« 香港「雨傘革命」:日本の関係者の状況認識は甘過ぎないか | トップページ | 「香港雨傘革命」が中国経済バブル崩壊の切っ掛けとなる可能性 »

2014年10月18日 (土)

長期化する香港「雨傘革命」が中国大陸部13億人の人民に知らせたもの

 香港の民主的な行政長官選挙を求める運動、いわゆる「雨傘革命」は、本格的な「占中」(オキュパイ・セントラル)の運動が始まってから3週間が経っても、解決の糸口が見えません。1989年の「第二次天安門事件」(六四天安門事件)の対処の経験を踏まえても、事態を長引かせることは、「時間切れ解決」をもたらすのではなく、デモ参加者の一部の強硬な姿勢を強めることになり、事態の悪化をもたらす可能性の方が大きいと思います。

 梁振英行政長官は、10月16日(木)、「来週にも学生団体と対話する」と発表しました。私は、「なぜ『来週』なのか」と思いました。事態の長期化はよくない、と考えるなら、対話はすぐにやるべきでしょう。私は「梁振英長官は、おそらく北京政府から、四中全会(中国共産党中央委員会第四回全体会議:10月20~23日)と11月10~11日に北京で行われるAPEC首脳会議が終わるまでは『騒ぎ』を起こすな、と厳命されているのだろう」と想像しました。「対話の提案」は、おそらくは時間稼ぎです。対話を「来週」に設定すれば、少なくとも四中全会の始まる前の週末(10月18日(土)、19日(日))には大きな混乱を招かないで済む可能性があるからです。

 「第二次天安門事件」に参加したデモ隊が「ゴルバチョフ書記長が訪中するまで運動を引き延ばして、自分たちの主張を世界中のメディアに報道してもらおう」という考え方を持ったのと同じように、香港でのデモに参加している人たちの中には「少なくともAPEC首脳会談の時期まで運動を続けて、世界中の首脳から習近平主席に圧力を掛けてもらおう」という意図があるのかもしれません。

 梁振英長官とデモ隊参加者の双方に「APECまでは・・・」という気持ちがあるのなら、APECが終わるまでは、大きな動きはないかもしれません。逆に言うと、APECが終わったら、大きな動き(例えば強制排除など)があることも想定しなければいけないかもしれません。

 「人民日報:日本語版」の記事によると、今回の四中全会の議題は「法による国家統治の全面的推進における重大な問題の検討」なのだそうです。もともとは周永康・前政治局常務委員の処分問題など、党内の腐敗撲滅や司法制度改革を念頭に議題設定をしたのだと思いますが、現在、「人民日報」などが、香港の「占中」運動を「非法な運動」と断罪し、「香港にも法治を」という主張を繰り返していますので、四中全会において香港問題を避けて通ることは難しいと思います。中国共産党内部には、武力を使ってでも早期に収拾を図るべし、と考える強硬派もいるでしょうから、四中全会の中で香港問題に関する議論をまとめるのに、習近平総書記は苦労するかもしれません(今後APECもあるので、今の時点では強硬策を主張することは好ましくないことから、四中全会でまとめる文書では、おそらくは「非法な『占中』活動は香港市民の正常な生活を阻害することから、香港行政府が早期に事態を収拾することを期待する」といった程度の内容に留めることになるだろうと思います)。

 今回の「香港雨傘革命」の動きが、過去の1986年末の学生運動や「第二次天安門事件」の時と異なるのは、「人民日報」をはじめとする公式メディアが批判する立場からとは言え、連日、香港の動きを伝えていることです。中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」では、「デモ反対派市民によるデモ」の様子は放映するけれども、民主派デモの人々の様子は放映しない、など、相変わらず「完全に偏った報道」なのですが、それでも道路を封鎖するバリケードの様子を放映するなど、私の知る限り、中国国内において中国共産党中央に対する異議申し立ての運動をこれだけ大量に報道するのは初めてではないかと思います。

 連日報道することにより、「非法な行動が行われているのに香港行政府は収拾できていない」ことも全国に知れ渡ることになり、同時に「香港ではこうした運動ができるのだ」という事実を全国の中国人民に知らせることになりました。

 人民日報のホームページでは、この香港の「占中問題」に関するネット上座談会なども掲載されていますが(当然、出席者は全員が「占中」に反対)、その中で、「香港市民700万人のうち『占中』を行っているのは2%に過ぎない」という主張もありました。これは逆に「14万人もの人が参加している」ことを示しており、人民日報の論評で言っている「ごく少数の人が行っている」という主張と矛盾しています。

