« 2011年2月 | トップページ | 2013年1月 »

2011年3月

2011年3月 6日 (日)

消された言葉たち:検閲と「人民に主張させよ」論

 チュニジアとエジプトでの政権崩壊の後、2011年2月20日から、インターネット上で中国の各都市で日曜日の14時に集まって集会とデモをやるような呼び掛けがなされています。今のところ集会もデモも起きていませんが、大勢の見物人と外国の報道陣が集まったたり、いくつかの場所では数人の人が公安当局に連行されています。

 ネット上で呼び掛けは行われていますが、現在のところ見物人や報道陣が集まるだけで、肝心の集会やデモは起きておらず、「革命」と呼べるようなものは片鱗すらありませんが、多くの人々の間には「中国ジャスミン革命」という言葉が登場しています。中国の大手検索サイト「百度」(バイドゥ)では、「中国茉莉花革命」は、最高級の敏感な単語にされているようで、「中国茉莉花革命」で検索を掛けると、「関係法令と政策に基づき検索結果を表示することができません」という表示が出て、検索結果が全く表示されません。

 下記の百度のサイトでそれを確認するきことができます。中国語と日本語の漢字は異なりますが、「百度」には優秀な「類推機能」が搭載されているので、日本語ソフトで日本の漢字を打ち込んでも検索結果は表示されます。中国におけるネット検閲を実感できると思います。

(参考1)中国最大の検索サイト「百度」(バイドゥ)
http://www.baidu.com/

 「中国」を付けずに「茉莉花革命」だけで検索すると、冒頭に「関係法令と政策に基づき、一部の検索結果は表示できません」と表示されて、中東のジャスミン革命のサイトなどの検索結果が表示されます。

 中国では、毎年恒例ですが、3月3日から「全国人民政治協商会議」が、昨日(3月5日)からは「全国人民代表大会」(中国では両方を合わせて「両会」と呼ばれます)が開幕しました。先週の日曜日(2011年2月27日)の午前中、温家宝総理が「人民日報」ホームページ上にある掲示板「強国論壇」に登場して、約2時間にわたり、ネットワーカーと会話しました。温家宝総理がネットワーカーとやりとりするのは2009年の「両会」の時期から始まった、これも一種の「恒例行事」ですが、今年は集会やデモの呼び掛けがなされている中でのネット掲示板への総理の登場なので、私も約2時間にわたりネット上で「傍聴」させてもらいました。

 ネット上には、それこそ「玉石混交」の様々な質問・意見がアップされましたが、温家宝総理は、その中からいくつかの質問を選んで答えていました(実際は、画面を見て、温家宝総理が口頭で答えるのを、隣にいるオペレーターがキーボードで打ち込む、という作業でした。その様子の写真は新華社のホームページなどで公開されています)。

 いろいろな発言が飛び交う中、「ジャスミン」(茉莉花)とか「政治体制改革」といった言葉は出てきませんでした。おそらくはそういった直接的な単語は、「敏感な語」フィルターで遮断しているのだろうと思います。自動検閲フィルターをくぐり抜けた発言はいったんは掲示板にアップされますが、人間の管理人が「まずい」と気づいた発言は、すぐに(明らかに「まずい」ものは数分後、削除するかどうか迷うような微妙な発言は場合によっては20分くらい経ってから)削除されます。温家宝総理が登場していた時間帯では、総理を批判するような発言はすぐに削除されていましたが、そのほかにも次のような発言が削除されていました。

○なんか一番関心があるであろうと思われる敏感な単語が出てきませんね。

○政0治0体0制0改0革の話はいつ出るんでしょう。

○正治改革が進んでいないことに対するネットワーカーの提議に対する答えは旧態依然としていますね。

 後の二つは、単語に余計な記号をわざと割り込ませたり、わざと誤字を使ったりする、自動検閲機能をくぐり抜けるための常識的テクニックですが、やはり「政治改革」という単語は、この場では「使ってはならない敏感な語」だったようです。

 ただ、先頃、鉄道大臣が解任された件(汚職が背景にあるとされる)については、温家宝総理は、きちんと答えていました。その際のネットワーカーとのやりとりは次の通りです。

