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2013年8月

2013年8月28日 (水)

もしかして習近平総書記は「改革派」なのか?

 習近平-李克強体制が正式に発足してもうすぐ半年になります。李克強総理が進める改革路線は、海外から「リコノミクス」と呼ばれるように、「政府によるコントロールを制限し市場原理を強化して経済構造改革を進める」という方向性がかなり明確です。一方で、習近平国家主席・中国共産党総書記が示しているのは「腐敗撲滅」「四風(形式主義、官僚主義、享楽主義、ぜいたく主義)反対」といった古くさいスローガンばかりです。習近平総書記は、文革時代に戻るようなことを考えているのか、思想の解放・改革の推進を図るのか、方向性がよくわかりません。昨日(2013年8月28日)付の日本経済新聞2面の連載コラム「迫真」の「習近平の中国1」でも「いったいどっちなんだ」という見出しを付けていました。

 薄煕来裁判の結審を伝える昨日(2013年8月27日)付けの「人民日報」の紙面では、「李克強路線のわかりやすさ」と「習近平総書記の方向感のわかりにくさ」が際だって端的に表れていました。

 この日(8月27日)の「人民日報」10面では、全人代常務委員会が「中国(上海)自由貿易試験区に関して試験区内で関連する法律の関連規定の執行を一時的に停止する権限を国務院に与えることに関する決定(草案)」について議論したことが報じられています。「上海自由貿易試験区」の中身については、同じ日付けの紙面の5面に北京師範大学法学院副院長・副教授の張紅氏が書いた評論文「上海自由貿易区は試験田でもある(新論)」と題する文章で解説されています。張紅氏の文章によると、上海自由貿易試験区の中では、禁止事項であるネガティブ・リストに載っていない限り、外国企業に対して、一時的に外資企業法、中外合資経営企業法、中外合作経営企業法の関連規定を停止するなど、行政による許認可事項を調整するとのことです。政府による許認可事項を減らして、外国企業側に経営の自由度を与える、という意味で一層の「市場経済化」を進めるもののようです。「上海自由貿易試験区」は、李克強総理が進めようとしている経済改革の方向性を示す「目玉政策」と言えるでしょう。

 一方、同じ日の「人民日報」の2面に載っている「習近平中国共産党中央軍事委員会主席の批准を得て決定された人民解放軍総政治部による『大型文芸演出と文芸隊教育管理の強化に関する規定』」では、次の点が決められています。

・人民解放軍の文芸関連部署の人員が地方のテレビ局の「のど自慢」の類の番組に出演することを厳しく制限する。

・専業技術三級以上の文職(文芸関連職)幹部は、将軍あるいは文職将軍の称号を名乗ってはならない。

・文芸創作部署の人員は、毎年少なくとも一ヶ月の基層部隊での生活体験をしなければならない。

・総政治部の歌舞団と各単位の文芸工作団員は、部隊の各種文芸プログラムに毎年少なくとも100回以上出演しなければならない。

 「人民解放軍の中にある文芸部門の人たちは、きちんと本来業務をしなさい」という「至極もっとも」な内容ではあるのですが、この「通知」が、中央軍事委員会の習近平主席の名前を出して、「人民日報」の2面に載せなければならないような重要な決定なんでしょうかねぇ。御存じのように習近平主席の夫人は、人民解放軍の文芸部門で有名な歌手だった方ですので、「身内にも厳しくしているぞ」という姿勢を見せたいのだと思いますが、李克強総理の方が、極めて具体的かつ実効性のありそうな政策を次々出しているのに対して、習近平総書記が出している呼び掛けは、「ぜいたく禁止令」とか上に述べたような呼び掛けとか「中身が軽い」という印象を受けてしまいます。しかも、「人民日報」や中国中央電視台の「新聞聯播」で「学習しよう」と呼び掛けられている「習近平総書記の8・19重要講話」(先週8月19日に行った講話)とは「マルクス主義を信奉しよう」というもので、まるで文革時代のようなものであって、「何を今更」と思える新鮮味に欠けるものです。

 こういった李克強総理の改革の斬新さ・わかりやすさに対して、文革時代を思い起こさせるような習近平総書記の主張では「古くささ」「内容の軽さ」が目立つことから、このお二人の関係はどうなっているのだろうか、という疑問が出てくるのです。ですから、昨日付の日経新聞が「いったいどっちなんだ」という見出しを掲げたのでしょう。

 一方、昨日(8月27日)、中国共産党は習近平総書記が主宰して政治局会議を開き、11月に第18期三中全会(第18期中国共産党中央委員会第三回全体会議=通常党大会の1年後に開かれ、重要な政策課題を議論する会議)を開催することを決定しました。今日(8月28日)付けの「人民日報」が報じる新華社電によると、今回の三中全会の重要テーマは以下の通りです。

○「トラとハエを一気に撲滅する」(「大物」も「小物」も一網打尽に排除する)という方針で腐敗を懲罰し腐敗を防止するシステムを建設する。健全で完全な党内監督、民主監督、法律による監督及び世論による監督システムを確立する。

○地方政府の職能の転換を図り、機構改革を実施する。

○中国(上海)自由貿易試験区を設置する。

 最後の「上海自由貿易試験区」は、まさに李克強総理がやろうとしていることですし、二番目の「地方政府の職能と機構の改革」も地方政府による経済活動への介入を制限しようという李克強改革の「キモ」のひとつでしょう。

 最初の「腐敗撲滅」は、習近平総書記が担当する「党内管理」の課題ですが、この中に「民主監督」「世論による監督」の文言が入っているのは期待が持てます。今日(2013年8月28日)付けの「人民日報」1面には、中国共産党中央規律委員会、中央組織部及び群衆路線教育実践活動指導小組が連名で出した「テーマ民主生活会をうまく開催する」という通知を載せています。「テーマ民主生活会」とはどういうものかいまひとつ不明ですが、「新聞聯播」の報道などを見ていると、地方の共産党幹部が地域住民から意見を聞く、一種の「タウン・ミーティング」のようなもののようです。「タウン・ミーティングをやったって、単なるガス抜きであって『民主化』からはほど遠い」という批判もあるでしょうけど、もしこういう形で人民の声を聞くシステムを確立し、一般大衆の監視の下で腐敗防止を図る、というのであれば、民主化へ向けての「前進」とは言えるでしょう。

 いずれにせよ、「腐敗撲滅」は、毛沢東主席時代以来常に唱えられ続けているスローガンですから、今回の三中前会の中身の新しい部分は「李克強改革」にあります。三中全会は党総書記である習近平氏が主宰するのですが、江沢民時代の「三つの代表論」(資産家階級も中国共産党に入れるようにする)、胡錦濤時代の「科学的発展観」(GDP至上主義ではなく格差是正を図る)に代わるような習近平総書記の独自性が感じられるテーマがいまだに見えていません。「中国の夢」が習近平総書記独自のテーマだ、という人もいますが、「中国の夢」とは何なのか中身がさっぱりわかりません。

 このように李克強総理の理念と政策のみが目立ち、習近平総書記の影が薄く見える現状について、私は以下の三つのケースが考えられると思っています。

【考えられるケース1】

 習近平総書記は、思想的に「保守派」(=市場経済より計画経済的経済運営による格差是正を重視する)であり、李克強総理は市場経済を重視する「改革派」である。この二人は鋭く対立しているが、政策の具体性では李克強総理の政策の方が明確であることから、日々の政策運営や三中全会で議論される具体的政策では、李克強総理の改革路線のみが目立っている。今後ともこの二人の路線対立は続く。(ただし、もしそうなら、「上海自由貿易試験区」を設置する議論が行われている以上、方向性としては「市場経済重視」へ向かっているのですから、習近平総書記が「保守派」なら、路線闘争で、既に負けていることになります)。

【考えられるケース2】

 習近平主席と李克強総理の二人の関係では、政策決定においては李克強総理が主導権を握っており、習近平氏は「党総書記」「国家主席」と祭り上げられているけれども具体的な政策決定には参画させてもらっていない。このため習近平氏は「ぜいたく禁止令」などといった一般民衆には耳障りがよいが、毒にも薬にもならないスローガンを唱えることしかやらせてもらえていない。(この場合、軍の統帥権は習近平氏(=党軍事委員会主席)にあり、李克強総理には軍の統帥権がないので、軍が李克強総理の改革路線に反対の立場に立つ場合には、混乱を生じるおそれがあります)。

【考えられるケース3】

 習近平総書記と李克強総理は二人とも「切れ者」であり、両者は十分に意思疎通を図っている。李克強総理は経済構造改革を強力に進めるとともに、習近平総書記が文革時代を思わせるような「マルクス主義を信奉しよう」というスローガンを打ち出して党内保守派及び軍部を抑えて党内と軍から李克強総理の改革政策に反対する声が出ないようにする一方、「ぜいたく禁止令」を出したりして腐敗した一部の共産党幹部に対して反感を持つ一般人民の支持も得られるように演出している。習近平総書記は、表面では文革時代のスローガンを唱えているように見えるが、本心は「改革派」であり、企業による大幅な経済活動の自由を認める「上海自由貿易試験区」は、習近平総書記と李克強総理の両方が支持する路線である。(習近平総書記は「太子党」なので既得権益保護派に見えるが、父親の習仲勲氏は、広東省党書記時代の1980年に「経済特区」を提案した「改革開放政策の創始者の一人」であって、実際は、習近平総書記は李克強総理と同じように経済の自由化を進める「改革派」である。)

 私は、個人的には、上記の「ケース3」であって欲しいなぁ、と思っているのですが、表面上は「ケース2」に見えてしまう(つまり習近平総書記は実際には党内で実権を握れていないように見える)んですよね。実体はどうあれ、政治の世界では「どう見えるか」も結構大事なんですよね。習近平総書記は、本当は「改革派」なのに「保守派」のふりをしているのは、党内保守派や軍が離反するのを怖れているからなのかもしれませんが、もしそうなら、それはやはり「保守派のふり」をしなければならないほど習近平総書記自身の持つ求心力が弱いことを意味しますから、例え実際は上記の「ケース3」であっても、習近平総書記は、今後の党内運営では相当苦労することになるのでしょう。

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2013年8月27日 (火)

薄煕来裁判が結審

 山東省の済南市中級人民法院で2013年8月22日から5日間にわたって行われてきた薄煕来元重慶市党書記に対する裁判(第一審)が8月26日に結審しました。8月26日の夜7時から放送された中国中央電視台のニュース「新聞聯播」では、審理が始まってから初めてこの薄煕来裁判について触れ、かなり長い時間にわたって映像入りで裁判の様子を伝えました。薄煕来元書記が賄賂としてもらったという別荘の内部の写真や妻の谷開来受刑者、部下で元重慶市副市長の王立軍受刑者が証言しているところの映像も流されました(王立軍受刑者は裁判所での証言、谷開来受刑者については法廷内に証言映像が流された場面の映像)。

 中国中央電視台では、夜10時のニュースなどでは8月22日の裁判初日から薄煕来裁判について報じていましたし、「人民日報」では、毎日、その日の裁判の様子を報じていました。夜7時のニュース「新聞聯播」だけが、結審した後に初めてこの裁判を報じたのですが、その理由は不明です。薄煕来被告が徹底的に公訴事実を否定したため、どのような形で結審するか予想できなかったので、結審してから報じたのかもしれません。同じ中央電視台のニュースの中でも夜7時からの「新聞聯播」は、みんな当局の「公式発表」だと思って視ていますから、結果が出てから報じたのかもしれません。いずれにせよ、薄煕来被告は多くの人々が顔を知っている(しかも元副首相の薄一波氏の息子の)「有名人」ですから、その人が豪華な別荘の映像とともにテレビに出たことは、中国人民に対して「腐敗は許さない」という中国共産党中央の意志を示したと言えるでしょう。

 今日(2013年8月27日)付けの「人民日報」では、この裁判の結審を受けて、1面に「法治の思想をもって、法治のやり方を用いて、腐敗に反対する」というタイトルの「人民日報」の評論員の解説を載せていました。この解説では「この法廷の過程は公開され、透明であり、法に基づいており、プロセスにおいては、全て事実と証拠と法律に基づいて審査された。このことは、我が党と我が国の『法治の思想をもって、法治のやり方を用いて、腐敗に反対する』という鮮明な態度と硬い決意を表したものである。」と述べています。この評論の文章は、逆に、今までのこの種の汚職裁判は、公開ではなく、透明でもなく、法に基づかず、事実と証拠と法律に基づいて審査されていなかった、と自ら認めているようなものなんですけどね。

 日本でもいろいろ報道されていますが、審理に5日間も掛かったのは、おそらくは当局の「想定外」だったと思います。その意味では、微博(ウェイボー=ミニブログ:中国版ツィッター)の「文字実録」として公開されることを知った上で徹底的に公訴事実を否認した薄煕来被告の作戦勝ちだったのかもしれません。

 判決の言い渡される日は未定です。しかも、今回審理が行われたのは「中級法院」なので、薄煕来被告は判決後も控訴する可能性があります(中国は二審制)。賄賂をもらったり妻が殺人を犯したりしたことは糾弾されるべきことなのでしょうが、「強権を振るって『黒社会』の撲滅を図った」ことに対して、多くの人民から支持を受けているようであり、この裁判が続く限り、習近平指導部にとっては、腫れ物に触るような微妙な取り扱いを続けざるを得ない事態が続きそうです。

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2013年8月24日 (土)

「影の銀行行為」と薄煕来裁判との共通項

 今、中国に関して関心が高い「影の銀行行為」と薄煕来裁判との共通項を論じた非常に参考になる本として「中国の地下経済」(富坂聰著:文春文庫)があります。この本は2010年9月に出版された本で、「影の銀行」という言葉もまだ一般的に使われていなかったし、薄煕来氏の失脚事件はまだ起きていないタイミングで書かれたものです。

 この本は、現実の中国においては、税金を納め、政府による統計等に現れる「オモテ」の経済ほかに「ウラ」の経済が存在し、実体社会は「オモテの経済」を「ウラの経済」が支えているのだ、という視点で、詳細な取材に基づいて書かれたものです。第5章では「マフィア掃討作戦の是非」と題して、重慶市の薄煕来党書記が行った徹底的な「黒社会」撲滅作戦について詳細に書かれています。

 富坂氏自身がこの本の冒頭部分で書いていますが、「地下経済」という言葉はあまりよい表現ではありません。「地下経済」と聞くと、全てが邪悪で反社会的なものであるかのように受け取られるからです。しかし、社会主義経済(ソ連にあっても中国にあっても)では、国家が決めた計画に基づく経済を「オモテの経済」とすれば、それ以外は「地下経済」と呼ばざるを得ないわけですが、現実の社会主義の社会では、国家が決めた計画では手の届かない部分、言い方を替えれば「すきま産業」的なものが民間経済(=地下経済)として社会の潤滑油の役割を果たしており、「地下経済」には「社会にとって必要不可欠であって反社会的とは言えないもの」も多く含まれるのです。

 最近、問題になっている「影の銀行行為」もそうした「地下経済」の一種だと考えることができます。「地下経済」は、法律の網の外側にあるために、理財商品の販売などれっきとした国立銀行が堂々とやっているものから、中小企業への貸出を行う民間金融業、個人相手に高利で貸出を行う高利貸し、暴力や恐喝による借金の取り立てや土地からの追い出し、麻薬・覚醒剤の販売まで、様々なレベルのものが混在し、同じ者が様々なレベルの事業に手を出し、それぞれが互いに複雑にからみ合っています。つまり、「法律の網は掛かっていないけれども社会の潤滑油として必要なもの」から「暴力行為や麻薬の販売など完全に反社会的なもの」までが連続的に存在しているのです。法律による規定がない以上、どこまで取り締まるか、は、取り締まる側の胸三寸で決まってしまうことになります。

