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2013年7月

2013年7月31日 (水)

習近平政権「守旧権益保護派」の抑え込みに成功か

 今日(2013年7月31日)付けの「人民日報」の1面には下記の二つの記事が大きく掲載されています。見出しとポイントは以下の通りです。

○中国共産党中央政治局会議が開かれ、当面の経済情勢と今年下半期の経済政策について検討~中国共産党中央総書記習近平が会議を主宰~

【7月30日に開かれた中国共産党中央政治局会議で打ち出された方向のポイント】

・国内外の経済環境は非常に複雑であり、「穏やかな中に進歩を求める」との方針を堅持し、経済機構調整と成長モデルのレベルアップを図り、民生を改善し、各種のリスクによる挑戦に冷静沈着に対処し、各方面の施策を確実に実行する。

・積極的な財政政策と穏健な貨幣政策を継続的に実施し、財政資金の使用効率を高め、金融が実体経済を支える力を強化させ、有効需要を積極的に拡大し、民間消費をレベルアップさせ、投資の合理性を強化させる。

○中国共産党が党外人士座談会を招集~習近平総書記が会議を主宰し、重要講話を発表~

【7月30日に開かれた「党外人士座談会」での習近平総書記の講話のポイント】

・我が国の発展は、重要な戦略を大いに計るべきチャンス期にある。今年下半期の経済政策においては、穏やかな成長を計り、経済構造を調整し、改革を促進し、全局面に影響している問題をうまく処理する。

・生産能力過剰問題の解決を産業構造調整の重点とする政策を堅持し、積極的に穏健で妥当な都市化を進め、各レベルの都市の人口規模を合理化し、中小都市の人口吸収力を高め、生態環境の保護を進め、金融に対する管理を強化してリスクを防止し、金融が実体経済に役立つように促進する。

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 これらの記事には二つの意味があります。

(1)李克強総理が進めてきた改革路線(「穏やかな中に進歩を求める」「穏健な貨幣政策を継続的に実施する」=大きな景気刺激策は採らずに改革を進めること)を中国共産党中央政治局という党の正式会合で決定したこと。つまり李克強総理の路線(外国人批評家は「リコノミクス」と呼んでいるようですが)が党内手続きを経て中国共産党の正式な路線として決まったこと(なお、「積極的な財政政策」や「有効需要を積極的に拡大」という文言も入っているので、景気刺激策を求める勢力にも一定の配慮はなされているものと思われます)。

(2)重要政策決定時に行う党外人士座談会を開催し、中国共産党が勝手にやっているのではなく、国全体として、広く意見を聞いて政策を決めた、という格好にしたこと。

(注)中国には、「中国共産党の指導の下で活動する」という大前提の下で活動が認められている政党がいくつかあります(中華人民共和国成立時に存在しているもので、中国国民党革命委員会、致公党、九三学社などがある)。毎年三月に行われる全国人民代表大会の前には、これらの政党の有力者等がメンバーになっている全国政治協商会議が開かれますし、中国共産党の党大会の前など重要政策が決定される前には、これらの政党のトップを集めて「党外人士座談会」が開かれます。各政党とも「中国共産党の指導の下で活動する」という前提の下で動いている政党ですので、「いろんな人の意見を聞いた、という格好にするだけのセレモニー」と言えばそれまでですが、「党外人士座談会」をやることによって、国全体で決めるべき重要な政策をいろんな人の意見を聞いて決めたという形に見せることができます。

 そして最も重要なことは以下の点です。

(3)8月上旬に開かれる可能性のあった「北戴河会議」の前に、李克強総理が進める「穏健な成長を図りながら改革を進める」という路線が中国共産党と党外人士の意見を聞いた上で決められる国の政策として決まったこと。このことは「北戴河会議」が開かれたら意見を言おうと思っていた中国共産党の長老に意見表明の機会を与えずに、習近平・李克強現指導部自身の判断で政策を決めてしまったことを意味する。

 「北戴河会議」は、1970年代頃まで、8月頃に、渤海湾沿いの避暑地「北戴河」に中国共産党幹部(引退した長老も含む)が集まった際に行われる会議で、「中国共産党有力者間での根回し」が行われ、実質的に重要な政策や人事を決める会議でした。1980年代、改革開放が始まって、文化大革命期に失脚させられていた長老幹部が大量に名誉回復してきましたが、当時、実権を握っていたトウ小平氏は、名誉回復した老幹部たちの中には保守的な考えの人も数多くおり、彼らがいろいろ意見を言うことによって、せっかく始まった改革開放路線が翻弄されることを避けるため、「北戴河会議」の開催自体を取りやめました。

 ところが、2000年代に入り(具体的に言うと、江沢民元国家主席が引退した後)、おそらくは江沢民氏の息の掛かったグループが、胡錦濤-温家宝体制に対していろいろ意見を言う場を作りたかったという意向があったからだと思われますが、夏の「北戴河会議」は復活しました。現在の習近平総書記は、中国共産党幹部の贅沢を禁止する「倹約令」を出していますので、中国共産党幹部が避暑地の別荘に集まって行う「北戴河会議」が今年は開催されるのかどうか関心を集めていたのですが、7月中に当面の政策課題を政治局会議という党の正式会議で決めてしまったので、おそらく今年は「北戴河会議」は開かれないでしょう。

 現時点において「既に引退してしまったけれども、党内で隠然とした勢力を持っているグループ」とは、ありていに言えば江沢民元主席のグループ(いわゆる「上海閥」)です。江沢民氏が党総書記・国家主席であった時期(1992年~2002年)は、中国の高度経済成長期であり、不動産開発などを積極的に行う共産党地方組織の中には江沢民氏に近い人が多いと言われています。そもそも江沢民氏が提唱した「三つの代表論」とは、それまで中国共産党の党員になれなかった資産家も党員になれるようにすることでしたから、江沢民氏のグループは大型景気刺激策を得て不動産開発等を積極的に行いたいと考えている「守旧権益保護派」に近いとみなされています。

 習近平総書記は、2007年に政治局常務委員になるまで上海市党書記でしたので、上海市党書記の先輩である江沢民氏とは近いという見方もありますが、江沢民氏に抜擢されたわけではないので、多くの人(私も含む)は、習近平総書記は「上海閥」ではない、と考えています(上海市党書記の経験を持つ朱鎔基元総理も「上海閥」の一員とは考えられていない)。おそらく習近平・李克強現指導部は、「北戴河会議」を開くと、江沢民氏に近いグループがいろいろと大型景気刺激策を求めてくると思われるので、「北戴河会議」を開く時期になる前の7月中に「穏健成長・改革路線」を党政治局会議と党外人士座談会を開くことによって「党と国の政策」として決めてしまったものと思われます。

 こう考えると、現在までのところ、習近平・李克強現指導部は、鉄道部の解体や地方債務問題に対する監査の実施など、次々に具体的な改革政策を打ち出していますし、党内の「抵抗勢力」の封じ込めにも成功しているようで、思ったよりうまく政治の舵取りを行っいるように見えます。

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2013年7月29日 (月)

ついにパンドラの箱が開く:中国地方政府の債務に対する監査

 中国の審計署(日本の会計検査院に相当する)は、昨日(7月28日)、近日中に全国の審計署関係機関を組織して地方政府の債務問題の監査を実施することを発表しました。

 これを報じる今日(2013年7月29日)付けの「人民日報」の記事によると、審計署は、2011年にも監査を実施しており、この時の監査によれば、2010年末の時点における全国の地方政府の債務残高は10兆7,174億9,100万元(現在のレートで約170兆円)に上っていたとこことでした。その後、2012年と2013年に36の地方政府に対する「サンプル調査」を行い、その結果、この二年間で、調査対象の地方政府の債務残高が12.94%増加していることがわかった、とのことです。

 この審計署が行った36の地方政府の債務に関する「サンプル調査」の結果については、NPO法人日中産学官連携機構のホームページで特別研究員の田中修氏がその概要を紹介しています。

(参考URL1)NPO法人日中産学官連携機構特別研究員田中修氏のレポート
2013年6月19日付け「地方政府の債務問題(2)」
http://www1a.biglobe.ne.jp/jcbag/tanaka_report.html

 上記の「人民日報」の記事によれば、今年6月、審計署の長官の劉家義氏は、国務院を代表して、全国人民代表大会常務委員会に対して、地方政府の債務の管理を強化し、融資平台(融資プラットフォーム)会社の規範に対する監督を更に一歩進め、地方政府債務の規模の管理を完全なものにし、リスクに対して警告を発するシステムを樹立し、地方政府債務に対する完全な管理と動態の監視並びにコントロールを実現する、と提議した、とのことです。これは、相当、覚悟の入った「宣戦布告」ですね。

 この報道を受けて、今日(7月29日)、中国のマーケット関係者は「改革を進めるのはいいけれど、マジでホントに地方政府の債務問題というパンドラの箱を開けちゃうのかよぉ。どんな『お化け』が出てくるのか怖いよう。」と思ったらしく、上海株式市場の総合指数は1.72%下げて、節目の2,000ポイントを再び割り込みました。今日(7月29日)の東京株式市場の日経平均株価が先週末比468円85銭安(マイナス3.3%)だったのも、この上海市場の下げがきつかったことが影響している可能性があります。

 中国の地方政府の債務の額(上に書いたように2010年末で約170兆円)は、日本の公的債務残高の約1,000兆円に比べてそれほど大きくない、という議論もありますが、日本の公的債務は、誰が誰に金利いくらで貸しているのかハッキリわかっているのに対し、中国の地方政府の債務の恐いところは、誰が誰に金利をどのくらいで貸しているのか、担保がどうなっているのか、など全体像を誰も知らない、ということです。7月9日付けの「人民日報」に載っていた中国国務院発展研究センターマクロ経済研究部副部長の魏加寧氏は、中国の地方政府の債務は「ステルス化(中国語で「隠形化」)」している、と表現していました。

(参考URL2)このブログの2013年7月10日付け記事
「中国金融改革:『人民日報』に『正論』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2013/07/post-166a.html

 中国の地方政府の債務の多くはちゃんとしたもの(貸し手や借り手や金利や担保などの条件がハッキリしているもの)だと思いますが、「よくわからない」ものもある、というのが恐いところです。実際にあるのかないのか私は知らないのですが、もし仮に下記のようなものがあると相当に恐いと思います。

○ネズミ講型債務

 プロジェクトAに使われる債務の返済を今後行われるプロジェクトBとプロジェクトCの収益で賄う予定にしてある、といったタイプのもの。開発プロジェクトが永遠に拡大し続けることを前提にしているので、いくら広大な国土と多くの人口を抱える中国と言えども、限界に来たら必ず破綻する。この手の資金集めは、日本では1979年5月に施行された「無限連鎖講の防止に関する法律」によって禁止されている(この法律が施行される前は日本でも法的には禁止されていなかったため(ウソを言って加入者をだましているわけではないので、詐欺罪が適用できなかったため)、実際、ネズミ講によって被害が発生する事件が起きた)。

 このタイプは、いずれどこかの時点で破綻するのだが、年間10%を越える経済成長を続けている間は破綻時期が訪れないが、経済成長のスピードが落ちると、途端に破綻する可能性が高まる。

○自己撞着型債務

 マンション建設業者が「マンションが完成して売れたら返す」という約束で金融機関からお金を借り、金融機関がその債権を「理財商品」の形の金融商品にして高い利率で販売し、将来マンションを買うための資金にしようと思ってマンション購入予定者がその「理財商品」を購入しているタイプのもの(販売されている理財商品において数多くの債権が組み合わされているため、当事者の誰もが「自己撞着型」であることに気付いていないもの)。

 このタイプでは、マンションが完成し、マンション購入予定者が購入資金を得ようと「理財商品」の現金化を金融機関に求めると、金融機関はマンション建設業者にお金の返済を要求し、マンション建設業者は、マンション購入者が現金を払ってくれたらお金は返すと金融機関に返事する、ということになる。つまり、最初から、お金は何もないのに、関係者の間で「夢を見ていただけ」という形のもの。このタイプは、自分が関係している債権が「自己撞着型」であることを関係者が気が付き、関係者の誰かが「金返せ」と言い出した瞬間に破綻が起きる。

 よく、「影の銀行問題」について、アメリカのサブ・プライム・ローンの例を出して、「不動産価格が下がったら破綻する」と言う人がいますが、「ネズミ講型」や「自己撞着型」のものについては、不動産価格が高い状態であっても、金を貸している方の関係者が自分の持っている債権が「ネズミ講型」や「自己撞着型」であることに気がついて「金返せ」と要求した時点で破綻します。

 中国の審計署が、どこまで詳細に地方政府の債務問題を調査し公表するのかわかりませんが、もし「ネズミ講型」や「自己撞着型」の債務があったら、それが明らかになった時点で、誰かがババを引くことになります(=誰かが債権を放棄せざるを得なくなる)。それを防ぐには公的資金の注入しかありませんが、さすがに中国でも「ネズミ講型」や「自己撞着型」の債務に公的資金は注入しないでしょう。そうなると、「誰がババを引くか」を決めるのが、非常にやっかいな問題として残ります。

 いずれにせよ、そうしたリスクを承知の上で、審計署が地方政府の債務問題という「中に何が入っているのか誰も知らないパンドラの箱」を開けようとしていることは、中国の経済体制の改革のためには必要なことであり、政府として、非常に勇敢な態度であって評価すべきだと思います。ただ、実際にパンドラの箱から「お化け」が出た場合には、激震が走ります。中国で激震が走ると、世界経済にとっても影響が大きいので、世界の関係者は中国において激震が走る時に備えて、リスク・マネジメントをしておく必要があると思います。

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2013年7月27日 (土)

李克強改革の改革の「程度」

 今日(2013年7月27日)付けの「人民日報」に、7月18日に出された規制緩和に関する「国務院令」が載っていました。この国務院令の冒頭の説明書きのところでは、政府の役割を、できるだけ事前審査許可制から事業中の検査及び事後検査制に移行させるために、関連規定を整理した、とされています。内容は、1994年に制定された「石炭生産許可証管理弁法」を廃止するほか、25件の行政規定を変更する、というものです。

 中で、私が興味があったのは「衛星テレビ放送地上受信設備設置管理規定」の改正です。中国は、今では相当の山奥の村々にも衛星テレビ受信設備が普及しています。しかし、中国で販売されている衛星テレビ受信設備は、外国の衛星放送は受信できないシステムになっています。これは人から聞いた話ですが、中国で売られている衛星テレビ受信チューナーでは、画面の隅に表示されるチャンネルのロゴをイメージ認識し、中国大陸部から発信されたもの以外のチャンネルは映らないようなシステムが組み込まれている、とのことでした(この技術は相当なハイテクだと思います。中国のインターネットやテレビなどの「検閲技術」はおそらくは世界最高水準だと思います)。

 今の中国には、外国人等が多く利用するホテル、アパートメント、オフィス・ビル等には、CNN、BBCやNHK国際放送等の外国の衛星テレビ放送が見られるところが数多くあります。そういったところにあるテレビは、衛星からの電波を受信してから約30秒後に映像が配信されるシステムになっており、チベット問題、ウィグル問題や中国の人権活動家に関するニュース等が流れると、検閲当局から信号が送られて来て画面が真っ黒になるシステムになっています。私は、ラジオにおける妨害電波を徐々に廃止し、1988年の時点では北京で台湾からの短波ラジオの英語放送が聴けるほどに「オープン」に変化しつつあった1980年代の中国を知っているので、2007年に初めてテレビの「検閲ブラックアウト」を見た時は「時代が完全に逆行してるじゃないか」と相当のショックを受けました。

