« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »

2015年6月

2015年6月27日 (土)

中国株暴落とギリシャ債務危機の同時性

 今週、中国株式市場は、また暴落しました。上海総合指数は、2015年6月26日(金)の終値が4,192.873ポイントと対前日比マイナス7.4%、二週間前の6月12日(金)の終値と比較すると18.8%の下落でした。今日(2015年6月27日)付け日本経済新聞朝刊3面の記事「上海株急ブレーキ」によれば、上海市場に1,064社、深セン市場に1,718社が上場しているところ、26日(金)には上海と深センを合わせて約2,000銘柄がストップ安を付けた、とのことです。これはもう「中国の株バブルははじけた」と言わざるを得ないのではないでしょうか。

 今日付の産経新聞3面記事の見出しは「中国バブル崩壊前兆」でした。「株バブル崩壊」と言っていないところが事態の重大さを示していると思います。産経新聞の記事では、この株の急落が実態経済へのマイナスの影響を懸念しているからです。

 一方、今日(2015年6月27日(土))、中国人民銀行は基準貸出金利を0.25%下げ、一部の銀行に対する預金準備率を引き下げる金融緩和措置を発表しました。基準金利の引き下げと預金準備率の引き下げによる金融緩和策は、去年11月以来6回目です(金利引き下げが4回目、預金準備率引き下げは3回目)。実際はそうではないのでしょうが、「株価が急落したから金融緩和措置を行った」ように見えてしまいます。通常は、こうした金融緩和措置を発表すると、週明けの株式市場はある程度持ち直すのですが、二週連続の暴落とギリシャ情勢の不透明感があることを考えると、中国の株式市場がこの中国金融当局の緩和策発表によって持ち直すかどうかはわかりません。

 一方、5か月にわたって続いてきたギリシャ債務問題についての話し合いが、いよいよデッドロックに乗り上げて、日本時間の今朝、ギリシャのチプラス首相は、EU等の債権者側が要求する財政緊縮策を受け入れるかどうか7月5日(日)に国民投票を行う意向を表明しました。この意向に対しては、現時点では、EU等の債権者側がどう対応するのか、そもそもギリシャ議会が国民投票を行う決定を行うのか、など不透明な要素が残っています。

 中国の株価の動きとギリシャ債務問題は、全く関係のないことなのですが、運悪く、全く同じタイミングでクリティカルな場面を迎えてしまいました。月曜日(2015年6月29日)、世界の市場がどう反応するのか、ちょっと心配です。

 通常、いろいろなリスクに対しては、それに対する「対応策」や「セーフティ・ネット」ができており、「もし心配する事態が起きても対応は可能」な状況になっていることが多いのですが、過去の経験から言えることは、「危機」が起きるのは、全く関係のない二つ以上のリスクが同時に起きる時です。それぞれの「リスクに対する対処」は、そのリスクが独立して起きることを想定しているのですが、複数のリスクが同時発生すると、異なるリスクの「からみ」が発生して「対応策」がうまく機能しなくなる可能性があるからです。

 マクロ的に言えば、中国はギリシャ国債は持っていないだろうし、中国とギリシャとの経済関係はそれほど緊密だとも言えないので、中国とギリシャにおける経済変動は互いに影響を及ぼすことはおそらくないでしょう。しかし、ミクロ(各個別企業など)の面では、例えば、ギリシャの海運会社が船の建造を依頼していた中国の造船会社に代金を払えなくなる、といった形で、中国とギリシャの経済的変動がリンクする可能性は否定はできません。6月30日はギリシャへの支援策の期限であると同時に、年央の中間期末で中国では償還期限を迎える理財商品等もあると思います。各関係者には、ぜひ、自分のことだけを考えずに、世界の他の経済分野に与える影響を最小限にするように配慮した対応をお願いしたいと思います。

| | コメント (0)

2015年6月20日 (土)

香港行政長官選挙法案の否決と上海株の急落

 注目を集めていた2017年に行われる香港行政長官選挙の方法を定める法案について、香港立法会(議会)は、2015年6月18日(木)、反対28票、賛成8票で否決しました。香港立法会の議員数は70名で、可決するには3分の2の賛成が必要でした。賛成票が少なかったのは、否決されることが明らかだと見た賛成派が投票前に退席したからです。

