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2010年11月

2010年11月21日 (日)

上海での高層マンション火災と地方政府批判

 去る11月15日(月)、上海にある28階建てのマンションがほぼ全焼し、現在までに58名の死亡が確認され、なお56名が行方不明だとのことです。この火災の原因は、外壁工事をしていた作業員の安全管理が不十分であったことだとされ、作業関係者8名が拘束されて取り調べを受けているとのことです。

 この火災については、5時間にわたって燃え続け、10階付近が出火場所だったにもかかわらず、28階建てのビルが全焼してしまったことに対して、消火・救出作業が遅かった、と中国国内でも非難が出ているようです。

 高層ビル全体が全焼してしまう、という火災は諸外国ではあまり例がないのですが、中国には前例があります。2009年2月9日にあった供用開始前だった北京の中央電視台新社屋北配楼の火災がそれです。今回の上海の高層マンション火災の延焼の経緯は今後の調査を待つ必要がありますが、2009年2月の中央電視台新社屋北配楼の火災については、その後の調査で、出火原因と延焼の経過がほぼ明らかになっています。

 中央電視台新社屋北配楼の火災は、旧暦1月15日の「小正月」だったこの日、中央電視台の職員が新しくできた社屋ビルを背景にして花火を打ち上げ、それを映像に撮影しようとしていたところ、花火の一部がビルの屋上に落下し、着火した、というものです。屋上に着いた火がビル全体に燃え広がってしまった経緯については、次のように考えられています。このビルは、外観をよくするためにアルミ系の金属化粧板が取り付けられていました。また、このビルの外壁にはある種の断熱材が取り付けられていました。金属化粧板は、融点が低く、通常の火災で溶けてしまう程度のものだったのだそうです。また、断熱材は燃えやすい素材で、その発火点(火が点く温度)は金属化粧板の融点より低い温度だったのだそうです。屋上に着火した火は、金属化粧板を溶かし、溶けた金属が下の階に流れ落ち、その温度が階下の断熱材の発火点より高かったことから断熱材が燃え出し、周囲の金属化粧板を溶かし、それがさらに下の階に流れ落ちて階下の断熱材を発火させた結果、ビル全体が燃えてしまった、ということのようです。中央電視台新社屋北配楼は、建設直後の内装工事中で、共用前だったためビルの内部にいた人は少なく、ビル内にいた人に被害はありませんでしたが、消火作業に当たっていた消防士が1名殉職しています。

 この北京の中央電視台新社屋北配楼は、私が北京に駐在していた時に住んでいた場所から400メートル程度しか離れていない場所だったので、この火災は私自身、この目で見ました。鉄筋コンクリートのビルがこれほど激しく燃えるものか、と思えるほど炎と黒い煙を出して燃えていました。

(参考URL1)
このブログの2009年2月9日付け記事
「中国中央電視台の新ビルの北隣のビルで火災」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-6c05.html
このブログの2009年2月12日付け記事
「中国中央電視台新社屋敷地内ビル火災組写真」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/02/post-d5c5.html

 今回の上海での高層マンションの火災については、直接の出火原因となった工事関係者が逮捕されたわけですが、中国のネットワーク上では、燃えやすいビルの構造や上海市当局の対応が遅かったことなどに批判が集まっています。出火の原因を作った労働者ではなく、工事の責任者を逮捕せよ、といった意見もネット上にはありました。また、「新京報」の報道によれば、今回の改装工事を請け負っていた業者が「二級」のレベルであり、過去に安全管理の点で二度当局から注意を受けていたのに、上海市関連の多くの工事を請け負っていた、という疑問点も指摘されています。

 この火事について、広州の週刊紙「南方周末」(日本語表記は「南方週末」)の特約評論員の林楚方氏は「上海:そこには推敲を禁じられた都市がある」と題するコラムを書いています。

