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2010年5月11日 (火)

4-2-9(1/2):インターネット規制と「08憲章」(1/2)

※「中国現代史概説」の目次全体及び参考資料については、下記の2010年1月4日付けの発言を御覧下さい。

「中国現代史概説~中国の新しい動きを理解するために~」目次
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/01/post-a953.html

【中国現代史概説】

第4章:改革開放政策下で急激な経済成長を遂げる中国

-第2部:「第二次天安門事件」以後の中国

--第9節:インターネット規制と「08憲章」(1/2)

 改革開放政策の進展に伴って1980年代半ば、中国は外国のラジオ放送に対して掛けていた妨害電波の発信を停止した。1988年には台湾から発信される英語の短波放送すら北京で受信できるようになっていた。1980年代後半においては、中国の改革開放政策はうまく行っており、少々外国から情報が入ってきても、体制には全く影響しない、という自信が中国当局にもあったからと思われる。

 しかし、1989年6月の「第二次天安門事件」以降、状況は一変した。まず、外国から「第二次天安門事件」に対する中国当局の対応を批判するような情報をシャットアウトする必要があったからである。中国当局が最も神経を使ったのは、発達するインターネットにどのように対処するかだった。現在の経済活動においてインターネットの利用は不可欠であり、光ファイバー網の設置など、インターネット環境の整備は中国政府にとっても重要な課題だったが、一方で外国から中国当局を批判する情報がインターネット経由で入ってくるのをどう防ぐのかが重要な課題だった。

 2000年代の前半までの状況については、私も詳細には把握していないが、少なくとも2003年1月に北京に出張で行った際、私はホテルからダイヤルアップでインターネットに接続したが、特段、障壁のようなものは感じなかった。しかし、2007年2月に出張で北京へ行き、ホテルからLANケーブル経由でパソコンにつなげた時、厳然と存在するインターネット規制に私は愕然とした。まず、ニフティ社が経営するブログサイト「ココログ」(この文章を掲載しているサイト)に北京から接続できなかった。また、日本語ウィキペディアへもアクセスができなかった。

 中国当局が構築しているインターネット規制機構は、「金盾プロジェクト」と呼ばれたり、「グレート・ファイアー・ウォール・オブ・チャイナ」(中国語で「防火長城」)と呼ばれたりする。後者は、万里の長城を英語で「グレート・ウォール・オブ・チャイナ」と呼ぶことにちなむ一種の「シャレことば」である。私は2007年4月~2009年7月の二度目の北京駐在期間中、西は新疆ウィグル自治区ウルムチや青海省南寧から南は広東省深センまで、中国各地でインターネットにアクセスしたが、どの地域においても全く同じようなインターネット規制が行われていた。しかし、広東省深センのわずか数キロ南にある香港に出ると、このインターネット規制は行われていなかった。

 中国のインターネット規制は、2008年の北京オリンピックや2010年初めにグーグル社が中国大陸部における検索事業から撤退するに際して世界的に有名になったが、2010年5月現在、厳然と存在している。一番わかりやすい例が、最近話題になった中国大陸部からグーグル香港へアクセスした場合の反応である。今、中国大陸部からグーグル中国に接続すると、グーグル社の方針に従ってグーグル香港に自動的に転送されるようになっている。中国大陸部からでも、グーグル香港からあたりさわりのない単語を入力して検索しようとすると、通常通りに検索できるが、「六四天安門事件」「零八憲章」などの「敏感な語」を検索しようとすると、検索ボタンをクリックした瞬間に(検索結果のリストが出る前に)グーグル香港へのアクセスが遮断されて、検索結果のリスト自体を見ることができない(「零八憲章」(「08憲章」)については後述する)。グーグル香港以外の別のサイトは見ることができるので、インターネット接続そのものが切断されるわけではない。その後、数分間はグーグル香港自体へのアクセスができなくなる。数分経過してから再びグーグル香港へアクセスすると、アクセス可能になり、あたりさわりのない単語ならば検索できるようになる。しかし、「敏感な語」を入れて検索しようとすると再びグーグル香港へのアクセスが遮断される。

 中国のインターネット規制は、状況に応じて様々に変化する。ニフティ社のブログサイト「ココログ」へは2007年5月初め頃からアクセスが可能になり、2009年終わりか2010年初め頃に再びアクセスができなくなった(従って、今書いているこの「中国現代史概説」は中国大陸部からは見ることはできない)。日本語版ウィキペディアについては、2007年6月中旬~9月中旬頃まで一時的にアクセスできるようになり、その後アクセス制限が掛かっていたが、2008年4月初以降アクセスできるようになっている(中国語版ウィキペディアについては、一貫してアクセスできない状態が続いている)。2008年4月以降アクセスできるようになった日本語版ウィキペディアについても、「四五天安門事件」(第一次天安事件)は検索できるが、「六四天安門事件」(第二次天安門事件)にアクセスしようとするとアクセスが遮断される状態が続いていた。しかし、2008年12月1日、日本語ウィキペディアの「六四天安門事件」の項目も北京から閲覧が可能になった。こういうふうに時期によってアクセスできる範囲が変化するのはなぜなのかは、よくわからない。

