« そして上海総合指数は「作られた指数」になった | トップページ | 中国の公共投資とそれからの社会的リターン »

2015年7月11日 (土)

上海株暴落の次に来るのは中国経済危機か

 上海株の暴落は株式市場への直接的な影響としては世界に伝播することはないと思われますが、この中国の株価の暴落が中国の実体経済に打撃を与えるかどうかについては、世界中の人々が心配しています。

 今回の株価の急落の中国の実体経済に与える影響については、以下のとおり、楽観的な見方をする人がいます。

A:「中国株の暴落は、中国の実体経済にマイナスの効果をもたらすが、その影響は限定的である」とする見方(理由は以下のとおり)

○上海総合指数は2015年6月12日をピークに7月8日までの間に約三割急落したが、まだ年初の水準を割り込んでおらず、「急激に上がりすぎた分が下がった」のに過ぎない。従って、個人投資家の中に損失を被った人がいることは事実だが、全体としては株の含み益による資産効果の減少(いわゆる「逆資産効果」)は限定的である。

○中国の家計の資産は、まだ現金預金の割合が大きく、株の割合は、先進諸国と比べて小さい。従って、株価急落による家計の資産に対する打撃は、中国全体としてはそれほど大きくない。

○中国の株式市場の時価総額の対GDP比は、他の国に比べてまだ小さく、株価の下落が全体経済に与える影響は大きくない。

 しかし、一方で、下記Bのようにかなり深刻に捉えている人もいます。

 私も下記Bに掲げる深刻な見方をしています。というのは、今回の株価急落に対する中国当局の「あわてふためきぶり」が、中国当局自身、今回の株価急落を「中国共産党政権の存続に係わる重大な事態」だと認識していることを示しているからです。(公安当局が「違法な空売りは取り締まる」と威嚇したり、中国共産党宣伝部が「マスコミは一定の報道の仕方以外の報道をしてはならない」と通知を出したりしているのは、もはや「経済的な変動に対する経済・金融政策としての対応」を超えており、今回の事態が「通常の事態」ではないことを示しています)。

B:「中国株の暴落は、個人投資家に「逆資産効果」をもたらすほか、実体経済に対して大きな(場合によっては破滅的な)マイナス効果をもたらす」との見方(その理由は以下のとおり)。

1.今回の株価急落局面で、多くの銘柄(全体の約半分と言われる)が「取引停止」になっているが、これは株を担保として借り入れを行っている上場企業が担保価値の減損を避けるために「取引停止」を求めた結果だと思われること。このことは、多くの上場企業において、今回の株価の急落によって財務状況が相当程度毀損した可能性を示している。

 この点は、7月9日(木)に放送されたテレビ東京「ニュース・モーニング・サテライト」でSMBC日興證券の肖敏捷氏が指摘していたのですが、今回の株価急騰の場面では売買代金が異常にふくれあがっており、個人投資家の資金だけでこれだけの売買代金ができる可能性は低いので、多くの上場企業が自社株を担保として銀行等から資金を借り入れ、その資金を設備投資等に使わずに株式投資に投資して「財テク」していた可能性があります。

 このような状況下で自社株の株価が下がると、銀行から、借入資金の返済または追加担保の差し入れを要求されます。従って、多くの企業で「取引停止」を求めた、ということは、今回の株式相場の急落により、多くの企業で、財務状況が傷ついたことを示している可能性があります。財務状況が傷ついた企業は、新たな事業展開が難しくなるし、ヘタをすると倒産するおそれも出てきます。

 一方、中国銀行監督管理委員会は、7月9日、持ち株を担保にして企業に融資している銀行に対し、融資期限の延長や担保率の軽減をすることを(銀行を監督する役所として)認める、旨を発表しました。これは株を担保にして銀行から融資を受けている企業は助かりますが、銀行の財務体質を弱くすることになります。金融システム安定化のために銀行の財務体質をしっかり監督する立場にある銀行監督管理委員会がこうした通知を出すのはおかしいのですが、「株価の下落を避けたい」という政府全体としても目標の前にはやむをえない、として判断したのでしょう。

 中国銀行監督管理委員会がこのような自らの役割を放棄したかのような通知を出したことは、社会全体に危機的状態をもたらすほどに、自社株の株価下落により財務体質が痛んでしまった上場企業が数多く存在していることを示しています。