 この結果については、そもそも北京政府は、全ての有権者が一人一票で投票する普通選挙を香港でやることには本心としては避けたかったので、可決には3分の2が必要であることを利用して、反対派にわざと否決させて「北京政府としては普通選挙をやりたかったのに、反対派に葬られた」と宣伝するつもりであって、この結果は北京の思惑通りだったのだ、とする見方もあります。しかし、この結果の中国本土での報道振りを見ると、この香港立法会での投票結果は「北京の思惑通り」ではなかったことは明らかだと思います。

 最も大きいのは、賛成派が退席してしまったために、投票結果が28対8と、形式的に「反対多数」になってしまったことです。賛成派が投票に参加すれば、少なくとも票の数では賛成派が多数となったわけですから、賛成派が退席したことは、おそらくは北京政府が予想していなかった「失策」だと思います。

 この点は、6月19日付けの「人民日報」が「議員数70のところ、反対が28で、賛成が3分の2に達しなかったので否決された」と伝えており、賛成票が8票しかなかったことを伝えていないことでも明らかです。

 また、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、この否決の事実自体を全く伝えませんでした。もしこの結果が「北京の思惑通り」だったのだとしたら、「新聞聯播」は事実を伝えたはずです。「新聞聯播」は「中国政府には都合の悪いことは報道しない」ことで有名ですが、今回の件では、「報道しなかった」ことにより香港議会での否決が「北京政府にとって都合の悪い事実だった」ことを示す結果となりました。

 全国人民代表大会常務委員会が決めた香港行政長官選挙の法案を香港議会が公式に否決した、という事実は、少なくとも私には「衝撃的な事実」でした。「中国共産党の指導」の下で全人代が決めた法案を中華人民共和国の一部である香港の地方議会が公式に否定したからです。香港では中国共産党の決定に対して堂々と反対できることが改めて中国全土の人民の前に明らかになりました。(従来から香港では、例えば「六四天安門事件追悼集会」などは行われていますが、そうした「北京に反対する香港の動き」は中国内陸部には報道されません。今回「香港には北京に反対する動きがある」(しかも一市民ではなく立法会という公式組織が北京に反対した)という事実が中国内陸部に報道されたことは「衝撃的なこと」だと思います)。

 これまで、「人民日報」では、何回も全人代常務委員会が定めた選挙方法は、香港基本法に基づく正当なものであることを主張してきました。その選挙方法が香港で否定されたことにより「人民日報」と中国共産党は「メンツ」を潰しました。「権威ある者のメンツを潰す」ことは、中国社会にとっては、精神的に大きな意味を持つと思います。「王様は裸だ!」という叫びが街中に広がったことになるからです。

 香港での否決のニュースが伝わって以降、「人民日報」ホームページ上にある掲示板「強国論壇」では、「28対8による否決は歴史の選択だ!人民の選択だ!」との書き込みが何度となくなされましたが、アップされるたびに削除されていました。この書き込みが削除されていることも、今回の香港での否決が北京にとって「都合の悪いこと」であることを示しています。

 来年(2016年)香港立法会議員の選挙があるので、香港行政長官選挙の方法については、来年の選挙のあと、もう一度審議を行って、北京が決めた方式の可決を目指す方法もありますが、再度否決されたら「恥の上塗り」になりますので、2017年の香港行政長官選挙は従来と同じ方法(職能団体や社会団体から推薦された選挙人で構成する選挙委員会による選挙)が採られることになるでしょう。

 私は、香港返還を定めた中英共同声明が議論されていた1984年当時、中国や香港との貿易通商関係の仕事をしていましたが、当時、香港の中国返還に伴って、香港在住の経済人が逃げ出してしまう事態が起きることは中国とイギリスの双方にとって避けたいことでした。中国は香港を中国内陸部の経済発展のために活用したいと思っていましたし、イギリスの最大関心事はアヘン戦争以降香港に投下されてきたイギリス資本を守り、アジアの自由貿易港としての香港の経済的繁栄を維持することでした。従って、中英両国は、香港の経済人の流出を避けるため、返還後50年間の資本主義制度の維持と、将来における香港の自治の可能性について言及した中英共同声明にサインしたのでした。