 BBCの中国語サイトについては、従来アクセス禁止であったが、北京オリンピック開幕直前の2008年7月末にアクセスできるようになった。その後、BBC中国語サイト内にある掲示板については、「敏感な話題」が掲載されるとその掲示板だけアクセスできないような事態が続いていたが、2008年12月頃以降は、再びBBC中国語サイト全体にアクセスできないような状態になっている(これは、下記に述べる「08憲章」がネット上に発表されたことと関係している可能性が大きい)。

 中国のインターネット規制は、おそらくは「六四天安門事件」のような「敏感な語」をキーワード検索で引っかけて自動で規制する方法と、人海戦術による個別チェックでアクセス禁止サイトを設定する方法とを組み合わせていると思われる。例えば、ダライ・ラマ14世がアメリカ大統領に会ったりすると、その時期だけホワイトハウスやアメリカ国務省のサイトにアクセスできなくなったりする。これは、中国のインターネット規制が全て自動的な規制によるものではなく、人が個別にその時期の状況を踏まえて、アクセス制限の仕方をコントロールしていることを表している。

 インターネットだけではなく、外国の衛星テレビ放送に対する検閲規制も存在する。中国では、衛星テレビ受信装置の設置は許可制で、許可された衛星テレビ受信装置には、外国の放送は受信できないようなソフトが組み込まれているらしい。外国人が泊まるホテルやアパートメントでは、NHK国際放送やCNN、BBCなどの衛星テレビが入っているが、これらの放送は、パラボラアンテナで衛星からの電波を受信した後、ケーブルテレビで映像を配信している。北京などの沿岸部に近い都市の日本人が多く住むアパートメントでは、日本のBS放送の直接受信をやっているところもあるのでわかるのだが、ケーブルテレビ経由で配信される外国のテレビ番組は「生中継」であっても、30秒ほど時間が遅れている。チベット問題、ウィグル問題、第二次天安門事件に関すること、など中国にとって「敏感な」映像が流れる時には、NHK国際放送やCNN、BBCなどの放送は検閲により真っ黒な画面になる。北京オリンピックの前に聖火リレーが諸外国で妨害を受けていた頃には、この「検閲によるブラックアウト」が頻発した。

 NHKやCNN、BBCだけでなく、フランス語の放送、ドイツ語の放送でも「検閲ブラックアウト」が行われていたから、おそらくは英語、日本語、フランス語、ドイツ語のわかる「検閲官」が常時監視していて、問題と思われる映像が流れた場合には映像の配信をカットしているものと思われる。外国語のテレビ放送を見ている中国人は、ほとんどは外国の様子をよく知っている知識人階層だと思われ、「大多数の一般庶民」がこういった外国語のテレビ放送を見るとは思えないし、各国の言語を理解できるような人材がこのようなところで使っているのはそもそも人材の浪費だとも思われるが、中国当局としては、今でも外国衛星テレビ放送の検閲は重要だと思っているらしい。

(注)ただし、外国衛星テレビ放送に「検閲ブラックアウト」を掛けている背景には若い人(外国語を習っている学生など)に見せたくない、という配慮があるのかもしれない。ちなみに、北京の有名大学の学生寮で使える無料のインターネットでは外国のサイトへはアクセスできないようになっているとのことである(大学内には有料のインターネット・サービスもあるし、街にはインターネット・カフェもあるが、使えるお金が少ない学生が有料のインターネット・サービスを気軽に利用することはないと思われる)。

 2009年7月に新疆ウィグル自治区ウルムチで暴動が起きた時は、外国にいるウィグル人組織のリーダーであるラディア・カーディル女史が映った場面が検閲によりブラックアウトされていた。2009年7月8日の夜7時からのNHKニュースでは、同日正午のNHKニュースの一部が中国国内で検閲ブラックアウトになったことを伝えていたが、中国国内で配信されたNHK国際放送では、その「中国国内ではNHKにも検閲ブラックアウトが掛かった」というニュース自体に検閲ブラックアウトが掛かっていた(私は、ケーブル経由のNHK国際放送とNHK-BSを直接受信していたものを同時に見ていたので、どこが検閲ブラックアウトされていたのかがわかった)。

 さらに、多くの在留邦人がいる諸外国では、衛星版の日本の新聞を発行しているが、中国当局は大陸部での日本の新聞の衛星版の印刷を許可していない。従って、中国国内にいる邦人が見る日本の新聞は日本から直接持ち込んだものか、香港で印刷した衛星版を大陸部に持ち込んだものかのいずれかである。持ち込みに際しては、中国当局にとって不都合な部分は検閲切り抜きが行われている(一般に、中国人が見てもすぐわかるような写真や風刺マンガの類が検閲で引っ掛かるケースが多いようである)。