2.新たなIPO(新規株式公開)や増資の一時的な停止により、今後中国経済の成長をリードすることが期待されていた新興企業が成長のための資金を得ることが難しくなる

 今、中国経済においては、インフラ関連産業等に頼ったものから、例えば、IT関連、サービス関連産業など、時代の流れに応じた新たな企業が発展しなければ、成長は望めません。今回の株式市場の混乱により、IPOや成長企業の公募増資が一時的に停止されていますが、これは、今後の中国経済の成長の原動力となるべき新興企業の活躍の原資の供給を自ら止めてしまっていることを意味します。IPOや公募増資の停止が長引くと、中国経済全体の資金需要に息詰まりが起き、中国経済全体が窒息します。

3.国有企業の株価の民間放出による資金吸収ができなくなり(逆に自社株買い等により資金を民間に放出することによって株価を支えることにより)、国有企業の財務体質が悪化する。このことは、国有企業の株式放出によって得た資金を地方政府の債務の実質的肩代わりの原資にしようと考えていた中国政府の意図が頓挫することになり、多くの地方政府の債務がデフォルトすることになる可能性がある。これは理財商品の償還不能等を招くほか、中国国内における金融システミック・リスクを顕在化させる可能性がある。

 この点は、そもそも「中国政府は、明らかにバブルと思えるほど上昇しつつあった株価に対して、バブルがはじけるまで、なぜ熱気を冷ますような対策を講じなかったのか」という疑問とも通じます。

 これに関連して、「週刊東洋経済2015年6月27日号」の「ミスターWHOの少数異見:上海株急騰の裏の裏」と題するコラムでは、中国政府が株価の急騰を放置していたのは、高値での国有企業株の売却によって、鉄鋼等の業績悪化した企業群へのテコ入れと地方政府の債務の救済のための原資を得るためだったからである、という可能性を指摘をしています。

 私は、2012年暮れに東京で行われたあるシンクタンク主催の中国経済に対する勉強会に出たことがあります。その勉強会で私が「リーマン・ショック後の大規模な財政出動で、地方政府は膨大な債務を抱えている状態になっているが、中国の中央政府はそれを支えるだけの資金を有しているか」と質問しました。私の質問に対し、シンクタンクの方は「中国は膨大な外貨準備を抱えているほか、巨大な国有企業をいくつも抱えており、我々が想像するよりも、巨大な資産を持っている。いざとなったら国有企業の株を放出することで巨額の資金を得ることができるから心配することはない。」と答えていました。もしかすると、去年秋頃からの株価の急騰を中国政府が放置していたのは、今、既に、地方政府の債務を下支えするための原資が必要になるという「いざという時」が到来したので、株価が上がったところで国有企業の株を高値で放出したかったからかもしれません。

 今年6月10日、過去5年間で最大規模の資金調達額になると言われる中国核能電力(原子力発電を行う会社)の上海証券取引所でのIPO(新規株式公開)が行われました。上海総合指数がピークを打ったのは、この中国核能電力のIPOの二日後であったことは、何か暗示的なものがあるのかもしれません。

 もし「中国政府は、地方政府の債務の肩代わりの原資とするために高値で国有企業の株を売り抜けようと考えて、株価の急騰を黙認していた」のだとすれば、逆に、株価が急落した現状においては、「地方政府の債務を肩代わりする原資が得られない」ことになります。これは今回の株価の急落が「地方政府のデフォルト」→「理財商品の償還不能をはじめとする中国の金融システムの破綻」の入口となる可能性を示唆しています。

4.今回の株価暴落に対する当局の対応(あわてふためきぶり)は、中国当局の能力不足を露呈させ、内外の人々の中国当局に対する信頼を失墜させた。

 7月8日(水)朝の時点で「多くの銘柄が『取引停止』になっている」と報じられました。下がるであろう銘柄を「取引停止」にすることによって株価の下落を止めようとしたからだと思われますが、一部が取引停止となり、残りが取引可能な状態であれば、信用取引等で資金返却を余儀なくされている投資家は「売れる銘柄を売る」行為に出ることはあきらかであり、一部の銘柄の「取引停止」は、残りの銘柄の株価の暴落を呼ぶことは明らかです。それが明らかなのに一部の「取引停止」を認めた取引所の判断は、内外の人々に「中国の株式取引所は株取引のことをわかっていない」と思わせました。

 この日(7月8日)朝、中国証券監督管理委員会(上記の「中国銀行監督管理委員会」とは別組織)の関係者が「現在の市場はパニック状態にあり、理性的ではない売りが数多くなされている」と発言したと報じられました。株式市場を監理監督する立場の者は、市場参加者がパニック状態にならないように発言すべきなのですが、自ら「今、マーケットはパニックになっている」と発言したことに対し、CNBCアジアでは、ある視聴者が「中国の証券監視監理当局はアマチュアか?」というコメントを寄せてきたことを紹介していました。

