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2010年5月 6日 (木)

4-2-5(1/2):江沢民総書記による「三つの代表論」の本質(1/2)

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第4章:改革開放政策下で急激な経済成長を遂げる中国

-第2部:「第二次天安門事件」以後の中国

--第5節:江沢民総書記による「三つの代表論」の本質(1/2)

 国有企業の経営資金を株式化し、その一部を株式市場で売買することを認めたことは、中国国内に個人株主を生み出した。個人株主は、自らは労働せず、資本を動かすことによってその資本を拡大することができる「資本家」である。

 また、中国では土地の私有は認められていないものの、土地の「使用権」を売買することは認められるようになったため、人口増加に伴う住宅数の絶対的な不足を背景として、多くの企業が住宅建設を行うようになった。

 中国の高度経済成長に伴う住宅政策においては、日本の住宅公団のような公的機関が比較的安価な住宅を大量に建設する、という政策は採られなかった。住宅建設は、もっぱら市場原理に基づいた企業によって進められた。これは、大きな需要が見込める住宅建設を民間企業に行わせることにより経済の活性化を狙った朱鎔基氏の高度経済成長政策の一貫である。このため、特に住宅需要が大きい都市部においては、様々な企業や機関がマンション建設に投資し、中国の各都市には雨後の竹の子のようにマンションが林立するようになった。

 しかし、これらのマンションは、自分で住むというよりは、投機目的で売買行われるケースも多かったため、実際の住宅に対する需要と比較すると、利潤の小さい一般庶民が買えるような低価格の住宅よりも、利潤率の高い高級マンションや別荘が数多く建設される傾向が強かった。事業に成功したり、株で少しお金を儲けた人たちは、今度は投機目的でマンションや別荘を買うようになり、マンションや別荘の価格は急騰した。そうしたマンションや別荘を転売することにより、また巨額の富を手にする「資産家」の数が増えてきた。

 一方、市場経済の浸透に伴って、企業経営のコンサルティングを行う会計士や、法律トラブルを解決するために必要な弁護士に対する社会的需要が大きく高まったことを背景として、高度な教育を受け、高い能力を持った会計士や弁護士が多数輩出するようになった。彼らの一部も顧客の企業から多額の報酬を受け取りようになった。

 これら株や不動産で資産を増やした人、私営企業の経営者や会計士・弁護士などからなる階層は、ぞれまでの労働者・農民とは全く異なる次元のレベルで高い収入を得て、高いレベルの消費生活を送る人々であった。彼らはその数を増やすに連れて「新社会階層」と呼ばれるようになり、中国社会の中で無視できない存在になっていった。

 中国共産党は、もともとは資産を持たない労働者・農民、即ちプロレタリアート(中国語で「無産階級」)による党であるから、こういった多くの資産を持っていたり高い収入を得たりしている人々が入党することは認められなかった。しかし、現実の経済においては、こういった「新社会階層」の政治的発言力が極めて大きくなってきたことは、中国共産党にとっては大きな脅威となった。

 そこで、江沢民総書記をはじめとする中国共産党幹部は、これら「新社会階層」を中国共産党の外に放置することによって反共産党勢力に転化することを防ぐため、彼らを中国共産党の中に取り込む方法を模索するようになった。

 2000年2月、江沢民総書記は広東省を視察した際、結党以来70年以上にわたって中国共産党が人民の支持を集めてきた理由として、次の3つを指摘した。即ち、中国共産党は、(1)中国の先進的な社会生産力の発展の要求を代表し、(2)中国の先進文化の前進の方向を代表し、(3)中国の最も幅広い人民の根本的な利益を代表する存在だったからである、と指摘したのである。この考え方は、中国共産党は、過去から現在に至るまで、三つの点で中国を代表してきた、という意味で「三つの代表」論と呼ばれるようになった(江沢民総書記が広東省視察の際にこういった新しい考え方を打ち出したのは、1992年にトウ小平氏が行った「南巡講話」を形式的に真似たものだったと思われる)。

 江沢民総書記は、さらに翌年2001年7月1日の中国共産党創立80周年記念演説の中で「三つの代表」論こそが中国共産党の基礎であり、21世紀の党建設や中国の特色のある社会主義の発展における基本的な役割であると指摘した。