(参考URL2)「南方周末」林楚方のブログ2010年11月17日付け記事
「上海:そこには推敲を禁じられた都市がある」(上海 ナ里有禁得起推敲的城市)(「ナ」は「くちへん」に「那」)
http://linchufang.z.infzm.com/
あるいは
http://column.inewsweek.cn/column-275.html

 「推敲」とは、もちろん中国の故事に基づく言葉で、文章や詩歌をよりよいものにするためにブラッシュ・アップすることです。このブログの記事の中で林楚方氏は、中国の都市は高層・超高層化されているが、「推敲」、即ち安全や効率化のための向上努力がなされていないし、誰もそれをしようとしていない、と指摘しています。

 この記事のちょっと刺激的なところは次のように呼びかけているところです。

「市長の皆さん、書記の皆さん。我々の都市をもっと強固なものにしてもらえないでしょうか。さらに省エネを推進し、防災対応能力をアップさせ、効率をアップさせ、それらに違反する者にはあらかじめ有効な制裁を加えることはできないのでしょうか。これは要求が高すぎますか? そうすることが国家政権に危害を加えることになるのですか? 災害が起きてから、緊急通知を出し、緊急に指示を出し、網羅的な検査を行って、何人かのかわいそうなスケープ・ゴートを引き出すことしかできないのでしょうか。そのような劇を演じることは、あまり意味がない、というよりは、大いに恥ずべきことです。」

 これは明らかに「地方政府批判」です。「国家政権に危害を加えること」を持ち出しているのは、たぶん「国家政権転覆罪」で服役中のままノーベル平和賞受賞が決まった劉暁波氏を念頭においた、相当にきつい「皮肉」だと思います。

 中国では「中央政府」を批判することは認められませんが、「地方政府」を批判すること(特に特定の地方政府を名指しで批判するのではなく、一般的に地方の政府のあり方全体に対して批判すること)は認められます。従って、上記のような「地方政府批判」は、中国でも認められている範囲内なのですが、問題は、今回の火災が上海で起きたことです。この上海での火災に関連して地方政府を批判する、ということは、上海市や上海市党委員会を批判することに直結します。上海市・上海市党委員会は、いわゆる「上海閥」(上海グループ)の本拠地です。次期国家主席の座をほぼ確実にしたといわれる習近平氏は、2007年10月の党大会で政治局常務委員になる前は上海市党委員会書記をしていました。習近平氏は、「上海閥」のトップグループの一人と言われ2006年9月に汚職の疑いで失脚した陳良宇氏の後任として上海市党委員会書記になったのだから、むしろ「上海閥」直系ではない、と考えるのが一般的ですが、上海市当局の上層部には「上海閥」系の人物が多数いることは明らかであす。いずれにせよ、中国第二の都市である上海市当局を批判することは、中国では政治的には極めて「敏感な」問題です。

 上記の林楚方氏のブログの文章には、結構過激なコメントも削除されずに掲載されています。昨日(11月20日)の日本テレビ系、TBS系のテレビのニュースでは、香港からの報道として、中国当局が上海での大火災の報道については新華社が配信する記事に一本化し、ネット上での報道もそれ以外は削除するように指示している、と伝えていました。しかし、少なくとも私が今日(11月21日)時点で見たところでは、上記の林楚方氏のブログの発言やそれに対するコメントは削除されていません。

 一方で、昨日(11月20日)、上に書いた2009年2月の北京の中央電視台新社屋ビルの火災の原因を作った中央電視台職員等に対する裁判において、「ビル自体に燃えやすい材料が使われていた」という「特殊情況」に配慮して、その罪を軽減することになった、と報じられました。これに対してはネットでは「『特殊情況』とは何だ」「罪の軽減は中央電視台職員という『特権階級』だからではないか」といった批判が起きています。「人民日報」ホームページ上の掲示板「強国論壇」では、この件に関する特集欄を作ったりしており、制限するどころか、「どんどん議論しようぜ」という雰囲気です。そもそも、このタイミングを狙って2年近く前の北京の火災の関係者の罪状を「軽減する」というニュースを流すことには、何かわざとらしい「意図」を感じます。