 中国の場合、行政、司法、警察が独立していませんから、例えば「地下経済」の中にある土地開発業者が暴力を使って農民を土地から追い出すといった行為も、行政・司法・警察の全てを掌握しているその地方の共産党幹部が目こぼしをしてくれるならば、できてしまうのです。むしろ、土地開発を強引に進めたいと考えている地方の共産党幹部自身は、自分でそうした暴力行為をやらせているケースもあると思います。

 一方、そうした事態に対する中央政府の態度ですが、「村当局や警察もグルになって村全体でニセもの工場を運営している」といった例は中国ではよく聞く話なのですが、こういった「ニセもの村」を強力に取り締まると村全体が失業してしまうので、人畜無害なニセものについては、中央政府としてもある程度大目に見ざるとえない、と考えているのではないかと思います。

 しかし、このブログの2008年11月6日付け記事「重慶市のタクシー・ストライキ」で書いたように、「地下経済」の部分が肥大化しすぎて「オモテの経済」を妨害するようになれば、政府としても、取り締まらざるを得ません。

(参考URL)このブログの2008年11月6日付け記事
「重慶市のタクシー・ストライキ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-9f93.html

 このタクシー・ストライキは、正規のタクシー会社の運転手たちが「無許可タクシー(中国語で「黒車」)」が多すぎて商売にならない、として起こしたものです。重慶市では、「無許可タクシー」のような「地下経済」を取り仕切る組織が「黒社会」(日本で言えば暴力団組織)として市民を苦しめることが多かったようです。薄煕来氏は、2007年に重慶市党書記になると、「革命歌を歌おう」運動を起こして一般大衆を動員しつつ、「黒社会」の撲滅のために大なたを振るいました。一般企業や重慶市の公安や行政の中にも「黒社会」とのつながりを持つ者がいたために、妨害を排除するため、重慶市党書記は強権を持って取り締まったようです。

 そういった薄煕来氏のやり方については上記で紹介した「中国の地下経済」で詳細に紹介されています。薄煕来氏のやり方については、当初から「強引すぎる」という批判もあったようですが、結局は、妻の谷開来がイギリス人コンサルタントを殺害し、部下で副市長だった王立軍が成都のアメリカ総領事館に逃げ込んだため、薄煕来党書記の「やり過ぎ」の部分が明るみに出て、結局は失脚してしまった、ということのようです。

 考えようによっては、薄煕来元党書記に追い詰められた「黒社会」の側が逆に様々な工作をして夫人によるイギリス人コンサルタントの殺害や部下によるアメリカ総領事館への逃げ込みといった「逃げられない状況」に薄煕来党書記を追い込んだのかもしれない、と想像することも可能です。薄煕来党書記も当初からそういった「黒社会」からの「反撃」を想定しており、防御のために、毛沢東に習って、「革命歌を歌おう」運動を通じて、低所得者層の一般大衆を自分の味方に引きつけておこうと考えていたのかもしれません。実際、今回の裁判においては、薄煕来元党書記について「自らの危険をも顧みずに黒社会と戦った英雄だ」という声が数多くネットに書き込まれ、すぐに当局によって削除されていると報道されています。

 「影の銀行行為」は、「許可外の事業」という意味では、上記に引用した2008年11月6日付けのこのブログの記事に出てくる「無許可タクシー(黒車)」と同じ位置付けです。

 しかし、「影の銀行行為」は「地下経済」の一部であっても、中小企業への貸出など、社会にとって必要不可欠な部分も含まれます。ですから、おそらくは「影の銀行行為」対策を進める李克強総理は、「影の銀行行為」を公式に認めるかどうかについては、どこかで「線引き」することになるのでしょう。ただ、おそらくは中小企業への貸出を行っている民間金融業者の中は、個人向けの高利貸しや暴力や脅しによる借金取り立てを同時にやっている者も多数いると思われ、どこまでを「オモテに浮上させる」(法的に認知する)のか、その線引きは非常に難しいものになると思います。

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2013年8月22日 (木)

薄煕来裁判と2009年4月の「人民日報」

 今日(2013年8月22日)、山東省済南市の済南人民法院(裁判所)で、元重慶市党書記の薄煕来氏に対する裁判の初公判が行われました。この裁判は事前に「公開で行われる」と言われていたので、どのような形で行われるのか関心が集まっていたのですが、裁判所側がインターネットの微博(ウェイボー:中国における小型ブログでツィッターのように使われる)で裁判の様子を写真を交えて「中継」する、という異例の形で「公開」されました。報道陣向けには裁判所による「説明会」も行われたようです。

 「人民日報」のホームページ「人民網」に掲載された記事によれば、この微博による「中継」は、裁判での発言を「文字実録」形式で伝えるものでした。「文字実録」とは、記者会見などの発言の一言一句を文字に書き起こす形式のものです。

 ただし、中国の「文字実録」の場合、実際の発言の全てがネットに載るとは限りません。外交部が定期的に行っている外交部スポークスマンによる記者会見も「文字実録」として外交部のホームページで見られるようになっていますが、例えば、外国人記者が第二次天安門事件に関する質問をし、スポークスマンがそれに答えたような場合、その問答がすっぽりと「文字実録」から抜け落ちている、といったことはよくある話です。今回の薄煕来裁判の場合は、CNNの記者が裁判所の前から伝えたところによると、法廷内に入ることを許されたのは中国中央電視台(CCTV)や中国のメディアだけのようで、CNNは入廷を申請したけれども認められなかった、とのことでした。外国の記者等の第三者が確認したわけではないので、裁判所により微博によって「公開」された裁判でのやりとりが、実際に裁判でのやりとりを正確に記録したものかどうかはわかりません。

 「人民日報」のホームページ「人民網」に載っている記事(タイムスタンプは13:39)では、裁判冒頭部分の「文字実録」が掲載されています。冒頭、薄煕来氏は「私は、裁判官には、本件について我が国の法律が定めたプロセスに従って、合理的で公正な審判をしていただくよう希望します。」と述べています。それに対して裁判長は「被告人の意見について本庭は聴取し理解した。裁判所は、法に則り、独立公正に裁判権を行使し、法により被告人の案件について審判を下す。」と述べています。

 この記事には、詳細は、済南人民法院の「微博」を見てください、とリンクが張ってあるのですが、「微博」の中を見るには登録をしなければなりません。私は登録はしたくなかったので、「微博」の中身は見ていません。おそらく、外国の報道機関では、この「微博」の中を見て、報道しているところも多いものと思われます(なので、外国の報道機関が報じている裁判の内容に関する情報源は、裁判所側が出した情報である、ということに留意する必要があります)。

 一方、北京時間今日夕方7時からの中国中央電視台(CCTV)のニュース「新聞聯播」では、薄煕来裁判については、全く触れられませんでした。ネットで見ると、この裁判については、CCTVではニュース専門チャンネルで報じていたようです。

 薄煕来氏は、私が北京にいた頃(2009年前半)には、既に、相当な「やり手」の党書記として有名でした。私もこのブログの2008年11月6日付け記事「重慶市のタクシー・ストライキ」で書きましたが、薄煕来書記(当時)は、タクシー運転手がストライキに打って出た時、自らタクシー運転手側の代表と交渉しました。

(参考URL1)このブログの2008年11月6日付け記事
「重慶市のタクシー・ストライキ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-9f93.html

(参考URL2)このブログの2008年11月13日付け記事
「海南省三亜市などでもタクシー・ストライキ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-617f.html

 上記の「海南省三亜市などでもタクシー・ストライキ」でも書きましたが、北京の日刊紙「新京報」の記事によると、当時、重慶市には8,000台の正規タクシーに対して無許可タクシーが2,000台もあり、正規タクシー業者は自分たちは様々な規則に縛られているのに、規則無視の無許可タクシーに客を奪われているという状況に対して、正規タクシーのドライバーたちが怒ったのがストライキの原因でした。

 そもそも重慶市は、大都市ではありましたが以前は四川省の一部でした。1997年に直轄市として四川省から独立したのですが、その理由は、重慶市では、三峡ダムの開発により大量の立ち退き農民が発生し、失業対策として特別な発展計画を進める必要があったからでした。この重慶市で、2008年の時点で(独立してから10年以上経過していたのに)2,000台も無許可タクシー(中国語では「黒車」)が「営業」していたことは、重慶市の失業対策が十分ではなかったことを意味します。

 大量の失業者が存在している、という意味で、重慶市は統治が難しい地域だったわけですが、薄煕来氏は、保守派の重鎮だった薄一波氏の息子として将来を嘱望されていた有望な「若手」でしたので、あえて難しい地域のトップを任されて手腕を問われていた、と言えるでしょう。薄煕来氏の採った失業者対策の方策は、まるで文化大革命を思わせるような「紅歌(革命歌)を歌おう」キャンペーンを張って、人民を動員して公共事業を進めることでした。この手法は、低所得者層に職を与えるとともに、公共事業により低所得者層向け住宅の建設も進め、一方で暴力団組織の徹底した取り締まりも行ったことから、低所得者層からは喜ばれました(だから失脚した現在でも重慶市では人気がある)。

 「私が北京にいた頃にも薄煕来氏は有名だったよなぁ」と思い出して、北京に駐在していた頃の2009年4月に書いたメモを読み返してみました。そしたら「人民日報」2009年4月27日付け1面トップに「新中国60周年慶祝を巡って深く群衆の中に入って愛国主義教育活動を行おうとすることに関する意見」というタイトルの記事が載っていた、というメモが見つかりました。その時のメモによると、この記事の内容は以下のとおりです。

○「共産党はすばらしい」「社会主義はすばらしい」「改革開放はすばらしい」「偉大な祖国はすばらしい」「各民族人民はすばらしい」という現代の主要なメロディーを大声で合唱しよう。

○「中国共産党を熱愛すること」「社会主義による新中国成立の重大な歴史的意義」「新中国成立60年、特に改革開放30年の輝かしい成果」「中国の特色のある社会主義」「民族精神と時代精神」「基本的国情と現在の状況に対する政策」の6つについて宣伝教育を行う。

○顔と顔を合わせた対面方式の教育活動を幅広く展開し、特長のある大衆活動や先進的モデル活動を力を入れて展開し、豊富で多彩な文芸活動を積極的に展開する。

○事実を用い、モデルを用い、データを用い、吸引力、影響力、納得性のある教育活動を展開し、形式主義に陥ることを避け、無駄な浪費が拡大することは戒める。

 私はこの2009年4月27日付け「人民日報」の記事を見た時、「中国共産党中央も薄煕来氏らの勢力に乗っ取られたのかなぁ」と感じたことを思い出しました。胡錦濤・温家宝体制の当時としては、この記事は、あまりに「文革的」な内容だったからです。でも、今、感じるのは、上記の記事のトーンは、実は、今、習近平総書記が「ぜいたく禁止令」を出したり「マルクス主義を学習しよう」と奨励したりしているのと、同じなんですよね。

 2009年4月は、リーマン・ショック後、中国を含めて世界経済が最も厳しい時期でした。北京でも、あちこちで道路をひっくり返して雨水管の工事をするなどの公共事業が行われていました。当時のメモを見ると、2009年1~3月期の人民元貸出総額が4.58兆元で、前年同期(2008年1~3月期)比3.44倍の急増だった、とのことです。当時、まさに中国全体が「共産党は素晴らしい、と合唱しよう!」というスローガンの下で膨大な公共事業投資を行って雇用を生み出しており、全中国が「薄煕来路線」だった、と言えるでしょう。

 それを考えると、経済成長が鈍化した今(2013年夏)の中国の状況は、2009年春と似たような状況にあるわけです。そういう意味もあってか、習近平総書記は、今、文化大革命ばりの「四風」(形式主義、官僚主義、享楽主義、ぜいたく主義)の撲滅運動を展開しているわけです。

 そういうタイミングで、薄煕来氏の裁判をやるのは、習近平総書記にとっては「間が悪い」と思っているのではないかと思います。もちろん、中国政府の公式見解は、薄煕来元書記は、収賄、横領、職権乱用の罪で裁判を受けているのであって、彼が採用した政策がどうであったかを裁いているのではない、というものでしょう。だけど、中国人民をはじめ世界のみんなは、この裁判は「権力闘争であり政治路線の闘争である」と思っています。

 薄煕来氏の父親の薄一波氏はバリバリの保守派、習近平総書記の父親の習仲勲氏は広東省書記の時に経済特区を始めたバリバリの改革派ですので、同じように「太子党」と呼ばれていますが、背景は全く異なるはずです。ただ、キャンペーンの張り方など習近平総書記のやり方は薄煕来氏になんとなく似ている感じなのと、昨年連載された朝日新聞の「紅の党」の報道などを見ると習近平総書記とその一族も薄煕来氏一族と同じように相当なお金持ちらしいので、習近平総書記は薄煕来氏となんとなくダブって見える感じがするのです。そんな中で、薄煕来裁判が進んで行くのは、政治的には相当に「微妙な」取り扱いが必要なのだと思います。

 ちなみに「新聞聯播」で薄煕来裁判に全く触れなかった中国中央電視台の総合チャンネルですが、昨日、今日は「インターネットでデマを飛ばす犯罪」についてしつこいくらいに報じています。そのことは「薄煕来裁判については、ネットで騒ぐな!」という党中央のメッセージなんだろうなぁ、と私は感じています。

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2013年8月20日 (火)

「人民日報」が「民主化のワナ」に警鐘を鳴らす

 私は、中国のメディアがエジプト情勢をどのように伝えているのかに関心を持っていました。エジプトでは、事実上の軍部のクーデターによりモルシ大統領が退任させられ、暫定政府ができました。モルシ大統領を支持するムスリム同胞団を中心とする市民が座り込みを行い、暫定政府は軍を出動させて、武力で座り込んでいる市民を排除し、多数の死者が出ていると伝えられています。「座り込みを続ける市民に対して、軍が出動して排除し、多数の死者が出た」という状況は、1989年6月の「第二次天安門事件(六四天安門事件)」と状況は同じですので、中国の公式メディアはこのエジプト情勢をどう伝えるのだろうか、と思っていました。

 現在までのところ、「人民日報」や中国中央電視台(CCTV)の「新聞聯播」では、日本で見るのと同じようにエジプト情勢の事実関係は客観的にきちんと伝えています。「新聞聯播」では、特派員によるカイロからのレポート映像を使うなど、映像的にも、ほぼ日本で見るのと同じような感じで伝えています。

 「人民日報」は、8月16日付けの紙面では、前日8月15日までのエジプト情勢について、ほぼ2面を使って、かなり詳しく伝えていました(「人民日報」がひとつの国の情勢について、これだけ多くの紙面を割いて報じることは珍しいことです)。「人民日報」では、中国の外務省スポークスマンが「中国としては、エジプトの各方面が国家と人民の利益を重視し、最大限の自制を保持し、さらなる人々の流血を回避し、話し合いにより問題を解決し、社会の安定と秩序を回復することを求める」とのコメント出していることを伝えています。このほか、「人民日報」は、国連の声明、アメリカのオバマ大統領の発言、ロシア外務省の声明、EUの声明など国際的な反響も同時に伝えています。

 各国とも同じですが、中国も、モルシ大統領支持者側と暫定政府側のどちらか一方を支持することはせず、武力ではなく話し合いで解決するように呼び掛けています。

 一方、8月16日付け「人民日報」23面には「エジプトのムスリム同胞団は政治の狭間に陥りかねない(記者による観察)」と題する解説も掲載されていました。この解説文を書いた記者も、ムスリム同胞団と暫定政府のどちら側とも一定の距離を置いていますが、表現の端々に若干ムスリム同胞団側に批判的な立場に立ったように見えるニュアンスを感じます。