 私は、2007年~2009年の北京駐在期間中に、寧夏回族自治区や甘粛省、青海省など内陸部に行ったことがありますが、そういった内陸部のホテルのテレビでも、100チャンネル以上のテレビが見られるものがありました。ただ、その100チャンネルの全てが中国大陸部で制作されたチャンネルばかりで、大いにがっかりしたことがあります。

 なので、今回、「衛星テレビ放送地上受信設備設置管理規定」が改訂される、との「人民日報」の記事を見て、「お、中国でも、ついに外国の衛星テレビが見られるように規則が改正されるのか」と最初はちょっと興奮してしまったのでした。2007年~2009年に北京に駐在していた頃、携帯電話にしょっちゅう「CNN、HBO(映画専門チャンネル)などが見られる衛星テレビ受信設備をお売りしますよ」といった広告メールが飛び込んできました(これは、もちろん中国では違法な商売です)。もし、仮に、中国政府が公式に外国衛星テレビが見られる衛星チューナーの販売を許可したら、おそらくは中国国内で1億台以上売れる巨大なビジネスとなるでしょう。しかも、現在の中国の工業力を持ってすれば、衛星テレビチューナーは中国国内で生産できますから、最も効果的な中国国内の電子産業活性化策となるでしょう。

 ですが、もちろん、今の中国政府がそんなことを許可するわけはありません。「衛星テレビ放送地上受信設備設置管理規定」の改正部分をよく見ると、今までは「衛星テレビ放送地上受信設備は、政府が指定した機関以外では生産及び販売をしてはならない」となっていたものを「主管部門から許可を受けた企業が生産し、許可を受けて設立されたサービス会社にしか売ってはならない」に変更する、とのことです。つまり、生産と販売を「政府が指定した会社」に限定していたものを「許可制」にする、ということです。確かに「規制を緩和した」ことにはなるのでしょうが、たぶん、実質的には何も変わらないと思います。ましてや、衛星チューナーを生産する企業の活性化策などには、全くならないでしょう。

 ということで、「経済構造改革」といったって、おそらくはこういった「改革の格好はしているけれども、実態的には今までとほとんど変わらない」という類の「改革」のオンパレードが続くのかもしれません。こうした調子だと、中国経済の活性化、など、まだまだ先の話、ということになるような気がします。

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2013年7月26日 (金)

中国人民銀行周小川総裁の「人民日報」への寄稿

 今日(2013年7月26日)付けの「人民日報」では、中国人民銀行の周小川総裁による文章が掲載されています。タイトルは「穏健な貨幣政策を継続させ、小型イノベーション企業に対する金融サービスの改善を図る」というものです。

 中国経済の減速が懸念され、大型景気刺激策を期待する人も多いのですが、周小川総裁は、ここでも今までの方針である「穏健な貨幣政策を維持する」を再度強調し、景気刺激のための金融緩和政策は採らないことを明言しています。一方で、周小川総裁は、「影の銀行行為」取り締まりにより、今まで正式な銀行ではないところから資金を調達していた中小企業が調達難に陥っていることから、イノベーション系の小型企業(中国語では「創新小微企業」)に対する金融サービスの強化を図る方針であることを明示しています。

 これらは今までもいろいろなところで表明されてきたことで、新しい内容ではありませんが、次々と改革を打ち出す李克強総理や中国人民銀行の周小川総裁が「人民日報」に自分の考えをハッキリと掲載していることは、経済-金融政策の「ど真ん中」の舵取りは、李克強-周小川ラインでしっかりやってますよ、という中国人民と世界に対する強いメッセージになります。

 李克強総理は、景気減速懸念に対して、「底線は守る」、即ち、経済成長の最低ラインは割らないようにする、と発言して、景気刺激対策を求める勢力の意向も取り入れた意向を示しています。私は、李克強総理が景気刺激策を求める地方の共産党幹部らを基盤とする「守旧権益集団」に押し切られたのではないか(経済政策の舵取りの実権を失ったのではないか)と心配したのですが、「人民日報」の記事を見る限り、中国共産党中央の経済政策は、李克強-周小川ラインがまだきちんと掌握しているようです。

 今、マーケット関係者が気にしているのは、李克強総理が「守る」と言っている「底線」とは、経済成長率にすると何%なのか、ということでしょう。7.5%が今までの公式見解でした。楼継偉財政相がワシントンで「7%を切ることはない」と発言して、すぐに新華社が「7%ではなく、7.5%」と訂正しました。でも、今年の中国のGDP成長率は、第一四半期が7.7%、第二四半期が7.5%で、今、経済は減速傾向ですから、通年で7.5%は無理なのではないか、と多くの人が考えています。

 今日(7月26日)付けの「人民日報」に掲載されている別の経済解説記事「我が国の経済成長は『ハード・ランディング(中国語で「硬着陸」)』することはない(経済情勢の専門家が語る)」という論文(国務院発展研究センター研究員の張立群氏が書いたもの)では以下のように述べられています。

「市場条件やコスト構造の変化により、我が国経済の潜在的な成長率は低下しつつあるが、基本的な経済的条件を支持することにより、依然として経済成長のスピードを7~8%の水準に保つことは可能である。」

 この「7~8%の水準」という数字は、この文章で別の場所でも使われています。この文章が今日付の「人民日報」に掲載されている、ということは、李克強総理が考えている「底線」とは7%なのでしょう(この論文は、別の見方をすると8%を越えることになるような大型な景気刺激策は打たないよ、という意味とも取れます)。

 「中国政府が発表する経済統計の数字は信用できない」とよく言われます。その意味では、中国でビジネスを行っている外国企業の決算発表が中国の経済の現状を最も正確に現していると言えます。日米とも今4-6月期の企業決算発表のシーズンですが、今まで発表になった日米の企業の決算発表における中国でのビジネスの状況を見ると、中国経済の現状はやはりかなり厳しいものがあるようです。

 今日の「人民日報」で、中国人民銀行の周小川総裁が「穏健な貨幣政策を継続する」と明言し、同じ紙面に掲載された国務院発展研究センター研究員の論文で「7~8%の経済成長は可能」と述べられていることを考えると、中国政府としては、急激な経済の落ち込みは防ぎつつ、今の程度の経済成長スピードを維持して(年ベースでは最低でも7%は保つようにして)、根本的な経済構造改革を進めていく方針であることは、変わりないと思います。ですので、中国経済は、今年下半期以降も、「回復」するのではなく、しばらくは(私は5年以上のオーダーで続くと思いますが)現在のような厳しさが続いていくものと思われます(もちろん「大きな政治変動がなければ」というのが大前提です。「大きな政治変動」があれば、経済はもっと極端に下振れしてしまいます)。

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2013年7月25日 (木)

李克強総理の鉄道改革

 「影の銀行行為対策」等の経済構造改革の具体策を次々と打ち出している中国の李克強総理ですが、昨日(2013年7月24日)、国務院は、以下のような新たな改革を決めました。国会で議論する必要がないから、中国の政策決定のスピードは、なかなか迅速です。

○売り上げ額が月間2万元を超えない小規模企業に対する増値税、営業税の減税(8月1日から実施)

○輸出における検査手続き等の簡素化、中小輸出企業に対する輸出金融の拡大、輸出減税等による中小企業による輸出の拡大推進策の実施

○鉄道建設改革

 特に最後の鉄道建設改革が改革の性質としては重要だと思います。

 李克強総理は、利権集団と化していたかつての「鉄道部」の解体をはじめとする鉄道改革を自分の改革の「本丸」のひとつとして考えているようです。李克強氏は、政治局常務委員・副総理になったばかりの2008年の全人代の時には、行政改革として、鉄道部門も含めた交通部の設立を目指したのですが、2008年の行政改革では、鉄道部の抵抗により鉄道部だけは独立が維持され、空運・水運・道路交通・郵政を統括する交通運輸部と鉄道部が並立する形となりました。李克強氏は、総理になった今年(2013年)の全人代で、行政部門としては交通運輸部が鉄道部門も含めて所管することにし、鉄道の建設と経営は、政府部門から切り離して、事業体としての国有企業である「中国鉄路総公司」が実施するようにしました。

 それに加えて、昨日(7月24日)の国務院の会議では、次のような鉄道改革の方針が決まったのです。

(1)鉄道建設の資金調達先として、中央財政からの資金に加えて地方政府や民間からの資本を加えた「鉄道発展基金」を設立する。

(2)鉄道債券の発行等の多様な資金調達を行う。

(3)都市間鉄道、都市郊外鉄道、資源開発用鉄道について、地方政府と民間資本に開放し、これらの鉄道の所有権と経営権を認める。

 特に(3)については、私は、社会主義中国においては、革命的な改革だと思います。解放前の中国では、例えば日本による南満州鉄道の経営など、列強各国による中国の半植民地化の手段として、外国資本による鉄道の建設と経営が広く利用された歴史を踏まえて、中華人民共和国では、鉄道は最重要の社会インフラとして国家(中央政府)が建設と運営を担当する、という強い意向で政策を進めました。1978年以降、改革開放が進み、外国資本が入り、中国国内資本による民間企業もたくさん生まれる中で、鉄道だけは国家が直接運営するという姿勢をかたくなに守ってきたのでした。そういう姿勢が「鉄道部」という国の鉄道運営部分を利権集団化させることになったのです。

 その鉄道経営について地方政府や民間資本(外国資本の参入は認めないと思いますが)に開放しようというのは、革命的な発想の転換です。鉄道の建設や経営及び所有を地方政府や中国国内の民間企業に認める代わりに、資金は「影の銀行」を使うのではなく、中央政府が管理した「オモテの金融機関」から調達するようにする、という方策なのだと思います。

 鉄道の運営は、国家建設の基本に係わる問題です。そもそも1911年に辛亥革命の発端となった武昌蜂起が起きたのも、当時清朝政府が進めようとしていた鉄道国有化に地方の人々(芽生えつつあった中国民族資本家を含む)が反発したことがきっかけでした。日本でも、明治初期には民間資本による鉄道が広く行われましたが、国家全体としての鉄道発展の重要性から、日露戦争直後の1906年に鉄道国有化が行われたのでした。

 日本では、その後、都市近郊や地方路線としての鉄道経営は、民間資本でも行われ、特に都市近郊では、民間の鉄道会社が、都市近郊の住宅開発から百貨店経営、劇場(阪急の宝塚歌劇)、遊園地(西武など)、動物園(東武など)からプロ野球経営までを行うビジネス・モデルを展開し、国有鉄道とうまく役割分担しながら、社会インフラの整備に成功したのでした。中国政府は、日本など外国の経済成長モデルをよく勉強しており、特に都市郊外鉄道等については、現在の中国では既に民間資本による開発モデルが可能であると考えたのでしょう。

 ただ、「鉄道のあり方」は、「中国革命の根本方針」に触れると思われる部分ですので、国務院で方針を決めたからと言ってすぐに実行するのは難しいと思います。中国共産党内できちんと議論をする必要があるからです。おそらくは秋に行われる中国共産党の三中全会(第三回中央委員会全体会議)での党内議論を経てから正式決定するのだと思います。

 「影の銀行行為対策」といい、「鉄道改革」といい、李克強総理は、極めて意欲的に次から次へと改革を進めつつありますが、若干「急ぎ過ぎじゃないのか」という心配はあります。日本で言えば、1980年代の中曽根康弘内閣の国鉄民営化と1990年代の橋本龍太郎内閣の「日本版金融ビッグバン」と2000年代の小泉純一郎内閣の郵政民営化をいっぺんにやろうとしているみたいなもんですからね。改革を急ぎすぎると、いろいろ軋轢(あつれき)が生まれるのではないか、と心配です。

 なお、今日(2013年7月25日)付けの「人民日報」を見ると、上記のような李克強総理の改革の記事と、古色蒼然たる文革時代を思い起こさせるような精神論を語る習近平総書記の話が同じ1面に出ています。習近平主席と李克強総理のコンビは、意外に息を合わせてうまくやっているような感じがします。習近平総書記が保守的なスローガンを掲げたり、倹約令(行政支出の5%削減や党や地方政府の建物の今後5年間の新築禁止指示など)を出したりしているのは、李克強総理に強力に改革を進めさせる一方で、保守派(利権を追い求める権益集団ではなく、理想的な社会主義路線を求める清純な「左派」とそれを支持する社会の下層にいる多くの人民)を政権側に引きつけておこう、という習近平-李克強コンビの作戦なのかもしれません。

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2013年7月24日 (水)

中国経済の減速と政治的変動のリスク

 今日(2013年7月24日)発表された英国HSBCによる7月の中国の製造業PMI(購買担当者指数)の速報値は、前月を下回り、また、多くの市場予想も下回って47.7でした。私は昨日の「人民日報」が石炭工業に関する今年上半期のかなり悲観的な報道をしていたことから、HSBCのPMIもかなり悪い数字が出るだろうと思っていましたが、その通りでした(このブログの昨日(7月23日)付けの発言「『自力更生』は今年後半の中国経済減速を暗示か」を参照)。

 中国では、民間企業による市場調査等のアンケート調査は全て許可制であり、質問段階と結果発表段階の両方において当局の許可が必要です。ここでいう「当局」とはどこなのかはよくわからないのですが、おそらく「元締め」は、中国共産党中央宣伝部だろうと言われています。民間による調査も許可制になっているのは、都合の悪い調査結果が発表されるのを防ぐためだと言われています。ですので、民間企業における調査結果についても、常に中国当局は発表より前に承知しています。昨日の「人民日報」の石炭工業に関する悲観的な記事も、今日発表されるHSBCのPMIの数字を知った上で「ショックを和らげる」という意味で掲載していた可能性があります。今日のHSBCによる製造業PMIの発表によって上海や香港の株価指数はあまり反応しませんでしたが、これは、私のように「人民日報」の記事などを見て、「今回のPMIは悪い数字が出そうだ」とあらかじめ予想していた人が多かったからでしょう。

 今年下半期の中国経済は、中国政府による「下支え」はあると思いますが、それはあくまで目標年間成長率7.5%をキープするための最低限の「下支え」であって、「バブルを封じ込めて経済の構造改革を図る」ことが中国政府の大きな政策目標ですので、かつてのような高い経済成長はもやはありえず、今後、中国経済の減速傾向は相当長期間にわたり継続することになると思います。

 一方、今日(7月24日)、キャノンが4-6月期の決算発表を行い、業績見込みを下方修正しました。時事通信の報道によれば、この発表において、キャノンの田中稔三副社長は「想定からの誤差は欧州より中国が大きい」と述べる一方、中国経済の先行きに関しては「下期のどこかでは回復し、カメラの販売も回復するだろう」と語った、とのことです。

 今後、中国経済の減速に伴って行われる中国政府の「下支え」施策は、あくまで失業者を出さない、とか、庶民用の安価な住宅建設を進める、など、社会の最下層の人々に対する対処が主眼であって、高所得者層の購買意欲を高めるような施策は打たないと思います。その意味で、キャノンの田中副社長が何を根拠に中国経済が「下期のどこかでは回復し、カメラの販売も回復するだろう」とおっしゃっているのか、私は疑問に思っています。

 私も、中国政府が注意深くコントロールしながら「影の銀行行為」対策などの改革のための施策を打つと思うので、金融機関の連鎖倒産のような、リーマン・ショック型の中国発の経済危機は起きないだろうと思っています。しかし、中国の場合、経済改革、経済の減速に伴い「政治的大変動が起きるリスク」は、否定はできません。

