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2013年9月29日 (日)

「上海自由貿易試験区」の決定過程と実際

 報道によれば、今日(2013年9月29日)、「中国(上海)自由貿易試験区」の開始セレモニーが開かれる、とのことです。8月に開かれた全人代常務委員会での決定に基づき、この「上海自由貿易試験区」内では「外資経営企業法」「中外合資経営企業法」「中外合作経営企業法」の規定が一時的に停止される、とのことです。

 そこで、この「上海自由貿易試験区」の決定過程と実際に今後どのようなことがなされるのか、私の個人的な見方を書いておきたいと思います。

1.「上海自由貿易試験区」の決定過程

 「上海自由貿易試験区」の中で具体的にどのような施策が行われるか不明な点も多いのですが、1978年に決まった「対外開放政策」のひとつの柱である「外資経営企業法」「中外合資経営企業法」「中外合作経営企業法」の規定を暫定的に停止する、とのことですので、中国式の改革開放政策からさらに一歩踏み込んで自由主義経済的な政策を採ることが見込まれています。

 もしそうであれば、中国共産党による経済政策としては、哲学的にかなり大きな変革です。中国共産党の基本理念に係わるような政策決定の場合、通常は、例えば中国共産党三中全会(第三回中央委員会全体会議=各期(5年ごと)の政策の重要指針を決める会議。通常、党大会の開かれた翌年の秋に行われる)で方針を決め、次の全国人民代表大会(通常、毎年3月に開かれる)で関係法律を通してから、実施に移る、という手順になります。

 ところが、「上海自由貿易試験区」については、まず7月に開かれた国務院の会議で方針が決められ、8月下旬に開かれた全人代常務委員会で「関連法律の暫定的停止について国務院に授権する決定」が行われて、法律を決める権限を持つ全人代は国務院に関連する法律の暫定停止権限を行政府である国務院に「丸投げ」してしまいました。そして、「上海自由貿易試験区」は、今日(9月29日)、開始セレモニーが開かれ、10月1日から実質的にスタートします。内容については、2013年9月18日に国務院が「中国(上海)自由貿易試験区総体方針に関する通知」を出しています(9月27日付けの「人民日報」ホームページ「人民網」にこの「通知」の全文が掲載されています)。今後11月に開かれる三中全会でもこの「上海自由貿易試験区」については議論されることになっていますが、中国共産党内での議論の形式を踏む前に実態が先に進んでいる、という点で、かなりの「唐突感」(言い換えれば「強引さ」)」を感じます。

 おそらくは8月上旬に開かれた北戴河会議(夏休み期間中に河北省北戴河で開かれる中国共産党幹部(役職上は引退した老幹部も含む)が集まった会議)で議論がなされ既に了承は得ているのだと思いますが、一般の中国共産党員からすれば、党の正式決定会合である三中全会の前に既成事実だけがどんどん進んでいる状況は、面白くないのではないかと思います。おそらくは、李克強総理のリーダーシップに基づいて「改革派」が保守派に有無を言わせない形でどんどん政策を進めているのだと思います。

 かなり強引な進め方をしている感じがするので、今後、11月の三中全会までの間や、その後の実施段階において、「保守派」からの巻き返しがあり、実際の運用がうまく進まなくなる可能性もあるのではないか、と私は思っています。

 また、「上海自由貿易試験区」で進めようとしている政策は「政府の役割を小さくして市場に任せる」「特に金融部門においては、民間資本(外資も含む)の導入を図り、金利の自由化を図る」という意味で、より「非共産主義化」「自由主義経済化」を進めるものですが、このベクトルは、習近平総書記が8月19日の「重要講話」で強調した「マルクス主義を堅持しよう」という方向とは、一般人の目からすると全くの逆ベクトルです。中国人民の中には「我が党・我が政府はいったいどちらの方向に進もうとしているのか」と迷う感じを抱く人も多いのではないかと思います。

 現指導部は「マルクス主義の根本理念、即ち、持たざる者(=プロレタリアート)の利益を確保することを保持した上で、経済の市場化・自由化を進めるのだ。政策としては矛盾していない。」と主張するのだと思いますが、指導者の言動と実際に打ち出される政策の方向性が一致していないように見えるので、非常にわかりにくいと思います。この「わかりにくさ」は、おそらくは中国共産党内部での路線対立が表面化しているからだと思いますが、一般人民には非常にわかりにくい状況であることは間違いないと思います。