 これらの情況を踏まえると、上海市当局が火災に関する報道を抑制しようとしているのに対し、北京側(=中国共産党中央の一部の勢力)が「批判すべきところはきちんと議論して批判する」という態度に出ているように見えます。つまり、ひとことで「中国当局」と言っていますが、その実態は、中国の内部にもいろいろな勢力(はっきり言えば「上海閥」対「反上海閥」)がおり、それらが勢力争いを繰り広げているのが現状だと思います。

 APECの際、胡錦濤主席は11月13日に行われた横浜での日中首脳会談で「平和、友好、協力」を強調しました。その旨は中国国内でも報道されていますので、「反日デモ」はもう収まると思います(胡錦濤国家主席がそう言っているのに、さらに「反日」を主張することは、即、国家主席に反対することになるので、中国では、そういった動きが許されるはずがありません)。

 今後は、何か急に動き出すことはたぶんないと思いますが、上記に垣間見える「上海閥」対「反上海閥」といった内部勢力争いと、最近特に目立ってきた物価高騰に対する庶民の怒りとが、徐々に2012年秋の党大会へ向けての「次の動き」に対する土台を作っていくことになるのだと思います。

以上

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2010年11月 7日 (日)

尖閣・ノーベル平和賞:対中国包囲網への警戒

 2010年9月7日に起きた尖閣諸島(中国での呼称:釣魚島)での中国漁船衝突事件と、10月8日に発表された民主運動家・劉暁波氏へのノーベル平和賞授賞決定とは、全く別次元の全く関係のないできごとです。しかし、かなり多くの人が、尖閣諸島事件によって盛り上がった中国の若者たちの間の「反日デモ」が、劉暁波氏へのノーベル平和賞授賞決定で元気の出た民主化運動と結びついて、中国の大衆による民主化運動へ発展するのではないか、といった見方をしています。この見方については、国際世論が勝手にそういった見方をしているのではなく、中国当局自身がそういった「二つのできごとの結び付き」に強い警戒感を持っていることで裏付けられています。

 尖閣諸島での漁船衝突事件のビデオがネットに流出して騒ぎになる直前の11月5日付けの「人民日報」の2面の紙面に、「ノーベルの遺志に背く平和賞」と題する郭述という人の署名入りの評論が掲載されました。この評論では、ノーベル平和賞を非難するものですが、ノーベル平和賞も含めた最近の一連の動きを「西側各国による中国包囲網の一環だ」として警戒しています。

 実際は、尖閣問題ではレア・アースの輸出制限をして日本以外の国からの警戒感を惹起したり、ノーベル平和賞に関してはノルウェー政府にプレッシャーを掛けたりして、「中国警戒すべし」と各国に思わせているのは、中国自身の行動が原因であり、「西側諸国が中国を包囲しようとしている」というのは、中国側の一方的な一種の被害者妄想だと私は思いますが。

 この評論「ノーベルの遺志に背く平和賞」のポイントは以下のとおりです。

(参考URL1)
2010年11月5日「人民日報」2面
「ノーベルの遺志に背く平和賞」(郭述)
http://opinion.people.com.cn/GB/13142332.html

--評論「ノーベルの遺志に背く平和賞」(郭述)のポイント--

○ノーベルの遺志は、各国の友好を推進し、各民族の融和を願うものだった。しかし、近年、ノーベル平和賞はノーベルの意志からかい離し、特に冷戦終結後は、西側の「人権至上主義」の旗を世界に広げる役割を果たしてきた。

○特に1970年代~90年代には、ノーベル平和賞は「ソ連解体のための黒い手」となった。1975年には自分の国家に反対を唱えたサハロフに平和賞がノーベル平和賞が与えられ、1990年には自分の国家を解体に導いた元ソ連共産党書記長のゴルバチョフにノーベル平和賞が与えられた。これは欧米国家による政治的弾丸であり、「平和」の意図とは完全に相反するものである。