 そもそも今回の株価の急騰については、私も5月3日の時点でこのブログに「上海株バブル崩壊のタイミングとその影響」と題して書いたように、5月初の時点では「今の株価はバブルで、いつか崩壊する」ことは「ミエミエ」でした。そういう状況に対して、中国当局が何も対策を講じず、みずみす6月中旬以降に「バブル崩壊」を現実化させてしまった時点で、中国当局の「対応ミス」は明らかでした。それに加えて、上記のような「バブル崩壊後の対応」においても「明らかにおかしい(自由経済の国の人から見るとシロウトのような)」対応が散見されました。これにより中国当局の信頼は失われ、「投資家に被害が及ばないように当局が何とかしてくれる」と思っていた多くの中国人個人投資家は株式市場から退場するかもしれません。そうなれば、当局がどのような策を講じても、株価は上昇するはずはありません。

 中国の株式市場監理監督当局への信頼が失われたことは、今後、中国経済発展のために重要な役割を果たすべき株式市場の正常な運営に支障を来すことになるでしょう。

5.政府による大々的な株式市場への介入により、株式市場の自主的価格形成機能は失われ、国有企業の企業統治(コーポレート・ガバナンス)は「毛沢東時代」に逆戻りすることになる。また、今後、外国資本は「中国は自由な市場ではない」と判断して中国市場への参入を見送ることになり、中国経済の国際化は進まなくなる。

 おそらく、長期的には、この点が中国経済に最も大きな致命的なダメージを与えると思います。「株価が下がると政府が出てきて株を買い支える」「国有企業の自主的な企業経営計画とは全く関係なく、政府の指示で自社株買いを『させられる』」といった事態は、中国の企業(国有企業も民間企業も)の自主的な経営努力に対する意欲を致命的に失わせます。そのことは、全人代の政府活動報告の中で「政府の役割と『見えざる手』の役割」として中国政府自らが役割を期待していた市場原理を否定することになります。経済活動の発展においては、各経済主体それぞれの創意工夫と企業や企業を支える人の「士気(=やる気、モラル)」が致命的な役割を果たします。今回の中国政府による株式市場への強圧的な介入は、中国の各経済主体(企業及び人)の「士気・やる気」をくじいてしまったと思います。

 また、当然のことながら、「何かあったら当局が強圧的に介入してくる」ような市場に、今後、外国資本は参入したいとは思わなくなるでしょう。

--------------------------

 今回の上海(及び深セン)の株式市場での株価の暴落とそれに対する中国当局の介入は、1978年に始まった中国の「改革開放の政治」の中で、1989年の「第二次天安門事件(六四天安門事件)」に次ぐ「危機的状況」だと私は思っています。株価急落は、単にその「始まり」に過ぎず、上記に述べたように、「自社株の株価急落により多くの上場企業が窮地に追い込まれる」「株式市場の機能喪失により、経済成長に必要な新興企業の資金調達がうまくできない」「中央政府による地方債務のマネジメントがうまくいなかくなり、一部地方政府のデフォルトやそれに起因する金融システム危機が起きる」といった一連の経済的危機が今後発生する可能性があるからです。

 テレビや新聞での論評を聞いていると、中国経済に詳しい専門家の方々も、その多くは私と同様のかなりの「危機感」を持っているように思います。

 多くの方が指摘していますが、上海株の急落と同時に、国際商品市場において、原油や銅などの非鉄金属等の価格が急落しています。商品市場の関係者が、中国での急速な経済停滞による需要低下を懸念しているからのようです。(一方、今日(2015年7月11日(土)付の日本経済新聞朝刊17面記事「中国系ファンドの影映る~銅相場と上海株の結びつき~」においては、銅市場においては、中国系ファンド自身が動いている可能性があることを指摘してます)。

 少なくとも、今回の中国株の急落は「中国人による『爆買い』が減ったらどうしよう」といったレベルの問題ではなく、中国経済に打撃的な下押し圧力をもたらし、その結果として世界経済全体に大きなマイナスの影響をもたらす可能性がある事態の始まりである、と認識すべきだと私は思っています。

 この週末、ヨーロッパやアメリカの株式市場がギリシャ債務問題(この週末に一定の進展がある可能性がある)にばかり注目して、「上海株は下げ止まったとして一定の安心感を得ている」ような動きをしているのは、あまりに楽観的過ぎると私は思っています。

|

« そして上海総合指数は「作られた指数」になった | トップページ | 中国の公共投資とそれからの社会的リターン »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« そして上海総合指数は「作られた指数」になった | トップページ | 中国の公共投資とそれからの社会的リターン »