 また、中国最大のネット検索サイト「百度(バイドゥ)」では、10月1日以降「雨傘革命」で検索すると「法律と政策により一部の検索結果は表示されません」という表示が出るようになり、「雨傘革命」がネット上での「検閲対象語」になったことがわかりました。しかし、政府サイトなどでの「占中」批判評論の中でも「雨傘革命」の語を使うことがあるので、「雨傘革命」が「使用禁止語」になっているわけではありません。

 「人民日報」ホームページで記事を閲覧すると、右側の広告欄の中に「ニュース用語検索頻度リスト」を見ることができます。この「人民日報」ホームページの「ニュース用語検索頻度リスト」では、先日見たら、1位が「雨傘批発」(雨傘販売)、2位が「雨傘廠」(雨傘工場)、3位が「太陽傘」(日傘)でした。「雨傘革命」は「検閲対象語」なのでランク入りすることはあり得ないのですが、「雨傘関連」の用語を全て「検閲対象語」にすることはできないので、こういう検索頻度リストができあがるのでしょう。大陸部の中国人民にとっても、「香港雨傘革命」は、賛成か反対かは別にしても、大きな関心を呼んでいることは間違いありません。

 香港行政長官の選挙で民主派が立候補できようができまいが、大陸部の人々にとっては「どうでもよいこと」なので、大陸部で「香港雨傘革命」を支援しよう、という動きはそんなに高まらないと思いますが、「香港では自由にデモや抗議活動ができるんだ」「当局が『非法な行為』『動乱』と称するようなことでも、香港では抑え込むことができないだ」という事実は、既に大陸部の13億の人民に広く知れ渡ったことでしょう。

(注)「第二次天安門事件」の時の1989年4月26日「人民日報」が社説「必ずや旗幟を鮮明にして動乱に反対せよ」を掲載した時、デモ参加者は猛反発しました。しかし、今回の「香港雨傘革命」に際して、2014年10月15日、「人民日報」が1面で「本紙評論員」による社説「香港特別行政区政府の法による施策を断固支持する」を掲載し、その中で「安定は福であり、動乱は禍である」と記載したことに対しては、あまり反発の声は聞こえませんでした。香港市民は「人民日報」なんて読んでない、と言えばそれまでですが、私は個人的には、1989年と比して「人民日報の権威(=中国共産党中央の権威)」が相当に落ちたなぁ、という印象を受けました。

 「第二次天安門事件」の時代にはインターネットはなかったので、中国国内では北京で武力弾圧があったこと自体を知らない人が多かった(今でも「六四天安門事件」関連情報はインターネット上ではアクセス禁止措置がなされているので、中国大陸部では知らない人は多い)のと比べると、今回の「香港雨傘革命」運動は、中国人民に対する「認知度」という点で、大きな違いがあります。この「雨傘革命に対する認知度の高さ」が、ボディブローのように、今後の大陸部での政治的動きに効いてくる可能性があります。

 過去、中華人民共和国の歴史の中で、「文化大革命」を除いては、学生や市民が中国共産党中央に直接的な形で「異議申し立て」をやったのは、1976年4月の「第一次天安門事件」(四五天安門事件)、1986年末の合肥・南京・上海等での学生デモ(北京での動きは当局が事前抑止に成功した)、1989年の「第二次天安門事件」だけです。「第一次天安門事件」では、この後、毛沢東主席の死後の1976年10月に当時中国共産党中央を牛耳っていた「四人組」が失脚し、1986年末の学生デモでは胡耀邦総書記が、「第二次天安門事件」では趙紫陽総書記が失脚しています。つまり、いずれも「当時の中国共産党中央」の実質的交代が行われたのです。

(注)過去の学生らの運動の経緯等については、このブログの過去の発言「中国現代史概説」を御覧ください。左側に「中国現代史概説の目次」へのリンクが張ってあります。

 香港は、もともと集会やデモは自由にできますので、「中国共産党中央に対する異議申し立て」は別に今回が初めてではない、と言えばそれまでですが、「中国共産党中央に対する異議申し立ての動き」が、大陸部の13億人の人民に津々浦々伝えられているという事実は大きいと思います。今すぐ何かが変わる、というものではないにしろ、今回の香港「雨傘革命」は、中国の歴史における大きな転換点であることは間違いないと思います。

|

« 香港「雨傘革命」:日本の関係者の状況認識は甘過ぎないか | トップページ | 「香港雨傘革命」が中国経済バブル崩壊の切っ掛けとなる可能性 »

中国の民主化」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 香港「雨傘革命」:日本の関係者の状況認識は甘過ぎないか | トップページ | 「香港雨傘革命」が中国経済バブル崩壊の切っ掛けとなる可能性 »