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2015年6月 6日 (土)

中国における金利自由化と「銀行の自由な経営判断」との関係

 中国人民銀行は、2015年6月2日、個人及び企業向け譲渡性預金(CD)を解禁しました(それまでは金融機関向けに限られていた)。譲渡性預金の金利は市場で自由に設定されるので、この措置は、今後行われるであろう金利の自由化へ向けた一歩であると見られています。

 一方、中国では、この5月から、銀行預金に対する預金保険制度がスタートしています。預金保険制度は、銀行が破綻した場合でも、一定金額の預金を保護する制度です。自由な金利の設定により銀行の経営が悪化した場合には、国は銀行を支えることはせずに銀行を破綻させることとし、その際でも預金者が受ける損害を最小限にするために預金保険制度をスタートさせたのです。従って、預金保険制度の開始は、金利自由化のひとつの前提であると考えられています。

 金利自由化の措置は、現在金利を規制していることにより、多くの一般市民の資金が低い銀行預金金利を嫌って、当局が規制できない理財商品等の金融商品の購入などに向かっているという現状を是正するためのものです。

 中国当局は、昨年(2014年)、初めて民営銀行の設立を認可しました。金利自由化の流れは、現在、国立銀行が主体となっている中国の銀行業界において、経営を各銀行の責任で行わせ、破綻するかしないかは銀行の自己責任であることを徹底させるための方策の一環であると言えます。

 各企業が自己責任で自由に経営判断できることは、自由な経済活動のための最も基本的な原則ですが、この部分は、現在の中国における「中国共産党による指導」という基本原則と抵触します。国有企業を含めた中国の組織においては、各組織の中国共産党委員会が存在し、各組織は「中国共産党の指導」に従わなければならないことになっているからです。

 普通、中国の組織においては、各組織の名目上のトップ(市ならば市長、企業ならば社長)のほかに「中国共産党委員会書記」がいて、地位と権限は党書記の方が上です。従って、中国の組織では、「誰が最終決定責任者か」が外からはわかりにくいことが多いのです(「最終決定責任者は党書記である」という点では明確なのですが、市における市長、企業における社長が最終決定責任者ではない、という現状は、世界の一般常識からすれば「わかりにくい」と言わざるを得ません)。

 各企業の経営においても、例えば、「部品は○○工場のものを使え」とか「製品輸送の○割以上は鉄道を利用するように」とかいった「御指導」は日常茶飯事です。日系合弁企業の日本側責任者の方々は、こうした法律に決まっているわけでもなく、合弁契約書にも書かれていない日常的な「御指導」とどうつきあっていくのか、が仕事のうちの大きな割合を占めています。

 前回の記事(2015年5月31日付け「『人民日報』に見る中国経済の問題点に対する認識」)で、5月25日付け「人民日報」は、赤字経営を続ける石炭産業において、経営の合理化などを企業の責任に任せるべきだ、といった論評をしていたことを紹介しました。しかし、「企業経営を各企業の自由判断に任せる」ということは、「中国共産党は各企業の経営に対する指導はしない」ことを意味します。このことは全ての場面において「中国共産党による指導」を強調する現在の党中央の方針と一致しません。「各企業の個別経営判断においては中国共産党による指導はしない」のならば、各組織における党委員会と党書記は不要な存在となります。

 なので、多くの人が、中国人民銀行が銀行金利の自由化へ向けて様々な政策を進めている現状についても、「ホントに最終的に金利の自由化を認めるの?」と疑心暗鬼状態にあると思います。「中国共産党による指導」から独立した銀行の企業経営がない状態で金利自由化を進めると、矛盾が起きると思われるからです。銀行経営に対する「御指導」が続くのだとしたら、銀行が経営不振に陥った場合、銀行は「『御指導』をした中国共産党の側にも責任があるはずだ」として公的資金による経営破綻回避を求めることになるからです。

 かつて、1980年代、政府が決めた「公定価格」と市場原理に基づく「市場価格」の二つが存在する制度が、価格差を利用して私腹を肥やす「官倒爺」(官製ブローカー)を生みました。「官倒爺」をなくすために1988年に試みた「二重価格制度の廃止」は、全ての価格が高い「市場価格」にさや寄せされることなって物価の高騰を生みましたが、この物価高騰に対する一般市民の不満が1989年の「第二次天安門事件」(六四天安門事件)の背景にあった、とする見方があります。

 銀行の企業経営における「中国共産党による指導」を維持したまま、金利自由化を進めることは、金融部門において、1980年代の「二重価格制度」のような社会矛盾を生むのではないか、と心配です。

 そもそも、今の中国指導部の基本方針が、世の中全般にわたって「中国共産党による指導」を強化しようとしているのか、それとも「指導」は最低限に縮小させて各企業主体の自由度を高めようとしているのか、政策のベクトルの方向性がよくわからない、というのが最も重要な現在の中国の問題点なのかもしれません。特に、習近平国家主席が前者であり、李克強国務院総理が後者であるように見えるため、政策論争が党内の派閥争いと絡んでいるのではないか、との疑念を惹起していることは、あまりよくないと思います。

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