 この解説文では、ムスリム同胞団が1982年に暴力活動を放棄しイスラム過激派と距離を置いていることをきちんと伝えています。一方で、ムスリム同胞団の活動資金の源泉が不透明であり、一部のメディアでは湾岸諸国がムスリム同胞団に資金援助しているのではないか、と伝えていることも紹介しています。また、ムスリム同胞団は自らのデモは平和的なものであると主張しているが、暫定政府側はムスリム同胞団が武器を秘蔵していると主張していることも伝えています。また、この解説記事では、ムスリム同胞団が、困窮している貧困層に対して、廉価な診療所や学校の設置、物資の支給を行って、貧困層の支持を得ているが、エジプトの中産階級や富裕層は、ムスリム同胞団がお金で人心を買っている、と批判していることも紹介しています。

 「人民日報」の記事は、ムスリム同胞団側と暫定政府側とのどちら側にも立たずに中立の立場から書かれているとは言え、ムスリム同胞団について「宗教を基盤として団結していること」「外国から資金援助を受けているらしいこと」「貧困層を救済することによって貧困層からの支持を得ていること」を指摘していることは、読者に中国国内のチベットやウィグルの宗教運動や失脚した薄煕来元重慶市党書記の手法(文化大革命的に貧困層を救済することによって大衆を動員する手法)を想起させ、「人民日報」がムスリム同胞団側に若干批判的な感覚を持っていることを伺わせています。

 一方、今日(2013年8月20日)付けの「人民日報」5面には、「発展途上国における『民主化のワナ』(新論)」と題する対外経済貿易大学外国語学院副院長・副教授の丁隆氏のエジプト情勢に関する評論文が掲載されています。この評論文のポイントは以下のとおりです。

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○国家の社会的・経済的水準を超えた『早産』の民主化は、『近代化段階』の前においては、社会的に重荷をもたらすことになる。

○エジプトに限らず、多くの発展途上国において、権威主義政権が崩壊した後、民主的な選挙で選ばれた政府が機能を喪失し、軍人によるクーデターが起きるという「教科書的」な政治発展経路が起きている。

○ムスリム同胞団は、イスラムの力によって宗教を政治的動員の道具として用い、選挙において勝利した。政権獲得後、ムスリム同胞団は、上からの統治意識を持ってイスラム化を推進し、結局は軍人により政権を追われた。似たような例は、その他の発展途上国においても起きている。

○発展途上国においては、国家としての民族意識のレベルが低く、社会の同質性が欠乏しており、「民主化不適応症」であることが重要な原因である。例えば、宗派対立の矛盾がイラクの民主化を「爆裂民主」にしてしまい、部族間対立の矛盾がケニアでの選挙において複数回の殺戮を引き起こしている。民主化が原因で、社会的分裂が起きることもある。エジプトにおいては宗教と世俗派との矛盾があり、タイにおいては都市部と農村の対立が表面化している。

○民主化には、「一人一票」が必要なだけではなく、容認と妥協の精神が文化的に内在していなければならない。

○多くの人々が見て明らかなように、エジプトの政治激変の根本原因は経済と民生問題である。ここ二年来、政治闘争が経済活動を凌駕してしまい、エジプトの経済活動が崩壊してしまったことが、社会の動揺の原因である。

○民主化には一定の「準備期間」が必要である。発展途上国においては、経済発展を重視し、民主化に有利な経済的力量、社会組織及び公民社会を培うことが必要である。国家と社会の実際の状況を顧みないで、西側諸国の民主主義を改良しないでそのまま用いることは、往々にして重大な「民主化不適応症」を引き起こしてかえってマイナスとなる。

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 この評論文で、筆者の丁隆氏は、「だから中国ではどうすべきか」とは何も述べていませんが、言いたいことは明らかですね。エジプト情勢を見て「それみたことか。だから中国では、まだ民主化はできないのだ。経済発展が先だ。」とこの筆者は言いたいのでしょう。

 ただ、この筆者が例に出している国のうち、タイは政治的な混乱はあるけれども経済的にはそこそこうまく行っているし、韓国、台湾、フィリピン、インドネシアなど混乱なく民主化が進んだ国のことは紹介されていません。マレー系、中国系、インド系の国民を擁する多民族国家で「社会的同質性」があるとは思えないマレーシアにおいても、民主的な選挙は行われ、経済発展もそれなりにうまく行っていることも紹介されていません。

 私は、確かに一人あたりGDPで考えれば、中国は発展途上国であると思いますが、中国の人々の教育レベルや文化レベルは、他のアジア諸国と同じくらい十分に高いと思っています。中国の場合、「容認と妥協の精神が文化的に内在しているか」というと、そうではないのかもしれませんが、だとしても、一定の「準備期間」を置けば、中国においても民主化は可能なはずであり、エジプトで民主化運動が起きた結果、返って社会が混乱した、という例を持って、中国が民主化の方向に進むべきではない、という結論にはならないと思います。

 一方、今日(8月20日)の「人民日報」7面には、「現在の中国の発展進歩のための精神的旗印~習近平同志による中華民族の偉大な復興と中国の夢に関する重要な論述を学習しよう~」という中国社会科学院院長の王偉光氏による呼び掛け文が載っています。要するに「中国共産党による強固な指導こそが中国の夢の実現を根本的に保証するものだ」という「いつもの主張」です。「中国の夢」とは何か、については、実は誰も明確な定義を言っていないのですが、「中華民族の偉大な復興」とは、私が認識する限り、1840年のアヘン戦争以前の中国をとりもどす、つまり「世界において冠たる位置を占めていた中華帝国を復興する」ということのようです。

 私は、革命政党である(あったはずの)中国共産党が清帝国の時代の「復興」を夢見ていいのかなぁ、といつも思っているのですが、いずれにしても、中国の民主化は、まだまだ遠い先の夢の話のようです。

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2013年8月19日 (月)

中国人民銀行周小川総裁へのインタビュー

 昨日のこのブログで「もはや李克強改革は挫折か」と書きました。一定以上の経済成長率が必要であることを強調する意見や今後とも投資を重要視すべきとの意見が「人民日報」に出たからです。ところが、今日(2013年8月19日)の中国中央電視台(CCTV)の夜7時のニュース「新聞聯播」と天気予報を挟んで「新聞聯播」に続いて放送された「焦点訪談」は、「李克強-周小川改革は堅持されている」と強調するような内容でした。

 まぁ、タイミング的に「夏休み明けの月曜日」ということもあるのでしょうが、「新聞聯播」では、昨日までの「道徳模範」の人の話とか地方の共産党幹部が人民の意見を聞く努力をしている話とか、別にニュースとして聞く必要のない話ばかりだったのとは一変して、今日はトップ・ニュースが習近平主席が中国を訪問したケニアの大統領と会談する話だし、続いて李克強総理が蘭州で会議を開き「経済構造改革を進め、西部地域の貧しい人々を支援する」と強調した話を伝えていました。この蘭州での会議には中国人民銀行の周小川総裁も出席しており、「夏休み」の後も、習近平-李克強体制は盤石であり、李克強総理-周小川総裁が進める経済構造改革は、断固として進めるのだ、と強調するような内容でした。

 特に周小川総裁は、記者のインタビューに応じて今後の金融政策について語っており、「新聞聯播」ではその概要が伝えられ、その後に放送された「焦点訪談」では、インタビューの詳細が伝えられました。周小川総裁の話のポイントは以下のとおりです。

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○2013年の上半期、中国経済は安定的に成長している。725万人の就業が増え、GDPに占めるサービス業の比重は1.5%増加した。

○(インタビュアーが中国経済が「硬着陸」(ハード・ランディング)する可能性はあるのか、と聞いたのに対し)消費者物価指数(CPI)、生産者物価指数(PPI)などの指標を見れば中国経済は地上にいるのであって、空中を飛んでいるわけではない(ブログの作者注:周小川総裁が自分の口から「中国経済はハード・ランディングはしない」と言っていないところが、周総裁が百戦錬磨の中央銀行総裁であることを示していると思います。自分の言葉の一部を切り取って編集して使われる可能性があることを常に意識していると思われるからです。)

○銀行預金利率の自由化については、中国人民銀行による技術的準備はできており条件は整っている。私(周小川総裁)は個人的には銀行預金利率の自由化については楽観視している(ブログの作者注:これは中央銀行総裁としては、かなり思い切った発言だと思います)。

○現在の中国経済の状況は、昨年末の経済工作会議において考えていた予測の範囲内にある。従って、現在、穏健な貨幣政策を行っているが、今年下半期において大きな調整はない。調整を行うとすれば微調整である(ブログの作者注:これは李克強総理の改革路線(いわゆる「リコノミクス」)を改めて明確に確認したもの)。

○インターネット内金融については、既に指導と規則の制定を行っており、その発展は支持する(ブログの作者注:最近、インターネット・ショッピングで使われるネット・マネーの余剰分をネット内で運用するというサービスを一部のネット・ショッピング業者が行っています。一部の利用者から、銀行業許可を持たないネット・ショッピング業者が金融類似行為を行うのは違法ではないのか、という疑義が出されています)。

○中小企業や農業に対する融資については、金融業界は拡大の努力をしており、中小企業等への融資は増加してきている。ただ、まだ中小企業等の金融に対する需要からは距離があるので、これからもいっそう努力していきたい(ブログの作者注:周小川総裁は、銀行による中小企業への融資が少ないことから、多くの中小企業が「影の銀行」を利用せざるを得ない状況にあることはよく認識していると思われますが、周小川総裁の口からは「影の銀行」という言葉は出ませんでした)。

○中国経済は一定の成長力を持っているので、経済が下方向に一方的に滑り落ちるということはない。ただ、我々は、経済成長と経済構造改革との間の一定の均衡点を見つけ出さなければならない。

○金融における改革の重要な部分とは、いかにして実体経済の成長を支援していけるか、金融市場がいかにして適切なシグナルを出して、リスクを避け、危機を防止できるようにするか、ということだ。

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 周小川総裁は、もう10年以上も中国人民銀行の総裁をやっているし、インタビュー慣れしているので、やはり見ていて安心感がありますね。李克強総理には悪いですが、李克強総理が自分で語るより、周小川総裁が自らの口で語る方が、中国人民に(そしておそらくはこれは世界に対して)安心感を与えると思います。

 もっとも、本来は中央銀行総裁というのは金融政策をコントロールする「影の黒子」であって、オモテの舞台でペラペラしゃべるものじゃないんですけどね。今は、アメリカFRB(連邦準備制度理事会)のバーナンキ議長にしろ、ECB(ヨーロッパ中央銀行)のドラギ総裁にしろ、日本銀行の黒田総裁にしろ、ちょっと前に出すぎだと思います。これは各国とも政治家が経済運営のキーポイントを中央銀行総裁に「丸投げ」してしまっている結果なので致し方のないところです。今回、中国人民銀行の周小川総裁がテレビのゴールデン・タイムに登場して長々と話をした、というのも、中国だから、というわけではなく、中央銀行総裁がいろいろしゃべる、という世界の潮流に合わせたものだと思います。

 別の見方をすると、習近平・李克強政権は、現在の世界の経済状況をよくわかっていて、極めて効果的に世界的に顔の知られている周小川総裁をテレビで使って、中国人民に(というより世界に)「中国経済を心配する必要はありませんよ。今後とも改革はきちんとやっていきますよ。」というメッセージを発することができた、と思います。

 実は、「焦点訪談」という番組は、社会で起こっている様々な問題に焦点を当てて取り上げる、という番組で、中央銀行総裁が話をするような番組ではないのですが、今日(8月19日)の「焦点訪談」は、前半は「ネットを使った詐欺」の話であり、格好としてはいつもの「焦点訪談」のスタイルを採っています。周小川総裁のインタビューだけだと「特別番組」のようになってしまうので、いつもの「焦点訪談」と同じですよ、という一種のカモフラージュだと思います。

 おそらくは「ウラ」で李克強総理-周小川総裁らの改革推進グループは、既得権益グループとの駆け引きに相当苦労していると思いますが、対外的なメッセージの出し方は今のところうまく行っていると思います。

 実は、今日の「新聞聯播」の中の別のニュースでは、発展改革委員会の人が出てきて、「都市の地下鉄建設許可の権限を地方政府に降ろすことにした(今までは中央政府による事前許可が必要だったのだが、今後は地下鉄建設は地方政府の判断に任せ、中央政府は事後的監査を行うことにする)」という「改革」について述べていました。そして、青島、無錫、福州、長沙、ハルビンなど9つの都市で地下鉄の建設を進め、今後3年間で地下鉄路線が1,000km延長される、と説明していました。やっぱり、今後の経済成長の原動力は、インフラ投資であり、今までの「投資偏重路線」は続くわけです。

 一方で、周小川総裁は、インタビューの中で、銀行預金金利の自由化について「準備はできている」とハッキリ言っていました。高金利の「理財商品」で儲けている守旧既得権益グループや国有銀行関係者の中には銀行預金金利の自由化反対の声もまだ強く、預金金利を自由化するかどうかは、大きな政治判断だと思います。なので、この発言は、中央銀行総裁としてはおそらくは「言い過ぎ」だと思います。こういった発展改革委員会の人の話や周小川総裁の「言い過ぎ」とも言えるハッキリしたものいいからは、改革派(経済の自由化を成長の原動力にする)と既得権益グループ(今後ともインフラ投資を成長の原動力にする)とが、今後の政策運営においては、両方の主張を盛り込むという一定の「妥協」が成立していることが垣間見えるような気がします。

 改革派と守旧既得権益グループとが「妥協」して中国共産党内部が揉めない、というのはいいことなのでしょうが、「妥協」によって改革が中途半端に終わらなければよいがな、と私は思っています。

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2013年8月18日 (日)

もはや李克強改革は挫折か:林業権担保の話

 李克強総理は、「影の銀行行為」改革をはじめとする金融改革や経済構造を進めようとしていますが、「どのように改革するのか」「中国の今後の経済成長の原動力をどこに求めるのか」については、まだ相当「悩みの中」にあるようです。

 今日(2013年8月18日)付けの「人民日報」5面では、「中国経済構造モデルチェンジの道(識者の話)」というタイトルで、幾人かの経済専門家の見方を紹介しています。いずれも、「今後の中国経済はこうあるべき」という明確なヴィジョンは示せていない、と私には見えました。ポイントは以下のとおりです。

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○「グローバルな経済変化の中における中国経済のモデルチェンジ」
(国家発展改革委員会学術委員事務局長・研究員の張燕生氏)

・TPPをはじめとするグローバルな経済秩序再編の動きの中において、中国がさらに改革開放を進め、国際的ルールへの高度な適応能力を高めなければ、中国は「縁辺化(端に押しやられる)」されてしまう。

・世界経済危機を契機として、アメリカ、ヨーロッパ及び日本は経済構造改革を進めようとしている。中国は、機会公平、ルール公平、権利公平のシステムをさらに一歩進め、都市と農村の住民の公共的福利と収入の均衡ある発展を図らなければならない。

・中国経済は、今後5年ないし8年の最も苦しい経済構造転換期を迎えると考えられ、国際的な中国に対する需要の萎縮、中国自身の総合的なコストの上昇、国際的な摩擦と競争の激化、経済の不安定化とリスクの不確実性の上昇などの問題が浮上すると考えられる。この苦難の転換期を乗り越えることができれば、中国は新しい黄金の30年の経済発展を迎えることができるであろう。ポイントは、イノベーションによる近代化サービス業、先進的製造業、近代的農業の発展、企業のグローバル化(全世界に投資し、全世界で製造し、全世界で販売し、全世界にサービスする)である。