2.「上海自由貿易試験区」で今後実際に行われること

 「中国(上海)自由貿易試験区総体方針に関する通知」を読んでも、必ずしもこの「試験区」で何ができて、何ができないのか、よくわからないのですが、「外資経営企業法」「中外合資経営企業法」「中外合作経営企業法」が暫定的に停止される、とのことですので、中国資本と外資との合弁企業の設立に当たっては、中国政府の許可は必要にならないことになる(中国資本と外資との合弁は、会社側の自由意志で決められる)のかもしれません。ただこれは、私にとっては「ほんとかなぁ」と思わせます。例えば、今、重要産業である自動車製造業においては、中国資本と外国資本が合弁会社を設立する場合、外資側がマジョリティを取ること(外資側が資本比率を50%以上とすること)は認められていません(食品産業など他の業種では、外資側がマジョリティを取る、または外資側が100%負担する(いわゆる「独資」)も認められている分野もある)。そういった業種別の外資参入規制が「上海自由貿易試験区」では「撤廃される」とは思えません。

 ただ、国務院の「総体方針に関する通知」では、民間資本や外資を導入した金融機関について全面開放する、とされており、「試験区」の中では外資及び中外合資による銀行の設立を認めるとしています。また、金融市場の利率の市場化も図る、としています。少なくとも金融業については、外資規制を緩めることは間違いないと思います。

 ちょっと気になるのは、「上海自由貿易試験区」とその外側との境界線をどのように管理するのか、という点です。1980年代初め、深セン、珠海、スワトウ、厦門(アモイ)の四つの「経済特区」が作られたとき、「経済特区」と特区外との間には検問所が設けられ、人の出入りに際しては身分証(外国人の場合はパスポート)のチェック、荷物については税関を通るのと同じような検査が行われていました。このため「経済特区」と特区外との境界線は「第二国境線」と呼ばれていました。今、報道されている「上海自由貿易試験区」の出入り口の写真を見る限り、「国境線」のような厳しい人や貨物のチェックはなされないようです。施行される法律が異なる区域間では政府による適切なチェックが行われないと「ヤミ取引」を行うことによって利ざやを稼げる可能性が生じるので、「国境線」のようなチェックを行う必要があると思うのですが、どうするのでしょうか。

 また、「上海自由貿易試験区」の大きな「目玉」が金融業だとすると、金融取引は、現在ではほとんど全てが電子決済なので、それをどうチェックするのかも課題だと思います。現金や小切手などの「もの」をやりとりするわけではないので、当局による違法な電子決済の取り締まりは、ほとんど不可能だと思うのですが、どうするのでしょうか。特に「上海自由貿易試験区」は、ひとつの区域ではなく、現在、別々の場所に四つ存在する保税区を合わせて「上海自由貿易試験区」に指定する、とのことですので、「試験区」の内外のネット上の情報通信を当局がチェックすることは物理的には無理だと思います。

 今、インターネット上では、中国大陸部(中国のうち台湾、香港、マカオを除いた部分)には外部との情報交流をチェックするファイアー・ウォール(いわゆる「グレート・ファイアー・ウォール・オブ・チャイナ」(「金盾」とも呼ばれる))がありますが、中国大陸部のインターネットは数カ所の「関所」を通じて「外部」とつながっているとされており、そこで情報コントロールがなされているようです。「上海自由貿易試験区」の周囲に同じようなファイアー・ウォールを設置することは技術的には相当難しいと思われます。また、「試験区」は上海の市街地のすぐそばにあり、無線によるネット・アクセスもできると思われることから、「上海自由貿易試験区」をネット上「隔離」することは不可能だと思います。一部に、「上海自由貿易試験区」においてツイッターやフェースブックの解禁を期待する報道も見受けられますが、私は、このようなネット上の技術的事情により、「上海自由貿易試験区」において「ネットの自由」を求めるのは無理だと思っています。

 また、「上海自由貿易試験区」において金利の自由化を認めるのだとしたら、「試験区」の内外の資本の移動をどのように規制するのだろうか、という疑問も湧きます。「試験区」内の銀行がもし高い預金金利を設定できるのだとしたら、試験区外部からの資金の流入を認めれば、多くの「試験区外」の個人・企業が試験区内の銀行に預金をしようとするだろうと思うからです。

 実際に何が起こるのかわからない「上海自由貿易試験区」ですが、少なくとも方向性としては「自由化」の方向へ前へ進もうとしているのですから、その健全な発展には期待したいと思います。

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