 今回の香港立法会の否決により、香港の自治の進展が遅れることになるのだとしたら、1984年当時中英双方が心配していた香港の経済人の流出が今後格段と進む可能性があります。中国が世界第二の経済大国になった現在、1980年代に比べて中国経済にとっての香港の重要性は相当に低下しましたから、北京は既に香港の経済人が香港から流出してもいいから、内陸部と同じような中国共産党による支配方式を香港にも適用することを優先すると考えているのではないか、と疑う香港の人たちが今後増える可能性があるからです。

 1984年当時、私は「1997年の香港返還後50年間は香港の資本主義が維持される」とした中英共同声明について、「期限が来るのは遙か未来」という感覚を持っていました。しかし、今年(2015年)はそれから31年目に当たりますが、中英共同声明が示した「香港で資本主義制度が終わる」2047年まであと32年しかありません。この31年間、中国内陸部の政治的民主制度は全く進んでいない(私の感覚からすると1989年の六四天安門事件により、今の政治体制は1980年代より後退している)ことを考えると、今後中国自体が変わることは期待できないし、香港に内陸部と同じような中国共産党による支配方式が及ぶことになるまで、既にあまり時間は残されていない、と考えるべきです。そう考える香港の人も多いと思います。

 今回の、香港立法会での行政長官選挙方法に関する否決は、「選挙方法は変わらなかった」という意味では、今すぐ何かが動く切っ掛けとなるわけではありませんが、「香港の将来」の点で大きな影響を与えることになるでしょう。中英共同声明の議論を進めたトウ小平氏は、香港統治をうまく進めることにより、香港方式を台湾にも適用して台湾統一の悲願を実現したい、と考えていたはずです。「香港の将来」に暗雲が立ちこめるなら、結局は「台湾統一」は遠のきます。

 一方、「中国共産党の指導に基づく全人代の決定が否定された」という紛れもない事実は、今後、中国内陸部の政治情勢にボディブローのように効いてくる可能性があります。

 全くの偶然ですが、この週、上海株は週間ベースで2008年以来の急落となりました(2015年6月19日(金)の上海総合指数は4,478.36となり、1週間で13%超の下落)。中国ではこの週末は「端午節」の三連休ですが、この連休中に金利引き下げや預金準備率引き下げなどの株価対策的な金融緩和措置が出るかもしれません。ただ、中国の景気減速の中での異常な株高については、世界的に懸念材料となっています。先週の「尻切れトンボ」のような周永康裁判の結末、今週の香港立法会での行政長官選挙法案の否決、そして上海株の急落を続けて見せられると、習近平政権の運営は実はうまく行っていないんじゃないか、と思えてきます。

 毎年6月末は、中間期末の時期です。多くの理財商品が償還期限を迎えます。一昨年(2013年)の6月末は、中国人民銀行が意図的に流動性供給を絞ったため、償還期限を迎えた金融商品を現金化するための資金が不足し、銀行間金利が急騰するなどの不安定な状況が起きました。今年は、そういうことが起きないように、中国の金融当局はうまくコントロールすると思いますが、今、中国とは全く関係のないところで、ギリシャ債務問題がクリティカルなタイミングを迎えています。世界中で起きている様々な事態がマイナス面での共鳴現象を起こさないことを願いたいと思います。

| | コメント (0)

2015年6月13日 (土)

周永康氏裁判と習近平主席の意図

 2015年6月11日(木)、中国の天津第一中級人民法院は、前中国共産党政治局常務委員の周永康氏に対して、汚職等の罪で無期懲役の判決を言い渡しました。裁判が開始されたとの報道もなかったことから、極めて唐突な感じがしました。さらに、周永康氏が上訴しない意向を示したことから、この判決は確定し、世間を騒がせた周永康氏の問題は、一瞬にして終わりを告げることになりました。