○「経済構造モデルチェンジの中における重要な関係をうまく処理する」
(遼寧大学学長、教授の黄泰岩氏)

・中国には巨大な就業問題の圧力があり、経済成長速度の下降は社会の不安定を引き起こす。科学的な経済成長は、経済構造モデルチェンジの前提であるのみならず、経済構造モデルチェンジの目的そのものである。従って、経済構造モデルチェンジの過程の中においては7%以下の低成長も容認できるという考え方は、経済成長と経済構造モデルチェンジの関係を見る上で明らかな誤りである。

・西側諸国のように、現代産業を発展させる際に伝統産業、特に労働集約型産業を放棄するという方法を、中国の経済構造モデルチェンジにおいては採用することはできない。東部沿岸地区において労働力や土地の価格が上昇したとしても、労働集約型産業を中西部地区に移転することができるからである。先進技術をもって伝統産業のレベル向上を図ることも経済構造モデルチェンジの重要な中身である。

・消費と投資はともに内需の中に占める比重は大きい。従って、投資を減らして消費を伸ばす、という方法では穏やかな経済成長を実現できない。投資を減らすのではなく、投資の増加スピードより消費の増加スピードを大きくすることが必要である。消費を拡大すると同時に、投資が持つキーとなる作用を無視してはならない。経済モデルチェンジは、投資の拡大とは切り離すことはできない。キーとなるのは、投資の方向、投資の効率の問題である。

○伝統産業を向上させ、経済構造モデルチェンジの基礎を固める
(中国社会科学院経済研究所副研究員の李鵬飛氏)

・中国では「人口ボーナス」は減少しており、労働集約型産業の国際競争力は弱くなってきている。従って、資本集約型伝統産業(化学、鋼鉄等)の国際競争力を高められなければ、中国の経済構造モデルチェンジの基礎は貧弱なものとなる。

・経済構造モデルチェンジの政策実行に当たっては、労働集約型伝統産業に十分な発展の余地を確保する必要がある。そのためには、市場原理を基礎としつつ、政府による研究開発・設計人材育成、貿易摩擦の解決等の支援が必要となる。

・資本集約型伝統産業においては、現在、支援政策の結果、生産能力過剰問題が起きているので、今後の資本集約型伝統産業発展政策においては、技術開発、産業標準の制定、海外市場の開拓、カギとなる部品産業や省エネ・環境保護高付加価値産業の育成などの的を絞った支援策が必要である。

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 上記の各論では、中国においては「就業圧力」が非常に重要であり、国際競争力が落ちて来ているとは言え、労働集約型伝統産業を切り捨てるわけにはいかない、という中国の現状の苦しさを現していると思います。私が北京に駐在していた2008年頃は「労働集約型産業からイノベーション型産業への移行」が声高に叫ばれていましたが、そういった転換は簡単ではないことが明らかになってきのだと思います。

 また、二番目の黄泰岩氏の主張にある「7%以下の成長も容認できるという考え方は誤り」「投資は今後とも重視すべき」という主張が出てきているところを見ると、李克強総理が当初目指していた「改革を重視し、成長率の鈍化も許容する」「投資偏重の成長から消費主体の経済への転換を図る」といった目標は、かなり大幅に後退しているように思えます。

 さらに私が気になったのは、同じ今日(8月18日)付けの「人民日報」に載っていた毎週日曜日に掲載される「新農村」の特集記事にある記事です。この記事のタイトルは「林業権の抵当としての活用は、融資におけるボトルネックを突破できるか(農村金融の困難(3))」です。この記事は、ある浙江省の村で、林業権(林業を営む権利)を抵当として銀行から資金を借りて、スッポンの養殖業を成功させた農民の話を紹介しています。この記事のサブ・タイトルは「葉っぱをお札に換える、生きた樹木を生きたお金に換える~浙江省での眠った山林を活かす金融イノベーション~」となっています。このサブ・タイトルは、私には、なんとなく「バブリー」に見えます。

 このブログの7月7日付けの記事「中国金融危機の深刻度」でも書いたのですが、「林業権」、即ち林業を営む権利を担保としてお金を借りた場合、仮に返済不能となってお金を貸した銀行が担保の「林業権」を接収したとして、銀行はこの「林業権」を現金化できるのか、即ち、銀行自身が林業を営んだり、林業を営もうとする別の会社または個人に「林業権」を売却できるのか、という問題が生じます。社会主義を前提とする中国においては、山林の土地の所有権は国または地方政府にあり、「林業権」は、その土地の地方政府が林業農家に貸与している権利ですので、その権利を銀行または全く第三者の企業または個人に譲渡するのは簡単ではありません。現金化のできない社会主義体制下の「林業権」は、そもそも担保としての能力は持たないはずです。

(参考URL)このブログの2013年7月7日付け記事
「中国金融危機の深刻度」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2013/07/post-3a32.html

 今まで社会主義体制下においては現金化できないはずの「農業請負権」「農民住宅の宅地使用権」を接収して現金化してGDP増加に貢献してきたのが中国の地方政府の「土地マジック」だったわけです。今問題になっている「影の銀行行為」問題も、こうした社会主義体制下における地方政府の「ゆがんだ金融」の一部です。それなのに、「人民日報」がまるで「林業権」を担保として銀行からお金を借りることを賞賛するような記事を掲載していることは、李克強総理が進めようとしている金融改革に逆行する話だと思います。

 上記に書いた「7%以下の成長も容認できるという考え方は誤り」「投資は今後とも重視すべき」という経済専門家の見解や林業権を担保にして銀行からお金を借りることを賞賛するような記事が「人民日報」に掲載されたことは、李克強総理が進めようとしている金融改革・経済構造改革が既に「経済成長重視」「今後とも地方政府による投資拡大を続ける」という守旧既得権益グループ(=地方政府の権益擁護派)によって骨抜きにされてしまったことを示していると思います。

 8月上旬の10日間ほど、習近平国家主席や李克強総理は「人民日報」や中国電視台のニュース「新聞聯播」に登場しませんでした(8月16日(金)に行われた北京で開かれた国際会議や国務院常務会議の関係で二人とも登場しています)。8月上旬はおそらくは二人とも「夏休み」だったのでしょうが、日本での報道によれば、この期間、「北戴河会議」(河北省の渤海湾岸の避暑地で開かれる中国共産党長老等が参加する非公式な会議)が開かれた、とされています。従って、この避暑地での非公式な「会議」において、李克強総理が進める改革路線(外国では「リコノミクス」と呼ばれる)に対して、守旧既得権益グループからの強烈な巻き返しがあったことが想像されます。

 中国経済の急速な減速を心配する日本をはじめとする世界の企業関係者からすると、改革のスピードを少し落として、一定程度の高さの経済成長率を維持することは歓迎すべきことなのでしょうが、もし李克強総理の改革路線が守旧既得権益グループに負けたのだとすると、結局は「中国は何も変わらない」ことになり、今までと同じようにいつはじけるかわからないバブル拡大の道を一直線に進む、ということになります。もしそうだとすると、仮に当面は経済をうまくコントロールできたとしても、習近平・李克強体制が守旧既得権益グループの力が強い中国共産党内部をコントロールできていないことを意味しますので、中国の政権運営の今後に対して不安定要素が増した、と考えるべきだと思います。

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2013年8月16日 (金)

ぜいたく禁止令はまるで北京オリンピック批判みたい

 習近平政権による党・政府機関や国有企業でのオープニング・セレモニー等での派手な演出を禁止する「ぜいたく禁止令」は、連日中国国内で報道されているようです。昨日(2013年8月15日)の中国中央電視台(CCTV)の「新聞聯播」では、8月末から開催される全国スポーツ大会(日本の国民体育大会のようなもののようです)での開会式は非常に簡素なものになる、と紹介していました。

 その報道自体はおかしくはないのですが、「今度の全国スポーツ大会の開会式では、スターも呼びません、花火もやりません、昼間に実施して電力も節約します」といったことを紹介しているのを聞くと、まるで北京オリンピックの「ど派手」な開会式を批判しているように聞こえました。多くの方は覚えておられると思いますが、2008年8月8日に行われた北京オリンピックの開会式では、「鳥の巣」と呼ばれた会場だけでなく、北京の街中で大量の花火が打ち上げられました。

 今月は北京オリンピックから5年が経過したタイミングですので、この8月には「北京オリンピックを成功裡に開催して、我が国はその後これだけ発展した」といったニュースが流れるのかなぁ、と想像していただけに、私には非常に意外に感じました。

 北京オリンピック開催当時、私は北京に駐在していましたが、北京オリンピックの開会式や陸上競技の会場となった通称「鳥の巣」は、建設当時、北京市民の間には「鉄材を使いすぎではないか」という批判がありました。オリンピックの後、「鳥の巣」は、非常に使用料金が高いらしくて、コンサートやスポーツ・イベントには、年に数回程度しか使われていないようです。私がいた2009年頃には、「かつてここでオリンピックが行われたという記念の場所」として北京に来る観光客に入場料を取って見せる施設になっていて、私としては、施設の使い方としてもったいないなぁ、と思った記憶があります。

 蛇足ながら、中国中央電視台が「派手な演出や無駄な施設にお金を使うのはやめましょう」と伝えるのは、私としては、個人的には滑稽に思えます。なぜなら、中国中央電視台の新社屋ビルは、斜めの四角柱を二つつなげたような「超奇抜」な格好をした高層ビルだからです(俗に「大ズボン」などと呼ばれている)。

 2007年頃の北京駐在当時、建設中のこのビルをしょっちゅう見ていましたが、斜めの四角柱の部分に強度と耐震性を持たせるために大量の鉄骨材を使用していました。2008年8月の北京オリンピックの時には外壁部分は完成しましたが、その後、内装工事には相当時間が掛かったようです。ネットで調べると2012年5月に竣工式をやっているようですが、現在、実際にこのビルの中でどの程度の業務が行われているのかは私は知りません。私が北京にいたときは、多くの中国の人たちは、「あんな不安定なビルの中では働きたくない」と言っていました。

 さらに2009年2月には、この「大ズボン」のビルを背景にした旧正月の花火を撮影しようとした中国中央電視台の職員が打ち上げた花火により、「大ズボン」の北隣にあった北楼ビル(ホテルにするために内装工事中だった)を焼失させてしまうという事件がありました(消火にあたった消防士1名が殉職した)。

 なので、中国中央電視台が「ど派手なことはやめましょう」と呼び掛けても、おそらくは中国人民は誰も言うことを聞かないと思います。

 習近平政権の「ぜいたく禁止令」は、21世紀に寛政の改革をやっているような違和感を感じるし、胡錦濤政権時代の(実際には江沢民政権時代に開催を決めた)大イベントであった北京オリンピックのやり方を批判しているようにも見えた今回の「新聞聯播」の報道は「なんか変だな」という感じを私に強く与えました。前政権時代の話とは言え、北京オリンピック開催時、習近平氏自身、党政治局常務委員であり国家副主席だったわけですから。私は、何かおかしなことが中国内部の見えないところで起きているのではないか、という印象さえ受けました。

 なお、昨日(8月15日)の「新聞聯播」では、日本でも報道されている通り、安倍内閣の閣僚が靖国神社に参拝したことについて、強く批判する報道をしていました。私は、1987年、88年、2007年、08年と4回北京で8月を過ごしていますが、私が北京に駐在していたタイミングは、日中関係が非常に良好な時期であり、8月15日に日本に対する批判的な報道があった記憶はありません。

 私が北京に駐在していた時にも、7月7日(盧溝橋事件の日)や9月18日(柳条湖事件=満州事変の勃発)には日本関係の報道はありました。そもそも中国では、日本の敗戦の後ほどなくして国共内戦が始まったので、日本の敗戦は中国にとっては「終戦」ではなかったので、私が北京に駐在していた時の印象では、7.7や9.18に比べて8.15は中国にとってそれほど重要な日とは認識されていなかったように思います。日本に対する姿勢は、私が北京に駐在していた頃(2007~2009年)と現在(2013年)とでは、明らかに中国側の態度は変わっていることを感じます。

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2013年8月14日 (水)

ぜいたく禁止令と上海ディズニーランド

 中国の習近平政権は、3月に正式に発足して以来、矢継ぎ早に各レベルの政府による豪華な宴会の禁止、今後5年間の党機関・政府機関の建物の建設禁止などの倹約令・ぜいたく禁止令を出しています。まるで、松平定信の寛政の改革のようですが、今日(2013年8月14日)付けの「人民日報」の1面トップに載っていたのは、施設のオープン・セレモニーなどによくやる豪華な演出(文芸会)を禁止する「お触れ(通知)」でした。これは中国共産党中央宣伝部、財政部、文化部、審計署(会計検査院)、国家新聞出版ラジオ・テレビ総局の連合通知で、豪華な「見栄張り」を禁止し、セレモニーをやる際には倹約するように提唱するものです。

 この通知によれば、最近、政府関係機関や国有企業が行うオープン・セレモニーや開会式などの中には、豪華な演出をし、高いお金を払って「スーパー・スター」を出演させるような派手なものが多く、ぜいたくの風潮や「見栄張り浪費現象」が顕著なので、それをやめるように、とのことです。

 多くの人民が党や政府や国有企業が行う派手なセレモニーの演出などに反感を持っているのはわかるのですが、「寛政の改革」じゃあるまいし、21世紀の大国の中央政府が「お触れ」を出さなくちゃいけない性質のものなのかなぁ、人々に反感を持たれないようにするのはどういう組織であっても「常識」じゃないの、つまりは中国の政府関係機関や国有企業はやっぱり「常識」がないのかなぁ、というのが私の素直な感想です。

 一方、同じ今日(8月14日)付けの「人民日報」12面では「金融特集」が組まれており、そこに中国農業銀行の党書記・薫事長(理事長)の蒋超良氏が書いた文章が載っていました。「『三農』のサービスに立脚し、大衆とともに歩む路線を実践する」というタイトルです。「三農」とは、農民、農村、農業を指し、農民を助け、農村を活性化し、農業を発展させることです。「三農」に対する金融は、通常の都市部の金融と比べて、コストが高く、リスクが大きく、収益が低く、状況は複雑であるが、大衆の路線を貫徹し、積極的に「三農」のための優良な仕事をしなければならない、と蒋超良薫事長は述べています。

 一方で、インターネットでの報道によれば、8月12日付けの香港の英字新聞「サウス・チャイナ・モーニング・ポスト」は、中国農業銀行が上海ディズニーランド建設等のために上海市に巨額の資金を融資することを決定した模様で、その金額は2,500億元(約4兆円)に上る、とのことです。

 この金額は、とんでもない巨額なものだと思います。私が以前に聞いた話だと、東京ディズニーランドの建設費は、ざっくり言って2,000~3,000億円程度らしいです。東京ディズニーランドの建設費も巨額だと思いますが、もし香港の英字紙の報道が事実だとすれば、4兆円という数字は、とてつもない巨額だと思います。

 なお、この報道の影響なのか、昨日(8月13日)の香港株式市場での中国農業銀行の株価は対前日比で約5.6%急騰しています。この点について、今日(8月14日)に放送された日経CNBCの番組「アクロス・ザ・マーケット」に出演していた解説者は、中国政府は、景気刺激のために、少しづつではあるが政策を繰り出しつつある、と解説していました。やはり上海ディズニーランド建設への融資決定は、「政府による景気刺激策」として、市場では捉えられているようです。