(参考URL1)「新華社」ホームページ「指導者活動報道特集」
「中国共産党成立80周年慶祝大会における講話」(江沢民:2001年7月1日)
http://news.xinhuanet.com/ziliao/2001-12/03/content_499021.htm
※このサイトは、サイトの安全性が確認できないため、リンクを張っておりません。

 ただし、この時点では、江沢民総書記は「労働者・農民の連盟を基礎とする人民民主主義独裁を堅持する」とも述べており、トウ小平氏が提唱した四つの基本原則の中にある「プロレタリア独裁」の旗印は降ろしていない姿勢を示していた。

 さらに、江沢民総書記は、2002年5月31日、中央党校での幹部の研修終了式典で、「三つの代表」の考え方が、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、トウ小平理論を継承して、新しい情勢に対して党や国が対応していくための強力な理論武装である、と指摘した。この後「三つの代表」論は、「三つの代表重要思想」と呼ばれ、毛沢東思想、トウ小平理論と並んで、今後の政策の基軸となる重要な考え方であるとの位置付けを与えられるようになった。

(参考URL2)「人民日報」ホームページ(人民網)日本語版
「用語:三つの代表」(2002年11月6日13:53アップ)
http://j.peopledaily.com.cn/2002/11/06/jp20021106_22956.html
※このサイトは、サイトの安全性が確認できないため、リンクを張っておりません。

 当初は「三つの代表」論は、具体的にどういう意味を持つのか必ずしも明確ではなかったが、次第に3つの視点のうちの三番目の点、即ち「中国共産党は幅広い人民の根本的な利益を代表する」という部分が「中国共産党はプロレタリアートではない人々の利益も代表する」という形で表面化してくることになる。つまり「新社会階層」の人々を中国共産党の中に取り込むための理論がこの「三つの代表」論だったのである。

 具体的には、2002年11月8日~14日に開催された中国共産党第16回全国代表大会において党規約の改正が行われ、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、トウ小平理論と並んでこの「三つの代表重要思想」が中国共産党の行動指針であることが明記された。また、それまで党員要件としてとして規定されていた「満18歳以上の中国の労働者、農民、軍人、知識分子その他の革命分子」という規定の部分が「満18歳以上の中国の労働者、農民、軍人、知識分子及びその他の社会階層の先進分子」という表現に改正された。これにより、私営企業経営者、会計士、弁護士等からなるいわゆる「新社会階層」も中国共産党の党員となれることが明記されることになった。

(参考URL3)「人民日報」ホームページ「中国共産党新聞」
「中国共産党歴代全国代表大会データ・アーカイブス」
http://cpc.people.com.cn/GB/64162/64168/64568/index.html

※この中から第15回党大会(1997年)で決まった党規約と第16回党大会(2002年)で決まった党規約を比較すると違いがわかる。

 「新社会階層」の人々は明らかに「プロレタリアート」(中国語では「無産階級」)ではない。トウ小平氏が1979年3月述べて以来、中国共産党による政策の最も重要な柱は「四つの基本原則」であるが、そのうちのひとつは「プロレタリア独裁」であった。「プロレタリア独裁」が原則であるのに、プレレタリアート以外の人々を共産党に入れてもよいのか。「四つの基本原則」はどうなったのか。この点について少し解説したい。

 1979年3月30日、トウ小平氏はこの時行われていた「理論会議」で、「社会主義の道」「プロレタリア独裁」「共産党による指導」「マルクス・レーニン主義と毛沢東思想」の4つを堅持することを主張した。これがその後の中国共産党の路線の最も重要な柱となった「四つの基本原則」である。

(注)「プロレタリア独裁」の「独裁」は、中国語では「専政」である。日本語の「独裁」という言葉は「ヒットラーによる独裁」という言葉で代表されるように特定の個人による強権的な政権運営も意味するが、共産主義用語でいう「独裁」とは、「ある特定の階級が政権運営を担当する」という意味であり、「ヒットラーにる独裁」の「独裁」とは意味が異なる。このため、日本の共産主義運動に関係する人々の中には日本語の「プロレタリア独裁」という訳語は適切ではなく「プロレタリア執政」と表現すべきだ、という人もいる。しかし、一般には、日本では「プロレタリア独裁」という言葉が定着しているので、本稿でも従来通り「独裁」という言葉を使うこととする。

