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2013年8月18日 (日)

もはや李克強改革は挫折か:林業権担保の話

 李克強総理は、「影の銀行行為」改革をはじめとする金融改革や経済構造を進めようとしていますが、「どのように改革するのか」「中国の今後の経済成長の原動力をどこに求めるのか」については、まだ相当「悩みの中」にあるようです。

 今日(2013年8月18日)付けの「人民日報」5面では、「中国経済構造モデルチェンジの道(識者の話)」というタイトルで、幾人かの経済専門家の見方を紹介しています。いずれも、「今後の中国経済はこうあるべき」という明確なヴィジョンは示せていない、と私には見えました。ポイントは以下のとおりです。

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○「グローバルな経済変化の中における中国経済のモデルチェンジ」
(国家発展改革委員会学術委員事務局長・研究員の張燕生氏)

・TPPをはじめとするグローバルな経済秩序再編の動きの中において、中国がさらに改革開放を進め、国際的ルールへの高度な適応能力を高めなければ、中国は「縁辺化(端に押しやられる)」されてしまう。

・世界経済危機を契機として、アメリカ、ヨーロッパ及び日本は経済構造改革を進めようとしている。中国は、機会公平、ルール公平、権利公平のシステムをさらに一歩進め、都市と農村の住民の公共的福利と収入の均衡ある発展を図らなければならない。

・中国経済は、今後5年ないし8年の最も苦しい経済構造転換期を迎えると考えられ、国際的な中国に対する需要の萎縮、中国自身の総合的なコストの上昇、国際的な摩擦と競争の激化、経済の不安定化とリスクの不確実性の上昇などの問題が浮上すると考えられる。この苦難の転換期を乗り越えることができれば、中国は新しい黄金の30年の経済発展を迎えることができるであろう。ポイントは、イノベーションによる近代化サービス業、先進的製造業、近代的農業の発展、企業のグローバル化(全世界に投資し、全世界で製造し、全世界で販売し、全世界にサービスする)である。

○「経済構造モデルチェンジの中における重要な関係をうまく処理する」
(遼寧大学学長、教授の黄泰岩氏)

・中国には巨大な就業問題の圧力があり、経済成長速度の下降は社会の不安定を引き起こす。科学的な経済成長は、経済構造モデルチェンジの前提であるのみならず、経済構造モデルチェンジの目的そのものである。従って、経済構造モデルチェンジの過程の中においては7%以下の低成長も容認できるという考え方は、経済成長と経済構造モデルチェンジの関係を見る上で明らかな誤りである。

・西側諸国のように、現代産業を発展させる際に伝統産業、特に労働集約型産業を放棄するという方法を、中国の経済構造モデルチェンジにおいては採用することはできない。東部沿岸地区において労働力や土地の価格が上昇したとしても、労働集約型産業を中西部地区に移転することができるからである。先進技術をもって伝統産業のレベル向上を図ることも経済構造モデルチェンジの重要な中身である。

・消費と投資はともに内需の中に占める比重は大きい。従って、投資を減らして消費を伸ばす、という方法では穏やかな経済成長を実現できない。投資を減らすのではなく、投資の増加スピードより消費の増加スピードを大きくすることが必要である。消費を拡大すると同時に、投資が持つキーとなる作用を無視してはならない。経済モデルチェンジは、投資の拡大とは切り離すことはできない。キーとなるのは、投資の方向、投資の効率の問題である。

○伝統産業を向上させ、経済構造モデルチェンジの基礎を固める
(中国社会科学院経済研究所副研究員の李鵬飛氏)

・中国では「人口ボーナス」は減少しており、労働集約型産業の国際競争力は弱くなってきている。従って、資本集約型伝統産業(化学、鋼鉄等)の国際競争力を高められなければ、中国の経済構造モデルチェンジの基礎は貧弱なものとなる。

・経済構造モデルチェンジの政策実行に当たっては、労働集約型伝統産業に十分な発展の余地を確保する必要がある。そのためには、市場原理を基礎としつつ、政府による研究開発・設計人材育成、貿易摩擦の解決等の支援が必要となる。

・資本集約型伝統産業においては、現在、支援政策の結果、生産能力過剰問題が起きているので、今後の資本集約型伝統産業発展政策においては、技術開発、産業標準の制定、海外市場の開拓、カギとなる部品産業や省エネ・環境保護高付加価値産業の育成などの的を絞った支援策が必要である。

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 上記の各論では、中国においては「就業圧力」が非常に重要であり、国際競争力が落ちて来ているとは言え、労働集約型伝統産業を切り捨てるわけにはいかない、という中国の現状の苦しさを現していると思います。私が北京に駐在していた2008年頃は「労働集約型産業からイノベーション型産業への移行」が声高に叫ばれていましたが、そういった転換は簡単ではないことが明らかになってきのだと思います。