 「政治的変動リスク」とは、

○指導部内のかなり高い地位の人物の失脚

○多くの人民によるデモの発生などによる経済活動への影響を伴う社会的変動

を指します。

 第二次天安門事件の後、1992年にトウ小平氏による「南巡講話」によって改革開放政策が再確認されて以来、中国では大きな政治的変動がなかった(あったとしても経済に影響しないようにうまくコントロールされてきた)ので、多くの人は、今の中国では政治的変動リスクはもうないだろう、と思っていると思います。

 私も、1980年代、文化大革命を克服し、国際的に日本やアメリカと良好な外交関係を打ち立て、経済的にも飛躍的に成長し、人民の生活も見違えるほどに豊かになりつつあった中国を見て、「政治的リスクはもうないだろう」と思っていました。しかし、1987年1月には中国共産党のトップである胡耀邦総書記が突然失脚し、1989年には多くの学生や市民によるデモが発生し人民解放軍がそれを武力で鎮圧するという「第二次天安門事件(六四天安門事件)」が起きたのです。

 状況は、1980年代と現在では多くの点で異なりますが、先が読めない、という点では同じだと思います。有力政治家の失脚については、政治局常務委員クラスの「大物」の失脚は「第二次天安門事件」の際の趙紫陽総書記の失脚以来ありませんが、2006年には上海市党委員会書記の陳良宇氏が失脚し、去年(2012年)には重慶市党委員会書記の薄煕来氏が失脚しています。上海市や重慶市は「直轄市」と呼ばれており、省と同じレベルの地方組織です。2007年の党大会で政治局常務委員になるまで、現在の習近平総書記は上海市党委員会書記でしたし、李克強総理は遼寧省党委員会書記でした。今でも、政治局常務委員に極めて近いレベルの政治家の「突然の失脚」はあるわけで、中国の政治変動リスクは1980年代より低いとは思えません。経済格差や党幹部の腐敗に対する中国人民の中に溜まっている不満という点で言ったら、マグマのエネルギーは1980年代に比べて現在の方がむしろ格段に大きいのは誰の目にも明らかです。

 1989年の「第二次天安門事件」も、前年の1988年に中国政府が実施した「社会主義的公共価格と余剰商品が市場で形成する市場価格が作る『一物二価』の是正」という改革の過程で起きたインフレが背景にあったことを思い起こす必要があります(詳しくは、左にリンクを張ってある「中国現代性概説の目次」の中から「4-1-6:中国の社会・経済で進む微妙な変化」以降の「第二次天安門事件」に関する記述を御覧ください)。今回の「影の銀行行為」対策という改革が中国共産党内部での権力構造の変化や中国人民の中に溜まった不満を噴出させるきっかけとなる可能性は大いにあり得るのです。

 中国人民銀行による適切な流動性供給や中国政府による適切な財政政策により、急激な経済的危機の到来はなさそうですが、「政治的大変動により経済活動に大きな支障が出るリスク」は、常に頭の片隅に置いておくべきだと思います。

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2013年7月23日 (火)

「自力更生」は今年後半の中国経済減速を暗示か

 時代錯誤的な「かびの生えたような」スローガンが載ることもある「人民日報」ですが、今日(2013年7月23日)付けの紙面では「『自力更生』は近代化推進の要である」と題する呼び掛け文が載っていました。

 「自力更生」というスローガンは、もともと毛沢東が日本の敗戦の頃に外国の力に頼らずに国を作っていこうという趣旨で使い始めたようですが、特に「反米帝国主義」と「中ソ対立」の中で国際的に孤立していた文化大革命前期(1960年代)に盛んに使われました。その後もときどき様々な場面で使われますが、外国の技術と資本を導入して、外国との貿易を活用して経済発展を進めていこうという1978年以降の改革開放路線になってからは、あまり「自力更生」というスローガンは使われなくなりました。

 なので、21世紀になり、これだけ国際化が進み、中国が「世界の工場」と呼ばれるようになって久しい現在、「『自力更生』は近代化推進の要である」と言われると、時代とマッチしない違和感を感じます。

 今日の「人民日報」に載っていた呼び掛けの趣旨は、食糧自給の重要性を強調するとともに、アメリカだって、ドイツだって、勤勉によって国内実体経済の発展を基に経済発展を続けてきたのだ、と述べて、国内経済の重要性を主張しています。要は、輸出に頼らず、国内経済の発展に伴う内需を重要視すべし、と言っているわけで、その意味では、現時点での中国経済の状況にマッチしており、別にトンチンカンなことを言っているわけではありません。

 しかし、以下のような表現を見ると、表面的には相当な時代錯誤感を私は感じてしまいました。

○「自力更生」「刻苦奮闘」は改革の歩みを進める力であり、中華民族の偉大な復興を実現し中国の夢を強力に支えるための精神的支柱である。

○報道によれば、アメリカのオバマ大統領はジョブズ氏に「アップルの生産ラインを中国からアメリカに持って帰れないのか」と尋ねたところ、ジョブズ氏の答えは簡単で、「アメリカでは、中国の労働者のような勤勉に働く生産労働者群を見つけることはできない」と答えたという。

○「自立自強」は、中華民族精神宝庫の重要な構成部分である。

 要するに勤勉な労働の大事さを主張する議論なのです。「自力更生」のスローガンと「アップルのジョブズ氏の話」を一緒にするところが21世紀の中国らしいのですが、こういった古くさい精神論と現在の経済状況を一緒くたにして論ずる感覚は、ネットやスマホを使いこなす現在の中国人民の一般的感覚からしても相当にずれていると思います。

 表現は時代錯誤的ですが、「内需を重視すべき」としているこの呼び掛けは、同じ、今日(2013年7月23日)付の「人民日報」に掲載された以下の記事と合わせて読むとき、非常に重要だと思います。

(記事1)「我が国において、外資が集中的に逃げ出す動きを主導しているという現象は起きていない~外貨管理局が示す~」

【この記事のポイント】

○外国企業直接投資と証券投資境内流入(香港等からの大陸部への流入を含む)は依然として増加している。

○今年(2013年)上半期の外国企業直接投資は、昨年同期比17%の減少である。

○今年(2013年)下半期の外国資本流入は、変動しながら、流入と流出がバランスすると予想されている。

○人民元の為替レートの上昇が見込まれない時期には外国資本流入が減少する傾向がある。

○今後、外国資本の流入は上下に変動すると見込まれるが、国内マクロ経済及びミクロな経済主体は適度な調整が求められることになる。

 歯切れが悪いですが、この記事は、要するに「今までは外国資本は流入超だったが、現在減少傾向にあり、今年(2013年)下半期は流入と流出がトントンにバランスするので、マクロ経済や国内各企業は適度な調整が必要となる。」と言っているわけです。タイトルからすると、外資流入が減り、場合によっては流出超になる可能性もあるが、外資が集中豪雨的に逃げ出しているわけではない、と言いわけしているわけで、「外資の中国からの急激な引き上げ」は起こっていないけれども、外資流入が増加し続けてきた今までとは状況は変わりましたよ、とこの記事は言いたいのだと思います。

(記事2)「上半期の石炭の輸送量と消費量は減少」

【この記事のポイント】

○中国石炭工業協会の発表した速報値によると、今年(2013年)上半期の石炭生産量は17.9億トンで昨年同期比3.7%のマイナス、第二四半期だけ見ると第一四半期に比べて2.7ポイントの低下であった。石炭消費量は、上半期17.5億トンで昨年同期比3.8%のマイナス、第二四半期だけ見ると第一四半期に比べて3.4ポイント低下している。

○鉄道による石炭輸送量は、今年上半期で11.4億トンであり、昨年同期比2.6%のマイナスである。

○7月5日時点での石炭価格は、昨年の同時期と比べて23.5%下落している。価格低下の原因は、国内需給が緩んだことに加えて、国際市場における供給過剰にある。

○中国石炭工業協会の予測では、全年を通じて、石炭需要は緩やかに伸びると見込まれるが、マーケット需給は今後も緩んだ状態が続き、構造的な過剰状態は続くので、石炭の生産能力及び在庫に対する圧力は依然として極めて大きい。

○石炭企業の販売状況は困難であり、コストは上昇していて、今年最初の5か月における一定以上の規模の石炭企業の利益は昨年同期比で43.9%減少している。赤字企業の赤字額は昨年同期比134.6%増であり、黒竜江省、吉林省、重慶市、四川省、雲南省、安徽省ではこの業種全体で赤字である。

○中国石炭工業協会では、上記の状況が改善されなければ、石炭企業の困難が加速されることが予想され、この業種全体において赤字となる可能性があり、引き続き強い関心を持って注視する必要がある、としている。

 「人民日報」の経済関係記事でこういう悲観的な数字をハッキリ報じることは珍しいように思います。

 上記二つの記事を見ると、今年(2013年)下半期の中国経済の見通しは非常に厳しいことが予想されます。「人民日報」にこうした厳しい経済見通しが出たことと、冒頭に書いた「自力更生」を主張する記事が出たことは、中国人民に対して、「刻苦奮闘」して勤勉に働こう、と呼び掛けるとともに、必要な財政出動を求める中国共産党内部の意見を表していると思います。

 こうした中国国内での財政出動を求める意見の高まりを「政策期待」と受けとめたからか、今日(7月23日)の上海株式市場の総合指数は対前日比1.95%上昇して引けました。経済成長に急ブレーキが掛かることを防ぐために財政出動するのはいいのですが、また不動産開発、鉄道建設などに資金が回り、バブルが更に拡大するのではないか、と心配です。中国政府には、今年(2013年)下半期は、経済減速とバブル拡大の防止、という非常に難しい舵取りが求められています。

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2013年7月22日 (月)

「人民日報」論調微妙な変化:党内論争激化か

 経済が減速する中、安易な景気刺激策を戒め、金融制度改革を推進すべきことを主張する論調が続いていた「人民日報」ですが、7月22日に至って、論調に少し変化が生じたように感じます。

 今日(2013年7月22日(月))付けの「人民日報」には、南開大学の柳欣教授による「『銀行間貸出金利の異常な変動』を避けるためには、実業の振興が必要である(新論)」と題する評論が掲載されていました。この論文のポイントは以下のとおりです。

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○表面上は「お金がないわけではない。間違った方向に使われているのだ。」と見えているけれども、深層は、銀行による信用供与が実体経済の底上げを支持していないことに問題がある。重要なのは、積極的な財政政策を採って、実体経済と有効需要を根本的に振興することである。

○7月20日から始まった銀行貸出金利の自由化(貸出金利下限の撤廃)は、企業の融資コストを下げることから有益である。

○一部の金融機関が利益を過度に追求して、大量な資金を「金が金を生む」方式の「自己循環」に投入しているのは、根源的には実体経済における自信のなさがある。今年前期5か月の民間資本投資の成長スピードは2011年上半期の33.8%から23.8%に下落している。中央銀行が発表した今年第二四半期の調査を見ると、銀行信頼感指数及び企業信頼感指数は、それぞれ第一四半期に比べて8.1ポイントと4.2ポイント下降している。中小企業の状況を現すHSBC購買担当者指数(PMI)も判断基準となる50ポイントを下回っている。

○このような状況に鑑みれば、「銀行間貸出金利の異常な変動」を根本から直すためには、穏健な貨幣政策を継続し、マネーストックの総量を合理的に保持すると同時に、更に重要なのは、積極的な財政施策を行って、実体経済と有効需要を根本的に向上させることである。

○「支援するとともにコントロールする」という原則の下、イノベーション発展戦略に対する支援を大々的に実施して新産業の成長を促さなければならない。客観的な規律を尊重しながら、安定的な新型都市化の推進、プロジェクト投資の安定的な成長の保持、建設中の重点建設プロジェクトによる合理的な資金需要に対する手当、鉄道等の重要インフラ、、都市インフラや低廉住宅建設等の民生プロジェクト建設に対する積極的な支援を行い、「穏やかな中での推進」を計らなければならない。

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 この主張は、このブログでも紹介した最近掲載されいていた「人民日報」の文章の論調(改革を進めるためには経済が減速するのはやむを得ない)と異なり、もっと積極的な財政支出を増やして実体経済を活発化すべし、と主張するものです。タイトルに「新論」と付いていることを見ても、今までの論調とは異なる主張であることを「人民日報」自らが示していると思います。

※最近の「人民日報」の論調については、このブログの下記の記事を参照

(参考URL1)このブログの2013年7月17日付け記事
「人民日報」が連日マクロ経済について解説
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2013/07/post-2f92.html

 中国にも、いろんな経済学者がいて、いろいろな意見を持っているのは構わないし、例えば「経済観察報」のような経済専門の一般紙がこういったいろいろな異なる意見を持った学者の意見を掲載することはよくあることなのですが、中国共産党機関紙たる「人民日報」に掲載される文章はちょっと意味が違います。多くの人は「人民日報」の論調は(それが例え学者が書いた論文であっても)中国共産党中央の考え方だ、と思うからです。「人民日報」に掲載される評論文の論調のベクトルが変わると、私などは「ん? 中国共産党内部で方針転換があったのか?」と思ってしまいます。

 実際、経済成長スピードが鈍化する中での金融制度改革において、景気刺激策を採るべきかどうか、は、中国政府や中国共産党の内部でも様々な議論があるのは間違いないと思います。

 7月12日、ワシントンで行われた米中戦略経済対話において、中国の楼継偉財政相が2013年のGDP成長率が7%になる可能性がある、と発言したと伝えられました。

(参考URL2)ニュースウィーク日本語版のネットに2013年7月12日19:50にアップされた上海発7月12日付けロイター電
「中国財政相、7%下回る下半期成長率も容認の構え」
http://www.newsweekjapan.jp/headlines/business/2013/07/105104.php

 ところがこの発言にあった「7%」という数字は、後で、国営新華社通信により「7.5%」と訂正されました。CNBCアジアのあるキャスターは、「一国の財務大臣が主要な経済指標の数字について間違った発言をするわけがなく、国営通信社が財務大臣の発言を後で訂正するなんておかしいですよね。」と言っていました。

 楼継偉財政相は7月19-20日にモスクワで開催されたG20財務大臣・中央銀行総裁会合でも「中国は2008年のような大型景気刺激対策を打ち出さない」と表明しています。楼継偉財政相ら中国政府高官による「景気刺激策はやらない」といった発言は、出るたびに中国の投資家の失望を買い、上海の株価などが下がります。

 おそらくは、こういった一連の動きを見ると、景気刺激策は採るべきでないとしている李克強総理-楼継偉財政相-周小川中国人民銀行総裁のラインに対して、景気刺激策を採るべき、と考える勢力が中国共産党内部にいるのでしょう。今日掲載された南開大学の柳欣教授の評論は「景気刺激策を採るべき」と考えるグループの意見を代表しているのでしょう。

 一方で、今日(7月22日)の「人民日報」では、経済記事ではありませんが、下記の記事が気になりました。

○「歴史が最もよい教科書である~習近平同志による党の歴史に関する重要論述を学習しよう~」(中国共産党中央党史研究室)

 「人民日報」ですから、こういった「お堅い」呼び掛け論説はしょっちゅう載るのですが、金融改革について議論されている非常にオープンでリベラルな昨今の雰囲気からすると、この党の歴史に関する呼び掛けには、私は相当の「時代錯誤感」を感じました。

