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2010年11月 7日 (日)

尖閣・ノーベル平和賞:対中国包囲網への警戒

 2010年9月7日に起きた尖閣諸島(中国での呼称:釣魚島)での中国漁船衝突事件と、10月8日に発表された民主運動家・劉暁波氏へのノーベル平和賞授賞決定とは、全く別次元の全く関係のないできごとです。しかし、かなり多くの人が、尖閣諸島事件によって盛り上がった中国の若者たちの間の「反日デモ」が、劉暁波氏へのノーベル平和賞授賞決定で元気の出た民主化運動と結びついて、中国の大衆による民主化運動へ発展するのではないか、といった見方をしています。この見方については、国際世論が勝手にそういった見方をしているのではなく、中国当局自身がそういった「二つのできごとの結び付き」に強い警戒感を持っていることで裏付けられています。

 尖閣諸島での漁船衝突事件のビデオがネットに流出して騒ぎになる直前の11月5日付けの「人民日報」の2面の紙面に、「ノーベルの遺志に背く平和賞」と題する郭述という人の署名入りの評論が掲載されました。この評論では、ノーベル平和賞を非難するものですが、ノーベル平和賞も含めた最近の一連の動きを「西側各国による中国包囲網の一環だ」として警戒しています。

 実際は、尖閣問題ではレア・アースの輸出制限をして日本以外の国からの警戒感を惹起したり、ノーベル平和賞に関してはノルウェー政府にプレッシャーを掛けたりして、「中国警戒すべし」と各国に思わせているのは、中国自身の行動が原因であり、「西側諸国が中国を包囲しようとしている」というのは、中国側の一方的な一種の被害者妄想だと私は思いますが。

 この評論「ノーベルの遺志に背く平和賞」のポイントは以下のとおりです。

(参考URL1)
2010年11月5日「人民日報」2面
「ノーベルの遺志に背く平和賞」(郭述)
http://opinion.people.com.cn/GB/13142332.html

--評論「ノーベルの遺志に背く平和賞」(郭述)のポイント--

○ノーベルの遺志は、各国の友好を推進し、各民族の融和を願うものだった。しかし、近年、ノーベル平和賞はノーベルの意志からかい離し、特に冷戦終結後は、西側の「人権至上主義」の旗を世界に広げる役割を果たしてきた。

○特に1970年代~90年代には、ノーベル平和賞は「ソ連解体のための黒い手」となった。1975年には自分の国家に反対を唱えたサハロフに平和賞がノーベル平和賞が与えられ、1990年には自分の国家を解体に導いた元ソ連共産党書記長のゴルバチョフにノーベル平和賞が与えられた。これは欧米国家による政治的弾丸であり、「平和」の意図とは完全に相反するものである。

○今まで中国人では、二人のノーベル平和賞受賞者がいる。一人はダライ・ラマであり、もうひとりは劉暁波である。1989年3月、ダライ・ラマ集団はチベット自治区ラサにおいて重大な流血事件を起こし、6月には西側の某勢力の教唆と支持の下、北京で政治風波を発生させ、その後、中国を西側世界から孤立させた。ノーベル委員会委員長は「ダライ・ラマを表彰することは北京政府を懲罰することである」とさえ言った。ダライ・ラマのノーベル平和賞受賞は、中国に圧力を掛け、中国を分裂させようとする一連の動きのひとつであることは明らかである。

(訳注:「政治風波」とは第二次天安門事件のこと。なお、1989年3月のラサ暴動を鎮圧したチベット自治区党書記は、現国家主席の胡錦涛氏。ダライ・ラマ16世へのノーベル平和賞授賞は1989年10月に決定された。)

○劉暁波のノーベル平和賞受賞の理由について、ノーベル委員会は「長年にわたる非暴力による中国での基本的人権闘争を行ったこと」と述べており、このこともノーベル平和賞受賞と人権とが直接関係していることを明示している。ところが劉暁波がやったことと言えば、誹謗・中傷の方法によって、他人を扇動して一緒に署名して、インターネット上に、現有政治を変え、現政権を転覆させようと宣伝することだった。劉暁波のいわゆる「人権闘争」とは、現政権と現在の制度を転覆させ、西側の民主と制度にしようとするものであり、中国の憲法と法律に反するものである。それこそが国家政権転覆扇動罪になった理由であり、同時にノーベル平和賞受賞の主要な理由であった。

○ダライ・ラマと劉暁波のほか、ラビア、胡佳、魏京生もノーベル平和賞候補のリストに載っているという。劉暁波のノーベル平和賞受賞は、西側による一連の長期にわたる組織的で詳細に仕組まれた中国に対する西欧化、分裂化を企む政治的謀略が継続していることを示している。