 上記の中国農業銀行による上海市への巨額融資決定の話が事実とすれば、今日付の人民日報に掲載された「セレモニーなどでのぜいたく禁止・倹約のお触れ」や中国農業銀行理事長による「農民・農村・農業のための融資の充実」といった話とは、全くアンバランスな話です。ディズニーランドは、エンターテイメント・ビジネスであって「ぜいたく」ではない、という議論はあると思いますが、一般人民的感覚から言ったら「言ってることとやってることが全然違うじゃないか」と多くの人は思うと思います。少なくとも、中国農業銀行の使命は「三農」(農民・農村・農業)への融資であって、ディズニーランド建設とは関係ないはずです。

 今日(8月14日)の「人民日報」の紙面で、「三農に対する融資をきちんとやる」と強調した中国農業銀行トップの記事が載っていたのは、「おかしいんじゃないの」と疑問に思っている中国人民に対して「党中央としては倹約令・ぜいたく禁止令を出しているし、中国農業銀行は農民・農村のための融資活動をちゃんとやっていますよ」ということを「人民日報」で強調したかったのでしょう。

 上海ディスニーランドの建設はひとつのビジネスですから、別にとやかく言う筋合いではないと思いますが、やはり、中央政府の「お触れ」や中国農業銀行の党書記・理事長の言っていることと、実際にやっていることが全然違うじゃないか、というイメージを中国人民に与えてしまったのは否定できないと思います。もしかすると、これは、党中央及び中央政府が各地方政府や各国有企業を全くコントロールできていない(習近平政権が全く求心力を失っている)ことを示しているのかもしれないので、要注意事項なのかもしれません。

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2013年8月12日 (月)

「経済新動力」とは鉄道建設と都市インフラ建設

 昨日と今日(2013年8月11日、12日)、中国中央電視台の夜7時のニュース「新聞聯播」で「経済新動力」として紹介されていたのは、中西部を中心とする鉄道建設と都市インフラ建設でした。国務院の会議で中西部の鉄道建設と「都市化」(中国語で「城鎮化」)は今後進めるべきプロジェクトとして挙げられていましたので、「新聞聯播」で紹介しても別におかしくもなんともないんですけど、私は、やっぱり、これからの中国の経済発展の中心は鉄道建設と都市インフラ建設なのね、「経済構造の改革を進める」と言っているけれど、今までと同じじゃん、と思ってしまいました。

 鉄道建設は、要は、李克強総理がようやく果たした鉄道部解体の後も、結局は、中央政府は、鉄道建設利益集団に資金を投下し続けることになる、というわけで、組織は変わったけれども、実体はあまり変わらない、ということなのでしょう。

 中国の鉄道は国営ですが、貨物輸送の値段はあまり安くないのだそうです。以前、日系企業の方に聞いた話では、トラック輸送の方が安い原材料や製品の輸送についても、工場が立地している地元地方政府から「鉄道を使ってくれ」と頼まれ、いろいろな許認可の際に嫌がらせを受けるのはいやなので、地元政府の機嫌を損ねない程度にコストの高い鉄道輸送を使っているとのことでした。どこの国でもそうなのでしょうが、鉄道の路線決定等の場面で、鉄道建設と地方政府とは癒着しやすい性質を持っていますからね。

 一方「都市化」とは、既に大発展している沿海部や省都レベルの大都市の開発ではなく、まだ住宅や上下水道等が十分に整備されていない地方の中小都市のインフラ整備を指すようです。この「都市化」は、おそらくは二重戸籍制度(農村戸籍と非農村戸籍があり、農村戸籍の人は都市部に長年住んでいてもその都市の戸籍を有する者と同じ行政サービスを受けられないという現在の制度)の改革と密接不可分だと思います。

 いくつかの場所(重慶市など)では試験的に二重戸籍制度の廃止を試みているところもありますが、二重戸籍制度をどうするか、については、おそらく中国共産党内部でも統一見解がまだできていないのだと思います。統一見解はできていないけれども、まず先に「箱物」を作って大勢の農民工が住めるように地方の中小都市の住宅建設等を進めましょう、それをもって、今後の中国の経済成長の柱のひとつにしましょう、というのが、現在の国務院の考え方なのだと思います。

 だけど、おそらくは、結局は、「都市化」の掛け声の下で地方政府により行われるのは、農民工の収入で手に入れるには豪華すぎる広さのマンションで、富裕層が投資目的で購入し、誰も住む人がいないゴーストタウン(中国語で「鬼城」)がまた増えることになるのでしょう。だから、実際は、二重戸籍制度をどうする、といった政策決定なんかどうでもよいのだと思います。

 高度成長に伴って農村から都市部へ出てきた一般労働者の住宅の確保については、日本の高度経済成長期の方がよっぽど「社会主義的」だったと思います。日本の場合、特殊法人日本住宅公団(いくつかの変遷を経て、現在は独立行政法人都市再生機構(UR))があちこちに「公団住宅」を作りました。日本では、住宅公団とその後継の法人は、高度経済成長が終わった後は「民営圧迫だ」と随分批判されましたが、客観的に言って、高度経済成長期に住宅公団が果たした役割は大きかったと思います。

 中国の場合は、社会主義国なのに、住宅建設は最初から民間にやらせています。民間企業が住宅建設をやると、多くのケースでは、利益優先になるため、結果として、利益率があまり高くない一般庶民が入れるような広さの住宅よりも、富裕層が投資目的で買うような大きな間取りのマンションや別荘がたくさん作られることになりました。中国政府としても、一般庶民の需要に合うような適度な広さの住宅(社会保障性住宅)を作る予算を計上して、地方政府に一般庶民用の住宅を作らせようとしているのですが、先日公表された審計署(日本で言えば会計検査院)の報告によれば、「社会保障性住宅」の予算についても、地方政府では、目的通りに使用していない例が多々あるようです。

 2013年8月10日付け「人民日報」2面に掲載されていた新華社電の記事「社会保障性住宅資金の『ブラック・ホール』はどのくらいあるのか」というタイトルの記事では、その審計署の報告の概要が報じられています。ポイントは次のとおりです。

「58億元(約930億円)の社会保障性住宅プロジェクトの資金が流用され、一部は理財商品の購入や関連会社職員の労働賃金、社会保障性ではない住宅地確保のための立ち退き費用等に充てられている。600ムー(約40ヘクタール)余の社会保障性住宅用土地が違法に商業開発等のその他の用途に使われている。2.4万棟近くの社会保障性住宅が違法に別の用途(転用又貸しなど)に流用されている。12万世帯が違法に社会保障性住宅を受け取っている(重複して社会保障性住宅の提供を受け、家賃補助費を違法に受け取っている、等)。

流用の例:湖南省社会保障性住宅工程投資公司に財政支出された社会保障性住宅建設プロジェクト資金2.69億元(約43億円)は理財商品の購入に充てられていた。」

 外国メディアではなく、中国国営の新華社通信が「ブラック・ホール」と呼んでいるのだから、わかりやすいですね。つまりは中央政府が「一般労働者のための福利厚生のための住宅建設・上下水道整備の資金だ」と言って資金を地方政府に渡したところで、中国の地方政府は「ブラック・ホール」であり、自分の都合のよいように使ってしまう、ということなのでしょう。

 李克強総理の「改革」も、経済成長率の「底線」は割らないようにする、ということで、結局は鉄道建設と都市化という「守旧既得権益グループ」が欲しいと思っている方向でお金を使う、ということで、妥協が図られたようですね。それを反映しているのかどうか、ここ数日の上海株式市場の総合指数も堅調に推移しています。

 中央政府が地方政府を統治できていない、という現状は、何十年も続いているのですが、全然是正されません。是正する気がないのだろう、と多くの中国人民は思っていると思います。中央と地方とが決定的に対立してしまっては、中国共産党という組織が壊れてしまいますからね。

 かくして、やはり、「バブル化をコントロールしながら行う意図的な経済構造改革」は難しく、結局は一気にバブルが崩壊するまで、「ブラック・ホール」への資金の注入は続いてしまうということなのでしょうか(8月8日に発表された7月の貿易統計では、輸出入とも予想を上回る大幅増でしたが、結局は、また「偽装輸出」によるホット・マネーの流入が再開されたのだろうなぁ、と私は思っています)。

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2013年8月10日 (土)

気になる朱建栄氏の行方不明

 今日(2013年8月10日(土))は、中国に関する日本での報道で二つ気になるものがありました。

 ひとつは、朝日新聞や産経新聞等が伝えているニュースで、東洋学園大学教授の朱建栄氏が7月に上海に行って以降、大学関係者や家族とも連絡が取れない状態が続いていて行方不明状態になっている、というものです。報道によれば、中国当局により拘束されたとの見方もある、とのことです。

 朱建栄氏は上海生まれで、日本で博士号を取り、日本で本を書いたりマスコミに出演したりしている中国国籍の有名な政治学者です。私の感覚では「ごく普通の学者・評論家」であり、人権活動家と呼ばれる方々とは違い、中国の現在の体制に批判的な立場を取っているとは思えません。

 私は、このブログに掲載している「中国現代史概説」を書くときに朱建栄氏の書いた「中国 第三の革命」(中公新書)も参考にさせていただきました。「中国 第三の革命」は胡錦濤体制が始まる直前の2002年8月に執筆された本で、江沢民氏が唱えた「三つの代表論」について、それまで『労働者・農民などのプロレタリアの党』だった中国共産党の党員として企業経営者等も迎え入れる道を開いたことにより、中国の今後の発展のために各界の協力が得られやすくなった画期的な改革である、というような趣旨で賞賛しています。「中国 第三の革命」では、この江沢民氏の「三つの代表論」を、毛沢東による中華人民共和国の成立、トウ小平による改革開放の開始に続く「第三の革命」と称していました。

 私は、企業経営者を党員として迎え入れることは労働者・農民の党である中国共産党の変質であると考えているので、朱建栄氏の考え方には賛同できませんでした。というか、当時国家主席だった江沢民氏の主張を毛沢東の革命やトウ小平の改革開放と並べて「第三の革命」とまで持ち上げるのは、現政府を持ち上げ過ぎていて、「中国 第三の革命」を読んで私はちょっと鼻白む思いがしました。多くの人もそういう感覚は持っているようで、朱建栄氏は、どちらかというと現在の中国の体制を擁護する側におり、江沢民氏に近い、とも考えられているようです。

 その朱建栄氏がもし報道にあるように「中国当局に拘束された」のだとすると、相当に不可解な事態が「中国当局」の内部で起こっている可能性があります。現在、中国共産党の内部で、外部の人間には理解不能な権力闘争が行われており、朱建栄氏が親しくしている党内の有力者との関係で拘束されたのかもしれないからです。

 朱建栄氏の「行方不明」は、報道が推測しているように「中国当局に拘束された」のか、政治的思惑とは全く関係のない事件や事故に巻き込まれたのか、または全く個人的な都合で大学や家族と連絡を取っていないだけなのか、何もわかっていないので、現時点であまり変に想像をたくましくするのはよくないと思います。ただ、朱建栄氏のような日本では有名な、いわば「売れっ子評論家」的な人物(しかもむしろ中国当局を擁護するような論調の人物)について「中国当局に拘束されたのかもしれない」というウワサが流れると、日本で活躍している多くの中国国籍の学者・評論家は、執筆活動や発言に慎重になってしまうかもしれません。

 私も北京に駐在していた間、このブログに書き込みをするにあたっては、いつでも「当局につかまったり国外追放になったりしないように発言は注意しよう」と思いながら書いていました。よく中国人の学者の方が日本で開かれるシンポジウムなどで発言する際に「これ以上言うと中国に入国させてもらえないかもしれないので言いませんが。私も日本と中国を行き来して仕事をしているので、入国させてもらえないと仕事にならないので。」などと冗談めかして言う場合があります。私自身、同じ感覚を持っていました。こういう言い方をする時、冗談めかして言っていますが、実際、半分は本気なのです。

 いずれにせよ朱建栄氏には早い時期に「いやいや何でもありませんでしたよ」とひょこっと何事もなく無事に現れて来て欲しいと思います。

 もうひとつ気になった記事は、今日(2013年8月10日)付け産経新聞の1面に出ていた記事で、「中国、829語をネット規制」という見出しのものです。中国共産党当局が個人のネットでの発言などで使ってはならないとする829語のキーワード・リストをインターネット・メディアなどに配った、というものです。

 「デモ」とか「人権」とか「六四」とかいう語が中国のネットでは「敏感な語」であることは、中国でネットを使ったことがある人なら誰でも知っている話だし、そういった語のリストがたった829語で尽きているとは思えません。また、「敏感な語」は、話題になる単語が時期によって変わるので、固定したリストを作っても意味がないと思います。「政治改革」を「正治改革」「政0治0改0革」と書いたり「08憲章」(2008年12月にインターネットで回覧された民主政治を求める主張)を「08県長」(「憲章」と「県長」は発音が同じ)と書いたりする「書き換え」の方法は無限にあり、固定した「使用禁止語リスト」を作ったって実際には役に立たないのです。

 また、私は、そういった「敏感な語」のリストを配って、それが産経新聞などの外国メディアで報道されるような「まぬけなこと」を中国共産党当局がやるとは思えないので、産経新聞には申し訳ないですが、この記事は、おそらくは、誰かが「面白半分」で作ったがせネタだと思っています。(もし本当に中国共産党当局がこういう「まぬけなこと」をやったのだとすれば、それは中国共産党当局が既に相当「ガタが来ている」ことを意味します)。

 ただ、私が個人的に気になったのは、産経新聞の記事が紹介している「使用不可語」に「李月月鳥」(李鵬元総理の「鵬」の字を分解したもの)や「美国之音」が入っていることです。李鵬氏は、1989年の「第二次天安門事件」(六四天安門事件)の時の国務院総理(1998年まで)でその後2003年まで全人代常務委員長を務めましたが、その後は引退しています。現在年齢は84歳のはずで、私が北京に駐在した2007~2009年頃は、誰かのお葬式の時に花輪を送る時くらいにしか名前を見なかったほどなので、現在まで政治的影響力をお持ちとは思えません。「美国之音」(ボイス・オブ・アメリカ)の短波ラジオ放送は、1980年代には外国からの情報を得るのに貴重な情報源のひとつでしたが、インターネットがこれだけ発達した現在において、「美国之音」を中国当局が気にしている、というのは、何か変です。

 ボイス・オブ・アメリカ(VOA)については、1986年暮に上海などで大学生が政治の民主化を求めるデモを行った時、学生らが「そもそも他の街で学生のデモが行われたことを中国のメディアは一切報じないが、我々はVOAでそのことを知った。中国国内の動きをアメリカのメディアを通じて知るのはおかしいのではないか。」と言った、という話が、私には個人的に強烈に印象に残っています。私には「李鵬」「VOA」という単語は、1980年代には「敏感な語」ではあったが、現在(2013年)において「使用禁止」にすべき単語じゃない、と思えるのです。

 もしかすると「李鵬」は守旧保守派を代表する語として、「美国之音」は外国からの情報提供を意味する隠語として、自由で活気にあふれていた1980年代を知る人々(それは今は「若者」ではなく、既に中国各界の幹部になっている人々)の間で使われていて、それを使用禁止にしなければならない、ということは、「1980年代の若者=現在の各界幹部」の中で何かが動きつつあることを意味するのかもしれません。1980年代の中国を知っている人たちは、私と同じ感覚を持っていると思いますが、今一番求めたいものは「第二次天安門事件」の再評価です。あの事件を「反革命暴乱」と言い続けている限り中国の未来はない、と私は思っていますが、同じ感覚の人たちは、中国国内にもおそらく数多くいると思います。

