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2013年8月 9日 (金)

県長(地方政府のトップ)は会社の社長じゃない

 今日(2013年8月9日)付けの「人民日報」の経済面(10面)に、今の中国政府がやりたいと思っている改革の方向性を端的に表現していると思われる評論文が載っていました。「県長は『会社の社長』じゃない(感想)」と題する文章で、「人民日報」の熊建記者が人民政協新聞の第一回財経シンクタンク・サロンでの発言を整理してまとめたものです。

 中国の「県」は、省や特別市(北京市、上海市など)の下の行政単位で、南京市や広州市といった省都クラスの市よりずっと小さい地方行政単位で、日本でいうと「郡」くらいの感じです。「県長」とは、その地方政府のトップです。

 この文章のポイントは以下のとおりです。

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○政府と市場との関係がどうあるべきか、というのは古い問題である。この問題については、政府による「越権行為」「間違った権力行使」「やるべきことをやらない」の三つの問題(中国語では「越位」「錯位」「欠位」)が地方政府において目立っている。

○現在、地方政府の「会社化」の傾向は非常にひどくなっている。多くの地方政府はミクロな経済活動に直接介入し、マーケットにおける重要な競争主体になっており、ある地方の県長は、会社の社長のようである。

○計画経済の下では、我々は、企業が政府のようだ、と思っていたが、現在は、地方政府が企業のようになっているのである。

(注)この表現を見ると、この「人民日報」の記者は、「中国は現在では既に計画経済ではない」と認識していることがよくわかる。

○地方政府が中国経済の急速な発展において果たした歴史的貢献は否定しないが、現在、地方政府による競争は、市場システムを大いにゆがめ、資源面と環境面において過度なコストをもたらしている。

○例えば、鋼鉄、セメント、板ガラス、電解アルミニウムの業種において生産能力が過剰であるが、主な原因は、地方政府が低価格で用地を提供し、税を還付し、工業用水や電力価格において優遇措置を採って、その地域における生産能力をいたずらに拡大させているからである。外部から資本を招くために、地方政府はある時は環境保護の規制を緩めることもある。そのほか、地方政府は投資需要に対処するため、規定からはずれた融資経路を採用し、債務の懸念をもたらしている。

○地方政府によるGDPや投資を業績評価指標とすることをやめ、全国統一のルールで市場を統一し、各地方における公共サービスの均等化が経済発展と協調しているかどうかを主要な評価指標にしなければならない。

○各レベルの政府の行政権限と財政権限を明確にし、各レベルの権限に応じた財政力を配分しなければならない。各レベルの政府間の税務財政関係と責任分担関係の基本制度を法律でルール化し、中央政府部門の自由裁量権を制限し、「かけっこ銭進(ブログの作者注:「銭進」は「前進」と発音が同じ)」の弊害を絶滅させなければならない。同時に地方政府が土地財政に頼らないようにしなければならない。

○行政管理制度の改革を進め、政府と企業との分離、政府と資本との分離、行政事務の分離、政府と社会組織や市場仲介組織との分離を加速させなければならない。

○現在目の前にある多くの社会経済問題を解決するために行うべきなのは、全面的で精緻で強制的な政府による行政関与なのだろうか、それとも広範で迅速で調和の取れた社会協調システムの構築なのだろうか? 答は明らかである。

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 地方政府がその地域の人々に対する公共サービスを提供する主体ではなく、自らが経済主体となってしまう、という問題は、文化大革命時代の「人民公社」に起因しています。「人民公社」は、教育、高齢者養護、医療等の公共サービスと農業生産などの経済活動を同時に担っていました。「人民公社」の幹部であった中国共産党地方組織の幹部が改革開放時にそのまま地方政府の幹部になりました。改革開放において、農業生産は、各農家に「生産請負」という形で分配されましたが、「地方政府の幹部は経済活動の主体をやってはならない」とは決められなかったので、多くの地方で地方政府幹部による経済活動が行われました。

 1980年代には、地方政府幹部が起業した小規模な企業は「郷鎮企業」と呼ばれ、大規模な国有企業が生産していない製品を作る「すきま産業」的な役割を果たしたので、中国人民の生活の向上にも寄与したし、地方の経済発展にも寄与しました。一方で、農家が耕している農地や農民が住んでいる住宅の土地は、所有権は(人民公社時代をそのまま引き継いだので)地方政府にあり、地方政府が農民に「土地使用権」を貸している、という形が今でも続いています。そのため、地方政府幹部の多くは地方政府に「土地所有権」があることをタテにして、法律で定められた補償金を支払った上で、農民から農地を(場合によっては宅地も)収用し、それを土地開発業者に売って収入を得るようになりました(これが上の文章にある「土地財政」です。現在まで「土地財政」は地方政府の収入源の中の大きな割合を占めてきています)。こういった土地開発も中国のGDPの急成長を支えた要因の一つでした。

 なので、上記の評論文で言っている「地方政府幹部を地方における経済主体から切り離す」という「改革」は、ある意味で、改革開放以来の「地方政府のあり方」を変える根源的な問題となります。

 「人民公社」時代から引きずっていた「地方行政サービス実施主体としての地方政府」と「地方経済活動の実施主体」が混然として地方政府幹部(=中国共産党地方組織の幹部)に集中している、というシステムに問題点があることは、改革開放が始まった当初からわかっていたはずです。ただ、一方で、地方政府の幹部におさまっている中国共産党地方組織の幹部は「人民公社」時代に付与された「経済活動主体の幹部としての権限」を放したくないと思っていたでしょう。中国共産党地方組織の幹部は、自分たちが「経済活動主体の幹部としての権限」を維持したままで、改革開放により市場経済が導入されれば、行政権限を利用して経済活動を行って、濡れ手に粟でお金を儲けられますからね。

 中国共産党は、「腐敗をなくそう」というキャンペーンを何回となく行っていますが効果が上がりません。腐敗の原因は、地方において行政権限と経済主体とが一体となっている、という現在の中国の地方システム(中国共産党地方組織の幹部がその両方の権限を担っていること)に原因があるわけですから、そのシステムをなくさない限り腐敗はなくならないわけです。

 こうした中国共産党地方組織の幹部の経済活動に対する「意欲」は、猛スピードで成長した中国の高度経済成長を支えてきた、という部分はあるのですが、今はそれが市場経済をゆがめたり地方政府の負債蓄積の問題を生じさせたりして中国の成長の足かせになろうとしているし、中国人民の「怨嗟の的」にもなっているのです。

 経済成長の阻害要因を除き、腐敗に対する人民の怨嗟に応えるために、今、李克強総理は、この中国の地方システムに切り込もうとしているわけです。今回紹介した評論文は、李克強総理がやろうとしている改革の「骨」の部分を指摘していると言えると思います。

 中国共産党地方組織の幹部の権限を奪う、というこの「改革」は、中国共産党の中央と地方組織とを反目させ、中国共産党という組織自体に「破壊的改革」を要求することになります。李克強総理がそこまで党内の改革派の力を結集できるのか、は、非常に疑問に思えます。ですから、今後、中国共産党内部の我々の見えないところで、相当厳しい権力闘争が繰り広げられることになるような気がします。

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