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2015年6月13日 (土)

周永康氏裁判と習近平主席の意図

 2015年6月11日(木)、中国の天津第一中級人民法院は、前中国共産党政治局常務委員の周永康氏に対して、汚職等の罪で無期懲役の判決を言い渡しました。裁判が開始されたとの報道もなかったことから、極めて唐突な感じがしました。さらに、周永康氏が上訴しない意向を示したことから、この判決は確定し、世間を騒がせた周永康氏の問題は、一瞬にして終わりを告げることになりました。

 この裁判で想起されるのは、2013年8月~10月に行われた前重慶市党書記の薄煕来氏の裁判との比較です。この二つの裁判の違いを列記すると以下のとおりです。

○判決が確定するまでの経緯

 薄煕来氏は一審で無期懲役の判決を受けた後、判決を不服として上訴したため、上級審まで行って、上級審の決定(下級審の判決を支持し、被告の上訴を棄却)を経て判決が確定しました。それに対し、周永康氏は、上訴する権利があったにも係わらず、上訴の意向を示さなかったため、一審で判決が確定しました(中国では裁判は二審制)。

○裁判の公開

 薄煕来氏の裁判では、公判日時が予告され、裁判の様子がネットの微博(ウェイボー:ミニブログ)上で文字や写真による「ネット中継」が行われました。これは中国の裁判では異例のことです。被告の薄煕来氏の発言も「ネット中継」されました(ただし、裁判中の全ての発言が「中継」されていたのかどうかは不明)。しかも一審では裁判は5日間行われ、裁判に関してかなりの情報が報じられました。これに対し、周永康氏の裁判では、秘密漏洩罪が含まれている、との理由で、公判日時も公表されず、判決が出た後で報道されただけでした。

○被告の発言

 薄煕来氏の裁判では「公平な裁判を求める」といった薄煕来氏の主張も「中継」されましたが、周永康氏の裁判では周永康氏が裁判で「罪を悔いている」「上訴はしない」と発言する場面がニュースで放映され、被告は判決に対して裁判そのものや判決に対して反論していません。

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 そもそも、日本を含めた「普通の国」では、判決は裁判官が他の誰とも相談せず、自らの判断で下すものですから、判決を聞くまで、検察側も被告側も判決内容を知りません。そのため、上訴するかどうかについては判決を聞いてすぐに判断することはできないので「判決文の内容をよく読んで上訴するかどうか決めたい」といったコメントになるのが普通です。実際、薄煕来氏の場合、一審で有罪判決が出た後、数日後に薄煕来氏側が上訴することにした旨が報道されました。ところが、周永康氏の裁判では、判決を聞いた周永康氏がその場で「上訴しない」と発言しています。これは、周永康氏が判決を聞く前に判決内容を知っていたことを疑わせるに十分です。

 薄煕来氏の裁判の後、「人民日報」は「この法廷の過程は公開され、透明であり、法に基づいており、プロセスにおいては、全て事実と証拠と法律に基づいて審査された。このことは、我が党と我が国の『法治の思想をもって、法治のやり方を用いて、腐敗に反対する』という鮮明な態度と硬い決意を表したものである。」との解説を載せました。一方、周永康氏の裁判では、秘密漏洩罪が含まれるため公開できない、との理由により、薄煕来氏の裁判時に「人民日報」が「自画自賛」したやり方とは全く異なるやり方で裁判が行われました。

 周永康氏の裁判は、薄煕来氏の裁判の時の事実と比較してみれば、「人によって裁かれ方が異なる」ことは明らかです。もし、習近平政権が周永康氏の裁判によって「罪を犯した者は誰であっても公平に裁かれる」ことを主張しようと意図していたのだとすれば、むしろその結果は逆効果であったと言えるでしょう。

 「中国の裁判」といえば1980年代の「四人組裁判」が有名ですが、「四人組裁判」では、被告の一人である江青女史が「『毛主席の指示に従う』としてみんな同じことやってたじゃないか。それなのに私たち四人だけが裁かれるのはおかしい!」と叫んでいた光景が印象に残っています。江青女史の「四人組裁判」に対する反論はよく理解できますし、「反逆者」として訴追された江青女史にこうした主張をさせ「裁判の公正さ」をアピールできた、という意味で、「四人組裁判」は改革開放政策に舵を切った「新しい中国」を象徴するものだったと思います。

