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2015年6月20日 (土)

香港行政長官選挙法案の否決と上海株の急落

 注目を集めていた2017年に行われる香港行政長官選挙の方法を定める法案について、香港立法会(議会)は、2015年6月18日(木)、反対28票、賛成8票で否決しました。香港立法会の議員数は70名で、可決するには3分の2の賛成が必要でした。賛成票が少なかったのは、否決されることが明らかだと見た賛成派が投票前に退席したからです。

 この結果については、そもそも北京政府は、全ての有権者が一人一票で投票する普通選挙を香港でやることには本心としては避けたかったので、可決には3分の2が必要であることを利用して、反対派にわざと否決させて「北京政府としては普通選挙をやりたかったのに、反対派に葬られた」と宣伝するつもりであって、この結果は北京の思惑通りだったのだ、とする見方もあります。しかし、この結果の中国本土での報道振りを見ると、この香港立法会での投票結果は「北京の思惑通り」ではなかったことは明らかだと思います。

 最も大きいのは、賛成派が退席してしまったために、投票結果が28対8と、形式的に「反対多数」になってしまったことです。賛成派が投票に参加すれば、少なくとも票の数では賛成派が多数となったわけですから、賛成派が退席したことは、おそらくは北京政府が予想していなかった「失策」だと思います。

 この点は、6月19日付けの「人民日報」が「議員数70のところ、反対が28で、賛成が3分の2に達しなかったので否決された」と伝えており、賛成票が8票しかなかったことを伝えていないことでも明らかです。

 また、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、この否決の事実自体を全く伝えませんでした。もしこの結果が「北京の思惑通り」だったのだとしたら、「新聞聯播」は事実を伝えたはずです。「新聞聯播」は「中国政府には都合の悪いことは報道しない」ことで有名ですが、今回の件では、「報道しなかった」ことにより香港議会での否決が「北京政府にとって都合の悪い事実だった」ことを示す結果となりました。

 全国人民代表大会常務委員会が決めた香港行政長官選挙の法案を香港議会が公式に否決した、という事実は、少なくとも私には「衝撃的な事実」でした。「中国共産党の指導」の下で全人代が決めた法案を中華人民共和国の一部である香港の地方議会が公式に否定したからです。香港では中国共産党の決定に対して堂々と反対できることが改めて中国全土の人民の前に明らかになりました。(従来から香港では、例えば「六四天安門事件追悼集会」などは行われていますが、そうした「北京に反対する香港の動き」は中国内陸部には報道されません。今回「香港には北京に反対する動きがある」(しかも一市民ではなく立法会という公式組織が北京に反対した)という事実が中国内陸部に報道されたことは「衝撃的なこと」だと思います)。

 これまで、「人民日報」では、何回も全人代常務委員会が定めた選挙方法は、香港基本法に基づく正当なものであることを主張してきました。その選挙方法が香港で否定されたことにより「人民日報」と中国共産党は「メンツ」を潰しました。「権威ある者のメンツを潰す」ことは、中国社会にとっては、精神的に大きな意味を持つと思います。「王様は裸だ!」という叫びが街中に広がったことになるからです。

 香港での否決のニュースが伝わって以降、「人民日報」ホームページ上にある掲示板「強国論壇」では、「28対8による否決は歴史の選択だ!人民の選択だ!」との書き込みが何度となくなされましたが、アップされるたびに削除されていました。この書き込みが削除されていることも、今回の香港での否決が北京にとって「都合の悪いこと」であることを示しています。

 来年(2016年)香港立法会議員の選挙があるので、香港行政長官選挙の方法については、来年の選挙のあと、もう一度審議を行って、北京が決めた方式の可決を目指す方法もありますが、再度否決されたら「恥の上塗り」になりますので、2017年の香港行政長官選挙は従来と同じ方法(職能団体や社会団体から推薦された選挙人で構成する選挙委員会による選挙)が採られることになるでしょう。

