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2010年5月12日 (水)

4-2-9(2/2):インターネット規制と「08憲章」(2/2)

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第4章:改革開放政策下で急激な経済成長を遂げる中国

-第2部:「第二次天安門事件」以後の中国

--第9節:インターネット規制と「08憲章」(2/2)

 外国からの衛星テレビに対する検閲やインターネット規制などが行われている中、2008年12月9日、中国のインターネット上に「08憲章」(漢字で書けば「零八憲章」)という文章が発表された。これは国連人権憲章60周年、「北京の春」(民主の壁)運動30周年を記念して、中国の将来あり得べき姿をまとめた一種の「政治綱領」で、民主的選挙の実施、特定政党を特別扱いすることの廃止、三権分立、教育の政治からの中立性の確保、国軍の成立(注:人民解放軍は中国共産党の軍隊であって中華人民共和国の軍隊ではない)などを述べたものである。日本の新聞では「中国共産党の一党独裁の廃止を唱えるもの」などと報じられたが、「08憲章」自体では慎重な表現が使われており、「中国共産党」という言葉は一切出てこない。しかし「1949年に成立した『新中国』は、名前の上では『人民共和国』であるが、実質上は『党天下』である。執政党が全ての政治、経済、社会、資源を壟断(ろうだん)している。」としており、「執政党」という言葉を使って現在の体制を批判している。

(注)「民主の壁」(北京の春)運動については、「第3章第5部第3節:西単(シータン)の『民主の壁』」「第3章第5部第5節:改革開放と『四つの基本原則』で終わった『北京の春』」参照。

(参考URL1)私のブログ(イヴァン・ウィルのブログ(ココログ))2010年10月16日付け記事
「『08憲章(零八憲章)』全文の日本語訳」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/10/post-c6ae.html

 この「08憲章」は、報道等によれば、もともとは12月10日の国連人権憲章60周年の記念日に発表される予定だったのだが、主要執筆者を当局が拘束する可能性があったため、1日前倒しして12月9日にインターネット上にアップされた、とのことである。この「08憲章」は、見付かり次第、当局によって削除の措置がなされたが、あっと言う間に多数のネット上のサイトや個人ブログ等に転載が繰り返されたため、当局による削除が間に合わず、数日間は検索エンジンを使えばどこかのサイトで本文を見ることができた。しかし、そのうちに検索エンジン(バイドゥ、ヤフー、グーグル)自体が自主規制をして、「関連法令の規定に基づき検索結果の一部は表示されません」などといった注意書きとともに、検索することが難しくなった。しかし、例えば「08県長」(中国語で「県長」は「憲章」と同じ発音)といった「隠語」で検索すると本文を閲覧できるような状態は数か月に渡って続いた。

 「08憲章」の中身は、民主的選挙や三権分立を唱えたもので、多くの国の憲法に書かれているような政治の基本原則であるが、中国当局は、この文書の主要起草者である劉暁波氏を拘束した。「08憲章」の起草時の署名者は303名であり、その後、転送が繰り返されるたびに署名者が増え、最終的には署名者は数千名に達したと言われている。その中で劉暁波氏のみが拘束された理由は不明であるが(他の署名者の中にも拘束された者がいる可能性もあるが明らかにされていない)、劉暁波氏は、「第二次天安門事件」の際、6月4日未明の最後の時点まで天安門広場におり、運動の指導者的立場だったことから、当局が「08憲章」の動きにおいても「首謀者」と見て拘束したと考えられている(「第二次天安門事件」の際の劉暁波氏の動きについては「第4章第1部第9節:『第二次天安門事件』」参照)。劉暁波氏については、二審制による中国の裁判を経て、2010年2月11日に「国家政権転覆煽動罪」により懲役11年、政治的権利はく奪2年の判決が確定している。

 「08憲章」は、将来の中国の政治体制のあるべき姿のひとつのひな形・理念を提示したものであるが、そのためにどういった行動が採られるべきか、といったことは何も書かれていない。従って、「08憲章」がネット上に掲載されたことによって、多くの人々が行動を起こす可能性はほとんどないものであった。にも係わらず、中国当局がこの文書をネット上から削除し(外国のネット上にあるものについてはアクセス制限を掛け)、首謀者とされる劉暁波氏を逮捕・起訴したことは、中国当局は、中国の将来のあるべき姿や理念について、議論することすら許さない、ということを示した、ということができる。

 一方で注目されるのは、「08憲章」がネット上で公表される前日の2008年12月8日の「人民日報」において、「なぜ今も中国共産党なのか」について論じた評論が掲載されていたことである。

(参考URL2)私のブログ(イヴァン・ウィルのブログ(ココログ))2008年12月8日付け記事
「『なぜ今も中国共産党なのか』に対する答」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/12/post-f9f3.html

 上記の記事の中で紹介している人民日報2008年12月8日付けの評論「改革開放以来の我が国の多数党協力理論と政策における革新と発展」(改革開放30周年を記念して)(杜青林)では、下記の「6つのなぜ」が提起されている。

