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2013年7月22日 (月)

「人民日報」論調微妙な変化:党内論争激化か

 経済が減速する中、安易な景気刺激策を戒め、金融制度改革を推進すべきことを主張する論調が続いていた「人民日報」ですが、7月22日に至って、論調に少し変化が生じたように感じます。

 今日(2013年7月22日(月))付けの「人民日報」には、南開大学の柳欣教授による「『銀行間貸出金利の異常な変動』を避けるためには、実業の振興が必要である(新論)」と題する評論が掲載されていました。この論文のポイントは以下のとおりです。

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○表面上は「お金がないわけではない。間違った方向に使われているのだ。」と見えているけれども、深層は、銀行による信用供与が実体経済の底上げを支持していないことに問題がある。重要なのは、積極的な財政政策を採って、実体経済と有効需要を根本的に振興することである。

○7月20日から始まった銀行貸出金利の自由化(貸出金利下限の撤廃)は、企業の融資コストを下げることから有益である。

○一部の金融機関が利益を過度に追求して、大量な資金を「金が金を生む」方式の「自己循環」に投入しているのは、根源的には実体経済における自信のなさがある。今年前期5か月の民間資本投資の成長スピードは2011年上半期の33.8%から23.8%に下落している。中央銀行が発表した今年第二四半期の調査を見ると、銀行信頼感指数及び企業信頼感指数は、それぞれ第一四半期に比べて8.1ポイントと4.2ポイント下降している。中小企業の状況を現すHSBC購買担当者指数(PMI)も判断基準となる50ポイントを下回っている。

○このような状況に鑑みれば、「銀行間貸出金利の異常な変動」を根本から直すためには、穏健な貨幣政策を継続し、マネーストックの総量を合理的に保持すると同時に、更に重要なのは、積極的な財政施策を行って、実体経済と有効需要を根本的に向上させることである。

○「支援するとともにコントロールする」という原則の下、イノベーション発展戦略に対する支援を大々的に実施して新産業の成長を促さなければならない。客観的な規律を尊重しながら、安定的な新型都市化の推進、プロジェクト投資の安定的な成長の保持、建設中の重点建設プロジェクトによる合理的な資金需要に対する手当、鉄道等の重要インフラ、、都市インフラや低廉住宅建設等の民生プロジェクト建設に対する積極的な支援を行い、「穏やかな中での推進」を計らなければならない。

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 この主張は、このブログでも紹介した最近掲載されいていた「人民日報」の文章の論調(改革を進めるためには経済が減速するのはやむを得ない)と異なり、もっと積極的な財政支出を増やして実体経済を活発化すべし、と主張するものです。タイトルに「新論」と付いていることを見ても、今までの論調とは異なる主張であることを「人民日報」自らが示していると思います。

※最近の「人民日報」の論調については、このブログの下記の記事を参照

(参考URL1)このブログの2013年7月17日付け記事
「人民日報」が連日マクロ経済について解説
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2013/07/post-2f92.html

 中国にも、いろんな経済学者がいて、いろいろな意見を持っているのは構わないし、例えば「経済観察報」のような経済専門の一般紙がこういったいろいろな異なる意見を持った学者の意見を掲載することはよくあることなのですが、中国共産党機関紙たる「人民日報」に掲載される文章はちょっと意味が違います。多くの人は「人民日報」の論調は(それが例え学者が書いた論文であっても)中国共産党中央の考え方だ、と思うからです。「人民日報」に掲載される評論文の論調のベクトルが変わると、私などは「ん? 中国共産党内部で方針転換があったのか?」と思ってしまいます。

 実際、経済成長スピードが鈍化する中での金融制度改革において、景気刺激策を採るべきかどうか、は、中国政府や中国共産党の内部でも様々な議論があるのは間違いないと思います。

 7月12日、ワシントンで行われた米中戦略経済対話において、中国の楼継偉財政相が2013年のGDP成長率が7%になる可能性がある、と発言したと伝えられました。

(参考URL2)ニュースウィーク日本語版のネットに2013年7月12日19:50にアップされた上海発7月12日付けロイター電
「中国財政相、7%下回る下半期成長率も容認の構え」
http://www.newsweekjapan.jp/headlines/business/2013/07/105104.php

