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2015年8月

2015年8月29日 (土)

世界が見た「中国ハード・クラッシュの悪夢」の正体

 この8月17日から8月25日までの間、日経平均株価は20,620円から17,806円に、ニューヨーク・ダウ平均株価は17,545ドルから15,666ドルに暴落しました。まさに「悪夢」のような状況でした。背景にアメリカの利上げに対する警戒感があったのは事実ですが、きっかけは「8月11日の中国の人民元の実質的切り下げ」「上海総合指数の暴落」「8月21日に民間機関から発表された中国の製造業購買担当者指数(PMI)の予想以上の悪化」により中国の景気減速が強く意識されたことでした。

 ただ、中国の景気減速が事実だとしても、その影響は数か月から年単位で現れるものであり、今回の株価の急落のように急激なショックをもたらすような性質のものではないはずです。今回、世界で同時に株価の暴落が起きたのは、最近の中国政府当局の対応の「ちぐはぐさ」を踏まえて、「中国は今ハード・クラッシュに直面しており、中国政府当局はそれに対する対応能力を失っているのではないか。このまま中国はハード・ランディングへの道へ落ち込み、それに引きずられて世界は奈落の底へ落ちていくのではないか」という恐怖感が世界のマーケット関係者の中で増大したことが背景にあると思います。

 中国政府の最近の対応ぶりが「ちぐはぐ」「対応がワンテンポ遅い」「対外的な説明が全くない」という点で、世界の人々に「疑心暗鬼」を与えるのに十分なのは確かですが、現時点で「中国政府が事態に対する対応能力を失った」と判断するのは客観的に言って極端に過ぎると思います。ただ、世界の人々が持っている「不安心理」の中には、以下に掲げる「中国がハード・クラッシュするかもしれないという懸念」は確実に存在していると思います。

1.中国における金融システム危機のおそれ

 「週刊東洋経済」2015年9月5日号の記事「中国当局の『限界』露呈 金融緩和が不発な理由」によれば、中国の非金融企業(地方政府の地方融資プラットフォームを含む)の2014年末の債務残高は99.7兆元(約2,000兆円)で、GDP比率は156.7%だとのことです。これは日本のバブル期(1989年)の132.2%を上回る規模、とのことです。中国の経済成長全体に急ブレーキが掛かる中、鉄鋼・セメント等の過剰生産による売れ行き不振、マンション等の不動産バブルの崩壊、工業団地開発資金の焦げ付き、等により、中国が抱えるこの巨大な債務がスムーズに解消されるとはとても思えない、というのが世界の人々の「疑心暗鬼」の中心にあります。

 また、8月10日に放映されたテレビ東京「ニュース・モーニング・サテライト」の「デフォルトが始まった中国の社債市場」のコーナーにおいて、みずほ証券の土屋剛俊氏が説明したところによると、今2009年頃から急増した中国の社債が発行から5年が経過して満期を迎えつつあり、デフォルト(債務不履行)が出始めているとのことでした。土屋氏は、中国の社債は現在約200兆円で、日本の約59兆円の3倍以上あること、社債の引き受け手の約6割が投資信託や年金資金等の銀行以外の者で、デフォルトの可能性が生じたとき、これらの引き受け手は再投資による債務繰り延べに応じずにデフォルトが一気に表面化するおそれがあることを指摘していました。

 そもそも中国の企業や地方融資プラットフォームにおける巨大な債務については、以前から指摘されていました。2013年6月頃には「影の銀行」や「理財商品」が話題になりました。「借り換え」等により最近は話題に上らなくなりましたが、問題は解決したわけではなく、先送りになっているだけです。

 「理財商品」には、不動産やインフラ投資等の長期開発資金を6か月とか1年とかの短期資金で回している例が多いとされています。これは一種の「ネズミ講」みたいなもので、一部の引き受け手が再投資をしないで元本の償還請求をした場合には、芋づる式に「理財商品」による資金に頼っていた企業の破綻が連鎖するおそれがあります。

 これらの中国の「借金体質」の問題点については、中国当局もその状況は認識しており、最近の政府の方針表明などでも「金融システム・リスクの顕在化を防ぐ、という基本路線をしっかり守る」といった表現がよく出てきます。

 その関連で気になるのは、最近の中国人民銀行による連日の巨額の市場への流動性供給です。今日(2015年8月29日)付け日本経済新聞朝刊2面記事「人民銀、今週の資金供給5倍」によれば、中国人民銀行は、今週、市場に5,000億元(約9兆5,000億元)の大規模な資金供給を実施した、とのことです。この記事によれば、資金需要が高まる春節(旧正月)や期末を除いた時期に週間の資金供給額が5,000億元に達した例はほとんどない、とのことです。今、8月11日に中国人民銀行が人民元の基準レートを切り下げる方向で変更したことにより、人民元の先安感が強まって、大規模な中国からの資金流出が起こっており、中国人民銀行は市場での流動性を確保するため大量の流動性供給を行っている可能性があります。

 また、今日付けの日本経済新聞夕刊2面のコラム「ウォール街ラウンドアップ」の記事「米国債市場にも中国リスク」では、「中国人民銀行が2週間で1,000億ドル(約12兆円)の米国債を売った」とのウワサを紹介しています。このウワサの根拠は、株価が急落している局面で、本来ならば株を売って得た資金は安全な米国債に流れて、米国債が買われて金利が低下するはずなのに、アメリカ国債の金利があまり低下しなかったのは、中国が米国債を売っているからではないか、というものです。一方、世界各国の株価暴落の局面で、中国系投資ファンドが株を売却しているのではないか、と指摘するテレビの解説者もいました。つまり、今、中国人民銀行や中国政府は、中国国内に流動性を供給するためと資金流出圧力に起因する元安・ドル高圧力を緩和するための元買い・ドル売りの「元手」にするため、アメリカ国債や外国株を売っているのではないか、との「疑い」です。

 中国人民銀行が市場への流動性供給のタイミングを誤ったり、「元手」となる資金が一時的にでも途切れた場合には、市場で流動性が枯渇することになり、例えば償還期限の来た「理財商品」を償還することができなくなって、中国当局の憂慮する「金融システム・リスクの顕在化」が起こる可能性が出てきます。

 従来、「中国はハード・ランディングはしない」とする根拠として、中国政府は大量の国有企業の株と豊富な外貨準備を持っているから、いざとなったらそれらを使えばよく、経済をコントロールする資金は十分にある、と言われてきました。中国の株価が急落してしまった現在、もしかすると、中国当局は、今、その「いざとなった場合」に直面しており、外貨準備を取り崩す必要性に迫られる事態になっているのかもしれません。もし本当に今、中国がそういう局面にあったとしても、今持っている手元資金がどれだけあり、必要な資金がこれだけだから、まだまだ十分対応能力は保持できる、といった説明が中国当局からあれば、世界の関係者は安心するのだと思いますが、そういった情報発信が全くないので、「中国当局のハード・ランディング阻止オペレーションはいつまでもつのだろうか」という「疑心暗鬼」が払拭できなくなり、「中国のハード・ランディングへの懸念」という巨大な不安が世界の関係者をさいなんでいるのだと思います。

 アメリカのサブ・プライム・ローンのケースとは異なり、中国の国内金融システムは国際市場とはリンクしていないので、中国の金融システムの動揺が直接世界に伝播することはないと思います。しかし、中国国内の金融システムの混乱は、中国の企業活動を低下させ、景気の急ブレーキという形で世界経済にマイナスのインパクトを与えると思います。

2.中国の政治不安定化への懸念

 中国政府の最近のちぐはぐな政策対応は、中国政府(及び中国共産党)の内部で、一貫した政策運営ができないような政治的混乱(権力闘争)が起きているのではないか、との疑念を生んでいると思います。

