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2015年8月 1日 (土)

中国に有効な「景気浮揚策」は残されているのか

 日米の国際企業の決算発表で中国の急激な景気減速が数字として明らかになってきています。GM(自動車)やアップル(スマホ等)の2015年4-6月期の中国での販売はまだ大きいようですが、キャタピラー(建設機械)やファナック(製造設備)等の中国でのビジネスは急速に減速しており、今後の中国景気の先行きに懸念が広がっています。特にファナックが最初の四半期終了時点で今年度(2016年3月期)の通期見通しを下方修正したことがマーケットの「中国経済の先行き懸念」を増大させました。

 最近の国際商品市場での商品価格の下落にも、「中国の景気減速」が大きく影響していると考えられています(原油におけるイラン経済制裁解除の動きなど中国と関係しない情勢も影響しているので、国際商品市場の低迷の原因を全て中国に求めることはできませんが)。

 中国は7月15日に今年第二四半期のGDPの伸び率を7.0%と発表しましたが、中国当局自身、経済が減速傾向にあることは相当気にしているようです。中国の国務院は通常は毎週1回水曜日に開催するのが通例の常務会議(定例会議)を今週は2回開いて様々な対策を打ち出しています。

 7月28日(火)に開かれた国務院常務会議では、「都市における電力、通信、給排水、ガス等の共用配管の設置推進」「観光イノベーション投資の促進」を決めました。通常の政策決定の一環とも言えますが、株価乱高下を見据えた経済対策のひとつと位置付けることも可能だと思います。

 7月31日(金)に開かれた国務院常務会議では、「農民や中小企業に対する融資を活性化させるための国有の信用保証基金の創設」「公共プロジェクトの請負、公有財産の売却、政府による購入等における透明性を確保するための公有資源交易プラットフォームの整備」を決定しました。前者は金融緩和下においても農村部や中小企業に対する融資が増えないことに対する対策であり、後者は地方政府による契約の公正性を確保し自由競争の確保による地方の企業活動の活性化を狙ったものと思われます。

 これらは、株価の乱高下を踏まえた、経済対策の一環と思われますが、「個別政策」の域を出ず、あまりパンチのあるものとは思えません。

 一方、7月30日(木)には中国共産党政治局会議が開かれました。「今年上半期の経済成長のスピードは目標(年間7%前後)に合致しているものの、経済に対する減速圧力は依然として比較的大きく、一部の企業は経営困難に陥っており、経済成長のための新しい動力(ドライバー)の不足と旧いドライバーの衰弱がもたらす構造的矛盾は依然として突出している」との認識が示されました。この経済認識については、一週間前の7月24日に開かれた「党外人士座談会」(設置が認められている中国共産党以外の政党の幹部との意見交換会)でも議論されており、形式的には「いろんな人の意見を聞いて議論した」という形になっています。

(注)なお、この日(2015年7月30日)の中国共産党政治局会議のメインテーマは、前中国共産党軍事委員会副主席の郭伯雄氏の党籍剥奪と訴追の決定でした。

 国務院常務会議が1週間のうちに二回開催され、中国共産党政治局会議で経済情勢が議論され(しかもそれは事前に「党外人士座談会」でも議論された)ということは、中国当局が今のタイミングで単なる「株価対策」だけではなく「経済対策」を重視していることを示しています。

 また、7月28日、中国人民銀行は8月初旬に支店長会議を開くことを公表しましたが、日中産学官交流機構特別研究員田中修氏は、中国人民銀行支店長会議は、毎年開かれるものの、事前に公表されることは異例であり、今回の事前公表は上海株式市場の動揺を受けて、金融政策には変更がないことを明らかにして、市場を鎮静化しようとする意図があるのではないか、と指摘しています。

 このように、中国当局は、株価の乱高下対策を実施する一方で、実体経済の減速そのもにについても相当気にしているものと思われます。一方で、日本のテレビの解説等を聞いていると、「中国当局は経済対策の手段をまだたくさん持っているので心配する必要はない」と言っている解説者も多いようです。確かに中国当局には「打てる手」はたくさんあると思いますが、それらが「有効な手」「持続性が期待できる手」であるかどうかは疑問です。私は中国において「有効な景気浮揚策」は既に尽きているのではないか、と心配しています。その理由は以下のとおりです。

○金融政策

 中国の政策金利は日本や欧米に比べてまだ相当に高いレベルにあり、金利引き下げの余地は十分にあります。また、銀行に課している預金準備率も極めて大きく、預金準備率引き下げという金融緩和策もまだその余地は十分にあります。しかし、国務院が何回も農民・農村や中小企業に対する融資拡大策を打ち出していることでもわかるように、累次の金融緩和策は、資金が必要な農村や中小企業に対する融資拡大には実際には繋がっておらず、実体経済にあまり効いていないと思われます(緩和マネーが株式投資など実体経済ではない部分に回っている)。従って、今後、単に金利引き下げや預金準備率の引き下げを行っても、それだけでは中国経済の減速にブレーキを掛けることは難しいと思われます。

