« 中国の民主化の日本・世界における重要性 | トップページ | 改めて「『氷点』停刊の舞台裏」を読む »

2010年12月19日 (日)

「南方都市報」の「空椅子」と「鶴」の写真

 先週、12月14日付けの朝日新聞ほかの日本の新聞で、12月12日付けの広東省の日刊紙「南方都市報」の1面についての記事が報道されました。12月12日付けの「南方都市報」の一面トップの見出しは「今夜、アジア大会パラリンピック開幕」という文字ですが、その背景にある写真には、「空席の椅子」と「鶴」が写っている写真でした。朝日新聞の記事では、この写真について「見出しとは全く関係のない写真」と紹介していましたが、ほかの報道によれば、広州アジア大会パラリンピックの開会式では、ツルを使った場面があり、この写真は、開会式のリハーサルの写真だということです。「空席の椅子」は、関係者以外の立ち入り禁止を示すテープを張るために置かれていただけで、「南方都市報」の関係者は、「単なるリハーサルの一場面を写した報道写真であり、変な『深読み』はしないで欲しい。」と言っているそうです。

 しかし、「空席のイス」は、受賞者の劉暁波氏が出席できなかった12月10日のノーベル平和賞の授賞式を意味しているのは明らかです。朝日新聞の記事では、「鶴」と同じ一面に載っている「平らな台」と「手のひら」を組み合わせると、中国語の「ノーベル賞」と同じ発音になると解説しています。一方で、日本のほかの報道では「鶴」(he)が「賀」(he)と同じ発音であることから、この写真は、「空席の椅子」と「鶴」の組み合わせで、「劉暁波氏のノーベル平和賞を祝賀する」という意味である、とする見方も紹介されています。

 「南方都市報」の関係者が「深読みはしないで欲しい」と言っていますが、開会式のリハーサルの中の鶴の場面だけを1面に掲載する必然性はなく、「南方都市報」が劉暁波氏のノーベル平和賞受賞を批判する党中央の方針を皮肉ったことは明らかでしょう。中国の新聞がこれほど直接的に党中央の意向に反する紙面を出すことは画期的だと思います。

 以前、私が北京駐在時代の2008年7月24日、北京の新聞「新京報」は、元AP通信記者の Liu Xiangcheng (劉香成)氏(中国生まれ:米国籍)のインタビュー記事を載せ、このカメラマンが過去に賞を獲った写真として「傷者」というタイトルの写真とソ連のゴルバチョフ氏がソ連解体の書類にサインする場面の写真とを掲載しました。「傷者」の写真は、紙面には説明書きはありませんでしたが、1989年6月の「第二次天安門事件」の時、怪我した学生を仲間が自転車三輪車の荷台に載せて大急ぎで運ぶ場面の写真で、当時の報道では有名な写真だったので、説明書きなしでも、当時を知る人には何の場面の写真かわかるものでした。1989年6月4日の「第二次事天安門事件(六四天安門事件)」は、現在の中国では触れることすら「タブー」です。しかも、それを「ソ連解体の書類に署名するゴルバチョフ書記長」の写真と同じ紙面で掲載することは、見方によっては、中国共産党に対する強烈な批判を意味します。日本での報道によれば、この日の「新京報」は、発売後、直ちに回収措置が執られたとのことです。当時、北京に駐在していた私は「『新京報』の『擦辺球』(エッジ・ボール)」というタイトルで知人にこの件を知らせしたことを覚えています。

 「擦辺球」(エッジ・ボール)とは、卓球用語で、ボールがテーブルのエッジに当たって角度が変わるボールのことで、「違反ギリギリの行為」という意味で中国ではよく使われます。これに比べれば、今回の「南方都市報」の1面の写真は、劉暁波氏のノーベル平和賞を非難する党中央の方針に真っ向から反対を表明するもので、もはや「エッジ・ボール」ではなく、完全にラインの内側を意図的に狙った「ストレート・スマッシュ」だと思います。実際にこの写真が広州アジア大会パラリンピック開会式のリハーサルの写真であるならば、検閲を行う当局もこれを削除することは不可能であり、「南方都市報」の意図は完全に成功したものと思います。現にこの写真は紙面掲載1週間後の現在でも「南方都市報」のホームページにおいて閲覧可能であり、「『南方都市報』よくやった!」といった読者のコメントも見ることができます。

(参考URL)「南方都市報」電子版2010年12月12日付け1面
http://epaper.oeeee.com/A/html/2010-12/12/node_523.htm

※なぜかこのページは Internet Explore でしか閲覧できないようです。

 私は「南方都市報」の編集長の解任、あるいは「南方都市報」の停刊命令等が出る可能性があると思ったのですが、1週間後の今日になってもインターネット上の写真が削除されずに残っているので、たぶん大丈夫でしょう。

 私が、1986~88年の一回目の北京駐在と、2007~09年の二回目の北京駐在とで、最も異なると感じているのは、ひとつはインターネットの存在であり、もうひとつは様々な「縛り」の中で賢明に取材し記事を書こうとする新聞ジャーナリズムの存在です。「南方都市報」は、私が北京にいたときに愛読していた週刊紙「南方周末」(日本語表記では「南方週末」)やNHKが「激流中国」の中で検閲当局と苦闘する状況を描いた雑誌「南風窓」と同じグループに属する新聞です。重要なのは、こういった「検閲の縛りの中でもギリギリの主張をする新聞」がよく売れている、つまり共感する読者が大勢いる、ということです。

 今回の「南方都市報」の「ストレート・スマッシュ」は、「中国は本当に変わるかもしれない」ということを予感させるものだと私は思います。

以上

|

« 中国の民主化の日本・世界における重要性 | トップページ | 改めて「『氷点』停刊の舞台裏」を読む »

「中国現代史概説」」カテゴリの記事

中国の報道機関」カテゴリの記事

中国の民主化」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 中国の民主化の日本・世界における重要性 | トップページ | 改めて「『氷点』停刊の舞台裏」を読む »