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2015年8月22日 (土)

天津港大爆発事故への中国政府の対応が少し変

 「中国発世界同時株安」が世界を一周し、昨日(2015年8月21日(金))の日経平均は1日で597円安でした。ニューヨーク・ダウ工業株は昨日一日で530.94ドル安となり、週間ベースでは1,000ドル以上の下げとなりました。これは、投資家がアメリカの利上げを前にしてリスク資産から資金を引き上げたという意味もあると思いますが、「中国の状況がよくわからない。中国政府がどう対応するのかわからない。」という中国経済に対する「不透明感」が世界の投資家心理をより臆病にさせている面は否めないと思います。

 実際、世界のマーケット関係者を心配させるほどに、最近の中国政府の対応は「ちょっと変」です。真意がつかみにくい先週(8月11日から)の中国人民銀行による人民元の実質的切り下げもその一つですが、8月12日に天津港で起きた大爆発事故に対する対応も「中国政府の対応は何か変だ」と思わせるに十分です。

 そもそも猛毒のシアン化ナトリウム約700トンをはじめ、爆発する可能性のある硝酸化合物や炭化カルシウムが数千トンの単位で同じ場所に置いてあったらしいのですが、猛毒のシアン化ナトリウム、爆薬の原料になる硝酸化合物、水を掛けるとアセチレンを発生する炭化カルシウムを同じ場所に数千トンも置いてあった(しかもその場所は住宅地や駅から十分に離れていない)ということ自体、考えられないことです。このことは、産業安全に関する行政が中国では機能していないことを示しています。同様の事故はほかの地点(あるいはほかの分野)でも起こり得ることを今回の天津の大爆発事故は示したわけで、世界中の人々が漫然と持っていた「チャイナ・リスク」の重大さを再認識させる結果になったと思います。

 また、今回の天津の大爆発事故に対する中国政府の対応も、世界の多くの人々には解せないことが多く、「今の中国政府の対応能力」に疑問を抱いた人も多いのではないかと思います。(この感覚は、7月上旬の上海株の暴落に対する中国政府による力任せの「株価下支え策」あたりから、世界の人々が抱くようになった感覚だと思います)。

 これまで中国では、社会的影響の大きい事故や自然災害が起きると、例えば、国務院総理が現地に駆け付けて、対応の現地で指揮をとる、といった対応を採るのが普通でした。今年6月の揚子江での旅客船転覆沈没事故の時も、李克強総理が現地に駆け付けました。私が個人的に印象に残っているのは、2008年5月12日の四川大地震の時で、この時は地震発生後1時間で当時の胡錦濤主席は温家宝総理に現地に飛んで対応の指揮をとるように指示したことが報道されました。

 こういった対応は、国務院総理が実際に現場で指揮をとることの重要性と同時に、総理が現場に駆け付けて対応している姿をテレビで放映して、全国の人民に「政府は迅速に真剣に対応している」と見せるという政治的意図があることは明らかです。

 しかし、今回の天津の大爆発事故に対しては、爆発の翌日に現地に入ったのは劉延東副総理でした。劉延東氏は中国共産党政治局常務委員(いわゆる「チャイナ・セブン」)ではありません。今回の天津での大爆発事故に際して、揚子江の船舶事故の時と異なり、李克強総理がすぐに現地入りしなかった理由は不明です。この当時、中国共産党幹部(引退した元幹部も含む)が集まって重要事項を議論する非公式会議、いわゆる「北戴河会議」が開かれていたので、すぐには現地入りできなかったのだ、というのが考えられる理由です。でも、北戴河のある河北省は天津市のすぐ隣で、車で数時間あれば天津に行けたはずです。なので、この爆発事故直後の対応は結果的に「中国指導部は天津の大爆発事故対応より北戴河会議を優先させた」というメッセージを中国人民に与えることになりました。

 李克強総理が現地に入ったのは8月16日(日)午後でした。このタイミングについては「遅い」という見方もあります。しかも、李克強総理は、この日の午前中は北京で行われた死去した元党政治局常務委員の葬儀に参列しており(参列する姿は中国中央テレビで放映された)、これまた「総理は天津の現地に入ることよりお葬式を優先した」というメッセージを中国人民に与えました。

(注)中国の場合、お葬式に誰が参列するか、誰が花輪を捧げているか、参列と花輪を紹介する順番はどうなっているか、で「その人物は失脚してない」「その人物の党内序列は今何番目か」を中国人民に示す意味があるので、日本などより「お葬式に参列したり花輪を出したりすることの重要性」は格段に高いのですが、それであればなお、李克強総理はお葬式より前に天津へ行くことによって、「大事なお葬式より天津の現地に掛け付けることを優先した。」というメッセージを発する選択肢は採り得たと言えます。

 しかも、8月16日(日)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、李克強総理の天津入りのニュースはアナウンサーが口頭で伝えただけで、天津で現場指揮をとる李克強総理の映像は流されませんでした(天津での現場指揮の映像が流れたのは翌日の8月17日(月))。総理が現場に入ったのが午後の遅い時刻で放送に間に合わなかった、撮影した映像を編集して検閲するための時間が足りなかった、だから映像の放映は翌日に回した、という理由だと思われますが、総理が現場に行くことの意味は、「総理が現場で指揮している映像を全国人民に対して放送する」ことにあることを考えると、この李克強総理の天津入りのスケジュールと中国中央電視台での映像の放送のタイミングは意味不明であり、私は「何か変だ」という印象を受けました。