 私の個人的印象からしても、1980年代のトウ小平氏の時代はトウ小平氏のカリスマ的支配は絶大で政治的不安定性への不安は全くなかったのに対し、今の習近平・李克強体制は、非常に脆弱に見えます。「トウ小平時代」に次ぐ「江沢民・朱鎔基時代」(1992~2002年)、「胡錦濤・温家宝時代」(2002~2012年)も国家主席と国務院総理は同じベクトルを向いていたので、政府部内の意見の不一致、といった話は念頭に上りませんでした。

 ただ、私が2007年に19年ぶりに北京に赴任して一番変に思ったのは、街中に「胡錦濤同志を総書記とする党中央の周囲に団結しよう」というスローガンが掲げられていたことでした。このスローガンは党中央の中に「『胡錦濤同志を総書記とする党中央』に同調しない勢力」がいることを暗示しているからです(そういう勢力がいなかったら「団結しよう」などと呼び掛ける必要はないので)。こういったスローガンは、トウ小平氏の時代には、思いも付きませんでした。だって、トウ小平氏の時代(1989年の六四天安門事件以前)の中国共産党中央は、文化大革命後、華国鋒主席らの「すべて派」との抗争を経て、権力基盤としては盤石でしたから。

 今の習近平政権でも「習近平同志を総書記とする党中央の周囲に団結しよう」というスローガンは引き継がれています。しかも、習近平主席と李克強総理とは政策運営のベクトルが一致しているふうには見えません(李克強総理は市場原理を重視する路線、習近平主席は中央集権的政策運営を重視する路線に見える)。それだけ今の政権は過去の政権に比べて中国共産党内部で路線対立が生まれやすいのではないか、というのが私の印象です。多くの人も同じような印象を持っているのではないでしょうか。

 それに加えて、天津での大爆発事故の処理に起因して、中国共産党中央の中で「ゴタゴタ」が起きているのではないか、との心配も頭をもたげてきています。天津市の前の党書記の孫春蘭氏は昨年12月に失脚した令計画氏(胡錦濤前主席の側近と言われる)の後任として中国共産党統一戦線部長になっているし、孫春蘭氏の前任の張高麗氏は中国共産党政治局常務委員(序列7位)であり、もし仮に過去の天津市党書記に対しても大爆発事故の責任問題が生じれば、習近平体制に大きな衝撃が生じるからです。

 また、今、中国のテレビニュース等では連日9月3日に行われる予定の「抗ファシスト戦勝利70周年」の軍事パレードに関する話題で持ちきりですが、私は、この軍事パレードは、習近平主席が自らのリーダーシップを誇示し、党内及び軍の内部を引き締めることを目的として企画したのではないか、と思っています。というのは、私は過去4回(1987,1988,2007,2008年)、9月3日を北京で過ごしましたが、私の経験では9月3日は中華人民共和国にとって特別な日ではなく、今回の軍事パレードが非常に「不自然」に見えるからです(1945年9月2日に日本が降伏文書に署名した中国の相手は蒋介石の中華民国)。7月7日(盧溝橋事件:日中戦争の発端)や9月18日(柳条湖事件:満州事変の発端)には以前から毎年イベントが行われてきましたが、9月3日にはイベントはありませんでした。9月3日について、50周年、60周年の時には何もやらなかったのに、70周年になって突然「大イベント」をやるのは、極めて不自然に私には思えます。しかも、この軍事パレードのために、国中を休日にし、北京の空気をきれいにするために周辺の工場を止め、市内の自動車の交通制限をし、というやり方は、私がイメージする「改革開放の中国」とは相容れないものです(私は「まるで北朝鮮みたい」と思ってしまいます)。思うのは、こうした大軍事パレードを催して自らのリーダーシップを誇示しなければならないほど、習近平総書記の権力基盤は脆弱なのかもしれない、ということです。

 さらに今日(8月29日)の各紙報道によると、中国検察当局は、「人民日報」ホームページを運営する「人民網」の総裁と副総裁を贈収賄の疑いで拘束した、と発表した、とのことです。「どんな高い地位の者でも反腐敗闘争の例外ではありえない」ということなのだと思いますが、こうした総裁・副総裁を認めた中国共産党宣伝部は一体何だったの、と思いますね。こういったニュースも「反腐敗闘争という名の権力闘争」が中国共産党中央の中枢部分で進展しているのではないか、との疑いを持たせるのに十分です。

 世界株価暴落のピークの翌日8月26日(水)付けの産経新聞1面には「権力闘争で政策迷走」の見出しがありました。この見出しに象徴されるように、世界の人々の多くが「権力闘争により中国政府は冷静な政策遂行能力を失っている」との印象を持っているのではないでしょうか。そういった世界の人々の中にある「中国の政治不安定化に対する漫然とした不安」も「中国発世界株価大暴落」を起こす心理的背景としてある、と私は思っています。

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 上記の「二つの懸念」は当面消えないと思うので、「中国はどうなるんだろうという不安心理によるマーケットの不安定さ」は当分続かざるをえないのかもしれません。

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2015年8月22日 (土)

天津港大爆発事故への中国政府の対応が少し変

 「中国発世界同時株安」が世界を一周し、昨日(2015年8月21日(金))の日経平均は1日で597円安でした。ニューヨーク・ダウ工業株は昨日一日で530.94ドル安となり、週間ベースでは1,000ドル以上の下げとなりました。これは、投資家がアメリカの利上げを前にしてリスク資産から資金を引き上げたという意味もあると思いますが、「中国の状況がよくわからない。中国政府がどう対応するのかわからない。」という中国経済に対する「不透明感」が世界の投資家心理をより臆病にさせている面は否めないと思います。

 実際、世界のマーケット関係者を心配させるほどに、最近の中国政府の対応は「ちょっと変」です。真意がつかみにくい先週(8月11日から)の中国人民銀行による人民元の実質的切り下げもその一つですが、8月12日に天津港で起きた大爆発事故に対する対応も「中国政府の対応は何か変だ」と思わせるに十分です。

 そもそも猛毒のシアン化ナトリウム約700トンをはじめ、爆発する可能性のある硝酸化合物や炭化カルシウムが数千トンの単位で同じ場所に置いてあったらしいのですが、猛毒のシアン化ナトリウム、爆薬の原料になる硝酸化合物、水を掛けるとアセチレンを発生する炭化カルシウムを同じ場所に数千トンも置いてあった(しかもその場所は住宅地や駅から十分に離れていない)ということ自体、考えられないことです。このことは、産業安全に関する行政が中国では機能していないことを示しています。同様の事故はほかの地点(あるいはほかの分野)でも起こり得ることを今回の天津の大爆発事故は示したわけで、世界中の人々が漫然と持っていた「チャイナ・リスク」の重大さを再認識させる結果になったと思います。

 また、今回の天津の大爆発事故に対する中国政府の対応も、世界の多くの人々には解せないことが多く、「今の中国政府の対応能力」に疑問を抱いた人も多いのではないかと思います。(この感覚は、7月上旬の上海株の暴落に対する中国政府による力任せの「株価下支え策」あたりから、世界の人々が抱くようになった感覚だと思います)。

 これまで中国では、社会的影響の大きい事故や自然災害が起きると、例えば、国務院総理が現地に駆け付けて、対応の現地で指揮をとる、といった対応を採るのが普通でした。今年6月の揚子江での旅客船転覆沈没事故の時も、李克強総理が現地に駆け付けました。私が個人的に印象に残っているのは、2008年5月12日の四川大地震の時で、この時は地震発生後1時間で当時の胡錦濤主席は温家宝総理に現地に飛んで対応の指揮をとるように指示したことが報道されました。

 こういった対応は、国務院総理が実際に現場で指揮をとることの重要性と同時に、総理が現場に駆け付けて対応している姿をテレビで放映して、全国の人民に「政府は迅速に真剣に対応している」と見せるという政治的意図があることは明らかです。

