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2013年8月22日 (木)

薄煕来裁判と2009年4月の「人民日報」

 今日(2013年8月22日)、山東省済南市の済南人民法院(裁判所)で、元重慶市党書記の薄煕来氏に対する裁判の初公判が行われました。この裁判は事前に「公開で行われる」と言われていたので、どのような形で行われるのか関心が集まっていたのですが、裁判所側がインターネットの微博(ウェイボー:中国における小型ブログでツィッターのように使われる)で裁判の様子を写真を交えて「中継」する、という異例の形で「公開」されました。報道陣向けには裁判所による「説明会」も行われたようです。

 「人民日報」のホームページ「人民網」に掲載された記事によれば、この微博による「中継」は、裁判での発言を「文字実録」形式で伝えるものでした。「文字実録」とは、記者会見などの発言の一言一句を文字に書き起こす形式のものです。

 ただし、中国の「文字実録」の場合、実際の発言の全てがネットに載るとは限りません。外交部が定期的に行っている外交部スポークスマンによる記者会見も「文字実録」として外交部のホームページで見られるようになっていますが、例えば、外国人記者が第二次天安門事件に関する質問をし、スポークスマンがそれに答えたような場合、その問答がすっぽりと「文字実録」から抜け落ちている、といったことはよくある話です。今回の薄煕来裁判の場合は、CNNの記者が裁判所の前から伝えたところによると、法廷内に入ることを許されたのは中国中央電視台(CCTV)や中国のメディアだけのようで、CNNは入廷を申請したけれども認められなかった、とのことでした。外国の記者等の第三者が確認したわけではないので、裁判所により微博によって「公開」された裁判でのやりとりが、実際に裁判でのやりとりを正確に記録したものかどうかはわかりません。

 「人民日報」のホームページ「人民網」に載っている記事(タイムスタンプは13:39)では、裁判冒頭部分の「文字実録」が掲載されています。冒頭、薄煕来氏は「私は、裁判官には、本件について我が国の法律が定めたプロセスに従って、合理的で公正な審判をしていただくよう希望します。」と述べています。それに対して裁判長は「被告人の意見について本庭は聴取し理解した。裁判所は、法に則り、独立公正に裁判権を行使し、法により被告人の案件について審判を下す。」と述べています。

 この記事には、詳細は、済南人民法院の「微博」を見てください、とリンクが張ってあるのですが、「微博」の中を見るには登録をしなければなりません。私は登録はしたくなかったので、「微博」の中身は見ていません。おそらく、外国の報道機関では、この「微博」の中を見て、報道しているところも多いものと思われます(なので、外国の報道機関が報じている裁判の内容に関する情報源は、裁判所側が出した情報である、ということに留意する必要があります)。

 一方、北京時間今日夕方7時からの中国中央電視台(CCTV)のニュース「新聞聯播」では、薄煕来裁判については、全く触れられませんでした。ネットで見ると、この裁判については、CCTVではニュース専門チャンネルで報じていたようです。

 薄煕来氏は、私が北京にいた頃(2009年前半)には、既に、相当な「やり手」の党書記として有名でした。私もこのブログの2008年11月6日付け記事「重慶市のタクシー・ストライキ」で書きましたが、薄煕来書記(当時)は、タクシー運転手がストライキに打って出た時、自らタクシー運転手側の代表と交渉しました。

(参考URL1)このブログの2008年11月6日付け記事
「重慶市のタクシー・ストライキ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-9f93.html

(参考URL2)このブログの2008年11月13日付け記事
「海南省三亜市などでもタクシー・ストライキ」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-617f.html

 上記の「海南省三亜市などでもタクシー・ストライキ」でも書きましたが、北京の日刊紙「新京報」の記事によると、当時、重慶市には8,000台の正規タクシーに対して無許可タクシーが2,000台もあり、正規タクシー業者は自分たちは様々な規則に縛られているのに、規則無視の無許可タクシーに客を奪われているという状況に対して、正規タクシーのドライバーたちが怒ったのがストライキの原因でした。

 そもそも重慶市は、大都市ではありましたが以前は四川省の一部でした。1997年に直轄市として四川省から独立したのですが、その理由は、重慶市では、三峡ダムの開発により大量の立ち退き農民が発生し、失業対策として特別な発展計画を進める必要があったからでした。この重慶市で、2008年の時点で(独立してから10年以上経過していたのに)2,000台も無許可タクシー(中国語では「黒車」)が「営業」していたことは、重慶市の失業対策が十分ではなかったことを意味します。

