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2013年8月28日 (水)

もしかして習近平総書記は「改革派」なのか?

 習近平-李克強体制が正式に発足してもうすぐ半年になります。李克強総理が進める改革路線は、海外から「リコノミクス」と呼ばれるように、「政府によるコントロールを制限し市場原理を強化して経済構造改革を進める」という方向性がかなり明確です。一方で、習近平国家主席・中国共産党総書記が示しているのは「腐敗撲滅」「四風(形式主義、官僚主義、享楽主義、ぜいたく主義)反対」といった古くさいスローガンばかりです。習近平総書記は、文革時代に戻るようなことを考えているのか、思想の解放・改革の推進を図るのか、方向性がよくわかりません。昨日(2013年8月28日)付の日本経済新聞2面の連載コラム「迫真」の「習近平の中国1」でも「いったいどっちなんだ」という見出しを付けていました。

 薄煕来裁判の結審を伝える昨日(2013年8月27日)付けの「人民日報」の紙面では、「李克強路線のわかりやすさ」と「習近平総書記の方向感のわかりにくさ」が際だって端的に表れていました。

 この日(8月27日)の「人民日報」10面では、全人代常務委員会が「中国(上海)自由貿易試験区に関して試験区内で関連する法律の関連規定の執行を一時的に停止する権限を国務院に与えることに関する決定(草案)」について議論したことが報じられています。「上海自由貿易試験区」の中身については、同じ日付けの紙面の5面に北京師範大学法学院副院長・副教授の張紅氏が書いた評論文「上海自由貿易区は試験田でもある(新論)」と題する文章で解説されています。張紅氏の文章によると、上海自由貿易試験区の中では、禁止事項であるネガティブ・リストに載っていない限り、外国企業に対して、一時的に外資企業法、中外合資経営企業法、中外合作経営企業法の関連規定を停止するなど、行政による許認可事項を調整するとのことです。政府による許認可事項を減らして、外国企業側に経営の自由度を与える、という意味で一層の「市場経済化」を進めるもののようです。「上海自由貿易試験区」は、李克強総理が進めようとしている経済改革の方向性を示す「目玉政策」と言えるでしょう。

 一方、同じ日の「人民日報」の2面に載っている「習近平中国共産党中央軍事委員会主席の批准を得て決定された人民解放軍総政治部による『大型文芸演出と文芸隊教育管理の強化に関する規定』」では、次の点が決められています。

・人民解放軍の文芸関連部署の人員が地方のテレビ局の「のど自慢」の類の番組に出演することを厳しく制限する。

・専業技術三級以上の文職(文芸関連職)幹部は、将軍あるいは文職将軍の称号を名乗ってはならない。

・文芸創作部署の人員は、毎年少なくとも一ヶ月の基層部隊での生活体験をしなければならない。

・総政治部の歌舞団と各単位の文芸工作団員は、部隊の各種文芸プログラムに毎年少なくとも100回以上出演しなければならない。

 「人民解放軍の中にある文芸部門の人たちは、きちんと本来業務をしなさい」という「至極もっとも」な内容ではあるのですが、この「通知」が、中央軍事委員会の習近平主席の名前を出して、「人民日報」の2面に載せなければならないような重要な決定なんでしょうかねぇ。御存じのように習近平主席の夫人は、人民解放軍の文芸部門で有名な歌手だった方ですので、「身内にも厳しくしているぞ」という姿勢を見せたいのだと思いますが、李克強総理の方が、極めて具体的かつ実効性のありそうな政策を次々出しているのに対して、習近平総書記が出している呼び掛けは、「ぜいたく禁止令」とか上に述べたような呼び掛けとか「中身が軽い」という印象を受けてしまいます。しかも、「人民日報」や中国中央電視台の「新聞聯播」で「学習しよう」と呼び掛けられている「習近平総書記の8・19重要講話」(先週8月19日に行った講話)とは「マルクス主義を信奉しよう」というもので、まるで文革時代のようなものであって、「何を今更」と思える新鮮味に欠けるものです。

 こういった李克強総理の改革の斬新さ・わかりやすさに対して、文革時代を思い起こさせるような習近平総書記の主張では「古くささ」「内容の軽さ」が目立つことから、このお二人の関係はどうなっているのだろうか、という疑問が出てくるのです。ですから、昨日付の日経新聞が「いったいどっちなんだ」という見出しを掲げたのでしょう。

 一方、昨日(8月27日)、中国共産党は習近平総書記が主宰して政治局会議を開き、11月に第18期三中全会(第18期中国共産党中央委員会第三回全体会議=通常党大会の1年後に開かれ、重要な政策課題を議論する会議)を開催することを決定しました。今日(8月28日)付けの「人民日報」が報じる新華社電によると、今回の三中全会の重要テーマは以下の通りです。

○「トラとハエを一気に撲滅する」(「大物」も「小物」も一網打尽に排除する)という方針で腐敗を懲罰し腐敗を防止するシステムを建設する。健全で完全な党内監督、民主監督、法律による監督及び世論による監督システムを確立する。

○地方政府の職能の転換を図り、機構改革を実施する。

○中国(上海)自由貿易試験区を設置する。

 最後の「上海自由貿易試験区」は、まさに李克強総理がやろうとしていることですし、二番目の「地方政府の職能と機構の改革」も地方政府による経済活動への介入を制限しようという李克強改革の「キモ」のひとつでしょう。