 しかし、今回の天津の大爆発事故に対しては、爆発の翌日に現地に入ったのは劉延東副総理でした。劉延東氏は中国共産党政治局常務委員(いわゆる「チャイナ・セブン」)ではありません。今回の天津での大爆発事故に際して、揚子江の船舶事故の時と異なり、李克強総理がすぐに現地入りしなかった理由は不明です。この当時、中国共産党幹部(引退した元幹部も含む)が集まって重要事項を議論する非公式会議、いわゆる「北戴河会議」が開かれていたので、すぐには現地入りできなかったのだ、というのが考えられる理由です。でも、北戴河のある河北省は天津市のすぐ隣で、車で数時間あれば天津に行けたはずです。なので、この爆発事故直後の対応は結果的に「中国指導部は天津の大爆発事故対応より北戴河会議を優先させた」というメッセージを中国人民に与えることになりました。

 李克強総理が現地に入ったのは8月16日(日)午後でした。このタイミングについては「遅い」という見方もあります。しかも、李克強総理は、この日の午前中は北京で行われた死去した元党政治局常務委員の葬儀に参列しており(参列する姿は中国中央テレビで放映された)、これまた「総理は天津の現地に入ることよりお葬式を優先した」というメッセージを中国人民に与えました。

(注)中国の場合、お葬式に誰が参列するか、誰が花輪を捧げているか、参列と花輪を紹介する順番はどうなっているか、で「その人物は失脚してない」「その人物の党内序列は今何番目か」を中国人民に示す意味があるので、日本などより「お葬式に参列したり花輪を出したりすることの重要性」は格段に高いのですが、それであればなお、李克強総理はお葬式より前に天津へ行くことによって、「大事なお葬式より天津の現地に掛け付けることを優先した。」というメッセージを発する選択肢は採り得たと言えます。

 しかも、8月16日(日)の中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、李克強総理の天津入りのニュースはアナウンサーが口頭で伝えただけで、天津で現場指揮をとる李克強総理の映像は流されませんでした(天津での現場指揮の映像が流れたのは翌日の8月17日(月))。総理が現場に入ったのが午後の遅い時刻で放送に間に合わなかった、撮影した映像を編集して検閲するための時間が足りなかった、だから映像の放映は翌日に回した、という理由だと思われますが、総理が現場に行くことの意味は、「総理が現場で指揮している映像を全国人民に対して放送する」ことにあることを考えると、この李克強総理の天津入りのスケジュールと中国中央電視台での映像の放送のタイミングは意味不明であり、私は「何か変だ」という印象を受けました。

 また、四川大地震の時、地震発生後1時間以内に胡錦濤主席が温家宝総理に現地入りするよう指示したことでわかるように、国務院総理が現地入りするかどうかは、国家主席のリーダーシップに掛かっています。

 今回の天津の大爆発の発生については、習近平主席は、事故発生直後に救援と原因究明を指示し、三日後の8月15日に安全生産に関するテレビ会議を開催して全国に生産現場での安全管理の徹底を指示し、8月20日には中国共産党政治局常務委員会(中国の最高意志決定機関)を開催して現状の報告を受けるともに次なる対応の指示をしています。やることはやっているとは思いますが、なんとなくタイミングがワンテンポ遅いような印象を受けます。

 私にとって最も違和感があるのは、これらの重要指示や重要会議について「新聞聯播」ではアナウンサーが事実を口頭で伝えるだけで、習近平主席の映像は一切で出てきていないことです。8月12日以降、私が「新聞聯播」で習近平主席の映像を見たのは、8月16日の葬儀に参列している姿と定例の新任の外国大使からの信任状受け取りのセレモニーを行っている時と今日(8月22日)開幕した世界陸上の開会式と世界陸上関連要人との会談だけです。私は、以前から、習近平主席・李克強総理の二人は、胡錦濤・温家宝時代と比べて、テレビを通じて肉声が伝えられる機会が格段に少ない、という印象を持っているのですが、天津の大爆発のような社会的に影響の大きな事故で、国家主席が国民に語りかける場面がないどころか、事故対応関連でテレビのニュースに映像として登場すらしない、というのは、中国人民に与える印象からいったらよろしくないのではないか、と思います。

 また、今回の天津の大爆発については、中国当局(現場の天津と北京の中央)による重要な情報発表と報道の取り扱いにおいて、当局側の不手際が目立ちます。

 まず、大爆発の翌日の8月13日午後4時半から行われた天津市当局の記者会見について、中国中央テレビと地元テレビの天津衛視(衛星テレビ)は生中継しましたが、当局側の説明が終わり記者の質問が始まると画面がスタジオからのものに切り替わったのだそうです。中央テレビは司会者が「中継が止まりました」と説明し、天津衛視は音楽を数曲流した後、ドラマを放送したとのことです。8月16日付けの北京の新聞「京華時報」はこの事実を伝えるとともに、記事において当局の情報公開姿勢を痛烈に批判した、と日本では報じられました。

 北京の日刊紙「京華時報」は、時局に対する鋭い批評を掲載することの多い日刊紙「新京報」に比べると、当たり障りのない庶民的な記事しか載せないので、私は北京駐在時はほとんど読んでいませんでした。その「京華時報」が当局の報道姿勢を批判する記事を書いたのですから、質疑応答を生中継しなかったテレビに対して、よほど中国の一般庶民からの怒りの声が上がり、関心が高まっていたのだろうと想像できます。

 おそらく質疑応答部分をテレビで生中継しなかったのは、記者会見を仕切っていた天津市当局の担当者の対応が悪かったためで、党中央としては質疑応答まで含めて記者会見は生中継を続けるべきだった、と考えているものと思われます。というのは、その後、「新聞聯播」では毎日行われる天津市の記者会見について、例えば、ロイター通信の記者の質問に答える天津市当局者の回答場面を放映するなど、「質疑応答もきちんと放映する」という姿勢を示しているからです。

 一方、8月18日夜に放映された中国中央電視台の報道番組「焦点訪談」では、現場にいた消防士が「現場ではシアン化ナトリウムと神経ガスを検出した」と証言する様子を放映したとのことです。「神経ガス」は、シアン化ナトリウムとは全く化学組成の異なる有毒なガスで、化学兵器として用いられるものです。もし、天津の爆発現場に神経ガスが存在するならば、現場で作業する人々に対して非常に危険なことです。この点に関して翌8月19日午前の天津市の記者会見で記者が質問すると、天津市側が「神経ガスは検出していない」と答えたことから、中国人記者からも「どうなっているんだ」という声が上がったそうです。

 「焦点放談」は、毎日、「新聞聯播」の後、天気予報に引き続いて19:40から放映される中国中央電視台の看板番組の一つです。中国中央電視台のホームページでは、過去の放映分もネットで見られるようになっているのですが、この日の放映分は削除されてしまったようです。ということは、「焦点放談」の報道が間違っていたことを示しているのかもしれません。しかし、中国中央電視台からは、「焦点放談」の内容を訂正するようなアナウンスはありません。そのため、中国の人々は「いったいどの情報が正しいのか」という状況になっているようです。中国中央電視台は、テレビのチャンネルの中では最も権威のあるチャンネルだからです。

 この問題については、8月20日付け「人民日報」は4面に「専門家は、現場には『神経性ガス』が生成する条件はない」と題する専門家へのインタビュー記事を載せています。この記事で、専門家は「神経ガスは『有機リン毒剤』とも呼ばれ、複雑な構造を持つ有機化合物であり、合成するには連続する多段階の条件が必要であって、爆発現場の状況は生成条件を満たしていない。環境保護部門の観測では神経ガスは検出されていないことから、『神経ガスが検出された』との報道は信じがたい。」と述べています。なので、たぶん「神経ガスが検出された」というのは何かの間違いだろうとは思うのですが、中国中央電視台が報道を訂正していないので、中国の人々は中国中央電視台の報道が正しいのか、「人民日報」の解説が正しいのか、判断できない状態にあります。

 「中国中央電視台」も「人民日報」も中国共産党宣伝部の監督下にありますから、この状態は情報を整理して正しい情報を人民に発信すべき中国共産党宣伝部が機能していないことを意味しています(これは、中国共産党の指導が全て、の中国においては、本来「あり得ない状態」です)。

