« 天津港大爆発事故への中国政府の対応が少し変 | トップページ | 軍事パレードで見えた「改革開放の中国」の終わり »

2015年8月29日 (土)

世界が見た「中国ハード・クラッシュの悪夢」の正体

 この8月17日から8月25日までの間、日経平均株価は20,620円から17,806円に、ニューヨーク・ダウ平均株価は17,545ドルから15,666ドルに暴落しました。まさに「悪夢」のような状況でした。背景にアメリカの利上げに対する警戒感があったのは事実ですが、きっかけは「8月11日の中国の人民元の実質的切り下げ」「上海総合指数の暴落」「8月21日に民間機関から発表された中国の製造業購買担当者指数(PMI)の予想以上の悪化」により中国の景気減速が強く意識されたことでした。

 ただ、中国の景気減速が事実だとしても、その影響は数か月から年単位で現れるものであり、今回の株価の急落のように急激なショックをもたらすような性質のものではないはずです。今回、世界で同時に株価の暴落が起きたのは、最近の中国政府当局の対応の「ちぐはぐさ」を踏まえて、「中国は今ハード・クラッシュに直面しており、中国政府当局はそれに対する対応能力を失っているのではないか。このまま中国はハード・ランディングへの道へ落ち込み、それに引きずられて世界は奈落の底へ落ちていくのではないか」という恐怖感が世界のマーケット関係者の中で増大したことが背景にあると思います。

 中国政府の最近の対応ぶりが「ちぐはぐ」「対応がワンテンポ遅い」「対外的な説明が全くない」という点で、世界の人々に「疑心暗鬼」を与えるのに十分なのは確かですが、現時点で「中国政府が事態に対する対応能力を失った」と判断するのは客観的に言って極端に過ぎると思います。ただ、世界の人々が持っている「不安心理」の中には、以下に掲げる「中国がハード・クラッシュするかもしれないという懸念」は確実に存在していると思います。

1.中国における金融システム危機のおそれ

 「週刊東洋経済」2015年9月5日号の記事「中国当局の『限界』露呈 金融緩和が不発な理由」によれば、中国の非金融企業(地方政府の地方融資プラットフォームを含む)の2014年末の債務残高は99.7兆元(約2,000兆円)で、GDP比率は156.7%だとのことです。これは日本のバブル期(1989年)の132.2%を上回る規模、とのことです。中国の経済成長全体に急ブレーキが掛かる中、鉄鋼・セメント等の過剰生産による売れ行き不振、マンション等の不動産バブルの崩壊、工業団地開発資金の焦げ付き、等により、中国が抱えるこの巨大な債務がスムーズに解消されるとはとても思えない、というのが世界の人々の「疑心暗鬼」の中心にあります。

 また、8月10日に放映されたテレビ東京「ニュース・モーニング・サテライト」の「デフォルトが始まった中国の社債市場」のコーナーにおいて、みずほ証券の土屋剛俊氏が説明したところによると、今2009年頃から急増した中国の社債が発行から5年が経過して満期を迎えつつあり、デフォルト(債務不履行)が出始めているとのことでした。土屋氏は、中国の社債は現在約200兆円で、日本の約59兆円の3倍以上あること、社債の引き受け手の約6割が投資信託や年金資金等の銀行以外の者で、デフォルトの可能性が生じたとき、これらの引き受け手は再投資による債務繰り延べに応じずにデフォルトが一気に表面化するおそれがあることを指摘していました。

 そもそも中国の企業や地方融資プラットフォームにおける巨大な債務については、以前から指摘されていました。2013年6月頃には「影の銀行」や「理財商品」が話題になりました。「借り換え」等により最近は話題に上らなくなりましたが、問題は解決したわけではなく、先送りになっているだけです。

 「理財商品」には、不動産やインフラ投資等の長期開発資金を6か月とか1年とかの短期資金で回している例が多いとされています。これは一種の「ネズミ講」みたいなもので、一部の引き受け手が再投資をしないで元本の償還請求をした場合には、芋づる式に「理財商品」による資金に頼っていた企業の破綻が連鎖するおそれがあります。

 これらの中国の「借金体質」の問題点については、中国当局もその状況は認識しており、最近の政府の方針表明などでも「金融システム・リスクの顕在化を防ぐ、という基本路線をしっかり守る」といった表現がよく出てきます。