○今まで中国人では、二人のノーベル平和賞受賞者がいる。一人はダライ・ラマであり、もうひとりは劉暁波である。1989年3月、ダライ・ラマ集団はチベット自治区ラサにおいて重大な流血事件を起こし、6月には西側の某勢力の教唆と支持の下、北京で政治風波を発生させ、その後、中国を西側世界から孤立させた。ノーベル委員会委員長は「ダライ・ラマを表彰することは北京政府を懲罰することである」とさえ言った。ダライ・ラマのノーベル平和賞受賞は、中国に圧力を掛け、中国を分裂させようとする一連の動きのひとつであることは明らかである。

(訳注:「政治風波」とは第二次天安門事件のこと。なお、1989年3月のラサ暴動を鎮圧したチベット自治区党書記は、現国家主席の胡錦涛氏。ダライ・ラマ16世へのノーベル平和賞授賞は1989年10月に決定された。)

○劉暁波のノーベル平和賞受賞の理由について、ノーベル委員会は「長年にわたる非暴力による中国での基本的人権闘争を行ったこと」と述べており、このこともノーベル平和賞受賞と人権とが直接関係していることを明示している。ところが劉暁波がやったことと言えば、誹謗・中傷の方法によって、他人を扇動して一緒に署名して、インターネット上に、現有政治を変え、現政権を転覆させようと宣伝することだった。劉暁波のいわゆる「人権闘争」とは、現政権と現在の制度を転覆させ、西側の民主と制度にしようとするものであり、中国の憲法と法律に反するものである。それこそが国家政権転覆扇動罪になった理由であり、同時にノーベル平和賞受賞の主要な理由であった。

○ダライ・ラマと劉暁波のほか、ラビア、胡佳、魏京生もノーベル平和賞候補のリストに載っているという。劉暁波のノーベル平和賞受賞は、西側による一連の長期にわたる組織的で詳細に仕組まれた中国に対する西欧化、分裂化を企む政治的謀略が継続していることを示している。

(訳注:ラビア・カーディル氏はウィグル族指導者(アメリカに滞在中)。胡佳氏は、エイズ患者保護などを訴えた民主活動家で、現在服役中。魏京生氏は、1979年の「北京の春」の時に共産党支配を批判したとして現在服役中。これらの人々の名が人民日報の紙面に登場することは極めて異例。)

○ノーベル平和賞による繰り返される中国に対する非難は、西側の中国の勃興に対するおそれを反映している。中国は社会を安定させながら大きな経済発展を遂げているが、逆に西側諸国は活力を失っている。西側は、西側と異なる政治制度を有する中国がこのように強大になり、多方面で成功していることを望まないのである。だからこそ、北京オリンピックの機会を借りた2008年3月14日のチベット争乱、2009年7月5日のウィグル争乱、グーグル問題から釣魚(尖閣の中国側呼称)問題に至るまで、様々な方法が行われたが、いずれも中国に対して効果がないことから、今度はノーベル平和賞という政治的道具を使ってきたのである。

○西側のこうした反中国勢力の手法には何も効果がないことは事実が証明している。前途にいろいろ雑音はあることは避けられないが、我々は社会主義近代国家の建設と中華民族の大復興を世界と手を携えて進めていく。

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 この評論が中国共産党機関紙である「人民日報」に掲載されたことは、現在、中国共産党指導部が持っている「恐怖心」を非常に正直に表現していると思います。「ノーベル平和賞がソ連解体の『黒い手』だった」という表現がそれを端的に示しています。ゴルバチョフ氏の「ペレストロイカ(改革路線)」と「グラスノスチ(情報公開方針)」を出発点として、ソ連共産党とソビエト連邦の解体に終わった1989年~1991年の「ソ連・東欧革命」の道を中国共産党は最も恐れているからです。1980年代、社会主義国における「改革開放」では世界の最先端を走っていた中国共産党は、その恐怖心の故に、1989年6月、天安門広場周辺に人民解放軍を導入し、武力で「ソ連・東欧革命」が中国に及ぶことを拒否したのでした。