(訳注:ラビア・カーディル氏はウィグル族指導者(アメリカに滞在中)。胡佳氏は、エイズ患者保護などを訴えた民主活動家で、現在服役中。魏京生氏は、1979年の「北京の春」の時に共産党支配を批判したとして現在服役中。これらの人々の名が人民日報の紙面に登場することは極めて異例。)

○ノーベル平和賞による繰り返される中国に対する非難は、西側の中国の勃興に対するおそれを反映している。中国は社会を安定させながら大きな経済発展を遂げているが、逆に西側諸国は活力を失っている。西側は、西側と異なる政治制度を有する中国がこのように強大になり、多方面で成功していることを望まないのである。だからこそ、北京オリンピックの機会を借りた2008年3月14日のチベット争乱、2009年7月5日のウィグル争乱、グーグル問題から釣魚(尖閣の中国側呼称)問題に至るまで、様々な方法が行われたが、いずれも中国に対して効果がないことから、今度はノーベル平和賞という政治的道具を使ってきたのである。

○西側のこうした反中国勢力の手法には何も効果がないことは事実が証明している。前途にいろいろ雑音はあることは避けられないが、我々は社会主義近代国家の建設と中華民族の大復興を世界と手を携えて進めていく。

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 この評論が中国共産党機関紙である「人民日報」に掲載されたことは、現在、中国共産党指導部が持っている「恐怖心」を非常に正直に表現していると思います。「ノーベル平和賞がソ連解体の『黒い手』だった」という表現がそれを端的に示しています。ゴルバチョフ氏の「ペレストロイカ(改革路線)」と「グラスノスチ(情報公開方針)」を出発点として、ソ連共産党とソビエト連邦の解体に終わった1989年~1991年の「ソ連・東欧革命」の道を中国共産党は最も恐れているからです。1980年代、社会主義国における「改革開放」では世界の最先端を走っていた中国共産党は、その恐怖心の故に、1989年6月、天安門広場周辺に人民解放軍を導入し、武力で「ソ連・東欧革命」が中国に及ぶことを拒否したのでした。

 2008年3月のチベット自治区での争乱、2009年7月の新疆ウィグル自治区での争乱、今年初めのグーグルが中国から撤退すると表明した時の騒ぎ、そして今回の尖閣問題とノーベル平和賞について、諸外国では現在の中国共産党による支配体制の「きしみ」と見ていますが、上記の論文を見れば、中国共産党指導部自身、同じ見方をしていることがわかります。

 また、上記の評論については、従来は「無視」するのが通例であったダライ・ラマ氏や劉暁波氏、ラビア氏、胡佳氏、魏京生氏の名前を列記していることは、内容は非難になっていますが、中国人民に事実を知らせる、という意味で、この記事は有意義な記事だったと思います。「政治風波(第二次天安門事件)」に対する記述を見ても、「完全無視」から「無視しないできちんと非難する」というふうに、対応方針が明らかに変化しているように見えるからです。

 その「変化」を示すもう一つの例として、11月3日に「法制日報」に掲載された劉暁波氏を批判する評論「刑法の専門家が劉暁波と言論の自由との関係について語る」(張正儀という署名入り)があります。

 この評論のポイントは以下の通りです。

(参考URL2)
「法制網」ホームページ2010年11月3日10:02アップ記事
「いわゆる『言論により罪を得る』は劉暁波の判決に対する誤読である~刑法の専門家が劉暁波と言論の自由との関係について語る~」(張正儀)
http://www.legaldaily.com.cn/index_article/content/2010-11/03/content_2337624.htm

--「刑法の専門家が劉暁波と言論の自由との関係について語る」(張正儀)のポイント--

○劉暁波は国家政権転覆罪で懲役11年、政治的権利はく奪2年の刑を受け、今年2月に結審した。一方、ノーベル委員会は今年のノーベル平和賞を劉暁波に与えると発表した。中国内外で、劉暁波は「言論によって罪を得た」と議論されている。そういった議論が正しいかどうか、記者は高名な刑法学者の高銘セン教授に取材した(「セン」は「日」へんに「宣」)。高銘セン教授によると次のとおり。

○劉暁波は「社会を改変することによって政権を改変する」と題する論文をBBCネット中国語版等を通じて発表したり、「ひとつの党が壟断する執政特権を廃止する」「中華連邦共和国を設立する」などの主張をインターネット等で発表したりした。劉暁波は、「これらは政治的評論であり、国家政権転覆罪には当たらない」と主張している。

○「国家政権転覆罪」という犯罪を形成するのか、政治的論評なのか、を判断するには、発表された文章の内容を検討する必要がある。劉暁波は「中国共産党独裁政権は、国と人民に災いを及ぼしている」とし、「政権の改変」「中華連邦共和国を設立」等を主張している。これは明らかに民衆を扇動し、中国共産党が指導する人民民主主義独裁と社会主義に基づく合法的な現行の政権を転覆させよう、という情報を伝達するものであり、一般的な政治批評を逸脱しており、社会に危害を加えようとするものである。