 現場にあると報じられている化学物質が混ざったからといって神経ガスが生成されないのであれば、もし仮に消防士が語っているように実際に神経ガスが検出されたのだとすると、シアン化ナトリウムなどとは別に、爆発現場に神経ガスがもともと保管されていた、ということになります。もしそうなら、それは「大変なこと」です(神経ガスの保有は国際条約で禁止されていますから)。「人民日報」の記事も「現場にある化学物質の状況は、神経ガス発生の条件にはない」と語っているだけで、「神経ガスはなかった」と断言していないのが気になります(たぶん会社の登録していた品目・数量と実際に現場にあった化学物質とが合致しないので、「人民日報」としても「神経ガスはなかった」と断言できる根拠がまだ得られていないのでしょう)。

 昨日(8月22日)の「新聞聯播」では「天津の港湾機能は元に戻りつつある」と報じていましたが、神経ガスがあったのかなかったのか、ですらハッキリさせていない中国当局の状況を前にして、日本等の外国の企業は、業務の再開には慎重にならざるを得ないと思います。

 大量の毒物・危険物が港に保管されていた状況を許してしまったことについて、天津市当局に汚職や「目こぼし」のような問題があったのかどうか、現職の天津市幹部に責任があるのかどうか、過去の天津市幹部に問題があったかどうか、が今後、問題となるでしょう。天津市トップ(党書記)の前職と前々職の経験者は、現在、中国共産党中央の中枢の要職にあります。仮に過去の天津市幹部に問題があったのだとすれば、中国の中央政界に激震が走ります。今回の天津の大爆発に対する中国当局の対応が「何か変」なのは、中国共産党中央の内部で、外からは見えない政治的な動きがあるからかもしれません。というか、そういった「何かあるのじゃないか」という疑心暗鬼が、世界のマーケット関係者に不安を抱かせ「中国発世界同時株安」を増幅させたのではないかと思います。

 「中国発世界同時株安」に対する世界の人々の「疑心暗鬼」を解消するためには、中国政府が実効性のある経済対策(「株価対策」ではなく)をスピーディに打ち出すことが重要でしょう。このブログの8月8日付け記事にも書きましたが、既に「経済対策」の内容が8月5日(水)の中国の新聞に掲載され、翌8月6日(木)には日本の新聞でも報道されました(日本経済新聞2015年8月6日(木)付け朝刊6面記事「中国、債券6兆円発行 政府系金融2行 景気下支え強化 現地報道」)。この経済対策は、私は直後の週末にでも、正式に発表されるのかと思っていたのですが、いまだに発表されていません。中国の新聞で報じられた経済対策がなかなか正式決定されないことも、私が「最近の中国政府の対応は『何か変だ』」と思っている理由の一つです。中国では、政府部内で内々決まった経済対策でなければ新聞で「観測報道」がなされることはあり得ないので、中国の新聞で報道された経済対策が二週間経っても正式発表されないと中国政府部内に「正常ではない事態」が起きているのではないかと心配になってしまうのです。

 世界の人々が「中国発世界同時株安」などということ言葉を口にすることがないように、中国の指導者はもっと中国人民及び世界の人々にメッセージを発すべきだと思います。タイの暫定首相は、バンコクで爆弾テロがあった後、テレビ演説や記者会見で、自らの口から国民及び世界の人々に対してメッセージを発しています。普通、どこの国の政治家でも(プーチン大統領ですら)同じように対応するでしょう。(私の印象としては、胡錦濤主席と温家宝総理は、それなりにいろんな場面で、自分の口でメッセージを発していたようなイメージがあります)。「今の中国の指導部は『普通』じゃない」「中国政府の政策は理解不能だ」といったイメージは、中国にとって大きなマイナスだと思います。

 私は毎日「新聞聯播」を見ていますが、8月12日の天津での大爆発以降、初めて番組内のニュースの中で聞いた習近平主席の肉声が今日(8月22日)の世界陸上開会式の開会宣言だった、というのは、やはりおかしいと思います。いい加減、中国には「普通の国」になってもらわないと、今後も「中国はどういう政策を採るかわからない」という「疑心暗鬼」による「中国発世界同時株安」はなくならないと思います。

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2015年8月15日 (土)

人民元切り下げに見る中国経済政策の変調

 今週の中国人民銀行による突然の人民元の実質上の切り下げは世界の市場を震撼させました。そもそも私の生活感覚からしたら、人民元のレートは元安過ぎます。今回の「切り下げ」はその「生活実感」に逆行するもので、今までの中国の政策の方向転換を意識させます。

 私は1986年~1988年北京に、1998年~2000年ワシントンに、2007年~2009年再び北京に駐在していました。経済規模が今と全く異なる1980年代の中国を除けば、私の「生活感覚」からしたら、1米ドル=1人民元=100円です。なので、ドルが1ドル=80円から1ドル=125円に変わっても、「まぁ、そんなもん。」と納得できます。しかし、現在のレート1人民元=20円では、人民元については「人民安(円高・ドル高)過ぎる」という感覚を持ちます。

 2007~2009年の北京駐在時の経験で言えば「タクシー初乗り(2km)料金10元」「北京地下鉄が3元から2元に値下げになった」「北京大学の学生食堂のビーフカレーが3.5元から4元に値上げになった」のを記憶しています。雨の少ない北京で、急に雨が降り出すと地下鉄の駅の出口で折りたたみ傘を売り出すおじさんが商売を始めるのですが、その値段が1本=10元なので、私は「高い!急な雨につけ込んで傘を高く売るのはケシカラン」という感覚を持ったことを覚えています。当時のレートは1元=15円だったので、日本と同じ感覚なら「ケシカラン」とは感じなかったはずです。

 私の感覚から言ったら、1元=70円くらいが妥当なところだと思います。観光旅行で中国に行った人はそうは感じないかもしれませんが、中国のホテルの宿泊料金や観光地のレストランの値段は、東京とそれほど違いませんが、これはこれらの価格がその他の中国の物価水準からしたら高すぎると私は思っています。ワシントン駐在時は、生活に必要なものの値段は日本とはそれほど違うとは感じなかったので、やはり中国の物価体系はひずんでいると思います。

 この感覚は、おそらくはアメリカの国会議員も同様に持っていて、アメリカでは「人民元は低く評価されすぎている。安い人民元レートにより、中国製品は不当に安くアメリカに輸出され、結果としてアメリカ人の就業機会を奪っている。」という対中国批判がよく聞かれます。

 そもそも中国は膨大な貿易黒字国です。仮に為替を市場にゆだねれば、人民元高・外貨安の方向に動くはずです。それなのに人民元高が進まないのは、中国人民銀行が為替を「基準値からの一日の変動幅は2%以内」というふうに管理しているからです。「経済は基本的に市場メカニズムに任せるべき」との考え方に立てば、中国人民銀行の為替管理政策は「意図的に元安を維持しようとしているもの」として批判されることになります。

 中国政策当局もそうした批判はよく承知しています。ただ、過去には「中国の経済はまだまだ弱いので、人民の経済生活を守るためには、人民元レートが安くてもやむを得ない。」と考えていました。実際、私が1980年代後半に北京に駐在していた時のメモを見ると、例えば「1988年6月15日にタクシー初乗り(1km)料金が0.8元から1.2元に値上げになった」とあります(当時のレートは1元=35円)。当時はタクシーは中国の一般庶民には「高値の花」でした。その当時のメモには「鄭州3号(スイカの品種名)が1斤(500g)2角5分(0.25元=当時のレートで約9円)」というのも残っています。ちなみにこの当時の北京地下鉄は環状線(今の2号線)内で0.2元、東西線(今の1号線)に乗り換えると0.3元でした。