 また、四川大地震の時、地震発生後1時間以内に胡錦濤主席が温家宝総理に現地入りするよう指示したことでわかるように、国務院総理が現地入りするかどうかは、国家主席のリーダーシップに掛かっています。

 今回の天津の大爆発の発生については、習近平主席は、事故発生直後に救援と原因究明を指示し、三日後の8月15日に安全生産に関するテレビ会議を開催して全国に生産現場での安全管理の徹底を指示し、8月20日には中国共産党政治局常務委員会(中国の最高意志決定機関)を開催して現状の報告を受けるともに次なる対応の指示をしています。やることはやっているとは思いますが、なんとなくタイミングがワンテンポ遅いような印象を受けます。

 私にとって最も違和感があるのは、これらの重要指示や重要会議について「新聞聯播」ではアナウンサーが事実を口頭で伝えるだけで、習近平主席の映像は一切で出てきていないことです。8月12日以降、私が「新聞聯播」で習近平主席の映像を見たのは、8月16日の葬儀に参列している姿と定例の新任の外国大使からの信任状受け取りのセレモニーを行っている時と今日(8月22日)開幕した世界陸上の開会式と世界陸上関連要人との会談だけです。私は、以前から、習近平主席・李克強総理の二人は、胡錦濤・温家宝時代と比べて、テレビを通じて肉声が伝えられる機会が格段に少ない、という印象を持っているのですが、天津の大爆発のような社会的に影響の大きな事故で、国家主席が国民に語りかける場面がないどころか、事故対応関連でテレビのニュースに映像として登場すらしない、というのは、中国人民に与える印象からいったらよろしくないのではないか、と思います。

 また、今回の天津の大爆発については、中国当局(現場の天津と北京の中央)による重要な情報発表と報道の取り扱いにおいて、当局側の不手際が目立ちます。

 まず、大爆発の翌日の8月13日午後4時半から行われた天津市当局の記者会見について、中国中央テレビと地元テレビの天津衛視(衛星テレビ)は生中継しましたが、当局側の説明が終わり記者の質問が始まると画面がスタジオからのものに切り替わったのだそうです。中央テレビは司会者が「中継が止まりました」と説明し、天津衛視は音楽を数曲流した後、ドラマを放送したとのことです。8月16日付けの北京の新聞「京華時報」はこの事実を伝えるとともに、記事において当局の情報公開姿勢を痛烈に批判した、と日本では報じられました。

 北京の日刊紙「京華時報」は、時局に対する鋭い批評を掲載することの多い日刊紙「新京報」に比べると、当たり障りのない庶民的な記事しか載せないので、私は北京駐在時はほとんど読んでいませんでした。その「京華時報」が当局の報道姿勢を批判する記事を書いたのですから、質疑応答を生中継しなかったテレビに対して、よほど中国の一般庶民からの怒りの声が上がり、関心が高まっていたのだろうと想像できます。

 おそらく質疑応答部分をテレビで生中継しなかったのは、記者会見を仕切っていた天津市当局の担当者の対応が悪かったためで、党中央としては質疑応答まで含めて記者会見は生中継を続けるべきだった、と考えているものと思われます。というのは、その後、「新聞聯播」では毎日行われる天津市の記者会見について、例えば、ロイター通信の記者の質問に答える天津市当局者の回答場面を放映するなど、「質疑応答もきちんと放映する」という姿勢を示しているからです。

 一方、8月18日夜に放映された中国中央電視台の報道番組「焦点訪談」では、現場にいた消防士が「現場ではシアン化ナトリウムと神経ガスを検出した」と証言する様子を放映したとのことです。「神経ガス」は、シアン化ナトリウムとは全く化学組成の異なる有毒なガスで、化学兵器として用いられるものです。もし、天津の爆発現場に神経ガスが存在するならば、現場で作業する人々に対して非常に危険なことです。この点に関して翌8月19日午前の天津市の記者会見で記者が質問すると、天津市側が「神経ガスは検出していない」と答えたことから、中国人記者からも「どうなっているんだ」という声が上がったそうです。

 「焦点放談」は、毎日、「新聞聯播」の後、天気予報に引き続いて19:40から放映される中国中央電視台の看板番組の一つです。中国中央電視台のホームページでは、過去の放映分もネットで見られるようになっているのですが、この日の放映分は削除されてしまったようです。ということは、「焦点放談」の報道が間違っていたことを示しているのかもしれません。しかし、中国中央電視台からは、「焦点放談」の内容を訂正するようなアナウンスはありません。そのため、中国の人々は「いったいどの情報が正しいのか」という状況になっているようです。中国中央電視台は、テレビのチャンネルの中では最も権威のあるチャンネルだからです。