(参考URL4)「人民日報」ホームページ「中国共産党新聞」
「党史人物記念館」-「トウ小平記念館」-「著作選集」-「トウ小平文選第二巻」
「四つの基本原則を堅持する」(1979年3月30日)
http://cpc.people.com.cn/GB/69112/69113/69684/69695/4949681.html

 「第二次天安門事件」で学生らの運動が武力で鎮圧された際にも、学生らの動きの中に「四つの基本原則」を覆そうとする動きがあったことが理由とされたことでわかるように、「四つの基本原則」は、最も重要で揺るがすことのできない基本路線なのである。トウ小平氏の「四つの基本原則」の提示を受けて、第5期全国人民代表大会第5回全体会議で1982年11月4日に採択された憲法には前書きの部分に「労働者階級が指導し、労働者・農民の連盟による人民民主主義独裁、即ち実質的にはプロレタリア階級独裁を確固たるものにし発展させる。」との規定が盛り込まれた。

(参考URL5)「新華社」ホームページ「新華資料」
「中華人民共和国憲法」(第5期全国人民代表大会第5回全体会議1982年11月4日採択)
http://news.xinhuanet.com/ziliao/2003-01/24/content_705980.htm
※このサイトは、サイトの安全性が確認できないため、リンクを張っておりません。

 中華人民共和国憲法のここの部分は現在でも修正されていない。ところが「中国共産党規約」の方では、1992年10月18日に第14回党大会で採択された党規約以降「プロレタリア独裁」の文字は消えている。

(参考URL6)「人民日報」ホームページ「中国共産党新聞」
「中国共産党歴代全国代表大会データ・アーカイブス」
「中国共産党規約」(中国共産党第14回全国代表大会で一部修正、1992年10月18日採択)
http://cpc.people.com.cn/GB/64162/64168/64567/65446/6415682.html

 この頃(1992年春のトウ小平氏による「南巡講話」の頃)から、四つの基本原則の「プロレタリア独裁」の部分は「人民民主主義独裁」と言われるようになった。かつては、文化大革命までの革命運動によってブルジョア階級は消滅し、全ての中国人民はプロレタリアートになったのだから、「プロレタリア独裁」と「人民民主主義独裁」は実質的には同じ意味であった。しかし、1990年に上海と深センで「実験的に」とは言いながら株式市場が開設され、中国国内に「株主」即ち「資本家」が存在するようになった以上、中国人民の中にも「プロレタリアートではない人々」が発生したことは明らかであり、改革開放政策の進展に伴って「プロレタリア独裁」と「人民民主主義独裁」とはイコールではなくなったのである。

 そうした時代の変化に伴って、中国共産党は、四つの基本原則のうちのひとつ「プロレタリア独裁」をいつのまにか「人民民主主義独裁」という言葉にすり替え、その中身を実質的に変えていったのである。それにも係わらず、中国共産党は「四つの基本原則を堅持することは動揺させない」と言い続けてきた。確かに「四つの基本原則を堅持すること」は動揺していないが、基本原則のうちのひとつが大きく変わったのだから、基本政策は実は大きく変わったのである。「それでは言葉で人民を騙していることになるのではないか」との見方もあるはずだが、中国における政治スローガンはそもそもそういったもの、という認識が人民の側にもあるので、誰も気にはしていないようである。

 憲法の方は現在でも「即ち実質的にはプロレタリア独裁を確固たるものにし発展させる」という文言が残っているのに、中国共産党の規約から「プロレタリア独裁」の言葉が消えて「新社会階層」の入党も認めているということは、現在の政治の指導原理である中国共産党の方針と憲法の規定とが一致していないことを意味している。「法律の規定ではこう書いてあるのだが、実際の運用ではなんとでもなる」という中国社会の現状、即ち中国社会は「法治」ではなく「人治」であるという現状は、こういった中国共産党の方針と憲法との規定のずれ、という最も社会の根源のところから出発しているのである。おそらくはこういった根本的な「ずれ」を直さない限り、中国社会が「人治」を脱却し「法治」の社会になることは不可能であると思われる。

以上

次回「4-2-5(2/2):江沢民総書記による『三つの代表論』の本質(2/2)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/05/post-bb64.html
へ続く。

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