 いずれにしても、今日、報道された上記二つの案件は、今、中国の中で、外国からは見えない何かが動きつつあるのかもしれない、ということを伺わせるものだったと思います。

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2013年8月 9日 (金)

県長(地方政府のトップ)は会社の社長じゃない

 今日(2013年8月9日)付けの「人民日報」の経済面(10面)に、今の中国政府がやりたいと思っている改革の方向性を端的に表現していると思われる評論文が載っていました。「県長は『会社の社長』じゃない(感想)」と題する文章で、「人民日報」の熊建記者が人民政協新聞の第一回財経シンクタンク・サロンでの発言を整理してまとめたものです。

 中国の「県」は、省や特別市(北京市、上海市など)の下の行政単位で、南京市や広州市といった省都クラスの市よりずっと小さい地方行政単位で、日本でいうと「郡」くらいの感じです。「県長」とは、その地方政府のトップです。

 この文章のポイントは以下のとおりです。

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○政府と市場との関係がどうあるべきか、というのは古い問題である。この問題については、政府による「越権行為」「間違った権力行使」「やるべきことをやらない」の三つの問題(中国語では「越位」「錯位」「欠位」)が地方政府において目立っている。

○現在、地方政府の「会社化」の傾向は非常にひどくなっている。多くの地方政府はミクロな経済活動に直接介入し、マーケットにおける重要な競争主体になっており、ある地方の県長は、会社の社長のようである。

○計画経済の下では、我々は、企業が政府のようだ、と思っていたが、現在は、地方政府が企業のようになっているのである。

(注)この表現を見ると、この「人民日報」の記者は、「中国は現在では既に計画経済ではない」と認識していることがよくわかる。

○地方政府が中国経済の急速な発展において果たした歴史的貢献は否定しないが、現在、地方政府による競争は、市場システムを大いにゆがめ、資源面と環境面において過度なコストをもたらしている。

○例えば、鋼鉄、セメント、板ガラス、電解アルミニウムの業種において生産能力が過剰であるが、主な原因は、地方政府が低価格で用地を提供し、税を還付し、工業用水や電力価格において優遇措置を採って、その地域における生産能力をいたずらに拡大させているからである。外部から資本を招くために、地方政府はある時は環境保護の規制を緩めることもある。そのほか、地方政府は投資需要に対処するため、規定からはずれた融資経路を採用し、債務の懸念をもたらしている。

○地方政府によるGDPや投資を業績評価指標とすることをやめ、全国統一のルールで市場を統一し、各地方における公共サービスの均等化が経済発展と協調しているかどうかを主要な評価指標にしなければならない。

○各レベルの政府の行政権限と財政権限を明確にし、各レベルの権限に応じた財政力を配分しなければならない。各レベルの政府間の税務財政関係と責任分担関係の基本制度を法律でルール化し、中央政府部門の自由裁量権を制限し、「かけっこ銭進(ブログの作者注:「銭進」は「前進」と発音が同じ)」の弊害を絶滅させなければならない。同時に地方政府が土地財政に頼らないようにしなければならない。

○行政管理制度の改革を進め、政府と企業との分離、政府と資本との分離、行政事務の分離、政府と社会組織や市場仲介組織との分離を加速させなければならない。

○現在目の前にある多くの社会経済問題を解決するために行うべきなのは、全面的で精緻で強制的な政府による行政関与なのだろうか、それとも広範で迅速で調和の取れた社会協調システムの構築なのだろうか? 答は明らかである。

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 地方政府がその地域の人々に対する公共サービスを提供する主体ではなく、自らが経済主体となってしまう、という問題は、文化大革命時代の「人民公社」に起因しています。「人民公社」は、教育、高齢者養護、医療等の公共サービスと農業生産などの経済活動を同時に担っていました。「人民公社」の幹部であった中国共産党地方組織の幹部が改革開放時にそのまま地方政府の幹部になりました。改革開放において、農業生産は、各農家に「生産請負」という形で分配されましたが、「地方政府の幹部は経済活動の主体をやってはならない」とは決められなかったので、多くの地方で地方政府幹部による経済活動が行われました。

 1980年代には、地方政府幹部が起業した小規模な企業は「郷鎮企業」と呼ばれ、大規模な国有企業が生産していない製品を作る「すきま産業」的な役割を果たしたので、中国人民の生活の向上にも寄与したし、地方の経済発展にも寄与しました。一方で、農家が耕している農地や農民が住んでいる住宅の土地は、所有権は(人民公社時代をそのまま引き継いだので)地方政府にあり、地方政府が農民に「土地使用権」を貸している、という形が今でも続いています。そのため、地方政府幹部の多くは地方政府に「土地所有権」があることをタテにして、法律で定められた補償金を支払った上で、農民から農地を(場合によっては宅地も)収用し、それを土地開発業者に売って収入を得るようになりました(これが上の文章にある「土地財政」です。現在まで「土地財政」は地方政府の収入源の中の大きな割合を占めてきています)。こういった土地開発も中国のGDPの急成長を支えた要因の一つでした。

 なので、上記の評論文で言っている「地方政府幹部を地方における経済主体から切り離す」という「改革」は、ある意味で、改革開放以来の「地方政府のあり方」を変える根源的な問題となります。

 「人民公社」時代から引きずっていた「地方行政サービス実施主体としての地方政府」と「地方経済活動の実施主体」が混然として地方政府幹部(=中国共産党地方組織の幹部)に集中している、というシステムに問題点があることは、改革開放が始まった当初からわかっていたはずです。ただ、一方で、地方政府の幹部におさまっている中国共産党地方組織の幹部は「人民公社」時代に付与された「経済活動主体の幹部としての権限」を放したくないと思っていたでしょう。中国共産党地方組織の幹部は、自分たちが「経済活動主体の幹部としての権限」を維持したままで、改革開放により市場経済が導入されれば、行政権限を利用して経済活動を行って、濡れ手に粟でお金を儲けられますからね。

 中国共産党は、「腐敗をなくそう」というキャンペーンを何回となく行っていますが効果が上がりません。腐敗の原因は、地方において行政権限と経済主体とが一体となっている、という現在の中国の地方システム(中国共産党地方組織の幹部がその両方の権限を担っていること)に原因があるわけですから、そのシステムをなくさない限り腐敗はなくならないわけです。

 こうした中国共産党地方組織の幹部の経済活動に対する「意欲」は、猛スピードで成長した中国の高度経済成長を支えてきた、という部分はあるのですが、今はそれが市場経済をゆがめたり地方政府の負債蓄積の問題を生じさせたりして中国の成長の足かせになろうとしているし、中国人民の「怨嗟の的」にもなっているのです。

 経済成長の阻害要因を除き、腐敗に対する人民の怨嗟に応えるために、今、李克強総理は、この中国の地方システムに切り込もうとしているわけです。今回紹介した評論文は、李克強総理がやろうとしている改革の「骨」の部分を指摘していると言えると思います。

 中国共産党地方組織の幹部の権限を奪う、というこの「改革」は、中国共産党の中央と地方組織とを反目させ、中国共産党という組織自体に「破壊的改革」を要求することになります。李克強総理がそこまで党内の改革派の力を結集できるのか、は、非常に疑問に思えます。ですから、今後、中国共産党内部の我々の見えないところで、相当厳しい権力闘争が繰り広げられることになるような気がします。

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2013年8月 7日 (水)

「人民日報」に「計画経済は淘汰された」とする論文

 最近、歯切れのよい「正論」が載ることが多くて読むのが楽しみな「人民日報」ですが、今日(2013年8月7日)付け「人民日報」7面に掲載されていた評論文「なぜ市場経済では経済規律に従うことが容易なのか(学者論壇)」(筆者は中国人民大学経済学院教授の李義平氏)には、ちょっとびっくりしました。

 現在の中国は「社会主義市場経済」、即ち、「社会主義の原則を保持しながら市場経済のよいところを取り込んで経済運営を図る」という政策ですから、市場経済のプラスの部分を主張する文章が「人民日報」に載っても何の不自然さもないのですが、この評論文では、市場経済の利点を挙げるとともに、計画経済の問題点も指摘し、「計画経済は淘汰された」とまで明確に言い切っているからです。

(注)「人民日報」のホームページは、当日の紙面は全部無料で読めますが、前日以前の紙面については、1~4面までは無料、5面以降の紙面を見たい人は登録して有料で見られるようになっています。私は時々「人民日報」の記事や評論のポイントを書いていますが、その正確に意図するところを理解するためには、中国語の読める方は、実際に「人民日報」のホームページにアクセスして御自分で御覧になって確かめてください。

 今日の紙面に載っていた李義平教授の評論文「なぜ市場経済では経済規律に従うことが容易なのか(学者論壇)」のポイントは以下のとおりです。

○市場経済体制の下では経済規律に従うことが容易になり、計画経済体制の下では経済規律に反してしまう可能性が出てくる。その原因は、経済規律は、市場経済体制とは容易に協調できるが、計画経済体制と協調することが難しいからである。

○経済規律の本来持つ特徴から考えれば、経済規律の現象は、無数の偶然が必然として帰着したものであり、そこには無秩序の中に秩序が潜在的に存在しているからである。

○市場経済体制の下では「見えざる手」を通じて資源の配分がなされる。それは市場価格を通じて資源の希少性の程度が反映されるからである。個々の市場参加者は、市場を支配することはできず、市場価格の誘導の下、各種要素の価格を比較して資源投入と生産を行う。このようにして自然に産業システムの調整が行われ、レベルアップが図られ、暗黙のうちに経済規律に合致することになるのである。

○計画経済体制の下では、行政力量が支配的地位を持っており、計画者の意志と強制がいたるところに存在している。市場経済の中では各参加者は大局を左右することはできず、自分の選択ができるだけであるが、計画経済の中においては、計画者が一切を支配しコントロールすることができ、規律を任意に利用できるようなものになっている。しかし、実践が示すところによれば、計画者が持っている知識と情報は有限であり、計画者はやる意志はあっても実現することはできない。計画者は、自分の価値基準でものごとを決めるが、自己の価値基準を用いるということは、主観主義、唯心主義とあまり違わない(このブログの筆者注:「唯心主義」とは、マルクスらが求める「唯物主義」と対極をなすものである)。

○自己の価値基準の利用とは、某企業の価格設定を支持するとか、某企業の生産抑制を支持するとかいう目的設定に使われる。これが価値規律に反し、経済規律からのかい離の第一歩となる。計画経済では、有限な知識しか持たない者が一切の体制の基礎を支配している。実践が示すところによれば、こういったことは、経済規律を、支配し、圧力で制圧し、歪曲する作用を発揮する。自己価値基準を規律として利用することの結果は、経済規律への違背をもたらす。経済規律への違背と効率の低下により、計画経済は淘汰されたのである。

○我が国は、長期にわたり計画経済を実行し、現在、社会主義市場経済体制にある。この経緯により、計画経済的考え方と行為が依然として存在している。ある人は依然として市場における「自発」をよくないことと考えており、市場規制をやめることを「よくないこと」と考えており、頻繁に市場に対して行政が介入している。そのため、「無秩序」や「危機」が去った時期においても、市場経済体制が持つ本来の活力と固有の秩序が存在していないのである。(このブログの筆者注:ここで言う「無秩序」や「危機」が暗に文化大革命や第二次天安門事件を念頭においていることは容易に想像できる)。

○計画経済と市場経済が交錯している特殊な時期にあって、人々は多くの「花を咲かそうとして植えても花は咲かない。無心で柳を挿し木すれば柳は芽を吹く。」という現象を見るであろう(注)。経済規律に従い、我々の経済の必然的選択を行うならば、必ずや堅実に社会主義市場経済の体制改革を貫徹することができるであろう。

(注)上記の「 」内の中国語は「有心栽花花不開、無心挿柳柳成萌」です。市場経済=自由主義経済を讃えるこのような美しい文言が「人民日報」に掲載されることは、私としては、個人的には感慨深いものがあります。

 トウ小平氏の経済政策のブレーンであった経済学者の呉敬璉氏が後に述べたところによれば、1980年代は、市場経済の有用性は理解されていたものの、社会主義の原則(=計画経済)を基本とすべきとする保守派の力も強かったことから、ありていに「市場経済」という言葉は使えず、「商品経済」と称していた、とのことです。トウ小平氏が活躍していた1980年代においては、党内に陳雲氏のような保守派の有力者もたくさんいたことから、上記のような計画経済の欠陥を露骨に指摘するような論文を「人民日報」に書くことはできなかったでしょう。

 上記の論文は、最近の議論の流れからすれば、金融業界における金利の自由化を主張しているように見えます。しかし、計画経済の弊害を明確に指摘し、「計画経済は淘汰された」とまで明言していることは、金利の自由化といった個別の政策課題に留まらず、「共産党による支配」そのものを批判した論文であるとも読めます。「計画経済が淘汰された」のならば、中国共産党が政権党にいる必然性は、もはやないと言えるからです。そういった文章が中国共産党機関紙の「人民日報」に掲載された意義は大きいと思います。

 今日(2013年8月7日)付けの日本経済新聞朝刊の記事によれば、現在、中国では「北戴河会議」が行われているようです(「北戴河会議」については、このブログの7月31日付け記事「習近平政権『守旧権益保護派』の抑え込みに成功か」参照)。「北戴河会議」には保守的な考え方を持つ党の長老も多数参加していると思いますが、そうした中、上記のような計画経済の欠点を指摘し、「計画経済は淘汰された」と明言する評論文が「人民日報」に掲載されたことは、かなり挑発的だと思います。

 今後の中国共産党内部での論争を考えるに当たっては、もし、仮に、「人民日報」の編集長が更迭された、とか、上の論文を書いた李義平氏が失脚した、とかいうニュースが流れたら、それは「保守派の巻き返し」を意味しますから、要注意です。そういうニュースが流れないのだったら、昨日(8月6日)付け「人民日報」の1面に「思想を解放させるとともに、事実に基づいて真理を追究すべき(実事求是)である」という論説が掲載されたことを踏まえると、今後、中国共産党内でも、かなり自由な思想面での議論の展開が期待できるのかもしれません。

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2013年8月 6日 (火)

現時点での「思想の解放」

 今日(2013年8月6日)付けの「人民日報」は1面に「思想を解放させるとともに、事実に基づいて真理を追究すべき(実事求是)である」と題する評論員による論評を掲載しました。「実事求是」は毛沢東の言葉ですが、トウ小平氏が改革開放路線を始める時に盛んに用いた言葉です。

 ポイントは以下のとおりです。

○思想が硬直して、迷信が盛んであっては、前進できず、党と国家と民族の生命力を停止させ、党と国家を滅ぼすことになる。

○改革開放は中国における第二次革命であり、思想の解放こそがこの革命の第一声だった。

○思想を大解放しなければダメで、改革による大突破を行うことはできない。全面的な改革の深化を進める途上において、今日の中国においても依然として思想の解放を先導とする必要があり、旧きを守り、欠陥を残し、現状に満足し、歩みを止めてはならない。

○思想を解放するにあたっては、国情から離脱して奇想天外なことをしてはならず、現実を見ないで物事を進める主観的な想像に基づくものであったり、手順を無視して無鉄砲に向こう見ずなことをやってはならない。