 ところがこの発言にあった「7%」という数字は、後で、国営新華社通信により「7.5%」と訂正されました。CNBCアジアのあるキャスターは、「一国の財務大臣が主要な経済指標の数字について間違った発言をするわけがなく、国営通信社が財務大臣の発言を後で訂正するなんておかしいですよね。」と言っていました。

 楼継偉財政相は7月19-20日にモスクワで開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会合でも「中国は2008年のような大型景気刺激対策を打ち出さない」と表明しています。楼継偉財政相ら中国政府高官による「景気刺激策はやらない」といった発言は、出るたびに中国の投資家の失望を買い、上海の株価などが下がります。

 おそらくは、こういった一連の動きを見ると、景気刺激策は採るべきでないとしている李克強総理-楼継偉財政相-周小川中国人民銀行総裁のラインに対して、景気刺激策を採るべき、と考える勢力が中国共産党内部にいるのでしょう。今日掲載された南開大学の柳欣教授の評論は「景気刺激策を採るべき」と考えるグループの意見を代表しているのでしょう。

 一方で、今日(7月22日)の「人民日報」では、経済記事ではありませんが、下記の記事が気になりました。

○「歴史が最もよい教科書である~習近平同志による党の歴史に関する重要論述を学習しよう~」(中国共産党中央党史研究室)

 「人民日報」ですから、こういった「お堅い」呼び掛け論説はしょっちゅう載るのですが、金融改革について議論されている非常にオープンでリベラルな昨今の雰囲気からすると、この党の歴史に関する呼び掛けには、私は相当の「時代錯誤感」を感じました。

 この呼び掛けは、要するに「党の歴史をしっかり勉強しよう」ということで、「人民のために戦ってきた中国共産党の歴史をきちんと頭に入れよう」という呼び掛け、という意味では、人民の気持ちをないがしろにして自分の利益追求に血眼になっている地方の共産党幹部に対しては、まことに「正しい指導」だと思います。ただ、次の部分は非常に気になります。

「習近平同志は、改革開放30年以上の歴史を顧みて、我が党が1970年代末に行った改革開放の歴史的な決定には三つの重要な原因があると述べた。その三つとは、『文化大革命』を深く顧みること、中国の発展が遅れていることを深く顧みること、国際情勢を深く顧みること、である。」

「改革開放後の歴史時期をもって改革開放前の歴史を否定してはならない。また、改革開放前の歴史時期をもって改革開放後の歴史を否定してはならない。」

 また、この文章では、歴史的な改革開放政策を打ち出したトウ小平氏については、何も触れられていません。これは私には非常に異様に感じます(トウ小平氏は、現在の改革開放の最大の功労者だからです)。最も私が「気になる」と感じるのは、この文章では「文化大革命を否定していない」ということです。上の「三つの重要な原因」の最初の「『文化大革命』を深く顧みること」の部分は中国語では「対『文化大革命』的深刻反思」となっています。「反思」ではなく「反省」ならば、「文化大革命の誤りを反省する」という意味なのですが、「反思」は、プラスの意味でもマイナスの意味でもなく、中立的に「顧みる」という意味なので、ここの部分では、「文化大革命」を否定はしていないのです。

 後者の「改革開放後の歴史時期をもって改革開放前の歴史を否定してはならない。」の部分は、明示的に「文化大革命を否定しない」と明言していることを意味します。

 トウ小平氏が主導して始まり現在に連なる改革開放政策は、1978年12月の第11期三中全会で打ち出され、1981年6月に出された「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」をもって確立しました。この「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」は、「『文化大革命』は誤りだった」「毛沢東同志も晩年に誤りを犯した」という認識が出発点です(詳細は、このページの左側にリンクを張ってあるこのブログ内にある「中国現代史概説の目次」の中にある「3-5-4:トウ小平氏による改革開放方針の提示」から「3-5-7:『歴史決議』~『文革は誤りだった』との正式な自己批判~」あたりを御覧ください)。