 大量の失業者が存在している、という意味で、重慶市は統治が難しい地域だったわけですが、薄煕来氏は、保守派の重鎮だった薄一波氏の息子として将来を嘱望されていた有望な「若手」でしたので、あえて難しい地域のトップを任されて手腕を問われていた、と言えるでしょう。薄煕来氏の採った失業者対策の方策は、まるで文化大革命を思わせるような「紅歌(革命歌)を歌おう」キャンペーンを張って、人民を動員して公共事業を進めることでした。この手法は、低所得者層に職を与えるとともに、公共事業により低所得者層向け住宅の建設も進め、一方で暴力団組織の徹底した取り締まりも行ったことから、低所得者層からは喜ばれました(だから失脚した現在でも重慶市では人気がある)。

 「私が北京にいた頃にも薄煕来氏は有名だったよなぁ」と思い出して、北京に駐在していた頃の2009年4月に書いたメモを読み返してみました。そしたら「人民日報」2009年4月27日付け1面トップに「新中国60周年慶祝を巡って深く群衆の中に入って愛国主義教育活動を行おうとすることに関する意見」というタイトルの記事が載っていた、というメモが見つかりました。その時のメモによると、この記事の内容は以下のとおりです。

○「共産党はすばらしい」「社会主義はすばらしい」「改革開放はすばらしい」「偉大な祖国はすばらしい」「各民族人民はすばらしい」という現代の主要なメロディーを大声で合唱しよう。

○「中国共産党を熱愛すること」「社会主義による新中国成立の重大な歴史的意義」「新中国成立60年、特に改革開放30年の輝かしい成果」「中国の特色のある社会主義」「民族精神と時代精神」「基本的国情と現在の状況に対する政策」の6つについて宣伝教育を行う。

○顔と顔を合わせた対面方式の教育活動を幅広く展開し、特長のある大衆活動や先進的モデル活動を力を入れて展開し、豊富で多彩な文芸活動を積極的に展開する。

○事実を用い、モデルを用い、データを用い、吸引力、影響力、納得性のある教育活動を展開し、形式主義に陥ることを避け、無駄な浪費が拡大することは戒める。

 私はこの2009年4月27日付け「人民日報」の記事を見た時、「中国共産党中央も薄煕来氏らの勢力に乗っ取られたのかなぁ」と感じたことを思い出しました。胡錦濤・温家宝体制の当時としては、この記事は、あまりに「文革的」な内容だったからです。でも、今、感じるのは、上記の記事のトーンは、実は、今、習近平総書記が「ぜいたく禁止令」を出したり「マルクス主義を学習しよう」と奨励したりしているのと、同じなんですよね。

 2009年4月は、リーマン・ショック後、中国を含めて世界経済が最も厳しい時期でした。北京でも、あちこちで道路をひっくり返して雨水管の工事をするなどの公共事業が行われていました。当時のメモを見ると、2009年1~3月期の人民元貸出総額が4.58兆元で、前年同期(2008年1~3月期)比3.44倍の急増だった、とのことです。当時、まさに中国全体が「共産党は素晴らしい、と合唱しよう!」というスローガンの下で膨大な公共事業投資を行って雇用を生み出しており、全中国が「薄煕来路線」だった、と言えるでしょう。

 それを考えると、経済成長が鈍化した今(2013年夏)の中国の状況は、2009年春と似たような状況にあるわけです。そういう意味もあってか、習近平総書記は、今、文化大革命ばりの「四風」(形式主義、官僚主義、享楽主義、ぜいたく主義)の撲滅運動を展開しているわけです。

 そういうタイミングで、薄煕来氏の裁判をやるのは、習近平総書記にとっては「間が悪い」と思っているのではないかと思います。もちろん、中国政府の公式見解は、薄煕来元書記は、収賄、横領、職権乱用の罪で裁判を受けているのであって、彼が採用した政策がどうであったかを裁いているのではない、というものでしょう。だけど、中国人民をはじめ世界のみんなは、この裁判は「権力闘争であり政治路線の闘争である」と思っています。

 薄煕来氏の父親の薄一波氏はバリバリの保守派、習近平総書記の父親の習仲勲氏は広東省書記の時に経済特区を始めたバリバリの改革派ですので、同じように「太子党」と呼ばれていますが、背景は全く異なるはずです。ただ、キャンペーンの張り方など習近平総書記のやり方は薄煕来氏になんとなく似ている感じなのと、昨年連載された朝日新聞の「紅の党」の報道などを見ると習近平総書記とその一族も薄煕来氏一族と同じように相当なお金持ちらしいので、習近平総書記は薄煕来氏となんとなくダブって見える感じがするのです。そんな中で、薄煕来裁判が進んで行くのは、政治的には相当に「微妙な」取り扱いが必要なのだと思います。

 ちなみに「新聞聯播」で薄煕来裁判に全く触れなかった中国中央電視台の総合チャンネルですが、昨日、今日は「インターネットでデマを飛ばす犯罪」についてしつこいくらいに報じています。そのことは「薄煕来裁判については、ネットで騒ぐな!」という党中央のメッセージなんだろうなぁ、と私は感じています。

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