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2013年8月16日 (金)

ぜいたく禁止令はまるで北京オリンピック批判みたい

 習近平政権による党・政府機関や国有企業でのオープニング・セレモニー等での派手な演出を禁止する「ぜいたく禁止令」は、連日中国国内で報道されているようです。昨日(2013年8月15日)の中国中央電視台(CCTV)の「新聞聯播」では、8月末から開催される全国スポーツ大会(日本の国民体育大会のようなもののようです)での開会式は非常に簡素なものになる、と紹介していました。

 その報道自体はおかしくはないのですが、「今度の全国スポーツ大会の開会式では、スターも呼びません、花火もやりません、昼間に実施して電力も節約します」といったことを紹介しているのを聞くと、まるで北京オリンピックの「ど派手」な開会式を批判しているように聞こえました。多くの方は覚えておられると思いますが、2008年8月8日に行われた北京オリンピックの開会式では、「鳥の巣」と呼ばれた会場だけでなく、北京の街中で大量の花火が打ち上げられました。

 今月は北京オリンピックから5年が経過したタイミングですので、この8月には「北京オリンピックを成功裡に開催して、我が国はその後これだけ発展した」といったニュースが流れるのかなぁ、と想像していただけに、私には非常に意外に感じました。

 北京オリンピック開催当時、私は北京に駐在していましたが、北京オリンピックの開会式や陸上競技の会場となった通称「鳥の巣」は、建設当時、北京市民の間には「鉄材を使いすぎではないか」という批判がありました。オリンピックの後、「鳥の巣」は、非常に使用料金が高いらしくて、コンサートやスポーツ・イベントには、年に数回程度しか使われていないようです。私がいた2009年頃には、「かつてここでオリンピックが行われたという記念の場所」として北京に来る観光客に入場料を取って見せる施設になっていて、私としては、施設の使い方としてもったいないなぁ、と思った記憶があります。

 蛇足ながら、中国中央電視台が「派手な演出や無駄な施設にお金を使うのはやめましょう」と伝えるのは、私としては、個人的には滑稽に思えます。なぜなら、中国中央電視台の新社屋ビルは、斜めの四角柱を二つつなげたような「超奇抜」な格好をした高層ビルだからです(俗に「大ズボン」などと呼ばれている)。

 2007年頃の北京駐在当時、建設中のこのビルをしょっちゅう見ていましたが、斜めの四角柱の部分に強度と耐震性を持たせるために大量の鉄骨材を使用していました。2008年8月の北京オリンピックの時には外壁部分は完成しましたが、その後、内装工事には相当時間が掛かったようです。ネットで調べると2012年5月に竣工式をやっているようですが、現在、実際にこのビルの中でどの程度の業務が行われているのかは私は知りません。私が北京にいたときは、多くの中国の人たちは、「あんな不安定なビルの中では働きたくない」と言っていました。

 さらに2009年2月には、この「大ズボン」のビルを背景にした旧正月の花火を撮影しようとした中国中央電視台の職員が打ち上げた花火により、「大ズボン」の北隣にあった北楼ビル(ホテルにするために内装工事中だった)を焼失させてしまうという事件がありました(消火にあたった消防士1名が殉職した)。

 なので、中国中央電視台が「ど派手なことはやめましょう」と呼び掛けても、おそらくは中国人民は誰も言うことを聞かないと思います。

 習近平政権の「ぜいたく禁止令」は、21世紀に寛政の改革をやっているような違和感を感じるし、胡錦濤政権時代の(実際には江沢民政権時代に開催を決めた)大イベントであった北京オリンピックのやり方を批判しているようにも見えた今回の「新聞聯播」の報道は「なんか変だな」という感じを私に強く与えました。前政権時代の話とは言え、北京オリンピック開催時、習近平氏自身、党政治局常務委員であり国家副主席だったわけですから。私は、何かおかしなことが中国内部の見えないところで起きているのではないか、という印象さえ受けました。

 なお、昨日(8月15日)の「新聞聯播」では、日本でも報道されている通り、安倍内閣の閣僚が靖国神社に参拝したことについて、強く批判する報道をしていました。私は、1987年、88年、2007年、08年と4回北京で8月を過ごしていますが、私が北京に駐在していたタイミングは、日中関係が非常に良好な時期であり、8月15日に日本に対する批判的な報道があった記憶はありません。

 私が北京に駐在していた時にも、7月7日(盧溝橋事件の日)や9月18日(柳条湖事件=満州事変の勃発)には日本関係の報道はありました。そもそも中国では、日本の敗戦の後ほどなくして国共内戦が始まったので、日本の敗戦は中国にとっては「終戦」ではなかったので、私が北京に駐在していた時の印象では、7.7や9.18に比べて8.15は中国にとってそれほど重要な日とは認識されていなかったように思います。日本に対する姿勢は、私が北京に駐在していた頃(2007~2009年)と現在(2013年)とでは、明らかに中国側の態度は変わっていることを感じます。

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