 この呼び掛けは、要するに「党の歴史をしっかり勉強しよう」ということで、「人民のために戦ってきた中国共産党の歴史をきちんと頭に入れよう」という呼び掛け、という意味では、人民の気持ちをないがしろにして自分の利益追求に血眼になっている地方の共産党幹部に対しては、まことに「正しい指導」だと思います。ただ、次の部分は非常に気になります。

「習近平同志は、改革開放30年以上の歴史を顧みて、我が党が1970年代末に行った改革開放の歴史的な決定には三つの重要な原因があると述べた。その三つとは、『文化大革命』を深く顧みること、中国の発展が遅れていることを深く顧みること、国際情勢を深く顧みること、である。」

「改革開放後の歴史時期をもって改革開放前の歴史を否定してはならない。また、改革開放前の歴史時期をもって改革開放後の歴史を否定してはならない。」

 また、この文章では、歴史的な改革開放政策を打ち出したトウ小平氏については、何も触れられていません。これは私には非常に異様に感じます(トウ小平氏は、現在の改革開放の最大の功労者だからです)。最も私が「気になる」と感じるのは、この文章では「文化大革命を否定していない」ということです。上の「三つの重要な原因」の最初の「『文化大革命』を深く顧みること」の部分は中国語では「対『文化大革命』的深刻反思」となっています。「反思」ではなく「反省」ならば、「文化大革命の誤りを反省する」という意味なのですが、「反思」は、プラスの意味でもマイナスの意味でもなく、中立的に「顧みる」という意味なので、ここの部分では、「文化大革命」を否定はしていないのです。

 後者の「改革開放後の歴史時期をもって改革開放前の歴史を否定してはならない。」の部分は、明示的に「文化大革命を否定しない」と明言していることを意味します。

 トウ小平氏が主導して始まり現在に連なる改革開放政策は、1978年12月の第11期三中全会で打ち出され、1981年6月に出された「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」をもって確立しました。この「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」は、「『文化大革命』は誤りだった」「毛沢東同志も晩年に誤りを犯した」という認識が出発点です(詳細は、このページの左側にリンクを張ってあるこのブログ内にある「中国現代史概説の目次」の中にある「3-5-4:トウ小平氏による改革開放方針の提示」から「3-5-7:『歴史決議』~『文革は誤りだった』との正式な自己批判~」あたりを御覧ください)。

 私は30年前の1983年頃、「建国以来の党の若干の歴史問題に関する決議」が出た以上、中国が「文化大革命」の時代に戻ることはあり得ない、というレポートを書いたことがあります。それを考えると、21世紀になって10年以上経った今日の時点で「人民日報」に掲げられている習近平総書記の歴史認識は、「1980年代よりも古い」と感じさせる時代錯誤の「先祖返り」だと思います。上の文章では、トウ小平氏が否定した「文化大革命」を否定していないので、改革開放を始めた大功労者であるトウ小平氏の名前を登場させていないのでしょう。

 「文化大革命」を否定しない考え方は、去年失脚した薄煕来元重慶市党書記に連なる考え方で、経済活動から最下層の人民の保護(社会的セーフティネット)まで中国共産党の関与を強めようとする考え方であり、多くの部分を市場原理に任せようとする「改革開放路線」とは異なる考え方です。昨年の反日デモで毛沢東主席の肖像を掲げたデモ隊がいましたが、このデモ隊の参加者は「文化大革命復古主義」へのある程度の共感を持っていたと想像されます。しかし、こういった考え方は、胡錦濤前総書記、李克強総理などの「中国共産党青年団」系列の派閥の考え方の対極をなす考え方ですし、そもそも「文化大革命」を否定して改革開放を始めたトウ小平氏の考え方に反する考え方です。

 薄煕来氏が失脚する直前の2012年3月の全人代終了時の記者会見において、温家宝総理(当時)が「文化大革命が復活しようとしているのを阻止しなければならない」と発言し、多くの人はそれが薄煕来氏の失脚を意味すると考えていました。それを考えると、今のタイミングで「文化大革命を否定しない」ような文章があえて「人民日報」に掲載された意味は小さくないと思います。

 習近平総書記は、もともとこういった「文化大革命」を否定しない復古的な考え方をある程度持っているようです。「文化大革命」(=人民公社路線)を持ち出すのは、経済成長のスピードが鈍化する中で、成長に取り残された社会の下層にいる人々を中国共産党が社会主義的な手法で保護しようとしているからだと思われます。「人民公社」では、全ては集団の活動として行われ、個人の活動は否定されたため、経済効率は悪かったのですが、乳幼児保育、学校、病院、高齢者保護までの全てを「人民公社」が担当していましたので、社会的セーフティネットは完璧でした。「人民公社的手法」で、社会の弱い立場の人々を守る考え方は、ひとつの「政治的路線」としてはあり得る路線なのですが、トウ小平氏が始めた市場メカニズムによって経済成長を進めることによって人民の福利を向上させようという改革開放路線とは全く異なる路線です。

 今日の「人民日報」にこの復古的とも言える習近平総書記の党の歴史に関する歴史についての党中央党史研究室の論文が掲載されたことは、冒頭に紹介した景気刺激策を求める論文(=李克強総理が進める改革路線(外国では「リコノミクス」と呼ばれる)に反する論文)が「人民日報」に掲載されたことと連なっているように思えます。ということで、私は「李克強総理らの『金融制度改革派』グループは、早くも党内において『守旧抵抗勢力』に負けてしまっのか?」と思ってしまったのです。

 今日の「人民日報」の紙面を見ただけで判断することはできませんが、中国共産党内部で金融改革の推進と景気刺激策の発動のあり方に関しては論争があることはおそらくは間違いがないので、今後、しばらくは様子を見る必要があると思います。

 なお、最後に付け加えれば、今日(7月22日)の夜にネットに流れたニュースによれば、江沢民元国家主席が7月3日にアメリカのキッシンジャー元国務長官と会談したと中国外務省が発表した、とのことです。江沢民元国家主席の動向が伝えられるのは昨年11月の党大会以来、とのことです。江沢民氏は「習近平主席はよい仕事をしている」と言ったと伝えられています。上記の復古主義的な「人民日報」の論調と、胡錦濤氏-李克強氏ら「団派」(中国共産主義青年団出身者の派閥)と対立関係にある「守旧抵抗勢力」の大御所的存在と考えられている江沢民元国家主席の動向がこのタイミングで伝えられた、ということは、中国共産党内部での権力構造が変化したことを象徴している可能性があります。

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2013年7月20日 (土)

中国の銀行貸出金利自由化の「拙速感」

 昨日(2013年7月19日(金))の夜、中国人民銀行は、それまで定めていた銀行の貸出金利の利率の下限を廃止する(銀行貸出金利を自由化する)ことを発表しました。実施は発表翌日の今日(2013年7月20日)です。このニュースをネットで見たとき、私は「なんとまぁ、こんな重大な決定を突然発表するもんだ。」とびっくりしました。

 金融政策に関する決定は、マーケットが開いている間に発表すると市場に動揺をもたらす可能性があるので、週末(金曜日のマーケットが閉まった時間以降~月曜日のマーケットが開く時間までの間)に行うことはよくあることです。また、発表から実施日まで期間を空けると、その間の期間に「駆け込み的預金引き出し」などが想定されたりする場合には、発表日の翌日から即時施行、ということもあります。なので、今回の中国人民銀行の決定の発表のタイミングと翌日から即時実施という方針は、それ自体は理解不能な話ではないのですが、「なぜ今なの?」と感じます。「影の銀行行為」の原因のひとつには、預金金利や銀行貸出金利を銀行が自由に設定できないことがあると考えられていましたから、貸出金利の自由化は「いつかはやるのだろう」と思っていましたが、やはり「なぜ今?」という疑問は残ります。

 昨日(2013年7月19日)のモスクワ時間の夜から二日間にわたりG20財務大臣・中央銀行総裁会合が開かれました。中国人民銀行の今回の発表のタイミングは、北京時間で19日(金)のマーケットと銀行業務が終了してからモスクワでG20財務大臣・中央銀行総裁会合が開かれるまでの間の数時間のウィンドウを狙ったものでした。なので、中国側は自分ではそうは言っていませんが、各国関係者は、みんな、今回の決定は、G20会合で中国の「影の銀行行為」問題が話題になる可能性がある中で、中国が「対策はきちんと実施してますよ」という改革姿勢を各国に見せたいために行ったのだ、と考えています。

 ただ、銀行貸出金利の規制をやめる、というのは、預金金利をどうする、とか預金者保護をどうする(例えば預金保険機構を作るなど)とか、民間の銀行への参入を認める、などといった他の方策とパッケージで決めるべき金融政策の重要事項のひとつであり、国際会議対策のために「小出し」に出すような政策にしては重すぎます。なので、私は、今回の中国の銀行貸出金利自由化の決定については、びっくりしたとともに、大いなる「拙速感」を感じたのでした。

 今日(2013年7月20日)付けの「人民日報」が伝える今回の中国人民銀行の決定は以下のとおりです。

○銀行の貸出金利の下限について貸出基準金利(現在は6%)の0.7倍(つまり4.2%)としている現在の規制を取り消す(貸出金利の上限は既に(2004年10月に)撤廃されているので、これで貸出金利は銀行が自由に設定できることになった)。

○預金金利(現在は基準金利3%、上限3.3%)については変更しない。

○個人向け住宅ローンに対して設定される金利幅の制限の現行制度は変更しない。

 この決定について伝える「人民日報」の記事(1面)には、「人民日報」の田俊栄記者による「貸出金利自由化をどのように見るのか(政策の焦点)」と題する解説記事(2面)が付いています。

 この解説記事によると、大企業や業績が良好な中小企業は低金利で融資を受けられるようになり、企業のコスト削減につながり、経済の下押し圧力がある現状において、「穏やかな経済成長」を助けることになる、としています。また、貸出金利を自由化する一方で預金金利を自由化しないのは、預金保険制度や業績の良くない銀行が市場から退出する際の制度などの基礎的条件がまだできていないからだ、と説明しています。個人向け住宅ローンの金利(下限は今までの銀行貸出金利の下限と同じく貸出基準金利の0.7倍=現在は4.2%)を変更しないのは、党中央と国務院による不動産市場コントロール政策に基づくもの(つまりは、不動産マーケットを過熱化させないため)としています。

 私は、「影の銀行行為」対策として、銀行貸出金利の自由化は、民間企業の銀行業への参入を認めること、預金保険機構の設立、預金金利の自由化や地方政府による資金調達の仕組みの変更などとパッケージで実施することになるだろうと思っていましたし、こういった政策パッケージはそう簡単には決められないので、秋に行われる予定の中国共産党三中全会(中央委員会第三回全体会合=5年ごとに行われる党大会(前回は2012年11月)の約1年後に開かれる重要な政策を決定する会合)で決められるのだろうと思っていました。なので、これら「政策パッケージ」の中から「貸出金利の自由化」だけを取り出して、単独で決定されたことに強い違和感を感じましたし、G20会合のためにあわてて決定したためその影響が十分検討されていないように感じたので、「拙速感」を感じたのでした。

 中国共産党地方組織の日頃の行動を鑑みれば、今回の銀行貸出金利の下限撤廃により、地方政府にゆかりの深い企業に対して低い金利で融資するよう銀行に「指導」が入ることが日常化し、銀行の経営体質が悪化することが懸念されます。貸出金利の自由化は「銀行間の競争を促す」という意味があり、貸出に当たっての銀行の審査能力の向上を促すものですが、中国においては銀行の審査などは「中国共産党の指導」によって簡単に吹き飛んでしまいますから、「中国共産党による指導」を禁止しない限り、金利の自由化は一部の銀行の経営体力の悪化につながるのは明らかです(だからこそ、今まで貸出金利に下限を設けていたのでしょう)。

 また、今の中国には預金保険制度がありません。中国の場合、他国に比べて預金準備率(預金残高に対する各銀行が中央銀行(中国人民銀行)に置かなければならない当座預金の残高の率)が大きいので、銀行が破綻したら、預金者に対しては中国人民銀行にある当座預金から返金が行われるので、預金者が「丸損」することはないのですが、銀行が破綻したら、おそらくは小口預金者も、何割かの損失はかぶらなければならないでしょう(御存じのように、日本の場合には預金保険制度があり、今は、仮に銀行が破綻したとしても1,000万円までの預金は保護されることになっています)。預金者保護制度がない現状で、「銀行間の競争を奨励する」といった政策を採るのは、バランスが取れていないと思います。

 また、企業が借りる銀行貸出金利の下限は撤廃されたのに、個人向け住宅ローン金利の下限は据え置き、という今回の決定については、中国人民の中には不満に思う人が多いのではないかと思います。

 このように多くの預金者や住宅ローン利用者など多数の大衆の権利に関する事項が政府の一声で決まってしまうことが、民主主義を採用していない中国政治の特徴です。日本など民主主義国でこの手の政策決定(国民の権利・義務に影響を及ぼす政策決定)は、政府だけの判断ではできず、法律制定など国民の代表者たる国会の議決を経ないとできないのが普通です。

 中国においても、例えば基準金利を何%にする、といった事項は中央銀行たる中国人民銀行の判断でできますが、「制限の撤廃」といった制度そのものに対する決定は中国人民銀行が勝手にやることはできないようです。今回の貸出金利自由化については、「人民日報」の報道によれば、「国務院の批准を経て、中国人民銀行が決定した」のだそうです。

 今回の決定が国務院(総理は李克強氏)と中国人民銀行が話し合って決めたのは確かですが、他に誰が決定に関与したのか(中国の政策決定プロセスを踏まえると、中国共産党内で十分な議論がなされたのか)には疑問が残ります。本来は政策パッケージのひとつとして実施すべき銀行貸出金利の自由化は、中国共産党内においても、秋の三中全会へ向けた議論の中で、党内議論が行われるだろう、と思っていた人が多いのではないかと思います。そう思っていた中国共産党内の人たちの中には、G20会合への対応、という「当座の都合」で今回の決定がなされてしまったことに関して、不満に思っている人たちがいる可能性があります。

 それを示唆する証拠のひとつに、上記に内容を記した今日付の「人民日報」の解説記事の書き出しの一文があります。この解説記事を書いた田俊栄記者は、書き出しで次の一文を書いています。

「これはある程度予期していたことではあるが、こんなに早くこのような重大な情報がもたらされるとは思っていなかった。」

 中国共産党機関紙である「人民日報」の記事は、単に記者が感想を書いて発行できるものではありません。編集部長は必ず記者が書いた記事を入念にチェックしますし、重要な案件は、中国共産党中央宣伝部に「お伺い」を立てることもあると思います。もしかすると、この記事の文章は中央宣伝部を統括する政治局常務委員(現在は劉雲山氏)まで上がっている可能性もあります。上記の「人民日報」田俊栄記者の「感想」がどのくらい上まで上がっているのかわかりませんが、この記者の一文(しかも記事の最初に書かれている)は、中国共産党内部においても、今回の銀行貸出金利自由化の決定は「唐突感」を持って受け止められていることを示すと言えるでしょう。

 「預金金利は上げない」「住宅ローン金利は下げない」という点で今回の決定は中国人民には不評でしょうし、もし中国共産党内部で十分な議論が行われずに決定されたのだとしたら、中国共産党の内部に「しこり」を残す可能性があります。この銀行貸出金利自由化は、G20財務大臣・中央銀行総裁会合の直前に決定され、世界に向けて宣言されてしまったわけですから、これから党内議論で意見を言おうと思っていた党内の人々にとっては「既成事実を作られてしまった」わけで、その人たちの中に李克強総理らに対する不満が高まる可能性があります。