 また、二番目の黄泰岩氏の主張にある「7%以下の成長も容認できるという考え方は誤り」「投資は今後とも重視すべき」という主張が出てきているところを見ると、李克強総理が当初目指していた「改革を重視し、成長率の鈍化も許容する」「投資偏重の成長から消費主体の経済への転換を図る」といった目標は、かなり大幅に後退しているように思えます。

 さらに私が気になったのは、同じ今日(8月18日)付けの「人民日報」に載っていた毎週日曜日に掲載される「新農村」の特集記事にある記事です。この記事のタイトルは「林業権の抵当としての活用は、融資におけるボトルネックを突破できるか(農村金融の困難(3))」です。この記事は、ある浙江省の村で、林業権(林業を営む権利)を抵当として銀行から資金を借りて、スッポンの養殖業を成功させた農民の話を紹介しています。この記事のサブ・タイトルは「葉っぱをお札に換える、生きた樹木を生きたお金に換える~浙江省での眠った山林を活かす金融イノベーション~」となっています。このサブ・タイトルは、私には、なんとなく「バブリー」に見えます。

 このブログの7月7日付けの記事「中国金融危機の深刻度」でも書いたのですが、「林業権」、即ち林業を営む権利を担保としてお金を借りた場合、仮に返済不能となってお金を貸した銀行が担保の「林業権」を接収したとして、銀行はこの「林業権」を現金化できるのか、即ち、銀行自身が林業を営んだり、林業を営もうとする別の会社または個人に「林業権」を売却できるのか、という問題が生じます。社会主義を前提とする中国においては、山林の土地の所有権は国または地方政府にあり、「林業権」は、その土地の地方政府が林業農家に貸与している権利ですので、その権利を銀行または全く第三者の企業または個人に譲渡するのは簡単ではありません。現金化のできない社会主義体制下の「林業権」は、そもそも担保としての能力は持たないはずです。

(参考URL)このブログの2013年7月7日付け記事
「中国金融危機の深刻度」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2013/07/post-3a32.html

 今まで社会主義体制下においては現金化できないはずの「農業請負権」「農民住宅の宅地使用権」を接収して現金化してGDP増加に貢献してきたのが中国の地方政府の「土地マジック」だったわけです。今問題になっている「影の銀行行為」問題も、こうした社会主義体制下における地方政府の「ゆがんだ金融」の一部です。それなのに、「人民日報」がまるで「林業権」を担保として銀行からお金を借りることを賞賛するような記事を掲載していることは、李克強総理が進めようとしている金融改革に逆行する話だと思います。

 上記に書いた「7%以下の成長も容認できるという考え方は誤り」「投資は今後とも重視すべき」という経済専門家の見解や林業権を担保にして銀行からお金を借りることを賞賛するような記事が「人民日報」に掲載されたことは、李克強総理が進めようとしている金融改革・経済構造改革が既に「経済成長重視」「今後とも地方政府による投資拡大を続ける」という守旧既得権益グループ(=地方政府の権益擁護派)によって骨抜きにされてしまったことを示していると思います。

 8月上旬の10日間ほど、習近平国家主席や李克強総理は「人民日報」や中国電視台のニュース「新聞聯播」に登場しませんでした(8月16日(金)に行われた北京で開かれた国際会議や国務院常務会議の関係で二人とも登場しています)。8月上旬はおそらくは二人とも「夏休み」だったのでしょうが、日本での報道によれば、この期間、「北戴河会議」(河北省の渤海湾岸の避暑地で開かれる中国共産党長老等が参加する非公式な会議)が開かれた、とされています。従って、この避暑地での非公式な「会議」において、李克強総理が進める改革路線(外国では「リコノミクス」と呼ばれる)に対して、守旧既得権益グループからの強烈な巻き返しがあったことが想像されます。

 中国経済の急速な減速を心配する日本をはじめとする世界の企業関係者からすると、改革のスピードを少し落として、一定程度の高さの経済成長率を維持することは歓迎すべきことなのでしょうが、もし李克強総理の改革路線が守旧既得権益グループに負けたのだとすると、結局は「中国は何も変わらない」ことになり、今までと同じようにいつはじけるかわからないバブル拡大の道を一直線に進む、ということになります。もしそうだとすると、仮に当面は経済をうまくコントロールできたとしても、習近平・李克強体制が守旧既得権益グループの力が強い中国共産党内部をコントロールできていないことを意味しますので、中国の政権運営の今後に対して不安定要素が増した、と考えるべきだと思います。

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