 1980年代にはこうした「人民元安」は世界的には問題にされませんでした。中国は当時はまだまだ発展途上だったからです。例えば、日本も1971年のニクソン・ショックまでは1ドル=360円という今では考えられない円安・ドル高状態だったわけですから。その後、中国は急激に経済発展し、2000年代後半にはGDPで日本を抜きました。私が実際に生活して経験した1980年代後半と2000年代後半で比較すると、上記のように、タクシー料金や地下鉄料金で中国の物価は約10倍上がっています。一方、為替レートは1元=35円→15~20円と約2倍になっています。物価の上昇率が経済力の上昇率と比例していると仮定すると、人民元為替レートの上昇の度合いは経済力の上昇についていっていないことになります。「中国は経済発展しているのに人民元レートが低いままだ」というアメリカの国会議員の批判は、私の個人的感覚と合致します。

 中国政府も、「急激な人民元レートの引き上げは中国の輸出を抑え、輸入品価格の上昇を通じて中国人民生活を苦しめることになる」ことから、急激な人民元レートの引き上げは抑制してきましたが、WTO(世界貿易機関)への加盟など中国経済の国際化を進める上では、ゆっくりしたペースではあっても、人民元レートを国際的標準に近い値に上昇させる方向(=アメリカの国会議員や私の個人的感覚に合致する方向)に変化させていくという「方向性」は持っていました。だからこそアメリカ政府はアメリカの国会議員から批判が強くても中国を「為替操作国」とは認定してこなかったのです。

 ところが今回(2015年8月11日)中国人民銀行は「人民元レートの基準値を各銀行からの報告を元にする方式から前日の終値を基準とする方式にする」という実質的に人民元安を容認する方向で基準値設定方式の変更を発表しました。「元高を目指す」から「元安を容認する」への「方向性」の大転換だったのでマーケットは驚愕し、日本、ヨーロッパ、アメリカの株式市場は大幅に下げました。従来の為替政策を変更して輸出を増やす方針を採らざるを得ないほど中国の実体経済は悪いのか、という憶測を呼んだからでした。

 それに加えて、マーケットが荒れたのは、この中国人民銀行の政策変更が世界の市場関係者に「政策意図としては意味不明」「景気刺激策としては逆効果になる可能性があるのに」として「中国当局は冷静な政策決定ができない状態に陥っているのではないか」との疑念を抱かせたからでした。先週末(8月8日)に発表された中国の貿易統計で、中国の輸出額が対前年同月比マイナス8.3%、輸入がマイナス8.1%と大幅に減少したことから、景気刺激策が出てくるとは思っていた関係者も「人民元レートの切り下げ」という方策を採るとは思っていなかったからです。というのは、「人民元レートの切り下げ」は下記のように問題点を含むものだからです。

【人民元切り下げがもたらすマイナス面】

○中国からの外資流出の加速とそれによる金融引き締め効果

 そもそも、中国の貿易収支(大幅な黒字)を勘案すれば、中国経済が国際化すれば人民元レートは現在より元高方向に動くはずです。そうした見通しに立って、多くの外資が中国に流入しました。中国国内での投資効率が悪くても、外貨を元に替えて中国国内に投資しておけば、後で元が上昇すれば為替差益が得られるからです。

 しかし、リーマン・ショック後の経済対策が一巡した2014年頃から中国国内での投資効率が悪くなり、対中投資は中国への流入超から流出超へと変わりました。資金流出超となれば、人民元を外貨(ドルなど)に替える動きが強まり、人民元安・外貨高に為替は動きます。将来的に人民元安・外貨高が予測されれば、従来と逆に、中国国内で元を持っていると損をするので、ますます元安・外貨高が進みます。こうした外資の中国からの流出が加速しては困るので、中国人民銀行は意図的に元安が加速することは阻止するように為替管理をしてきたものと思われます。

 ここで中国人民銀行が人民元安を容認する姿勢を示せば、今後の人民元安の懸念から外国資本の流出を加速させることになります。外国資本が流出する(即ち元をドルに替える)動きが強まれば、市場に存在する人民元が吸収され、結果として金融引き締め効果をもたらします。これは昨年11月以来累次行っている中国人民銀行による金融緩和策と逆行する効果をもたらします。

 確かに人民元安となれば、中国の輸出産業は国際競争力を増すことになるので、輸出産業振興策にはなります。しかし、8月11日からの三日間に起こった対米ドルの人民元安は約5%であり、その輸出振興効果は限定的です。実際、日本円はこの1年間で1ドル=102円から1ドル=124円と2割以上円安・ドル高になっており、日中貿易だけで見る限り、5%程度の対米ドルでの人民元安の効果は極めて小さいと言わざるを得ません(対ユーロ圏についてもほぼ同様)。

 輸出に対するプラス効果が小さく、外資流出によるマイナスが大きいことを考えれば、この「人民切り下げ」を「短期的な景気刺激策」として見るとその効果ははなはだ疑問です。

○外交上のマイナス

 習近平主席は9月に訪米を予定しています。タダでさえ「人民元安ケシカラン」と考えている国会議員が多いアメリカに行く直前のタイミングで人民切り下げを行うことは、南シナ海問題など懸案事項が多くある現状において、アメリカに格好の中国攻撃材料を与えることになります。そもそもこのタイミングで習近平主席が訪米する外交上の目的が今ひとつ不明確なのですが、今回の人民切り下げは「国家主席の訪米直前」のタイミングで行われた、という観点で、「中国政府部内で統一した政策決定がなされていないのではないか」との疑問を惹起します。

○改革開放政策の方向性に対する疑問の惹起

 そもそも1980年代からのトウ小平氏の「改革開放政策」は、中国共産党による一党独裁体制を維持しつつ、経済においては各企業の自主性を尊重して国際競争下で市場原理による中国企業の効率化・高度化を図る、というものでした。例えば、1980年代、トウ小平政権はそれまで中国の民間航空業を一手に行っていた中国民航を解体し、航空業界の「分割民営化」を実施しました。中国の原子力産業を担う核工業部も実業部門は1988年6月に「核工業総公司」となりました。発想としては、国家的事業であっても、実業部門は民間の発想を取り入れて効率化すべき、というものでした。当時進んでいた日本の国鉄や電電公社の分割民営化を参考にしたのかもしれません。

 ところが、習近平体制になってから(正確に言うと李克強総理による「リコノミクス」が進まなくなった2014年以降)、この方向性に逆行する政策が出されるようになりました。「国有企業の分割民営化」の一環として2000年代に成立した鉄道車両製造メーカーの中国北車と中国南車の合併(2014年12月に合併発表。2015年6月合併完了)がその典型例です。製鉄大手の武漢鋼鉄と宝山鋼鉄が合併するのではないか、といった観測も取りざたされています。これらは「国有企業についても市場競争原理を導入して、経営の効率化やイノベーションを進めて、中国企業の国際競争力を高める」ことを目的とした1980年代のトウ小平氏の考え方に逆行するものです。

 先頃の上海株式市場での株価暴落に対して行った政府の過剰な介入も、「市場競争原理に任せる」という1980年代の「改革開放経済の理念」に反するものでした。こうした流れの中で出てきた中国人民銀行による「人民元の実質切り下げ」だったので、「中国政府は経済の本格的な低迷を前にして『市場競争原理に基づく経済の活性化』という基本理念を捨ててしまったのではないか」との疑念を強める結果となりました。

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 なお、8月13日に行われた中国人民銀行による「記者ブリーフィング」において、今回の基準値決定方式の変更は、人民元切り下げによる輸出振興のためではなく、為替レートがより市場原理に基づいて決まるようにする改革の一環である、と説明しました。ただ、この説明のとおりだとしても、以下の疑問点が残ります。

○変更のタイミングがなぜ「今」だったのか。「為替レートをより市場動向に合わせるため」だったら、もっと前の段階で変更できたはず。貿易統計により輸出不振が明確になった直後の変更は「輸出振興のために人民元を切り下げた」というメッセージを市場に与えることはわかっていたはずなので、真に「為替レートをより市場原理に沿うようにする」ためだけの理由なら、今のタイミングでの基準値決定方法の変更は見送ったはず。