ネットワーカー:「先頃、鉄道部の劉志軍部長が解任され、広東省の茂名市の羅蔭国も審査を受けています。ネットワーカーの中にはこのことに対して拍手をしないものはいませんでした。でもこれは大臣や市の幹部が権力を一手に掌握して権力を乱用していることが問題なのではありませんか?」

温家宝総理:「この事件は、我が党と政府がどんなに地位が高い者であっても容赦はしないことを示している。私は、もし物価の上昇と汚職腐敗現象が同時に起これば、人民の不満を引き起こし、重大な社会問題に発展すると考えている。我が党と政府はそれを重視し、今回のような処置を行ったのである。」

 温家宝総理は、幹部の腐敗に関する答の中で、ネットワーカーが聞いてもいないのに「物価上昇」を取り上げて、幹部の腐敗と物価上昇が同時に起こると重大な社会問題に発展する、という認識を示しました。これは本音でしょう。温家宝総理自身、中国共産党弁公庁主任として、1989年、六四天安門事件の処理に当たった人ですから、二重価格制度廃止の失敗により急激に進んだ当時の物価の上昇が「党・政府幹部の腐敗反対」という形で吹き出して第二次天安門事件に発展したことをよく認識しているのだと思います。言葉でごまかしたりせず、「本音」を素直に言葉にするところが、温家宝総理が現在の中国共産党幹部の中では一番と言っていいほど人民から人気を得ている理由のひとつだと思います。

 「強国論壇」は、中国共産党機関紙「人民日報」のホームページ上にある掲示板ですから、ネット上の掲示板の中でももっとも「権威ある」掲示板だと思います。そこでも様々な発言に関して何が「検閲」で消され、何が許されているか、を私はいつも注目して見ています。

 3月3日に「中国人民政治協商会議」が始まって以降、例えば、次のような発言は一度アップされましたがすぐに「検閲」によって削除されました。

○私と代表とは全く関係ないのだけれど、あの代表たちは、誰を代表してるんでしょう? 私を代表しているわけではない! なぜなら私は投票用紙をもらっていないからだ!

○正確に問いたい。選挙を通じて選ばれた代表なのか?

○民主がまだ疎外されているなか、法律体系が基本的に成立していると言えるのか?

○38名は億万長者である。アメリカ議会の最も裕福な議員よりも金持ちである。

 最後の発言は、外国のメディアで全国人民代表大会に参加する代表の中の38名が億万長者と言える大富豪であると報じられたことに対する発言です。中国共産党中央の幹部を名指しで批判したり、デモや集会を呼び掛けたりするような発言はすぐに削除されますが、上記のような発言は「微妙なところ」です。私が見ることができた、というのも、アップされてから削除されるまで、管理人が「迷って」いたので削除されるまでの間、少し時間が掛かり、その間に私が見ることができた、ということなのでしょう。

 今日(2011年3月6日)見た「強国論壇」では、次の発言が削除されずに残っていました。

●西側の民主制度にはまだ足りない点が残っているけれども、それは有史以来、最も民主的で、最も公務員に対する拘束力を与え監督するための最も強固な制度である!

 これに対するコメントとしては以下のものが、これも削除されずに残っていましたが、数時間後に見たら「○」の発言だけ削除されていました。

●腐敗した官員は西側の民主制度を最も嫌悪している。

○官員が一番西側民主主義の実行をいやがっているのだ。

●全面的な西側化には反対する、と人民日報評論員は言っている。

●この件については、私はそうは思っていない。なぜならアメリカの社会最底辺の人々は現在でも苦しんでいることを私たちは知っているからだ。いろいろな方法を研究し、やり方を探すべきだ。

(上記のコメントに対する再コメント)●世界の3分の2の苦しみを受けている人民は、我々が解放されるのを待っている。

 最後のコメントは、「中国ジャスミン革命」をけしかけているようにも見えるのですが、削除されていません。上記のうち「○」は、検閲を担当している検閲官が自分自身が批判されているように感じて削除した、というのが本当のところかもしれません。これらのうち、どれが削除対象でどれが削除対象でないか、は、おそらくは検閲担当官一人一人によって判断が異なると思います。