 本稿の参考資料である「トウ小平秘録」は、産経新聞社が発行している本であるが、産経新聞中国総局が取材に協力してくれた人に贈呈しようと50冊を日本から北京あてに送付したところ、中国の税関で没収されてしまった、とのことである。このため、産経新聞社では、「トウ小平秘録」の前文をインターネットに掲載して中国国内からも読めるようにしたが、現在のところ、この「トウ小平秘録」を掲載したインターネットのサイトにはアクセス制限が掛かっていないようである。そうした意味で、中国当局の情報規制は不徹底で、「抜け穴」が数多く存在している。ただ、後述するように、こうした「抜け穴だらけ」の情報規制でも、「関心があまり高くない一般人民」が受け取る情報をコントロールしている、という意味では、それ相応の効果を上げているようである。

 当局による規制にも係わらず、様々な情報はネット上を駆けめぐっている。例えば、2008年6月28日に貴州省黔南プイ族ミャオ族自治州甕安(日本語読みでは「おうあん」)県で起きた群衆による暴動事件では、暴動の状況を撮影した大量の写真がネット上にアップされた。中国では、携帯電話の契約件数が6億件を突破しており、一般大衆がカメラ付き携帯電話を持っている時代である。当局の対応に怒った群衆は、自分の目の前で起こっているできごとを携帯電話で撮影して、すぐさまネットにアップするのである。私はこの事件が起こった後、毎日のようにこの事件に関する写真がネットで見付かるかどうか調べてみた。ネットを見るたびに、先ほど見られた写真がなくなっているなど、当局が必死になってアップされた写真を削除していたことがわかった。しかし、アップされる写真の量の方が圧倒的に多かったため、事件が起きてから数日間の間は、ネット上で事件現場の写真を見ることができた(しかし、数日経つとほとんど全ての写真は削除されて見られなくなった)。

(参考URL1)私のブログ(イヴァン・ウィルのブログ(ココログ))2008年7月3日付け記事
「貴州省甕安県の暴動事件の真相」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2008/07/post_ef2a.html

 また、携帯電話を使ったメールは、数が圧倒的に多いために、実態的に当局が全てを検閲することは不可能である。私が持っていた携帯電話にも「成人番組が見られます」といった明らかに違法だと思われる衛星テレビ受信装置の設置を勧める広告ジャンク・メールがしょっちゅう入っていた。従って、携帯電話メールを使ったチェーン・メールのような手法を使えば、デモの呼び掛けなどを当局側の規制が掛かる前に広げることは可能である。また、中国のネットワーカーも検閲の存在は常に意識しており、検閲で問題にされないような様々な工夫をしている。そのため、中国のネット上では、キーワード規制を避けるための工夫、例えば「中0国0共0産0党」といった表記や同音異義語を使った言い換えなどを頻繁に見掛ける。

 中国では、ネットやメールでデモへの参加を呼びかけること自体違法である。例えば、ある大学院生は、物価値上げが続くことに怒ってネット上でデモを呼びかけたところ、当局に拘束されたとのことである。

(参考URL2)私のブログ(イヴァン・ウィルのブログ(ココログ))2007年8月24日付け記事
「ネットで集会を呼びかけた大学院生が拘束」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2007/08/post_2a32.html

 例え、ネットで匿名で呼び掛けを行ったとしても、インターネット・プロバイダーは中国では公安当局から要請があれば必要な個人情報は提供するので、当局が集会の呼び掛けをした人を特定して拘束することは可能である(上記、ブログの記事の場合、呼び掛けを行った大学院生は、そういった規則があることは知らず、反省していたとして、14日間の「行政拘留」処分だけで済んだとのことである)。

(注)中国には、公安当局の判断により裁判抜きで身柄を拘束できる「行政拘留」という制度がある。

 こういった中国当局によるインターネットをはじめとする各種情報ソースの規制は、情報の全てを規制するのは難しいにしても、総体的に見れば、それなりの効果は上げている。例えば、2008年2月に日本で発生した冷凍ギョウザに殺虫剤のメタミドホスが混入しているのが見付かった事件に対する中国国内における報道を見てもそれはわかる。この事件について、中国のメディアは本体の事件のそもそもの扱い方が小さかった。一方で、日本各地で冷凍ギョウザに対するチェックが行われている中、徳島県のある店で冷凍ギョウザに見付かった殺虫剤成分はその店内で行った殺虫剤の散布が原因であることがわかったという案件があったが、中国国内では、この徳島県の案件をことさらに取り上げて大々的に報道した。そのために、多くの中国の人々は「冷凍ギョウザの殺虫剤は中国国内ではなく日本国内で混入された」と思い込むようになった。この件について、中国のメディアの報道は「ウソ」を報道したわけではないけれども、報道する情報を選択することにより、中国の多くの人々の中に一定のイメージを形成することに成功したのである。おそらくは、その他の案件についても、中国当局の情報規制は、功を奏していると言ってよいと思われる。

以上

次回「4-2-9(2/2):インターネット規制と『08憲章』(2/2)」
http://ivanwil.cocolog-nifty.com/ivan/2010/05/post-f712.html
へ続く。

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