○そもそも「為替レート基準値」は「各銀行からの報告に基づくもの」としかされておらず、基準値の決め方は「ブラック・ボックス」だったので、中国人民銀行が人民元安にしたいと思うのならば、1日2%という変動幅の中で黙って基準値を少しずつ下げていけばよいだけの話で、改めて「基準値の決め方の方式を変えた」と発表して、市場に対して「中国人民銀行は人民元安を目指す」というメッセージを与える必要はなかったはず。

 おりしも、報道によれば、中国共産党幹部(引退したOBも含む)が集まって重要事項が話し合われる「北戴河会議」が現在開かれるとされています。こうした中で行われた中国人民銀行の方針変更だっただけに、「もしかすると中国共産党内部でいろいろな議論がなされており、ハッキリとした方向性を持った統一的な政策決定ができない状況に陥っているのではないか」との疑念さえ惹起させてしまったことが、今回の中国人民銀行の決定が世界のマーケットに衝撃を与えた原因だと思います。

 中国電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」によると、8月5日(火)の時点で中国共産党政治局常務委員の劉雲山氏が北戴河で開かれた休暇中の専門家との会合に出た、とのことですので、この時点で劉雲山氏が北戴河にいたことは確実です。もし、今もって「北戴河会議」が開催されているのだとしたら、開催期間が長すぎます。「議論が揉めているのではないか」との憶測も呼んでしまいます。

 運の悪いことに、8月12日夜、天津の浜海新区にある危険物倉庫で大爆発があり、多数の死傷者が出る事故が起きました。これだけの大事故が起きたのに習近平主席や李克強総理をはじめとする中国共産党政治局常務委員が誰もテレビのニュースに出てこないのが気になります。現場に入ったのは政治局常務委員ではない劉延東副総理であり、過去の同種の事故対応とは異なっています。天津港の港湾機能への影響の程度はまだよくわかっていません。港湾機能が長期間停止するようだと、中国の貿易にも悪影響が出る可能性があります。こちらの影響も気になるところです。

 中国経済については、以前から「政府発表の数字は信用できないので実態がよくわからない」という不安がありました。今回の中国人民銀行の突然の「人民元の実質的切り下げ」は、それに加えて「中国当局の政策がどちらを向いているのかわからなくなってしまった」という不安をプラスしました。これは世界経済全体にとってマイナスですので、中国政府が今後世界の信頼を取り戻すような合理的な政策判断を示すことが重要だと思います。

 なお、今回の「人民元の実質引き下げ」について、IMFは歓迎するコメントを出しているほか、アメリカ政府からの露骨な抗議は出ていないので、中国人民銀行は事前にIMFや主要国金融当局に通知していた可能性があります。もしそうであれば、中国人民銀行の今回の判断は「冷静な判断に基づく計画されたもの」だと考えられるので、その意味では心配しなくてよい(=中国人民銀行が中国共産党内部の政治権力闘争に巻き込まれて理不尽な判断を強いられたわけではないと判断してよい)のかもしれません。

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2015年8月 8日 (土)

中国の「借金による公共投資」による「時間稼ぎ」の有効性

 今週(2015年8月3日(月)から始まる週)の「人民日報」は経済関係の評論が満載でした。一方、先週末から今週前半まで、中国共産党幹部(引退した長老も含む)による非公式会議「北戴河会議」が行われた模様です。「北戴河会議」の開催日程については非公表ですが、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」は8月5日(水)に中国共産党政治局常務委員の劉雲山氏が北戴河で休暇中の専門家の会合に出席したというニュースを伝え、翌8月6日(木)には北京で開かれた死去した中国共産党幹部のお葬式に7人の政治局常務委員が出席した映像を流しています。これは8月5日(水)まで「北戴河会議」が開かれ、無事に終了したことを伝えるものと言えるでしょう。

 以上の点と7月30日に開かれた中国共産党政治局会議で経済問題が議論されたこととを合わせて考えると、7月30日の政治局会議で「新しい経済対策」が議論され、それについてその後開かれた「北戴河会議」で長老達の了解が取り付けられ、この週末にも発表されるであろうことを予想させます。

 通常、こうした経済対策は、最終的に決まって発表されるまでオモテには出ないのですが、今回は、株式市場が不安定になっていることを踏まえ、正式発表を待たずに「北戴河会議」が終わったタイミングで、経済対策の内容が意図的に「リーク」されたようです(中国の場合、中国共産党宣伝部の意向を無視して中国の新聞が情報を掲載することはあり得ないので、正式発表がない段階で中国の新聞が記事を掲載したら「当局による意図的リーク」であると判断してよいと思います)。

 その「経済対策」の内容は、8月5日(水)の中国の新聞に掲載され、翌8月6日(木)には日本の新聞でも報道されました。(例:日本経済新聞2015年8月6日(木)付け朝刊6面記事「中国、債券6兆円発行 政府系金融2行 景気下支え強化 現地報道」)。

 この報道によると、今回の「経済対策」は、政府系金融機関(開発銀行と中国農業銀行)に計3,000億元(約6兆円)の債券発行を特別に認め、発行した債券は国有の中国郵政貯蓄銀行が引き受けることによって得た資金で、地下鉄網の整備、農村の貧困地区の開発、水利施設の開発などのインフラ事業を行う、というものです。記事によれば、債券発行は3年間で1兆元(約20兆円)に達するとの見方もあるとのことです。

 今回の経済対策は、リーマン・ショック対策のために2008年11月に打ち出された「2010年末までに4兆元(当時のレートで約60兆円)」の景気対策と比べると数分の1の規模ですが、「借金によりインフラ投資を行う」という意味では、同様の景気刺激策と言えると思います。

 記事によれば「バラマキを防ぐために、中央政府が認めた事業だけを投資対象とする」としているようですが、2008年の4兆元の対策の時も同じようなことを言っていましたので、リーマン・ショック対策と性格が異なるとは言えないと思います。それどころか、記事によれば、今回は「発行した債券は国有の中国郵政貯蓄銀行が引き受ける」としており、最初から「借金は中央政府が尻拭いする」という前提を明示的に打ち出している点で、「恥も外聞もない露骨さ」が目に付くと思います。

(参考)このブログの2008年11月28日付け記事
「『史上最大のバブル』の予感」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-793d.html

 上記のブログの記事で、私は当時2008年の4兆元の景気対策について「史上最大のバブルを呼ぶ」と書いたのですが、今回、また借金によるインフラ投資によって「景気下支え」を行うのならば、「史上最大のバブル」を「再び新たなバブルを作ることによってバブルの破裂を先送りにした」と言えるでしょう。しかし、「バブルがはじけそうになると、新たなバブルを作ってはじけるのを先送りにする」という手法は、どこかで行き詰まることは明らかです。

 この手の「借金による公共投資」については、日本も1990年初のバブル崩壊後、多額の国債を発行して公共投資を行ったのだから、中国当局の政策を批判する資格は日本にはないはずだ、との見方もあります。確かに、日本はこの政策によりGDPの2倍に及ぶ公的債務を抱えることになった上、「バブル後の失われた時代」から回復したかどうか現時点(2015年の時点)でも定かではないのですから、その批判には一理あると思われます。

 ただし、重要な視点として見なければならないのは、「借金による公共投資による景気下支え」は「民間企業が力を復活させるまでの間の時間つなぎ」のための政策であるので、「民間企業に活力を復活させようとする意志と能力があること」が大前提となるが、中国にはそれがあるのか、という点です。

 日本の場合、「1990年代初のバブルからの回復」については、未だ道半ばであり、最終的な評価は出せませんが、日本の各企業はバブル崩壊後の四半世紀、もだえ苦しみながら経営の大転換を図ってきました。1980年代にあった富士銀行、第一勧業銀行等の大手銀行は再編され、シャープ、ソニー、パナソニックなど日本を代表する大企業も自らの変化に苦しんでいます。1980年代当時中国市場でカラー・フィルムの市場争いをしていた富士フイルムは総合化学メーカーとなり、コニカ(旧会社名「小西六写真工業」、フィルムの商品名「サクラカラー」)はミノルタと合併して、現在コニカミノルタとして再編された事業を展開しています。