 いずれにせよ、中国の状況が中東などと異なるのは、こういった「検閲の実態」のようなものが、外国人である私にも簡単にわかってしまう、というある意味での「中国的いい加減さ」です。中国の多くの人々にとっては、こういった「制限はあるけれども、検閲をかいくぐって表現する方法がいくつかある」という状況が、一種の「ガス抜き」になっているのでしょう。

 「検閲をかいくぐる」という意味では、最近、下記の二つが話題となりました。

 一つは今年(2011年)の春節(旧正月)映画の「譲子弾飛」(姜文監督作品)です。この映画は、当然のことながら中国当局の検閲を経た上で中国国内で上映された作品ですが、興行成績はよく、ヒット作品と言える、とのことです。私は見ていませんが、カンフー・アクションあり、お色気あり、ギャグあり、パロディありといった娯楽作品なんだそうですが、2011年2月18日に配信されたネットニュースのサーチナによると、この映画には政治的な暗喩が含まれているのではないか、と評判になっているそうです。

 というのは、この作品は、民国8年(辛亥革命後8年目)の中国において匪賊のボスが庶民とともに悪者と戦う、という話なのだそうですが、冒頭で匪賊とその義兄弟が馬に引かれた列車を転覆させる、という場面が出てくるそうです。「馬列車を転覆させる」という部分に関し、「いくら民国8年の時期だといっても、馬が列車を引っ張る、という設定は不自然ではないのか。『馬列車』って『馬克思・列寧主義』(マルクス・レーニン主義)のことじゃないのか?」と観客は思うのだそうです。もし、これが「マルクス・レーニン主義を転覆させる」という意味だったら、今の中国においては「とんでもないこと」です。

 映画の最後の方では、「馬列車」が上海の浦東へ向かう、というシーンがあるそうですが、民国8年当時は、上海の浦東には何にもなかったことから、これは巨大開発が行われ上海万博が行われた上海浦東地区を「資本主義の象徴」と捉え、「マルクス・レーニン主義が資本主義へ向かう」という暗喩ではないか、という見方もあるとのことです。

 「譲子弾飛」が政治的暗喩を含むのではないか、という話は、ニューズ・ウィーク2011年2月21日号でも取り上げられています。姜文監督自身は、「考えすぎだ。映画をどう見るかは観客の勝手だ。」と言っているそうです。しかし、姜文監督(俳優でもあり映画監督でもある)は、1980年代に、時代の流れに従って風見鶏的に右に左に世を渡る中国共産党員を冷ややかに描いた映画「芙蓉鎮」に出演し、2000年には中国当局の検閲を得ないで映画「鬼が来た!」(鬼子来了!)を撮影し、7年間にわたり映画撮影を禁止された、という経歴を持ちます(「鬼が来た!」は2000年度カンヌ国際映画際で審査員特別賞を受賞しています)。それを考えると、姜文監督が映画に何らかのメッセージを混ぜたことは、おそらくは間違いないことだと思います。興味深いのは、この映画「譲子弾飛」が検閲をパスし、中国国内でヒットした、ということです。

 私は1988年に北京で映画「ラスト・エンペラー」(1987年:ベルナルド・ベルトルッチ監督作品)の試写会を見たことがあります。この中で、満州国皇帝の溥儀が日本から帰国した時、総理大臣が出迎えに来なかったことについて、溥儀が「なぜだ」と側近に聞いたところ、側近が「息子が共産党員に殺されてしまったものですから。」と答える場面があります。この場面で中国の観客はドッと受けました。中国共産党員が「偽満州国」の総理大臣の息子を殺すことは「正しい愛国的行為」なので中国国内でも何の問題もない場面ですが、「共産党員が人を殺す」という直接的な表現は中国の映画ではあり得ないセリフなので、観客は「ドッと受けた」のでした。だから、「暗喩」とは言え、「譲子弾飛」の中で、「日頃言えないこと」が表現されていると、観客は「ドッと受け」たので、この映画がヒット作品になったのでしょう。