(注)杜青林氏は、全国政治協商会議副主席・中国共産党中央統一戦線部部長

・なぜマルクス主義に思想上の指導的地位を与えるのか。思想の多元化を図ってはならないのか。

・なぜ社会主義だけが中国を救うことができ、中国の特色のある社会主義だけが中国を発展させることができるのか。民主社会主義や資本主義ではダメなのか。

・なぜ人民代表大会制度を堅持しなければならないのか。「三権分立」をやってはダメなのか。

・なぜ中国共産党の指導の下での多党協力と政治協商制度を堅持しなければならないのか。西側のような多党制ではダメなのか。

・なぜ公有制経済を主体とした多種類の経済を協同させることにより発展させる方法を基本的な経済制度にしなければならないのか。経済の私有化を図ってはダメなのか。また逆に純粋な公有経済制度にしてはダメなのか。

・なぜ改革開放制度を揺るぎなく堅持することが必要なのか。昔たどった道へ戻ることはなぜダメなのか。

 「人民日報」では、翌2009年4月に掛けて、上記の「6つのなぜ」に対する回答とも言える評論を次々に掲載した。これは「08憲章」が述べている中国共産党による一党支配を廃し三権分立の確立を図る主張に反論を「人民日報」紙上で展開したということができる。これは、「08憲章」の頒布は禁止する一方で、「08憲章」の存在を党としても相当に気にしていることを表しているのではないか、と私は思っている。

(参考URL3)私のブログ(イヴァン・ウィルのブログ(ココログ))2009年4月10日付け記事
「6つの『なぜ』」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2009/04/post-a1d0.html

 一方で、2009年春の「人民日報」の論調は、まるで文化大革命の時代に戻ったかのような古い論調の評論が目立った。極めつけは、2009年4月27日付けの「人民日報」1面トップ記事「新中国60周年慶祝を巡って深く群衆の中に入って愛国主義教育活動を行おうとすることに関する意見」である。この意見では次のように呼び掛けられている。

○「共産党はすばらしい」「社会主義はすばらしい」「改革開放はすばらしい」「偉大な祖国はすばらしい」「各民族人民はすばらしい」という現代の主要なメロディーを大声で合唱しよう。

○「中国共産党を熱愛すること」「社会主義による新中国成立の重大な歴史的意義」「新中国成立60年、特に改革開放30年の輝かしい成果」「中国の特色のある社会主義」「民族精神と時代精神」「基本的国情と現在の状況に対する政策」の6つについて宣伝教育を行う。

○顔と顔を合わせた対面方式の教育活動を幅広く展開し、特長のある大衆活動や先進的モデル活動を力を入れて展開し、豊富で多彩な文芸活動を積極的に展開する。

○事実を用い、モデルを用い、データを用い、吸引力、影響力、納得性のある教育活動を展開し、形式主義に陥ることを避け、無駄な浪費が拡大することは戒める。

 これは2009年10月1日に行われる中華人民共和国成立60周年を記念する国慶節の式典へ向けて、国内を盛り上げていこう、という趣旨の呼び掛けであるが、一方で、「第二次天安門事件」20周年にあたる2009年の春から夏へ掛けて「08憲章」に見られる民主化の動きを警戒するためのものであると思われる。「『共産党はすばらしい』というメロディーを大声で合唱しよう」などという呼び掛けを21世紀の中国人民が素直に受け入れるとは考えられないから、こういった評論が「人民日報」の1面に登場したことは、むしろ党内で民主化を進めるべきとする意見とそれに対抗する意見が戦わされていることを表していると見た方がよいのかもしれない。

 2009年10月1日の中華人民共和国成立60周年記念式典が無事に終了した後もインターネット規制は相変わらず続いているが、中国国内の新聞報道には若干の自由度が増した雰囲気が感じられる。日本での報道によれば、2010月3月2日付けの中国の13の新聞は、全人代全体会議の開催を前にして、戸籍制度を改革し、都市と農村の区別なく、人々に医療・教育・自由な転居など憲法が保障している自由・民主・平等の権利を与えるよう主張する共同社説を掲載したという。その後、この「共同社説」を掲載したことによって、各新聞の編集長が更迭された、というような報道はないことから、新聞に対する「締め付け」は2009年の春頃に比べれば少しは緩和しているように思われる。

 私はたまたた2010年4月末に北京に行ったが、北京で買った2010年4月29日号の「南方周末」(日本語表記だと「南方週末」)の評論面のコラム「方舟評論」の欄には、常連評論員の笑蜀氏による「異なる意見に寛容になることこそ、揺れ動く状況を安定させることになる」と題する評論が掲載されていた。2月に「08憲章」の主要起草者である劉暁波氏の懲役11年の有罪確定といったニュースはあったにしても、4月15日付けの「人民日報」に温家宝総理による胡耀邦氏を偲ぶ文章「興義へ再び戻って胡耀邦氏を思う」が掲載されたことなども踏まえれば、2010年春は、一年前の2009年春頃の雰囲気とはだいぶ変わってきてるように思える。そのことが2010年4月30日夜に行われた上海万博の開幕式に「上海閥」と言われる江沢民氏、呉邦国氏、賈慶林氏は出席しなかった(温家宝総理も出席しなかったが)ことと連動しているのかどうかは、現時点ではわからない。

以上

次回「4-2-10:少数民族政策破綻の危機」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/05/post-a40e.html
へ続く。

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