 最初の「腐敗撲滅」は、習近平総書記が担当する「党内管理」の課題ですが、この中に「民主監督」「世論による監督」の文言が入っているのは期待が持てます。今日(2013年8月28日)付けの「人民日報」1面には、中国共産党中央規律委員会、中央組織部及び群衆路線教育実践活動指導小組が連名で出した「テーマ民主生活会をうまく開催する」という通知を載せています。「テーマ民主生活会」とはどういうものかいまひとつ不明ですが、「新聞聯播」の報道などを見ていると、地方の共産党幹部が地域住民から意見を聞く、一種の「タウン・ミーティング」のようなもののようです。「タウン・ミーティングをやったって、単なるガス抜きであって『民主化』からはほど遠い」という批判もあるでしょうけど、もしこういう形で人民の声を聞くシステムを確立し、一般大衆の監視の下で腐敗防止を図る、というのであれば、民主化へ向けての「前進」とは言えるでしょう。

 いずれにせよ、「腐敗撲滅」は、毛沢東主席時代以来常に唱えられ続けているスローガンですから、今回の三中前会の中身の新しい部分は「李克強改革」にあります。三中全会は党総書記である習近平氏が主宰するのですが、江沢民時代の「三つの代表論」(資産家階級も中国共産党に入れるようにする)、胡錦濤時代の「科学的発展観」(GDP至上主義ではなく格差是正を図る)に代わるような習近平総書記の独自性が感じられるテーマがいまだに見えていません。「中国の夢」が習近平総書記独自のテーマだ、という人もいますが、「中国の夢」とは何なのか中身がさっぱりわかりません。

 このように李克強総理の理念と政策のみが目立ち、習近平総書記の影が薄く見える現状について、私は以下の三つのケースが考えられると思っています。

【考えられるケース1】

 習近平総書記は、思想的に「保守派」(=市場経済より計画経済的経済運営による格差是正を重視する)であり、李克強総理は市場経済を重視する「改革派」である。この二人は鋭く対立しているが、政策の具体性では李克強総理の政策の方が明確であることから、日々の政策運営や三中全会で議論される具体的政策では、李克強総理の改革路線のみが目立っている。今後ともこの二人の路線対立は続く。(ただし、もしそうなら、「上海自由貿易試験区」を設置する議論が行われている以上、方向性としては「市場経済重視」へ向かっているのですから、習近平総書記が「保守派」なら、路線闘争で、既に負けていることになります)。

【考えられるケース2】

 習近平主席と李克強総理の二人の関係では、政策決定においては李克強総理が主導権を握っており、習近平氏は「党総書記」「国家主席」と祭り上げられているけれども具体的な政策決定には参画させてもらっていない。このため習近平氏は「ぜいたく禁止令」などといった一般民衆には耳障りがよいが、毒にも薬にもならないスローガンを唱えることしかやらせてもらえていない。(この場合、軍の統帥権は習近平氏(=党軍事委員会主席)にあり、李克強総理には軍の統帥権がないので、軍が李克強総理の改革路線に反対の立場に立つ場合には、混乱を生じるおそれがあります)。

【考えられるケース3】

 習近平総書記と李克強総理は二人とも「切れ者」であり、両者は十分に意思疎通を図っている。李克強総理は経済構造改革を強力に進めるとともに、習近平総書記が文革時代を思わせるような「マルクス主義を信奉しよう」というスローガンを打ち出して党内保守派及び軍部を抑えて党内と軍から李克強総理の改革政策に反対する声が出ないようにする一方、「ぜいたく禁止令」を出したりして腐敗した一部の共産党幹部に対して反感を持つ一般人民の支持も得られるように演出している。習近平総書記は、表面では文革時代のスローガンを唱えているように見えるが、本心は「改革派」であり、企業による大幅な経済活動の自由を認める「上海自由貿易試験区」は、習近平総書記と李克強総理の両方が支持する路線である。(習近平総書記は「太子党」なので既得権益保護派に見えるが、父親の習仲勲氏は、広東省党書記時代の1980年に「経済特区」を提案した「改革開放政策の創始者の一人」であって、実際は、習近平総書記は李克強総理と同じように経済の自由化を進める「改革派」である。)

 私は、個人的には、上記の「ケース3」であって欲しいなぁ、と思っているのですが、表面上は「ケース2」に見えてしまう(つまり習近平総書記は実際には党内で実権を握れていないように見える)んですよね。実体はどうあれ、政治の世界では「どう見えるか」も結構大事なんですよね。習近平総書記は、本当は「改革派」なのに「保守派」のふりをしているのは、党内保守派や軍が離反するのを怖れているからなのかもしれませんが、もしそうなら、それはやはり「保守派のふり」をしなければならないほど習近平総書記自身の持つ求心力が弱いことを意味しますから、例え実際は上記の「ケース3」であっても、習近平総書記は、今後の党内運営では相当苦労することになるのでしょう。

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コメント

いつも勉強させていただいております。

今回の記事も大変勉強になりました。ご指摘のとおり何かを断言しうる材料はそろっていないのですが、個人的にはケース4として

習近平と李克強は根本的には対立する可能性を秘めているが、現時点ではそれぞれの職責をまっとうしており、習近平は国内行政には口を出さず、李克強は外交、イデオロギー統制、党内紀律には口を出さずという関係

ではないかな、などと考えています。

投稿: 高口康太 | 2013年8月29日 (木) 00時51分

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