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2013年8月20日 (火)

「人民日報」が「民主化のワナ」に警鐘を鳴らす

 私は、中国のメディアがエジプト情勢をどのように伝えているのかに関心を持っていました。エジプトでは、事実上の軍部のクーデターによりモルシ大統領が退任させられ、暫定政府ができました。モルシ大統領を支持するムスリム同胞団を中心とする市民が座り込みを行い、暫定政府は軍を出動させて、武力で座り込んでいる市民を排除し、多数の死者が出ていると伝えられています。「座り込みを続ける市民に対して、軍が出動して排除し、多数の死者が出た」という状況は、1989年6月の「第二次天安門事件(六四天安門事件)」と状況は同じですので、中国の公式メディアはこのエジプト情勢をどう伝えるのだろうか、と思っていました。

 現在までのところ、「人民日報」や中国中央電視台(CCTV)の「新聞聯播」では、日本で見るのと同じようにエジプト情勢の事実関係は客観的にきちんと伝えています。「新聞聯播」では、特派員によるカイロからのレポート映像を使うなど、映像的にも、ほぼ日本で見るのと同じような感じで伝えています。

 「人民日報」は、8月16日付けの紙面では、前日8月15日までのエジプト情勢について、ほぼ2面を使って、かなり詳しく伝えていました(「人民日報」がひとつの国の情勢について、これだけ多くの紙面を割いて報じることは珍しいことです)。「人民日報」では、中国の外務省スポークスマンが「中国としては、エジプトの各方面が国家と人民の利益を重視し、最大限の自制を保持し、さらなる人々の流血を回避し、話し合いにより問題を解決し、社会の安定と秩序を回復することを求める」とのコメント出していることを伝えています。このほか、「人民日報」は、国連の声明、アメリカのオバマ大統領の発言、ロシア外務省の声明、EUの声明など国際的な反響も同時に伝えています。

 各国とも同じですが、中国も、モルシ大統領支持者側と暫定政府側のどちらか一方を支持することはせず、武力ではなく話し合いで解決するように呼び掛けています。

 一方、8月16日付け「人民日報」23面には「エジプトのムスリム同胞団は政治の狭間に陥りかねない(記者による観察)」と題する解説も掲載されていました。この解説文を書いた記者も、ムスリム同胞団と暫定政府のどちら側とも一定の距離を置いていますが、表現の端々に若干ムスリム同胞団側に批判的な立場に立ったように見えるニュアンスを感じます。

 この解説文では、ムスリム同胞団が1982年に暴力活動を放棄しイスラム過激派と距離を置いていることをきちんと伝えています。一方で、ムスリム同胞団の活動資金の源泉が不透明であり、一部のメディアでは湾岸諸国がムスリム同胞団に資金援助しているのではないか、と伝えていることも紹介しています。また、ムスリム同胞団は自らのデモは平和的なものであると主張しているが、暫定政府側はムスリム同胞団が武器を秘蔵していると主張していることも伝えています。また、この解説記事では、ムスリム同胞団が、困窮している貧困層に対して、廉価な診療所や学校の設置、物資の支給を行って、貧困層の支持を得ているが、エジプトの中産階級や富裕層は、ムスリム同胞団がお金で人心を買っている、と批判していることも紹介しています。

 「人民日報」の記事は、ムスリム同胞団側と暫定政府側とのどちら側にも立たずに中立の立場から書かれているとは言え、ムスリム同胞団について「宗教を基盤として団結していること」「外国から資金援助を受けているらしいこと」「貧困層を救済することによって貧困層からの支持を得ていること」を指摘していることは、読者に中国国内のチベットやウィグルの宗教運動や失脚した薄煕来元重慶市党書記の手法(文化大革命的に貧困層を救済することによって大衆を動員する手法)を想起させ、「人民日報」がムスリム同胞団側に若干批判的な感覚を持っていることを伺わせています。

 一方、今日(2013年8月20日)付けの「人民日報」5面には、「発展途上国における『民主化のワナ』(新論)」と題する対外経済貿易大学外国語学院副院長・副教授の丁隆氏のエジプト情勢に関する評論文が掲載されています。この評論文のポイントは以下のとおりです。

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○国家の社会的・経済的水準を超えた『早産』の民主化は、『近代化段階』の前においては、社会的に重荷をもたらすことになる。