 今回の決定は、「改革を勇気を持って進めている」ことを示したことで、国際的には評価が高いのですが、中国国内には不満を高める可能性があるわけです。李克強氏は、国際社会を味方に付けることによって、改革に反対する「守旧抵抗勢力」と戦おうと思っているのかもしれません。こういった強引な手法がいいのかどうか判断は難しいのですが、状況としては、1980年代末においてソ連共産党改革を進めようとしていたゴルバチョフ氏と似ています。ただ、今の中国共産党内部の「守旧抵抗勢力」は、1980年代末のソ連共産党の「保守勢力」とは比べものにならないくらい頑強で強力だと思います。改革の方向は正しいと思うので、李克強総理が進める改革を成功させるためには、中国人民を味方に付けていくことがキー・ポイントだと思います。

 胡錦濤前国家主席と温家宝前総理は中国人民には意外に人気が高かったのですが、習近平主席と李克強総理の今のコンビは、中国人民から嫌われてはいないと思いますが、前任者たちに比べて人気が高いとは思えません。中国の現指導部には、改革の前進には人民の支持が不可欠だ、という根本原則をしっかり肝に銘じて欲しいと思います。

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2013年7月19日 (金)

昨今の中国の経済状況はバブルか

 「変に危機感を煽ってはいけない」という配慮からなのか日本のテレビではあまり報道されてこなかった中国の「影の銀行行為」(シャドウ・バンキング)問題ですが、昨日(2013年7月18日(木))19:30からNHK総合テレビで放送された「クローズアップ現代:新興国経済に異変~マネーの逆流で何が~」で、この問題は大きく取り上げられていました。

 この番組で私が改めて知ったのは以下の点です。

○個人宛に理財商品の購入を勧める勧誘メールが送られていること(番組で紹介されたメールでは、発信者である具体的銀行名や具体的予定利率(6~6.4%)が示されていました)。

○先月(2013年6月)、蘇州のある銀行(番組では銀行名も明示していました)において理財商品(財テク商品)の償還不能があり、投資者からの抗議活動があったこと。(日本経済新聞等では昨年12月にある銀行が販売した理財商品の償還不能があり、それに対する投資者の抗議活動があったことは報じられていましたが、銀行間貸出金利(SHIBOR)が乱高下した先月にも実際にそれがあったことは私は初めて知りました)。

 この番組の冒頭では、内モンゴル自治区オルドス市にできた巨大な売れ残りマンション群が紹介されていました。売れないので、建設が途中で中止されたマンションの様子も映像で紹介されていました。売れ残りのマンション(または利用されていないオフィス・スペース)が中国のあちこちに存在していることは、秋や冬の夜に中国の都市を歩けばすぐにわかります。2007年10月に北京に駐在していた頃に書いたこのブログの下記の記事にもそれが書かれています。

(参考URL)このブログの2007年10月17日付け記事
「夜8時半過ぎの北京のビルの稼働率」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/10/post_7335.html

 こういった中国の経済状況を「バブル」と呼ぶのかどうか、は、人によって違うと思います。一方、なぜ「売れないマンション」が作られてしまうのか、という問いに対しては、売れても売れなくてもマンションを作ればGDPが上がるから(それに伴って建設している期間中は雇用が生まれるから)というのが答です。そういった現在の中国の経済状況に関して、今日(2013年7月19日)の「人民日報」に下記のような解説記事が載っていました。

(解説記事1)我が国の経済発展の状況は依然として比較的良好な状態を保持している(経済情勢の専門家は語る):祝宝良国家情報センター経済予測部主任

 この解説記事の中に「最近の我が国の経済状況の中に出現した新しい状況と問題点」と題する段落があります。そこにはポイントとして以下のようなことが書いてあります。

「金融が経済成長を支える割合が低下してきており、金融リスクがある程度増大している。現在、地方金融平台と過剰生産能力を抱える業種が「新しく借りて昔のものを返す(中国語で『借新還旧』)」を行うことによって作り出した大量の資金を使って、多くの市民が理財商品と不動産に投資し、多くの企業が金融投資している。一部の資金は理財商品を通じて金融機関同士で持ち合っており、実体経済に利用されておらず、しかも資金の償還期間はマッチしていない。資金供給量は増大しているのに、経済成長のスピードと物価上昇スピードは鈍化している。総体的に見て、金融リスクは増加し、金融が経済成長を支える割合は減っている。」

 こういう経済状態って、普通の言葉で言えば「バブル」ですよね? バブル(中国語では「泡沫」)とは書いてないけど、上記を解説している祝宝良主任は、現在の中国に「バブル」が存在することを明確に認識しているわけです。で、それがハッキリと「人民日報」上で語られていることの意義は大きいと思います。最近の「人民日報」の文章を見ていると、読んでいてすっとわかりやすい、極めて素直な文章が多いので、現在の中国の経済状況はかなり危機的な状況ではあるとは思うのですが、関係者がそれを率直に認識していてうまく対処することはできるのではないかと思えるからです(「人民日報」が率直に事態について解説しているのは、中国人民に対しても、そうした「当局は事態を率直に理解しており、今、対処しているところだ」ということを伝えたいからなのでしょう)。

(解説記事2)政府機能の転換をどのように取り扱うか(マクロ経済情勢と政策措置をどのように取り扱うか):中国行政体制改革研究会副会長、国家行政学院教授汪玉凱氏を訪ねて

 この中で汪玉凱氏は次のようなポイントのことを言っています。

○行政が行う許認可が多すぎる。

○政府部門が自らの部門の利益のために政府の職能を変えてしまっている。ある人はこれを「権力部門化、部門利益化、利益個人化または個人利益の法定化」と言っている。

○地方政府の役人の考え方が政府の職能の変質に関して重要な要素となっている。即ち、一地方のGDPの増加がその役人の昇進に大きく影響している。党の政治指導理念の中にあるGDPに過度に頼る一部の考え方が思わず知らずに地方政府に経済に過度に頼る考え方をさせている。

(注)私の個人的感覚としては、党の指導理念の一部について批判しているこの部分は、「『人民日報』でここまで言うか。時代は進んだなぁ。」と思わせる部分です。

○政府は市場及び社会に対して権利を与え、中央政府は地方政府に権限を与え、政府による機能の役割をハッキリさせ、マクロ経済コントロールの仕方を改善し、政府が管理すべき基礎的部分を確立させることにより、具体的な改革内容とロードマップが明確になるのである。

 ここの部分は、私がこのブログの7月3日付け記事「影の銀行行為対策:長い困難な変動の始まり」で書いたこと、即ち、「今回の金融制度改革をやり遂げるためには、中央から地方の末端までに至る中国共産党による支配構造を変えなければならない。」と言葉は違うけれども、中身は同じであり、それが「人民日報」に書かれていることの意味は重大だと思います。中国共産党中央は、権益構造で凝り固まった中国共産党地方組織について、今、本気で「上からの改革」をやろうとしていると思われるからです。できるかどうかは別問題ですが、中国共産党中央は、少なくとも、1980年代後半にソ連共産党においてゴルバチョフ氏がやろうとしていたことを「理念としては」やろうとしているのだと思います。

 その意味で、1980年代末~1991年に掛けてソ連が大変なことになった(1991年12月にソ連が解体した)ことを考えると、中国でも、これから大変なことが起きる可能性があると私は思っています。

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2013年7月17日 (水)

「人民日報」が連日マクロ経済について解説

 一昨日(2013年7月15日)、中国国家統計局は2013年4-6月期の中国のGDP成長率を発表しました。物価上昇分を除いた実質成長率で対前年同期比7.5%増でした。1-3月期は7.7%増で、二期連続して増加率が減少したことになります。先週発表された貿易統計では、6月の中国の貿易は輸出入とも対前年同月比マイナスでした。これらのデータは、中国経済の成長スピードにブレーキが掛かっていることを明確に示しています。

 こういった最近の経済状況に関連して、中国共産党機関紙の「人民日報」は、連日、関連する複数のニュースや解説を掲載しています。

○2013年7月16日付け

(解説)「転換期には陣痛は避けられない(データを読む:年間経済情勢の焦点)」

(報道)「小規模企業に対する金融サービス水準の向上のための諸施策」(馬凱副総理が主催した全国小規模企業金融サービス経験交流テレビ会議の内容を伝えたもの)

※この報道は、経済成長率の鈍化や「影の銀行行為」の取り締まりによって、小規模企業に対する融資が滞ることが予想され、それに対する対策を検討していることを国内に示したかったものと思われます。上記の報道にあるテレビ会議には、中国人民銀行の周小川総裁も参加しています。

○2013年7月17日付け

「当面の中国経済情勢をどう見るか(「マクロ経済情勢をどうみるか」と政策措置)」
(国家発展改革委員会マクロ経済研究院王一鳴常務副院長に対するインタービュー記事)

(「人民日報」評論部による解説)「スピードを上げることだけが発展の全てではない(人民の観点)~経済社会発展を正確に認識することが重要事項の第一である」

※この「解説」においては、「多くの国が中国経済のことを『ハード・ランディング(中国語で「硬着陸」)』するのではないかと憶測し議論している」と指摘した上で、経済成長のスピードが適度に落ちることは、経済成長モデルの転換、経済システムの高度化、体制改革の改善に伴うものだ、として、高いGDPだけを追い求めるべきではない、としています。

(報道)「就業を優先する戦略を実施し、社会保障体系の建設を推進しよう(『中国の特色のある社会主義』及び『中国の夢』宣伝教育シリーズ報告会)」

※この「報道」は、中国共産党中央宣伝部、中央直属の機関や国家機関の委員会、教育部、人民解放軍総政治部、中国共産党北京市委員会が共同開催した「『中国の特色のある社会主義』と『中国の夢』宣伝教育シリーズ報告会」の内容を伝えたもの。こういった会議が報道されることは、経済成長スピードの減速により、失業問題や労働者の社会保障の問題に対する懸念が広がっていることを示していると思われます。また、この会議の中で「公平な就業を実現する」ことが主張されていることから、公平ではない(コネによる)就職が人々の間で問題になっていることが伺えます。

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 こういった多くの報道や解説が「人民日報」上に連日のように掲載されているのは、当面の経済成長スピードの減速に対して党内や中国人民の中に不満や不安があり、また「景気刺激策を採るべきではないのか」といった声が多いことを推測させます。

 「小規模企業への融資を滞らせない」「就業を確保し、社会保障を充実させる」というのは重要な課題ですが、問題は「いかにしてそれを実現するか」です。上記の記事では「具体的にどうするか」が見えてきていません。どういう具体策を講じていくのか、中国政府の苦慮は当面続きそうです。

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2013年7月14日 (日)

中国は外貨準備を不良債権処理に使うのか

 今日(2013年7月14日)付けの「人民日報」は、1面と2面で「3.5兆ドルの外貨準備に関する三つの問い(政策の焦点)」と題する解説記事を載せました。

 「世界の工場」として輸出大国となった中国は、2000年代以降、一環して巨大な外貨準備を持っています。あまりに巨大なので、諸外国(特にアメリカ)から、「そもそも経済の実勢に比して人民元為替レートが低すぎるため、毎年巨額の貿易黒字が積み上がった結果が巨大な外貨準備になったのであり、人民元レートを適正な水準にすべし(人民元レートの切り上げをやるべし)」との批判が強く出されてきています。

 中国としては「安い製品を作って輸出することにより経済を成長させ、それによって雇用を生み出す」ことが中国国内の政治状況を安定させる必須条件ですので、外国から強く批判されても、人民元レートを上げることはしてきませんでした(中国の人民元の為替レートは、市場で自由に決定されるのではなく、過去の水準から一定の変動範囲に収まる範囲内で中国政府が設定しています)。

 基本的に中国は外国から批判されている関係上、あまり世界一の巨大な外貨準備を持っていることを積極的に宣伝することはしてきませんでした。それなのに、このタイミングで、「人民日報」が3.5兆ドルに上る外貨準備について解説した記事を載せたのは、この巨大な外貨準備を国内の不良債権処理にも使うことは可能、ということを示すことで、中国国内に「見せ金」効果を与え、動揺する国内金融市場に安心感を与える目的があるものと思われます。

 「見せ金」とは、金融危機の時に使う一つの方法です。例えば、ある銀行について「破綻しそうだ」というウワサが流れ、預金者が一斉に預金を降ろそうとすると、本来は経営状態が健全だった銀行が本当に破綻してしまう危険性があります。そのため「破綻しそうだ」とウワサが立った銀行の店頭に中央銀行が提供した紙幣を山積みにし、預金を降ろそうと集まって来たお客に見せます。お札の山を見たお客は「なんだ。お金はたんまりあるじゃないか。今日、あわてて降ろさなくても大丈夫だ。」と安心して、預金を降ろすことをやめるので、銀行が破綻から救われるわけです。つまり、「見せ金」とは、実際に預金引き出しに対応するために用意されたわけではなく、預金者を安心させるために(見せるために)用意されたお金のことです。

 6月来、「影の銀行対策」で銀行間貸出金利が高騰したり、「理財商品」のリスクについて報道されたりしました。中国人民銀行が必要な金融機関には流動性を供給することにしていますので、現在中国国内の金融状況はコントロールされていますが、中国政府が一番心配しているのは、中国人民の間に不安が広がって、新規の「理財商品」が売れなくなったり、銀行から預金を降ろす人が増えたりして、本当の金融危機が起こってしまうことでしょう。だから、中国政府(=中国共産党中央)は、「外貨準備」という準備金がたんまりありますから、全く心配する必要はないのですよ、と中国人民に言いたかったので、「見せ金」的意味で、「人民日報」に外貨準備についての記事を載せたのだと思います。

 ただ、下記の「人民日報」の記事を読むと、中国は、巨大な外貨準備を「見せ金」より一歩進んだ使い方、即ち、外貨準備を切り崩して国内の不良債権処理に使うこと、もある程度本気で考えている可能性があると、私は感じました。

 2013年7月14日付け「人民日報」の「3.5兆ドルの外貨準備に関する三つの問い(政策の焦点)」という解説記事のポイントは以下のとおりです。

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○我が国の外貨準備は6月末で3.5兆ドルである。これは世界一の大きさで、二位の日本の3倍近い。

○我が国の外貨準備の額は巨大であるが、減速の道を歩んでいる。

○専門家によれば、我が国の外貨準備の増加が減速しているのには、以下のような理由がある。

--アメリカ経済が緩やかに回復基調にあり、アメリカの金融緩和政策が段階的に出口戦略をたどり始めていて、一部の外国資本が中国を含む新興諸国から引き上げられ始めていること。

--中国経済は既に成長力を持っているが、下押し圧力が掛かり始めており、これが国際資本の流れに一定の変化を生み出していること。

--不動産及び地方金融平台に対する監督が強化されたことにより、我が国への投機的資金(ホットマネー)の流入が減ったこと。

--今年5月以来、国家外国為替管理局が採った一連の「偽装貿易」による資金流入防止対策により、異常な資金流入に対して明瞭な警告作用があったこと。

○我が国政府の外貨準備高は3.5兆ドルだが、民間の企業や個人が持っている外貨建て資産は4,400億ドルに過ぎない。これに対し、2010年における日本、ドイツ、イギリス、アメリカの民間の企業・個人の外貨建て資産は、それぞれ4.99兆ドル、6.91兆ドル、12.78兆ドル、15.4兆ドルであり、我が国政府の外貨準備高を遙かにしのいでいる。