 この裁判で想起されるのは、2013年8月~10月に行われた前重慶市党書記の薄煕来氏の裁判との比較です。この二つの裁判の違いを列記すると以下のとおりです。

○判決が確定するまでの経緯

 薄煕来氏は一審で無期懲役の判決を受けた後、判決を不服として上訴したため、上級審まで行って、上級審の決定(下級審の判決を支持し、被告の上訴を棄却)を経て判決が確定しました。それに対し、周永康氏は、上訴する権利があったにも係わらず、上訴の意向を示さなかったため、一審で判決が確定しました(中国では裁判は二審制)。

○裁判の公開

 薄煕来氏の裁判では、公判日時が予告され、裁判の様子がネットの微博(ウェイボー:ミニブログ)上で文字や写真による「ネット中継」が行われました。これは中国の裁判では異例のことです。被告の薄煕来氏の発言も「ネット中継」されました(ただし、裁判中の全ての発言が「中継」されていたのかどうかは不明)。しかも一審では裁判は5日間行われ、裁判に関してかなりの情報が報じられました。これに対し、周永康氏の裁判では、秘密漏洩罪が含まれている、との理由で、公判日時も公表されず、判決が出た後で報道されただけでした。

○被告の発言

 薄煕来氏の裁判では「公平な裁判を求める」といった薄煕来氏の主張も「中継」されましたが、周永康氏の裁判では周永康氏が裁判で「罪を悔いている」「上訴はしない」と発言する場面がニュースで放映され、被告は判決に対して裁判そのものや判決に対して反論していません。

------------------

 そもそも、日本を含めた「普通の国」では、判決は裁判官が他の誰とも相談せず、自らの判断で下すものですから、判決を聞くまで、検察側も被告側も判決内容を知りません。そのため、上訴するかどうかについては判決を聞いてすぐに判断することはできないので「判決文の内容をよく読んで上訴するかどうか決めたい」といったコメントになるのが普通です。実際、薄煕来氏の場合、一審で有罪判決が出た後、数日後に薄煕来氏側が上訴することにした旨が報道されました。ところが、周永康氏の裁判では、判決を聞いた周永康氏がその場で「上訴しない」と発言しています。これは、周永康氏が判決を聞く前に判決内容を知っていたことを疑わせるに十分です。

 薄煕来氏の裁判の後、「人民日報」は「この法廷の過程は公開され、透明であり、法に基づいており、プロセスにおいては、全て事実と証拠と法律に基づいて審査された。このことは、我が党と我が国の『法治の思想をもって、法治のやり方を用いて、腐敗に反対する』という鮮明な態度と硬い決意を表したものである。」との解説を載せました。一方、周永康氏の裁判では、秘密漏洩罪が含まれるため公開できない、との理由により、薄煕来氏の裁判時に「人民日報」が「自画自賛」したやり方とは全く異なるやり方で裁判が行われました。

 周永康氏の裁判は、薄煕来氏の裁判の時の事実と比較してみれば、「人によって裁かれ方が異なる」ことは明らかです。もし、習近平政権が周永康氏の裁判によって「罪を犯した者は誰であっても公平に裁かれる」ことを主張しようと意図していたのだとすれば、むしろその結果は逆効果であったと言えるでしょう。

 「中国の裁判」といえば1980年代の「四人組裁判」が有名ですが、「四人組裁判」では、被告の一人である江青女史が「『毛主席の指示に従う』としてみんな同じことやってたじゃないか。それなのに私たち四人だけが裁かれるのはおかしい!」と叫んでいた光景が印象に残っています。江青女史の「四人組裁判」に対する反論はよく理解できますし、「反逆者」として訴追された江青女史にこうした主張をさせ「裁判の公正さ」をアピールできた、という意味で、「四人組裁判」は改革開放政策に舵を切った「新しい中国」を象徴するものだったと思います。

 薄煕来氏の裁判も「文字や写真によるネット中継」という形だったにせよ、薄煕来氏の主張も公に出すとともに、上訴を認めた点で、「裁判の公平さ」をアピールする効果はあったと思います。

 しかし、今回の周永康氏の裁判では、裁判所と被告が「裁判所は無期懲役を言い渡すが、被告は上訴しない」ことで事前に調整済みであったことを印象付け、「裁判の公平さのアピール」という点ではむしろマイナスでした。おそらくそういったマイナスの面よりも、「あまり騒ぎを長続きさせたくない」という政権側の意図が強かったからでしょう。ただ、そうだとすると、「虎もハエも叩く」として、「周永康氏のような中国共産党政治局常務委員まで務めた有力者であっても法に基づいて裁かれる」としてアピールしたかった習近平主席の意図は、反対勢力を前にして中途半端なところで挫折せざるを得なかった、という印象を与えることは避けられないと思います。