(注)1980年代の中国でカラーフィルムの販売で日本の二社と激しく市場競争をしていたアメリカのコダック社は2012年に連邦破産法の適用を申請しました(2013年に連邦破産法の適用から脱却)。

 「借金による公共投資」は、こうした各企業の自己努力による事業変革(及び時代に対応できない企業の市場からの退場)を行うための「時間稼ぎ」でしかありません。「時間稼ぎ」の間に、民間企業の再活性化が図られなければ、「借金できなくなるまで公共事業を続ける」という「破綻の道」に進むことを余儀なくされます。

 日本の場合、まだ道半ばではあるものの、各企業は苦しみの中、なんとか「次の時代」に進みつつあるように思います。

 問題は、中国の企業に「時代の変化に応じた自己変革」の意志と能力があるかどうか(また、中国において、時代に対応できない企業が市場から退場できるかどうか)です。

 朱鎔基時代(1992年~2002年)、朱鎔基氏は、前半は中国人民銀行総裁として、後半は国務院総理として、徹底的に国有企業改革を実施し、不採算な国有企業を破産させました。そのため、国有企業を解雇された労働者からは、朱鎔基氏は忌み嫌われていたようですが、この改革は、2000年代までの中国経済の発展を支えたと思います。

 現在の中国の企業の中には、例えばインターネットや携帯電話・スマートフォンの分野で優れた経営を行う会社が数多くあります。私は2007~2009年の北京駐在時に、携帯電話大手のZTEの工場を見学したり、家電最大手のハイアールの方の話を聞いたりする機会がありましたが、これらの大企業は国有企業とは言え、非常に鋭い経営感覚で消費者ニーズの取り込みを行っており、十分国際競争力があると感じました。今の中国は、旧ソ連とは異なり、台湾・香港はもちろん、シンガポールや世界各地の華人経済人の人的資源と経済力を活用できるので、国際競争力のある企業を育てることは十分可能だと思います。

 中国の場合の最大の問題は、一部の「優れた国有企業」以外の「普通の国有企業」が、時代に合わせたマインドによって経営を改革できるか、時代に合わない企業は市場から退場できるか、です。残念ながら、今の中国には、朱鎔基氏のように「嫌われてもいいから不採算企業は切る」という「痛みを伴う改革」を断行できる政治家はいないように思えます。従って、「時間稼ぎのための公共事業」を実行しても、不採算の国有企業(鉄鋼、セメント等)が生き残り、中国経済はそれが重荷となって次の時代へ向けて離陸できないかもしれません。

 また、「中央政府の保証による資金の調達」→「公共事業の実施」→「経済全体の活性化」というリーマン・ショック後の経済対策ではうまく機能した循環が、今回はうまく機能しない可能性もあります。というのは、習近平主席の「反腐敗闘争」が地方政府の幹部を萎縮させているからです。

 習近平主席の「反腐敗闘争」により、地方政府幹部の多くは「ヘタにプロジェクトを開始して『業者と癒着している』と指摘されてはかなわない」として、「何もしない」傾向が強まっているようです。仕事をさぼった場合、左遷されることはあっても、「反腐敗闘争」で逮捕・訴追されることはありませんからね。

 昨日(2015年8月7日)付け「人民日報」2面に掲載された「中国には中高速成長を実現する条件がある(経済観察:専門家が7%を語る)」と題する国務院発展研究センター副の王一鳴副主任による評論文に以下のような部分があります。

「地方財政の圧力がだんだんと増加しており、地方が担当するプロジェクトに対する投資能力が衰弱している。地方幹部において『実行できない』『あえて実行しようとしない』『そもそも実行しようと思わない』の問題が出現していることを重視する必要があり、地方幹部に対する激励システムを再建し、やる気を出すようにしなければならない。」

 つまり、「借金は中央政府が尻拭いするから心配しなくてよい」として資金を用意しても、プロジェクト実施主体の地方政府が公共投資を実施しない可能性があるのです。地方政府幹部(=中国共産党地方幹部)は、地方の業者と癒着してプロジェクト資金の一部をペイバックしてもらえないなら、プロジェクトを実施するメリットはないと考えるのかもしれません。逆にプロジェクトを実施して自分に反対する勢力から「業者と癒着して腐敗している」と告げ口されるのはイヤだ、と考える地方幹部が増え、お金はあるけどもプロジェクトが進まない、という状況が出現する可能性もあります。

 これは、既得権益層である中国共産党地方幹部による「サボタージュ作戦による反習近平闘争」という権力闘争の色合いもあります。こういった「サボタージュ作戦」が蔓延すると、公共事業プロジェクトが進まない、という経済的マイナスとともに、中国国内における政治的ゴタゴタが発生する可能性もあります。

 とりあえず、8月5日(水)に「新たな経済対策」が報じられて以降、上海の株は下げ止まったようですので、いくぶんの「安心効果」はあると思いますが、今回の経済対策に2008年11月の4兆元の景気対策と同じような明瞭な効果を求めるのは難しいと思います。

 さらに、公共事業がうまく機能して景気の下支えに成功したとして、公共事業による「時間稼ぎ」の間に中国の企業が時代に対応した自己変革ができるかが問題となります。「いざとなったら中国共産党が何とか下支えしてくれる」という「甘え」が、上海株に投資している個人投資家だけではなく、多くの中国の国有企業にもある可能性があるからです。

 中国にある日系自動車合弁企業の工場を見学した時に日本人責任者が言っていた言葉が印象に残っています。「日本の自動車メーカーは、どこもリコールに次ぐリコールの苦しい時期を乗り越えてきたが、中国のメーカーにはまだそうした苦しい時期を乗り越えた経験はない。」。私は、この話を聞いて、長い低迷の時期を経験してきた日本の企業は、苦しみの中で獲得した強靱さを持っている、と思いました。

 連日にわたる「人民日報」の「経済成長率7%」を巡る評論掲載を踏まえると、おそらく中国当局は今後本気で経済対策(「株価対策」ではなく)に乗り出すと思うので、今年(2015年)後半の中国経済は何とか「墜落」は免れるかもしれません。しかし、中国企業の構造的マインドの問題(国有企業の自己責任が明確になっていない問題)により、今後の中国は、日本が経験した「失われた20年」以上の長期にわたる苦しい時代に突入していく可能性があると思います。

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2015年8月 1日 (土)

中国に有効な「景気浮揚策」は残されているのか

 日米の国際企業の決算発表で中国の急激な景気減速が数字として明らかになってきています。GM(自動車)やアップル(スマホ等)の2015年4-6月期の中国での販売はまだ大きいようですが、キャタピラー(建設機械)やファナック(製造設備)等の中国でのビジネスは急速に減速しており、今後の中国景気の先行きに懸念が広がっています。特にファナックが最初の四半期終了時点で今年度(2016年3月期)の通期見通しを下方修正したことがマーケットの「中国経済の先行き懸念」を増大させました。

 最近の国際商品市場での商品価格の下落にも、「中国の景気減速」が大きく影響していると考えられています(原油におけるイラン経済制裁解除の動きなど中国と関係しない情勢も影響しているので、国際商品市場の低迷の原因を全て中国に求めることはできませんが)。

 中国は7月15日に今年第二四半期のGDPの伸び率を7.0%と発表しましたが、中国当局自身、経済が減速傾向にあることは相当気にしているようです。中国の国務院は通常は毎週1回水曜日に開催するのが通例の常務会議(定例会議)を今週は2回開いて様々な対策を打ち出しています。

 7月28日(火)に開かれた国務院常務会議では、「都市における電力、通信、給排水、ガス等の共用配管の設置推進」「観光イノベーション投資の促進」を決めました。通常の政策決定の一環とも言えますが、株価乱高下を見据えた経済対策のひとつと位置付けることも可能だと思います。