 薄煕来氏の裁判も「文字や写真によるネット中継」という形だったにせよ、薄煕来氏の主張も公に出すとともに、上訴を認めた点で、「裁判の公平さ」をアピールする効果はあったと思います。

 しかし、今回の周永康氏の裁判では、裁判所と被告が「裁判所は無期懲役を言い渡すが、被告は上訴しない」ことで事前に調整済みであったことを印象付け、「裁判の公平さのアピール」という点ではむしろマイナスでした。おそらくそういったマイナスの面よりも、「あまり騒ぎを長続きさせたくない」という政権側の意図が強かったからでしょう。ただ、そうだとすると、「虎もハエも叩く」として、「周永康氏のような中国共産党政治局常務委員まで務めた有力者であっても法に基づいて裁かれる」としてアピールしたかった習近平主席の意図は、反対勢力を前にして中途半端なところで挫折せざるを得なかった、という印象を与えることは避けられないと思います。

 中国人民の最も強い不満は、「中国共産党幹部と関係のない人は、いろいろな面で不都合を受け、罪を犯せば厳しく罰せられるのに、中国共産党幹部に近い人は、あらゆる面で優遇され、罪を犯しても訴追されない」という「不公平感」です。習近平主席の「反腐敗闘争」も、こうした中国人民の「不公平感」に応えるものだったのでしょう。しかし、今回の周永康氏の裁判は、薄煕来氏の裁判との比較において、中国人民の間の「不公平感」を高めてしまったおそれがあります。重慶市の「黒社会」と戦った薄煕来氏は一部市民の支持を得ていたのに対し、石油関係の大手国有企業幹部を歴任し公安関係でも力を持っていた周永康氏を支持する一般市民は誰もいなかった点を考えれば、なおさらです。

 今回の周永康氏の裁判の結果は、習近平主席の政権運営が、反発する勢力からの抵抗によって、必ずしも習近平主席の思うとおりには進んでいないことを示した、と言えるでしょう。

 来週(2015年6月15日(月)から始まる週)、香港立法会(議会)では、2017年の香港行政長官選挙の選挙方法を決める採決が行われる見込みです。報道によれば、民主派議員は民主派の立候補を事実上不可能にする現在提案されている選挙方法案には反対する見込みのようです。中国政府が後ろ盾となって提案されている選挙方法案が否決されれば、選挙制度は変わらず、一般市民による普通選挙ではく、代表者による選挙という現行制度が維持されることになりますが、中国政府が指示する案が否決される事態になれば、習近平政権にとっては、「面子(メンツ)を潰される」ことになりますので、インパクトはかなり大きいと思います(中国社会において「メンツを潰される」ことは、他の社会では考えられないくらいダメージは大きい)。

 周永康氏の裁判に引き続いて、香港行政長官の選挙方法に関して、習近平主席の意図通りに物事が進まなかった、という結果になると、習近平主席の求心力に影響力を与えるので、要注意だと思います。

 なお、周永康氏の裁判に関して、多くの日本の新聞が「中国共産党政治局常務委員クラスの高いランクの人物が裁判によって無期懲役判決を受けたのは、中華人民共和国建国以来初めて」と解説しています。中国では、過去に、文化大革命により失脚し十分な病気治療を受けられないまま1969年に病死した劉少奇国家主席や1989年の「第二次天安門事件」(六四天安門事件)で中国共産党総書記の座を追われ裁判を受けられないまま自宅軟禁となりそのまま2005年に死去した趙紫陽氏の例があります。この二人は「裁判を受けられなかった」ので「裁判により有罪判決を受けた」わけではないので日本の新聞の書き方は間違いではないのですが、過去に国のトップや中国共産党トップが裁判も受けられずに失脚した例があることを忘れさせるような日本の新聞の解説記事はミスリーディングだと思います。

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