 私は、香港返還を定めた中英共同声明が議論されていた1984年当時、中国や香港との貿易通商関係の仕事をしていましたが、当時、香港の中国返還に伴って、香港在住の経済人が逃げ出してしまう事態が起きることは中国とイギリスの双方にとって避けたいことでした。中国は香港を中国内陸部の経済発展のために活用したいと思っていましたし、イギリスの最大関心事はアヘン戦争以降香港に投下されてきたイギリス資本を守り、アジアの自由貿易港としての香港の経済的繁栄を維持することでした。従って、中英両国は、香港の経済人の流出を避けるため、返還後50年間の資本主義制度の維持と、将来における香港の自治の可能性について言及した中英共同声明にサインしたのでした。

 今回の香港立法会の否決により、香港の自治の進展が遅れることになるのだとしたら、1984年当時中英双方が心配していた香港の経済人の流出が今後格段と進む可能性があります。中国が世界第二の経済大国になった現在、1980年代に比べて中国経済にとっての香港の重要性は相当に低下しましたから、北京は既に香港の経済人が香港から流出してもいいから、内陸部と同じような中国共産党による支配方式を香港にも適用することを優先すると考えているのではないか、と疑う香港の人たちが今後増える可能性があるからです。

 1984年当時、私は「1997年の香港返還後50年間は香港の資本主義が維持される」とした中英共同声明について、「期限が来るのは遙か未来」という感覚を持っていました。しかし、今年(2015年)はそれから31年目に当たりますが、中英共同声明が示した「香港で資本主義制度が終わる」2047年まであと32年しかありません。この31年間、中国内陸部の政治的民主制度は全く進んでいない(私の感覚からすると1989年の六四天安門事件により、今の政治体制は1980年代より後退している)ことを考えると、今後中国自体が変わることは期待できないし、香港に内陸部と同じような中国共産党による支配方式が及ぶことになるまで、既にあまり時間は残されていない、と考えるべきです。そう考える香港の人も多いと思います。

 今回の、香港立法会での行政長官選挙方法に関する否決は、「選挙方法は変わらなかった」という意味では、今すぐ何かが動く切っ掛けとなるわけではありませんが、「香港の将来」の点で大きな影響を与えることになるでしょう。中英共同声明の議論を進めたトウ小平氏は、香港統治をうまく進めることにより、香港方式を台湾にも適用して台湾統一の悲願を実現したい、と考えていたはずです。「香港の将来」に暗雲が立ちこめるなら、結局は「台湾統一」は遠のきます。

 一方、「中国共産党の指導に基づく全人代の決定が否定された」という紛れもない事実は、今後、中国内陸部の政治情勢にボディブローのように効いてくる可能性があります。

 全くの偶然ですが、この週、上海株は週間ベースで2008年以来の急落となりました(2015年6月19日(金)の上海総合指数は4,478.36となり、1週間で13%超の下落)。中国ではこの週末は「端午節」の三連休ですが、この連休中に金利引き下げや預金準備率引き下げなどの株価対策的な金融緩和措置が出るかもしれません。ただ、中国の景気減速の中での異常な株高については、世界的に懸念材料となっています。先週の「尻切れトンボ」のような周永康裁判の結末、今週の香港立法会での行政長官選挙法案の否決、そして上海株の急落を続けて見せられると、習近平政権の運営は実はうまく行っていないんじゃないか、と思えてきます。

 毎年6月末は、中間期末の時期です。多くの理財商品が償還期限を迎えます。一昨年(2013年)の6月末は、中国人民銀行が意図的に流動性供給を絞ったため、償還期限を迎えた金融商品を現金化するための資金が不足し、銀行間金利が急騰するなどの不安定な状況が起きました。今年は、そういうことが起きないように、中国の金融当局はうまくコントロールすると思いますが、今、中国とは全く関係のないところで、ギリシャ債務問題がクリティカルなタイミングを迎えています。世界中で起きている様々な事態がマイナス面での共鳴現象を起こさないことを願いたいと思います。

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