 その関連で気になるのは、最近の中国人民銀行による連日の巨額の市場への流動性供給です。今日(2015年8月29日)付け日本経済新聞朝刊2面記事「人民銀、今週の資金供給5倍」によれば、中国人民銀行は、今週、市場に5,000億元(約9兆5,000億元)の大規模な資金供給を実施した、とのことです。この記事によれば、資金需要が高まる春節(旧正月)や期末を除いた時期に週間の資金供給額が5,000億元に達した例はほとんどない、とのことです。今、8月11日に中国人民銀行が人民元の基準レートを切り下げる方向で変更したことにより、人民元の先安感が強まって、大規模な中国からの資金流出が起こっており、中国人民銀行は市場での流動性を確保するため大量の流動性供給を行っている可能性があります。

 また、今日付けの日本経済新聞夕刊2面のコラム「ウォール街ラウンドアップ」の記事「米国債市場にも中国リスク」では、「中国人民銀行が2週間で1,000億ドル(約12兆円)の米国債を売った」とのウワサを紹介しています。このウワサの根拠は、株価が急落している局面で、本来ならば株を売って得た資金は安全な米国債に流れて、米国債が買われて金利が低下するはずなのに、アメリカ国債の金利があまり低下しなかったのは、中国が米国債を売っているからではないか、というものです。一方、世界各国の株価暴落の局面で、中国系投資ファンドが株を売却しているのではないか、と指摘するテレビの解説者もいました。つまり、今、中国人民銀行や中国政府は、中国国内に流動性を供給するためと資金流出圧力に起因する元安・ドル高圧力を緩和するための元買い・ドル売りの「元手」にするため、アメリカ国債や外国株を売っているのではないか、との「疑い」です。

 中国人民銀行が市場への流動性供給のタイミングを誤ったり、「元手」となる資金が一時的にでも途切れた場合には、市場で流動性が枯渇することになり、例えば償還期限の来た「理財商品」を償還することができなくなって、中国当局の憂慮する「金融システム・リスクの顕在化」が起こる可能性が出てきます。

 従来、「中国はハード・ランディングはしない」とする根拠として、中国政府は大量の国有企業の株と豊富な外貨準備を持っているから、いざとなったらそれらを使えばよく、経済をコントロールする資金は十分にある、と言われてきました。中国の株価が急落してしまった現在、もしかすると、中国当局は、今、その「いざとなった場合」に直面しており、外貨準備を取り崩す必要性に迫られる事態になっているのかもしれません。もし本当に今、中国がそういう局面にあったとしても、今持っている手元資金がどれだけあり、必要な資金がこれだけだから、まだまだ十分対応能力は保持できる、といった説明が中国当局からあれば、世界の関係者は安心するのだと思いますが、そういった情報発信が全くないので、「中国当局のハード・ランディング阻止オペレーションはいつまでもつのだろうか」という「疑心暗鬼」が払拭できなくなり、「中国のハード・ランディングへの懸念」という巨大な不安が世界の関係者をさいなんでいるのだと思います。

 アメリカのサブ・プライム・ローンのケースとは異なり、中国の国内金融システムは国際市場とはリンクしていないので、中国の金融システムの動揺が直接世界に伝播することはないと思います。しかし、中国国内の金融システムの混乱は、中国の企業活動を低下させ、景気の急ブレーキという形で世界経済にマイナスのインパクトを与えると思います。

2.中国の政治不安定化への懸念

 中国政府の最近のちぐはぐな政策対応は、中国政府(及び中国共産党)の内部で、一貫した政策運営ができないような政治的混乱(権力闘争)が起きているのではないか、との疑念を生んでいると思います。

 私の個人的印象からしても、1980年代のトウ小平氏の時代はトウ小平氏のカリスマ的支配は絶大で政治的不安定性への不安は全くなかったのに対し、今の習近平・李克強体制は、非常に脆弱に見えます。「トウ小平時代」に次ぐ「江沢民・朱鎔基時代」(1992~2002年)、「胡錦濤・温家宝時代」(2002~2012年)も国家主席と国務院総理は同じベクトルを向いていたので、政府部内の意見の不一致、といった話は念頭に上りませんでした。

 ただ、私が2007年に19年ぶりに北京に赴任して一番変に思ったのは、街中に「胡錦濤同志を総書記とする党中央の周囲に団結しよう」というスローガンが掲げられていたことでした。このスローガンは党中央の中に「『胡錦濤同志を総書記とする党中央』に同調しない勢力」がいることを暗示しているからです(そういう勢力がいなかったら「団結しよう」などと呼び掛ける必要はないので)。こういったスローガンは、トウ小平氏の時代には、思いも付きませんでした。だって、トウ小平氏の時代(1989年の六四天安門事件以前)の中国共産党中央は、文化大革命後、華国鋒主席らの「すべて派」との抗争を経て、権力基盤としては盤石でしたから。