 中国人民の最も強い不満は、「中国共産党幹部と関係のない人は、いろいろな面で不都合を受け、罪を犯せば厳しく罰せられるのに、中国共産党幹部に近い人は、あらゆる面で優遇され、罪を犯しても訴追されない」という「不公平感」です。習近平主席の「反腐敗闘争」も、こうした中国人民の「不公平感」に応えるものだったのでしょう。しかし、今回の周永康氏の裁判は、薄煕来氏の裁判との比較において、中国人民の間の「不公平感」を高めてしまったおそれがあります。重慶市の「黒社会」と戦った薄煕来氏は一部市民の支持を得ていたのに対し、石油関係の大手国有企業幹部を歴任し公安関係でも力を持っていた周永康氏を支持する一般市民は誰もいなかった点を考えれば、なおさらです。

 今回の周永康氏の裁判の結果は、習近平主席の政権運営が、反発する勢力からの抵抗によって、必ずしも習近平主席の思うとおりには進んでいないことを示した、と言えるでしょう。

 来週(2015年6月15日(月)から始まる週)、香港立法会(議会)では、2017年の香港行政長官選挙の選挙方法を決める採決が行われる見込みです。報道によれば、民主派議員は民主派の立候補を事実上不可能にする現在提案されている選挙方法案には反対する見込みのようです。中国政府が後ろ盾となって提案されている選挙方法案が否決されれば、選挙制度は変わらず、一般市民による普通選挙ではく、代表者による選挙という現行制度が維持されることになりますが、中国政府が指示する案が否決される事態になれば、習近平政権にとっては、「面子(メンツ)を潰される」ことになりますので、インパクトはかなり大きいと思います(中国社会において「メンツを潰される」ことは、他の社会では考えられないくらいダメージは大きい)。

 周永康氏の裁判に引き続いて、香港行政長官の選挙方法に関して、習近平主席の意図通りに物事が進まなかった、という結果になると、習近平主席の求心力に影響力を与えるので、要注意だと思います。

 なお、周永康氏の裁判に関して、多くの日本の新聞が「中国共産党政治局常務委員クラスの高いランクの人物が裁判によって無期懲役判決を受けたのは、中華人民共和国建国以来初めて」と解説しています。中国では、過去に、文化大革命により失脚し十分な病気治療を受けられないまま1969年に病死した劉少奇国家主席や1989年の「第二次天安門事件」(六四天安門事件)で中国共産党総書記の座を追われ裁判を受けられないまま自宅軟禁となりそのまま2005年に死去した趙紫陽氏の例があります。この二人は「裁判を受けられなかった」ので「裁判により有罪判決を受けた」わけではないので日本の新聞の書き方は間違いではないのですが、過去に国のトップや中国共産党トップが裁判も受けられずに失脚した例があることを忘れさせるような日本の新聞の解説記事はミスリーディングだと思います。

| | コメント (0)

2015年6月 6日 (土)

中国における金利自由化と「銀行の自由な経営判断」との関係

 中国人民銀行は、2015年6月2日、個人及び企業向け譲渡性預金(CD)を解禁しました(それまでは金融機関向けに限られていた)。譲渡性預金の金利は市場で自由に設定されるので、この措置は、今後行われるであろう金利の自由化へ向けた一歩であると見られています。

 一方、中国では、この5月から、銀行預金に対する預金保険制度がスタートしています。預金保険制度は、銀行が破綻した場合でも、一定金額の預金を保護する制度です。自由な金利の設定により銀行の経営が悪化した場合には、国は銀行を支えることはせずに銀行を破綻させることとし、その際でも預金者が受ける損害を最小限にするために預金保険制度をスタートさせたのです。従って、預金保険制度の開始は、金利自由化のひとつの前提であると考えられています。

 金利自由化の措置は、現在金利を規制していることにより、多くの一般市民の資金が低い銀行預金金利を嫌って、当局が規制できない理財商品等の金融商品の購入などに向かっているという現状を是正するためのものです。