○大きな外貨準備は、安全確保を前提として適切に運用することにより収益を上げることができるが、そのほかに「隠れた収益」がある。それは、国際収支危機、貨幣危機、金融危機を防止するのに役立つ、ということである。

○このほか、専門家は、常に外貨準備の新しい活用の仕方を検討すべきことを指摘している。先日国務院が発表した「経済構造を調整しよりレベルアップさせるための金融に関する指導意見」では、貸出プラットフォームや商業銀行を使った外貨準備の貸出への活用等の総合的ないろいろな種類の融資提供方式について検討するよう指示している。

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 この記事で注目すべき点は、以下のとおりです。

☆中国政府自身が、中国経済が減速し、それによって外資の流入が減る(ないしは外資の流出が増える)ことを認識していること。

☆不動産や地方金融平台への監督の強化や「偽装貿易」の取り締まりにより、外国からの投機資金の流入が減っていることを明示していること。

☆巨大な外貨準備を単なる「見せ金」としてではなく、国内への貸し出しへ活用すること(おそらくは、それは不良債権対策として使われることを想定しているものと思われる)を示唆していること。

 中国が巨大な外貨準備を国内不良債権処理に使うと、必然的に大量に保有しているアメリカ国債の売却を行うことになり、アメリカ経済のみならず世界経済に大きな影響を与えます。一方、それは中国自身にも以下のようなマイナスをもたらします。

◇中国のアメリカ国債の売却によりアメリカ国債の価格が下がり、中国が保有している大量のアメリカ国債に含み損を生じる。

◇外貨準備取り崩しによるドル売り・人民元買いによって一時的にドル安・人民元高になり、既に減速気味になっている輸出に更にブレーキが掛かって、中国の経済成長の足かせになる。

◇中国国内に大量の人民元を供給することになるので、中長期的には中国国内にインフレを引き起こす可能性がある。

 そもそも、安易な不良債権処理は「リスクの高い融資をやっても、どうせ最後は中央政府(=中国共産党)が尻拭いしてくれる」という「モラル・ハザード」を生み、長期的には中国経済に大きな病根を残します。

 民主主義国家では、不良債権処理に公金をつぎ込むことに対しては、大きな世論の反対があり、不良債権処理対策の決定までには紆余曲折がありますが、中国のように中国共産党が全てを決める国では、金融危機になっても、即座かつ大量に公金を投入して危機を回避できる、という利点があります。しかし、それは「モラル・ハザード」(お金を借りても返さなくてよいという考えの定着)という回復不可能な病根を残すことになるので、長期的に見れば実は「利点」ではありません。

 地方政府を中心とする経済のバブル化部分の処理のためには、不良債権処理が不可欠ですが、その際、不良債権のどの部分を誰に負担させるのか、どの部分に中央政府がどのくらい額の公的資金を注入するのか、は非常に難しい問題です。中国の場合は、民主主義国と異なり、おそらくは見えない部分で水面下で処理するのだと思いますが、むしろ見えない部分で処理できる分、多くの中国人民の反発を買わない形で、不良債権を処理するのは、至難の業だ(国民にオープンな形で議論せざるを得ない民主主義国よりむしろ難しい)と思います。

 中国経済の減速そのものに加えて、中国による外貨準備の取り崩し(=アメリカ国債の売却)が今後行われるのだとしたら、世界経済は、今後、中国政府(=中国共産党中央)による中国経済舵取りの一挙手一投足を固唾を飲んで見守らざるを得ないことになると思います。

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2013年7月10日 (水)

中国金融改革:「人民日報」に「正論」

 日本での報道によると、中国当局は、今回の金融変動に関連して、「流動性が不足していること(中国語の俗語的表現で「銭荒」)」や株式市場の暴落について報道を控えるよう報道機関に通知を出した、とのことです。

 一方、2013年7月9日付けの「人民日報」では、中国政府がやろうとしている金融改革の背景にあるだろうと思われる現状認識を推測させる記事が経済面に載っていました。その記事とは、中国国務院発展研究センターのマクロ経済研究部副部長の魏加寧氏が「2013年中国金融イノベーション賞」の表彰式で行った発言を人民日報の熊建根記者がまとめたものです。表題は「制度の不合理さが別の形のイノベーションを作り出している(感想)」です。

 まず、表題からして、中国政府の政策を批判しているようにも採れるタイトルであり、こうした評論的文章が「人民日報」に掲載されること自体興味深いと思います。また、その内容は極めて「まとも」で「正論」と言えるものです。ポイントは以下のとおりです。

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○ある種の金融イノベーションは、現行制度の不合理さが生み出したものである。

○これまでの制度では、銀行業への参入制限があり、民間資本の導入による民間金融機関の設立が長期間認められてこなかった。長期金利は低く抑えられ、実質金利はマイナスであったため、正規の金融システムからの資金はひっ迫した。正規ではない金融機関(准金融機構)による正規ではない金融活動(准金融活動)には、縦割りの監督機関の監督が及ばず、地方政府には監督権限が下ろされていないために、金融監督システムに真空地帯を生じさせてしまった。

○これによる金融イノベーションは、新たなリスクを生み出した。最近打ち出された政策、即ち、民間資本が自ら設立し自らがリスクを負う民営銀行、民営リース会社や消費者金融会社等の金融機関の設立の試みは、まさにこのような問題に対処するものである。

○地方金融平台(金融プラットフォーム)の高いリスクについては、このような金融改革を通して速やかに解決する必要がある。地方政府は大量の都市化投資やインフラ投資を先行的に行ったため、かつてない資金需要を生み出した。しかし、我が国の予算法は、地方政府による自主的な債券発行を認めていないため、別種のイノベーション(創新)、即ち、地方金融平台の設立とそこへの銀行からの貸出を生み出した。銀行は短期借入による長期投資を行うかしかなかった。これがコスト倒錯の経営リスクを生んだのである。

○関係機関は地方金融平台の金融リスクをコントロールしてきたが、ここ二年、都市化投資は急拡大し、信託商品、理財商品が次から次へと生み出され、金融イノベーションの御旗の下、実際上は、こちらから借りてあちらに返すといったことを繰り返すことになった。融資の鎖は、だんだん長く、だんだん屈曲していき、地方政府の債務はだんだんとステルス化し(見えなくなり)、財政リスク、金融リスクは交叉し伝染していったのである。

○大いなる金融財政改革が必要である。地方政府に地方債券を発行させることは考えられないのだろうか? もしそうしたらリスクはどのように評価されるのだろうか?

○このほか、一部の保険会社は、銀行が発行する理財商品を購入している。こうしていくつかのトンネルを通って、地方政府の債権に投資されている。これら三つの異なる金融マーケットが一緒になっており、資金が異なる業種のマーケットを越えて流通しているのである。分業化された縦割りの監督体制を改革しなければ、この種の構造的な状況は将来大問題となる。しっかりと関心を持って真剣に分析をしなければならない。

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 上記のような問題認識は、既に多くの中国側関係者から発言がなされ、日本を含めて多くのところで報道されてきているところですが、それが中国共産党機関紙「人民日報」に掲載された意味は大きいと思います。「今までの政策は間違っていて、今、大きな問題が生じているので、それを改革すべきだ。」と主張しているわけで、魏加寧氏という一人の専門家の口を借りてはいますが、金融改革を行おうとする中国共産党中央の「決意」を示しているものであり、通常の「人民日報」の記事にはない斬新さを感じます。おそらくはこの記事は、現在中国政府が行っている「荒療治」とも言える金融改革の根本的問題意識を明確に中国国内に示したものであって、地方政府(=地方の中国共産党幹部)に対して党中央の「改革への意志の固さ」を示して、「荒療治」に反対する勢力に対する反論するものだとも言えます。

 中国当局が金融変動に関する報道を規制し、一方で「人民日報」に上記のような記事が掲載される、ということは、中国共産党内部で、金融改革を推進する勢力とそれに反対する勢力(バブル化が継続してもいいから金融緩和をすべきと思っている勢力)との論争が今起きていることを推測させます。

 通常、報道規制まで行って強引に政策を進める場合、多くの人民は中国政府が進める政策に反発を強めるのですが、今回の金融改革については、中国人民の中にも中国政府(中国共産党中央)が進める改革政策に賛成する人が案外多いのではないかと思います。(「中国人民」の中にもいろいろな人がいて、「理財商品」を自分で持っている人は自分がババを引くかもしれないので改革に反対し、持っていない人は地方政府や一部の不動産開発業者による理不尽な金儲けと腐敗をストップさせることになるから改革に賛成する、という立場を取るのかもしれません)

 なお、上記の「人民日報」の記事のうち、「理財商品」などについて「こちらから借りてあちらに返すといったことを繰り返すことになった。」と表現された部分は、中国語では、「『転来転去』あるいは『転回到這里』」となっています。貸したお金が「行ったり来たり、ぐるっと回ってこっちに帰って来たり」といった意味です。これって、ネズミ講とか、破綻した投資会社が全く儲けがないのに新しい顧客に債券を売ったお金で前のお客に返すことを繰り返している状態とかと同じですよね。

 この「理財商品」の残高については、中国の銀行業務管理委員会の尚福林主席は、6月29日、上海市で開かれた金融フォーラムにおける講演において、今年3月末の残高が8.2兆元(約130兆円)あると発言したと報じられています(日本政府の2013年度予算(一般会計)は約93兆円です)。

 おそらくは約130兆円分の「理財商品」の全部がネズミ講みたいなものではなく、中には「まともな」ものもあるのでしょうが、上に書いた「人民日報」の記事で描かれた「理財商品」の様子は相当イメージ悪いですね。「人民日報」は、7月6日付けで「『理財商品』と『信託業務』は厳格な監督を受けており、『影の銀行』には含まれない」とする解説記事を書いているのですが、別の記事で「理財商品」についてこういうイメージの悪い表現で書くと、新規の「理財商品」を買う人がいなくなっちゃうんじゃないでしょうか。新規の「理財商品」を買う人がいなくなると、「こちらから借りてあちらに返すといったことを繰り返すこと」つまり自転車操業ができなくなるので、とたんにそういう「理財商品」は破綻してしまいます。これって、相当に恐ろしい話だと思います。

 「人民日報」が実情を正直に表現した専門家の「感想」を掲載したのは評価すべきなのでしょうが、中国人民がこの「人民日報」の記事を読んで、どう思うのか、ちょっと心配になってきました。

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2013年7月 7日 (日)

中国金融危機の深刻度

 私は、現在の中国経済が「史上最大のバブル」をはらんでいて、はじける危険性があるとずっと思ってきました。

(参考URL1)このブログの2008年11月28日付け記事
「『史上最大のバブル』の予感」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/11/post-793d.html

 6月9日に中国当局が発表した5月の貿易統計において、輸出額の対前年比が4月に比べて激減しており、それが中国政府による「偽装輸出」(意図的に製品の価格を高額にして輸出することにより投機資金(ホット・マネー)を中国国内に入れる工作)の取り締まりによるものだと報道された時、この「史上最大のバブル」がはじける危険性を感じました。

 なぜなら、4月の中国の輸出は対前年比は14.7%増でしたが5月は対前年比1.0%だったからです。5月の輸出額は1,827億ドルでしたから、4月から減った分の約250億ドルが「偽装輸出」、即ち輸出を装って中国大陸部に流入した投機資金であった可能性があります。中国政府がこれを取り締まったのだとしたら、中国大陸部への投機資金の流入が月間約250億ドル減った可能性があるわけです。今、アメリカFRB(連邦準備制度理事会)が行っている国債や住宅ローン担保証券の買い入れ(月間850億ドル)をいつからどのくらいの額減らすのか、で市場がぴりぴりしているわけですが、もし仮に中国において月間約250億ドルの資金の流入が絞られたのだとしたら、相当の額の「金融引き締め」を行ったのと同じ効果を持ちますから、中国国内経済に相当大きなマイナスの衝撃を与えると私は思いました。

 ただ、GDP世界第二位で国連常任理事国でもある中国において、危機的な経済波乱が起こる可能性が起こるかもしれない、といった話は、いくら個人のブログであっても軽々に書ける話ではない、と考えて、このブログに書くことは控えてきました。しかし、6月後半の中国の銀行間金利の高騰や上海株式市場総合指数の暴落を通じて、世界の市場に動揺が走り、多くの新聞等において中国の金融危機の可能性について書かれるようになりました。例えば、下記のように多くのマスコミで現在の中国経済のリスクを警告する記事が書かれるようになりました。

○産経新聞2013年6月25日付け朝刊1面トップ記事
「中国7月危機現実味 上海株急落5.3%安 財テク償還破綻懸念」

○NewsWeek日本語版(2013年7月2日号:6月25日発売)
「危険水域の中国経済 中国経済3.6%成長の衝撃 下方修正される成長率 くすぶる金融不安 ~世界経済を牽引してきた中国で何が起きているのか~ 」

○日本経済新聞2013年7月5日付け朝刊12面特集記事
「世界が注視中国リスク 影の銀行中国揺るがす」

 今日(7月7日)付けの日本経済新聞1面のコラム「春秋」では、中国共産党政治局常務委員の王岐山氏がフランス革命の原因と影響について19世紀に記したトクヴィルの「旧体制と大革命」を読むことを中国の人々に薦め、実際に中国でこの本が売られていることに触れ、中国当局の幹部がこういった本を薦めていることついて「逆に、政治改革を進めなければ革命がおきかねないのだ、という受け止め方もある。いずれにしろ革命前夜めいた切迫感が伝わってくる。気のせいだろうか。」とまで書いています。

 多くのマスコミがこうした「中国リスクに対する危機感」について書いている以上、私も自分が持っている「危機感」についてブログで書くことを控える必要はないだろうと考えて、7月3日以降、中国経済危機のリスクについて率直に書くことにしたわけです。

 一方、日本のテレビ局の方は、中国の経済リスクについて報じることに相当に慎重です(というかほとんど報道していない)。この手の経済リスクについて、必要以上に「煽る」ことがあってはならない、という姿勢なのだと思いますが、事実は事実としてテレビ局も報道すべきだと思います。トルコ、ブラジル、エジプトといった各国の政治状況はテレビでもよく伝えられますが、デモが起きるなどして「絵になる」ニュースは伝えるけれども、中国の経済状況など「絵にならない」ニュースは伝えない、とだとしたら、そういうテレビ局の態度は問題だと思います。中国経済の変動は、トルコ、ブラジル、エジプトと比べたら日本に対するインパクトは比べものにならにほど大きいからです。

 中国の経済危機の深刻度については、実は、中国政府自身がよく認識していると思います。それは、通常はこういった「危機的状況」について、あえて報道しないことが多い中国の公式メディアが結構報道しているからです。これは、中国の人々に「危機は管理されている。あわてないで欲しい。」と伝えたいからだと思いますが、逆に言えば、公式メディアでそういう報道をせざるを得ないほどに危機感は切迫していることを表していると思います。

 上海総合指数が二日連続で急落し、中国人民銀行が「既に必要な銀行に対しては流動性を供給したし、今後も必要に応じ流動性を供給していく」との声明を出して市場の沈静化に乗り出した6月25日の翌日6月26日付けの「人民日報」では、中国人民銀行の声明について報じるとともに、新華社の記者が中国人民銀行の担当者にインタビューした記事を載せています。「一部の金融機関では流動性の支援を受けている」と題するこの解説記事の中で、中国人民銀行の担当者は以下のように語っています。