○経済の転機、社会の転機に直面し、いろいろな利益主体が利害を追究している現実を直視し、利益の協調のバランスを取るシステムを打ち立てなければならない。

○思想を解放することと事実に基づき真理を追究すること(実事求是)との関係をうまく処理しなければならない。実際の状況を理解しなければ正確な解決策を立てることはできない。いかにして実のある改革策を立案できるのか? 中小企業の融資難の問題を深く理解し、彼らの就業の問題を解決し、中小企業の活力を引き出すためには、思想の解放の中にこそ問題解決の策があるのである。民生向上の難しさを真剣に知り、貧富の格差の拡大を憂慮してこそ、人民の利益を守るための制度をうまく組み立てることができるのである。

 上記の主張は、要するに改革に抵抗する頑迷な守旧派の考え方を打破しなければならないことを主張しているわけです。おそらくは、具体的には金融機関の金利の自由化に反対する勢力などを批判しているものと思われます。

 一方、「思想を解放するにあたっては、国情から離脱して奇想天外なことをしてはならず、現実を見ないで物事を進める主観的な想像に基づくものであったり、手順を無視して無鉄砲に向こう見ずなことをやってはならない。」の部分は、中国の現状を無視して、早急に政治的民主化を求めるようなことをしてはならない、という意味に取ることができ、「思想を解放する」と言っても政治的な民主化を求めることはダメだ、と主張していると理解できます。

 この評論文は、現在の中国共産党中央のスタンスを端的に表現した評論だと言えるでしょう。政治的民主化を求めることについてはクギを刺しているとは言え、「思想を解放しよう」という党中央による呼び掛けは、改革を求める中国の人々にとっては、ひとつの「希望」を与えるものだ、というふうに前向きに捉えられればいいなぁ、と個人的には思っています。

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2013年8月 4日 (日)

中国での政治混乱の可能性:1980年代との比較

 現在、中国経済の減速傾向が顕著になっている中、李克強総理が「影の銀行行為」対策などを通じて金融改革を行っていることについて、経済面での「中国リスク」が強く意識されるようになっています。ただ、現時点では、中国政府は、経済全体をコントロールできており、金融機関の連鎖的破綻が起こる可能性(システミック・リスク)や経済活動の低下が急激に起きる現象(ハードランディング)は起きる可能性は小さい、というのが、多くの人々の見方です。ただ、1989年の「第二次天安門事件」のような大きな政治的混乱が生じて、それによる経済的な急激な変動が起こるかもしれない、との可能性については、誰にとっても予測できないところです。

 私は、1986年10月~1988年9月に北京に駐在していました。駐在期間中の1986年年末に上海等での学生デモが発生し、その処置の対処が甘かった、ということで、1987年1月に当時の中国共産党総書記の胡耀邦氏が辞職しました(実質的な解任)。しかしながら、駐在当時、1989年に発生する「第二次天安門事件」のような致命的な政治的変動が起こることは全く予想していませんでした。

 実際、私は、1988年の1月に書いた「1988年の予測(予言)」と題するレポートの中で下記のように記しました。

「上海(或いは別の地方都市)で労働者・学生による物価値上げ反対デモが発生する。
【説明】公共料金の相次ぐ値上げと、一部食料品の不足により、市民を中心とした比較的静かなデモが発生。流血の騒ぎにはならないが、市長の直接選挙等の政治改革が一段と進む切っ掛けとなる。」

 「上海(或いは別の地方都市)で」という場所についてははずれましたが、「市民を中心とした静かなデモが発生する」という「予言」はあたりました。しかし一方で、「流血の騒ぎにはならない」という「予言」は不幸にもはずれてしまったわけです。

 1988年1月の時点で、デモが発生する場所について「上海(或いは別の地方都市)で」と書いたのは、政治都市である北京は管理が厳しいので、市民らがデモを行うのは難しいだろう、と考えたからです。事実、1986年12月初旬に発生した学生デモは、まず、安徽省合肥にある中国科学技術大学で発生し、それが12月後半までに南京、上海に飛び火しました。1987年1月1日には北京でも学生のデモが行われるとの「ウワサ」が流れたのですが、治安当局は事前に天安門広場を立ち入り禁止にし、北京でのデモは不発に終わりました。

 北京駐在中だった私は、1987年1月1日15時頃、天安門広場に行ってみましたが、広場の境界線には武装警察と思われる人々が一定間隔で並んで立っており、立ち入りが禁止されていました。周囲の道路には「やじうま」と思われる人々がいましたが、デモはありませんでした。後に外国からの報道で知ったところによれば、この日正午頃、天安門広場周辺で小規模な学生デモがあったけれども、すぐに治安当局によって解散させられてしまった、とのことでした。

 ですから、もし、北京において、学生や市民によるデモが起きそうだ、という兆候があれば、すぐに治安当局が天安門広場など主要な場所を立ち入り禁止にするなどして未然に防ぐので、北京ではデモは起きないだろうと思っていたのでした。ところが、実際は、1989年4月15日に胡耀邦氏が亡くなって、翌日以降、胡耀邦氏の死を悼む学生らが天安門広場に花輪を捧げたりしたのを治安当局はとがめなかったことから、その後、学生らによる活動は雪だるま的に拡大していったのでした。

 1988年1月の時点で「流血の騒ぎにはならない」と考えたのは、デモが起きても鎮圧に当たるのは警察であって、デモ隊による投石や火焔瓶があっても、警官隊は催涙弾、放水中で応戦するだろうから「流血の騒ぎ」にはならないと考えたのです。1976年4月の「第一次天安門事件」(四五天安門事件)では、人々の集会に対処したのは警察や民兵で、持っていた武器は革の鞭や鉄パイプであって、多数のケガ人は出たようでしたが、少なくとも死者が出た、というような話は聞いていませんでした。「四人組」が牛耳っていた1976年4月時点の中国共産党中央の対応が「その程度」だったのですから、開かれた国際的地位を高めた1980年代の「改革開放期の中国共産党中央」が市民・学生に対して暴力を振るうことはない、と思っていたのです。

 ですが、実際は、1989年6月4日、中国共産党中央から出動を命じられた人民解放軍は、戦車等を繰り出して、市民・学生に対して実弾射撃を行い、多数の死者を出したのでした。

 このような事態は、私が北京にいた1988年の時点では全く予想ができない事態でした。従って、現在(2013年8月)の時点で、多くの人が、中国で再び「第二次天安門事件」のようなことは起こるはずがない、と思っていたとしても、起こる可能性は否定はできないと思います。

 そこで、1980年代と現在(2013年)とを比較して、今後「第二次天安門事件」のような事態が再び起こる可能性があるかどうかについて考えてみたいと思います。

1.人々の間にある不満

1980年代:

 大学生の間では「大学卒業後の就職先は国が決めるのが原則であり、自分の就職先(人生設計)を自分で決められない」という不満があった(昨日のこのブログの記事「中国で大学生が急増した理由」参照)のは事実ですが、1980年代に入って都市部・農村部ともに経済は急速に発展しており、テレビの普及、外国製品の流入等により、人々の生活は1970年代に比べて明らかに向上しており、人々全体の間で現状に対する不満が大きく溜まっているという状況ではありませんでした。

 1988年、二重価格制度改定の試みがなされました。改革開放政策の進展により、計画経済に従って生産される製品に適用される公定価格と計画を越えて生産され市場原理に基づいて出荷される製品に適用される市場価格が存在し、地方政府幹部など多くの官僚が公定価格で購入した商品を市場価格で販売して利ざやを稼ぐという現象が多発しました。彼らは「官倒」(官製ブローカー)と呼ばれていました。多くの人々は、地方の中国共産党幹部が「官倒」行為をやって私腹を肥やしていたことに憤慨していたのは事実でした。1988年、趙紫陽総書記は、事態を改善させるため、二重価格の廃止(価格の一本化)を打ち出しました。価格を一本化すると、当然価格は高い方の市場価格に統一されることが予想されたので、将来の物価上昇が予測され、多くの人々の間に「インフレ心理」が働いて、消費が急増し、1988年のインフレ率は非常に高い値となりました。そのため、インフレに対する人々の不満が高かったのは事実です。

 ただ、共産党幹部の腐敗に対する不満やインフレに対する不満があったのは事実ですが、共産党幹部の腐敗は昔からあった「よくある話」ですし、インフレはあったけれども人々の生活の向上も実感できていたのも事実なので、1988年の時点では、都市部であっても農村部であっても「現在の体制をひっくり返すべし」と思うほどの不満が溜まっていたとは思えません。(むしろ中国の発展振りを横目で見ていた旧ソ連や東ヨーロッパの市民が自国の体制に不満を抱いており、それが1989年~91年のソ連・東欧革命につながった、と見るべきだと思います)。

 私は1988年に広西チュワン自治区へ行った時の経験をもとにひとつのエッセイを書きましたが、当時の私の感覚では、農村部でも現在の体制に対する不満が高いとは思えませんでした。

(参考URL)私のホームページの中の「北京よもやま話」
「夏の農村で」(1988年7月14日)
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/beijing/natunono.html

 むしろ文化大革命までの「人民公社」の中で生産意欲のわかなかった農民は1978年以降の改革開放政策によりその生産意欲を刺激されて実際に農村生産は向上していたので、私は感覚的には1988年の時点で自由選挙をやれば農村部では中国共産党が圧勝するだろうと思っていました。一方、都市部では、自由な経済活動にはいろいろ制限があった(例えば、起業が認められていたサービス業でも、従業員数が一定規模の「大企業」は認められていなかった、など)ので、都市部では中国共産党の政策に不満を持つ人々も少なくないだろうと思っていました。

2013年:

 中国共産党幹部の腐敗に対する人々の不満は、明らかに1980年代より強烈に強まっています。一部の共産党幹部が私腹を肥やしたり、子女を外国に留学させたりしているからです。家族や財産の全てを外国に移して自分だけ中国国内に残って「私腹肥やし」に精を出している中国共産党幹部を「裸官」と呼びます。1980年代は、腐敗した中国共産党幹部すらまだ貧しかったので、人々の不満は「羨望」に近かったと思いますが、今は、実際に中国共産党幹部が「大富豪」になってしまったので、今の人々の腐敗した共産党幹部に対して抱く不満は「憎しみ」に近いと思います。

 1990年代以降の経済発展に伴い、多くの農民が都市部に出稼ぎに出ました。これが「農民工」ですが、今、都市部で働いている若い「農民工」は1990年代以降の生まれのいわゆる「九○后」です。彼らは農村戸籍であるが故に「農民工」と呼ばれますが、出稼ぎに出ていた両親の間に都市で生まれた者も多く、農業をやったことのない人も多数います。彼らは同じ都市に住んでいるのに「農村戸籍」であるが故に「都市戸籍(非農村戸籍)」の都市住民と同じ教育・医療等の行政サービスを受けられず、就職先の選定にも実質的に差別があるので、現在の状況に多くの不満を持っています。

 農村に残っているのは、多くは高齢者ですが、都市部が急速な経済発展を続けているにも係わらず、農村部の暮らしの発展スピードが遅いことについて、現状に対して不満が多いと思います。特に経済発展に伴って、地方都市の共産党関連の庁舎が立派になり、工場のない地域の農村部にまで立派な高速道路ができたりするのを見ると、その恩恵にあずかれない農民の不満は大きいと思います。

 都市部では、定職に就いている人たちと職にあぶれて工事現場等を転々としている人々との間で格差が開いています。また、大学生の数が急速に増えすぎたため、北京大学や清華大学など有名大学の卒業生はすぐに就職できるのに対し、有名ではない大学については、北京には来たけれども就職できない大学卒業生(俗に「蟻族)と呼ばれる)が大量に存在します。彼らが現状に大きな不満を持っていることは想像に難くありません。

 ただ、2013年において多くの人々が持っている「不満」は、その矛先がひとつではなく、実現したいと思っている期待も様々です。従って、これらの人々が持っている不満のエネルギーがひとつにまとまる可能性はあまりありません。たまたま、例えば「反日」のように、不満を持っている人々が共通に持てるテーマが現れると、大きな運動が起きる可能性がありますが、「ひとつにまとめるテーマ」がない現状では、これらの人々が持っている不満が社会的に表面化する可能性はあまり大きくないと思います。

 また、1980年代において社会変動のリーダー的存在だった北京大学などの有名大学の大学生が今では「現状維持派」であることの意味は大きいと思います。有名大学の大学生が持つベクトルは「個々の問題点は解決すべきだが、大筋としては現在の体制は維持されるべきだ」というものだろうと想像されます。これは中国共産党中央と同じです。従って、有名大学の学生が今後の政治変動の先導役となることはないでしょう。この点が1980年代の政治変動とは大きく異なる現状です。

2.国際情勢

1980年代:

 1986年2月にマルコス政権を打倒したフィリンピン革命や1988年の韓国における初の選挙による大統領選出、1988年に台湾の総統に就任した李登輝による民主化への模索など、アジア各国では、独裁政治から民主化への動きが相次いでいました。ソ連共産党のゴルバチョフ書記長によるソ連共産党自身の改革や東欧諸国への締め付けの緩和など、改革の流れが当時の世界の潮流でした。ゴルバチョフ書記長の訪中が予定されていた(1989年5月)ことが「第二次天安門事件」の運動の切っ掛けのひとつであったことはよく知られているところです。

2013年:

 多くの国々では、人々の二分化が起きています。以前の、中間層の人数が多くて富裕層や貧困層が少ない、という釣り鐘型の構造から、現在は、比較的裕福な層と生活が苦しい層の二つの層への分化(ふたこぶラクダ化)が多くの国々で進んでいます。多数決で選ばれる民主主義では、やや人数の多い「生活が苦しい層」の支持を集めた政権ができる確率が高いのですが、そういった政権は富裕層への税負担を求める上、経済に対して政府による関与を強める社会主義的要素の強い政策を打ち出すので、自由な経済活動と「小さな政府」を求める「上部中間層」の人々の反発を買います。

 以前は、「少数の支配者層と多数の被支配者層」が対立して政治変動が起きる、というパターンだったのですが、現在は、「大衆」自体が「ふたこぶラクダ」的に分離してしまっているのです。二つの勢力ともに「多数」なので、多数決で決める民主主義では「決められない政治」になってしまいがちです。トルコ、エジプト、ブラジルにおいて、民主的な選挙で選ばれた政権であるにも係わらず、「大衆によるデモ」が起きて政治的混乱が生じてしまうのもこうした理由によるものと思われます。

3.今後の中国における政治変動の機軸

 中国においても、多数の「中国人民」が、ともに多数派である二つの勢力、即ち、既に定職を持っている一定の収入を得ている人々のグループ(多くは都市戸籍を持っている人々)と定職を持たない低所得層の人々(多くは農村戸籍を持つ人々)に別れています。今、中国は経済が減速している一方、李克強総理は改革を進めるために大規模な景気刺激策は打たない方針ですが、経済が減速し大量に失業が発生した場合に、真っ先に被害を受けるのは「定職を持たない低所得層の人々」のグループです。一方、「定職を持っているグループ」の人々は、バブルが崩壊して中国経済全体がハードランディングするのを恐れますから、李克強総理の改革路線には賛成するはずです。一方、共産党地方幹部や国有企業の幹部などは改革に対する「抵抗勢力」ですから、現在の中国においては、以下の三つのグループの対立が政治における機軸になると思います。

A:都市部において定職を持つ一定の収入のある人々のグループ

○李克強総理が進める改革路線に賛成(大型の景気刺激策はバブルをはじけさせる可能性があるので反対)=現在の中国共産党中央の路線に賛成。

○就職先の心配をあまりする必要のない有名大学(北京大学等)の学生はこのグループに含まれる。

○多くは都市部に住む都市戸籍を持つ者なので二重戸籍制度の廃止には反対(農村戸籍保持者が都市に流入すると都市部の行政サービスが低下するため)。

○理財商品の購入者の多くはこのグループ(従って、理財商品の換金不能化(デフォルト)が多発すると、このグループの人々が「反李克強派」に転ずる危険性を常にはらんでいる)。