 中国当局は、昨年(2014年)、初めて民営銀行の設立を認可しました。金利自由化の流れは、現在、国立銀行が主体となっている中国の銀行業界において、経営を各銀行の責任で行わせ、破綻するかしないかは銀行の自己責任であることを徹底させるための方策の一環であると言えます。

 各企業が自己責任で自由に経営判断できることは、自由な経済活動のための最も基本的な原則ですが、この部分は、現在の中国における「中国共産党による指導」という基本原則と抵触します。国有企業を含めた中国の組織においては、各組織の中国共産党委員会が存在し、各組織は「中国共産党の指導」に従わなければならないことになっているからです。

 普通、中国の組織においては、各組織の名目上のトップ(市ならば市長、企業ならば社長)のほかに「中国共産党委員会書記」がいて、地位と権限は党書記の方が上です。従って、中国の組織では、「誰が最終決定責任者か」が外からはわかりにくいことが多いのです(「最終決定責任者は党書記である」という点では明確なのですが、市における市長、企業における社長が最終決定責任者ではない、という現状は、世界の一般常識からすれば「わかりにくい」と言わざるを得ません)。

 各企業の経営においても、例えば、「部品は○○工場のものを使え」とか「製品輸送の○割以上は鉄道を利用するように」とかいった「御指導」は日常茶飯事です。日系合弁企業の日本側責任者の方々は、こうした法律に決まっているわけでもなく、合弁契約書にも書かれていない日常的な「御指導」とどうつきあっていくのか、が仕事のうちの大きな割合を占めています。

 前回の記事(2015年5月31日付け「『人民日報』に見る中国経済の問題点に対する認識」)で、5月25日付け「人民日報」は、赤字経営を続ける石炭産業において、経営の合理化などを企業の責任に任せるべきだ、といった論評をしていたことを紹介しました。しかし、「企業経営を各企業の自由判断に任せる」ということは、「中国共産党は各企業の経営に対する指導はしない」ことを意味します。このことは全ての場面において「中国共産党による指導」を強調する現在の党中央の方針と一致しません。「各企業の個別経営判断においては中国共産党による指導はしない」のならば、各組織における党委員会と党書記は不要な存在となります。

 なので、多くの人が、中国人民銀行が銀行金利の自由化へ向けて様々な政策を進めている現状についても、「ホントに最終的に金利の自由化を認めるの?」と疑心暗鬼状態にあると思います。「中国共産党による指導」から独立した銀行の企業経営がない状態で金利自由化を進めると、矛盾が起きると思われるからです。銀行経営に対する「御指導」が続くのだとしたら、銀行が経営不振に陥った場合、銀行は「『御指導』をした中国共産党の側にも責任があるはずだ」として公的資金による経営破綻回避を求めることになるからです。

 かつて、1980年代、政府が決めた「公定価格」と市場原理に基づく「市場価格」の二つが存在する制度が、価格差を利用して私腹を肥やす「官倒爺」(官製ブローカー)を生みました。「官倒爺」をなくすために1988年に試みた「二重価格制度の廃止」は、全ての価格が高い「市場価格」にさや寄せされることなって物価の高騰を生みましたが、この物価高騰に対する一般市民の不満が1989年の「第二次天安門事件」(六四天安門事件)の背景にあった、とする見方があります。

 銀行の企業経営における「中国共産党による指導」を維持したまま、金利自由化を進めることは、金融部門において、1980年代の「二重価格制度」のような社会矛盾を生むのではないか、と心配です。

 そもそも、今の中国指導部の基本方針が、世の中全般にわたって「中国共産党による指導」を強化しようとしているのか、それとも「指導」は最低限に縮小させて各企業主体の自由度を高めようとしているのか、政策のベクトルの方向性がよくわからない、というのが最も重要な現在の中国の問題点なのかもしれません。特に、習近平国家主席が前者であり、李克強国務院総理が後者であるように見えるため、政策論争が党内の派閥争いと絡んでいるのではないか、との疑念を惹起していることは、あまりよくないと思います。

| | コメント (0)

« 2015年5月 | トップページ | 2015年7月 »