 「政治的暗喩」としては、劉暁波氏が受賞者不在のままノーベル平和賞を受けた次の週末に「南方都市報」に載った「空椅子と鶴の写真」(「鶴」は「賀」と同じ発音)があります。これも「南方都市報」では、「(政治的暗喩と考えるのは)考えすぎだ」とコメントしているようですが、こういった案件は「検閲」をかいくぐる方法はいろいろあることを示しています。

(参考URL2)このブログ(イヴァン・ウィルのブログ(ココログ))
2010年12月19日付け記事
「『南方都市報』の『空椅子』と『鶴』の写真」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/12/post-9b5f.html

 もう一つの「検閲をかいくぐった」例として、小説「李可楽の立ち退き抵抗記」(李承鵬著)があります。これについては、2011年3月3日付けの毎日新聞が記事を書いていました。中国では、土地が公有制であり農民に土地の所有権がないことから、地方政府が農民から土地を強制収容して、それを開発業者に売って巨大な利益を得ることが広く行われています。農民には補償金が支払われますが、農民はしばしば土地収用に反発し、数多くの争乱事件を起こしています。「李可楽の立ち退き抵抗記」は、小説の形でその実態を描いた作品で、30万部のヒット作になっているそうです。上記の毎日新聞の記事によれば、作者の李承鵬氏は「検閲の際にいくつかの語を修正したが、出版はできた。数年前だったら、このような作品は中国では出版できなかっただろう。」と語っていたそうです。

 報道や言論の自由を一定程度認めて、地方の党・政府が行っている「とんでもないこと」を是正しない限り、一般人民の不満は中国共産党体制そのものへの反対として吹き出す恐れがある、という考え方は、中国共産党中央の認識でもあり、そういった危機感が土地の強制収容を指弾するような小説の出版が認められた背景にあるのだと思います。

 最近、北京大学憲法学教授の張千帆氏が「人民に有効に改革に参画させよ」と題する論文を書き、それがいくつかのネット上に転載されています。この中で張千帆教授は、2007年に福建省厦門(アモイ)で住民の「集団散歩」がPX工場(有毒なパラキシレンを製造する化学工場)建設を止めさせたこと、同じような行動で磁気の影響を心配する周辺する住民が上海のリニア・モーターカー路線の延長を止めさせたこと、などの例を取り上げて、人々が主張をすることにより、返って事態が平和裏に解決されたことと指摘して、安定的に改革を進めるためには、むしろ人々に主張させ、執政者がその声を聞くことが重要であると指摘しています。そして、その点は、まさに中華人民共和国憲法が第35条で各種の言論の自由が保障されている理由である、と指摘しています。

※最近の中国の住民運動の例としては、このブログの下記の発言をご覧ください。

(参考URL3)イヴァン・ウィルのブログ(ココログ)2008年1月16日付け記事
「上海のリニア延長反対の住民が『集団散歩』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_cd3c.html

(参考URL4)イヴァン・ウィルのブログ(ココログ)2008年1月28日付け記事
「中国における最近の住民運動の例」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/01/post_a9b2.html

 様々な検閲があり、公安当局が集会やデモはさせない、といった態度を取っている中で、ネット上で、検閲の間を抜けて、こういった議論が交わされていることは、むしろ、現在の中国が一定の「まともさ」を持っている証拠だと思います。

 今日(2011年3月6日)も中国の各地で集会やデモが呼び掛けられているようですが、公安当局は、厳重な警戒で実際に集会やデモが起きないように警戒しているようです。また、外国メディアに対しても、そういった人々が集まる様子や公安当局の取り締まる様子を取材しないように指示しているようです。しかし、今は、メディアがなくても、ほとんどの人が動画機能を持った携帯電話を持っている世の中です。検閲や取材規制には限界があります。上記の張千帆教授のようなまじめな議論は、もはや封じ込めません。また、上記の小説「李可楽の立ち退き抵抗記」に対する検閲の態度に見られるように、党中央の多くの人々自身も、全ての言論を封じ込めることは無理だし、むしろ全てを封じ込めることは体制の維持にとってマイナスだ、と考えていると思います。

 遅いか早いか、ゆっくりと穏健な方法であるか、急激な激しい方法であるか、の別はともかくとして、歴史は確実に前へ進んでいくと思います。

以上

| | コメント (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2013年1月 »