B:都市部において定職を持たない低所得の人々及び農村部に住む人々のグループ

○李克強総理が進める改革路線に反対(大型の景気刺激策を打たないと経済が失速し、失業が発生するおそれがあるため)=下記のCに掲げる地方共産党幹部や国有企業幹部と結び付きやすい。

○就職先が決まらない可能性が高い有名ではない多くの大学の学生はこのグループに含まれる。

○多くは農村戸籍を持つ者なので二重戸籍制度の廃止には賛成。

○理財商品を買うだけの資金はないので理財商品のデフォルトが起きても全く気にしない。

C:地方の中国共産党幹部、国有企業の幹部など既得権益を享受しているグループ

○李克強総理が進める改革路線は自分たちの既得権益を疎外するので反対=Bに掲げる低所得者層のグループと結びつきやすい。

○地方の人々が都市部に行ってしまっては困るので基本的に二重戸籍制度の廃止には反対。

○理財商品を購入している人が多いので、理財商品の換金不能化(デフォルト)が起こると一気に「反李克強」の動きを始める可能性がある=この点において理財商品を持っているグループAの人々と結び付く可能性もある。

○「裸官」の人々(既に家族や財産を外国に置いている者)は、政治的に不利になった場合、外国に逃亡する可能性がある(「裸官」が外国に逃亡し始めると、グループBの人々との共同歩調は崩壊する)

 上記のうち、基本的には「Aグループ(中国共産党中央)」対「BグループとCグループの連合体(中国共産党地方組織)」という構図になります。1989年の「第二次天安門事件」でひとつの精神的柱となった「政治的民主化を求める知識人グループ」は、上記のA、B、Cのいずれのグループとも主張が異なるので、知識人グループが今後の政治変動の中心になり得る可能性は小さいと思います。

 つまり、「中国共産党の内部で分裂し」かつ「多数の人民の中で分裂が起き」かつ「知識人グループが『らち外』に置かれる」という構図です。従って、結論から言うと、現在は1980年代に比べて圧倒的に人々が持っている不満のエネルギーは高いのですが、向かうべき方向がグループごとにバラバラであるため、かえって1980年代に比べて大きな政治運動が起きる可能性は少ない、と言えると思います。

 もうひとつ考えるべきキーワードは、やはり「ネットワークの存在」でしょう。1980年代にはネットはありませんでしたから。上記のような複雑なグループの間で、もし仮にネットワーク上である種の「意志の統合」が起これば、リアルの世界でも政治的変動の原動力となる可能性はあります。

 いずれにせよ、1988年1月に私が考えた「デモは起きるけれども流血の事態にはいたらない」という予想は実際には1989年に完全に裏切られてしまったわけですから、私が今ここで何を予想しても、たぶん、それは当たらないのでしょう。やはり「中国では何が起こるかわからない」という前提で、リスク・マネジメントをするしかないのだと思います。

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2013年8月 3日 (土)

中国で大学生が急増した理由

 中国では、今年(2013年)、約700万人の大学生が卒業しました(中国の学年は、9月入学、6月卒業です)。報道によれば、4月頃の時点での大学卒業予定者の就職内定率は約35%で、昨年より12ポイントも低かったのだそうです。

 日本の大学卒業生の数(毎年約55万人程度)と比べると、中国の年間700万人という数がいかに大きいかわかると思います。週刊「東洋経済」最新号(2013年8月11-17日合併号)では、「中国『大回転』」と題して、高度経済成長から急転回する中国の現状について特集を組んでいますが、その中でも、この中国の大学生の就職難について述べられています。

 中国の大学生の就職難問題では、中国国内でも問題視されています。事実関係は、下記の「人民日報」ホームページ(人民網)日本語版の特集が参考になります。

(参考URL)「人民網」日本語版の特集
「史上最悪の就職難に直面する中国」
http://j.people.com.cn/94475/206084/207471/

※「人民網」日本語版は、「人民日報」社が運営しているサイトですが、あくまで日本人に対する情報提供が目的のサイトであり、中国国内で発行されている「人民日報」とは内容が全く異なります。パッと見た感じ、「人民日報」日本語版の記事は非常に歯切れがよく、数字を使ってわかりやすく書かれていると思います。中国国内向けの記事も、こういうふうにハッキリした記事だといいんですけどね。

 中国の大学生の数が急増したのは、2000年代になってからです。これは、私が2007年~2009年に北京に駐在していた頃にある大学教授に聞いた話ですが、大学入学定員急増の背景には、1990年代末における朱鎔基総理による景気刺激策があった、とのことでした。

 1998年頃のアジア通貨危機の影響で、1990年代末、中国の経済成長は少し鈍化しました。中国では経済成長が鈍化すると社会の最下辺にいる人々の収入が減少する危険性があるので、「保八」と言って、成長率は8%以上を保つことがひとつの目標でした。このため朱鎔基総理(当時)は、1990年代末にいろいろな経済政策を採ったのですが、私が聞いた大学教授が言うには、大学の入学定員の増加もその景気刺激策のひとつという意味合いがあった、とのことでした。大学の入学定員が増えれば、大学のキャンパスの建物も増築する必要があるし、学生寮も建てなければならない、そうなると建設業が盛んになって、公共投資を増やしたのと同じことになる。資金は、入学する学生が支払う入学金や学費が充てられるのだから、国家財政は痛まないので、これほどいい景気刺激策はない、というわけです。中国では、こども(一人っ子政策なので原則一人)を大学に進学させるのは親の大きな夢ですので、こどもを大学に行かせるためなら、親は無理をしてでもお金を出すだろう、と想定したのだ、というのです。

 この大学教授は、「入学定員を急に増やしたって、大学教授の数が急に増えるわけではないのだから、大学教育の質が下がるだけだ。」として入学定員増加には反対だったのだそうです。

(注)1986年~1988年の北京駐在時には、個人的に話をする場でも中国の人は政府と同じ「公式見解」しか話さないのでつまらなかったのですが、2007年~2009年の駐在時には、個人的に話すと政府の方針とは異なる意見を平気で話す人がたくさんいました。その変化は、私にとって「20年間の中国の社会の進歩」を印象付けるものでした。(ただし、個人的な場では「政府の方針とは異なる意見を平気で言う」ような大学教授も、シンポジウムなどで演壇に立つと「政府方針」と同じようなことしか言わないのが今でも普通です)。

 1980年代と現在とでは、中国における大学制度には大きな違いが二つあります。

 ひとつは学費です。中国の大学は基本的には国立ですが、1980年代は、中国の大学の経費は全額国庫負担であり、入学金や学費の類を学生が払う必要はありませんでした。一方、定員枠は非常に限られていましたから、相当に優秀でないと大学には入学できませんでした。その意味では、1980年代の大学生には「中国の未来は自分たちが開くんだ」という気概(嫌な言葉を使うと「エリート意識」)がありました。

 もうひとつは就職先の選定です。今の中国の大学生は、卒業後の就職先は、日本や他の国と同じように自分で探さなければなりません。なので、上に書いたように、今年のように経済状況が悪いと、4月時点での就職内定率が35%といった低い数字になってしまうのです。ところが、1980年代の大学生の就職先は、基本的には国家が決めていました。従って、大学生の就職者先は、普通は、政府(中央政府及び地方政府)や国有企業(当時は「国営企業」と呼んでいました)でした。

 もちろん1980年代は既に「改革開放」の時期であり、外資企業も中国国内に立地し始めていましたので、国による就職先の斡旋を断って自分で外資系企業等に就職することも可能でした。また、当時は、業種や規模などの制限がありましたが、国営ではない企業体(非公有企業体)もありました(1980年代の「非公有企業体」は、資本財を使わないサービス業に限る、とか従業員5人以下に限る、とか言った極めて初歩的なものでした)。ただ、そういう「国の配分によらない就職先」の数は、1980年代にはまだ圧倒的に少なく、多くの大学卒業生は、国の指示に従って就職していたのでした。

 1980年代のように「勤務先(企業や勤務地)を自分では決められないけれども、国が就職先を決めてくれるので、就職できない、という心配がない」のがいいのか、今のように「就職先が見つからないというリスクはあるけれども、勤務先(企業や勤務地)を自分で決められる」方がいいのか、は、人によって考え方の違いがあるでしょうが、若い人なら普通は「自分で決められる方がいい」と考えるでしょう。

 1980年代、中国では大きな社会変動がありましたが、1986年末のデモも大学生が行ったものでしたし、1989年4月に始まった「第二次天安門事件(六四天安門事件)」の運動も最初は大学生が始めたものでした(5月初頃から知識人や一般市民も加わるようになった)。1980年代の大学生には、「未来の中国の社会は自分たちが創っていくのだ」という気概とともに、改革開放に伴って外国から入ってきた様々な情報に接して「なぜ自分たちの就職先、即ち自分の人生設計を自分で決められないのか」という不満が満ち満ちていたのだと思います。

 今後の中国の社会変動を考える上で、1980年代と2010年代の現在とでは、単に大学生の数が急増したというだけではなく、大学生の自分自身の生活や将来に対する不満の形が大きく変わったということを頭に入れておく必要があります。

 また、大学卒業生が年間700万人もいる現在にあっては、当然、大学の中にもいろいろな大学があることも考えておく必要があります。1980年代は、大学の数は少なく、多くの人は「大学生は、皆、未来の中国を担う人材なのだ」と考えていましたし、当の学生自身もそう考えていたでしょう。だから、「中国の未来は自分たちが変えるんだ」と意気込んでいた学生も多かったでしょう。しかし、今は、北京大学などの超有名大学の場合は、就職先に困る、ということはまずありません(就職内定率35%といった数字は全大学を平均した数字です)。現在では、中国の超有名大学の学生には、今の社会の状況が変わるとかえって困ると考える人が多いのではないかと思います。つまり、現代にあっては、全ての中国の大学の学生を「中国の大学生たち」とひとくくりにして考えることは非常に難しいのだと思います。

 若年層の就職難は、中国に限らず、ヨーロッパ(特に南欧)等でも大きな社会問題です。日本の大学生にとっても、就職先を決めるのは大変難しい問題になっています。ただ、日本は、世界の中で比較すれば、産業構造の面では大学卒業生の受け入れ枠は広い、と言えると思います。中国の産業構造は、現在「安い賃金による労働集約型製造業中心」から「高付加価値製造業+サービス産業」へシフトしつつありますが、その経済構造のシフトのスピードよりも遙かに速いスピードで大学生の数が増えてしまっていることが問題なのです。求人側が求める人材と大学卒業生側の就職希望先とが一致しないミスマッチが相当に深刻になっています。

 上に書いたような、中国における大学入学定員の増加が1990年代末における景気刺激策のひとつとして行われた、という見方は、当時の政策の一面しか捉えていないと思いますが、現実問題として、教育政策と産業構造改革政策のミスマッチに起因する矛盾が、2010年代の今になって一気に表面化しつつあるのは事実だと思います。

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2013年8月 1日 (木)

「中国などの新興国」という括りは不適切

 最近、新聞などで「中国などの新興国における景気減速懸念により・・・」などという解説がなされます。確かに、中国、インド、ブラジル、インドネシアといった国々は、2008年のリーマン・ショック後にも急速な経済成長を続けて、世界経済を牽引してきていたのに、2013年に入って、急にこれらの国々の経済が減速しはじめ、それが世界経済の先行きに対する懸念材料になっているのは事実です。しかし、これらの国々はそれぞれ事情が異なり、ひとくくりに議論するのは適切ではありません。特に、中国は、下記に述べるように、現在の経済の減速は、中国共産党による社会全体の統括という中華人民共和国だけが持つ独特の社会経済システムの矛盾が表面化したものであり、他のインド、ブラジル、インドネシアとは全く背景が異なる(根が深い)ものと考えられるからです。

 もちろん、リーマン・ショック後に先進国(特にアメリカ)で行われた金融緩和によってもたらされた資金がこれらの国々に投入されて経済成長が続いてきたのに、アメリカFRB(連邦準備制度理事会)による量的緩和の「拡大の縮小」が議論されはじめた途端、これらの国々に投下された資金が逆回転を始め、経済を減速させた、という点では共通点があります。また、人件費の安さに頼った経済構造から脱皮し、一定程度の人件費の高さとそれに基づく内需の経済の中に占める比重を大きくしなければならないという、どの国でも経験する「中進国から更に先に進むための産みの苦しみ」の中にある、という点でも共通点はあります。

 しかし、まず、現象面では以下の違いがあります。

(1)為替レート

インド、インドネシア、ブラジル:インフレが加速し、通貨の対ドル為替レートが急落している。

中国:高いインフレ率は20年近く続いており、最近はむしろインフレ率は穏やかになりつつある。人民元の対ドル為替レートは、一定の変動幅を持って管理されており、ここ10年間、継続して緩やかな人民元高・ドル安の方向に動いている。

(2)現象の起きている時間軸

インド、インドネシア、ブラジル:2008年のリーマン・ショック後の急速な成長が、今、鈍化しつつある。

中国:1978年の改革開放以来(「第二次天安門事件」の影響を受けた1989年~1992年などいくつか成長が鈍化した時期はあったが)一貫して急速な経済成長を続けてきており、もともと「経済バブル」が懸念されていたところに、2008年にリーマン・ショック後に行われた4兆元の経済刺激策で、その「経済バブル」が更に拡大したのが現時点であること(つまり、現在の状況は「リーマン・ショック後の結果」ではなく、「1978年の改革開放開始以来35年間の結果」であるので、現在、中国が持っている経済変動の潜在的エネルギーは、他の国とは比較にならないほど大きい)。

 次に、最も根本的な問題として、社会構造の違いがあります。

インド、インドネシア、ブラジル:政治体制は民主主義、経済は市場経済で、基本的に他の国が経験した社会経済メカニズムと同じなので、古くは日本、1980年代後半以降は、韓国、台湾などが経験した道筋から、政策選択のモデルを考えることが可能である。

中国:中国共産党が社会と経済の全てを仕切っており、金融制度、経済における法的ルール等が未整備である。土地使用権の財産権を認めた「物件法」ができたのは2007年であるなど、他の国に比べて経済的権利・義務に関する法整備(特に金融面など)が非常に遅れている。また、中国共産党の決定が法律より上位にあるため、法律があっても守られないことが多い。都市(非農村)戸籍の人と農村戸籍の人では受けられる権利が異なるなど、「法の下の平等」「職業選択や居住地選択の自由」など、多くの国々で一般的になっている社会的価値観が異なる。そのため、民主主義自由経済体制を採った過去の国々の経験をそのまま適用することができない。

 つまり、中国をインド、インドネシア、ブラジルと同じ土俵で議論するためには、まず、中国が中国共産党による社会・経済の支配をやめ、「法の下の平等」「職業選択の自由」などの基本的価値観と民主的な政治制度と市場原理を基本とする経済原則の国になることが前提になります。

(注)中国の農村戸籍の人でも、能力と資金的な力があれば、どんな職業にも就けますので、中国にも「職業選択の自由」は形式上はあるのですが、農村戸籍の人と非農村戸籍の人では都市部において受けられる行政サービス等に違いがあるので、例えば、大学卒業などの資格を取るのでなければ、農村戸籍の人の職業と居住地の選択肢は実質的には非常に狭いものになっています。

 従って、現時点において、中国とインド、インドネシア、ブラジルを「中国などの新興国」として一括りで議論することは、極めて不適切だと思います。

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