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2013年8月10日 (土)

気になる朱建栄氏の行方不明

 今日(2013年8月10日(土))は、中国に関する日本での報道で二つ気になるものがありました。

 ひとつは、朝日新聞や産経新聞等が伝えているニュースで、東洋学園大学教授の朱建栄氏が7月に上海に行って以降、大学関係者や家族とも連絡が取れない状態が続いていて行方不明状態になっている、というものです。報道によれば、中国当局により拘束されたとの見方もある、とのことです。

 朱建栄氏は上海生まれで、日本で博士号を取り、日本で本を書いたりマスコミに出演したりしている中国国籍の有名な政治学者です。私の感覚では「ごく普通の学者・評論家」であり、人権活動家と呼ばれる方々とは違い、中国の現在の体制に批判的な立場を取っているとは思えません。

 私は、このブログに掲載している「中国現代史概説」を書くときに朱建栄氏の書いた「中国 第三の革命」(中公新書)も参考にさせていただきました。「中国 第三の革命」は胡錦濤体制が始まる直前の2002年8月に執筆された本で、江沢民氏が唱えた「三つの代表論」について、それまで『労働者・農民などのプロレタリアの党』だった中国共産党の党員として企業経営者等も迎え入れる道を開いたことにより、中国の今後の発展のために各界の協力が得られやすくなった画期的な改革である、というような趣旨で賞賛しています。「中国 第三の革命」では、この江沢民氏の「三つの代表論」を、毛沢東による中華人民共和国の成立、トウ小平による改革開放の開始に続く「第三の革命」と称していました。

 私は、企業経営者を党員として迎え入れることは労働者・農民の党である中国共産党の変質であると考えているので、朱建栄氏の考え方には賛同できませんでした。というか、当時国家主席だった江沢民氏の主張を毛沢東の革命やトウ小平の改革開放と並べて「第三の革命」とまで持ち上げるのは、現政府を持ち上げ過ぎていて、「中国 第三の革命」を読んで私はちょっと鼻白む思いがしました。多くの人もそういう感覚は持っているようで、朱建栄氏は、どちらかというと現在の中国の体制を擁護する側におり、江沢民氏に近い、とも考えられているようです。

 その朱建栄氏がもし報道にあるように「中国当局に拘束された」のだとすると、相当に不可解な事態が「中国当局」の内部で起こっている可能性があります。現在、中国共産党の内部で、外部の人間には理解不能な権力闘争が行われており、朱建栄氏が親しくしている党内の有力者との関係で拘束されたのかもしれないからです。

 朱建栄氏の「行方不明」は、報道が推測しているように「中国当局に拘束された」のか、政治的思惑とは全く関係のない事件や事故に巻き込まれたのか、または全く個人的な都合で大学や家族と連絡を取っていないだけなのか、何もわかっていないので、現時点であまり変に想像をたくましくするのはよくないと思います。ただ、朱建栄氏のような日本では有名な、いわば「売れっ子評論家」的な人物(しかもむしろ中国当局を擁護するような論調の人物)について「中国当局に拘束されたのかもしれない」というウワサが流れると、日本で活躍している多くの中国国籍の学者・評論家は、執筆活動や発言に慎重になってしまうかもしれません。

 私も北京に駐在していた間、このブログに書き込みをするにあたっては、いつでも「当局につかまったり国外追放になったりしないように発言は注意しよう」と思いながら書いていました。よく中国人の学者の方が日本で開かれるシンポジウムなどで発言する際に「これ以上言うと中国に入国させてもらえないかもしれないので言いませんが。私も日本と中国を行き来して仕事をしているので、入国させてもらえないと仕事にならないので。」などと冗談めかして言う場合があります。私自身、同じ感覚を持っていました。こういう言い方をする時、冗談めかして言っていますが、実際、半分は本気なのです。

 いずれにせよ朱建栄氏には早い時期に「いやいや何でもありませんでしたよ」とひょこっと何事もなく無事に現れて来て欲しいと思います。

 もうひとつ気になった記事は、今日(2013年8月10日)付け産経新聞の1面に出ていた記事で、「中国、829語をネット規制」という見出しのものです。中国共産党当局が個人のネットでの発言などで使ってはならないとする829語のキーワード・リストをインターネット・メディアなどに配った、というものです。