 7月31日(金)に開かれた国務院常務会議では、「農民や中小企業に対する融資を活性化させるための国有の信用保証基金の創設」「公共プロジェクトの請負、公有財産の売却、政府による購入等における透明性を確保するための公有資源交易プラットフォームの整備」を決定しました。前者は金融緩和下においても農村部や中小企業に対する融資が増えないことに対する対策であり、後者は地方政府による契約の公正性を確保し自由競争の確保による地方の企業活動の活性化を狙ったものと思われます。

 これらは、株価の乱高下を踏まえた、経済対策の一環と思われますが、「個別政策」の域を出ず、あまりパンチのあるものとは思えません。

 一方、7月30日(木)には中国共産党政治局会議が開かれました。「今年上半期の経済成長のスピードは目標(年間7%前後)に合致しているものの、経済に対する減速圧力は依然として比較的大きく、一部の企業は経営困難に陥っており、経済成長のための新しい動力(ドライバー)の不足と旧いドライバーの衰弱がもたらす構造的矛盾は依然として突出している」との認識が示されました。この経済認識については、一週間前の7月24日に開かれた「党外人士座談会」(設置が認められている中国共産党以外の政党の幹部との意見交換会)でも議論されており、形式的には「いろんな人の意見を聞いて議論した」という形になっています。

(注)なお、この日(2015年7月30日)の中国共産党政治局会議のメインテーマは、前中国共産党軍事委員会副主席の郭伯雄氏の党籍剥奪と訴追の決定でした。

 国務院常務会議が1週間のうちに二回開催され、中国共産党政治局会議で経済情勢が議論され(しかもそれは事前に「党外人士座談会」でも議論された)ということは、中国当局が今のタイミングで単なる「株価対策」だけではなく「経済対策」を重視していることを示しています。

 また、7月28日、中国人民銀行は8月初旬に支店長会議を開くことを公表しましたが、日中産学官交流機構特別研究員田中修氏は、中国人民銀行支店長会議は、毎年開かれるものの、事前に公表されることは異例であり、今回の事前公表は上海株式市場の動揺を受けて、金融政策には変更がないことを明らかにして、市場を鎮静化しようとする意図があるのではないか、と指摘しています。

 このように、中国当局は、株価の乱高下対策を実施する一方で、実体経済の減速そのもにについても相当気にしているものと思われます。一方で、日本のテレビの解説等を聞いていると、「中国当局は経済対策の手段をまだたくさん持っているので心配する必要はない」と言っている解説者も多いようです。確かに中国当局には「打てる手」はたくさんあると思いますが、それらが「有効な手」「持続性が期待できる手」であるかどうかは疑問です。私は中国において「有効な景気浮揚策」は既に尽きているのではないか、と心配しています。その理由は以下のとおりです。

○金融政策

 中国の政策金利は日本や欧米に比べてまだ相当に高いレベルにあり、金利引き下げの余地は十分にあります。また、銀行に課している預金準備率も極めて大きく、預金準備率引き下げという金融緩和策もまだその余地は十分にあります。しかし、国務院が何回も農民・農村や中小企業に対する融資拡大策を打ち出していることでもわかるように、累次の金融緩和策は、資金が必要な農村や中小企業に対する融資拡大には実際には繋がっておらず、実体経済にあまり効いていないと思われます(緩和マネーが株式投資など実体経済ではない部分に回っている)。従って、今後、単に金利引き下げや預金準備率の引き下げを行っても、それだけでは中国経済の減速にブレーキを掛けることは難しいと思われます。

○財政政策(公共投資)

 昨日(2015年7月31日)、2022年の冬季オリンピックが北京(及び周辺都市)で開かれることが決まりました。これに絡めて、今後、大規模な公共投資が拡大する可能性があります。しかし、中国では、これまでも道路、鉄道、水利施設、マンション等の投資は相当規模行われており、既にマンション等は過剰な状態にあります(一般庶民が買えないような豪華なマンションが多いなど、需要と供給のミスマッチが存在している)。公共投資の拡大は、一時的な鉄鋼やセメントの需要増には繋がりますが、その後の経済発展には繋がらず(むしろ鉄道や道路の維持費のために重荷になる可能性もある)中国当局としても、大規模な公共投資の拡大には慎重にならざるを得ないのではないかと思われます。

○就業対策

 中国の地方政府が盛んに行ってきた工業用地の開発は、農民に補償金を支払って農地を収用することで成り立ってきました。農地を失った農民は新しくできた工場で働く予定だったわけですが、工業用地開発が頓挫して、工場が建たなければ旧農民は失業者となります。農地を失った農民は、2008年のリーマン・ショック以前は、北京オリンピックに向けたビル建設工事、リーマン・ショック後は4兆元の経済対策によるインフラ建設工事において「農民工」として働いてきました。一部は4兆元の経済対策で拡大した鉄鋼業やセメント工業で働いているのかもしれません。価格が下落しているのに、鉄鋼業やセメント工業で生産量が減らないのは、こうした元農民の工場労働者を失業させるわけにはいかないので製品が過剰でも工場を止められない、という事情があるのだと思います。

 2008年のリーマン・ショックまでは「保八」と言われ「GDP成長率は何としても8%以上を維持する」政策が続きました。経済発展には格差の拡大がつきものですが、全体の成長率が8%以上を維持していれば、最下辺の人々の収入も対前年比ではプラスにできるからです。今、中国政府は経済成長率を7%に設定していますが、「最下辺の人々についても収入を対前年比プラスにするための経済政策」は打ち出せていません。公共投資の拡大は、工事が行われている間の雇用を確保するのに過ぎず、工事が終われば工事に携わった労働者は失業します。新しい産業を育成しない限り、公共投資は「一時しのぎ」に過ぎず「持続可能な経済政策」にはなり得ません。

 中国政府は、今「大衆創業、万衆創新」(みんなで創業、みんなでイノベーション)というスローガンで、インターネット等を活用した起業を勧めていますが、いじわるな見方ですが、このスローガンは私には「政府はもはや企業を育成できないので、人民のみなさんは自分で会社を作ってね」と言っているように思えて、中国政府の「限界」を自ら吐露しているように見えてしまうのです。

 さらに、今、中国では毎年700万人以上の学生が大学を卒業していますが(日本の十数倍)、これら高学歴取得者の就職も大問題です。中国は、まだ低賃金労働集約型産業構造からの脱却がなされておらず、産業構造の変化のスピードと大学卒業生の増加スピードの間に大きなミスマッチが存在しているからです。私が北京に駐在していたリーマンショック前の2008年頃でさえ、北京大学・清華大学などの有名大学ではない大学の卒業生は就職先探しに相当苦労していました。膨大な生産過剰設備を持つ企業でリストラを進め、経済を活性化させ、かつ低賃金レベルから高学歴者に至る幅広い人々の就業を確保することは、政策的には極めて困難な課題だと思います。

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 以上を考えると、「中国当局は経済対策の手段をまだたくさん持っているので心配する必要はない」と日本のテレビで言っている解説者の発言は楽観的過ぎると思います。一時的な公共投資の拡大による景気刺激は、2008年暮の「4兆元の経済対策」の再現であり、単なる「一時しのぎ」であって、中国経済の持続的な発展はもたらしません。(私の印象では、テレビに出ている方々の中でも、中国系(中国人または元中国人)の解説者の方々は、実情をよく知っているので、あまり楽観的なこことは言っていないように思います)。

 中国の経済統計は、「公表されていない」「公表されていても信用できない」ものが多いので、まだ中国経済の動向は、正しく評価されていないおそれがあります。鉄鋼の生産や銅の消費は、今、中国が世界の約半分を占めています。中国経済の動向は、世界経済に致命的な影響を与えますので、中国経済の今後については、楽観視するのは禁物だと私は思っています。(そもそも日本のテレビの経済解説者の中には「中国共産党の一党独裁により自由な企業活動と国民(納税者)による政策チェックができない」という中国経済の制度的脆弱性を重視していない人が多いように思います)。

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