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2013年7月31日 (水)

習近平政権「守旧権益保護派」の抑え込みに成功か

 今日(2013年7月31日)付けの「人民日報」の1面には下記の二つの記事が大きく掲載されています。見出しとポイントは以下の通りです。

○中国共産党中央政治局会議が開かれ、当面の経済情勢と今年下半期の経済政策について検討~中国共産党中央総書記習近平が会議を主宰~

【7月30日に開かれた中国共産党中央政治局会議で打ち出された方向のポイント】

・国内外の経済環境は非常に複雑であり、「穏やかな中に進歩を求める」との方針を堅持し、経済機構調整と成長モデルのレベルアップを図り、民生を改善し、各種のリスクによる挑戦に冷静沈着に対処し、各方面の施策を確実に実行する。

・積極的な財政政策と穏健な貨幣政策を継続的に実施し、財政資金の使用効率を高め、金融が実体経済を支える力を強化させ、有効需要を積極的に拡大し、民間消費をレベルアップさせ、投資の合理性を強化させる。

○中国共産党が党外人士座談会を招集~習近平総書記が会議を主宰し、重要講話を発表~

【7月30日に開かれた「党外人士座談会」での習近平総書記の講話のポイント】

・我が国の発展は、重要な戦略を大いに計るべきチャンス期にある。今年下半期の経済政策においては、穏やかな成長を計り、経済構造を調整し、改革を促進し、全局面に影響している問題をうまく処理する。

・生産能力過剰問題の解決を産業構造調整の重点とする政策を堅持し、積極的に穏健で妥当な都市化を進め、各レベルの都市の人口規模を合理化し、中小都市の人口吸収力を高め、生態環境の保護を進め、金融に対する管理を強化してリスクを防止し、金融が実体経済に役立つように促進する。

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 これらの記事には二つの意味があります。

(1)李克強総理が進めてきた改革路線(「穏やかな中に進歩を求める」「穏健な貨幣政策を継続的に実施する」=大きな景気刺激策は採らずに改革を進めること)を中国共産党中央政治局という党の正式会合で決定したこと。つまり李克強総理の路線(外国人批評家は「リコノミクス」と呼んでいるようですが)が党内手続きを経て中国共産党の正式な路線として決まったこと(なお、「積極的な財政政策」や「有効需要を積極的に拡大」という文言も入っているので、景気刺激策を求める勢力にも一定の配慮はなされているものと思われます)。

(2)重要政策決定時に行う党外人士座談会を開催し、中国共産党が勝手にやっているのではなく、国全体として、広く意見を聞いて政策を決めた、という格好にしたこと。

(注)中国には、「中国共産党の指導の下で活動する」という大前提の下で活動が認められている政党がいくつかあります(中華人民共和国成立時に存在しているもので、中国国民党革命委員会、致公党、九三学社などがある)。毎年三月に行われる全国人民代表大会の前には、これらの政党の有力者等がメンバーになっている全国政治協商会議が開かれますし、中国共産党の党大会の前など重要政策が決定される前には、これらの政党のトップを集めて「党外人士座談会」が開かれます。各政党とも「中国共産党の指導の下で活動する」という前提の下で動いている政党ですので、「いろんな人の意見を聞いた、という格好にするだけのセレモニー」と言えばそれまでですが、「党外人士座談会」をやることによって、国全体で決めるべき重要な政策をいろんな人の意見を聞いて決めたという形に見せることができます。

 そして最も重要なことは以下の点です。

(3)8月上旬に開かれる可能性のあった「北戴河会議」の前に、李克強総理が進める「穏健な成長を図りながら改革を進める」という路線が中国共産党と党外人士の意見を聞いた上で決められる国の政策として決まったこと。このことは「北戴河会議」が開かれたら意見を言おうと思っていた中国共産党の長老に意見表明の機会を与えずに、習近平・李克強現指導部自身の判断で政策を決めてしまったことを意味する。

 「北戴河会議」は、1970年代頃まで、8月頃に、渤海湾沿いの避暑地「北戴河」に中国共産党幹部(引退した長老も含む)が集まった際に行われる会議で、「中国共産党有力者間での根回し」が行われ、実質的に重要な政策や人事を決める会議でした。1980年代、改革開放が始まって、文化大革命期に失脚させられていた長老幹部が大量に名誉回復してきましたが、当時、実権を握っていたトウ小平氏は、名誉回復した老幹部たちの中には保守的な考えの人も数多くおり、彼らがいろいろ意見を言うことによって、せっかく始まった改革開放路線が翻弄されることを避けるため、「北戴河会議」の開催自体を取りやめました。

 ところが、2000年代に入り(具体的に言うと、江沢民元国家主席が引退した後)、おそらくは江沢民氏の息の掛かったグループが、胡錦濤-温家宝体制に対していろいろ意見を言う場を作りたかったという意向があったからだと思われますが、夏の「北戴河会議」は復活しました。現在の習近平総書記は、中国共産党幹部の贅沢を禁止する「倹約令」を出していますので、中国共産党幹部が避暑地の別荘に集まって行う「北戴河会議」が今年は開催されるのかどうか関心を集めていたのですが、7月中に当面の政策課題を政治局会議という党の正式会議で決めてしまったので、おそらく今年は「北戴河会議」は開かれないでしょう。

 現時点において「既に引退してしまったけれども、党内で隠然とした勢力を持っているグループ」とは、ありていに言えば江沢民元主席のグループ(いわゆる「上海閥」)です。江沢民氏が党総書記・国家主席であった時期(1992年~2002年)は、中国の高度経済成長期であり、不動産開発などを積極的に行う共産党地方組織の中には江沢民氏に近い人が多いと言われています。そもそも江沢民氏が提唱した「三つの代表論」とは、それまで中国共産党の党員になれなかった資産家も党員になれるようにすることでしたから、江沢民氏のグループは大型景気刺激策を得て不動産開発等を積極的に行いたいと考えている「守旧権益保護派」に近いとみなされています。

 習近平総書記は、2007年に政治局常務委員になるまで上海市党書記でしたので、上海市党書記の先輩である江沢民氏とは近いという見方もありますが、江沢民氏に抜擢されたわけではないので、多くの人(私も含む)は、習近平総書記は「上海閥」ではない、と考えています(上海市党書記の経験を持つ朱鎔基元総理も「上海閥」の一員とは考えられていない)。おそらく習近平・李克強現指導部は、「北戴河会議」を開くと、江沢民氏に近いグループがいろいろと大型景気刺激策を求めてくると思われるので、「北戴河会議」を開く時期になる前の7月中に「穏健成長・改革路線」を党政治局会議と党外人士座談会を開くことによって「党と国の政策」として決めてしまったものと思われます。

 こう考えると、現在までのところ、習近平・李克強現指導部は、鉄道部の解体や地方債務問題に対する監査の実施など、次々に具体的な改革政策を打ち出していますし、党内の「抵抗勢力」の封じ込めにも成功しているようで、思ったよりうまく政治の舵取りを行っいるように見えます。

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