「最近のマーケットには一部の非理性的な要素が存在し、いくつかの流言が市場にパニック(中国語では「恐慌」)を起こした」

「公開マーケット及び貨幣市場の参加者はマーケットの交易秩序のための自覚を持ち、事実に基づいて価格の報告と交易を行い、誤った価格を報告してマーケットを誤った方向に導くことを厳禁しなければならない。今後、この種の問題を起こした金融機関には厳正に対処する。」

 ここの部分は、実際に中国の市場で「パニック」的現象が起きたことを中国人民銀行担当者が認識しており、「人民日報」がそれを伝えていることに意味があると私は思います。その後、中国人民銀行による一部の金融機関への流動性の供給と「今後も必要があれば流動性の供給を行う」との中国人民銀行の声明で事態は沈静化していますが、実際に中国人民銀行の流動性の緊急供給が必要になった金融機関があった、という事実は、今後も、そうした事態があり得ることを示唆しています。従って、この6月末は乗り切ったものの、「理財商品」の償還期限となる9月末、12月末、3月末には今後も同じようなことが起こりうることは想定しておいた方がよいと思います。

 更に、7月5日、国務院は「金融が経済の構造改革とレベルアップ型転換を支援することに関する意見」を出しました。これを伝える新華社電を掲載した7月6日付けの「人民日報」1面の記事によれば、この「意見」では次のように述べられています。

「現在、我が国の経済の進み具合は総体的には平穏だが、構造的矛盾が依然として突出している。金融の進み具合は総体的には穏健だが、資金が不合理に分布しているという問題は依然として存在し、経済の構造改革とレベルアップ型転換のための方向性に適応していない。」

「穏健な貨幣政策を維持し、金融を小規模企業の発展に適合するよう調整し、農村・農民・農業の改革への支援を強化し、国内消費のレベルアップと企業の海外進出を支援し、民間資本の金融業への参加を拡大し、金融リスクを厳格に防がなければならない。」

 この「意見」で重要なのは、中国政府が現状についてかなりの危機感を持っていることが読み取れることと、それにもかかわらず「穏健な貨幣政策を維持する」つまり「経済が減速気味だけれども金融緩和政策に舵を切ることはしませんよ」というメッセージを出している点です。緩和政策を期待する地方政府に対して、頑として「緩和はしない」と「バブル対策路線」を堅持する中国中央政府の姿勢は評価すべきです。ただ、この7月6日付けの「人民日報」の記事には「解説」が付いているのですが、この「解説」には、気になる点が三つあります。

 まず、ひとつは「外貨準備の応用を創設する」ということです。これは、中国が持つ巨大な外貨準備を背景にした信用創出をすることを意味します。「中国国内の不良債権がいくら巨大であったとしても、中国が持つ世界最大の外貨準備を活用すれば十分対処可能」ということを国民に示すことで国民を安心させよう、という意図だと思います。ただ、「ほら、こんなにお金はありますよ」と見せることによって安心させるという「見せ金」として使うのならばいいのですが、中国が実際に外貨準備を不良債権の処理に使うことになると、世界経済にとっては「一大事」です。中国は、アメリカ国債の海外持ち分の約二割を持っていますが、中国がもし仮に急激なアメリカ国債売りをやると、アメリカ国債が暴落し(金利は上昇し)、世界経済は混乱します。

 7月5日のアメリカ雇用統計の発表を受けて、足元アメリカ国債の金利がまた上昇しましたが、世界のマーケット関係者は、この「もしかすると中国は国内の不良債権処理のためにアメリカ国債を売りに出すかもしれない」という「おそれ」を頭の片隅に置いている可能性があります。実際、6月12日に行われた衆議院外務委員会での参考人質疑で、国際協力銀行副総裁の渡辺博史氏(元財務省財務官)は、中国による急激なアメリカ国債売却に対する懸念を表明しています。

 二つ目は、この「人民日報」の「解説」で、農村・農民・農業に対する支援策として、林業権、農業請負権、農民宅地使用権を抵当にした貸出の試みについて検討を進めるべき、としている点です。中国は社会主義国なので、土地の私有は認められていません。都市部の土地は国有、多くの農村部の土地は村などの地方政府が所有権を持っています。地方政府は、林業や農業を行う権利(林業の場合は林業権、農業の場合は農業請負権)を人民に貸し与えており、規定された生産物を越えた収入は農民が自由の利益にしてよい、という制度を採っています。これが「生産請負制」で、トウ小平氏が始めた現在の「改革開放経済=中国の特色のある社会主義」の「キモ」の部分です。また、農民が住んでいる家の土地も農民のものではなく、村などの地方政府が農民に「農民宅地使用権」を無料で貸している、というのが建前です。

 この社会主義の「キモ」の部分を抵当にしたお金の貸出を検討する、ということは、林業権、農業請負権、農民宅地使用権の市場での売買を前提としたものであり、中国の社会主義制度の根幹に係わる部分です。また、これが認められれば、地方政府の幹部(=地方の中国共産党の幹部)は、林業、農業を行っている人民に無断で林業権、農業請負権、農民宅地使用権を抵当にして銀行からお金を借りることもやりかねません。地方政府がお金を返せなかった時、突然銀行が農村にやってきて農民に対して「林業、農業は銀行がやることになりました。また皆さんが住んでいる農家の宅地使用権も銀行が接収しました。なので、皆さんはすぐにこの土地から立ち退いてください。」といった事態が起こる可能性があります。

 そもそも市場で売買されていない(つまり市場価格が設定できない)林業権、農業請負権、農民宅地権を貸出の担保にすること自体ナンセンスだと思うのですが、こうしたナンセンスは、中国経済ではあり得るのです。

 1980年代、改革開放が始まった頃、日中合弁企業の設立が始まった時、日本側が「資本金と機械設備で5億円提供します」と提案すると、翌日中国側が「中国側としては土地使用権を提供します。ここの土地使用権は5億円に相当します。なので、日中の合弁比率は50対50です。」と返答してきます。もし、日本側が「10億円提供する」とオファーすれば、翌日中国側は「土地使用権は10億円なので、合弁比率は50対50だ。」と主張するでしょう。そもそも、1980年代当時、土地使用権は市場で自由に売買されていませんでしたから、土地使用権は、中国政府の胸三寸でいくらにでも設定できるのです。

 現在、中国の農村において、林業権、農業請負権、農民宅地使用権の売買は公式には認められていません。従って、市場価格は形成されませんから、貸出の担保にはできないはずです。お金を借りた地方政府がお金を返せなくなって、貸し出した側の銀行が担保としていた林業権、農業請負権、農民宅地使用権を接収してもそれらを自由に処分する(例えば現金化する)ことができないからです。

 農業請負権については、自由な流通を認め、貸出の担保にできるようにすべきではないか、という議論は以前からありました。2008年10月の第17期中国共産党中央委員会第3会全体会議(第17期三中全会)で「中国共産党中央による農村改革の発展の推進における若干の重大問題に関する決定」が行われ、この決定の中で農業請負権の譲渡等について議論されています。

(参考URL2)このブログの2008年10月28日付け記事
「第17期三中全会決定のポイント」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/10/17-86c4.html

 この中国共産党の決定が法律化されたのかどうか私は知りませんが、この部分は、大土地所有者と小作人の関係を復活可能にするという点で中国革命の根幹に係わる部分であって、「人民日報」の「解説」で提案できるような簡単な話ではないと思います。そもそも、抵当にしようというのは「農業請負権」ですので、地方政府がお金が返せなくなって銀行が担保にしていた「農業請負権」を接収した場合、銀行は農業をしなければなりません。「農業請負権」は「土地所有権」ではなく、あくまで「その土地で農業をする権利」なので、接収した銀行はその農地を開発業者に転売して工場を建てる、といったことはできないのです。

 また、「農民宅地使用権」の方はもっと複雑で、「農民宅地使用権」は農民が居住するために農民に与えられたものであって、売買の対象にはならない、というのが、従来の中国の裁判所の判断です。

(参考URL3)このブログの2007年12月18日付け記事
「都市住民の『小産権』購入は違法と確定判決」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/12/post_bf8b.html

 「農民の宅地使用権を都市住民が購入することはできない」という2007年12月17日の北京市第二中級人民法院第三法廷の判決(中国は二審制なので、これが確定判決)が出ているのですが、この判決を覆す判例がその後出ているのかどうかは私は知りません。「法律であろうが過去の判例であろうが、中国共産党が『こうだ』と決めれば過去の法律や判例は全て覆る」というのが中国の実情なので、過去の判決などあまり意味がないのかもしれません。ただ、農民が住んでいる農家の宅地使用権を借り入れの抵当にできる、という今回の「人民日報」の「解説」は、やはりちょっと無謀なのではないでしょうか。

 今回の「人民日報」の「解説」でも、林業権、農業請負権、農民宅地使用権を担保にした貸出については、「試みについて検討する」としており、「してよい」とは断定していません。ただ、中国共産党機関紙「人民日報」にこうした記事が掲載されると、多くの地方政府(=地方の中国共産党幹部)は、「やっていい」と解釈して、農民に無断で勝手に林業権、農業請負権、農民宅地使用権を担保にして銀行からお金を借りることをやり始める可能性があります。

 「人民日報」の「解説」は、「無駄なプロジェクトはやめて農民のためのプロジェクトをやるべし」という地方の共産党幹部に対する「指導」なのだと思いますが、普通、地方の共産党幹部は、中央の指導については、自分の都合のよいところだけを「つまみ食い」しますから、今後、農民の意向を無視した林業権、農業請負権、農民宅地使用権を担保とした地方政府による銀行からの借り入れが増えるのではないか、と心配です。

 そもそも中央政府が地方政府をコントロールする力があるのだったら、最初から、「影の銀行行為」だの「地方政府の不良債権問題」だのは発生しなかった(発生したとして小さいうちに対処できた)はずです。言うことを聞かない地方政府を従わせるには、中央政府としては、相当の「荒療治」をしなければならないと思います。それなのに、「人民日報」が林業権、農業請負権、農民宅地使用権を担保とした貸出の検討について言及していることは、地方政府に対して「お金を借りちゃいけない」と言うのではなく、農民が持つ権利を担保にしてもいいから、お金を借りるなら訳のわからないところから借りるのではなく、ちゃんと中央の管理下にある銀行から借りてくれ、と言っているのと同じです。これを見ていると、「中国の地方経済バブル」は大きくなりこそすれ、縮小させることは難しいのではないかと思えます。

 おそらくは、銀行間貸出金利の高騰や株式市場の暴落で、中国共産党内部でも、6月に行った「荒療治」に対する批判が出ており、上記の「人民日報」の「解説」は、そういった中国共産党内部での論争の「妥協の産物」である可能性があります。

 7月6日付け「人民日報」の「解説」で私が気になる三つ目は「『理財商品』と信託業務は厳格な管理を受けており、『影の銀行』の範囲には含まれない」としている点です。「人民日報」が、「影の銀行」(中国語で「影子銀行」)という言葉を使っている(そう言われていることを自ら認めている)点は重要ですが、ここの部分は、国民に対して「理財商品」は問題ではありませんよ、と「人民日報」が主張している点で気になります。

 というのは、「理財商品」(財テク商品)と呼ばれる金融商品は千差万別であり、ちゃんとしたものもリスクの大きいものもいろいろ含まれており、その全てを当局が管理できているとは思えないのに、「人民日報」が「管理されており、『影の銀行』には含まれない」と断定しているのはなぜか、ということを考えることが必要だからです。「いろいろウワサがあるけれども、『理財商品』は危険なものではなく、買っても安心ですよ。」と「人民日報」が主張しているように見えます。こういった「人民日報」の言いぶりは、多くの人が『理財商品』のリスクを意識し始めて、『理財商品』の販売量が減っていることを示唆しているように私には思えます。

 今、「影の銀行行為」で問題と思われている点は、長期にわたる投資プロジェクトの資金を「理財商品」などの短期資金で賄っている点です。長期プロジェクトを短期資金で賄おうとすると、長期プロジェクトの収益が上がる前に資金を調達した「理財商品」の償還期限が来てしまい、必然的に新たな「理財商品」を発行することにより前期に購入した人への償還に充てる、という「自転車操業」を余儀なくされてしまいます。一連の金利上昇や株価の下落で、多くの人が警戒して新規の「理財商品」を買わなくなったら、途端に、全体の資金繰りが付かなくなります。従って、「人民日報」が「理財商品は管理されており危険ではない。」と言っているのは、実は、「理財商品」を使った「自転車操業」が行き詰まり掛けているいるからではないか、と読めてしまいます。

 実態はまだまだわからいことの多い中国の「影の銀行行為」(シャドー・バンキング)問題ですが、少なくとも外国の投資家は相当に警戒心を持ち始めていますので、中国への外国からの新規投資は相当減るでしょう。それは中国の実体経済に大きなマイナスの影響を与える可能性が大きいと言えます。今のところ、中国人民銀行によってコントロールはされていますので、リーマン・ショックのような急激なインパクトは起こらないとは思いますが、数ヶ月~1年程度の時間軸で、中国経済の危機の「深刻さ」が現実化してくるのではないかと私は思っています。

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2013年7月 3日 (水)

影の銀行行為対策:長い困難な変動の始まり

 中国政府による「偽装輸出」の取り締まりと中国人民銀行(中国の中央銀行)による流動性の引き締めにより、6月後半の中国の銀行間短期金利は乱高下し、それが株式市場にも波及して、上海株式市場総合指数も大幅に下落しました。

 これらの中国政府及び中国人民銀行の対応は、いわゆる「影の銀行行為(シャドウ・バンキング)」を許さない、という中国政府の意図の現れであり、最終的には中国経済の中の不動産開発やインフラ開発に対する投資における「バブル化した部分」の解消のための施策であり、プラスに評価すべきです。

 中国人民銀行の周小川総裁は、年齢的に行っても今年(2013年)の全人代で引退すると言われていましたが、結局は続投となりました。周小川氏は、朱鎔基元総理の直系で、中国マクロ経済のコントロールの経験が深く、おそらくは習近平指導部は、「影の銀行行為対策」といった「大なた」を振るうために、ベテランの周小川氏を続投させたのだと思います。

 今のところ、一時的に急騰した上海銀行取引金利(SHIBOR)は安定していますし、必要に応じて中国人民銀行が流動性の供給を行うと思うので、2008年の「リーマン・ショック」のような急激な破綻の連鎖といった現象が起きる可能性は小さいと思います。

 ただ、以下の理由により、中国の経済成長には、今後、中長期的に、かなり大規模なブレーキが掛かる可能性があります。

○安定はしたものの上海銀行取引金利(SHIBOR)は高止まっており、金利の高止まりによって企業等が資金を借り入れることが難しくなり、設備投資が冷え込む可能性がある(2013年7月2日付け日本経済新聞は1面トップで「中国、社債1.4兆円延期 6月発行半減 マネー抑制で 過剰投資見直しの動き」と報じています)。