 「デモ」とか「人権」とか「六四」とかいう語が中国のネットでは「敏感な語」であることは、中国でネットを使ったことがある人なら誰でも知っている話だし、そういった語のリストがたった829語で尽きているとは思えません。また、「敏感な語」は、話題になる単語が時期によって変わるので、固定したリストを作っても意味がないと思います。「政治改革」を「正治改革」「政0治0改0革」と書いたり「08憲章」(2008年12月にインターネットで回覧された民主政治を求める主張)を「08県長」(「憲章」と「県長」は発音が同じ)と書いたりする「書き換え」の方法は無限にあり、固定した「使用禁止語リスト」を作ったって実際には役に立たないのです。

 また、私は、そういった「敏感な語」のリストを配って、それが産経新聞などの外国メディアで報道されるような「まぬけなこと」を中国共産党当局がやるとは思えないので、産経新聞には申し訳ないですが、この記事は、おそらくは、誰かが「面白半分」で作ったがせネタだと思っています。(もし本当に中国共産党当局がこういう「まぬけなこと」をやったのだとすれば、それは中国共産党当局が既に相当「ガタが来ている」ことを意味します)。

 ただ、私が個人的に気になったのは、産経新聞の記事が紹介している「使用不可語」に「李月月鳥」(李鵬元総理の「鵬」の字を分解したもの)や「美国之音」が入っていることです。李鵬氏は、1989年の「第二次天安門事件」(六四天安門事件)の時の国務院総理(1998年まで)でその後2003年まで全人代常務委員長を務めましたが、その後は引退しています。現在年齢は84歳のはずで、私が北京に駐在した2007~2009年頃は、誰かのお葬式の時に花輪を送る時くらいにしか名前を見なかったほどなので、現在まで政治的影響力をお持ちとは思えません。「美国之音」(ボイス・オブ・アメリカ)の短波ラジオ放送は、1980年代には外国からの情報を得るのに貴重な情報源のひとつでしたが、インターネットがこれだけ発達した現在において、「美国之音」を中国当局が気にしている、というのは、何か変です。

 ボイス・オブ・アメリカ(VOA)については、1986年暮に上海などで大学生が政治の民主化を求めるデモを行った時、学生らが「そもそも他の街で学生のデモが行われたことを中国のメディアは一切報じないが、我々はVOAでそのことを知った。中国国内の動きをアメリカのメディアを通じて知るのはおかしいのではないか。」と言った、という話が、私には個人的に強烈に印象に残っています。私には「李鵬」「VOA」という単語は、1980年代には「敏感な語」ではあったが、現在(2013年)において「使用禁止」にすべき単語じゃない、と思えるのです。

 もしかすると「李鵬」は守旧保守派を代表する語として、「美国之音」は外国からの情報提供を意味する隠語として、自由で活気にあふれていた1980年代を知る人々(それは今は「若者」ではなく、既に中国各界の幹部になっている人々)の間で使われていて、それを使用禁止にしなければならない、ということは、「1980年代の若者=現在の各界幹部」の中で何かが動きつつあることを意味するのかもしれません。1980年代の中国を知っている人たちは、私と同じ感覚を持っていると思いますが、今一番求めたいものは「第二次天安門事件」の再評価です。あの事件を「反革命暴乱」と言い続けている限り中国の未来はない、と私は思っていますが、同じ感覚の人たちは、中国国内にもおそらく数多くいると思います。

 いずれにしても、今日、報道された上記二つの案件は、今、中国の中で、外国からは見えない何かが動きつつあるのかもしれない、ということを伺わせるものだったと思います。

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コメント

東洋大学ではなく、東洋学園大学でしょうか。

投稿: | 2013年8月30日 (金) 21時28分

御指摘ありがとうございました。朱建栄教授がおられるのは「東洋学園大学」でした。御指摘を受けて修正しました。

朱建栄教授が行方不明になって1か月以上が経過しました。1日も早くお元気で復帰されることをお祈りいたします。

By イヴァン・ウィル

投稿: イヴァン・ウィル | 2013年8月31日 (土) 11時54分

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