 この問題については、8月20日付け「人民日報」は4面に「専門家は、現場には『神経性ガス』が生成する条件はない」と題する専門家へのインタビュー記事を載せています。この記事で、専門家は「神経ガスは『有機リン毒剤』とも呼ばれ、複雑な構造を持つ有機化合物であり、合成するには連続する多段階の条件が必要であって、爆発現場の状況は生成条件を満たしていない。環境保護部門の観測では神経ガスは検出されていないことから、『神経ガスが検出された』との報道は信じがたい。」と述べています。なので、たぶん「神経ガスが検出された」というのは何かの間違いだろうとは思うのですが、中国中央電視台が報道を訂正していないので、中国の人々は中国中央電視台の報道が正しいのか、「人民日報」の解説が正しいのか、判断できない状態にあります。

 「中国中央電視台」も「人民日報」も中国共産党宣伝部の監督下にありますから、この状態は情報を整理して正しい情報を人民に発信すべき中国共産党宣伝部が機能していないことを意味しています(これは、中国共産党の指導が全て、の中国においては、本来「あり得ない状態」です)。

 現場にあると報じられている化学物質が混ざったからといって神経ガスが生成されないのであれば、もし仮に消防士が語っているように実際に神経ガスが検出されたのだとすると、シアン化ナトリウムなどとは別に、爆発現場に神経ガスがもともと保管されていた、ということになります。もしそうなら、それは「大変なこと」です(神経ガスの保有は国際条約で禁止されていますから)。「人民日報」の記事も「現場にある化学物質の状況は、神経ガス発生の条件にはない」と語っているだけで、「神経ガスはなかった」と断言していないのが気になります(たぶん会社の登録していた品目・数量と実際に現場にあった化学物質とが合致しないので、「人民日報」としても「神経ガスはなかった」と断言できる根拠がまだ得られていないのでしょう)。

 昨日(8月22日)の「新聞聯播」では「天津の港湾機能は元に戻りつつある」と報じていましたが、神経ガスがあったのかなかったのか、ですらハッキリさせていない中国当局の状況を前にして、日本等の外国の企業は、業務の再開には慎重にならざるを得ないと思います。

 大量の毒物・危険物が港に保管されていた状況を許してしまったことについて、天津市当局に汚職や「目こぼし」のような問題があったのかどうか、現職の天津市幹部に責任があるのかどうか、過去の天津市幹部に問題があったかどうか、が今後、問題となるでしょう。天津市トップ(党書記)の前職と前々職の経験者は、現在、中国共産党中央の中枢の要職にあります。仮に過去の天津市幹部に問題があったのだとすれば、中国の中央政界に激震が走ります。今回の天津の大爆発に対する中国当局の対応が「何か変」なのは、中国共産党中央の内部で、外からは見えない政治的な動きがあるからかもしれません。というか、そういった「何かあるのじゃないか」という疑心暗鬼が、世界のマーケット関係者に不安を抱かせ「中国発世界同時株安」を増幅させたのではないかと思います。

 「中国発世界同時株安」に対する世界の人々の「疑心暗鬼」を解消するためには、中国政府が実効性のある経済対策(「株価対策」ではなく)をスピーディに打ち出すことが重要でしょう。このブログの8月8日付け記事にも書きましたが、既に「経済対策」の内容が8月5日(水)の中国の新聞に掲載され、翌8月6日(木)には日本の新聞でも報道されました(日本経済新聞2015年8月6日(木)付け朝刊6面記事「中国、債券6兆円発行 政府系金融2行 景気下支え強化 現地報道」)。この経済対策は、私は直後の週末にでも、正式に発表されるのかと思っていたのですが、いまだに発表されていません。中国の新聞で報じられた経済対策がなかなか正式決定されないことも、私が「最近の中国政府の対応は『何か変だ』」と思っている理由の一つです。中国では、政府部内で内々決まった経済対策でなければ新聞で「観測報道」がなされることはあり得ないので、中国の新聞で報道された経済対策が二週間経っても正式発表されないと中国政府部内に「正常ではない事態」が起きているのではないかと心配になってしまうのです。

 世界の人々が「中国発世界同時株安」などということ言葉を口にすることがないように、中国の指導者はもっと中国人民及び世界の人々にメッセージを発すべきだと思います。タイの暫定首相は、バンコクで爆弾テロがあった後、テレビ演説や記者会見で、自らの口から国民及び世界の人々に対してメッセージを発しています。普通、どこの国の政治家でも(プーチン大統領ですら)同じように対応するでしょう。(私の印象としては、胡錦濤主席と温家宝総理は、それなりにいろんな場面で、自分の口でメッセージを発していたようなイメージがあります)。「今の中国の指導部は『普通』じゃない」「中国政府の政策は理解不能だ」といったイメージは、中国にとって大きなマイナスだと思います。

 私は毎日「新聞聯播」を見ていますが、8月12日の天津での大爆発以降、初めて番組内のニュースの中で聞いた習近平主席の肉声が今日(8月22日)の世界陸上開会式の開会宣言だった、というのは、やはりおかしいと思います。いい加減、中国には「普通の国」になってもらわないと、今後も「中国はどういう政策を採るかわからない」という「疑心暗鬼」による「中国発世界同時株安」はなくならないと思います。

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