○エジプトに限らず、多くの発展途上国において、権威主義政権が崩壊した後、民主的な選挙で選ばれた政府が機能を喪失し、軍人によるクーデターが起きるという「教科書的」な政治発展経路が起きている。

○ムスリム同胞団は、イスラムの力によって宗教を政治的動員の道具として用い、選挙において勝利した。政権獲得後、ムスリム同胞団は、上からの統治意識を持ってイスラム化を推進し、結局は軍人により政権を追われた。似たような例は、その他の発展途上国においても起きている。

○発展途上国においては、国家としての民族意識のレベルが低く、社会の同質性が欠乏しており、「民主化不適応症」であることが重要な原因である。例えば、宗派対立の矛盾がイラクの民主化を「爆裂民主」にしてしまい、部族間対立の矛盾がケニアでの選挙において複数回の殺戮を引き起こしている。民主化が原因で、社会的分裂が起きることもある。エジプトにおいては宗教と世俗派との矛盾があり、タイにおいては都市部と農村の対立が表面化している。

○民主化には、「一人一票」が必要なだけではなく、容認と妥協の精神が文化的に内在していなければならない。

○多くの人々が見て明らかなように、エジプトの政治激変の根本原因は経済と民生問題である。ここ二年来、政治闘争が経済活動を凌駕してしまい、エジプトの経済活動が崩壊してしまったことが、社会の動揺の原因である。

○民主化には一定の「準備期間」が必要である。発展途上国においては、経済発展を重視し、民主化に有利な経済的力量、社会組織及び公民社会を培うことが必要である。国家と社会の実際の状況を顧みないで、西側諸国の民主主義を改良しないでそのまま用いることは、往々にして重大な「民主化不適応症」を引き起こしてかえってマイナスとなる。

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 この評論文で、筆者の丁隆氏は、「だから中国ではどうすべきか」とは何も述べていませんが、言いたいことは明らかですね。エジプト情勢を見て「それみたことか。だから中国では、まだ民主化はできないのだ。経済発展が先だ。」とこの筆者は言いたいのでしょう。

 ただ、この筆者が例に出している国のうち、タイは政治的な混乱はあるけれども経済的にはそこそこうまく行っているし、韓国、台湾、フィリピン、インドネシアなど混乱なく民主化が進んだ国のことは紹介されていません。マレー系、中国系、インド系の国民を擁する多民族国家で「社会的同質性」があるとは思えないマレーシアにおいても、民主的な選挙は行われ、経済発展もそれなりにうまく行っていることも紹介されていません。

 私は、確かに一人あたりGDPで考えれば、中国は発展途上国であると思いますが、中国の人々の教育レベルや文化レベルは、他のアジア諸国と同じくらい十分に高いと思っています。中国の場合、「容認と妥協の精神が文化的に内在しているか」というと、そうではないのかもしれませんが、だとしても、一定の「準備期間」を置けば、中国においても民主化は可能なはずであり、エジプトで民主化運動が起きた結果、返って社会が混乱した、という例を持って、中国が民主化の方向に進むべきではない、という結論にはならないと思います。

 一方、今日(8月20日)の「人民日報」7面には、「現在の中国の発展進歩のための精神的旗印~習近平同志による中華民族の偉大な復興と中国の夢に関する重要な論述を学習しよう~」という中国社会科学院院長の王偉光氏による呼び掛け文が載っています。要するに「中国共産党による強固な指導こそが中国の夢の実現を根本的に保証するものだ」という「いつもの主張」です。「中国の夢」とは何か、については、実は誰も明確な定義を言っていないのですが、「中華民族の偉大な復興」とは、私が認識する限り、1840年のアヘン戦争以前の中国をとりもどす、つまり「世界において冠たる位置を占めていた中華帝国を復興する」ということのようです。

 私は、革命政党である(あったはずの)中国共産党が清帝国の時代の「復興」を夢見ていいのかなぁ、といつも思っているのですが、いずれにしても、中国の民主化は、まだまだ遠い先の夢の話のようです。

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コメント

中国メディアそのものが中国共産党の道具に使われているため、中国国民は改ざん、捏造した情報しか得られず、中国共産党に都合のよい判断がされる様に先導されている。中国は一日も早く民主主義国家になるべきだ。

投稿: 太郎と花子 | 2013年9月 5日 (木) 05時32分

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