はない。」。私は、この話を聞いて、長い低迷の時期を経験してきた日本の企業は、苦しみの中で獲得した強靱さを持っている、と思いました。

 連日にわたる「人民日報」の「経済成長率7%」を巡る評論掲載を踏まえると、おそらく中国当局は今後本気で経済対策(「株価対策」ではなく)に乗り出すと思うので、今年(2015年)後半の中国経済は何とか「墜落」は免れるかもしれません。しかし、中国企業の構造的マインドの問題(国有企業の自己責任が明確になっていない問題)により、今後の中国は、日本が経験した「失われた20年」以上の長期にわたる苦しい時代に突入していく可能性があると思います。

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