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2013年10月14日 (月)

反党・反革命の林彪ですら偉かった?

 最近、形式主義、官僚主義、享楽主義、ぜいたく主義に陥る傾向にある党員に猛省を求めている中国共産党ですが、この趣旨で出された今日(2013年10月14日)付けの「人民日報」1面に掲載された評論文「人民政党の生命線を守ろう」(任仲平)に興味深い部分がありました。

 この論文に署名してある「任仲平」とは、個人のペンネームではなく「『人』民日報『重』要『評』論」を意味する「人重評」を同音異字に変えたもので、特に「人民日報」社として重要だと考える文章を共同執筆する際に使われるペンネームです。(「人民日報」の評論文では、同じような署名として「仲祖文」(『中』国共産党『組』織部『文』章の「中組文」と同音異字)という署名もあります)。

 この「人民政党の生命線を守ろう」は、内容的には目新しいものはありませんが、表現振りは、お堅い表現になりがちな共同執筆論文としては、書き出しからして、ちょっとしゃれています。私が個人的に気に入った部分のポイントを書いてみます。

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○2013年10月というこの時期、APEC首脳会議では「活力あるアジア」が「グローバルな牽引者」になると期待されている。一方、アメリカでは、民主、共和両党が医療保険制度改革で分裂し、連邦政府の部分的閉鎖と債務上限問題危機の問題が頂点に達している。国際化学兵器禁止機構の調査団がシリアに入る中、反政府軍とシリア政府軍の膠着状態は依然として続いている・・・といったように世界は「不確実性」の雲の下にある。一方、「ボイジャー2号」は太陽系縁辺を飛行しており、「人類よ、さようなら。あんたたちは、あとは勝手にやってね。」という意味深長な言葉を残しているようである。

○中国では、発展以来の矛盾と問題に直面しており、眼前の問題はさらに複雑化している。

○マクロ面においては、体制の軌道が重大な慣性で動いており、発展のレベルアップにおいてはイノベーション能力と人材養成の点で硬いボトルネックに遭っており、政府機能の改善には蛮勇が必要である。民主の発育には法治の保護が必要であり、法治の尊厳を守ろうとすると民主を離れて専制の極端になりやすい。公平を無視した「GDP主義」は依然として継続している。

○ミクロ面においては、地方債務は依然として下がらず、マンション価格の乱高下は激しい。「見えざる手」(このブログの筆者注:市場経済の導入のこと)は、進むも退くも難しく、「見えざる手」の発展は難しい。高齢化の流れは「人口メリット」を急速に飲み込み、「未富先老」の困難を生んでいる。一方に就職難があり、一方で労働者不足がある。一方で、都市化建設が熱気を帯びており、一方では空っぽのビル群が林立している。素質教育の強化が叫ばれる一方、学校外の補習授業が繁盛し、医者の低収入が問題になっている一方で、患者は病院に掛かりにくい現状を恨みながら医者に「心付け」を包む。結局、不満と不和が累積し、「和諧」は不安定な情緒となる。

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 最近の「人民日報」ではよく見られる非常に素直な現状認識だと思います。で、特に私が「あれ?」と思ったのは次の一文です。中国共産党員は常に清貧に甘んじ、人民のために尽くさなければならない、と求める文脈の中での文章ですが、次の一文にはちょっとびっくりしました。

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○物資もお金もない中、中国共産党は、どうして権力を得ることができたのか。その答は、エドガー・スノー氏が延安(対日戦争中の中国共産党の根拠地)に行った時の記述に答えがある。いわく「毛沢東は簡素な洞窟に住み、みすぼらしい衣服を着てアワとジャガイモで食事をしていた。周恩来は土の上に寝て、彭徳懐は敵の落下傘で作った服を着ており、林伯渠はヒモで作ったメガネを掛けていた。林彪が私(エドガー・スノー)に『食べてください』と勧めたのはうどんだった。・・・。」

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 「昔の人は偉かった」ということを言いたかったのでしょうけど、エドガー・スノー氏の文章の引用とは言え、1971年に毛沢東の暗殺を企み逃亡途中のモンゴルで墜落死した林彪までも「昔の偉かった人」の一人として列記しますかねぇ。1980年代に中国に駐在した経験のある私としては、文化大革命を断罪する「反党・反革命の林彪・四人組裁判」が改革開放路線の出発点だと思っているので、「人民日報」が林彪を褒める文章を掲載するとは意外です。しかも、最重要公式評論である「任仲平」署名の評論文ですからね。まるで、今の「人民日報」は、「貧しかった林彪・四人組が率いた文化大革命の時期」を礼賛しているようにさえ思えます。

 林彪を「人民日報」上で「偉い人」として復活させるのだったら、その前に1980年代の改革開放の推進者・趙紫陽元総理・元総書記(1989年の「第二次天安門事件」で失脚)の名誉回復をする方が先でしょう。

 1980年以降に生まれた若い人には、どういう「中国共産党の歴史」に関する教育をしているのでしょうか。1980年代に既に大人になっていた中国人民は、林彪を礼賛するようなこの「人民日報」の文章には、大いなる違和感を感じたと思います。

 一方で「見えざる手」(市場経済)の推進を図りながら、一方で林彪を「偉い人」の一人として紹介する最近の中国共産党の感覚は、私には「わけがわからない」というのが実感です。報道によれば、最近、当局は、全ての記者に記者証更新に当たって「マルクス主義報道観」の講習を受けるように義務付けたそうです。一方で、「見えざる手」(市場経済)のさらなる導入の一環として、「ネガティブ・リストに載っていない事業なら自由に経済活動ができる」という「上海自由貿易試験区」もスタートしています。今、中国共産党がどちらの方向へ歩もうとしているのか、私にはさっぱりわかりません。この「方向性がさっぱりわからない」現状は、党内での路線闘争を反映しているのでしょうか。

 いずれにしても、11月の三中全会では、方向性が明確に出ることになるのでしょう。

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