 今の習近平政権でも「習近平同志を総書記とする党中央の周囲に団結しよう」というスローガンは引き継がれています。しかも、習近平主席と李克強総理とは政策運営のベクトルが一致しているふうには見えません(李克強総理は市場原理を重視する路線、習近平主席は中央集権的政策運営を重視する路線に見える)。それだけ今の政権は過去の政権に比べて中国共産党内部で路線対立が生まれやすいのではないか、というのが私の印象です。多くの人も同じような印象を持っているのではないでしょうか。

 それに加えて、天津での大爆発事故の処理に起因して、中国共産党中央の中で「ゴタゴタ」が起きているのではないか、との心配も頭をもたげてきています。天津市の前の党書記の孫春蘭氏は昨年12月に失脚した令計画氏(胡錦濤前主席の側近と言われる)の後任として中国共産党統一戦線部長になっているし、孫春蘭氏の前任の張高麗氏は中国共産党政治局常務委員(序列7位)であり、もし仮に過去の天津市党書記に対しても大爆発事故の責任問題が生じれば、習近平体制に大きな衝撃が生じるからです。

 また、今、中国のテレビニュース等では連日9月3日に行われる予定の「抗ファシスト戦勝利70周年」の軍事パレードに関する話題で持ちきりですが、私は、この軍事パレードは、習近平主席が自らのリーダーシップを誇示し、党内及び軍の内部を引き締めることを目的として企画したのではないか、と思っています。というのは、私は過去4回(1987,1988,2007,2008年)、9月3日を北京で過ごしましたが、私の経験では9月3日は中華人民共和国にとって特別な日ではなく、今回の軍事パレードが非常に「不自然」に見えるからです(1945年9月2日に日本が降伏文書に署名した中国の相手は蒋介石の中華民国)。7月7日(盧溝橋事件:日中戦争の発端)や9月18日(柳条湖事件:満州事変の発端)には以前から毎年イベントが行われてきましたが、9月3日にはイベントはありませんでした。9月3日について、50周年、60周年の時には何もやらなかったのに、70周年になって突然「大イベント」をやるのは、極めて不自然に私には思えます。しかも、この軍事パレードのために、国中を休日にし、北京の空気をきれいにするために周辺の工場を止め、市内の自動車の交通制限をし、というやり方は、私がイメージする「改革開放の中国」とは相容れないものです(私は「まるで北朝鮮みたい」と思ってしまいます)。思うのは、こうした大軍事パレードを催して自らのリーダーシップを誇示しなければならないほど、習近平総書記の権力基盤は脆弱なのかもしれない、ということです。

 さらに今日(8月29日)の各紙報道によると、中国検察当局は、「人民日報」ホームページを運営する「人民網」の総裁と副総裁を贈収賄の疑いで拘束した、と発表した、とのことです。「どんな高い地位の者でも反腐敗闘争の例外ではありえない」ということなのだと思いますが、こうした総裁・副総裁を認めた中国共産党宣伝部は一体何だったの、と思いますね。こういったニュースも「反腐敗闘争という名の権力闘争」が中国共産党中央の中枢部分で進展しているのではないか、との疑いを持たせるのに十分です。

 世界株価暴落のピークの翌日8月26日(水)付けの産経新聞1面には「権力闘争で政策迷走」の見出しがありました。この見出しに象徴されるように、世界の人々の多くが「権力闘争により中国政府は冷静な政策遂行能力を失っている」との印象を持っているのではないでしょうか。そういった世界の人々の中にある「中国の政治不安定化に対する漫然とした不安」も「中国発世界株価大暴落」を起こす心理的背景としてある、と私は思っています。

----------------

 上記の「二つの懸念」は当面消えないと思うので、「中国はどうなるんだろうという不安心理によるマーケットの不安定さ」は当分続かざるをえないのかもしれません。

|

« 天津港大爆発事故への中国政府の対応が少し変 | トップページ | 軍事パレードで見えた「改革開放の中国」の終わり »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 天津港大爆発事故への中国政府の対応が少し変 | トップページ | 軍事パレードで見えた「改革開放の中国」の終わり »