 私は30年前の1983年頃、「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」が出た以上、中国が「文化大革命」の時代に戻ることはあり得ない、というレポートを書いたことがあります。それを考えると、21世紀になって10年以上経った今日の時点で「人民日報」に掲げられている習近平総書記の歴史認識は、「1980年代よりも古い」と感じさせる時代錯誤の「先祖返り」だと思います。上の文章では、トウ小平氏が否定した「文化大革命」を否定していないので、改革開放を始めた大功労者であるトウ小平氏の名前を登場させていないのでしょう。

 「文化大革命」を否定しない考え方は、去年失脚した薄煕来元重慶市党書記に連なる考え方で、経済活動から最下層の人民の保護(社会的セーフティネット)まで中国共産党の関与を強めようとする考え方であり、多くの部分を市場原理に任せようとする「改革開放路線」とは異なる考え方です。昨年の反日デモで毛沢東主席の肖像を掲げたデモ隊がいましたが、このデモ隊の参加者は「文化大革命復古主義」へのある程度の共感を持っていたと想像されます。しかし、こういった考え方は、胡錦濤前総書記、李克強総理などの「中国共産党青年団」系列の派閥の考え方の対極をなす考え方ですし、そもそも「文化大革命」を否定して改革開放を始めたトウ小平氏の考え方に反する考え方です。

 薄煕来氏が失脚する直前の2012年3月の全人代終了時の記者会見において、温家宝総理(当時)が「文化大革命が復活しようとしているのを阻止しなければならない」と発言し、多くの人はそれが薄煕来氏の失脚を意味すると考えていました。それを考えると、今のタイミングで「文化大革命を否定しない」ような文章があえて「人民日報」に掲載された意味は小さくないと思います。

 習近平総書記は、もともとこういった「文化大革命」を否定しない復古的な考え方をある程度持っているようです。「文化大革命」(=人民公社路線)を持ち出すのは、経済成長のスピードが鈍化する中で、成長に取り残された社会の下層にいる人々を中国共産党が社会主義的な手法で保護しようとしているからだと思われます。「人民公社」では、全ては集団の活動として行われ、個人の活動は否定されたため、経済効率は悪かったのですが、乳幼児保育、学校、病院、高齢者保護までの全てを「人民公社」が担当していましたので、社会的セーフティネットは完璧でした。「人民公社的手法」で、社会の弱い立場の人々を守る考え方は、ひとつの「政治的路線」としてはあり得る路線なのですが、トウ小平氏が始めた市場メカニズムによって経済成長を進めることによって人民の福利を向上させようという改革開放路線とは全く異なる路線です。

 今日の「人民日報」にこの復古的とも言える習近平総書記の党の歴史に関する歴史についての党中央党史研究室の論文が掲載されたことは、冒頭に紹介した景気刺激策を求める論文(=李克強総理が進める改革路線(外国では「リコノミクス」と呼ばれる)に反する論文)が「人民日報」に掲載されたことと連なっているように思えます。ということで、私は「李克強総理らの『金融制度改革派』グループは、早くも党内において『守旧抵抗勢力』に負けてしまっのか?」と思ってしまったのです。

 今日の「人民日報」の紙面を見ただけで判断することはできませんが、中国共産党内部で金融改革の推進と景気刺激策の発動のあり方に関しては論争があることはおそらくは間違いがないので、今後、しばらくは様子を見る必要があると思います。

 なお、最後に付け加えれば、今日(7月22日)の夜にネットに流れたニュースによれば、江沢民元国家主席が7月3日にアメリカのキッシンジャー元国務長官と会談したと中国外務省が発表した、とのことです。江沢民元国家主席の動向が伝えられるのは昨年11月の党大会以来、とのことです。江沢民氏は「習近平主席はよい仕事をしている」と言ったと伝えられています。上記の復古主義的な「人民日報」の論調と、胡錦濤氏-李克強氏ら「団派」(中国共産主義青年団出身者の派閥)と対立関係にある「守旧抵抗勢力」の大御所的存在と考えられている江沢民元国家主席の動向がこのタイミングで伝えられた、ということは、中国共産党内部での権力構造が変化したことを象徴している可能性があります。

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