○今回の「偽装輸出」の取り締まりと銀行間短期金利の上昇や株価の下落は、中国政府及び中国人民銀行の「本気度」を示すものであり、今後「理財商品」(財テク商品)に対する取り締まりも強化されることが予想される。そのため、個人や企業において新たな「理財商品」の購入への警戒感が強まり、今まで、新たな「理財商品」の発行による過去の「理財商品」の償還といった「自転車操業」的「借り換え」による資金調達が困難になる(これは「自転車操業的な借り換え」の蓄積の結果として起こる連鎖的な破綻リスクをなくそうという中国政府の意図するところ)。また「理財商品」以外の融資類似行為(銀行が大企業に融資し、その大企業が地方政府の融資プラットフォーム(融資平台)に融資するといった「又貸し」など)に対する管理も強化されると、これらによる資金調達に頼ってきた不動産開発プロジェクトやインフラ建設プロジェクトが停止せざるを得なくなり、関連建設業者や関連企業の労働者が仕事を失う可能性がある。

 また、「理財商品」(様々な債権を組み合わせた金融商品)については、どのようなものがあるのか、誰が買っているのか、など不明な点が多いのですが、以下のような心配な点があります。

○「理財商品」を企業が購入していた場合、管理の強化により「理財商品」の大幅な元本割れ(または換金化不能)が起きた場合には、企業の財務体質を弱め、人員削減や設備投資の縮小などを招く可能性がある。

○「理財商品」を多数の個人が購入していた場合、大幅な元本割れ(または換金化不能)が発生すると、個人消費が減退するほか、政府の経済対策への不満が高まり、政治的な不安定要素となる可能性がある。

○特に地方における不動産開発プロジェクトやインフラ建設工事においては、補償金をもらって農地を追い出された多くの農民が労働者として働いているケースが多いと考えられ、地方の不動産開発プロジェクトやインフラ建設工事が縮小すると、彼らが失業者となる可能性がある。既に農地は失っているので、農業に戻れない彼らは、中国社会の大きな不安定要因となる可能性がある。

 一方で、中国経済の「バブル化した部分」は、1978年以来の中国の改革開放政策における社会主義の土台(全ての活動が中国共産党の指導にあり、政治(社会のルール作り)が民主化されていない)と市場経済化の部分の「接点」の矛盾が集積した部分であり、これを根本的に解消するためには、中国の改革開放政策の構造そのものを変えることを余儀なくさせることになります。従って、今、中国政府(中国共産党中央)が始めた「影の銀行行為対策=経済のバブル化部分の解消」は、現在の中国の政治・社会構造の根本を大きく変動させていく可能性があります。

 「経済の一部がバブル化する現象」は、既に1980年代後半から始まっていました。私は1986年10月~1988年9月に北京に駐在していましたが、その時に書いたレポートに当時の北京市内でのホテルやオフィスビルの過剰な建設ラッシュ現象(当時は「バブル」という言葉は、私自身はまだ知らなかったと思います)について描かれています。

(参考URL)私のホームページに掲載してある当時のレポート「北京よもやま話」
「オフィスでシャワーを」(1988年5月27日)
http://homepage3.nifty.com/itaru_watanabe/beijing/offices.html

 またこのレポートを書いた後の1988年6月2日付けで書いたレポートには下記のような記述があります。

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 「前にも『北京は過剰なくらいの建設ラッシュである』と書いたことがありましたが、5月27日、国務院は建設プロジェクトの整理をするため、北京市内の33項目のビル建設工事の停止または建設のスピード・ダウンを決定しました。」

 「国務院が意図していたのは、自主権の拡大をいいことに自分の職務範囲を拡大解釈して不必要な投資をしている国内の機関にカツを入れたかったのでしょう。」

 「我々の常識から考えても、住宅建設公司や機械工場、北京の水利局までホテルを建設している現状は、やはり正常とは思えません。」

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 改革開放経済は、各組織に一定の自主裁量権を認めて、新規事業を認めよう、というものですが、1988年当時、外国人が多く来るようになって「ホテルを建設すれば儲かる」状態になっていたのは事実ですが、北京の水利局(水道局)までがホテルを建設する、という状態は、既に今の言葉で言えば完全に「バブル」でしょう。

 「バブル状態」が1980年代から始まって25年が経過した現在でもに続いているのは、現在の中国の改革開放経済社会には、社会のシステムとして、社会の問題点を指摘し、是正する制度がないからです。

 「バブル」をはじめとする社会問題(環境問題などもその例)を是正できない、という現在の中国の改革開放経済システムの問題点は、以下の四つに端的に表れていると思います。

1.企業における企業統治(コーポレート・ガバナンス)の問題

 そもそも中国の組織においては、組織のトップ(企業ならば社長)の他にその組織の中国共産党委員会書記がおり、人事や政府の許認可事項に関しては党書記が組織運営の実権を握っている場合が多いのです。トウ小平氏が進めた改革開放政策は、各組織の一定程度の自主権を認め、自らの発案で新規事業を開拓し、利益を上げた部分は規定された納税を果たした後は、自らの判断で次の段階の処分をしてよい(つまり利益を確保するか、新たな投資をするか)を決められる、ということです。

 一般に、市場経済(自由主義経済)においては、例えば、株式会社の場合、会社経営の実務は経営陣に任されますが、会社経営は常に株主にチェックされており、会社経営の実態は株主に公開され、多数の株主が反対するような経営をする経営陣は退陣させられます。従って、例えば金融機関の場合、銀行経営をリスクにさらすような安易な審査による融資や、個人のコネに従った融資案件などがあれば、そういう経営をする経営陣は、政府機関が取り締まる前に、株主に辞めさせられてしまうわけです。

 しかし、中国の国有企業の場合は、大株主が国自身または政府系投資ファンドですし、経営状態が常に公開されているわけではありません。従って、株主による企業統治の改善は期待できません。金融機関の場合、リスクの高い融資を継続している状態は、企業自らのコーポレート・ガバナンスによる是正は期待できず、政府の規制当局による規制でしか是正できないのです。中国政府の規制当局も取り締まりはきちんとやっていると思いますが、星の数ほどある国有企業を全て取り締まることはほとんど不可能です。

 一方、中国の場合は、社長よりも強い権限を持っているその会社の党書記が、多くの場合、地方政府の共産党幹部とつながっています。私は中国の金融機関の実情については、全く知らないのですが、他の私が知っている組織から類推すれば、例えば地方政府の開発プロジェクトに関する個別の融資案件において、客観的な経済的リスク審査とは関係なく、党書記の意向が融資の決定に影響を与えるケースが多いのではないかと想像されます。本来は、金融機関における情実による融資案件は中国共産党の規律委員会が取り締まるべきなのですが、これも党規律委員会の目が行き届く範囲には限界があると思います。

 つまり、中国の場合、金融機関における信用リスクは、中国共産党が国内の全ての組織を牛耳っている、という統治形態そのものが根源的原因である可能性があります。ですから、今回始まった「影の銀行行為」是正の取り組みは、中国共産党による統治、という「体制の根本」に触れる可能性があります(だからこそ、今までの政権では、取り組むことができなかったのだと思います)。

2.経済ルール(法律)の策定手段の問題

 市場経済では、経済活動は原則自由ですが、ルールなしで自由な経済活動を許すと様々な問題が生じます。企業独占による弊害や、情報の偏りによる不公正な取引(株のインサイダー取引など)がその例です。こうした問題点は、民主主義政治が機能している場合には、経済活動の各プレーヤーによって問題が生じるたびに問題提起がなされ、各プレーヤー間の利害が調整されて、問題を生じないように様々なルールが法律として制定されます。つまり、市場経済と政治的民主主義とは密接不可分のシステムなのです。

 ところが、現在の中国では、経済活動においてある程度の自由が認められているにもかかわらず、各プレーヤーには経済ルール(法律)を決める権限がありません。せいぜい新聞や陳情などで問題を提起し、中国共産党にお願いして、ルールを決めてもらうしかないのです(全国人民代表大会(全人代)はあるが、全人代の代表は国民から直接選挙で選ばれたわけではないし、実質的には法律は全人代ではなく中国共産党内部で議論されて決まる)。理想的に言えば、中国共産党が全ての経済活動の問題点を把握していて、必要なルールは中国共産党が決めればよい、ということになるのですが、複雑多岐にわたる経済活動の全てを中国共産党が把握することは不可能です。

 逆に、中国共産党にルールを決める権限が集中しているため、特定の中国共産党党員に有利なようにルールが決められる、あるいは問題を認識した党中央がルールを変えようとする時、既得権益が侵されることになる地方の中国共産党党員が党中央のルール変更の意図を妨害する、というようなことがおきます。このため、社会に様々な問題があるにもかかわらず、中国共産党にはその問題を解決するルール変更の権限があるにもかかわらず、問題解決のためのルールの変更が行われない、ことが多々あります。

3.情報の公開性の問題

 中国のマスコミは「党の舌と喉」として中国共産党宣伝部の指導下にあります。最近は、多くの読者が事実の報道を欲するため、「中国共産党の指導」の範囲内でもできるだけ真実に迫る記事を書こうとする記者が多数存在し、そうした記者が書く新聞も数多く出版されていますが、中国共産党宣伝部の指導下にある以上、実際に報道できる範囲には限度があります。

 今回、中国政府が取り締まろうとしている「影の銀行行為」や「理財商品」に関連しては、これまでも、おそらくは多くの詐欺まがいの横領事件や多くの投資家に損失を与えた理財商品関連事件があっただろうと思います。日本をはじめ、世界各国でもそうした事件は起こりますが、通常は、そうした「事件」はすぐに報道されます。従って、多くの国民は「うまい話にはウラがある」と警戒します。従って、怪しげな財テク商品は売れないのです。ところが、中国では、この手の「事件」があまり報道されないので、一般市民の間に「財テク商品」や投資のリスクに対する「免疫」ができていない可能性があります。

 私が二度目の北京駐在をしていた2007年にある話が新聞に出ていました。卒業間近の大学生がマンションを買おうと思ったけれども、お金がない、銀行からお金を借りたいけれども就職していないと銀行はお金を貸してくれないので、数百元のお金を払って「ニセ就業証明書発行業者」からニセの就業証明書を買って、銀行からお金を借り、マンションを買った、という話です。この新聞記事を書いた記者は、就職していない学生が多額の借金をしてマンションを買うという学生のリスク認識も問題だし、よく審査しないでニセの就業証明書で簡単にお金を貸してしまう銀行の審査体制も問題だ、そもそも「ニセ就業証明書業者」がいること自体がおかしい、と指摘していました。全くもっともな新聞記事なのですが、おそらくこうした問題は中国ではあちこちに存在しているのでしょう。

 問題は、このような新聞記事による問題提起がなされても、中国共産党が取り上げない限り「社会問題」とはならず、それを防ぐためのルール(法律)が作られない、ということです。

 また、市場経済では、各プレーヤーは情報を平等に持っていなければならない、他人が知らない情報を持っている者(例えば、政策担当者や新聞記者など)は、インサイダーであって取引に参加してはならない、というのが基本原則です。しかし、中国では、インサイダー取引が犯罪であると思っている人はほとんどいないと思います。むしろ、中国共産党に入党したいと思う動機は「インサイダー情報が知りたいから」であると思っている党員が多いのではないでしょうか。

4.中央政府と地方政府との関係の問題

 民主主義国家では、中央政府も地方政府も住民が選挙で選んだ政治家によってコントロールされています。中央政府と地方政府との関係のあり方は、常に議論の的となります(例:沖縄に米軍基地が集中している問題、大都市で集められた国税の多くが地方のために使われる問題、など)。地方政府は、その地域の住民から選ばれた代表として、時として中央政府と対立し、議論をします。

 中央政府をコントロールする政治家(国会議員)も地方政府をコントロールする政治家(首長や地方議会議員)も、選挙民の意志に反する政策を採れば選挙で落ちますから、中央でも地方でも、政治家は常に有権者(統治される側の人々)の声を聞かざるを得ません。

 ところが中国では、政治をコントロールするのは、中央政府でも地方政府でも中国共産党であり、人民が選挙で選んだ政治家ではありません。

 中国でも、中央の政治家は常に衆人の目にさらされており、今は一定の範囲内で政策提言をする新聞やネット世論があるので、選挙で選ばれたのでなくても、多くの世論の意志に反した政策は採りづらいのが実情です。ところが、地方政府の政治家は、その行動の詳細が報道されることはあまりないので、その地域の住民の声を聞いて政策を実行しているとは思えません。党中央は、地方の共産党のトップに中央から人材を派遣して、地方を統治しようとしますが、中央から派遣された地方の党書記が地方政府の行政の隅々まで目を届かせることは困難です。その結果、地方にいる「顔役」的有力者が地方の共産党組織を牛耳って、地元企業と癒着して、住民の利害とは全く関係なく、地方と企業の共産党トップの個人的利益のために行政を行うことが蔓延してしまいます。自由な報道と選挙がない現在の中国のシステムでは、それを浄化することができないのです。

 地方の中小銀行と地方政府の融資の受け皿となっている融資平台(融資プラットフォーム)は、党中央の目の届かないところで(表面上は党中央の指示に従っているふりをして)、自らの利益を追求しているのです。今まで、そうした地方政府、地方の企業、地方の銀行の癒着は、その結果実行される不動産開発やインフラ開発プロジェクトが、中国のGDPを押し上げ、一定量の雇用を生んで失業者や土地を失った農民を雇用していたので、党中央としても徹底的な取り締まりはできなかったと思われます。

 しかし、バブルを潰しに掛かった今回の党中央の「影の銀行行為」の取り締まりは、これまでの党中央と地方との関係を決定的に変えてしまう可能性があります。地方の中国共産党党員にとって、自らの利益を守ってくれないのだったら、党中央に従う必要はないからです。その際、不動産開発やインフラ開発プロジェクトで働いた労働者たちも、地方の中国共産党幹部の側に立ち、党中央に反対の立場を取る可能性があります。

 中国共産党中央にも、いろいろな地方と結びついた、様々な派閥があります。このため、今回の「影の銀行行為」取り締まりに当たっては、それを進めようとする勢力(習近平総書記-李克強総理-周小川中国人民銀行総裁を中心とするグループ)とそれに反対する抵抗勢力との間の激しい権力闘争が中国共産党中央の内部で起こる可能性があります。

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 今回の「影の銀行行為取り締まり」は、そういった中国共産党による統治体制そのものの根源に触る極めてセンシティブな施策です。ただ、バブル状態を放置しておいたら、意図せぬタイミングで意図せぬところで「バブル」の崩壊は始まるので、現指導部は、相当に「荒療治」ではあるものの、やむを得ず「バブル」とそれを生み出す体制に対して「宣戦布告」をしたものと思われます。大きな政治的リスクを伴ういわば「タブー」の分野に踏み込もうとしている現指導体制の姿勢は賞賛すべきだと思います。

 ただ、今後、経済的には上記に書いたような経済発展に大きなブレーキが掛かるだろうことと、中国共産党内部における「抵抗勢力」との権力闘争が起こることが予想されることから、現指導部がそういった試練を乗り越えて、バブルの解消へ向けて、うまくソフト・ランディングすることを願いたいと思います。

 日本の1980年代末のバブルの時も、株価がピークを打ったのが1989年末であったのに対し、地価高騰のピークは1991年であり、バブルは一瞬にしてはじけたのではありませんでした。そして、日本の場合、バブル後遺症の克服には「失われた10年」と言われるように十年単位の時間が掛かります(日本の場合、20年以上たった2013年の時点でもバブルの痛手から立ち直っていないと言えるでしょう)。従って、今回の「影の銀行行為対策」に着手した中国指導部の施策についても、今後、反対勢力からの巻き返しや、実体経済の低迷といった相当大きな「痛み」を伴いながら、10年オーダーの長期間、「変動への取り組み」が続くものと考えた方がよいと思います。

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