○現行政権に変更を求める評論が全て刑法で罰せられるのか、という点については、国家に危害を与える扇動を防止させるために刑罰を科すという手段を用いる必要があるか、に掛かっている。判断には「扇動、誹謗、中傷が行われているか」ということと「社会に与える影響が重大であるか」ということが基準となる。劉暁波は「1949年に成立した『新中国』は、名義上は『人民共和国』であるが、その実態は『党天下』である」「現在の世界の大国の中において、中国だけが唯一、権威主義的政治形態によって絶えることなく人権を侵害し社会的危機を造成している国である」と主張している。これこそ扇動、誹謗、中傷である。また、その社会的影響も重大である。また、署名人として他人の同意を求めてインターネットに文書を発表しており、これは「言論」の問題ではなく、刑法が禁止する「行為」の問題である。

○多くの国においても、武力による反乱や国家の重要人物を暗殺を扇動するような行為は禁止されている。また、諸外国においても、言論の自由は、社会に与える危害の程度と言論の自由の権利とのバランスによって判断されるとされている。劉暁波の案件も、この判断基準を適応して判断されたものである。

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 中国当局は、2008年12月9日に「零八憲章」がインターネット上で発表された時には、徹底的にこれを削除しまくりましたが、上記の評論では非難の対象とは言いながら「新中国は、名前の上では『人民共和国』だが、実体的には『党天下』である」といった、この「零八憲章」の最も重要なポイントを中国の人々の前に提示しています。「無視する」「触れない」のではなく、「取り上げた上で批判する」というふうに路線を変更したことが明確に見て取れます。

 「とにかく削除」ではなく、「議論してよい」となれば、ネット上の掲示板などでは議論になりそうですが、「人民日報」ホームページ上の掲示板「強国論壇」は、どうやら最近「事後検閲(アップされた発言が問題であれば削除する)」から「事前検閲(アップして差し支えないと判断された発言のみがアップされる)」に変更になったようです。私も正確にはわかりませんが、発言のタイムスタンプを見ると、タイムスタンプからアップされるまで、ちょっと時間が掛かっているようですし、発言者の中から「システムの故障?」「管理人にお尋ねしますが、全部審査されることになったんですか?」といった声が上がっていますので、掲示板「強国論壇」ではたぶん何らかのシステムの変更があったのだと思います。

 紆余曲折はあるのでしょうが、「無視する」「触れない」といった「臭いものにフタをする」といった態度から、表に出して議論する、という方向に変わったのだとしたら、「半歩前進」と言えるかもしれません。

 一方で、世論のコントロールを失うことへの警戒感を強く出す評論も出ています。

 11月2日に理論雑誌「求是」のホームページに掲載された「世論のコントロールを失うこと:ソ連解体の促進剤」と題する評論が端的にそれを表しています。

(参考URL3)
「新華社」のホームページに2010年11月2日09:35にアップされた「求是」の記事
「世論のコントロールを失うこと:ソ連解体の促進剤」
http://news.xinhuanet.com/politics/2010-11/02/c_12728261.htm

 この評論では、下記の点を指摘しています。

--「世論のコントロールを失うこと:ソ連解体の促進剤」のポイント--

○ゴルバチョフによる「メディア改革」により、各種のメディアがソ連共産党の指導から離れ、情報公開の促進によって世論の多元化が進んだことにより、民衆の中にある政府に対する不満と国内の民族対立を激化させた。

○1987年、ゴルバチョフの指示により、ソ連が西側からの放送に対する電波妨害を停止したことから、西側は絶え間なくBBCやVOAやテレビによる「平和的なソ連社会の改変」が進んだ。

○これらの事実は、ゴルバチョフのメディア改革によって数十年にわたる努力によって築かれた社会主義の防波堤が、わずか数年で内部から崩壊してしまったこと示している。ある学者は、「メディア改革--メディアの開放--外部からの介入--マイナス面が表に出る--民衆の不満が累積する--政府によるコントロールが無力化する--世論が徹底的にコントロールを失う--政権を失い国家が解体される」といったモデルを提示している。

○千里の堤も蟻の一穴から。ソ連解体後、ロシアはその後10年間、衰退の道を歩み、かつての超大国は、西側の圧力を受ける一つの国家になってしまった。中国が中国の特色のある社会主義の道を正しく歩むについては、この経験に学ぶことは非常に重要である。

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 「ソ連解体の経験に学べ」という議論は以前からなされてきていますが、この時点で上記のような主張が改めて中国共産党の指導思想を議論する理論誌「求是」に掲載されたことは、尖閣問題やノーベル平和賞授賞といった「西側からの中国包囲網」に対し、中国共産党指導部が今のタイミングで非常に警戒感を高めている証拠であると言えるでしょう。

以上

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