 2008年3月のチベット自治区での争乱、2009年7月の新疆ウィグル自治区での争乱、今年初めのグーグルが中国から撤退すると表明した時の騒ぎ、そして今回の尖閣問題とノーベル平和賞について、諸外国では現在の中国共産党による支配体制の「きしみ」と見ていますが、上記の論文を見れば、中国共産党指導部自身、同じ見方をしていることがわかります。

 また、上記の評論については、従来は「無視」するのが通例であったダライ・ラマ氏や劉暁波氏、ラビア氏、胡佳氏、魏京生氏の名前を列記していることは、内容は非難になっていますが、中国人民に事実を知らせる、という意味で、この記事は有意義な記事だったと思います。「政治風波(第二次天安門事件)」に対する記述を見ても、「完全無視」から「無視しないできちんと非難する」というふうに、対応方針が明らかに変化しているように見えるからです。

 その「変化」を示すもう一つの例として、11月3日に「法制日報」に掲載された劉暁波氏を批判する評論「刑法の専門家が劉暁波と言論の自由との関係について語る」(張正儀という署名入り)があります。

 この評論のポイントは以下の通りです。

(参考URL2)
「法制網」ホームページ2010年11月3日10:02アップ記事
「いわゆる『言論により罪を得る』は劉暁波の判決に対する誤読である~刑法の専門家が劉暁波と言論の自由との関係について語る~」(張正儀)
http://www.legaldaily.com.cn/index_article/content/2010-11/03/content_2337624.htm

--「刑法の専門家が劉暁波と言論の自由との関係について語る」(張正儀)のポイント--

○劉暁波は国家政権転覆罪で懲役11年、政治的権利はく奪2年の刑を受け、今年2月に結審した。一方、ノーベル委員会は今年のノーベル平和賞を劉暁波に与えると発表した。中国内外で、劉暁波は「言論によって罪を得た」と議論されている。そういった議論が正しいかどうか、記者は高名な刑法学者の高銘セン教授に取材した(「セン」は「日」へんに「宣」)。高銘セン教授によると次のとおり。

○劉暁波は「社会を改変することによって政権を改変する」と題する論文をBBCネット中国語版等を通じて発表したり、「ひとつの党が壟断する執政特権を廃止する」「中華連邦共和国を設立する」などの主張をインターネット等で発表したりした。劉暁波は、「これらは政治的評論であり、国家政権転覆罪には当たらない」と主張している。

○「国家政権転覆罪」という犯罪を形成するのか、政治的論評なのか、を判断するには、発表された文章の内容を検討する必要がある。劉暁波は「中国共産党独裁政権は、国と人民に災いを及ぼしている」とし、「政権の改変」「中華連邦共和国を設立」等を主張している。これは明らかに民衆を扇動し、中国共産党が指導する人民民主主義独裁と社会主義に基づく合法的な現行の政権を転覆させよう、という情報を伝達するものであり、一般的な政治批評を逸脱しており、社会に危害を加えようとするものである。

○現行政権に変更を求める評論が全て刑法で罰せられるのか、という点については、国家に危害を与える扇動を防止させるために刑罰を科すという手段を用いる必要があるか、に掛かっている。判断には「扇動、誹謗、中傷が行われているか」ということと「社会に与える影響が重大であるか」ということが基準となる。劉暁波は「1949年に成立した『新中国』は、名義上は『人民共和国』であるが、その実態は『党天下』である」「現在の世界の大国の中において、中国だけが唯一、権威主義的政治形態によって絶えることなく人権を侵害し社会的危機を造成している国である」と主張している。これこそ扇動、誹謗、中傷である。また、その社会的影響も重大である。また、署名人として他人の同意を求めてインターネットに文書を発表しており、これは「言論」の問題ではなく、刑法が禁止する「行為」の問題である。