○財政政策(公共投資)

 昨日(2015年7月31日)、2022年の冬季オリンピックが北京(及び周辺都市)で開かれることが決まりました。これに絡めて、今後、大規模な公共投資が拡大する可能性があります。しかし、中国では、これまでも道路、鉄道、水利施設、マンション等の投資は相当規模行われており、既にマンション等は過剰な状態にあります(一般庶民が買えないような豪華なマンションが多いなど、需要と供給のミスマッチが存在している)。公共投資の拡大は、一時的な鉄鋼やセメントの需要増には繋がりますが、その後の経済発展には繋がらず(むしろ鉄道や道路の維持費のために重荷になる可能性もある)中国当局としても、大規模な公共投資の拡大には慎重にならざるを得ないのではないかと思われます。

○就業対策

 中国の地方政府が盛んに行ってきた工業用地の開発は、農民に補償金を支払って農地を収用することで成り立ってきました。農地を失った農民は新しくできた工場で働く予定だったわけですが、工業用地開発が頓挫して、工場が建たなければ旧農民は失業者となります。農地を失った農民は、2008年のリーマン・ショック以前は、北京オリンピックに向けたビル建設工事、リーマン・ショック後は4兆元の経済対策によるインフラ建設工事において「農民工」として働いてきました。一部は4兆元の経済対策で拡大した鉄鋼業やセメント工業で働いているのかもしれません。価格が下落しているのに、鉄鋼業やセメント工業で生産量が減らないのは、こうした元農民の工場労働者を失業させるわけにはいかないので製品が過剰でも工場を止められない、という事情があるのだと思います。

 2008年のリーマン・ショックまでは「保八」と言われ「GDP成長率は何としても8%以上を維持する」政策が続きました。経済発展には格差の拡大がつきものですが、全体の成長率が8%以上を維持していれば、最下辺の人々の収入も対前年比ではプラスにできるからです。今、中国政府は経済成長率を7%に設定していますが、「最下辺の人々についても収入を対前年比プラスにするための経済政策」は打ち出せていません。公共投資の拡大は、工事が行われている間の雇用を確保するのに過ぎず、工事が終われば工事に携わった労働者は失業します。新しい産業を育成しない限り、公共投資は「一時しのぎ」に過ぎず「持続可能な経済政策」にはなり得ません。

 中国政府は、今「大衆創業、万衆創新」(みんなで創業、みんなでイノベーション)というスローガンで、インターネット等を活用した起業を勧めていますが、いじわるな見方ですが、このスローガンは私には「政府はもはや企業を育成できないので、人民のみなさんは自分で会社を作ってね」と言っているように思えて、中国政府の「限界」を自ら吐露しているように見えてしまうのです。

 さらに、今、中国では毎年700万人以上の学生が大学を卒業していますが(日本の十数倍)、これら高学歴取得者の就職も大問題です。中国は、まだ低賃金労働集約型産業構造からの脱却がなされておらず、産業構造の変化のスピードと大学卒業生の増加スピードの間に大きなミスマッチが存在しているからです。私が北京に駐在していたリーマンショック前の2008年頃でさえ、北京大学・清華大学などの有名大学ではない大学の卒業生は就職先探しに相当苦労していました。膨大な生産過剰設備を持つ企業でリストラを進め、経済を活性化させ、かつ低賃金レベルから高学歴者に至る幅広い人々の就業を確保することは、政策的には極めて困難な課題だと思います。

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 以上を考えると、「中国当局は経済対策の手段をまだたくさん持っているので心配する必要はない」と日本のテレビで言っている解説者の発言は楽観的過ぎると思います。一時的な公共投資の拡大による景気刺激は、2008年暮の「4兆元の経済対策」の再現であり、単なる「一時しのぎ」であって、中国経済の持続的な発展はもたらしません。(私の印象では、テレビに出ている方々の中でも、中国系(中国人または元中国人)の解説者の方々は、実情をよく知っているので、あまり楽観的なこことは言っていないように思います)。

 中国の経済統計は、「公表されていない」「公表されていても信用できない」ものが多いので、まだ中国経済の動向は、正しく評価されていないおそれがあります。鉄鋼の生産や銅の消費は、今、中国が世界の約半分を占めています。中国経済の動向は、世界経済に致命的な影響を与えますので、中国経済の今後については、楽観視するのは禁物だと私は思っています。(そもそも日本のテレビの経済解説者の中には「中国共産党の一党独裁により自由な企業活動と国民(納税者)による政策チェックができない」という中国経済の制度的脆弱性を重視していない人が多いように思います)。

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