○多くの国においても、武力による反乱や国家の重要人物を暗殺を扇動するような行為は禁止されている。また、諸外国においても、言論の自由は、社会に与える危害の程度と言論の自由の権利とのバランスによって判断されるとされている。劉暁波の案件も、この判断基準を適応して判断されたものである。

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 中国当局は、2008年12月9日に「零八憲章」がインターネット上で発表された時には、徹底的にこれを削除しまくりましたが、上記の評論では非難の対象とは言いながら「新中国は、名前の上では『人民共和国』だが、実体的には『党天下』である」といった、この「零八憲章」の最も重要なポイントを中国の人々の前に提示しています。「無視する」「触れない」のではなく、「取り上げた上で批判する」というふうに路線を変更したことが明確に見て取れます。

 「とにかく削除」ではなく、「議論してよい」となれば、ネット上の掲示板などでは議論になりそうですが、「人民日報」ホームページ上の掲示板「強国論壇」は、どうやら最近「事後検閲(アップされた発言が問題であれば削除する)」から「事前検閲(アップして差し支えないと判断された発言のみがアップされる)」に変更になったようです。私も正確にはわかりませんが、発言のタイムスタンプを見ると、タイムスタンプからアップされるまで、ちょっと時間が掛かっているようですし、発言者の中から「システムの故障?」「管理人にお尋ねしますが、全部審査されることになったんですか?」といった声が上がっていますので、掲示板「強国論壇」ではたぶん何らかのシステムの変更があったのだと思います。

 紆余曲折はあるのでしょうが、「無視する」「触れない」といった「臭いものにフタをする」といった態度から、表に出して議論する、という方向に変わったのだとしたら、「半歩前進」と言えるかもしれません。

 一方で、世論のコントロールを失うことへの警戒感を強く出す評論も出ています。

 11月2日に理論雑誌「求是」のホームページに掲載された「世論のコントロールを失うこと:ソ連解体の促進剤」と題する評論が端的にそれを表しています。

(参考URL3)
「新華社」のホームページに2010年11月2日09:35にアップされた「求是」の記事
「世論のコントロールを失うこと:ソ連解体の促進剤」
http://news.xinhuanet.com/politics/2010-11/02/c_12728261.htm

 この評論では、下記の点を指摘しています。

--「世論のコントロールを失うこと:ソ連解体の促進剤」のポイント--

○ゴルバチョフによる「メディア改革」により、各種のメディアがソ連共産党の指導から離れ、情報公開の促進によって世論の多元化が進んだことにより、民衆の中にある政府に対する不満と国内の民族対立を激化させた。

○1987年、ゴルバチョフの指示により、ソ連が西側からの放送に対する電波妨害を停止したことから、西側は絶え間なくBBCやVOAやテレビによる「平和的なソ連社会の改変」が進んだ。

○これらの事実は、ゴルバチョフのメディア改革によって数十年にわたる努力によって築かれた社会主義の防波堤が、わずか数年で内部から崩壊してしまったこと示している。ある学者は、「メディア改革--メディアの開放--外部からの介入--マイナス面が表に出る--民衆の不満が累積する--政府によるコントロールが無力化する--世論が徹底的にコントロールを失う--政権を失い国家が解体される」といったモデルを提示している。

○千里の堤も蟻の一穴から。ソ連解体後、ロシアはその後10年間、衰退の道を歩み、かつての超大国は、西側の圧力を受ける一つの国家になってしまった。中国が中国の特色のある社会主義の道を正しく歩むについては、この経験に学ぶことは非常に重要である。

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 「ソ連解体の経験に学べ」という議論は以前からなされてきていますが、この時点で上記のような主張が改めて中国共産党の指導思想を議論する理論誌「求是」に掲載されたことは、尖閣問題やノーベル平和賞授賞といった「西側からの中国包囲網」に対し、中国共産党指導部が今のタイミングで非常に警戒感を高めている証拠であると言えるでしょう。

以上

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